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[53785] Re:[53784] [53783] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/17(Thu) 19:48  

ろねゆしのANNEX−Ω   訪問者数:2343730(今日:376/昨日:428)2011/02/17(Thu) 19:47

スローモーション 少女A
http://www.youtube.com/watch?v=X9XxuP-YWpI&feature=related

北風に吹かれスローモーション少女A


> ろいうちにANNEX−Ω   訪問者数:2343727(今日:373/昨日:428)2011/02/17(Thu) 19:37
>
> シルエットロマンス--来生たかお
> http://www.youtube.com/watch?v=Jgo6ctVHrQU&feature=autoplay&list=QL&index=6&playnext=1
>
> 冬眠より目覚めてなるや太っ腹
>
> > ねれはやぬANNEX−Ω   訪問者数:2343591(今日:237/昨日:428)2011/02/17(Thu) 13:14
> >
> > 水仙の愛はペニスか足腰か

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53784] Re:[53783] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/17(Thu) 19:39  

ろいうちにANNEX−Ω   訪問者数:2343727(今日:373/昨日:428)2011/02/17(Thu) 19:37

シルエットロマンス--来生たかお
http://www.youtube.com/watch?v=Jgo6ctVHrQU&feature=autoplay&list=QL&index=6&playnext=1

冬眠より目覚めてなるや太っ腹

> ねれはやぬANNEX−Ω   訪問者数:2343591(今日:237/昨日:428)2011/02/17(Thu) 13:14
>
> 水仙の愛はペニスか足腰か

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53783] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/17(Thu) 13:15  

ねれはやぬANNEX−Ω   訪問者数:2343591(今日:237/昨日:428)2011/02/17(Thu) 13:14

水仙の愛はペニスか足腰か

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53782] 永遠の美、この追憶は決して淫らではない。なぜなら追憶にして未来を生きるから。Re:[53781] そういう体験はそうそうあるものはない。Re:[53780] 悪循環、悪反復、なんとかその悪循環、悪反復を断ち切って良循環、良反復の軌道に戻さねばいかんわ。スットン狂のドッパスレの内臓絶叫なんぞをきいておれば、そりゃあ調子も狂うわいのお。Re:[53779] [53778] [53777] [53776] [53775] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/17(Thu) 12:56  

にたむけゆANNEX−Ω   訪問者数:2343582(今日:228/昨日:428)2011/02/17(Thu) 12:35

来生たかお - 美しい女
http://www.youtube.com/watch?v=vPE1KhXerqM&feature=BF&list=QL&index=3

自らの腹かっさばきやれ涼し

自らをのめしのめされやや熱し

> はさことへANNEX−Ω   訪問者数:2343482(今日:128/昨日:428)2011/02/17(Thu) 07:58
>
> 来生たかお - おだやかな構図
> http://www.youtube.com/watch?v=krOE3A-3xWw&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=5
>
> だうも、自らの舌頭でくっちゃべっちょることと自らのその根っこで黙々としちょる実存ちうよりは両存どすか、さういうありようのなかでも、舌頭、それはかういう指先で書くものでもおなじことではあるが、そこになぬか思わぬもの、舌頭や指先の動くに任せておれば、そこに思わぬものが到来し、法度、ハッと根っこ、つまり舌下の黙々にさえ気づきをもたらすこともありますれば、つまり、舌頭の空転も舌下の実転になることもあり、さらには耳前や眼前の音列や文字列が耳後や眼後で展開して思わぬ気づきに恵まれるもこともありますれば、ああ、さらには、瞬間瞬間の出来事の一々でも同じ事態の到来ということもありますれば、すべては宝であってゴミでも方便でもありえぬちうことは、それがどんだけどたぬき世間であらうが、躁鬱分裂バラバラ人間であらうが、さういうもんにあへ転換の契機、価値を孕んでおって、その恩恵にいかに与るか。
>
> 精神分析が機械論的に人間の精神の分析の仕方の機械論的概念と体系を構築して、それもあくまで、一つの見方にすぎぬ、まあ、ゲームといえば、ゲームで、宗教も科学もゲームといえばゲームで、マルクス主義的経済観もゲームといえばゲーム、日々の鍛錬の成果としての競技や試合やレースもゲームですが、さういうゲームを見て、あるいは参加して、そのゲームによってそこからの超越の契機がもたらされることもある、いやさ、もたらされても、それに気づく己がなければ、畢竟、もたらされた恵も恵となりえず、虚空の彼方に消え去るのみ。
>
> いったい、どんだけの恵を気づきもなく虚空の彼方に逃してきたことであらうと、反省してみたところで、気づきなく消え去ったもんをいかにもあるがごとくに反省するその反省もまた虚空の反省めいて実体がない。
>
> さすれば、さういう抽象的な反省ではなく、己が気づきに恵まれたところだけ、眼前に見えて、耳前に聞こえて、身体前にある身体からその奥に透徹し転換をもたらす身に沁みるものを、また、身の奥から取り出して、いわば、腹を掻っ捌いて、脳みそをあらゆる回路をショートさせて、見えぬもの、聞こえぬもの、触れえぬものを取り出してくる、さういう営為そのものが、まあ、一つの生き方としてあるのですが、さういうもんより、見えるもの、聞こえるもの、触れえるものの中に没落して生きる生き方もある。
>
> いったい、なぬをいっているんであらうか、この己が舌頭、指先は?

畢竟、愛も真実も、その希求する関心のありよう、行為のなかにしかありえぬ。

> > わへあこまANNEX−Ω   訪問者数:2343305(今日:379/昨日:417)2011/02/16(Wed) 20:20
> >
> > (LIVE) 井上陽水 忌野清志郎 高中正義 細野晴臣 - 夢の中へ (Acoustic Revolution 1991
> > http://www.youtube.com/watch?v=zXENptQ9yys&feature=BF&list=QL&index=4
> >
> > この腹と腹のあわぬ内蔵の気勢の齟齬ぶりはまことにプロとしてはもとよりアマとしてすら、恥ずかしいバラバラぶりで、よく金を取ってやっちょると呆れるわ。
>
> かういうあきれた不調和の内臓の気勢、うふっふ〜、このドッパズレの気勢さえ、聞きなれれば、名演奏なのかもしませんが、今のソレガシにはまことに醜悪なる掛け声としてしか聞こえてこぬ。
>
> それでも、その醜悪さ無視しやりすごすのではなくて、それをあえて云い募る、なぜなら醜悪さにも美善の契機もあるやもしれず、放擲はできぬから・・
>
> > ま、それにすても、ソレガシもバラバラで反復をサボれば、さっき風呂にへえるに久しぶりで体重を量って、びっくら!なんとお、71.5kg!
> >
> > 5年ぶりで70kg超か、水泳時代に逆戻りで、そのころよりも下半身を除いて胸や肩や腕や背中や腹の筋肉は落ちておるし、だいたいチャリンコを始めてよりは67〜8kg(体脂肪13%台)で安定しておってもんが秋憂で65kgにまで落ち込んで喜んでいたもんが、一挙に冬眠の成果、71.5kgちうことは、4kg増、これぜんぶ脂肪でせうね。
> >
> > さすれば、体脂肪も6%ぐらいアップで、体脂肪率20%の大台にのりそうで、こりゃあ、いかん!

かういうところにこもっちょれば、ほんじつもまた脂肪を身につけ肥やしの肥やしになる時間、ああ、お日様も翳って・・・

> > 1月は2466km、2月はさらに意識的かつ雪で落として16日現在でまんだたった834km、去年のペースの半分ぢゃもんぢゃっけん、ちと反復ペースをあげて距離を伸ばし速度もあげねばいかんのぢゃけんど、バイクは軒並みチェーンが伸び伸びスプロケ減り減りで、さういうもんを張り切ってメンテする気力がでえへんけん、おのづから走りにくくなり体脂肪、体重アップで、心臓その他への負担が加増し、登攀力も落ちる、だからまたやらない、悪循環、悪反復、なんとかその悪循環、悪反復を断ち切って良循環、良反復の軌道に戻さねばいかんわ。
> >
> > それにすても、あんな忌野清志郎なんぞのスットン狂のドッパスレの内臓絶叫なんぞを今日だけとはいえきいておれば、そりゃあ調子も狂うわいのお。
>
> もっとも、この忌野清志郎なんぞちうもんは、それが死んで周囲の俗悪ぢいさんどもが自転車がだうの、棲家がどうの、葬儀がどうのと騒ぎ出したときに、そんなやつがおったことを初めて知ったわけで、それまではもちろん全然縁もゆかりもあらへん、かういうどたぬきマスコミでも知ることがなく、まあ、無関心の極みであったのでせうが、そんなもんの存在すらしらんかったのであるが、知ったところで、だうもおくちゃまめいた絶叫の満ちぬしで、やっぱす無関心で、さんでもかういやって、他の連中とでてくるといやでも目に付く。
>
> ま、いやでも目に付くもの、醜悪さと美善さと、そういうもんが、ごっちゃまぜに存在している、その存在のありやう、それをそのまま引き受けられるか、ちうのんは、精神分析の課題でもあるんでせうが、ああ、たしかに精神分析を受けて、自分の過去のトラウマに気づいた患者、ちうよりクライエント、被分析の依頼者が、そのトラウマに頽落して、自分はかういう心の傷をもっているんだから、とか、かういう病気なんだから、とか、そこに甘えて埋没、逃避してしまう、さういう依頼者へはフロイトは断固として分析の続行、治療の続行を拒んだ、自らのきづき、それが分析者によってもたらされれば、それに甘える、その気づきを乗り越えやうといないで、気づきに頽落してしまう、それでは、せっかくの分析も逆効果になってしまって、とての治療の継続はできぬ、という厳しさがフロイトにはあったのですが、さういう厳しさでは、商売にならぬ、気づきが落とし穴を飛び越える契機にならんで、そこに落ち込む契機にしてしまう、それでこそ、商売的には患者、クライエント、依頼者はますますどろぬまで、どろぬまにはまればはまるほど、そのどろぬまを商売とするもんは、儲かるのですから、まあ、昨今の精神分析にせい、療法にせい、さういうどろぬまを食い物にするため、分析や診断や治療と称して、落とし穴を増殖させ、どろぬまを無間地獄に肥す、無間地獄こそが金の成る木の肥やしぢゃとでもいうような風潮では、そりゃあ、医療保険もどろぬまもますますの底なしになるってこともどたぬき人為のなるゆきで、火を見るよりも明らかな火焔地獄、かちかちやまのたぬきになりはてるのですから、さういう醜悪なる事態を見て、だうするか?
>
> 畢竟、諸刃の剣の、概念操作、精神分析、対象化した科学的医療、さういうもんへの没落退廃頽落から抜け出るには、さういうもんが、増殖蔓延する以前にヒトはだうしていたのか・・・
>
> そこは、なぬも原始的な迷信や貧困の世界があるばかりではい、まことにヒトの叡智に満ちた世界も広がっておって、その世界の叡智をことさらに、機械論的なヒトへの操作によって、ヒトたるもんを分解分裂させて、生ける墓場に送り込むやうな現代文明のありよう、そこで死せる人生を生きる被治療者の群れ、さういうもんへの反照として、精神分析いぜんの精神病者にして健常者たるキルケゴール、これは産業革命後の存在ですから、われわれの世代との共通基盤が多いのので、理解しやす、そのともかく、あらゆる言説がありであって、相互矛盾し、相反し、躁鬱で、分裂で、それを一つ跳び越えたかと思うとまたつぎの波が来る、それを跳び越し、飛び越し、まあ、無限の反復、永劫回帰的な、生き方、すべての醜悪と美善が同居、共棲している景色、そしてそのいちいちの跳び越される言説のなかにも、なかなかになっとくさせれる真実の姿もちらほらみえる、その姿もやがて跳び越されて、次なる姿が現成してくる、まことに不思議にして、その不思議さは、われわれの硬直したノーミソと規範にガンジガラメが、その固定された鎖に繋がれた存在として、不思議と思うだけのことであって、なんも不思議ではあらへん、もっともまっとうな人間の存在のありやうである、眼前のものもその裏のもんも、醜も悪も美も善も、はては神をまきこんだ己が存在のありよう、すくなくとも、われわれは、あの機械論的な身体精神分析の呪縛から逃れてそれ以前の人間的な状況を己に取り戻すには、まことにひとつの有効ですね。
>
> > > たけめつむANNEX−Ω   訪問者数:2343093(今日:167/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:55
> > >
> > > 少しは私に愛をください
> > > http://www.youtube.com/watch?v=p5vsCdyaIII&feature=BF&list=QL&index=6
>
> だうようにこの愛、この愛のありよう、いったいなんなんだろう?

