ANNEX−Ω   訪問者数:11396648(今日:533/昨日:933)
[トップに戻る] [留意事項] [ワード検索][全文検索] [皓星社掲示板] [過去ログ] [管理用]
おなまえ
Eメール
タイトル  
コメント
参照先
パスワード (記事メンテ用)
認証文字列
↑画像の平仮名を入力してください。

[54015] 空きカンとポンバル侯爵 投稿者:北風 投稿日:2011/04/08(Fri) 09:59  


宰相のセバスティアン・デ・カルヴァーリョ(後のポンバル侯爵)は王室同様に地震を生きのびた。彼は地震直後「さぁ、死者を埋葬して生存者の手当をするんだ」と命じたと伝えられる[6]。彼は、後年ポルトガルに君臨した時と同様の実用主義をもって、すぐさま救命と再建に取りかかった。彼は消火隊を組織し、市街地に送って火災を鎮め、また疫病が広がる前に数千の遺体を処理せよと軍隊に命令した。教会の意見や当時の慣習に反し、遺体ははしけに積まれてテージョ川河口より沖で水葬された。廃墟の町に無秩序が広がるのを防ぐため、特に略奪を防ぐため、街の周囲の丘の上に絞首台が作られ、30人以上の人々が処刑された[7]。ポルトガル軍は街を包囲して強壮な者が街から逃げるのを防いだが、これにより廃墟の撤去に多くの市民を駆り出すことができた。

震災から間もなく、宰相と王は建築家や技師を雇い、1年以内にリスボンから廃墟は消え、至るところが建築現場になった。王は新しいリスボンを、完璧に秩序だった街にすることにこだわった。大きな広場と直線状の広い街路が新しいリスボンのモットーとなった。当時、こんな広い通りが本当に必要なのかと宰相に尋ねた者もいたが、宰相は「いずれこれでも狭くなる」と答えた(現在のリスボンの交通混雑は、彼の知恵が現実になったことを示している)。

当時、宰相の指揮下で建てられたポンバル様式建築は、世界最初の耐震建築でもある。まず小さな木製模型が作られ、その周りを兵士が行進して人工的な揺れを起こし、耐震性が確かめられた。こうしてリスボンの新しいダウンタウン、通称「バイシャ・ポンバリーナ」(ポンバルの下町)が作られ、新興階級であるブルジョアジーが都市中心部に進出していった。アルガルヴェ地方のスペイン国境付近にあるヴィラ・レアル・デ・サント・アントニオなど、ポンバル侯爵のリスボン都市計画を応用して再建された都市はポルトガル各地にある。

http://ja.wikipedia.org/wiki/1755%E5%B9%B4%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%83%B3%E5%9C%B0%E9%9C%87#.E7.A4.BE.E4.BC.9A.E7.9A.84.E3.83.BB.E5.93.B2.E5.AD.A6.E7.9A.84.E5.BD.B1.E9.9F.BF


[54014] 1755年リスボン地震 投稿者:北風 投稿日:2011/04/08(Fri) 09:55  


社会的・哲学的影響 [編集]地震が与えた衝撃はヨーロッパの精神にも及んだ。多くの教会を援助し、海外植民地にキリスト教を宣教してきた敬虔なカトリック国家ポルトガルの首都リスボンが、祭日に地震の直撃を受けて多くの聖堂もろとも破壊されたことは、18世紀の神学・哲学では説明の難しいものであった。


ヴォルテール地震はヨーロッパの啓蒙思想家たちに強い影響を与えた。当時の哲学者の多くがリスボン地震に言及しているが、ヴォルテールの『カンディード』や『リスボンの災害についての詩』(Poème sur le désastre de Lisbonne)は特に有名である。『カンディード』は、《慈悲深い神が監督する我々の「最善の可能世界」(le meilleur des mondes possibles)では、「すべての出来事は最善」である》という楽天主義を痛烈に攻撃している。リスボンの悲劇は、ヴォルテールに楽観論への反証を与えるものだった。テオドール・アドルノは「リスボン地震はライプニッツの弁神論(慈悲深い神の存在と悪や苦痛の存在は矛盾しない、という議論)からヴォルテールを救いだした」と述べている。ヴォルテールは、災害によってリスボンが破壊され、10万もの人命が奪われたのだから、神(創造主)が慈悲深いわけがないと主張した。当時のヨーロッパの知識人にとり、リスボン地震の衝撃による文化的・哲学的転換は、20世紀後半におけるホロコーストの衝撃に比べられるほど大きかった。

ジャン=ジャック・ルソーもこの地震による被害から衝撃を受けた一人であり、その被害の深刻さはあまりにも多くの人々が都市の小さな一角に住んでいることから起こったものだとした。ルソーはこの地震による人災を、都市に反対し、より自然な生活様式を求める議論に引用した。

「崇高」という概念は、1755年以前から存在したものの、それを哲学の中で発展させて非常に重要な概念としたのはイマヌエル・カントであった。カントは崇高の概念を、リスボン地震と津波の甚大さを理解しようとする試みの中から発展させた。カントはこの地震について3つの薄い書物を出版している。若い日のカントは地震に魅せられ、報道から地震被害や前兆現象など可能な限りの情報を集め、これらを使って地震の起こる原因に関する理論を構築した。彼は熱いガスに満たされた地底の巨大空洞が震動して地震が起こると考えた。これは、誤りであることが後に分かったが、地震は超自然的な原因ではなく自然の原因から起こる、という仮定によって地震のメカニズムを説明しようとした、近代のもっとも初期の試みと言える。ヴァルター・ベンヤミンによれば、カントが出版した地震についての書物は、「おそらくドイツにおける科学的地理学の始まりを代表するものであり、そして確実に地震学の始まりである」[8]。

ドイツの哲学者ヴェルナー・ハーマッハーによれば、地震の結果は哲学用語にも及び、硬い根拠を大地に例えて「ground」と呼ぶ比喩が、ぐらつき不安定なものとなったという。「リスボン地震により起こされた印象は、ヨーロッパのもっとも神経質な時代の精神に触れたため、「大地」や「震動」の比喩はその明らかな無垢さを失い、もはや単なる修辞には過ぎなくなってしまった」[9]。ハーマッハーはルネ・デカルトの哲学のうち「確実性」に関する部分がリスボン地震後の時代に揺らぎ始めたという。

http://ja.wikipedia.org/wiki/1755%E5%B9%B4%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%9C%E3%83%B3%E5%9C%B0%E9%9C%87#.E7.A4.BE.E4.BC.9A.E7.9A.84.E3.83.BB.E5.93.B2.E5.AD.A6.E7.9A.84.E5.BD.B1.E9.9F.BF


[54013] ある意味、乞食、弱者を助けるという自己満足感も味わい得るのですから、権力者への愛より、乞食への愛のはうが長持ちして強いのかもしれません。Re:[54012] さしずめ、とんび=ぶんととくんは、この三番目の乞食のケースの典型ではないでせうか?Re:[54010] 「罪の呵責」も「発狂の原因になりうる」のですが、発狂もせんで意識的になすとしたら、発狂よりも恐ろしい事態ですね。Re:[54005] ご自分が惨めで哀れだと、思わないのでせうか? Re:[53999] おっと、こんなところに。Re:[53964] [53963] [53961] 誕生日、おめでとう。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/05(Tue) 22:12  

ふえちんねANNEX−Ω   訪問者数:2371028(今日:464/昨日:429)2011/04/05(Tue) 20:13大安

ですからふえちんねですか?大安売りです。バーゲン。ば〜げんダーツ。昨日の仏滅のぶんまでやっちゃうか、仏ならずも仏滅は滅入りますたから・・

Paul Desmond plays "Emily" - Monterey Jazz festival 1975
http://www.youtube.com/watch?v=JkcRo7oUIro&feature=bf_next&list=MLGxdCwVVULXcbGDMkO6tWLswVH_V4sNc3&index=10

昨日は、さうさう、三日連続で全生園のあの桜がだうなっちょるか、眼前で見る見る蕾がひらく、一昨日のあの花冷えでもひらいたのですから、きのうけふの妖気ではさぞかしと、きのうは普段走らぬ野川を逆走、河口からちょっと内陸を起点に国分寺の姿見の池、これが水源池とのことですが、大きな水源は日立中研の中の大池で、まあ、みんな恋ヶ窪、昔の東山道の一角ですか、ともかくも、あの野川沿いは結構桜の古木もあって、きのうでさえ、5分咲きの木々もありましたから、けふあたりは見頃でせうが、その姿見の池に姿を映して見て、やっぱす、腹がでてきた、だから昼飯は抜きでダイエットランをと期したものの、府中街道で全生園に向かう、津田塾を過ぎて、ブリジストンの手前でマックがあって、@100円でも補充すんべえかとすたら、これが黒山の混みようで諦めて走り出したら、すぐ松屋ちう牛丼屋にステーキ定食の旗がハタメイテおって、990円ならばと、目立つところに赤黄のColnagoC93を括りつければ、ソレガシの入ったときががらがらで、990円ちうと、肉がWで280g、ご飯は大盛、特盛もOKちうのんで、もち特を注文したころまではお店も順調ですたが、またたくまに混み出し、それもママチャリ組のおじさんやおばさん、背広、作業服組が多く、やっぱす、目立つロードの効果満点かだうかははっきりしませんが、お店のおにいちゃんが、これが間の悪いおとこで、自販機の小銭や札を取り出しかかったところで、お客が増えだし、それまでは手持ち無沙汰のお店のウェイトレスおばさん、これがふんまにおばさんで色気も立ち居振る舞いもへったくりもない無粋のかぎりのもんであれば、順番に落ち着いて裁けばよろしいものを、まことに店内をばたついて、自販機が使えないから入ってきたお客さんを席に着かせて、オーダーをとるにも、んったく、どっちがお客で従業員かわからぬやうな対応、ようは、売ってあげる式の東電とはいいませんが、まあ、やや、荒れに近い、事故点検ならぬ、自己点検か、集金で迷惑をかけちょるんに、ちっともさういう自覚がない、順番順番、輪番輪番、というやうなわけですから、折角入ってきたお客さんも嫌気がさして出て行くもんも何人かおって、ソレガシの990円の角切りステーキ280g定食だって、慌てて奥のおばちゃんが角切りにすたのか、んったく、細切れ定食なみで、写真やハタメク旗の画像とは似ても似つかぬステーキぶりで、あれぢゃ、ステーキ定食と銘打つのもオコガマシイ、さういうもんを平気で出してくる、それも、ばたばたと、んったく食欲の萎縮するやうな動作と奇声とはいわんも、腹ゴナレの悪い掛け声、これが奥のおばさんへのオーダーのやり取りなんでせうが、ともかく、食欲減退、もう二度と行きたくない、特盛ちうたって、並の1.7倍?とかであったけんど、あれを1.7で割って並を想像するってえと、ぜんぜん、プア、足らぬもええとこどすけん、特盛だって、ぜんぜん盛り方が不満で、さういうもんを食えばヤルキもなくなり、全生園の桜確認にさらに府中街道を遡る気も萎えて、腹ゴナレのわるい細切れ牛肉、これだって、あの塊の280g、なら、むっかし、よく300gステーキを霞ヶ関ビルのTOMとかオークラで食っておったが、あの腹の満足感とは、かけ離れた不満足感で、ふんまに280gあったのかよ?ちう猜疑心も消化に悪く、まあ、上るより下れと、多摩川方面にマッシグラで、結局81kmほどでやめっちゃったので、けふは頑張りましょうと、ああいう、特盛のコトバだけは忌諱すて、ほんまの大盛にいこうと、まんずは近場の桜の名所からあちこちの花の具合を確かめながら、大震災以来始めてのトンカツ屋で、@500円の定食にコロッケ+大盛=650円で、こりゃあ、松屋の990円以上の満足感で女将に地震の様子を尋ねれば、油で揚げ物の最中の大地震、油が飛び散ったのですが、火も自動的に消えて、火災も起こさず、棚からモノも落ちず、米屋は永年のお付き合いで、震災後は材料の不足にも陥らず、停電が5回あって、夜はやむを得ず停電閉店を余儀なくされましたが、昼は多少天井灯がなくても、店内は薄明るいから営業したところ、混んだ、混んだ、大混みだったさうで、そりゃ、そうですわの、なぬせスーパーから米やパンが切れて、近所の人も、かういう風に大盛(+50円)でたっぷり米を食わしてくれるところには殺到するでせうし、ソレガシも近ければいっったところですたが、なんだか、安曇くんちうにやけたアナウンサーに目元の似た市議会議員候補の両角くんか、その選挙事務所のみんなも、うちそろって、美人の両角奥さんも、ああ、旦那が安曇くんに似た両角くんちうば悪い気もせんらしく、なぬせ、候補者ちうのんは、見境無く人と見れば手を差し出し、抱きしめはせんも、すれすれの親愛のポーズをするもので、やってくれるんなら、両角くんより、やっぱ奥さんだね!ちうても、そこはなかなかに選挙違反に触れるか否かしりませんが、さういうわけにもまいらず、ま、花見、花見と、見どころ、花どころを巡れば、滝山の峠を越えて高月城址の麓の恵日山の枝垂桜は満開で、そこから秋川を遡って滝山街道、造り酒屋で500g300円也の酒粕を仕入れ、五日市街道を突っ走って、岩組みの駐車場でやれやれに一服中に76歳の爺さんに声を掛けられ、引っ張り込まれたギャラリー、立派な油絵100号が2幅その他多数、55歳で失明して69歳で死人から角膜を貰い受けて移植して、視力が回復、その絵の仏像さながらに、人相もよければ、とても76歳には見えぬ、2号、3号たくさんいそうな風貌で、表札をみれば、案の定、苗字の番う男女の表札の立派な家で、なんだか、この家で一人になってしまった女人が家を使ってくれ、ちうのんで、爺さん、ちうてもハンサムです、粋です、ぜんぜん14年間も失明の生活をしていたとは思えぬ元気さで、ぢゃあ、うちは別にあるが、ちうて、指差すその先には、たすかに、洒落た一軒家の庭先にキャンバスを立てて見あげる丘の絵を描くにもピッ足しの家があって、そこにでかいジャンボシューマイをもってかえるところで、ソレガシを見かけて声を掛けてくれたものらしく、これもなぬかの縁ですから、自作自演の沖縄音楽を聴いてくれると、楽譜は漢数字を縦に連ねた音符表も自作ださうで、テーブルのそれをやや離れたところで構えた蛇味線から見ながら一曲、そこまで目がよくなった、100号絵仏のあの微笑にも似た微笑をもって、一幅一幅の説明を・・・・も、楽しみは次回にとっておいてと、爺さんのケータイに電話が来たのを潮に辞去して、ああ、あの福生の親水公園の裏の疏水の桜並木はほぼ満開で五日市線の鉄橋を越えた団地沿いの堤桜も、もっと下流の桜よりよほど開花がすすんで3分〜5分咲きで、あなざ〜造り酒屋の庭にもぐりこめば火曜は定休、屋敷内をぐるりと回るもめぼしい欅はあっても桜はあらず、家にかえって、酸素を吸っている老母へ土産の酒粕・・・・バカ〜!と怒鳴られて、まるでわけがわからぬ、きょとんぶりにむくむくと怒りがこみ上げるも・・・ばか〜!バカー!!!とつづけられりゃ、いったいなぬ?だから、馬鹿〜〜〜〜!!!!!こんな時期に酒粕を買ってくる馬鹿がどこにいるかあ〜!!まあ、酸素を吸いながらよくあれだけ怒鳴れるわね。たとえ、血を分けた息子であっても、その馬鹿にしてもなんにしてもその好意の土産を見もせぬば受け取りもせんで、ベットのなかで横になって半身をよじって、ばか〜!と喚く、その根性の悪さ、きっとソレガシにも遺伝して、ソレガシも根性が悪い、その悪さをまさに眼前に突きつけられた気分でも、うむもいえず、退散した次第で、さあ、このばかばかしい酒粕で、甘酒でもつくってくれ、ちうても、ま、無理か。酒粕は冬に限るんださうで・・・しらんかった。


> るくちすあANNEX−Ω   訪問者数:2370728(今日:164/昨日:429)2011/04/05(Tue) 10:08
>
> CHET BAKER - My Funny Valentine
> http://www.youtube.com/watch?v=UOEIQKczRPY&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=22
>
> 影でなく実体を愛する愛のなんと稀有なることであらうか。なべてひとは狂うにして愛するにしても、己が影、他者の影のとりこになっているのかもしれない。
>
> とくに女の愛ちうもんは、かのキルケゴールの言説を咀嚼して申した・・
>
> >「「気位の高い君主」も「専制的な人間」も「不幸な恋人」も、これはばらばらな別の人間ではのうて、一人のなかの多面体なんですね、ゆえに「不名誉な屈辱感」も、「意味深長なる謎めいた言葉による誘惑」も、「罪の呵責」も「発狂の原因になりうる」のですが、発狂もせんで意識的になすとしたら、発狂よりも恐ろしい事態ですね。
>
> ちうもんに擬していえば・・ちうか、精神分析に擬していえば・・・ちうか、己が敬虔なる経験に照らしていえば・・・女の愛ちうもんは
>
> 1、父親への愛
>
> 2、権力者への愛
>
> 3、乞食への愛
>
> この三つの同居ではないでしょうか?
>
> もちろん、愛はすぐ憎にかわる、その反復ですね。而してこの愛は愛たり得るのか?
>
> え、ここには、ボーイフレンド、彼氏への愛がはっていないって?
>
> ああ、ボーイフレンド、彼氏への愛も、この三つの愛もどきに還元されるのではないでせうか?
>
> 畢竟、女の愛のなんと文字通り有難いことよ。
>
> であるからして、姑息な男どもは、この三つの影に己を偽装して女を惹きつける、その狡猾さ。
>
> さしずめ、とんび=ぶんととくんは、この三番目の乞食のケースの典型ではないでせうか?