畢竟、この愛という、名詞化した愛のありやう、行為の行為するところを置き去りにして、概念化された愛、動詞ならぬ名詞の愛、まさに名士の名刺へ愛めいて、愛から程遠い愛のありやう・・・

ともいえぬのかもしれん。金は愛なり、愛は金なり。


> 来生たかお - Goodbye Day (エンディング曲付)
> http://www.youtube.com/watch?v=hxG_Ne8xxmg&feature=BF&list=QL&index=4
>
> この曲は、よくクラブやスナックで最後の〆としてよく歌ったものですが、そのまえに、万札をママに渡しておく、さうすれば、渡されたことも忘れてしまって、また、請求を繰り返すすし屋の酔っ払った亭主もおりましたが、まあ、ママちうやつは、まんず、さういうことがない、じっと万札を手に破算だ、ならぬ、挟んだまま、ラストソングを聴いてくれる・・・そこで、この愛の歌詞に出会う
>
>
> 少しだけが愛がたりない〜♪
>
> それを、それをさりげなく・・
>
> 少しだけが金がたりない〜♪
>
> とうたうのです。
>
> さすれば、気の利いたママならば、ラストソングが終わって席にもどると、
>
> そっと万札を返してくれる♪
>
> 少しだけ足りないお金を返してあげるわ、愛がたっぷりあったから・・・
>
> なけちゃいますね。観音さまです。
>
> でも、そういう体験はそうそうあるものはない。

さうさうあるものではないものものともときどきどきどき出合う出遭い。

まるでキルケゴールのごとく、美しいときに恵まれたものを癌で使い果たし、保険もなければ、賭けも相場もなく、それのみを使い果たすと同時にこの世から消え去った美しい人もいる。誰にも己が最期を告げずに・・ひっそりと逝った美しさ。

永遠の美、この追憶は決して淫らではない。なぜなら追憶にして未来を生きるから。

> > > 汗ばんで合わぬものかや腹と腹
> > >
> > > > てあぬいあANNEX−Ω   訪問者数:2343088(今日:162/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:50
> > > >
> > > > 冷え切って腹に拘る腹の中
> > > >
> > > > > そなたもおANNEX−Ω   訪問者数:2343086(今日:160/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:47
> > > > >
> > > > > やや熱く腹の中まで探照燈
> > > > >
> > > > > > まをけろるANNEX−Ω   訪問者数:2343084(今日:158/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:40
> > > > > >
> > > > > > うそ寒く開かる腹や無影灯
> > > > > >
> > > > > > > せよぬははANNEX−Ω   訪問者数:2343074(今日:148/昨日:417)2011/02/16(Wed) 06:56
> > > > > > >
> > > > > > > うそ寒く己が腹切る無影灯

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53781] そういう体験はそうそうあるものはない。Re:[53780] 悪循環、悪反復、なんとかその悪循環、悪反復を断ち切って良循環、良反復の軌道に戻さねばいかんわ。スットン狂のドッパスレの内臓絶叫なんぞをきいておれば、そりゃあ調子も狂うわいのお。Re:[53779] [53778] [53777] [53776] [53775] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/17(Thu) 09:52  

はさことへANNEX−Ω   訪問者数:2343482(今日:128/昨日:428)2011/02/17(Thu) 07:58

来生たかお - おだやかな構図
http://www.youtube.com/watch?v=krOE3A-3xWw&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=5

だうも、自らの舌頭でくっちゃべっちょることと自らのその根っこで黙々としちょる実存ちうよりは両存どすか、さういうありようのなかでも、舌頭、それはかういう指先で書くものでもおなじことではあるが、そこになぬか思わぬもの、舌頭や指先の動くに任せておれば、そこに思わぬものが到来し、法度、ハッと根っこ、つまり舌下の黙々にさえ気づきをもたらすこともありますれば、つまり、舌頭の空転も舌下の実転になることもあり、さらには耳前や眼前の音列や文字列が耳後や眼後で展開して思わぬ気づきに恵まれるもこともありますれば、ああ、さらには、瞬間瞬間の出来事の一々でも同じ事態の到来ということもありますれば、すべては宝であってゴミでも方便でもありえぬちうことは、それがどんだけどたぬき世間であらうが、躁鬱分裂バラバラ人間であらうが、さういうもんにあへ転換の契機、価値を孕んでおって、その恩恵にいかに与るか。

精神分析が機械論的に人間の精神の分析の仕方の機械論的概念と体系を構築して、それもあくまで、一つの見方にすぎぬ、まあ、ゲームといえば、ゲームで、宗教も科学もゲームといえばゲームで、マルクス主義的経済観もゲームといえばゲーム、日々の鍛錬の成果としての競技や試合やレースもゲームですが、さういうゲームを見て、あるいは参加して、そのゲームによってそこからの超越の契機がもたらされることもある、いやさ、もたらされても、それに気づく己がなければ、畢竟、もたらされた恵も恵となりえず、虚空の彼方に消え去るのみ。

いったい、どんだけの恵を気づきもなく虚空の彼方に逃してきたことであらうと、反省してみたところで、気づきなく消え去ったもんをいかにもあるがごとくに反省するその反省もまた虚空の反省めいて実体がない。

さすれば、さういう抽象的な反省ではなく、己が気づきに恵まれたところだけ、眼前に見えて、耳前に聞こえて、身体前にある身体からその奥に透徹し転換をもたらす身に沁みるものを、また、身の奥から取り出して、いわば、腹を掻っ捌いて、脳みそをあらゆる回路をショートさせて、見えぬもの、聞こえぬもの、触れえぬものを取り出してくる、さういう営為そのものが、まあ、一つの生き方としてあるのですが、さういうもんより、見えるもの、聞こえるもの、触れえるものの中に没落して生きる生き方もある。

いったい、なぬをいっているんであらうか、この己が舌頭、指先は?

> わへあこまANNEX−Ω   訪問者数:2343305(今日:379/昨日:417)2011/02/16(Wed) 20:20
>
> (LIVE) 井上陽水 忌野清志郎 高中正義 細野晴臣 - 夢の中へ (Acoustic Revolution 1991
> http://www.youtube.com/watch?v=zXENptQ9yys&feature=BF&list=QL&index=4
>
> この腹と腹のあわぬ内蔵の気勢の齟齬ぶりはまことにプロとしてはもとよりアマとしてすら、恥ずかしいバラバラぶりで、よく金を取ってやっちょると呆れるわ。

かういうあきれた不調和の内臓の気勢、うふっふ〜、このドッパズレの気勢さえ、聞きなれれば、名演奏なのかもしませんが、今のソレガシにはまことに醜悪なる掛け声としてしか聞こえてこぬ。

それでも、その醜悪さ無視しやりすごすのではなくて、それをあえて云い募る、なぜなら醜悪さにも美善の契機もあるやもしれず、放擲はできぬから・・

> ま、それにすても、ソレガシもバラバラで反復をサボれば、さっき風呂にへえるに久しぶりで体重を量って、びっくら!なんとお、71.5kg!
>
> 5年ぶりで70kg超か、水泳時代に逆戻りで、そのころよりも下半身を除いて胸や肩や腕や背中や腹の筋肉は落ちておるし、だいたいチャリンコを始めてよりは67〜8kg(体脂肪13%台)で安定しておってもんが秋憂で65kgにまで落ち込んで喜んでいたもんが、一挙に冬眠の成果、71.5kgちうことは、4kg増、これぜんぶ脂肪でせうね。
>
> さすれば、体脂肪も6%ぐらいアップで、体脂肪率20%の大台にのりそうで、こりゃあ、いかん!
>
> 1月は2466km、2月はさらに意識的かつ雪で落として16日現在でまんだたった834km、去年のペースの半分ぢゃもんぢゃっけん、ちと反復ペースをあげて距離を伸ばし速度もあげねばいかんのぢゃけんど、バイクは軒並みチェーンが伸び伸びスプロケ減り減りで、さういうもんを張り切ってメンテする気力がでえへんけん、おのづから走りにくくなり体脂肪、体重アップで、心臓その他への負担が加増し、登攀力も落ちる、だからまたやらない、悪循環、悪反復、なんとかその悪循環、悪反復を断ち切って良循環、良反復の軌道に戻さねばいかんわ。
>
> それにすても、あんな忌野清志郎なんぞのスットン狂のドッパスレの内臓絶叫なんぞを今日だけとはいえきいておれば、そりゃあ調子も狂うわいのお。

もっとも、この忌野清志郎なんぞちうもんは、それが死んで周囲の俗悪ぢいさんどもが自転車がだうの、棲家がどうの、葬儀がどうのと騒ぎ出したときに、そんなやつがおったことを初めて知ったわけで、それまではもちろん全然縁もゆかりもあらへん、かういうどたぬきマスコミでも知ることがなく、まあ、無関心の極みであったのでせうが、そんなもんの存在すらしらんかったのであるが、知ったところで、だうもおくちゃまめいた絶叫の満ちぬしで、やっぱす無関心で、さんでもかういやって、他の連中とでてくるといやでも目に付く。

ま、いやでも目に付くもの、醜悪さと美善さと、そういうもんが、ごっちゃまぜに存在している、その存在のありやう、それをそのまま引き受けられるか、ちうのんは、精神分析の課題でもあるんでせうが、ああ、たしかに精神分析を受けて、自分の過去のトラウマに気づいた患者、ちうよりクライエント、被分析の依頼者が、そのトラウマに頽落して、自分はかういう心の傷をもっているんだから、とか、かういう病気なんだから、とか、そこに甘えて埋没、逃避してしまう、さういう依頼者へはフロイトは断固として分析の続行、治療の続行を拒んだ、自らのきづき、それが分析者によってもたらされれば、それに甘える、その気づきを乗り越えやうといないで、気づきに頽落してしまう、それでは、せっかくの分析も逆効果になってしまって、とての治療の継続はできぬ、という厳しさがフロイトにはあったのですが、さういう厳しさでは、商売にならぬ、気づきが落とし穴を飛び越える契機にならんで、そこに落ち込む契機にしてしまう、それでこそ、商売的には患者、クライエント、依頼者はますますどろぬまで、どろぬまにはまればはまるほど、そのどろぬまを商売とするもんは、儲かるのですから、まあ、昨今の精神分析にせい、療法にせい、さういうどろぬまを食い物にするため、分析や診断や治療と称して、落とし穴を増殖させ、どろぬまを無間地獄に肥す、無間地獄こそが金の成る木の肥やしぢゃとでもいうような風潮では、そりゃあ、医療保険もどろぬまもますますの底なしになるってこともどたぬき人為のなるゆきで、火を見るよりも明らかな火焔地獄、かちかちやまのたぬきになりはてるのですから、さういう醜悪なる事態を見て、だうするか?

畢竟、諸刃の剣の、概念操作、精神分析、対象化した科学的医療、さういうもんへの没落退廃頽落から抜け出るには、さういうもんが、増殖蔓延する以前にヒトはだうしていたのか・・・

そこは、なぬも原始的な迷信や貧困の世界があるばかりではい、まことにヒトの叡智に満ちた世界も広がっておって、その世界の叡智をことさらに、機械論的なヒトへの操作によって、ヒトたるもんを分解分裂させて、生ける墓場に送り込むやうな現代文明のありよう、そこで死せる人生を生きる被治療者の群れ、さういうもんへの反照として、精神分析いぜんの精神病者にして健常者たるキルケゴール、これは産業革命後の存在ですから、われわれの世代との共通基盤が多いのので、理解しやす、そのともかく、あらゆる言説がありであって、相互矛盾し、相反し、躁鬱で、分裂で、それを一つ跳び越えたかと思うとまたつぎの波が来る、それを跳び越し、飛び越し、まあ、無限の反復、永劫回帰的な、生き方、すべての醜悪と美善が同居、共棲している景色、そしてそのいちいちの跳び越される言説のなかにも、なかなかになっとくさせれる真実の姿もちらほらみえる、その姿もやがて跳び越されて、次なる姿が現成してくる、まことに不思議にして、その不思議さは、われわれの硬直したノーミソと規範にガンジガラメが、その固定された鎖に繋がれた存在として、不思議と思うだけのことであって、なんも不思議ではあらへん、もっともまっとうな人間の存在のありやうである、眼前のものもその裏のもんも、醜も悪も美も善も、はては神をまきこんだ己が存在のありよう、すくなくとも、われわれは、あの機械論的な身体精神分析の呪縛から逃れてそれ以前の人間的な状況を己に取り戻すには、まことにひとつの有効ですね。

> > たけめつむANNEX−Ω   訪問者数:2343093(今日:167/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:55
> >
> > 少しは私に愛をください
> > http://www.youtube.com/watch?v=p5vsCdyaIII&feature=BF&list=QL&index=6

だうようにこの愛、この愛のありよう、いったいなんなんだろう?

来生たかお - Goodbye Day (エンディング曲付)
http://www.youtube.com/watch?v=hxG_Ne8xxmg&feature=BF&list=QL&index=4

この曲は、よくクラブやスナックで最後の〆としてよく歌ったものですが、そのまえに、万札をママに渡しておく、さうすれば、渡されたことも忘れてしまって、また、請求を繰り返すすし屋の酔っ払った亭主もおりましたが、まあ、ママちうやつは、まんず、さういうことがない、じっと万札を手に破算だ、ならぬ、挟んだまま、ラストソングを聴いてくれる・・・そこで、この愛の歌詞に出会う


少しだけが愛がたりない〜♪

それを、それをさりげなく・・

少しだけが金がたりない〜♪

とうたうのです。

さすれば、気の利いたママならば、ラストソングが終わって席にもどると、

そっと万札を返してくれる♪

少しだけ足りないお金を返してあげるわ、愛がたっぷりあったから・・・

なけちゃいますね。観音さまです。

でも、そういう体験はそうそうあるものはない。

> > 汗ばんで合わぬものかや腹と腹
> >
> > > てあぬいあANNEX−Ω   訪問者数:2343088(今日:162/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:50
> > >
> > > 冷え切って腹に拘る腹の中
> > >
> > > > そなたもおANNEX−Ω   訪問者数:2343086(今日:160/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:47
> > > >
> > > > やや熱く腹の中まで探照燈
> > > >
> > > > > まをけろるANNEX−Ω   訪問者数:2343084(今日:158/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:40
> > > > >
> > > > > うそ寒く開かる腹や無影灯
> > > > >
> > > > > > せよぬははANNEX−Ω   訪問者数:2343074(今日:148/昨日:417)2011/02/16(Wed) 06:56
> > > > > >
> > > > > > うそ寒く己が腹切る無影灯

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53780] 悪循環、悪反復、なんとかその悪循環、悪反復を断ち切って良循環、良反復の軌道に戻さねばいかんわ。スットン狂のドッパスレの内臓絶叫なんぞをきいておれば、そりゃあ調子も狂うわいのお。Re:[53779] [53778] [53777] [53776] [53775] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/16(Wed) 20:52  

わへあこまANNEX−Ω   訪問者数:2343305(今日:379/昨日:417)2011/02/16(Wed) 20:20

(LIVE) 井上陽水 忌野清志郎 高中正義 細野晴臣 - 夢の中へ (Acoustic Revolution 1991
http://www.youtube.com/watch?v=zXENptQ9yys&feature=BF&list=QL&index=4

この腹と腹のあわぬ内蔵の気勢の齟齬ぶりはまことにプロとしてはもとよりアマとしてすら、恥ずかしいバラバラぶりで、よく金を取ってやっちょると呆れるわ。

ま、それにすても、ソレガシもバラバラで反復をサボれば、さっき風呂にへえるに久しぶりで体重を量って、びっくら!なんとお、71.5kg!

5年ぶりで70kg超か、水泳時代に逆戻りで、そのころよりも下半身を除いて胸や肩や腕や背中や腹の筋肉は落ちておるし、だいたいチャリンコを始めてよりは67〜8kg(体脂肪13%台)で安定しておってもんが秋憂で65kgにまで落ち込んで喜んでいたもんが、一挙に冬眠の成果、71.5kgちうことは、4kg増、これぜんぶ脂肪でせうね。

さすれば、体脂肪も6%ぐらいアップで、体脂肪率20%の大台にのりそうで、こりゃあ、いかん!

1月は2466km、2月はさらに意識的かつ雪で落として16日現在でまんだたった834km、去年のペースの半分ぢゃもんぢゃっけん、ちと反復ペースをあげて距離を伸ばし速度もあげねばいかんのぢゃけんど、バイクは軒並みチェーンが伸び伸びスプロケ減り減りで、さういうもんを張り切ってメンテする気力がでえへんけん、おのづから走りにくくなり体脂肪、体重アップで、心臓その他への負担が加増し、登攀力も落ちる、だからまたやらない、悪循環、悪反復、なんとかその悪循環、悪反復を断ち切って良循環、良反復の軌道に戻さねばいかんわ。

それにすても、あんな忌野清志郎なんぞのスットン狂のドッパスレの内臓絶叫なんぞを今日だけとはいえきいておれば、そりゃあ調子も狂うわいのお。


> たけめつむANNEX−Ω   訪問者数:2343093(今日:167/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:55
>
> 少しは私に愛をください
> http://www.youtube.com/watch?v=p5vsCdyaIII&feature=BF&list=QL&index=6
>
> 汗ばんで合わぬものかや腹と腹
>
> > てあぬいあANNEX−Ω   訪問者数:2343088(今日:162/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:50
> >
> > 冷え切って腹に拘る腹の中
> >
> > > そなたもおANNEX−Ω   訪問者数:2343086(今日:160/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:47
> > >
> > > やや熱く腹の中まで探照燈
> > >
> > > > まをけろるANNEX−Ω   訪問者数:2343084(今日:158/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:40
> > > >
> > > > うそ寒く開かる腹や無影灯
> > > >
> > > > > せよぬははANNEX−Ω   訪問者数:2343074(今日:148/昨日:417)2011/02/16(Wed) 06:56
> > > > >
> > > > > うそ寒く己が腹切る無影灯

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53779] Re:[53778] [53777] [53776] [53775] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/16(Wed) 08:02  

たけめつむANNEX−Ω   訪問者数:2343093(今日:167/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:55

少しは私に愛をください
http://www.youtube.com/watch?v=p5vsCdyaIII&feature=BF&list=QL&index=6

汗ばんで合わぬものかや腹と腹

> てあぬいあANNEX−Ω   訪問者数:2343088(今日:162/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:50
>
> 冷え切って腹に拘る腹の中
>
> > そなたもおANNEX−Ω   訪問者数:2343086(今日:160/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:47
> >
> > やや熱く腹の中まで探照燈
> >
> > > まをけろるANNEX−Ω   訪問者数:2343084(今日:158/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:40
> > >
> > > うそ寒く開かる腹や無影灯
> > >
> > > > せよぬははANNEX−Ω   訪問者数:2343074(今日:148/昨日:417)2011/02/16(Wed) 06:56
> > > >
> > > > うそ寒く己が腹切る無影灯

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53778] Re:[53777] [53776] [53775] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/16(Wed) 07:51  

てあぬいあANNEX−Ω   訪問者数:2343088(今日:162/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:50

冷え切って腹に拘る腹の中

> そなたもおANNEX−Ω   訪問者数:2343086(今日:160/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:47
>
> やや熱く腹の中まで探照燈
>
> > まをけろるANNEX−Ω   訪問者数:2343084(今日:158/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:40
> >
> > うそ寒く開かる腹や無影灯
> >
> > > せよぬははANNEX−Ω   訪問者数:2343074(今日:148/昨日:417)2011/02/16(Wed) 06:56
> > >
> > > うそ寒く己が腹切る無影灯

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53777] Re:[53776] [53775] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/16(Wed) 07:48  

そなたもおANNEX−Ω   訪問者数:2343086(今日:160/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:47

やや熱く腹の中まで探照燈

> まをけろるANNEX−Ω   訪問者数:2343084(今日:158/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:40
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> うそ寒く開かる腹や無影灯
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> > せよぬははANNEX−Ω   訪問者数:2343074(今日:148/昨日:417)2011/02/16(Wed) 06:56
> >
> > うそ寒く己が腹切る無影灯

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53776] Re:[53775] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/16(Wed) 07:42  

まをけろるANNEX−Ω   訪問者数:2343084(今日:158/昨日:417)2011/02/16(Wed) 07:40

うそ寒く開かる腹や無影灯

> せよぬははANNEX−Ω   訪問者数:2343074(今日:148/昨日:417)2011/02/16(Wed) 06:56
>
> うそ寒く己が腹切る無影灯

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53775] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/16(Wed) 06:58  

せよぬははANNEX−Ω   訪問者数:2343074(今日:148/昨日:417)2011/02/16(Wed) 06:56

うそ寒く己が腹切る無影灯

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53774] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/16(Wed) 06:49  

ほらなのとANNEX−Ω   訪問者数:2343001(今日:75/昨日:417)2011/02/16(Wed) 04:05 真っ暗

りあせひよANNEX−Ω   訪問者数:2343073(今日:147/昨日:417)2011/02/16(Wed) 06:47  日の出のあと

寒暁を背に曼荼羅の己が影

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53773] 受難は受動なのか、能動なのか?はたして情熱は能動なのか、受動なのか?Re:[53739] まさに単独者たるキルケゴール的実存の一体化した世界が構築できる、ちう壮大な構図かもしれない。Re:[53737] m と w 逆さまなのです。Re:[53736]> ONE〜ONLY〜LONELY〜ALONERe:[ [53734] What makes a man a manRe:[53733] 相反するもの、裂目にこそ真実というか、なにものかが、全否定のなかの全肯定もあるわけであって、それでこそ相反する感情や論理や生き方のもろもろを味わい楽しめるというものですね。Re:[53731] いづれ歌曲をふくめて使いようによっては躁鬱の癒しに良く効きますね。Re:[53730] 絶対的な満足はどこまで達し得られるものか、Re:[53727] 一切のものが、わたしの小宇宙的な浄福のなかで、ふしぎに浄化されていた、その浄福がみずからのなかであらゆるものを、不愉快なことも、退屈きわまる人の言葉も、目に映る忌わしいものの姿も、どれほど宿命的ないさかいをも、浄化したのであった。しかしこの瞬間に、わたしが絶望のどん底にころび落ちたことだけは確かである。Re:[53726] なんじ、わたしの幸福なる自己よ、おまえの物悲しいせせらぎによって救われ解放されていたのだ!Re:[53719] 舞台は隠れた個人の影絵芝居にふさわしい。Re:[53715] 最後の審判の日に、自分自身で出頭することもできずに、気のきいた目論見とか、その日一日だけの決心とか、半時間きりの計画とかなどを身代わりに出頭させる人間Re:[53712] 現実的な姿が目の前にありながら、それが見えないのである。Re:[53710] インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、時を経てそうなった娘に栄誉あれ。Re:[53709] 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。Re:[53708] 関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。Re:[53706] わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。Re:[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/14(Mon) 12:21  

けすなろほANNEX−Ω   訪問者数:2342263(今日:196/昨日:455)2011/02/14(Mon) 10:50

マタイ受難曲 終曲
http://www.youtube.com/watch?v=9zui8bjzhKU&feature=BF&list=QL&index=63

J.S. Bach による St. Matthew Passion

受難は情熱でもあるのですね。Passion

Passive ⇔ Active つまり ⇔であるものが=になる。

受動と能動、その相反するものが受動即能動になる。受難即情熱である。

はたして。受難は受動なのか、能動なのか?はたして情熱は能動なのか、受動なのか?