ちうて、とんびが湯気を立てて怒っておるかもしれんが、だから、云うのではありませんが、この、三者、父親、権力者、乞食、ちう三者は、これは象徴どすけん、その実態は様々なんどすわの。

すなわち、まうすこし一般的なコトバで言えば、父親と権力者はやや近いところの共通点もある、乞食ちうのんは、父親も老いて娘に食わしてもらうやうになればたすかに乞食の側面もなきにしもあらずどすが、乞食ちうのんは、権力者の反面の面、つまり、権力者がプラス+の名利をもっておるとすりゃあ、乞食ちうのんはマイナス+の名利をもっておる、ちう関係にあるんどすわの。

父親ちうからには、うから、親族、家族、血族さういう面がつよいのですが、さういう父親への愛ちうと、まんず、思い浮かべるのんが、父なる神の存在どすわの。つまり、神ちうもんは、外在として崇めるが内在でもあるからして、神はどなさまにも血族でもあるわけで、そこからあらゆる論理倫理を超えたところの慈愛を垂れる、その慈愛への反作用としての慈愛かもしれませんが、さういう神のありやうと同時に、現代では無視しえぬ理論として精神分析上の父親、ファーザーコンプレックス、エディプスコンプレックスを形成せしめる父親像ちうのんも無視でけまへんで、さういう二点で、この父親ちう存在は、他のプラスマイナスの二者、権力者、乞食とは別項になる、なるけれども、このプラマイの二者の権力、名利のプラスたる権力者、とマイナスたる乞食ちう特性もみんな父親とともに一個の男を形成しちょる。

だから、あるときは、権力者、これは、銀座で札束きっておっぱいもみもみに大震災中も精勤しちょる東電の副社長も原発官僚諸君もさうですが、さういうもんに群がる女もおるし、どっかの結社の主宰とか、教団の教主、それらが、いかに狂主であらうが、いったん狂ってしまって目覚めぬ女どもはさういうもんに群がりりたがる。神父の恋人しかり、これは、実際に神父や牧師や坊主と後家の関係にも似て、べつに後家とは限らぬ西洋事情なれば、告白を通じて、あらゆる個人情報の恥部を握った神父、牧師、はたまた、精神科医の優越性のなせる業で、そこに頽落する権力者、名利のたぬきの冥利に尽きる、その名利にあやかる女の冥利ちうもんでありますれば、その名利や冥利の欺瞞性にも関わらず、名利はプラス方向に増殖していくんですね。さらには、この権力者のありやうは、トルコ嬢のヒモとか雇用主とか、はてまた、女のトラウマを形成した起因をなすやうな男ども、力づくでなぬかを強いて心身の傷を負わせたもの、さういう、いわば、恐ろしいはずの光景、これにまた舞い戻ちたがるちう女の習性もあるやうであって、穢したもんを穢されたもんが崇めたてまつる、さういうことは、さして珍しいことではなく、世に多くある、男女に限らず、犯罪者は犯罪現場にまたもどってくる、あの習性にも似たやうなもんが、人間関係にあるのですね。

これに引き換えて、マイナスの乞食の場合はだうか?これは憐憫、哀れみの対象でせうが、もっと端的に女にとっては赤ん坊でせうね。自分がいなければこの赤ちゃんは生きていけない、さういう存在が、赤ちゃんや子供でなくても、存在しうる。いわば、マイナスの存在を自分の周りに置いておくことによって、自分のプラスを実感しうる、満足感を味わいうる、ちうほどの打算でもにでせうが、さういう存在ですから、ま、権力者がいわば強者とすれば、それにすがる、あるいは、分け前をもらう、名利、金銭、情報、知識、運動にしても、憧れたり崇めたり、尊敬したりする存在、さういう強者に対して、弱者、助けてあげねばいかん、このままぢゃあ死んでしまう、あるいは、堕落してしまう、あるいは、飢えてしまう、この飢餓ちうのんは、たとえば、乳や金ばかりでなく、性への飢え、性的飢餓もある、だから、飢えた男を嫌がる女もおれば、さういうもんを見ていられない、マグダラのマリヤ的な女もいるわけであって、古来、神殿、寺、神社の周りには色町があったあの歴史的存在とも大いに関係があるわけであって、さういう観点からすると、この乞食への愛のはうが、権力者への愛よりも、多分長続きもし、また憎しみにかわったりすることも少ないかもしれませんね。なぬせ、マイナスの存在を抱え込むことによって、自分のプラスの存在感を味わえ得るのですから、つねに、なんか、卑屈な引け目を味わわされるわけではないにしても、プラス存在との対比でマイナス存在を感じつづけるよりも、ある意味、乞食、弱者を助けるという自己満足感も味わい得るのですから、権力者への愛より、乞食への愛のはうが長持ちして強いのかもしれません。

嗚呼、大安売りの言説もここまでくればバナナの叩き売りもいい加減疲れますから、布団をぶっ被って寝やう。

> > ろきこかわANNEX−Ω   訪問者数:2370691(今日:127/昨日:429)2011/04/05(Tue) 07:35
> >
> > Chet Baker - I've Never Been In Love Before
> > http://www.youtube.com/watch?v=lyVDPo3pMsc&feature=BF&list=QL&index=4
> >
> > 珍しい画像がでてきましたね。あの時代のあの形のあの自動車。ああいうものをみているとものばかりでなく人間も思い出します。

以下、割愛。

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[54012] さしずめ、とんび=ぶんととくんは、この三番目の乞食のケースの典型ではないでせうか?Re:[54010] 「罪の呵責」も「発狂の原因になりうる」のですが、発狂もせんで意識的になすとしたら、発狂よりも恐ろしい事態ですね。Re:[54005] ご自分が惨めで哀れだと、思わないのでせうか? Re:[53999] おっと、こんなところに。Re:[53964] [53963] [53961] 誕生日、おめでとう。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/05(Tue) 10:31  

るくちすあANNEX−Ω   訪問者数:2370728(今日:164/昨日:429)2011/04/05(Tue) 10:08

CHET BAKER - My Funny Valentine
http://www.youtube.com/watch?v=UOEIQKczRPY&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=22

影でなく実体を愛する愛のなんと稀有なることであらうか。なべてひとは狂うにして愛するにしても、己が影、他者の影のとりこになっているのかもしれない。

とくに女の愛ちうもんは、かのキルケゴールの言説を咀嚼して申した・・

>「「気位の高い君主」も「専制的な人間」も「不幸な恋人」も、これはばらばらな別の人間ではのうて、一人のなかの多面体なんですね、ゆえに「不名誉な屈辱感」も、「意味深長なる謎めいた言葉による誘惑」も、「罪の呵責」も「発狂の原因になりうる」のですが、発狂もせんで意識的になすとしたら、発狂よりも恐ろしい事態ですね。

ちうもんに擬していえば・・ちうか、精神分析に擬していえば・・・ちうか、己が敬虔なる経験に照らしていえば・・・女の愛ちうもんは

1、父親への愛

2、権力者への愛

3、乞食への愛

この三つの同居ではないでしょうか?

もちろん、愛はすぐ憎にかわる、その反復ですね。而してこの愛は愛たり得るのか?

え、ここには、ボーイフレンド、彼氏への愛がはっていないって?

ああ、ボーイフレンド、彼氏への愛も、この三つの愛もどきに還元されるのではないでせうか?

畢竟、女の愛のなんと文字通り有難いことよ。

であるからして、姑息な男どもは、この三つの影に己を偽装して女を惹きつける、その狡猾さ。

さしずめ、とんび=ぶんととくんは、この三番目の乞食のケースの典型ではないでせうか?



> ろきこかわANNEX−Ω   訪問者数:2370691(今日:127/昨日:429)2011/04/05(Tue) 07:35
>
> Chet Baker - I've Never Been In Love Before
> http://www.youtube.com/watch?v=lyVDPo3pMsc&feature=BF&list=QL&index=4
>
> 珍しい画像がでてきましたね。あの時代のあの形のあの自動車。ああいうものをみているとものばかりでなく人間も思い出します。
>
> > 無事に終わりました。
> > 皆さんありがとう。
>
> お世話になりますた。
>
> それにしても、会ってみると全然印象が違うとか、全然違わぬとか、ひとそれぞれで、その出遭いちうもんは、男と男であれ、女と男であれ、強烈な印象を残すものですね。
>
> さういう強烈な印象が強烈な関係になるか、はたまた通りすがりの風景で褪せてゆくか?
>
> ある年代になれば、若いころのやうに関係を目ざして猪突猛進することもなくんば、幾層にも塗りたくった油絵のやうなしつこさもなく、淡い水彩画のやうに、記憶の片隅に飾られていく・・・・嗚呼、それは、まさに老いた証拠で、いのちの弱まりなのかもしれませんね。でもそれが時として焔のやうに燃え上がり・・
>
>
> > ところで、
> >
> > > > > 三週間も過ぎると、いろいろなことがわかってくる。
> > > > > ご両親、妹さんからの話。可愛がってくれた神保町の山さんの娘、百合ちゃんからの話。覚えがないとは言わせない。
> > >
> > > ぜんぜん、覚えがありませんね。
>
> これこれ、とんび=ぶんととくん!
>
> > 惚けているなら許しがたいし、本気なら救いがたい。
>
> これって・・・
>
> 惚けているなら救いがたい。
>
> かつ
>
> 本気なら許しがたいし、
>
> のマチガイではないでせうか?
>
> 惚けているならば、許しがたいといったところで、しょうがないし、
>
> 本気ならば、救いがたいというやうな慈悲の対象ではありえんで、それこそ教育の対象、あるいは、あのバガくんが、拳骨でぶん殴ったやうな、性根の叩き直しが必要なのかもしれません。とは、いえ、もう中年もはるかに超えたやうな歳をこいて、なおかつ、女の好意に寄生していあるやうな生き方、それも、次々と梯子して、憐憫を乞うやうな、その惨めさ、哀れさを売り物して、ちっとも自己鍛錬をすることもなく、己が甘さの「修羅」、本来「修羅」ちうのんはとんぶ=ぶんととくんがもの申す「修羅」とは大違いなんどすが、なんせ、かういう手合いは、なんでも賢治の詩の「修羅」も、そのもとの仏教の「修羅」さえも、己が惨めさ、哀れさを正当化する甘さへ頽落して、ますます、惨めさ、哀れさを売り物にして、つぎの獲物を探す、さういう風景に接するにつけ、これはなんとかせなあかん・・・惚けているならば、許しがたいといったところで、しょうがないし、本気ならば、救いがたいというやうな慈悲の対象ではありえんで、それこそ教育の対象、あるいは、あのバガくんが、拳骨でぶん殴ったやうな、性根の叩き直しも、修羅の商魂の逞しさにおいては、その傷さえ、意識的にか無意識的には、ぽこちゃんの憐憫を誘う、よき腫れ物にして、食い物にしていった、さういう悪知恵には長けているのか、それはまう悪知恵や狡猾ちう意識的なもんでのうて、身についた習性なのか・・いづれにせい、みずから気づきにないもんには、それがいかに醜い景色であらうが、それを眼前に突きつけてあげる、それは、バガくんのやうな拳骨はここちゃらの掲示板では飛びようもなく、ひたすらに、見えたもんを見えやうに書きつらねる、その見えやうも、云いやうも、その実態といかばかりの乖離があるか、そんなことは実態のなんたるかは、そりゃあ、心理学でも、精神医学でも、科学でも、わかりっこないんぢゃけん、その見えたるところを撃ってあげねばならんのんどすわね。
>
> しかるに、ある犯罪者が人質をとって、その人質を楯にして逃げまくる、撃てば人質さえも殺める可能性がある、ああ、特殊狙撃班の苦悩いかばかりのものや!
>
> ちうような、狙撃ではないのですね。人質のぽこちゃん、それを、なんですか・・・
>
> 『死ぬことは、生きている者たちの餌食になることだ。』
>
> にしても
>
> 生きることは、死者たちを餌食にすることだ。
>
> にしても
>
> さらには、
>
> 生きるとは、生者を餌食にすることだ。
>
> さういう、生き方、食うにしても食われるにしても・・
>
> > ご自分が惨めで哀れだと、思わないのでせうか?
>
> ということですわね。
>
> さらに、とんび=ぶんととまやかし修羅修羅記事を挙げれば・・・
>
> :*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。
>
>
> [53999] おっと、こんなところに。Re:[53964] [53963] [53961] 誕生日、おめでとう。 投稿者:とんび 投稿日:2011/04/03(Sun) 03:55
>
> > ろちむよけANNEX−Ω   訪問者数:2367723(今日:125/昨日:461)2011/03/30(Wed) 08:44
> >
> > 昭和の隠れた名曲 絵空事 弘田三枝子
> > http://www.youtube.com/watch?v=cMM9VtM7TBM&feature=BF&list=QL&index=14
> >
> > > > 一日、遅れちゃったのにゃ。
> >
> > ぷんととという女めかしたメールもむかし来たし・・
> >
> > > 三週間も過ぎると、いろいろなことがわかってくる。
> > > ご両親、妹さんからの話。可愛がってくれた神保町の山さんの娘、百合ちゃんからの話。覚えがないとは言わせない。
>
> ぜんぜん、覚えがありませんね。
> >
> > バラしちゃったら、ぷんととだけぢゃのうて、いろいろなさしさわりもあればさうもできない、まあ、世間のどこにでもある景色どすが、腹の煮えくり返りも知っているがゆえの苦しみなんですね。
>
> なんなと、どうぞ。
>
> もう、この掲示板でぽこさんが苦しむことはない。
>
> そして、もう、ぽこさんは誰のものでもない。
> ぽこさんは自由なんだ。
> >
> > 甘言の男が集る(たかる)花の下
> >
> 昔、詐欺師チック、いま、詐欺の小間使いかえ?
>
> :*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。
>
> >もう、この掲示板でぽこさんが苦しむことはない。
>
> これも、いかにも、ぽこちゃんを人質にとって楯にした言い方でであって・・・
>
> やうは、この掲示板で、苦しんできたのは、とんび=ぶんととくんそのものであって、そりゃあ、さうぢゃ、もし苦しまんで、へらへら、しちょったらそれこそ、それこそ救いがたい、かnくっちゃべり〜くんや、たぬきのやっちんや、于論茶=↑(▼▼)胡乱ちゃんこと、田島力くんのやうなもんであらうが、ま、ほんでも、あの連中は、なんちゃらいいつつ、たぬきのたつきを自分でたてながら、一応は、見かけ上は、愛人を抱えるだけの余裕のあったたぬきのよみうりのやっちんや、ラーメンを啜りいろんな文化たぬきの寄生しつつも、一応二流紙の支局長、解説委員でたぬきのたつきの于論茶=↑(▼▼)胡乱ちゃん、さういうものに比して、肩書きの偽造も、葬儀であったよし、家族に睨まれも、遺族席に座りたがるその厚顔無恥さ、あくまでぽこちゃんは、オレのモノだと主張するやうなその卑しさ・・・
>
> あ、そうそう、かういう記事もありましたね。告別火葬の日の・・・
>
> :*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。
>
> [53860] 終わったよ。 投稿者:とんび 投稿日:2011/03/10(Thu) 15:11
>
>
> 一時15分ごろ出棺。
>
> おらは、それなりに帰った。
>
> 弔辞は本人に伝えた。
>
> 元気が出るように歌も歌ってあげた。
>
> おらは音痴で歌うと‘なにそれ’と笑うんだ。
>
> 昨日帰りがけに顔を覗いたらえらく不機嫌そうだった。
>
> 気になっていたんだ。
>
> いい顔だった。焼き場まで、と思ったが、やめた。
>
> ここまでだ、ぽこさん、あとは家族に守ってもらえ。
>
> 中杉通りを歩いていたら、歩子さんの声が聞こえてきた。
>
> ‘が〜んばれ、と〜んび’と、笑顔だった。
>
> いまごろ歩子さんも元気に歩いているだろう。
>
> ろくな句は出来ない。
>
> 君を送る線香代わりの煙草かな
>
> 線香も立ち消えにけり寒戻る
>
> 我ならで誰が送るや梅の花
>  http://
>
> :*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。
>
> 畢竟
>
> 我ならで誰が送るや梅の花
>
> この句、この句の精神状態ね、これはこれでそれだけの自負をもって、愛をもって送るのあれば、それはそれでさういうこともありなんでせうが、そのねっこにある、自惚れ、その自惚れさえ、ちゃんと自他の認め得る根拠ならともかくも、他者はもとより、遺族、家族からさえも認められない、拒否された、その所以へ思いをいたすことなく、ちうより、バカぢゃなくんば、思いは致したんでせうが、それを自己成長への契機となすこもなく、かうやって、情況をデッチアゲテ、自らの妄想と偽善ちうか、欺瞞、憐憫の中へ頽落していってしまう、景色。
>
> まう、これらの記事のいちいちの糊塗は、ああ、言葉の裏の意匠は、まことに醜悪で見るに見られませんが、そんでも、さういう醜悪さ、とんび=ぶんととくんは、醜悪とさえおもっていなく、自分を甘やかしてそこへ逃避して、り〜くんがバガくんにとんびの実態を聞きかじってよく避難しておった、あれこれの女のリストをもって、女ちうもんも、義侠心もありますれば、さういうもんに寄生して食い繋いでいく、そのさもしさ、おとこの風下においておいてさえ、ぷんぷん臭ってくる、その悪臭、とんび=ぶんととくんの鼻も自らの悪臭でバカになって、麻痺しているんかもしれませんね。
>
> とはいえ、かういう麻痺も、これをかいてるソレガシ自身にもいえること、ちうば、さう言明することによって、各種の各位かたの批判へけん制しやというわけではあらへんで、批判は大いに結構、こんだけ書いても、なんも反応があらへんば、そりゃあ、暖簾に腕押しで、筋トレにもならへんで、筋萎縮するばっかですから、大いにこの記事へのご批判もいただきたく、まあ、さういえば、批判や攻撃、攻撃ちうのんは、愛もへったくりもありませんけん、よくありませんが、さういうものへの自己免疫をつけやう、おなじやうに、他者のみなさまにも、自己免疫強化の鍛錬の幾許かにでもなればと・・・
>
> まあ、適当に自己弁護とご都合主義をやっていますが・・・
>
> いくら、とんび=ぶんととくんに誰にしろ、自分の景色を自分でデッチアゲて格好つけてひとを、自他を騙そうとしても、自他ともに騙せるもんでありません。たとえ、騙そうと思わなくて、さう信じきっているにしても、カルト教団に嵌ってしまって、それをいくら、周囲のもんが目を覚ませ、ちうても、目覚めんで、眠り続ける、夢遊病者めいたもんも、世には多ければ・・・・
>
>
> 男女にかかわらず、ケルケゴールの言説は、こっちゃでも生きそうですね。
>
> :*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。
>
> > > 花どきの無間地獄か極楽か
>
> > キルケゴール著作集13からはやくもおそくも14巻目にうつって、人生行路の諸段階〜「《責めありや?》−−−《責めなしや?》」(その1) 佐藤晃一訳 1963年 白水社
> >
> > p29〜30
> >
> > 「四月十五日 朝
> >
> > いくらか熱にうかされているやうなものの言い方をしたあの女性としての未熟さは、いまは忘れられてしまったかのやうである。わたしは愛されているものと信じてさしつかえない。もちろん、彼女がだれか別の男を愛するなどということは、わたしの心には思い浮かばないのだが、しかし、わたしには、彼女が、魂を美しくし、魂の美しさを完全なものにする、あの確固とした基礎を持っていないやうに思われたのである。魂が美しくなるのを見ることは、毒を飲んだ人間のからだに突然その毒がきいてくるのを見るときのぞくぞくするやうな恐怖にくらべることができる、ぞくぞくする喜びである。
> >
> > そして、彼女は自分がああいう異常なふるまいすることができたということにたいして苦痛を感じて、そのために、わたしの予想もしなかったやうなやさしい態度を取っている。彼女がこのやうな苦痛を感じているということは、なんといっても重要な意味を持つことなのだ!
>
> p33〜35
> > 四月十八日 深夜
> > 単に彼女の自由であることを見るよりも、もっと高いものを目ざしているわたしの願望、わたしの魂のなかにある神的なものの狂気沙汰であるわたしの願望、これはいまや放棄されなければならないのかもしれない。しかし、わたしは放棄しやうとは思わない。もしわたしがいつか解放されて、行動してもいいやうになるなら、わたしという人間のあり方が彼女の心の願望を燃え立たせることも、おそらく可能になるであらう。たとえこの可能性がはるか遠い可能性のなかにあるもので、無限に遠いかなたにあるとしても、わたしはそれを放棄しやうとは思わない、見捨てやうとは思わない。・・・わたしはこの願望を単なる思いつきという見すぼらしい形でときどき思い浮かべるのではなくて、わたしという人間のあり方全体の最高の情熱として、この願望に深い敬意を払ってゆくつもりである。
> >
> > たしかに、絶望が苦悩につきそう復讐の女神であるやうに、悲しみは苦悩につきそう優美の女神である。しかし、苦痛のあまりに悲鳴をあげたのちにはじめて、悲しんでよいことになるのだ。いきなり悲しくなることは、ときとして低級な魂のしるしになる。
> >
> > それでは、よくお休み、かわいい娘よ、お前に誠実を誓った男は、いましている以上のことはできないのだ、さあ、よくお休み。わたしはすんでのことに、愛する子よ、と言うところだったが、それというのも、わたしの心配は、自分の娘が恋をするところを見たいと熱望する父親の心配とほとんど同じものだからである。見よ、これが悲しみなのだ、しかし、わたしはそれを欲しない。わたしはおまえをがまんする。がまんするぞ。たとえそのために、何も起こらぬままわたしが老人になってしまおうとも。わたしは見張り台に立って期待の実現を待ちもうけている夜警を呼びもどすやうなことはしない。」
>
> p64
> 「破滅の淵に深く沈めば沈むほど、ますます後悔することがすくなくなる」
>
> p65
> 「気位の高い君主にとっては不名誉な屈辱感が、専制的な人間にとっては意味深長なる謎めいた言葉による誘惑が、不幸な恋人にとっては罪の呵責が発狂の原因になりうる」
>
> :*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。
>
> そんで、この「熱にうかされているやうなものの言い方をしたあの女性」がとんび=ぶんととくんにしても、「破滅の淵に深く沈めば沈むほど、ますます後悔することがすくなくなる」にしても、そんのまんまどすが・・・この・・
>
> 「気位の高い君主」も「専制的な人間」も「不幸な恋人」も、これはばらばらな別の人間ではのうて、一人のなかの多面体なんですね、ゆえに「不名誉な屈辱感」も、「意味深長なる謎めいた言葉による誘惑」も、「罪の呵責」も「発狂の原因になりうる」のですが、発狂もせんで意識的になすとしたら、発狂よりも恐ろしい事態ですね。
>
> よの共感力のつよい方々は、餌食にならぬやうに、よく読んで噛んでも、日経はせいぜいスペキュレーションちんぶんどすが、さういうどたぬきジャーナリズムでは味わいえぬ、まことに臭いがよく効く肥やしがここらへんにはありますので、よく読んでよく噛んで味わってみてください。
>

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[54011] 些事ながら Re:[54010] 「罪の呵責」も「発狂の原因になりうる」のですが、発狂もせんで意識的になすとしたら、発狂よりも恐ろしい事態ですね。Re:[54005] ご自分が惨めで哀れだと、思わないのでせうか? Re:[53999] おっと、こんなところに。Re:[53964] [53963] [53961] 誕生日、おめでとう。 投稿者:北風 投稿日:2011/04/05(Tue) 09:38  


> > > ぜんぜん、覚えがありませんね。
>
> これこれ、とんび=ぶんととくん!
>
> > 惚けているなら許しがたいし、本気なら救いがたい。
>
> これって・・・
>
> 惚けているなら救いがたい。
>
> かつ
>
> 本気なら許しがたいし、
>
> のマチガイではないでせうか?
>
> 惚けているならば、許しがたいといったところで、しょうがないし、

「とぼける」と入れたら「惚ける」と出たんだよ。




[54010] 「罪の呵責」も「発狂の原因になりうる」のですが、発狂もせんで意識的になすとしたら、発狂よりも恐ろしい事態ですね。Re:[54005] ご自分が惨めで哀れだと、思わないのでせうか? Re:[53999] おっと、こんなところに。Re:[53964] [53963] [53961] 誕生日、おめでとう。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/05(Tue) 09:10  

ろきこかわANNEX−Ω   訪問者数:2370691(今日:127/昨日:429)2011/04/05(Tue) 07:35

Chet Baker - I've Never Been In Love Before
http://www.youtube.com/watch?v=lyVDPo3pMsc&feature=BF&list=QL&index=4

珍しい画像がでてきましたね。あの時代のあの形のあの自動車。ああいうものをみているとものばかりでなく人間も思い出します。

> 無事に終わりました。
> 皆さんありがとう。

お世話になりますた。

それにしても、会ってみると全然印象が違うとか、全然違わぬとか、ひとそれぞれで、その出遭いちうもんは、男と男であれ、女と男であれ、強烈な印象を残すものですね。

さういう強烈な印象が強烈な関係になるか、はたまた通りすがりの風景で褪せてゆくか?

ある年代になれば、若いころのやうに関係を目ざして猪突猛進することもなくんば、幾層にも塗りたくった油絵のやうなしつこさもなく、淡い水彩画のやうに、記憶の片隅に飾られていく・・・・嗚呼、それは、まさに老いた証拠で、いのちの弱まりなのかもしれませんね。でもそれが時として焔のやうに燃え上がり・・


> ところで、
>
> > > > 三週間も過ぎると、いろいろなことがわかってくる。
> > > > ご両親、妹さんからの話。可愛がってくれた神保町の山さんの娘、百合ちゃんからの話。覚えがないとは言わせない。
> >
> > ぜんぜん、覚えがありませんね。

これこれ、とんび=ぶんととくん!

> 惚けているなら許しがたいし、本気なら救いがたい。

これって・・・

惚けているなら救いがたい。

かつ

本気なら許しがたいし、

のマチガイではないでせうか?

惚けているならば、許しがたいといったところで、しょうがないし、

本気ならば、救いがたいというやうな慈悲の対象ではありえんで、それこそ教育の対象、あるいは、あのバガくんが、拳骨でぶん殴ったやうな、性根の叩き直しが必要なのかもしれません。とは、いえ、もう中年もはるかに超えたやうな歳をこいて、なおかつ、女の好意に寄生していあるやうな生き方、それも、次々と梯子して、憐憫を乞うやうな、その惨めさ、哀れさを売り物して、ちっとも自己鍛錬をすることもなく、己が甘さの「修羅」、本来「修羅」ちうのんはとんぶ=ぶんととくんがもの申す「修羅」とは大違いなんどすが、なんせ、かういう手合いは、なんでも賢治の詩の「修羅」も、そのもとの仏教の「修羅」さえも、己が惨めさ、哀れさを正当化する甘さへ頽落して、ますます、惨めさ、哀れさを売り物にして、つぎの獲物を探す、さういう風景に接するにつけ、これはなんとかせなあかん・・・惚けているならば、許しがたいといったところで、しょうがないし、本気ならば、救いがたいというやうな慈悲の対象ではありえんで、それこそ教育の対象、あるいは、あのバガくんが、拳骨でぶん殴ったやうな、性根の叩き直しも、修羅の商魂の逞しさにおいては、その傷さえ、意識的にか無意識的には、ぽこちゃんの憐憫を誘う、よき腫れ物にして、食い物にしていった、さういう悪知恵には長けているのか、それはまう悪知恵や狡猾ちう意識的なもんでのうて、身についた習性なのか・・いづれにせい、みずから気づきにないもんには、それがいかに醜い景色であらうが、それを眼前に突きつけてあげる、それは、バガくんのやうな拳骨はここちゃらの掲示板では飛びようもなく、ひたすらに、見えたもんを見えやうに書きつらねる、その見えやうも、云いやうも、その実態といかばかりの乖離があるか、そんなことは実態のなんたるかは、そりゃあ、心理学でも、精神医学でも、科学でも、わかりっこないんぢゃけん、その見えたるところを撃ってあげねばならんのんどすわね。

しかるに、ある犯罪者が人質をとって、その人質を楯にして逃げまくる、撃てば人質さえも殺める可能性がある、ああ、特殊狙撃班の苦悩いかばかりのものや!

ちうような、狙撃ではないのですね。人質のぽこちゃん、それを、なんですか・・・

『死ぬことは、生きている者たちの餌食になることだ。』

にしても

生きることは、死者たちを餌食にすることだ。

にしても

さらには、

生きるとは、生者を餌食にすることだ。

さういう、生き方、食うにしても食われるにしても・・

> ご自分が惨めで哀れだと、思わないのでせうか?

ということですわね。

さらに、とんび=ぶんととまやかし修羅修羅記事を挙げれば・・・

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。


[53999] おっと、こんなところに。Re:[53964] [53963] [53961] 誕生日、おめでとう。 投稿者:とんび 投稿日:2011/04/03(Sun) 03:55

> ろちむよけANNEX−Ω   訪問者数:2367723(今日:125/昨日:461)2011/03/30(Wed) 08:44
>
> 昭和の隠れた名曲 絵空事 弘田三枝子
> http://www.youtube.com/watch?v=cMM9VtM7TBM&feature=BF&list=QL&index=14
>
> > > 一日、遅れちゃったのにゃ。
>
> ぷんととという女めかしたメールもむかし来たし・・
>
> > 三週間も過ぎると、いろいろなことがわかってくる。
> > ご両親、妹さんからの話。可愛がってくれた神保町の山さんの娘、百合ちゃんからの話。覚えがないとは言わせない。

ぜんぜん、覚えがありませんね。
>
> バラしちゃったら、ぷんととだけぢゃのうて、いろいろなさしさわりもあればさうもできない、まあ、世間のどこにでもある景色どすが、腹の煮えくり返りも知っているがゆえの苦しみなんですね。

なんなと、どうぞ。

もう、この掲示板でぽこさんが苦しむことはない。

そして、もう、ぽこさんは誰のものでもない。
ぽこさんは自由なんだ。
>
> 甘言の男が集る(たかる)花の下
>
昔、詐欺師チック、いま、詐欺の小間使いかえ?