さういう理屈を突き抜けたところ、西田幾多郎の云うところの・・

絶対矛盾的自己同一

さういう人厳粛なペルソナが壇上に並ぶ。娘もあれば老爺もおる。録画も録音もいやみなく、ことさらに荘厳な背景も環境も名もない、そんなところが、この「マタイ受難曲 終曲」の好もしさ。

> つきてくりANNEX−Ω   訪問者数:2329131(今日:114/昨日:463)2011/02/06(Sun) 07:06
>
> Chet Baker - Alone Together
> http://www.youtube.com/watch?v=zdDhinO58ss&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=20
>
> > んらにへつANNEX−Ω   訪問者数:2328732(今日:178/昨日:457)2011/02/05(Sat) 10:35
> >
> > 大切なことを書き漏らした。これをもらしては意味不明になるやもしれん。
> >
> > Ray Charles - Song For You (1994)
> > http://www.youtube.com/watch?v=JSlv_n-gBmk&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26
> >
> > Ray Charles - A Song For You (1999)
> > http://www.youtube.com/watch?v=jgZTvLFRYrE&feature=BF&list=QL&index=27
> >
> > この5年間の老い方、ひとりの他人の人生から多様なる己の味わいが味得されますね。
> >
> > それはともかく・・
> >
> > > るやくまはANNEX−Ω   訪問者数:2328712(今日:158/昨日:457)2011/02/05(Sat) 08:58
> > >
> > > Nancy Wilson, When October Goes
> > > http://www.youtube.com/watch?v=Oh0l2wle7qY&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=57

> > > 体、休ちうこの二文字、体には横一本の短い棒があって、休には棒がない、なんでなんだろ?
> > >
> > > one
> > >
> > > これは、横一本の棒で、一でもありまして、これは、単に数字の概念のみではなく、己の一己に通じるものでありますれば、古来、印度で無限の概念が構築される以前に一なるもんは、すべての無限の根源かもしれず、ゆえに、一即多、一即他でもありませうが、その一にして英語でいけば・・
> > >
> > > ONE〜ONLY〜LONELY〜ALONE
> > >
> > > かういうONEの言葉の連想つらなりも、ま、歌曲の幾許か、それに中毒しちょろうが、耽溺しちょろうが、その英語の詩の味わいなんぞも、散文英語からはえられぬ気づきもまた到来しますけん、基調にして貴重なもので、
>
> Alone Together
>
> けさの表題の曲ですが、この言葉も味わい深いですね。味わい不快くんのバカ言説とはちゃうて・・
>
> Alone にして Together
>
> なのか
>
> 相反するものがちゃんと一個に止揚されちょる、ま、論理でははなればなれのもんも、感情においては一個になる、感情の偉大さ。
>
> ちうか、ばらばらの感情においてさえも、一個の身として止揚されておる。
>
> それにすても、
>
> Together ちうのんは Togather でもあれば、to gather
>
> さすれば
>
> Alone to gather
>
> さらにいいかげんにやれば・・
>
> Al one to gather
>
> All one to gather
>
> まあ、さうなれば、まさに単独者たるキルケゴール的実存の一体化した世界が構築できる、ちう壮大な構図かもしれない。

> > > > > 同調と対抗の図式の身体論、身は精神と肉体を止揚する、内外の媒介で、そこから発する言葉もおなじことでせうが、それが渦を巻いて吹き付けてくる、糞味噌一緒のサイクロンめいた脳みそが太陽の熱線で熱すれば、まあ、いろんな景色がみえてくるわけで・・
>
> > > SHEでもHEでもSがあるかないかだけのことで、反転はしますが、畢竟はおなじことなので・・
> > >
> > > Barbara Cook - He Was Too Good - Losing My Mind
> > > http://www.youtube.com/watch?v=WHloHH9KwQc&feature=BF&list=QL&index=28
> > >
> > > 阿川 泰子 HD 〜He Was Too Good To Me〜
> > > http://www.youtube.com/watch?v=UPwE3CcFgwE&feature=BF&list=QL&index=24

とはいえ、やはり最初に掲げた・・・She Was Too Good to Me chet-bakerのはうがよかった。

> > > > > > > > ある朝のこと、起き上がると珍しく気持ちが良かった。この快感は、比類を絶して、午前中ずうっとだんだん高まっていった。かっきり1時に、わたしは絶頂に達して、めまいがするほどの極限にいるのを感じた。それはもはや快感の測度計では、詩の温度計でさえも、表示されないほどの高度であった、体は地上的な重みを失っていた、体をもっていないかのようであった。あらゆる機能は満ち足りて働き、どの神経も自己自身に、また全体との調和に喜びを味わい、また一つ一つの脈拍は有機体全体を震動させて瞬間の快楽を思い出させ、それを感じさせるばかりだったから。わたしの歩みは漂うごとくであった、しかしそれは空気を切って地上を離れる鳥の飛翔とはちがって、稲穂の上を吹くわたる風の波、憧憬に酔える海のうねり、夢みる雲の滑走のごとくであった。わたし自身が海の深い底のように、ひとりを楽しむ夜の沈黙のように、反響(こだま)することのない独白にも似た真昼の静寂(しじま)のように、冴えわたっていた。あらゆる情緒が美しい調べを奏でて共鳴しながらわたしの魂の中でやすらいだ。想念は次々と湧き出てきた、あらゆる思想が、祝福の威儀をこらして、押しよせてきた、世にも愚かしい思いつきも、世にも豊かなイデーも。あらゆる印象は来る前にすでに予感されていた、だからそれはわたし自身のうちで目を覚ました。全人世がわたしに愛をかたむけているもののようであった、一切のものが、わたしの存在に触れて運命をはらみながら、打ち震えた。わたしのうちにあるすべてのものは前兆であった。そして一切のものが、わたしの小宇宙的な浄福のなかで、ふしぎに浄化されていた、その浄福がみずからのなかであらゆるものを、不愉快なことも、退屈きわまる人の言葉も、目に映る忌わしいものの姿も、どれほど宿命的ないさかいをも、浄化したのであった。さきにもいったが、かっきり1時に、わたしは最高潮に立っていた、わたしはそれが極限だと予感した。そのとき突然、わたしの一方の目が少しかゆくなりはじめた。それは睫毛だったか、それとも毛屑か塵だったか、わたしは知らない。しかしこの瞬間に、わたしが絶望のどん底にころび落ちたことだけは確かである。

このキルケゴールの叙述は、さういう状態の叙述としてはまことによく書けていて、ニーチェにも「大いなる正午」がありますが、ちと違う、ま、ひとぞれの味わいでせうが・・

> > > > > > この予兆、高みへの予兆、はたまた、低みへの予兆、さういうこともふくめて、予兆があれば予防でけるか?ちうと、それが難しいわけで、
> > > > > >
> > > > > > 予兆がきたら精神科!
> > > > > >
> > > > > > ちう安易な行動をとっても、薬漬けになる、

こういう状況を精神医学語で対象化して薬を処方しても、かならずしもよくはならい、むしろその副作用で身体精神のあちこちに歪みが出てくる。

それになにより、かういう賜物、到来を、賜物としないで邪魔者にして、駆除しようとする、なんとならば、あの、画一化教育のもと、ベルトコンベアーに乗せて、ホッパーへ落とし込んでソーセージにしちゃうやうな社会のありようにおいては、こういう昂揚と墜落の持ち主は、つかいものになりにくい、もっと扁平に機械的に仕事をこなし、感情をこなし、理性的に規範的にルール的に生きることに順応したもんぢゃないと、そういうことを眼目にした組織や社会においては不都合の野放しになってしまう。

ま、そのへんのところは、これらのキルケゴールや二ーチェを引きついた風情もある、フーコーなんぞが、監視、監獄、病院論でもあれこれと云ってますが、まあ、さういう風でもある、あの、ピンクフロトの壁でも表現されているやうに・・

しかし、さうはいってみたところで、監視、監獄、病院、療養所、壁、監禁、養殖、屠殺をいくらならべても、そりゃあ、イロニーにも、諧謔にもなることなって、自己の覚醒を促す一契機とはなりえますが、そしてそれがそういう事態を超越する継起もつながるんでせうが、もっと直截になんとかできんか?ちうことに悩み、たどり着いたのが、それこそ体験的に、ゲーム的ではない自己の身体的運動であり、精神的運動である。

水泳も自転車も、独りででける。詩歌俳句音楽も独りでできる。もちろん、それをみまもってくれるまなざしがあれば、張り合いも大きくならうちうもんどすが、最終的にはそのまなざしは天のまなざし、神のまなざし、自己のまなざし、仏のまなざしである。

ゆえに、薬を切る、それは一つの決断である、それは単に薬を切る決断ではなくて、そういう薬を薬として飲ませ続ける世間を切る決断でもある。

> > > > > > 薬の効用も副作用も、そりゃあ、広大無辺な精神のジャングルのなかの「開け」「空地」で行なうゲームにすぎぬやうな知のありようであって、・・・・畢竟、あるものがない、という証明は、あるものがある、という証明に比較にならぬほどに難しい、ま、アポリアといってもよいかもしれぬ。
> > > > > >
> > > > > > > バーンスタイン:マーラー・復活 終楽章4/4
> > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=Au8qHVoUAUg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=24
> > > > > > >
> > > > > > > これは、わたしと同じ高みに登ったことのある人なら、この高みに立って同時に、そもそも絶対的な満足はどこまで達し得られるものか、という原則的な問題に頭を悩ましたことのある人なら、誰にでも容易に理解できることであろう。
> > > > > >
> > > > > > これは高みでも低みでもおなじことであって、これも反復なんですね。躁鬱、復活、回復、回帰、みんなおんなじことです。

ゆえに、この復活、反復は、いわば世間の薬の処方、扁平なる標準人間再生産機構からの脱出のために、何度となく、聴いた、読んだ。

マーラーの復活は、昔そのさまざまな演奏合唱のCD,録音を数えあげて、どっかに書いたが、今はその数も念頭にない、それをストックしてある旧寝室はいまは物置と化していちいち山積みのソファーや床に散らばった書籍を踏み分けで入って数えることもないが、ある「復活」狂いの富豪が、大枚でオーケストラ合唱団を雇って、富豪が指揮した玄人はだしの演奏のCDまでふくめて、古いの新しいの、長いの短いの、あわせて、1ダースぐらいあったであらうか。そういうものを、とっかえひっかえ寝室で、あるいはクルマの中で、大音響で聴いて、こういう反復というのも、けっこうな効果があるもので、もちろん副作用は周囲にうるさがれる、てめえの耳が遠くなるとか、ないことはないんですが、そんでも、部屋は締め切っていきこもり、クルマは時速100km/h以上ですっとんでいけば、さしたる問題もおきず、その唱歌の数々、読書の数々、ああ、反復に至っては、古書肆で手に入れたこともあり、文庫本を仰向けに寝て片手でもって拡げた頁を逆反りさせて反復読書の果てに、幾枚かの頁は綴じ糸から破れ離れてバラバラになりつつあるものを、また綴じ返すことはできぬのんで、後生大事に離れたっところに差し込んで・・・

> > > > >
> > > > > さうさう、ここで躁鬱というのは、あまりにもメカニックで、さういう言葉をつかうとその言葉の既製概念、メカニックな範疇にとりこまれ、せっかくの高みも低みもその味わいが減殺されかねません。

せっかくの人間がもっている高み低み、浮沈を扁平化するやうな副作用さえある、躁鬱という概念のそとに跳びだす、さういうもの罠に引っ掛かって、屠殺場、ホッパー、ソーセージにならぬやうに・・

> > > > > これは、希望と絶望、願望、欲望の全能化と不能化ですから、さういう頭熱の状態は誰にもありうるわけであって、・・・

畢竟、現代で病気とされている病気のそもそもの概念規定そのものさえも疑わしいものが多々あり、それは単に産業社会主義への不適応は、なべて病気や障害や精神病にされちまう毛があるのんは、たぬきならぬヒトにおいて、よく見えるところなんどすが、たぬきにおいてたぬきの規範とルール、ありようを自ら自問する知恵さえありませんから、さういうもんの犠牲になる、たぬき自身がたぬきの犠牲になる、さうならんやうに、いろいろな工夫をする。

> > > > > > > > > わが沈黙の共犯者よ!名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > > > > >
> > > > > > 高みにあらうが、低みにあらうが、世間というものは、意外と寛容で、包容力がある、ちうよりか、そんなことには無関心なのかもしれませんし、

この関心、無関心もやりたいのですが、とりあえず、昼飯のやうなので・・・

> > > > > > マスコミジャーナリステック的には、パパラッチになったり、いろいろともかく野次馬へ餌を売るビジネスとしては、高み低みをできるだけ印象的に分裂させてヒーローと悪人をつくりだすことが、糊口を潤すたぬき知恵ですから、必要以上にコントラストをきつくして、世間に流して売り込むわけで、されを鵜呑みすた烏合の衆の野次馬どもが、あの、ゆうちゃんフィーバーのような熱に浮かされ、あたかも、ひっくりかえせばナチス万歳の予備軍が日本中、世界中で培養され増殖しつづける、さういう状況でも、世間ちうもんは意外と寛容で、包容力があって、無関心・・・
> > > > > >
> > > > > > いったいなぬぬ無関心なのか?
> > > > > >
> > > > > > いったいなぬぬ関心するのか?
> > > > > >
> > > > > > > > >                                  敬具

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53772] 無頼漢Re:[53771] たまちゃんお待ちかね、レシピ句 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/13(Sun) 08:01  

をけろきさANNEX−Ω   訪問者数:2341735(今日:123/昨日:441)2011/02/13(Sun) 07:38

She - Charles Aznavour / legendas em português
http://www.youtube.com/watch?v=MCZwKNuIDIQ&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=40


> チャンポンの具に秩序失せ世も乱れ

ボンチャンの具の秩序失せ世の乱れ

> いまはもう思い出でしかないが、下関という町は食い物のうまいところだった。その背景には永く大陸への玄関口だったことがあるのだろう。
>
> その頃の事だから(いつ頃?笑)イタリアンなんて無粋な食いものはなかったが、唯一フランス料理は大和町の「水産会館」で出されていた。小学生の頃何度か連れて行かれたが、左右上のナイフフォークスプーンの三段重ねは実に晴れがましいものだった。クリスマスプディングなる火のついた重苦しいケーキに出会ったのはその後のケーキ嫌いになる発端だった。おお、もう半世紀も前の事だ。
>
> しかし本当にうまかったのは中華料理。なんでもうまかった。中華第一楼という料理屋が駅近くにあり、台湾で育った母に外出の度、連れて行かれた。その後東京に出た時.銀座二丁目の地下にその名前を発見したが未だ訪ずれていない。経験はトレースすることの失望を教えてくれている。
>
> 中華の味は、下関の味でもある。ふぐ料理を自分でつくるほどだが、しかしあのチャンポンの味だけは再現できない。(チャンポンは中華か?の異論はあろうが)具はキャベツ・もやし・イカゲソ・豚肉・エビ・なるとの細切り・きぬさや。これ以外使ってはならない。コーンなんぞ入れるなよ(怒)。
>
> 店の名は「登喜和荘」。その名が示すように旅館なのだが玄関口に卓がありチャンポンを出した。明武谷という相撲取り(別名:人間クレーン)が巡業で宿泊しており、ぬっと顔を出した。
>
> 東の国に来て、一度チャンポンを注文して一口、箸を置いた。それ以来チャンポンは幻の料理名である。

う〜む。長崎ちゃんぽんちぇ〜ん派としては云うことなし。

唐辛子焼けて浮沈や無頼漢

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53771] たまちゃんお待ちかね、レシピ句 投稿者:尿簿 投稿日:2011/02/12(Sat) 21:22  


  
   チャンポンの具に秩序失せ世も乱れ


いまはもう思い出でしかないが、下関という町は食い物のうまいところだった。その背景には永く大陸への玄関口だったことがあるのだろう。

その頃の事だから(いつ頃?笑)イタリアンなんて無粋な食いものはなかったが、唯一フランス料理は大和町の「水産会館」で出されていた。小学生の頃何度か連れて行かれたが、左右上のナイフフォークスプーンの三段重ねは実に晴れがましいものだった。クリスマスプディングなる火のついた重苦しいケーキに出会ったのはその後のケーキ嫌いになる発端だった。おお、もう半世紀も前の事だ。

しかし本当にうまかったのは中華料理。なんでもうまかった。中華第一楼という料理屋が駅近くにあり、台湾で育った母に外出の度、連れて行かれた。その後東京に出た時.銀座二丁目の地下にその名前を発見したが未だ訪ずれていない。経験はトレースすることの失望を教えてくれている。

中華の味は、下関の味でもある。ふぐ料理を自分でつくるほどだが、しかしあのチャンポンの味だけは再現できない。(チャンポンは中華か?の異論はあろうが)具はキャベツ・もやし・イカゲソ・豚肉・エビ・なるとの細切り・きぬさや。これ以外使ってはならない。コーンなんぞ入れるなよ(怒)。

店の名は「登喜和荘」。その名が示すように旅館なのだが玄関口に卓がありチャンポンを出した。明武谷という相撲取り(別名:人間クレーン)が巡業で宿泊しており、ぬっと顔を出した。

東の国に来て、一度チャンポンを注文して一口、箸を置いた。それ以来チャンポンは幻の料理名である。



[53770] 最高です。物干し場で昼寝もできます。Re:[53769] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/12(Sat) 19:42  

いこさすもANNEX−Ω   訪問者数:2341535(今日:364/昨日:9175)2011/02/12(Sat) 18:32

> >   そのかみのそのきさらぎとなりにけり
>
> これがわからんのですよ。なぬか非常に高貴な句のやうな香華がただよってくるのですが、その正体がわからぬ。わからぬながらその香華に酔ってしまう、ちうのんは、仏像の影から漂ってくるマリワナの受動喫煙めいた感じで、幻想とめまいがする。
>
>
> そのきさらぎの望月のころ

西行の最期の死の香華であったか。

> ひらかな効果はたしかにあるもんですね。

さすれば、かみは、神ななのか、上なのか、あの吉野の西行庵、法師の棲み家。そこへいたる道程を巷から、上を見上げて、ああ、法師もついに神に遷化した如月か、と・・・

それにしたって、あの法師の出家の動機も、女院なんですから、けっこう生臭いちうか、ま、その生臭ささえも、香華になってしまう、ちうか、もともと男女のことは香華なんですね。

それにすても、法師の身でありながら女々しく、朝廷の勅撰歌集に応募したり、まあ、生臭いのんどすが、づんでも、ま、硬直した理想主義に頽落せず自由自在であったとも解せるわけで、ものは愛情のありやう、関心のもちようどすわね。

ひらがなの効用も、漢字ほどの直截さがないから、幻想、妄想がひろがりますね。

それにしても、西行庵の下の茶店の地下で熟成発酵させた蜜で味わう吉野葛の味わいは最高です。物干し場で昼寝もできます。


やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53769] 無題 投稿者:尿簿 投稿日:2011/02/12(Sat) 18:16  

>   そのかみのそのきさらぎとなりにけり

これがわからんのですよ。なぬか非常に高貴な句のやうな香華がただよってくるのですが、その正体がわからぬ。わからぬながらその香華に酔ってしまう、ちうのんは、仏像の影から漂ってくるマリワナの受動喫煙めいた感じで、幻想とめまいがする。


そのきさらぎの望月のころ


ひらかな効果はたしかにあるもんですね。


[53768] 二つの幻想が夢中にして恍惚、人事不省、不詳にして、まあ、不肖にして、不生不滅の不生にして最後の晩餐、最後の審判なんどすけん、まあ、なんでもありなんどすわの。まあ、いのちの極致かもしれない。Re:[53751] making love not by choice but by chance Re:[53729] 君見ずや 管鮑貧時の交わりを 此の道 今人棄つること大人の玩具のごとしRe:[53728] 君見ずや 管鮑貧時の交わりを 此の道 今人棄つること土のごとし 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/12(Sat) 17:21  

みほみとめANNEX−Ω   訪問者数:2341479(今日:308/昨日:9175)2011/02/12(Sat) 15:37

La louve Lynda Lemay
http://www.youtube.com/watch?v=1bzukhb1oPo&feature=bf_next&list=QL&index=50

ぜんぜんわけがわからぬんどすが、なにげにええうたですねえ、鉄砲なんぞもときどき響いて・・静かななかに情熱的なもりあがりもあって・・いまお詫びの電話をいれたところですが、できあがっているやうな・・

> せさつひにANNEX−Ω   訪問者数:2330394(今日:107/昨日:405)2011/02/09(Wed) 09:07
>
> 今朝は雪が降ったりやんだりで・・春の雪
>
> > うんおはすANNEX−Ω   訪問者数:2325997(今日:219/昨日:531)2011/01/230(Sun) 08:20
> >
> > Marlena Shaw - Last Tango in Paris
> > http://www.youtube.com/watch?v=7OYe9lB0TVc&feature=BF&list=QL&index=7
>
> この歌詞を拾ってくるんは一苦労どしたが・・このMarlena Shaw の歌唱の気になる出だしの語り、春の雪に相応しいか?
>
> We are Two illusions who touch in a trance
> making love not by choice but by chance
>
> う〜む、まことにまことに・・

最初は

無責任だ!ふざけんぢゃあねえよ!くだらん!

ちう思いが先にたって、畢竟、 making love not by choice but by chance なんちうゴタクを抜かすな!

ちうのんも、チャンスがあっても撰ばなければメークラブも糞もねえんぢゃっけん、その撰んだ、チョイスしたその責任を棚に上げて、チャンスのせいにして、なぬもかも偶然とそらっとぼけておれば、そりゃあ、責任がのうてお気楽でよろしい、いつ大人の玩具のやうに捨てやうが・・

ちう思いでであったのぢゃが、聴いて歌詞を味わっておるうちに、事態は逆転して、そりゃあ、大人の玩具でも not by chance but by choice、みずから選ぶんであるからして、そりゃあ、そこに大人の玩具屋が偶然あって遭遇した玩具が気に入ったにしても、そりゃあ、偶然ぢゃねえ、欲望も選択も働いてのことだし・・・ちう、この印象が顛倒してきて、どうも、さわいえ、欲望も選択も not by choice but by chance ではないか、そもそもが、その出来事、偶然、期せずしての到来、恩寵といえば基督教がかるが、親鸞的にいえば、なみあぶだぶつ、来迎どすか、そういう出来事のありよう、そういうもんもあるからして、これはこれで、ええのではないか、むしろ、not by chance but by choice ぢゃと、その責任をうんぬんするほうが、いわば、世間の規範や慣習や重力に引きずられて、現存在へ頽落しがちであって、さういう頽落する重力を無にしてなおかつ現存在の存在を現在として味わいうるのは、やっぱす、 not by choice but by chance か、いやさ、by chance であると同時に by choice でもある、そして、その choice ですら、てめえの choice めいて、てめえの choice ではありえぬ、親鸞的には仏のはからいであって、基督教的には神のはからい、であって、そこには、チャンスもチョイスもろともにあって、なおかつ、そのチョイスの重力もチャンスの重力もない、さういう世界を歌っておるんぢゃないか・・

> To a theme that we tore from the past
> to a tango we swore was the last
>
> まことにまことに・・

だから、過去から引き裂かれた現今只今であって、 the last tangoであることを誓っている、誰へ?

だうも、終末思想のやうな気配がありますが、まあ、それはおいておいても・・

> 蛇足 tore →tear引き裂く swore →swear誓う
>
> ま、詩ならではの味わいですが・・全詩も味わってみませう。
>
> Last Tango in Paris Lyrics
>
> We don't exist

まずは、存在の否定から始まるのですから凄い!