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

>もう、この掲示板でぽこさんが苦しむことはない。

これも、いかにも、ぽこちゃんを人質にとって楯にした言い方でであって・・・

やうは、この掲示板で、苦しんできたのは、とんび=ぶんととくんそのものであって、そりゃあ、さうぢゃ、もし苦しまんで、へらへら、しちょったらそれこそ、それこそ救いがたい、かnくっちゃべり〜くんや、たぬきのやっちんや、于論茶=↑(▼▼)胡乱ちゃんこと、田島力くんのやうなもんであらうが、ま、ほんでも、あの連中は、なんちゃらいいつつ、たぬきのたつきを自分でたてながら、一応は、見かけ上は、愛人を抱えるだけの余裕のあったたぬきのよみうりのやっちんや、ラーメンを啜りいろんな文化たぬきの寄生しつつも、一応二流紙の支局長、解説委員でたぬきのたつきの于論茶=↑(▼▼)胡乱ちゃん、さういうものに比して、肩書きの偽造も、葬儀であったよし、家族に睨まれも、遺族席に座りたがるその厚顔無恥さ、あくまでぽこちゃんは、オレのモノだと主張するやうなその卑しさ・・・

あ、そうそう、かういう記事もありましたね。告別火葬の日の・・・

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

[53860] 終わったよ。 投稿者:とんび 投稿日:2011/03/10(Thu) 15:11


一時15分ごろ出棺。

おらは、それなりに帰った。

弔辞は本人に伝えた。

元気が出るように歌も歌ってあげた。

おらは音痴で歌うと‘なにそれ’と笑うんだ。

昨日帰りがけに顔を覗いたらえらく不機嫌そうだった。

気になっていたんだ。

いい顔だった。焼き場まで、と思ったが、やめた。

ここまでだ、ぽこさん、あとは家族に守ってもらえ。

中杉通りを歩いていたら、歩子さんの声が聞こえてきた。

‘が〜んばれ、と〜んび’と、笑顔だった。

いまごろ歩子さんも元気に歩いているだろう。

ろくな句は出来ない。

君を送る線香代わりの煙草かな

線香も立ち消えにけり寒戻る

我ならで誰が送るや梅の花
 http://

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

畢竟

我ならで誰が送るや梅の花

この句、この句の精神状態ね、これはこれでそれだけの自負をもって、愛をもって送るのあれば、それはそれでさういうこともありなんでせうが、そのねっこにある、自惚れ、その自惚れさえ、ちゃんと自他の認め得る根拠ならともかくも、他者はもとより、遺族、家族からさえも認められない、拒否された、その所以へ思いをいたすことなく、ちうより、バカぢゃなくんば、思いは致したんでせうが、それを自己成長への契機となすこもなく、かうやって、情況をデッチアゲテ、自らの妄想と偽善ちうか、欺瞞、憐憫の中へ頽落していってしまう、景色。

まう、これらの記事のいちいちの糊塗は、ああ、言葉の裏の意匠は、まことに醜悪で見るに見られませんが、そんでも、さういう醜悪さ、とんび=ぶんととくんは、醜悪とさえおもっていなく、自分を甘やかしてそこへ逃避して、り〜くんがバガくんにとんびの実態を聞きかじってよく避難しておった、あれこれの女のリストをもって、女ちうもんも、義侠心もありますれば、さういうもんに寄生して食い繋いでいく、そのさもしさ、おとこの風下においておいてさえ、ぷんぷん臭ってくる、その悪臭、とんび=ぶんととくんの鼻も自らの悪臭でバカになって、麻痺しているんかもしれませんね。

とはいえ、かういう麻痺も、これをかいてるソレガシ自身にもいえること、ちうば、さう言明することによって、各種の各位かたの批判へけん制しやというわけではあらへんで、批判は大いに結構、こんだけ書いても、なんも反応があらへんば、そりゃあ、暖簾に腕押しで、筋トレにもならへんで、筋萎縮するばっかですから、大いにこの記事へのご批判もいただきたく、まあ、さういえば、批判や攻撃、攻撃ちうのんは、愛もへったくりもありませんけん、よくありませんが、さういうものへの自己免疫をつけやう、おなじやうに、他者のみなさまにも、自己免疫強化の鍛錬の幾許かにでもなればと・・・

まあ、適当に自己弁護とご都合主義をやっていますが・・・

いくら、とんび=ぶんととくんに誰にしろ、自分の景色を自分でデッチアゲて格好つけてひとを、自他を騙そうとしても、自他ともに騙せるもんでありません。たとえ、騙そうと思わなくて、さう信じきっているにしても、カルト教団に嵌ってしまって、それをいくら、周囲のもんが目を覚ませ、ちうても、目覚めんで、眠り続ける、夢遊病者めいたもんも、世には多ければ・・・・


男女にかかわらず、ケルケゴールの言説は、こっちゃでも生きそうですね。

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

> > 花どきの無間地獄か極楽か

> キルケゴール著作集13からはやくもおそくも14巻目にうつって、人生行路の諸段階〜「《責めありや?》−−−《責めなしや?》」(その1) 佐藤晃一訳 1963年 白水社
>
> p29〜30
>
> 「四月十五日 朝
>
> いくらか熱にうかされているやうなものの言い方をしたあの女性としての未熟さは、いまは忘れられてしまったかのやうである。わたしは愛されているものと信じてさしつかえない。もちろん、彼女がだれか別の男を愛するなどということは、わたしの心には思い浮かばないのだが、しかし、わたしには、彼女が、魂を美しくし、魂の美しさを完全なものにする、あの確固とした基礎を持っていないやうに思われたのである。魂が美しくなるのを見ることは、毒を飲んだ人間のからだに突然その毒がきいてくるのを見るときのぞくぞくするやうな恐怖にくらべることができる、ぞくぞくする喜びである。
>
> そして、彼女は自分がああいう異常なふるまいすることができたということにたいして苦痛を感じて、そのために、わたしの予想もしなかったやうなやさしい態度を取っている。彼女がこのやうな苦痛を感じているということは、なんといっても重要な意味を持つことなのだ!

p33〜35
> 四月十八日 深夜
> 単に彼女の自由であることを見るよりも、もっと高いものを目ざしているわたしの願望、わたしの魂のなかにある神的なものの狂気沙汰であるわたしの願望、これはいまや放棄されなければならないのかもしれない。しかし、わたしは放棄しやうとは思わない。もしわたしがいつか解放されて、行動してもいいやうになるなら、わたしという人間のあり方が彼女の心の願望を燃え立たせることも、おそらく可能になるであらう。たとえこの可能性がはるか遠い可能性のなかにあるもので、無限に遠いかなたにあるとしても、わたしはそれを放棄しやうとは思わない、見捨てやうとは思わない。・・・わたしはこの願望を単なる思いつきという見すぼらしい形でときどき思い浮かべるのではなくて、わたしという人間のあり方全体の最高の情熱として、この願望に深い敬意を払ってゆくつもりである。
>
> たしかに、絶望が苦悩につきそう復讐の女神であるやうに、悲しみは苦悩につきそう優美の女神である。しかし、苦痛のあまりに悲鳴をあげたのちにはじめて、悲しんでよいことになるのだ。いきなり悲しくなることは、ときとして低級な魂のしるしになる。
>
> それでは、よくお休み、かわいい娘よ、お前に誠実を誓った男は、いましている以上のことはできないのだ、さあ、よくお休み。わたしはすんでのことに、愛する子よ、と言うところだったが、それというのも、わたしの心配は、自分の娘が恋をするところを見たいと熱望する父親の心配とほとんど同じものだからである。見よ、これが悲しみなのだ、しかし、わたしはそれを欲しない。わたしはおまえをがまんする。がまんするぞ。たとえそのために、何も起こらぬままわたしが老人になってしまおうとも。わたしは見張り台に立って期待の実現を待ちもうけている夜警を呼びもどすやうなことはしない。」

p64
「破滅の淵に深く沈めば沈むほど、ますます後悔することがすくなくなる」

p65
「気位の高い君主にとっては不名誉な屈辱感が、専制的な人間にとっては意味深長なる謎めいた言葉による誘惑が、不幸な恋人にとっては罪の呵責が発狂の原因になりうる」

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

そんで、この「熱にうかされているやうなものの言い方をしたあの女性」がとんび=ぶんととくんにしても、「破滅の淵に深く沈めば沈むほど、ますます後悔することがすくなくなる」にしても、そんのまんまどすが・・・この・・

「気位の高い君主」も「専制的な人間」も「不幸な恋人」も、これはばらばらな別の人間ではのうて、一人のなかの多面体なんですね、ゆえに「不名誉な屈辱感」も、「意味深長なる謎めいた言葉による誘惑」も、「罪の呵責」も「発狂の原因になりうる」のですが、発狂もせんで意識的になすとしたら、発狂よりも恐ろしい事態ですね。

よの共感力のつよい方々は、餌食にならぬやうに、よく読んで噛んでも、日経はせいぜいスペキュレーションちんぶんどすが、さういうどたぬきジャーナリズムでは味わいえぬ、まことに臭いがよく効く肥やしがここらへんにはありますので、よく読んでよく噛んで味わってみてください。

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[54009] Re:[54007] けっこうな花曇のしたで 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/04(Mon) 10:00  

よけにちまANNEX−Ω   訪問者数:2370260(今日:125/昨日:468)2011/04/04(Mon) 09:00

> 浄土にも花の冷ゆるや能登恵美子

ぱちぱち、拍手!

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[54008] やや仰向けの遺影Re:[54006] 見る間に一分が二分、二分が三分に・・ 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/04(Mon) 09:58  

むそえたはANNEX−Ω   訪問者数:2370226(今日:91/昨日:468)2011/04/04(Mon) 09:23

Chet Baker - Goodbye
http://www.youtube.com/watch?v=24Far5on4rE&feature=autoplay&list=QL&index=3&playnext=1

> のうゆみはANNEX−Ω   訪問者数:2370207(今日:72/昨日:468)2011/04/04(Mon) 08:09
>
> Chet Baker - I've Grown Accustomed to Her Face
> http://www.youtube.com/watch?v=GNllzVcAQpM&feature=autoplay&list=QL&index=2&playnext=2
>
> 対抗心燃やす女は来ぬ花見

女一人酔いどれてゐる花の闇

> ひぬふほれANNEX−Ω   訪問者数:2369359(今日:226/昨日:456)2011/04/02(Sat) 10:47
>
> Chet Baker - Time After Time - Special Edit
> http://www.youtube.com/watch?v=KByd366fKdc&feature=autoplay&list=QL&index=5&playnext=5
>
> > かみあみねANNEX−Ω   訪問者数:2369341(今日:208/昨日:456)2011/04/02(Sat) 10:18
> >
> > Maybe You'll Be There - Diana Krall
> > http://www.youtube.com/watch?v=pzpucEeXmpY&feature=BF&list=QL&index=9
> >
> > 花どきの無間地獄か極楽か

> キルケゴール著作集13からはやくもおそくも14巻目にうつって、人生行路の諸段階〜「《責めありや?》−−−《責めなしや?》」(その1) 佐藤晃一訳 1963年 白水社
>
> p29〜30
>
> 「四月十五日 朝
>
> いくらか熱にうかされているやうなものの言い方をしたあの女性としての未熟さは、いまは忘れられてしまったかのやうである。わたしは愛されているものと信じてさしつかえない。もちろん、彼女がだれか別の男を愛するなどということは、わたしの心には思い浮かばないのだが、しかし、わたしには、彼女が、魂を美しくし、魂の美しさを完全なものにする、あの確固とした基礎を持っていないやうに思われたのである。魂が美しくなるのを見ることは、毒を飲んだ人間のからだに突然その毒がきいてくるのを見るときのぞくぞくするやうな恐怖にくらべることができる、ぞくぞくする喜びである。
>
> そして、彼女は自分がああいう異常なふるまいすることができたということにたいして苦痛を感じて、そのために、わたしの予想もしなかったやうなやさしい態度を取っている。彼女がこのやうな苦痛を感じているということは、なんといっても重要な意味を持つことなのだ!

p33〜35
> 四月十八日 深夜
> 単に彼女の自由であることを見るよりも、もっと高いものを目ざしているわたしの願望、わたしの魂のなかにある神的なものの狂気沙汰であるわたしの願望、これはいまや放棄されなければならないのかもしれない。しかし、わたしは放棄しやうとは思わない。もしわたしがいつか解放されて、行動してもいいやうになるなら、わたしという人間のあり方が彼女の心の願望を燃え立たせることも、おそらく可能になるであらう。たとえこの可能性がはるか遠い可能性のなかにあるもので、無限に遠いかなたにあるとしても、わたしはそれを放棄しやうとは思わない、見捨てやうとは思わない。・・・わたしはこの願望を単なる思いつきという見すぼらしい形でときどき思い浮かべるのではなくて、わたしという人間のあり方全体の最高の情熱として、この願望に深い敬意を払ってゆくつもりである。
>
> たしかに、絶望が苦悩につきそう復讐の女神であるやうに、悲しみは苦悩につきそう優美の女神である。しかし、苦痛のあまりに悲鳴をあげたのちにはじめて、悲しんでよいことになるのだ。いきなり悲しくなることは、ときとして低級な魂のしるしになる。
>
> それでは、よくお休み、かわいい娘よ、お前に誠実を誓った男は、いましている以上のことはできないのだ、さあ、よくお休み。わたしはすんでのことに、愛する子よ、と言うところだったが、それというのも、わたしの心配は、自分の娘が恋をするところを見たいと熱望する父親の心配とほとんど同じものだからである。見よ、これが悲しみなのだ、しかし、わたしはそれを欲しない。わたしはおまえをがまんする。がまんするぞ。たとえそのために、何も起こらぬままわたしが老人になってしまおうとも。わたしは見張り台に立って期待の実現を待ちもうけている夜警を呼びもどすやうなことはしない。」

p64
「破滅の淵に深く沈めば沈むほど、ますます後悔することがすくなくなる」

p65
「気位の高い君主にとっては不名誉な屈辱感が、専制的な人間にとっては意味深長なる謎めいた言葉による誘惑が、不幸な恋人にとっては罪の呵責が発狂の原因になりうる」

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[54007] けっこうな花曇のしたで 投稿者:茫茫 投稿日:2011/04/04(Mon) 09:51  


浄土にも花の冷ゆるや能登恵美子


[54006] 見る間に一分が二分、二分が三分に・・ 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/04(Mon) 09:13  

のうゆみはANNEX−Ω   訪問者数:2370207(今日:72/昨日:468)2011/04/04(Mon) 08:09

Chet Baker - I've Grown Accustomed to Her Face
http://www.youtube.com/watch?v=GNllzVcAQpM&feature=autoplay&list=QL&index=2&playnext=2

対抗心燃やす女は来ぬ花見

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[54005] ご自分が惨めで哀れだと、思わないのでせうか? Re:[53999] おっと、こんなところに。Re:[53964] [53963] [53961] 誕生日、おめでとう。 投稿者:北風 投稿日:2011/04/04(Mon) 08:09  

無事に終わりました。
皆さんありがとう。

ところで、

> > > 三週間も過ぎると、いろいろなことがわかってくる。
> > > ご両親、妹さんからの話。可愛がってくれた神保町の山さんの娘、百合ちゃんからの話。覚えがないとは言わせない。
>
> ぜんぜん、覚えがありませんね。

惚けているなら許しがたいし、本気なら救いがたい。

ご自分が惨めで哀れだと、思わないのでせうか?





[54004] ご自分が惨めで哀れだと、思わないのでせうか?Re:[54003] [54002] 而して、思考して、嗜好して、かういう好意にばっか、甘えて頽落しちょれば、まあ、とんび=ぷんととなみに成り果てるわけどすけん、そこは、好意さえも、ありがたきはありがたきとはしても、己に厳しく受け止めたはうが、己が毒になさずにクスリにできやうというものだ。Re:[53982] [53971] [53970] [53958] だうされているんでせうか? 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/03(Sun) 10:18  

よめれへるANNEX−Ω   訪問者数:2369865(今日:198/昨日:534)2011/04/03(Sun) 10:54

Engelbert Humperdinck - I wish you love
http://www.youtube.com/watch?v=wQ0tiD1JRnc&feature=BF&list=QL&index=4


> > 畢竟、あばたもえくぼ、えくぼもあばた、であれば、愛情をもって、あばたもえくぼにしてくれる、さういう心づくしは、他者にとっては笑止であっても、ソレガシにとっては微笑みなんですね。
>
> はははははは。

と、わらっちょるが、わらいごとではあらへんがな!

ああいう、なんちうか媚ちうもんは、それこそ、男女にかかわらず、ある。それも、どなさまにも・・

だから、いろんなおかしなこと、さらには醜悪なこと、さらには信じられないやうな事態さえ引き起こす。

とはいえ、愛ちうもんのそれこそダイヤモンドのやうな多面体に色々な光がきらめく、そのきらめく光をスペクトルで分解して、あれこれやれば、実も蓋もない、精神分析的頽落に陥るのですが、そのきらめきを煌きとして味わってみれば、愛憎こもごも、あばたもえくぼ化できるからこその愛情でもあるわけであって、あばただから、さよなら、ちうのんであれば、まあ、それは、範疇として美的カテゴリーにおいての愛ともいえぬ、嗜好の限界なんであって、あの、ミスユニバースの審査員や品評者が、愛をもってミスユニバースを選んで、選ばれたミスユニバースを鼻の下を長くして眺める視聴者も愛を持って眺めておるんか、ちう、アホラシイ事例をあげるまでもなく、愛ちうもんは、あらゆる世の中の美醜や愛憎のかなたで成就する仏の境地なのかもしれませんね。

ゆえに、貶そうが、誉めようが、奉ろうが、足蹴にしやうが・・・・


う〜む、願わくは足蹴にされたくない、抹殺閂削除されたくない、それは、まあ、生きているもんの自然な気持ちなんでせうね。

> ところで、あいにくの曇り空ですが予定通り行います。
> 一応、食い物と飲み物は用意しましたので手ぶらでおいでください。

では、ステーキ腰弁もパスすて、でも、桜並木の場所がわからんかった。あっこに桜並木なんかあるんか?

ちめろくやANNEX−Ω   訪問者数:2369591(今日:458/昨日:456)2011/04/02(Sat) 19:07

Natalie Cole - I Wish You Love - http://www.Chaylz.com
http://www.youtube.com/watch?v=1JxmOCy3-DY

> > > > 桜の花が好きだった、ぽこをしのぶ花見をします。
> > > > ご両親、妹さんも参加されます。
> > > > ぽこを直接ご存じない方でも、どなたでも参加をお待ちします。ぜひご参加ください。
> > > >
> > > > 日時 4月3日(日曜日)正午から
> > > > 場所 多磨全生園桜並木
> > > > 会費 無料(持ち込み歓迎)
> > > >
> > > > なお雨天の場合は中止し、翌週日曜同じ要領でおこなう予定です。
> > > > 当日朝、当BBSでお知らせしますのど確認してください。
> > > >
> > >
> > > 本日開花宣言。土曜はあったかだが日曜は寒いかもしれない。
> >
> > 天気が悪い場合、全生園内の「福祉会館」(畳の部屋)を使わせてもらうめどがつきました。
> >
>
> 気温は低いものの天気は持ちそうなので「決行」します。
> ただ桜は咲いているかな。

正門が二分咲き、資料館のあたりのグランドが1分咲き。ただしマーケットの前の白木蓮は満開から散り初めて・・


ところで・・・

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

マンション管理費は見直せば削減できます!!Rustock の遮断により世界のスパム量が3分の2に減少

2011年4月1日(金)14時30分配信 japan.internet.com 

-PR-
シマンテックは2011年3月31日、「メッセージラボ インテリジェンス2011年3月度レポート」を発表した。

分析の結果、「Rustock」は、3月に入って遮断されるまで、1日あたり138億2,000万通のスパム メールを送信し続けていたことが分かった。これは、同月にすべてのボットネットから送信されたスパムの28.5%に相当するものだ。

Rustock が使用していた指令管制ホストに対して、法的措置が取られたことにより、3月15日から17日にかけて、世界のスパム量が33.6%減少したことを確認している。

一方、Rustock の遮断という市場の隙間を狙って、他のボットネットが活動を活発化させており、現在では、Rustock に代わり、Bagle が本年もっともアクティブなスパム送信ボットネットとなっている。

2010年末以降、活動を活発化させた Bagle は、1日あたり約83億1,000万通のスパム メールを送信していたことが分かっている。Bagle は、支配下にあるボットの数やトラフィック急増の規模と影響力では Rustock におよばないものの、アウトプットは安定してきている。

Symantec.cloud の Message Labs Inteligence シニア アナリスト、Paul Wood 氏は次のように述べている。

「近年最も技術的に洗練されたボットネットの一つが協調努力により遮断されたが、Rustock の背後にいる犯罪組織が、ここから回復できるかどうかは、現時点ではまだ分からない。Rustock は、2006年1月より、ボットネットとマルウェアをめぐる状況において重要な位置を占めており、その期間は、同時期に活動していた他のボットネットとくらべて、はるかに長くなっている」


:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

去年より悩まされておったちうほどに悩んではおらんかったけんど、ソレガシのメールアドレスにナリスマしたスパムメールが煩く飛び込んできて・・・

From otennki007@yahoo.co.jp Tue Mar 15 11:00:11 2011
X-Apparently-To: otennki007@yahoo.co.jp via 114.111.99.110; Tue, 15 Mar 2011 11:00:11 +0900
Return-Path: <otennki007@yahoo.co.jp>
X-YahooFilteredBulk: 187.7.201.65
X-Originating-IP: [187.7.201.65]
Received-SPF: softfail ([187.7.201.65]: domain of transitioning otennki007@yahoo.co.jp does not designate 187.7.201.65 as permitted sender) receiver=[187.7.201.65]; client-ip=187.7.201.65; envelope-from=otennki007@yahoo.co.jp;
Authentication-Results: mta528.mail.kks.yahoo.co.jp from=yahoo.co.jp; domainkeys=neutral (no sig)
Received: from 187.7.201.65 (EHLO 187.7.201.65) (187.7.201.65)
by mta528.mail.kks.yahoo.co.jp with SMTP; Tue, 15 Mar 2011 11:00:11 +0900
Received: from SUELY (localhost [127.0.0.1])
by SUELY (8.13.4/8.13.4) with SMTP id 1328119000739B0
for <otennki007@yahoo.co.jp>; Mon, 14 Mar 2011 23:00:22 -0300
(envelope-from otennki007@yahoo.co.jp)
Message-Id: <2011314230.B9085880E6C18E7F76502@SUELY>
From: otennki007@yahoo.co.jp
To: otennki007@yahoo.co.jp
Reply-To: otennki007@yahoo.co.jp
Subject: otennki007, 64% off on VIAGRA <AE>
Mime-Version: 1.0
Content-Type: text/html; charset=utf-8
Content-Transfer-Encoding: 7bit
Content-Length: 1161

ちうやつね。おまけに、ソレガシのメールアドレスネームの<bomb>まで、ナリスマして、ソレガシに送りつけてくる。

それがスパムで方々に送りつけられたのかだうかはわからぬが、すくなくとも、ソレガシのメールをみんなが抹殺閂削除するやうな方向で、嫌がらせをしておったことは確かで、ゆえに抹殺閂削除されたとも思いませんが、そのナリスマメールも、上記の3月15日の措置により配信停止になったみえて、3月15日以来受信していませんが、また、そぞろ、悪巧みを始めるのでせうね。

而して、だうして、かういう陰険な手段でひとに嫌がらせをするんであらうか、なぬか、不満や不服や反論があれば、真正面からくればええもんを、かういう姑息な手段に訴えねば、己が怨念も晴らせぬ、とでもいうんでせうかね?

ご自分が惨めで哀れだと、思わないのでせうか?

いや、思っておって、そこに頽落しちゃうんでせうね。さういう心理機作・・・

それが、不思議でたまりません。

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[54003] Re:[54002] 而して、思考して、嗜好して、かういう好意にばっか、甘えて頽落しちょれば、まあ、とんび=ぷんととなみに成り果てるわけどすけん、そこは、好意さえも、ありがたきはありがたきとはしても、己に厳しく受け止めたはうが、己が毒になさずにクスリにできやうというものだ。Re:[53982] [53971] [53970] [53958] だうされているんでせうか? 投稿者:北風 投稿日:2011/04/03(Sun) 09:44  

>
> 畢竟、あばたもえくぼ、えくぼもあばた、であれば、愛情をもって、あばたもえくぼにしてくれる、さういう心づくしは、他者にとっては笑止であっても、ソレガシにとっては微笑みなんですね。

はははははは。

ところで、あいにくの曇り空ですが予定通り行います。
一応、食い物と飲み物は用意しましたので手ぶらでおいでください。





[54002] 而して、思考して、嗜好して、かういう好意にばっか、甘えて頽落しちょれば、まあ、とんび=ぷんととなみに成り果てるわけどすけん、そこは、好意さえも、ありがたきはありがたきとはしても、己に厳しく受け止めたはうが、己が毒になさずにクスリにできやうというものだ。Re:[53982] [53971] [53970] [53958] だうされているんでせうか? 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/03(Sun) 08:47  

ろみすけやANNEX−Ω   訪問者数:2369820(今日:153/昨日:534)2011/04/03(Sun) 08:35

弘田三枝子/人形の家
http://www.youtube.com/watch?v=c_b-pu99ZV8&feature=related

> > ここでは、(梵さんはそうではないですが。)生きている者たちが引き起こす「死者」の風評被害を見るようで、おそろしい。しばらくは沈黙するしかなかったです。

これは、なすのせせさんのものいいで・・・


> ま、これに続く話題そのものも、「風評被害」を語りつつ、また「風評被害」にまぎれもなく、ついでに言えば(梵さんはそうではないですが。)なんてのも、いかにもおにょしょう的です。

これは「通りすがり」くんのものいいで、この通りすがりくんちうのんも、まことに卑怯者ですね、といっても、本人は卑怯とすらおもっていないのでせうね。

おにょしょうというものいいは、ここちゃrのアネックスで10年ほどまえに流行ったいいかたですから、かなりふるいメンバーで、なすのせせさんにすら、なんか、毒を含んでいるやうな気がしますが、それはともかくも・・

風評被害や風評利得についてはすでにやりましたので、「(梵さんはそうではないですが。)」というくだり、ここが問題なんですが、かういう言い方もよくあるものであって、そりゃあ、一部の、あるいは大方の他者からみれば、なんとまあ・・・ちうことになるんでせうが、ソレガシとは梵@舌下の黙々 冥利につきますわね。

畢竟、あばたもえくぼ、えくぼもあばた、であれば、愛情をもって、あばたもえくぼにしてくれる、さういう心づくしは、他者にとっては笑止であっても、ソレガシにとっては微笑みなんですね。

而して、思考して、嗜好して、かういう好意にばっか、甘えて頽落しちょれば、まあ、とんび=ぷんととなみに成り果てるわけどすけん、そこは、好意さえも、ありがたきはありがたきとはしても、己に厳しく受け止めたはうが、己が毒になさずにクスリにできやうというものだ。

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[54001] 己が育つ契機に大いになりうるんですね。しかあれども・・・・Re:[53993] また出てきましたね。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/03(Sun) 08:33  

みよのやんANNEX−Ω   訪問者数:2369815(今日:148/昨日:534)2011/04/03(Sun) 08:13

弘田三枝子 My Funny Valentine
http://www.youtube.com/watch?v=D8OSWxOZ4Vk&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=4

> >これこれ。はばたきも、ちうか、ばたばたも、おのが都合、興味、ですぐピリオドにしたがる、女の習性がまたでてきましたね。
>
> 古風で、遠慮がちの奥深い性質がまたでてきましたね。なにしろ源氏物語の時代に誕生しましたので。

なあるほど。

> 女は控えめで、出しゃばったらいけにことを心得ておりますので。十二単では出てくるのも骨がおれますゆえ。

さういうふうに考えれば、浮かばれますわの。

> ドストエフスキーのことは自分の掲示板に書こうと思ってます。よかったらまたおこしやす。

それにすても、そこに掲示板があったか?一方通行的にいっておって、もう、あのくっちゃねbり〜、ああ、りーくんね、ああいうのんは、金輪際こりごりちうても、他者の口を封じて、己が言説まかりをのkkているんぢゃあ、ありませんか?

掲示板のアドレスを教えてきださい。もっとも、出て行かない、ソレガシはどっちかちうと、ここにひきこもっている性分だから。

それにすても、10年前ごろに掲示板の存在ちうもんを俳句のサイトで知って、そこに、遠慮しいしい、そのうち大胆に、そのうち毒を盛ってみたり、揶揄してみたり、自己反省をしてみたり、大揺れに揺れて、されで気がついたことは、掲示板は人間を育てる、ああ、安易に抹殺閂削除しちゃうやなもんは、毒もクスリに化すことはできませんから、傍から見ておっても、ぜんぜん成長も進歩もない、あるのは、せいぜいが、俳句にしても、コトバにしても、掲示板にしても、その表現技巧の巧妙化、巧みさにおいては育ちも、場合によってはあるのですが、だうも、魂の成長、キルケゴール的にいえば、完成へむけての美しさちうもんが、養われない、それに比して、いろいろな言説を載せれば、当然とはいえ、たいていは控えめですが、反論もくる、さういう反論なり反応なりを反芻しちょるうちに、己の至らなさとか、いろんなもんが、それこそ掲示板の上だけぢゃのうて、己地震のなかで浮き彫りになってきて、それこそ、確固としちょるつもりのもんも液状化してきて、こりゃあ、いかん、ちうて、己の基礎をもう一度見直すええチャンスに恵まれる。

さいうことの反復で、だんだん己が基礎工事、ちうと、なんだか人間をあの原発に例えちょるやうで、そぐわんかもすれんが、そぐうところもありますれば、さういう比喩さえ、己の魂の基礎工事にはなる。

あるときは、あばたもえくぼ的な感情に頽落し、あるときはえくぼすらあばたに貶めてしまう愚行も犯し、あるときは感情の秘めた増殖、あるいは、理性のあからさまな分裂、あるときは、さういう根っこの己が足もとを見つめなおし、それでも、かのたぬきのジャーナリズム的なサイクロンかハリケーンに見舞われれば、開いた口にさえ食らわされる放射能ぢゃっけん、しっかり口を閉じて、だういうして人間ちうもんは、ああいう、阿呆なことを平然とやるんであらうか?ちう他者への思いを己への思いとして味わってみたり・・・

さういうことで、掲示板は、掲示板にかぎらぬが、己が育つ契機に大いになりうるんですね。しかあれども・・・・

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[54000] 口直し。Re:[53998] [53997] 語る、ということ。 投稿者:とんび 投稿日:2011/04/03(Sun) 03:59  

> > 53961] 誕生日、おめでとう。 投稿者:ぷんとと 投稿日:2011/03/30(Wed) 07:02
> >
> >
> > 一日、遅れちゃったのにゃ。
> >
> > ぽこち、誕生日おめでとう。
> >
> > 数多人死齢を数ふ彼岸過ぎ
> >
> 数多人死齢を数ふ春彼岸
>
> おれの俳句はしょせん有馬朗人並か、と思うと腹も立ち、情けなくもあるが、
> ‘春彼岸’を使いたい。
>
> すまんな、ぷんとと。
>
> ぽこさんの誕生日に寄せたい思いは分かるが、
> つぶやきは俳句にならないんだ。

ぽこさんの句は、つぶやきじゃなかった。

さもあらばあれ。今は言葉に淫している時間はない。

ま、ゆるゆると。
>
> ちほにおそANNEX−Ω   訪問者数:2369742(今日:75/昨日:534)


[53999] おっと、こんなところに。Re:[53964] [53963] [53961] 誕生日、おめでとう。 投稿者:とんび 投稿日:2011/04/03(Sun) 03:55  

> ろちむよけANNEX−Ω   訪問者数:2367723(今日:125/昨日:461)2011/03/30(Wed) 08:44
>
> 昭和の隠れた名曲 絵空事 弘田三枝子
> http://www.youtube.com/watch?v=cMM9VtM7TBM&feature=BF&list=QL&index=14
>
> > > 一日、遅れちゃったのにゃ。
>
> ぷんととという女めかしたメールもむかし来たし・・
>
> > 三週間も過ぎると、いろいろなことがわかってくる。
> > ご両親、妹さんからの話。可愛がってくれた神保町の山さんの娘、百合ちゃんからの話。覚えがないとは言わせない。

ぜんぜん、覚えがありませんね。
>
> バラしちゃったら、ぷんととだけぢゃのうて、いろいろなさしさわりもあればさうもできない、まあ、世間のどこにでもある景色どすが、腹の煮えくり返りも知っているがゆえの苦しみなんですね。

なんなと、どうぞ。

もう、この掲示板でぽこさんが苦しむことはない。

そして、もう、ぽこさんは誰のものでもない。
ぽこさんは自由なんだ。
>
> 甘言の男が集る(たかる)花の下
>
昔、詐欺師チック、いま、詐欺の小間使いかえ?