> We are nothing but shadow and mist

重力を失えば、喪失か開放かはべつにしても、たしかにさういうことですね。
韻を生かすやうに、分割してみていけば・・

> In the mirror we look as we pass
> No reflection's revealed in the glass
> Don't you know that the blood in your vein
> is as lifeless as yesterday's rain?
> It's a game where we come to conceal
> the confusion we feel
> But as long as we're nameless
> our bodies are blameless
> You cried when we kissed
> It was nothing but shadow and mist
> Two illusions who touch in a trance
> making love not by choice
> but by chance
> To a theme that we tore from the past
> to a tango we swore was the last
> We are shadows who dance
> We don't exist
> We are nothing but shadow and mist
> In the mirror we look as we pass
> No reflection's revealed in the glass
> Don't you know that the blood in your vein
> is as lifeless as yesterday's rain?
> It's a game where we come to conceal
> the confusion we feel
> But as long as we're nameless
> our bodies are blameless
> You cried when we kissed
> It was nothing but shadow and mist
> Two illusions who touch in a trance
> making love not by choice
> but by chance
> To a theme that we tore from the past
> to a tango we swore was the last
> We are shadows who dance
> We are shadows who dance
>
> > 君見ずや 管鮑貧時の交わりを 此の道 今人棄つること大人の玩具のごとし

まう、最初から・・

> We are Two illusions who touch in a trance

と宣言しているんですから、二つの幻想が夢中にして恍惚、人事不省、不詳にして、まあ、不肖にして、不生不滅の不生にして最後の晩餐、最後の審判なんどすけん、まあ、なんでもありなんどすわの。

まあ、いのちの極致かもしれない。

などとおもいつつ、人生の諸段階の幾許かを読んでいたら、かういうのに出遭った。

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

恋着することはすべて奇蹟である。愛するもの同士が熱愛しながら奇蹟の神聖なしるしのまえにくずれおれるとき、悟性が静止することになんの不思議があろう。

ここで話題になることについては、ここでもどこでも、その言いあらわし方を監視すべきだと思う。

「自分自身で選ぶ」という名の範疇があるが、これはいくらか近代化されたギリシャ的範疇である。これは私の好きな範疇で、そのなかに個人的な存在を含んでいる。しかし、この範疇はけっしてエロス的なものに用いてはいけない。

たとえば、恋人を選ぶという話をしようとするときに用いてはいけない、というのも、恋人は神の賜物だからである、そして、「選ぶ」という語が選ぶ者と選ばれる者との両方に関して同じ意味で使われべきものならば、自分自身で選ぶ選択者について、彼がそこにいることが前提とされるように、恋人についても、彼女が恋人としてそこにいることが前提とされねばなるまい。

そうなるとあの青年は、恋愛というものを、自分がます選ばなければならない愛する価値のあるを愛することにしてしまう。

気の毒な若者よ、それは不可能なことなのだ、それだけではなくて、この問題をそういうふうに理解しなければならないとなると、だれがあえて選ぶだろうか。だれがそうそう女みたいに自分自身に惚れ込んでいて、求婚する男のところにはあらかじめ神自身が求婚者として来ているのにちがいないし、そのほかの求婚はすべて自分かってな愚かな自由にほかならない、ということがわからずにいられるだろうか。

そういうわけで私は選ぶことを拒否する。私はむしろ神の賜物を感謝して受ける。神のほうがうまく選ぶのだし、感謝するほうが幸福なのだ。

私は恋人について、私が彼女を愛するわけは、そのわけは、とどのつまりのそのわけは−−−−私が彼女を愛しているからだ、というような無意味な批評演説をはじめて、物笑いになりたくない。・・・・・

私は神のものは神に返すのだが、人間はだれしもそうすべきなのだ。しかし、神にたいして感嘆や驚嘆という神聖な貢物を拒むならb、人間は神のものを神に返すことをしないのである。

悟性が静止するときこそは、驚くべきものを信じ、それを見ることによって心を強められながら、たえず現実に立ち帰るために、勇気を持つことが肝要なのであって、すわりこんで驚くべきものの本質をきわめてやろうなどとしてはならない。

それにしても、私は、反省する者の頭上に絶望をもたらし、そうすることによってこそあるいは彼を救うかもしれない、鋭い、貫徹的な批評の、効果のない試みのほうが、おしゃべりなばかげた反省、つまり、恋愛を飾りたてて、奇蹟以上のことを知ろうする装身具作りの女工よりもましだと思う。

まことに、恋愛は奇蹟であって、町の新しい出来事などというものではない。恋愛の牧師は熱愛者であって、街の女などというものではない。

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

「反復」以降のキルケゴールの引用は下記より

キルケゴール著作集12〜14、人生行路の諸段階 佐藤晃一訳 1963年 白水社
  

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53767] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/12(Sat) 14:23  

せわませちANNEX−Ω   訪問者数:2341439(今日:268/昨日:9175)2011/02/12(Sat) 13:43

NINA SIMONE- "DON'T LET ME BE MISUNDERSTOOD" (1964)
http://www.youtube.com/watch?v=5T3FXFnoTzE&feature=BF&list=QL&index=30

今朝は6時35分に真っ赤な日の出を堪能できたんどすが、昼頃からはまことに寒く、お別れ会はいけぬいかぬとコタツ猫を決め込み横断歩道をわたって年始に開店したしたローソンへ切れたタバコ、切れると攻撃的になるますから、ま、1mmほどのマイルドシトリック、これがカートンで買っておる10日前とパッケージが違う!と切れそうになったら、これがもう最近にパッケージングが変わったんださうで、さういえばヨーカドーなんか旧蔵のタバコで利益をあげているのかもしれんし、でも、クレジットカードがつかえるから、といえば、ローソン店長君いわく、うちでもヨーカドーカードでもなんでも使えますよ、お!驚き!セブンイレブンは現金払いぢゃけんど、いえ、いえ、うちは昔からカード支払いもOKですよ、という新しい発見も、まあ、よくコンビニをご利用のむきには当たり前なのかもしれませんが、ソレガシにはまったく驚きの発見で、それにして、隣のタバコ屋さんが閉鎖して、タバコ販売権利を斜向かいの新しいローソンに売ったのであらうが、はたしてタバコも、成年カード必要の自動販売機ぢゃあ、誰も買わぬ、買えない、面倒なシステムで、小売りの個人商店いじめ政策もここに極まれ利、ちう、オオダナ優先、大企業保護政策、んったく、世間はそれなりに暖かくても、行政の寒々しさには辟易しますの。

さて、一服して、攻撃の槍をひっこめて、まいどまいどまいるどにまいるどに・・

> [53765] 無題 投稿者:尿簿 投稿日:2011/02/12(Sat) 09:29




>   寒鯉の緋をにじませて動かざる


秀句♪

虚子めいて・・・ざる止め、がええどすわの、そこは虚子的ではのうて、寒鯉の緋をにじませて動かざる・・動かざる寒鯉の緋をにじませて・・・と円環になる、ま、鯉の習性すらも一句に滲みでていて味わい深いですね。





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> [53764] 無題 投稿者:尿簿 投稿日:2011/02/12(Sat) 09:24




>   くさめして二三記憶の針が飛ぶ

なんか突然達人になり申した風情があるちうと、以前は?と、以前も達人どしたが、ますますお達者に磨きがかかって、自転車は65歳まで伸びるちうことですが、俳句は、アルツにでもならんかぎり、死ぬまで伸びるわけですから、老いれば老いるほどに達者な達人になるのかもしれませんね。

とはいえ、記憶の針が飛ぶ、ちう言い回しはぢゃっかんの類想もあるやもしれませんが、それにしても、歳の感慨として共感しますね。





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> [53759] 無題 投稿者:尿簿 投稿日:2011/02/10(Thu) 20:52




>   そのかみのそのきさらぎとなりにけり

これがわからんのですよ。なぬか非常に高貴な句のやうな香華がただよってくるのですが、その正体がわからぬ。わからぬながらその香華に酔ってしまう、ちうのんは、仏像の影から漂ってくるマリワナの受動喫煙めいた感じで、幻想とめまいがする。




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> [53758] 無題 投稿者:尿簿 投稿日:2011/02/10(Thu) 20:38




>   誰もポーカーフェイスして過ぐ二月

これは、誰もかも、ではいけんのでせうか?

誰もかもポーカーフェイスして過ぐ二月

ポーカーフェイスを何文字に数えるか。初心者さんも読んでいるかもしれないので、多少の蛇足でいえば、ポーカーフェイスの、音の伸ばしの部分は、数えても数えなくてもよいので、ポーカーはポカの2音でも4音でもよろしく、フェイスはフェで1音であって、指を折って、フエと2音にする必要もなく、フェイスのイを強調すれば、イで1音で、3音ですが、フェースとイを強調せんば、2音でも3音でもよろしいわけで、いったい何音に数得るか、ま、舌頭千回ならぬ旋転ならぬ、芭蕉の云いようでいえば舌頭千転ですね、さすればおのづから何音で自然に響くか・・・

さらに、575の頭の5音は、7音や8音という字あまりになっても比較的違和感がすくないのですが、あたまが字足らずの4音や3音だと全体のリズムが崩れやすい、まあ、全体に意図的にリズムを崩して、一句に漂う意匠や雰囲気を崩しの相乗効果であらにあげるということもありますが・・・



やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53766] ソレガシなんぞもこの世間様に共棲ならぬ寄生しちょんか、ちう反省もなきにしもあらずで・・・Re:[53754] [53750] こりゃあ、わるくありませんね。Re:[53748] 昼は見えすぎで、目に惑わされ、それにつれて耳も脳みそも言葉にまどわされ・・・Re:[53744] [53743] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/12(Sat) 11:09  

それけとむANNEX−Ω   訪問者数:2341345(今日:174/昨日:9175)2011/02/12(Fri) 09:12

頭の音楽がスパッと斬り落とされているんで、お気に召さなかったかもしれませんが・・あらたに一曲。

Nina Simone - Evr'y time we say goodbye
http://www.youtube.com/watch?v=hNR9Bkhw2hc&feature=BF&list=QL&index=19

Ev'ry time we say goodbye
I die a little,
Ev'ry time we say goodbye
I wonder why a little,
Why the gods above me
Who must be in the know
They think so little of me
They allow you to go.
Oh oh oh when you're near
There's such an air
Of spring about it,
I can hear a lark somewhere
Begin to sing about it,
There's no love song finer,
But how strange the change
From major to minor...
Ev'ry time
Ev'ry time
Ev'ry time we say goodbye

あんときはなんだっけ?

> ろちろゆけANNEX−Ω   訪問者数:2330136(今日:254/昨日:469)2011/02/08(Tue) 16:48
>
> Diana Krall "when I look in your eyes"
> http://www.youtube.com/watch?v=Hkke0UOJMB0&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=2
>
> > さてあおさANNEX−Ω   訪問者数:2330018(今日:136/昨日:469)2011/02/08(Tue) 10:55
> >
> > Chet Baker - Tenderly
> > http://www.youtube.com/watch?v=H6mfWun73vI&feature=autoplay&list=QL&index=9&playnext=2

でしたね。

> > > > > 笑ふがごとく眠るがごとく朧な死
> > > >
> > > > 朧夜や饒舌に棲む黙もあり
> > >
> > > これは・・・
> > >
> > > > 「ほんとうに黙することができる者だけが、本当に語ることができ、ほんとうに黙することのできる者だけが、本当に行動することができる。」
> > > >
> > > > キルケゴール「現代の批判」より。
> > >
> > > あのくっちゃべり〜的偽善者への辛辣なる告発であって、さうゆうことになると、ソレガシなんぞにもそのまんま当てはまってしまうから、つまりこの舌下の黙々の舌頭の饒舌へのおもいやりやさしさなんでせうが・・
> >
> > とはかぎらんわね。
> >
> > > 俳句はやっているのかしら?
> >
> > 詮索はせんことです。
>
> 俳句は初心者です。自分で歳時記など読んで少しは知ったことはあるけれど、

歳時記は面白いですね。学ぶところがたくさんあって、歳時記ごとにその趣味がちがう、著者や編纂者やその流派や方針の違いもあるんでせうが、採句してくる範囲もその編纂者や流派や方針ごとに違いますから、いくつかの歳時記をもって、読み比べてみると、この俳句の世界のありようもまたみえてこようというものです。

ソレガシなんぞは、通勤の行きかえりの電車のなかではよく歳時記を読んでいたもので、さうさう、携帯に便利で、季語の豊富なもんは、

新版 季寄せ 角川書店 1985年初版

で、索引も充実していますが、いまは絶版とか・・季語の数も多く、簡潔な説明で、採句の流派が比較的偏っていない、という長所があり、紙質も丈夫で薄く、2cmで535ページどころですから、ポケットにも入るわけで、ま、吟行なんぞの定番というところですね。