[53998] Re:[53997] 語る、ということ。 投稿者:とんび 投稿日:2011/04/03(Sun) 03:48  

> 53961] 誕生日、おめでとう。 投稿者:ぷんとと 投稿日:2011/03/30(Wed) 07:02
>
>
> 一日、遅れちゃったのにゃ。
>
> ぽこち、誕生日おめでとう。
>
> 数多人死齢を数ふ彼岸過ぎ
>
数多人死齢を数ふ春彼岸

おれの俳句はしょせん有馬朗人並か、と思うと腹も立ち、情けなくもあるが、
‘春彼岸’を使いたい。

すまんな、ぷんとと。

ぽこさんの誕生日に寄せたい思いは分かるが、
つぶやきは俳句にならないんだ。

ちほにおそANNEX−Ω   訪問者数:2369742(今日:75/昨日:534)


[53997] 語る、ということ。 投稿者:とんび 投稿日:2011/04/03(Sun) 03:41  

53961] 誕生日、おめでとう。 投稿者:ぷんとと 投稿日:2011/03/30(Wed) 07:02


一日、遅れちゃったのにゃ。

ぽこち、誕生日おめでとう。

数多人死齢を数ふ彼岸過ぎ



[53996] 食い物飲み物はだうすんべ?Re:[53995] [53973] [53954] 本日開花宣言。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/02(Sat) 19:41  

ちめろくやANNEX−Ω   訪問者数:2369591(今日:458/昨日:456)2011/04/02(Sat) 19:07

Natalie Cole - I Wish You Love - http://www.Chaylz.com
http://www.youtube.com/watch?v=1JxmOCy3-DY

> > > > 桜の花が好きだった、ぽこをしのぶ花見をします。
> > > > ご両親、妹さんも参加されます。
> > > > ぽこを直接ご存じない方でも、どなたでも参加をお待ちします。ぜひご参加ください。
> > > >
> > > > 日時 4月3日(日曜日)正午から
> > > > 場所 多磨全生園桜並木
> > > > 会費 無料(持ち込み歓迎)
> > > >
> > > > なお雨天の場合は中止し、翌週日曜同じ要領でおこなう予定です。
> > > > 当日朝、当BBSでお知らせしますのど確認してください。
> > > >
> > >
> > > 本日開花宣言。土曜はあったかだが日曜は寒いかもしれない。
> >
> > 天気が悪い場合、全生園内の「福祉会館」(畳の部屋)を使わせてもらうめどがつきました。
> >
>
> 気温は低いものの天気は持ちそうなので「決行」します。
> ただ桜は咲いているかな。

正門が二分咲き、資料館のあたりのグランドが1分咲き。ただしマーケットの前の白木蓮は満開から散り初めて・・

場所を違えて、清瀬から所沢まで走ってしまって、清瀬の駅前交番まんでもどって、全生園と尋ねれば、そんなもんはない!という警官の後ろから若いのがでてきて、ぜんせいえんはないがぜんしょうえんなら、あることはありますが、あれはたしか東村山だったはずとのことゆえ、ああ、ぽこちゃんが、新青梅を田無で新青梅から外れてまっすぐいけば、全生園の前にでると、大むっかし云っておったが、あっちから行ったこともあらへんで、けふは、多摩サイから都内を廻ったので、そのぽこちゃんの、あれも方向音痴であったが、さすがに全生園の場所は絶対にまちがえない、いつかは、自転車で・・といったかだうか、それはともかく、ぽこちゃんご指示通りにまっすぐいけばええもんを、なんだか、清瀬だった気がして、所沢街道から清瀬方面に右折してしまって、シマッタと6km先でUターン、また所沢街道にもどって、12km損して、やっとたどりついたときは、もう、マーケットも、灰皿を店内に取り込み、そのうちベンチも取り込み、そのへんで、群れて集ると警察を呼びます、という看板の前で、一幅すて、自販機は、流石に良心的で、コンビニ@120円の飲み物が@90円で、でももったいなから、飲まぬ、水で目を洗って、さて、そこで、@90円也を2本も飲んでおるスクータのあんちゃんにこの全生園の読み方を尋ねれば、ぜんせいえん、だと。でも、もう一回ダブルチェックしやうと、店じまいの店内のあの愛想の良い元気なおばさんに訊くと、やっぱ、ぜんせいえん。

んったく、交番のオマワリが、ぜんせいえん、なんぞない!ぜんしょうえん、ならある、とほざいておったが・・

ああ、それね、むかしは、ぜんせいえん、で、いまは、ぜんしょうえん、なんですよ。

見れば、車椅子に付き添った看護婦さん、年の功は、さうさう、けっこう生き字引めいて。。。

あっ、そお!だども、全生園の全生は、あれは、禅語あたりからもってきておるんdyろ?そんが、なんで、ぜんしょうえん、なんぢゃ?

そこんところは、自治会で決めましたら、訊いてみてくだい。でも、ぜんしょうえん、なんですよ、今は。正門前の看板や信号機のローマ字でも、ぜんしょうえん、となっています。

はいはい、閉店です、ちうことで、碁盤の目の路地路地を走ってみて、庭で野菜つくりに精を出している爺さんらの一画の一本桜は花咲じじいの木か、8分咲きであったが、なべて、小学校跡地も、教会、寺のあたりも咲いた花は見えず、やっぱす、正門の一本桜2分咲きと、グランドあたりの若木は3分で、老木は1分か、そんなもんであって・・・

さて、帰り道はだうすんべえか、ちうて、久米川から府中街道で多摩川青柳まんでマッシグラに下ると、八坂のあたりが、あにハカランや、6分咲きで、あとは津田塾も、まんだ、蕾、女子大生は満開なるも、花と女の違いを堪能して、幾許かの思い出のある葬儀場や、あれこれを、多摩川へ下る道だから、圧倒的にクルマより速い自転車、おまけに北風だあら背を押されて、全生園〜青柳24kmを40分ぐらいか、4時に閉店ででて、5時より大分前に青柳につけば、知人が一人・・・

ま、その話ははしょりまするが、昼飯も食わずに、たまには、ダイエットでよく走りました。車輪はカンパomicronで重くて頑丈、タイヤは300gのビットリアの厚くて重い、フレームがColnagoC93のSLでこれはクロモリではまあ軽いが、コンポがシマノRX100で、重い重い頑丈なやつ、そんでも、本調子の距離まではまいらず、高々92kmで脚仕舞とは情けない。

> 今日老父の見舞いに行った甲府ではかなり咲いていたが。

お店は日曜日のあしたはクローズですと、おばちゃんが云っていた。ちゃりんこでステーキ弁当@580円を腰にくくっていってもええけんど、食い物飲み物はだうすんべ?

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53995] Re:[53973] [53954] 本日開花宣言。 投稿者:北風 投稿日:2011/04/02(Sat) 18:57  

> > >
> > > 桜の花が好きだった、ぽこをしのぶ花見をします。
> > > ご両親、妹さんも参加されます。
> > > ぽこを直接ご存じない方でも、どなたでも参加をお待ちします。ぜひご参加ください。
> > >
> > > 日時 4月3日(日曜日)正午から
> > > 場所 多磨全生園桜並木
> > > 会費 無料(持ち込み歓迎)
> > >
> > > なお雨天の場合は中止し、翌週日曜同じ要領でおこなう予定です。
> > > 当日朝、当BBSでお知らせしますのど確認してください。
> > >
> >
> > 本日開花宣言。土曜はあったかだが日曜は寒いかもしれない。
>
> 天気が悪い場合、全生園内の「福祉会館」(畳の部屋)を使わせてもらうめどがつきました。
>

気温は低いものの天気は持ちそうなので「決行」します。
ただ桜は咲いているかな。今日老父の見舞いに行った甲府ではかなり咲いていたが。



[53994] わたしは見張り台に立って期待の実現を待ちもうけている夜警を呼びもどすやうなことはしない。Re:[53992] 安心して出かけませう。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/02(Sat) 11:19  

ひぬふほれANNEX−Ω   訪問者数:2369359(今日:226/昨日:456)2011/04/02(Sat) 10:47

Chet Baker - Time After Time - Special Edit
http://www.youtube.com/watch?v=KByd366fKdc&feature=autoplay&list=QL&index=5&playnext=5

> かみあみねANNEX−Ω   訪問者数:2369341(今日:208/昨日:456)2011/04/02(Sat) 10:18
>
> Maybe You'll Be There - Diana Krall
> http://www.youtube.com/watch?v=pzpucEeXmpY&feature=BF&list=QL&index=9
>
> 花どきの無間地獄か極楽か
>
> とりあえず、ぼっかれたペダルの車輪を外して擦り切れた車輪ととっかけたが、さうするってえと、スピードメターの磁石も外して取り付けなおし、さらには、昔のチェーンステーの梯子タイプだから空気を抜いて外すと、また空気を入れねばあかんのぢゃけんど、なぬせ空気ポンプもその弁が原発のごとく経年劣化かへたっておって、空気漏れぢゃっけん、普段数回で済むポンピングも数十回やらねばあかん、靱帯の無い人体の辛さに、恋猫も外に出たいと煩いかぎりで・・
>
> さあ、閉じ込めたけん、安心して出かけませう。

ちうば、二回目を催し、なぬせ食った放射能は排泄せねばいかん、ちうても、幾許かは体内の臓器にも魂にも付着して、半減期が永遠なれば、もう絶望的ではありまするが、二度目の催しの眼の先にはなぬやら、ソレガシの大便をキルケゴールもしちゃるやうなので飲用しておきませう。

キルケゴール著作集13からはやくもおそくも14巻目にうつって、人生行路の諸段階〜「《責めありや?》−−−《責めなしや?》」(その1) 佐藤晃一訳 1963年 白水社

p29

「四月十五日 朝

いくらか熱にうかされているやうなものの言い方をしたあの女性としての未熟さは、いまは忘れられてしまったかのやうである。わたしは愛されているものと信じてさしつかえない。もちろん、彼女がだれか別の男を愛するなどということは、わたしの心には思い浮かばないのだが、しかし、わたしには、彼女が、魂を美しくし、魂の美しさを完全なものにする、あの確固とした基礎を持っていないやうに思われたのである。魂が美しくなるのを見ることは、毒を飲んだ人間のからだに突然その毒がきいてくるのを見るときのぞくぞくするやうな恐怖にくらべることができる、ぞくぞくする喜びである。

そして、彼女は自分がああいう異常なふるまいすることができたということにたいして苦痛を感じて、そのために、わたしの予想もしなかったやうなやさしい態度を取っている。彼女がこのやうな苦痛を感じているということは、なんといっても重要な意味を持つことなのだ!

四月十八日 深夜
単に彼女の自由であることを見るよりも、もっと高いものを目ざしているわたしの願望、わたしの魂のなかにある神的なものの狂気沙汰であるわたしの願望、これはいまや放棄されなければならないのかもしれない。しかし、わたしは放棄しやうとは思わない。もしわたしがいつか解放されて、行動してもいいやうになるなら、わたしという人間のあり方が彼女の心の願望を燃え立たせることも、おそらく可能になるであらう。たとえこの可能性がはるか遠い可能性のなかにあるもので、無限に遠いかなたにあるとしても、わたしはそれを放棄しやうとは思わない、見捨てやうとは思わない。・・・わたしはこの願望を単なる思いつきという見すぼらしい形でときどき思い浮かべるのではなくて、わたしという人間のあり方全体の最高の情熱として、この願望に深い敬意を払ってゆくつもりである。

たしかに、絶望が苦悩につきそう復讐の女神であるやうに、悲しみは苦悩につきそう優美の女神である。しかし、苦痛のあまりに悲鳴をあげたのちにはじめて、悲しんでよいことになるのだ。いきなり悲しくなることは、ときとして低級な魂のしるしになる。

それでは、よくお休み、かわいい娘よ、お前に誠実を誓った男は、いましている以上のことはできないのだ、さあ、よくお休み。わたしはすんでのことに、愛する子よ、と言うところだったが、それというのも、わたしの心配は、自分の娘が恋をするところを見たいと熱望する父親の心配とほとんど同じものだからである。見よ、これが悲しみなのだ、しかし、わたしはそれを欲しない。わたしはおまえをがまんする。がまんするぞ。たとえそのために、何も起こらぬままわたしが老人になってしまおうとも。わたしは見張り台に立って期待の実現を待ちもうけている夜警を呼びもどすやうなことはしない。」

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53993] また出てきましたね。 投稿者:エリカ 投稿日:2011/04/02(Sat) 10:40  

>これこれ。はばたきも、ちうか、ばたばたも、おのが都合、興味、ですぐピリオドにしたがる、女の習性がまたでてきましたね。

古風で、遠慮がちの奥深い性質がまたでてきましたね。なにしろ源氏物語の時代に誕生しましたので。
女は控えめで、出しゃばったらいけにことを心得ておりますので。十二単では出てくるのも骨がおれますゆえ。ドストエフスキーのことは自分の掲示板に書こうと思ってます。よかったらまたおこしやす。



[53992] 安心して出かけませう。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/02(Sat) 10:26  


かみあみねANNEX−Ω   訪問者数:2369341(今日:208/昨日:456)2011/04/02(Sat) 10:18

Maybe You'll Be There - Diana Krall
http://www.youtube.com/watch?v=pzpucEeXmpY&feature=BF&list=QL&index=9

花どきの無間地獄か極楽か

とりあえず、ぼっかれたペダルの車輪を外して擦り切れた車輪ととっかけたが、さうするってえと、スピードメターの磁石も外して取り付けなおし、さらには、昔のチェーンステーの梯子タイプだから空気を抜いて外すと、また空気を入れねばあかんのぢゃけんど、なぬせ空気ポンプもその弁が原発のごとく経年劣化かへたっておって、空気漏れぢゃっけん、普段数回で済むポンピングも数十回やらねばあかん、靱帯の無い人体の辛さに、恋猫も外に出たいと煩いかぎりで・・