> 「花」と言われて、花ならなんでもいいのかと思っていたことがあるほどのバカです。

バカというほどのことmないでせう。ソレガシなんぞも47歳まで、花といえば花で、桜のことなんぞということは知りもでんしたが、かういうルール、俳句の規約は、それこそ郷に入ったら郷に従え的なもんであるからして、郷に入らねばそんなルールは無視してもよろしいわけで、俳句において、そのルールでゲームをする、んぢゃのうて、俳句においてその根源を味わう、自己鍛錬の俳句においては、定型とか季語とか言葉の使い方、約束事を超えた、もっと根っこというか、天上とうか、さういう味わいを優先すれば、俳句も万事に通じるわけで、ゲームとして俳句から、実存としての俳句へ飛躍、深耕できるちうもんではないでせうか。

もっとも、ゲームのルールがあって規制、しがらみがあるからこその自由ちうことも、実存ちうこともいえるのではありますが・・

畢竟、俳句においてよくいわれることは・・・

説明はダメ

理屈もダメ

これは、まことにこの俳句的なわが国の文芸というものは、西洋における実存を実存といわずして実存へ反復鍛錬に相違ない、とさえ思います。


言葉の説明、観念や概念、あるいは理屈への頽落は戒められ、駄句として蹴っ飛ばされて、ものそのものを詠め、ものに即して詠め、ちうような指南の仕方は、まさに、ものとわれの出会いのその瞬間、出来事、それがインテレサントであらうがなからうが、そこでしなをつくって読者や自分に媚びてしまうのんも、こりゃあ、だめ!ちうことにあいなり、舌頭千回自然に到来する感慨、自他一如の味わい、まさに主観そのものであっても、その主客を超えた感動を掴みうるかいなかという、さういう反復修行の一面があってこそ、ものも見えてくるし、味わい得るやうにもなっていくわけで、だうもそこんころ、これはなぬも俳句に凝縮されているとはいえ、俳句ばかりでのうて、人間の、あるは自然の営為そのものの全般に溢れかえっているのですが、さういうことにめくらで、インテレサントな句、インテレサントな記事、あるいは、理屈や説明や感情に頽落しきったレタスの腐った葉っぱめいたもんが、多々マスコミ俳句文芸には溢れかえっておりますから、ああいう風に毒されると、あたかも、自己鍛錬をすべき運動、自転車も、ゲームや競技やレースへ頽落してしまう、だから、競輪選手も智慧のないもんは、その得意な自転車なんぞも一時の糊口を凌ぐ趣味にして生涯の友となりえない、阿呆みたいにあのときの八百長がうんたら、弟子がかんたら、ちうことで、メタボか萎れたかは別にして、折角のもてる宝さえ、錆びさせて使い物にならぬのんは、自転車も身体も精神もおなじことですから、さいう轍を踏まぬやうにつねにゲームはゲームでよろしいのでせうが、その枝葉で己を失うことなく、原点復帰の反復、それは鍛錬とはいえ、けっして、苦しいことでもつまらないことでもなく、まことに快適で愉楽のともなう反復でもありますれば、こころの持ちようひとつで、一銭もかからぬ575でも、せいぜいが3本100円のタイヤの自転車でも、己を養う貴重な手段、意味、meanともなりえますので、ぜひこの道を楽しみながらつづけてみてください。

> > > 切れ字がはいっておるところなんぞ、手だれか?
> >
> > だれているのでhなくて、手練ちうことですが、やだからてだれちうこともよく反省してみればありませんね。
> >
> > > ちうても「もあり」なんぞといわでもの述語をつけるところなんぞは、句作においては初心者めいておるし・・

この述語をつけることが初心者めいておるちうのんは、一句であるもの、あることを詠めば、そのもの、ことそれ自体において、もうすでに存在することですから、ことさらに「ある」というような述語はいらぬ、ちう一般原則のことです。17文字の省略文芸ですから、述語をつける散文とはちゃうて、省略、リズムが、だれちゃうこともままあります。

> > これも、さもあらんとはいえ、饒舌に棲む黙もないもんもありなんぢゃっけん、もありもありかも。
>
> そう。「棲む」に注目してほしい。

はい。注目してますよ。

この棲むという字はソレガシも好んで用いますが・・ものの本、漢字源によれば、妻の原義は関係なく、木篇に酉の市の酉ではくて、その短い横一本の中の棒をとりさったとり、つまりひらたく書けば西ですか、このセイはざる状をした鳥の巣、転じて、ねぐら、すまいの意となる、したがって、第一の意味は、ねぐらに憩うようにゆっくりとやすむ、ねぐらをもうけてすむ、の意となり、ゆえに、まさに舌頭が饒舌でくっちゃべっておっても、まあ、くっちゃべりのことは舌頭に任せておけばよろしと、ご本尊はねぐらで憩って黙々ちう事態であって、かういう風景は、棲みかたのありようとして、共棲、とか、同棲とかの、棲みよう、異なったもの同士が一緒に棲むという棲み方につかわれるのですが、寄生も共棲の一形態といわれると、なんだか、ソレガシなんぞもこの世間様に共棲ならぬ寄生しちょんか、ちう反省もなきにしもあらずで・・・嗚呼、降る雪が激しくなってきました。15時のお別れ会には出かけられんかもしんない。

> > > 句の内容が、己の瞬間、出来事をとらえて詠んだものか、はたまた他己の言説によるものか・・・

他者の言説でもよく俳句はできまするわね。とくに秀逸な文芸、それが、詩歌俳句ありは散文随筆小説であらうがなからうが、ぱくる、ちうても、ぱくるのは、その一部の言葉と意匠、言葉が表層とすっれば意匠はそのつかいかたの深層でもありますれば、言葉の解釈、意匠の解釈は、読者それぞれの得意なもの、それは各位によって異なる、さらには、もとのぱくられた作者ともことなる場合があるわけで、さいうぱくり俳句は、漱石なんぞを読めば、1頁で10句くらいできることもある。

だから、倒錯だと盗作だと著作権の侵害ちうやうクレームは、まあ、知的所有権の痴的ゲーム愛好者の遠吠えであって、なぬもかまうものか、己の鍛錬、己の愉楽のために個人でぱくって楽しむ、それをもって、競技に参加しようとか、どっかのどたぬき大賞に応募しやうちうわけではないのですから、さういうふうに読者の個々が読者の器量に応じてぱくって消化して己を涵養するに資するものとなればぱくられた作者も本望で往生できやうちうことが、ま、ほんまもんの寛容なる芸術の世界の涵養であって、それを狭量に目くじらたてて、ぱくられたとか著作権がだうのこうのとやりだすと、内実の涵養より皮相の痒み傷みでいのちが弱ってしまいます。


> > > なんどとわからんところも多々あって、そのわからんことは作者であって、句そのものにおいては・・
> > >
> > > 朧夜、ちう季語が句の意匠によく効いていますね。
>
> お世辞でもうれしいわい。

これはお世辞ではありませんよ。

一句の眼目の第一は、文芸的には、季語の斡旋、それがよく効いているか、生きているか、これが生きて効いていれば、あとののこりの意匠は多少陳腐でも、人はおのづから感動するようにできているんですね。

やうは、意匠に諧謔のない、あるいは稀薄な、イロニーもない、あるいは稀薄な、どこか甘い、あるいは悲しい、苦しい、嬉しい、ああ、喜怒哀楽に耽溺したようなのっぺりした意匠の俳句でも、季語の斡旋によって、その感情への頽落から救われることもあり、かの伝統俳句協会系の作品なんちうもんは、そんなのも多いですね。

やうは、平凡には平凡の味わいがあるのですが、その平凡を凡百のつまらんもんにせんで、味わいうる平凡になしうるのんが、季語の効用ちうこと・・・

さういえば、虚子なんぞは「写生」「写生」とうるさいその写生ですが、写真のように写生する、たとえば写真と俳句を組み合わせた写俳なんぞもさっこんはありまするが、あの写生や写俳にしたとろで、なぬを写すのか、そこに主体性がある、それは画面の切り取りであり、焦点の絞り方であり、コントラスト強弱であり、さういういちいちの要素操作の総合からかもし出される一句の意匠と味わいでありまするが、我流天性、ああ、画龍点睛の点睛たるところは、季語の斡旋ですね。ゆえに、一句ができたら、その一句の季語をいろいろに動かしてみると、すぐ百句ぐらいできるわけであって、さういう遊びも楽しくかつ自己鍛錬、あれ?という別の観方も到来する、いわば、恩寵に似た恵みを味わえるわけであって、インテレサントの姉妹語の退屈やポーズをしている暇がなくなるほど、嗚呼、探して探して・・

> 三、異常であることで人を楽しませ面白がらせる性質をもち、気持ちをまぎらせて退屈な気分を転換させる働きをする。この意味で「倦怠」「退屈」の相関概念といえる。退屈をまぎらせ憂さを晴らすために次々と目新しい慰みを求めることになる。

ちうようなインテレサント俳句から一歩引いた楽しみかた鍛錬の仕方もせきようというものです。

> 話は変わって「皮」のことだけど、さつま芋を皮ごと食べると胸やけしない。

しらんかったが、いわれてもらば、う〜む、たすかに・・

> マーケットで売っているきれいな人参は、ほとんど皮むき状態だから、さらに皮をむく必要はない。大根も皮ごと煮る方がうまい。

うちぢゃあ、大根と豚の角煮tか、ブリ大根とか、皮をむいってやっちょるんで、むくなといえば、皮を剥いたほうが煮汁がよく沁みて美味しいの、といわれりゃ、めくじらたてるほどのことでもなく・・

> それでも皮をむきたい方は、皮のきんぴらを作る。

それが、きんぴらも皮ごとやれちうても、むいて細ギリでつくっておって、ま、これもめくじらはたてぬが・・

> 牛蒡はたわしで泥を落とすだけでいい。皮は大事。母上の教えを守っている。以上。

健全です。

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53765] 無題 投稿者:尿簿 投稿日:2011/02/12(Sat) 09:29  



  寒鯉の緋をにじませて動かざる






[53764] 無題 投稿者:尿簿 投稿日:2011/02/12(Sat) 09:24  



  くさめして二三記憶の針が飛ぶ




[53763] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/11(Fri) 11:03  

すえのめおANNEX−Ω   訪問者数:2338820(今日:6824/昨日:1353)2011/02/11(Fri) 11:02

対面も適わぬ師走友逝きぬ

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53762] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/11(Fri) 09:02  

ふてほきらANNEX−Ω   訪問者数:2337528(今日:5532/昨日:1353)2011/02/11(Fri) 09:00

みしみしと開いて月下美人や破滅

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53761] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/11(Fri) 09:01  

ふてほきらANNEX−Ω   訪問者数:2337528(今日:5532/昨日:1353)2011/02/11(Fri) 09:00

みしみしと開いて月下美人が破滅

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53760] うんぬん・・Re:[53756] むなしいかぎりですが・・Re:[53755] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/11(Fri) 08:31  

いちれとよANNEX−Ω   訪問者数:2336835(今日:4839/昨日:1353)2011/02/11(Fri) 07:51

阿川 泰子 HD 〜Ain't Misbehavin'〜
http://www.youtube.com/watch?v=iDvc55V2qpI&feature=BF&list=QL&index=24

> れをこたしANNEX−Ω   訪問者数:2330916(今日:273/昨日:356)2011/02/10(Thu) 17:33
> >
> >    さぐる手にもぬけの殻の二月かな
>
> あはは。嘱目句として絶妙。よく機微をとらえて・・
>
> 如月やもぬけの殻をだきしめて
>
> 如月の語原は、いきさらぐ、生き更ぐ、厳寒に耐えていきさらぐ、そのきさらぐの名詞化のやうですね。もぬけの殻をだきしめてきさらぐのもむなしいかぎりですが・・・

そういうわけで、わたしは自分が男になって、女にならなかったことを、神々に感謝します。それにもかかわらず、わたしはそういったといって、それをあきらめるのではありません。

酒興の歌から悲劇にいたるまで、文学はそれこそ女を神のようにあがめています。これは女にとって、また、驚嘆する男にとって非常に困ったことです。

というのも、卓越したもの、男らしい行為などは女のおかげによるものである、というのは、男を感激させるのは女だからである。女は男に感激を吹きこむ。

いかに多くのやさしい笛吹き(恋する男)がこの主題を吹奏し、いかに多くの女羊飼い(恋する女)がこの主題に耳をすまさなかったでしょうか?