さあ、閉じ込めたけん、安心して出かけませう。


やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53991] イキテイケマセン。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/02(Sat) 09:12  

きさつひんANNEX−Ω   訪問者数:2369317(今日:184/昨日:456)2011/04/02(Sat) 06:59

Chet Baker - I fall in love too easily
http://www.youtube.com/watch?v=3zrSoHgAAWo&feature=autoplay&list=QL&index=4&playnext=17

トラウマを反復せるや春の闇

まう、タイヤも擦切れ下地が丸見え、また、新しいタイヤをつけて、ぼっかれたペダルもとっかえて、ぶっとんでしまったハンドルのエンドキャップも差し込んで、伸びきったチェーンも交換して、磨り減ったスプロケも・・・電池の切れたスピードメータ、事故の検証も査定も終わっていないフレーム、ブレーキパッドに放射能性の金属片が食い込んでキーキー煩い、ま、そんなもんですかね?でも、メンテもめんどくさい。ああ、パンクした車輪、まう、だうにでもなれ!ちうても、自分がするか、誰かにしてもらわな、乗れません、イキテイケマセン。

マスクもせなあかんし、@500円坊主にするには、放射能が収まるまんで危ないから中止にするも、茫々の頭髪をもてあまし、そろそろ春のたけなわちう妖気なるも、むき出しの葦が被爆するのんもやぢゃけん、ロングタイツで身を固め、ああ、暑い暑い、アツイハイマーなアルツでワルツを踊る、ふんまにやってられませんの。

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53990] 分裂的に、あっちこっちばたばたと飛びまわり、その場限りで、ドストエフスキーや、聖俗紙一重をいってみたり、神父の恋人になってみたり、そもそもが、その元凶になっている、原光景の処女喪失さえ、あたかも、汚された者も汚した者もあたかも崇高な現場に戻るがごとく、戻っていく風景、まさに、トラウマの現場をどこにでも再現して、また、頽落して、一生、トラウマを後生大事に抱き続けて、それでも、チャンネルをかえれば、また新たな掲示板、関係がもてて、そこでまた処女喪失の衝撃と感激を再現して、無間地獄か、極楽か?Re:[53985] 女の習性がまたでてきましたね。だいぶ男を泣かしていますね。Re:[53984] ドストエフスキーも 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/02(Sat) 06:24  

あゆのふかANNEX−Ω   訪問者数:2369223(今日:90/昨日:456)2011/04/02(Sat) 05:23

あゆのふか? ああ、あの鮎もひとかわむけば鮫、ちう阿諛かも。

Chet Baker - Almost blue
http://www.youtube.com/watch?v=z4PKzz81m5c&feature=autoplay&list=QL&index=8&playnext=33

音楽に頽落しちょる沙汰ではないのですが、だうも、茫茫 さんが掲載したあの視の灰の流れ、ああ、死の灰というコトバは今回はタブーなんでせうが、ともかくも福島原発由来の放射能が風向きによって首都圏を直撃の3月15、16日は、一応屋内にこもってはおったが、たすかにその後街にでるにマスクをするでもなくサングラスはしていますが、放射能に汚染された花粉の最盛期、目に入った影響か、なぬせ、目が日々見え方がわるくなって、誤字脱字がもとよりあったもんが、激増してはいますが、耳クソも汚染されているかもしれませんが、まあ、お互いめげずにやりませう。

> ちあふとりANNEX−Ω   訪問者数:2368956(今日:279/昨日:524)2011/04/01(Fri) 15:25
>
> A LONG WAY TO GO - Petula Clark
> http://www.youtube.com/watch?v=luBFdFA0z34&feature=bf_next&list=QL&index=73
>
> だうも、自分が気になるところだけを切り出して、あとはスパッと斬り捨てちゃうところなんぞ、女ちうやつは、どいつもこいつも共通した冷酷さをもっているんですかね?

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

[53988] ここはドストエフスキーの掲示板ではないので。 投稿者:エリカ 投稿日:2011/04/01(Fri) 20:49


>これこれ。はばたきも、ちうか、ばたばたも、おのが都合、興味、ですぐピリオドにしたがる、女の習性がまたでてきましたね。

ここはドストエフスキーの掲示板ではないので、カラマーゾフの話題ばかりになってしまってはいけないと思ったからです。ああそれから、
>アリューシャはドストエフスキーの分身であり、
はいいそこ間違いです。
フョードルがドストエフスキーの分身です。

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

と、仰せで、これもまた、例の・・・

> ま、そこが、かの、キルケゴールくんの云うところの・・・
>
> 『男が気のきいた解放された女性の高い飛翔ーーーじつは絶えずばたばたしているはばたきーーーについてゆくだけの精神を持っていない場合には、結びつけられているのはやっかいな非常にわずらわしいことで、そうなるとそもそも結びつきは無効になる』
>
> この『絶えずばたばたしているはばたき』ちうやつなんでせうか?
>
> うむ。それも多少はあるであであらうが、大方は冷酷さ、怜悧さなんでせうね。
>
> 他者の言説がいろいろな絡みで綾なしておるもんも、その模様の一こまだけを切り取ってうんぬんする、それがお気に入りであれば、もお、ばたばたと地上を駆けるもことmなく、天にも昇る飛翔なんでせうが、それが憤怒の的になればもう、血の池地獄で犬掻きばたばたならマダシモ、溺れ死んだんだりする。まあ、さういう景色に、多分キルケゴールもぶんまわされて、あの一連のもんを書きつらねたんでせうね。一応、表向きの解釈は、宗教的深さが女には無いから、さういう宗教的深さと女の性は相容れないので、女を傷つけないやうに、いたわりながら・・・葛藤しつつ如何にキルケゴール自身が宗教的深さを選び取るか、ちうモチーフなんでせうが・・

さういうモチーフの延長線上でキルケゴールくんが、上記の言説のあと、キルケゴール著作集13からはやくもおそくも14巻目にうつって、人生行路の諸段階〜「《責めありや?》−−−《責めなしや?》」(その1) 佐藤晃一訳 1963年 白水社
に曰く・・・

『彼女を治癒することになるのは、一種の敬虔さを織りこんだ処世智、つまり、審美的要素と宗教的要素と人生哲学的要素とによって構成された、あまり醜くない処世智なのだ。わたしの人生観はそれとは別種のもので・・・・』云々

> > >あんな、クソオヤジは殺されて当たり前でせうというと、
>
> もっとクソオヤジどもが群れちょるあの東電とくに、「清水社長」、会長、副社長どもや保安院、通産、内閣府、ああ、総理大臣、菅くんなんぞは、フョードルどころぢゃあありませんわの。
>
> 無差別大量殺人すれすれの危険をやらかし、人命より権力優先、利権優先、モノ優先、これはあの原発のプラントのはうが、それを運転補修する人命よりよっぽど彼らの計算では、プラントのモノのはうが大切なんだから、放射線計量計すら不備のまんま、作業者を被爆に晒して作業をさせ、情報の隠蔽を行い、あきらかに矛盾する各種の言説で、自分等の瑕疵を糊塗しているその風景は、一派一絡げで、刑務所送り、未必の故意どころではのうて、堂々の故意による、住人、従業員、国民、人類への危害どすけん、晒し首にする、まあ、死刑にせんでもよろしいが、ああいうバカがいると、晒し首にして、頭からのあの放射能線量国の基準の1000万倍の水をもって洗礼してあげる、さういう先例はないから、警察も検察も最高裁もさういう拘束、起訴、判決を下さぬとあれば、警察、検察、裁判官も一派一絡げで、ほんまは一把一絡げなんでせうが、さういう漢字がでてこんで、まあ、つるんでいるんだから、一派でもよろしい、そのさらし者の一派、二派の洗礼に国民、世界市民が巡礼する、さういうことにすれば、ま、世界中にも日本中にも見せしめになって、ああいう、バカなことをトーゼンとなすアホさもすこしは減るかもしれませんね。
>
> すっかす、幾多のいのちを危険に晒した、いまも晒しちょるであらうとことの東電に厚生省が口頭注意で終わっちゃう、なんで、法規で決まっていろことを守らぬもんを、刑事告発せんのぢゃろか?
>
> ま、法規そのものが、たぬきによって恣意的、我田引水、利権的に運用されておるんぢゃっけん、そりゃあ、情報の隠蔽、擬装、マヤカシ、オタメゴカシ、なんでもあれであって、そこから比すれば、ささいなことで、殺されるフョードルなんか、クソオヤジとはいえ、哀れですねえ。

ここは、エリカさんの謂い「ここはドストエフスキーの掲示板ではないので」に準じて云えば、原発事故や、あほばか政治屋や東電、ドタヌキジャーナリズムの掲示板ではないのですが・・・
>
> > 誰でもがそう思うかもしれません。わたしも読んだときは、好かん、いやらしいおっさんと思いましたから。
> > だから長男も父親を殺害したいと思ったんでしょう。だから、ドストエフスキーは三男のアリューシャだったかなを登場させたんだと思います。誰でもあんなくそおやじと思う。しかしアリューシャは違った。アリューシャはどんな罪びとでも受け入れる神を象徴してるんじゃないかな。
>
> さうかしら?
>
> あれは、単なる癲癇症状を発作なしに叙述しただけであって、粘着質の人間はああいう風に、なんでもかんでもべったり受け入れてしまう、まう、相手の言いなりであるからして、英語ではよく、女にあるさういう習性を、puttyというさうですが、なんだかふにゃくら坊やでアリューシャなんか、全然魅力がありませんね。

さらに、精神医学の掲示板でもなく・・

> もっとも、周囲に侍らす女はputtyに限る、女でなくとも、提灯持ちや、召使は、さういうもんのはうが、ええのんでせうが、そんでも、まるで腑の抜けたやうな人間に取り囲まれて、いったい、愛情豊かな生活が送れるのか?と・・・まあ、愛も屁ったくりもなく、いうがままのなすがままのいのままのputtyなもんに囲まれちょれば、ああいう、東電の幹部とか、中央官僚や、警察、検察、裁判官僚のやうなもんができあがって、常識から外れた、死刑にあたいする行為も平然となすのですね。なすのさせるの?

色恋沙汰の掲示板でも、痴漢掲示板でもなく・・・

> > しかし前述したようにアリューシャはドストエフスキーの分身であり、
>
> まさに癲癇体質の作者の分身ではありませうが、ドストエフ好き〜的に癲癇であれば、発作も大小にかかわらずあり、躁鬱も、循環質も、分裂質もあるのですが、あまりにも、戯画化、機械化されたアリューシャの人間性ちうもんは、あれを神と見立てても、ぜんぜん面白くありません。あんな神さまぢゃあ、神さまも泣きます。

神様の掲示板もありません。

> > フョードルがアリューシャに「俺を悪く言わないのはお前だけだ」って号泣するところがあるでしょう。カラマーゾフのここでの話はひつこくなるので、ピリオドを打ちます。
>
> これこれ。はばたきも、ちうか、ばたばたも、おのが都合、興味、ですぐピリオドにしたがる、女の習性がまたでてきましたね。

女の習性を学習でもなくんば・・

> 世の男どもは、かういう女のばたばたでその場限りのあれこれの果てにピリオドで、どんだけ泣かされているか。ああ、あなたも、だいぶ男を泣かしていますね。

男を泣かす、あるいは泣かされた男が女に復讐する掲示板でもありません。


> > それに言葉足らずかもしれませんが、真面目に話しているつもりでも死者を冒涜しているようにみられるので。

死者を冒涜する掲示板でもなくんば、

> 死者ちうより、生者をも冒涜しちょるんぢゃあ、ありませんか?

生者を冒涜する掲示板でもなく・・

> 冗談めかしたホンネですが・・

冗談の掲示板でもなく、ホンネの掲示板でもありません。

とはいえ、だうしてかういう範疇で、この掲示板は「ドストエフスキーの・・」から連綿とカテゴライズせんばいけんのでせうか?

それが問題です。シェイクスピア。

2チャンネルにはまりすぎの女たちなんでせうか?

それとも、かのジゾイド人間の分裂性が男女にかかわらず、とはいえ、女のはうが圧倒的にその傾向は強いのですが・・・

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

[53644] 死者は、生者と死者という抽象的な関係しかもたなくなったとき、第二の死を死ぬのである。Re:[53642] 死者とは関係をもたぬもののことである。・・・寒暁があけてしらけた空がおおっている。Re:[53574] そのうち問題意識が希薄化してくれば、投げちゃうわけで・・・12月10日返却期限。Re:[53566] 全能感と自己愛、けふのところはやめておきませう。。Re:[53555] シゾイド人間はまず自我をいろいろに分裂させます。それが適応方法になっています。それともうひとつは、対象を分裂させるということがあります。一面、一面でつき合って、全部とつき合おうとしないということがあります。Re:[53554] 全能感と貪欲さ。つまり、それは食うか食われるかの世界です。自分がとても未熟なまま、そういう欲求をむき出しにして相手とかかわる。そして傷つけ合ってうまくいかない。それを繰り返す。Re:[53545] 確かにMe & My Shadowなわけでありますが・・Re:[53544] なぬも人格塊や三大精神病質の塊なんぞといわんでも、人間だれでも相反する価値観、欲望、行動を相反する状況で使い分けることもありうれば・・うんぬんRe:[53543] マイナス、プラス両面での解離行動である。Re:[53542] 自分を遮断して現実や周囲や環境へ過剰同調し、現実、環境と解離した自己開示、不必要な自分自身のさらけ出し、などを伴うこともあるRe:[53541] ひきこもり 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2010/12/12(Sun) 18:07


くさいやつANNEX−Ω   訪問者数:2299906(今日:372/昨日:590)2010/12/12(Sun) 17:18
うむ。臭いヤツ!yoongleeくっちゃべり〜くんか、サイコロもyoongleeくっちゃべり〜の臭さをわかっておるやうで・・・さて、なぬを消去して入れ込むか、それが問題ぢゃ。湘南平→宮ヶ瀬で147kmDOGMA−MgGold半年振りか。

Devil May Care - Diana Krall
http://www.youtube.com/watch?v=St-dq-Q7K7w&feature=BF&list=QL&index=89

http://www.azlyrics.com/lyrics/dianakrall/devilmaycare.html

"Devil May Care"

No cares for me
I'm happy as I can be
I learn to love and to live
Devil may care

割愛

> > > > シゾイド人間が破綻を生じるのは、どうしても深いかかわりをしいられるような立場に追い込まれるときです。・・・・もはや逃げていられなくなって、そのときにパニックが起こるのです。・・・
> > > >
> > > > ・・・だから・・ある程度シゾイド的にかかわり合っている方が安定性があるという逆説もでてきます。シゾイド的なかたちが適応様式になってしまっている面があって、どちらかがほんとうのことを求めたら危機がくるとも言えるわけです。
> > > >
> > > > 人格の分裂現象
> > > >
> > > > ・・・これは昔から二重人格とか多重人格とか呼ばれていたような人格のあり方に近いものを意味します。・・・
> > > >
> > > > 都市化した世界では、人と人とは部分的にしかかかわり合いません。人格のそれぞれの場面での使い分けや演じ分けが、むしろ必要な適応様式になっています。・・・
> > > >
> > > > シゾイド人間は、このように人格を使い分け、分裂させることで一時的な感情の通い合いや親密感をもつことができます。このあたりが精神医学的に言う分裂性格者の場合と違うところです。
> > > >
> > > > シゾイド人間にも欲望の満足ーーーセックスの満足や情緒的なものの満足ーーーが必要なのですが、そのとき使われるメカニズムが人格の分裂現象なのです。
> > > >
> > > > 人格の全部ではなく、そこの場面においてだけ、情緒的なものを通い合わせたり、性的な融合感を経験したりする。しかし、その局面がなくなれば、またもとのシゾイド人間に戻ってしまう。
> > > >
> > > > これが健康なシゾイド人間と言えます。
> > > >
> > > > たとえばどういうことかというと、適応様式はシゾイド的であっても、人が死ねば一時的には悲しむし、恋愛してるときは、一時的にはそれなりの感情もあらわす。そのなかである程度部分的にかかわっている。現代の男女関係もそういう傾向がみられます。
> > > >
> > > > たとえば、性的に親密なときにはお互いにそれほどシゾイド的でなくかかわっているようにみえるが、性的な関係でない部分では、シゾイド的なかかわりしかもてないようにできるというような男女関係です。昔のように、性的に親密になったら、人間的にも全部親密になってお互いを所有し合うなどという、全人的な欲望を無制限にお互いがもったら破綻してしまうという関係です。・・・・・
> > > >
> > > > このようにシゾイド人間はまず自我をいろいろに分裂させます。それが適応方法になっています。それともうひとつは、対象を分裂させるということがあります。
> > > >
> > > > 深い人間関係とうものは、同一の対象に愛も憎しみも両方の面を向けます。そしてそこで争う場合もあれば、愛する場合もあり、頼る場合もあれば、自分が世話をする場合もあるというようにお互いがいろいろな役割をとり合うかたちになります。
> > > >
> > > > ところがシゾイド人間は、相手との関係に役割を決めてしまう。この人とは愛し合う関係、この人とは頼る関係というように、役割を決めて、そのいい面でしかつきあわない。悪い面がでてきたら離れてしまう。
> > > >
> > > > このように対象の一面、一面でつき合って、全部とつき合おうとしないということがあります。」
> > > >
> > > > めちゃめちゃ疲れますわの。
> > > >
> > > > > > > その健常性と病性。
> > > > >
> > > > > > > 果たして・・・???

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。


ちうことであり、また・・・

神父の恋人、数多なり、ちうことになっているのかもしれませんね。

畢竟、全人的統合ができない分裂性のなすところの、カテゴライズされた人間関係、かういうものを養う、三号社会、う〜む、たすかに二号さん未満の三号を養う産業社会のありやう、さういうものへ人間性を殺すべく洗脳を施す学校教育、はたまた、どたぬき教会、どたぬき宗教の救い、拘禁、監禁、緩慢なるドラッグアビュースで人間を破壊することをもって医療となすゲンダイの保険医療システム、どこにもないモデルケースで年金を算定し、ただちに健康に影響はない、という欺瞞言説をぶんまく行政とその提灯持ちタレント御用学者ども、さういうものを、適宜使い分けて、分裂的に、あっちこっちばたばたと飛びまわり、その場限りで、ドストエフスキーや、聖俗紙一重をいってみたり、神父の恋人になってみたり、そもそもが、その元凶になっている、原光景の処女喪失さえ、あたかも、汚された者も汚した者もあたかも崇高な現場に戻るがごとく、戻っていく風景、まさに、トラウマの現場をどこにでも再現して、また、頽落して、一生、トラウマを後生大事に抱き続けて、それでも、チャンネルをかえれば、また新たな掲示板、関係がもてて、そこでまた処女喪失の衝撃と感激を再現して、無間地獄か、極楽か?

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53989] 変。 投稿者:茫茫 投稿日:2011/04/01(Fri) 20:58  

たびたびごめんなさい。
念のため再確認すると、動画の見られるURLは下記。
なにか妨害がはいっている(しかるべき筋の 笑)のかしらん。
なおも閲覧不可能ならゴメンナサイ。
わたしのせいではないのです。

http://www.irsn.fr/FR/popup/Pages/animation_dispersion_rejets_17mars.aspx


[53988] ここはドストエフスキーの掲示板ではないので。 投稿者:エリカ 投稿日:2011/04/01(Fri) 20:49  

>これこれ。はばたきも、ちうか、ばたばたも、おのが都合、興味、ですぐピリオドにしたがる、女の習性がまたでてきましたね。

ここはドストエフスキーの掲示板ではないので、カラマーゾフの話題ばかりになってしまってはいけないと思ったからです。ああそれから、
>アリューシャはドストエフスキーの分身であり、
はいいそこ間違いです。
フョードルがドストエフスキーの分身です。



[53987] 文字化け 投稿者:茫茫 投稿日:2011/04/01(Fri) 20:46  

下記投稿者名に、挑挑 とありますが、茫茫です。
あしからず。



[53986] http://www.fujiwarashinya.com/talk/index.phpから 投稿者:挑挑 投稿日:2011/04/01(Fri) 20:42  

生活改善と自己防御のための放射能汚染データ

http://takedanet.com/

(上のURLは)昨日私の展覧会にいらしたご理学博士の奥様から本日提供された「フランス放射線防護原子力安全研究所(IRSN)が作成した原発事故後の放射能汚染の広がりをシュミレーションした画像」である。

ご存知の方もおられると思うがすでに検証されており、信用の出来るものである。
情報を取得できない人のために、こういった客観的なデータを他国が流し、当事国の当局やマスコミがなぜ流さないのかと怒りに近いものを感じる。

ただ恐怖心を煽るということではなく、この画像を見ることによってそれぞれの人が汚染の実態を把握し、出来る範囲内の個々の行動をどのように取るべきかを考えるヒントになるからだ。

すでにフィリピンあたりまで汚染物質が検出されているにも関わらず、かりに東京の街を歩いてもあのインフルエンザ騒ぎの時とは異なりマスクを着用していない人が圧倒的に多い。

放射能汚染というのは痛くもかゆくもなく、空気も臭わず、今日のように晴れた日には行楽の浮かれ気分にさえなる不思議な汚染であり、そのように危機を感じるべく体感がまったくないというのが放射能の怖さである。

マスク着用程度のことによって放射線は当然防御できないが、汚染物質のついた塵や花粉などは防御できるわけである。体内被曝を最小限に抑えるという意味でもマスク着用は有効でないわけではない。

かりに1ヶ月間マスクをした人としない人では体内被曝に大きな差が出るのではないか。

とくに雨に濡れることはいけない。
これは私が福島に近い現場で実際にあったことである。

現地での夕刻、突然の雨が降り、用意していたカッパを急いで着用した。

だが両手の甲が数時間の間ずっと濡れていた。

事後、石鹸で手を洗ったのだが、そのあとの手の甲の異変に気づいた。水で洗ったにも関わらず、まるで夏場に太陽で日焼けしたかのように翌日まで軽い火照りを感じたのである。

手の甲以外の露出していない部分は火照りがないという不思議な感触だった。

今日上記でいただいた情報の中に、放射能にあたると焼けどの症状が出るとあり、それがあの時の体感と繋がるものかどうかは不明だが、私は視覚や味覚や皮膚感覚と言った五感感覚に鋭敏な人というのは、ある意味でガイガーカウンターなどを持たなくとも体感によって微妙な異変に気づくのではないかと思っている。

手の甲の火照りにしても、微量の軽いものであり、ほとんどの人はそれに意識しないと気づかないくらいのレベルである。

重ねて言うが記載の汚染データは恐怖心を煽るものではなく、そのデータを見ることによってそれぞれの人が汚染の実態を目で把握し、それぞれが取りうる汚染の防御策を考えるヒントのための記載である。

遠隔地に避難をすることの出来ない人は、雨に濡れない。マスクを着用。などの簡単なことくらいは出来るはずである。
(引用ここまで)

 要警戒。男女不問(笑)。


[53985] 女の習性がまたでてきましたね。だいぶ男を泣かしていますね。Re:[53984] ドストエフスキーも 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/01(Fri) 16:18  

ちあふとりANNEX−Ω   訪問者数:2368956(今日:279/昨日:524)2011/04/01(Fri) 15:25

A LONG WAY TO GO - Petula Clark
http://www.youtube.com/watch?v=luBFdFA0z34&feature=bf_next&list=QL&index=73

だうも、自分が気になるところだけを切り出して、あとはスパッと斬り捨てちゃうところなんぞ、女ちうやつは、どいつもこいつも共通した冷酷さをもっているんですかね?

ま、そこが、かの、キルケゴールくんの云うところの・・・

『男が気のきいた解放された女性の高い飛翔ーーーじつは絶えずばたばたしているはばたきーーーについてゆくだけの精神を持っていない場合には、結びつけられているのはやっかいな非常にわずらわしいことで、そうなるとそもそも結びつきは無効になる』

この『絶えずばたばたしているはばたき』ちうやつなんでせうか?

うむ。それも多少はあるであであらうが、大方は冷酷さ、怜悧さなんでせうね。

他者の言説がいろいろな絡みで綾なしておるもんも、その模様の一こまだけを切り取ってうんぬんする、それがお気に入りであれば、もお、ばたばたと地上を駆けるもことmなく、天にも昇る飛翔なんでせうが、それが憤怒の的になればもう、血の池地獄で犬掻きばたばたならマダシモ、溺れ死んだんだりする。まあ、さういう景色に、多分キルケゴールもぶんまわされて、あの一連のもんを書きつらねたんでせうね。一応、表向きの解釈は、宗教的深さが女には無いから、さういう宗教的深さと女の性は相容れないので、女を傷つけないやうに、いたわりながら・・・葛藤しつつ如何にキルケゴール自身が宗教的深さを選び取るか、ちうモチーフなんでせうが・・

> >あんな、クソオヤジは殺されて当たり前でせうというと、

もっとクソオヤジどもが群れちょるあの東電とくに、「清水社長」、会長、副社長どもや保安院、通産、内閣府、ああ、総理大臣、菅くんなんぞは、フョードルどころぢゃあありませんわの。

無差別大量殺人すれすれの危険をやらかし、人命より権力優先、利権優先、モノ優先、これはあの原発のプラントのはうが、それを運転補修する人命よりよっぽど彼らの計算では、プラントのモノのはうが大切なんだから、放射線計量計すら不備のまんま、作業者を被爆に晒して作業をさせ、情報の隠蔽を行い、あきらかに矛盾する各種の言説で、自分等の瑕疵を糊塗しているその風景は、一派一絡げで、刑務所送り、未必の故意どころではのうて、堂々の故意による、住人、従業員、国民、人類への危害どすけん、晒し首にする、まあ、死刑にせんでもよろしいが、ああいうバカがいると、晒し首にして、頭からのあの放射能線量国の基準の1000万倍の水をもって洗礼してあげる、さういう先例はないから、警察も検察も最高裁もさういう拘束、起訴、判決を下さぬとあれば、警察、検察、裁判官も一派一絡げで、ほんまは一把一絡げなんでせうが、さういう漢字がでてこんで、まあ、つるんでいるんだから、一派でもよろしい、そのさらし者の一派、二派の洗礼に国民、世界市民が巡礼する、さういうことにすれば、ま、世界中にも日本中にも見せしめになって、ああいう、バカなことをトーゼンとなすアホさもすこしは減るかもしれませんね。

すっかす、幾多のいのちを危険に晒した、いまも晒しちょるであらうとことの東電に厚生省が口頭注意で終わっちゃう、なんで、法規で決まっていろことを守らぬもんを、刑事告発せんのぢゃろか?

ま、法規そのものが、たぬきによって恣意的、我田引水、利権的に運用されておるんぢゃっけん、そりゃあ、情報の隠蔽、擬装、マヤカシ、オタメゴカシ、なんでもあれであって、そこから比すれば、ささいなことで、殺されるフョードルなんか、クソオヤジとはいえ、哀れですねえ。


> 誰でもがそう思うかもしれません。わたしも読んだときは、好かん、いやらしいおっさんと思いましたから。
> だから長男も父親を殺害したいと思ったんでしょう。だから、ドストエフスキーは三男のアリューシャだったかなを登場させたんだと思います。誰でもあんなくそおやじと思う。しかしアリューシャは違った。アリューシャはどんな罪びとでも受け入れる神を象徴してるんじゃないかな。

さうかしら?

あれは、単なる癲癇症状を発作なしに叙述しただけであって、粘着質の人間はああいう風に、なんでもかんでもべったり受け入れてしまう、まう、相手の言いなりであるからして、英語ではよく、女にあるさういう習性を、puttyというさうですが、なんだかふにゃくら坊やでアリューシャなんか、全然魅力がありませんね。

もっとも、周囲に侍らす女はputtyに限る、女でなくとも、提灯持ちや、召使は、さういうもんのはうが、ええのんでせうが、そんでも、まるで腑の抜けたやうな人間に取り囲まれて、いったい、愛情豊かな生活が送れるのか?と・・・まあ、愛も屁ったくりもなく、いうがままのなすがままのいのままのputtyなもんに囲まれちょれば、ああいう、東電の幹部とか、中央官僚や、警察、検察、裁判官僚のやうなもんができあがって、常識から外れた、死刑にあたいする行為も平然となすのですね。なすのさせるの?

> しかし前述したようにアリューシャはドストエフスキーの分身であり、

まさに癲癇体質の作者の分身ではありませうが、ドストエフ好き〜的に癲癇であれば、発作も大小にかかわらずあり、躁鬱も、循環質も、分裂質もあるのですが、あまりにも、戯画化、機械化されたアリューシャの人間性ちうもんは、あれを神と見立てても、ぜんぜん面白くありません。あんな神さまぢゃあ、神さまも泣きます。

> フョードルがアリューシャに「俺を悪く言わないのはお前だけだ」って号泣するところがあるでしょう。カラマーゾフのここでの話はひつこくなるので、ピリオドを打ちます。

これこれ。はばたきも、ちうか、ばたばたも、おのが都合、興味、ですぐピリオドにしたがる、女の習性がまたでてきましたね。

世の男どもは、かういう女のばたばたでその場限りのあれこれの果てにピリオドで、どんだけ泣かされているか。ああ、あなたも、だいぶ男を泣かしていますね。

> それに言葉足らずかもしれませんが、真面目に話しているつもりでも死者を冒涜しているようにみられるので。

死者ちうより、生者をも冒涜しちょるんぢゃあ、ありませんか?

冗談めかしたホンネですが・・

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53984] ドストエフスキーも 投稿者:エリカ 投稿日:2011/04/01(Fri) 14:04  

>あんな、クソオヤジは殺されて当たり前でせうというと、

誰でもがそう思うかもしれません。わたしも読んだときは、好かん、いやらしいおっさんと思いましたから。
だから長男も父親を殺害したいと思ったんでしょう。だから、ドストエフスキーは三男のアリューシャだったかなを登場させたんだと思います。誰でもあんなくそおやじと思う。しかしアリューシャは違った。アリューシャはどんな罪びとでも受け入れる神を象徴してるんじゃないかな。しかし前述したようにアリューシャはドストエフスキーの分身であり、フョードルがアリューシャに「俺を悪く言わないのはお前だけだ」って号泣するところがあるでしょう。カラマーゾフのここでの話はひつこくなるので、ピリオドを打ちます。
それに言葉足らずかもしれませんが、真面目に話しているつもりでも死者を冒涜しているようにみられるので。



[53983] 無題 投稿者:尿簿 投稿日:2011/04/01(Fri) 10:59  



 ノースリーブの人妻眩し三鬼の忌




[53982] Re:[53971] [53970] [53958] だうされているんでせうか? 投稿者:通りすがり 投稿日:2011/04/01(Fri) 07:52  


> ここでは、(梵さんはそうではないですが。)生きている者たちが引き起こす「死者」の風評被害を見るようで、おそろしい。しばらくは沈黙するしかなかったです。

ま、これに続く話題そのものも、「風評被害」を語りつつ、また「風評被害」にまぎれもなく、ついでに言えば(梵さんはそうではないですが。)なんてのも、いかにもおにょしょう的です。







[53981] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/04/01(Fri) 05:55  

ななうほきANNEX−Ω   訪問者数:2368774(今日:97/昨日:524)2011/04/01(Fri) 05:53

赤裸々な死者の仮装や春の昼

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11] [12] [13] [14] [15] [16] [17] [18] [19] [20] [21] [22] [23] [24] [25] [26] [27] [28] [29]

処理 記事No パスワード
- LightBoard -