ほんとうに、わたしの魂には羨望はありません。そして、神にたいしてひたすら感謝しています、というのも、わたしはどうしても、女であり、不定量であり、妄想にとらわれて幸福であるよりは、むしろ男であり、女よりもすこしすくないものであり、実際に少量のものでありたいからです。わたしは、いっさいを意味する抽象であるよりも、あるものを意味する具体的なものでありたいと思います。

女はいっさいを意味する抽象だから、女とともに理想性が生じるのである。女がいなかった男はなんであるだろうか?と言うのはあくまでそのとおりだということになります。

多くの男はおとめのおかげで天才になった、

多くの男はおとめのおかげで英雄になった、

多くの男はおとめのおかげで詩人になった、

多くの男はおとめのおかげで聖者になった、

−−−−しかし、

男は彼が手に入れたおとめのおかげで天才になったのではない、というのも、彼は彼女のおかげで単に枢密顧問官になっただけである。

男は彼が手に入れたおとめのおかげで英雄になったのではない、というのも、彼は彼女のおかげで単に将軍になっただけである。

男は彼が手に入れたおとめのおかげで詩人になったのではない、というのも、彼は彼女のおかげで単に父になっただけである。

男は彼が手に入れたおとめのおかげで聖者になったのではない、というのも、彼はただに一人のおとめも手に入れなくて、ただ一人のおとめを自分のものにしたいとおもいながら、それを手にいれなかったのにすぎないからである。

それと同じように、

他のすべての男たちも、手に入れなかったおとめの助けで、天才になり、英雄になり、詩人になったのです。

もし女の理想性そのものが感激させるものであるのなら、男が自分を一生のあいだしばりつけた女の理想性は当然男を感激させねばならないはずです。ところが生活は別の光景を示しています。

それは、つまり、

消極的な関係で女は男を理想性において創造力あらしめるようにする、

ということです。事情をこういうふうに考えるならば、

女は感激させるものということになりますが、それを直接的な意味で主張するのは、誤った推論(誤謬推理)におちいるというもの、女でなければそういう誤った推論を見のがすことはできません。

それとも諸君は、だれかがその妻のおかげで詩人になったなどということを、聞いたことがありますか?

男が女を自分のものにしないかぎり、女は感激させます。

この真理こそ、文学と女の妄想の基になっているものなのです。

うんぬん



やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53759] 無題 投稿者:尿簿 投稿日:2011/02/10(Thu) 20:52  



  そのかみのそのきさらぎとなりにけり




[53758] 無題 投稿者:尿簿 投稿日:2011/02/10(Thu) 20:38  



  誰もポーカーフェイスして過ぐ二月









[53757] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/10(Thu) 20:05  

たんせほへANNEX−Ω   訪問者数:2330953(今日:310/昨日:356)2011/02/10(Thu) 20:04

やれ涼し左遷ポストへ手を挙げて

やれ涼し斬ってくれよと轆轤首

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53756] むなしいかぎりですが・・Re:[53755] 無題 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/10(Thu) 17:41  

れをこたしANNEX−Ω   訪問者数:2330916(今日:273/昨日:356)2011/02/10(Thu) 17:33
>
>    さぐる手にもぬけの殻の二月かな

あはは。嘱目句として絶妙。よく機微をとらえて・・

如月やもぬけの殻をだきしめて

如月の語原は、いきさらぐ、生き更ぐ、厳寒に耐えていきさらぐ、そのきさらぐの名詞化のやうですね。もぬけの殻をだきしめてきさらぐのもむなしいかぎりですが・・・


やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53755] 無題 投稿者:尿簿 投稿日:2011/02/10(Thu) 17:29  


   さぐる手にもぬけの殻の二月かな




[53754] Re:[53750] こりゃあ、わるくありませんね。Re:[53748] 昼は見えすぎで、目に惑わされ、それにつれて耳も脳みそも言葉にまどわされ・・・Re:[53744] [53743] 無題 投稿者:なすのせせ 投稿日:2011/02/10(Thu) 16:52  

> > > > 笑ふがごとく眠るがごとく朧な死
> > >
> > > 朧夜や饒舌に棲む黙もあり
> >
> > これは・・・
> >
> > > 「ほんとうに黙することができる者だけが、本当に語ることができ、ほんとうに黙することのできる者だけが、本当に行動することができる。」
> > >
> > > キルケゴール「現代の批判」より。
> >
> > あのくっちゃべり〜的偽善者への辛辣なる告発であって、さうことになると、ソレガシなんぞにもそのまんま当てはまってしまう、つまりこの舌下の黙々の舌頭の饒舌へのおもいやりやさしさなんでせうが・・
>
> とはかぎらんわね。
>
> > 俳句はやっているのかしら?
>
> 詮索はせんことです。

俳句は初心者です。自分で歳時記など読んで少しは知ったことはあるけれど、
「花」と言われて、花ならなんでもいいのかと思っていたことがあるほどのバカです。

> > 切れ字がはいっておるところなんぞ、手だれか?
>
> だれているのでhなくて、手練ちうことですが、やだからてだれちうこともよく反省してみればありませんね。
>
> > ちうても「もあり」なんぞといわでもの述語をつけるところなんぞは、句作においては初心者めいておるし・・
>
> これも、さもあらんとはいえ、饒舌に棲む黙もないもんもありなんぢゃっけん、もありもありかも。

そう。「棲む」に注目してほしい。

> > 句の内容が、己の瞬間、出来事をとらえて詠んだものか、はたまた他己の言説によるものか・・・
> >
> > なんどとわからんところも多々あって、そのわからんことは作者であって、句そのものにおいては・・
> >
> > 朧夜、ちう季語が句の意匠によく効いていますね。

お世辞でもうれしいわい。

話は変わって「皮」のことだけど、さつま芋を皮ごと食べると胸やけしない。マーケットで売っているきれいな人参は、ほとんど皮むき状態だから、さらに皮をむく必要はない。大根も皮ごと煮る方がうまい。それでも皮をむきたい方は、皮のきんぴらを作る。牛蒡はたわしで泥を落とすだけでいい。皮は大事。母上の教えを守っている。以上。


[53753] 私が彼に残酷にあたっときでも彼は出て行けとはいわなかったものです、あいまいもこの甘い誤解であっても、その現象するところは、似ているもんですね。Re:[53739] まさに単独者たるキルケゴール的実存の一体化した世界が構築できる、ちう壮大な構図かもしれない。Re:[53737] m と w 逆さまなのです。Re:[53736]> ONE〜ONLY〜LONELY〜ALONERe:[ [53734] What makes a man a manRe:[53733] 相反するもの、裂目にこそ真実というか、なにものかが、全否定のなかの全肯定もあるわけであって、それでこそ相反する感情や論理や生き方のもろもろを味わい楽しめるというものですね。Re:[53731] いづれ歌曲をふくめて使いようによっては躁鬱の癒しに良く効きますね。Re:[53730] 絶対的な満足はどこまで達し得られるものか、Re:[53727] 一切のものが、わたしの小宇宙的な浄福のなかで、ふしぎに浄化されていた、その浄福がみずからのなかであらゆるものを、不愉快なことも、退屈きわまる人の言葉も、目に映る忌わしいものの姿も、どれほど宿命的ないさかいをも、浄化したのであった。しかしこの瞬間に、わたしが絶望のどん底にころび落ちたことだけは確かである。Re:[53726] なんじ、わたしの幸福なる自己よ、おまえの物悲しいせせらぎによって救われ解放されていたのだ!Re:[53719] 舞台は隠れた個人の影絵芝居にふさわしい。Re:[53715] 最後の審判の日に、自分自身で出頭することもできずに、気のきいた目論見とか、その日一日だけの決心とか、半時間きりの計画とかなどを身代わりに出頭させる人間Re:[53712] 現実的な姿が目の前にありながら、それが見えないのである。Re:[53710] インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、時を経てそうなった娘に栄誉あれ。Re:[53709] 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。Re:[53708] 関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。Re:[53706] わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。Re:[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/10(Thu) 10:26  

んふわぬひANNEX−Ω   訪問者数:2330767(今日:124/昨日:356)2011/02/10(Thu) 09:20

重力の魔

Nancy Wilson - Go Away Little Boy (1964)
http://www.youtube.com/watch?v=unbOp_DY15I&feature=BF&list=QL&index=10

> つきてくりANNEX−Ω   訪問者数:2329131(今日:114/昨日:463)2011/02/06(Sun) 07:06
>
> Chet Baker - Alone Together
> http://www.youtube.com/watch?v=zdDhinO58ss&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=20
>
> > んらにへつANNEX−Ω   訪問者数:2328732(今日:178/昨日:457)2011/02/05(Sat) 10:35
> >
> > 大切なことを書き漏らした。これをもらしては意味不明になるやもしれん。

> > > Nancy Wilson, When October Goes
> > > http://www.youtube.com/watch?v=Oh0l2wle7qY&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=57

> 一緒にいればいたでストレス、孤独でいればいたでストレス。

> > > 体、休ちうこの二文字、体には横一本の短い棒があって、休には棒がない、なんでなんだろ?
> > >
> > > one
> > >
> > > これは、横一本の棒で、一でもありまして、これは、単に数字の概念のみではなく、己の一己に通じるものでありますれば、古来、印度で無限の概念が構築される以前に一なるもんは、すべての無限の根源かもしれず、ゆえに、一即多、一即他でもありませうが、その一にして英語でいけば・・
> > >
> > > ONE〜ONLY〜LONELY〜ALONE
> > >
> > > かういうONEの言葉の連想つらなりも、ま、歌曲の幾許か、それに中毒しちょろうが、耽溺しちょろうが、その英語の詩の味わいなんぞも、散文英語からはえられぬ気づきもまた到来しますけん、基調にして貴重なもので、
>
> Alone Together
>
> けさの表題の曲ですが、この言葉も味わい深いですね。味わい不快くんのバカ言説とはちゃうて・・
>
> Alone にして Together
>
> なのか
>
> 相反するものがちゃんと一個に止揚されちょる、ま、論理でははなればなれのもんも、感情においては一個になる、感情の偉大さ。
>
> ちうか、ばらばらの感情においてさえも、一個の身として止揚されておる。
>
> それにすても、
>
> Together ちうのんは Togather でもあれば、to gather
>
> さすれば
>
> Alone to gather
>
> さらにいいかげんにやれば・・
>
> Al one to gather
>
> All one to gather
>
> まあ、さうなれば、まさに単独者たるキルケゴール的実存の一体化した世界が構築できる、ちう壮大な構図かもしれない。
>
> > > 同様の体でいけば、とはいえ、ほとんど冗談にして諧謔ですから、真に受けてパニックになられては、困るのですが・・・

> > > > ぬこおいふANNEX−Ω   訪問者数:2328214(今日:117/昨日:402)2011/02/04(Fri) 08:03
> > > >
> > > > Lara Fabian - Comme ils disent
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=X7nT8AxI6Ik&feature=BF&list=QL&index=23
> > > >
> > > > Comme Ils Disent
> > > > Lara Fabian
>
> > > > My mum and I we live alone
> ・・・この一服のshort storyも割愛して・・
> > > > Nobody has the right to be
> > > > The judge of what is right for me
> > > > Tell me if you can
> > > > What makes a man a man...

> > > > かういう裂目も同じことです。泣けてきますね。満場の拍手。
> > > >
> > > > > Phantom of the Opera - All I Ask Of You W/ LYRICS
> > > > > http://www.youtube.com/watch?v=s1_5hhr6niQ&feature=BF&list=QL&index=4
> > >
> > > > > 同調と対抗の図式の身体論、身は精神と肉体を止揚する、内外の媒介で、そこから発する言葉もおなじことでせうが、それが渦を巻いて吹き付けてくる、糞味噌一緒のサイクロンめいた脳みそが太陽の熱線で熱すれば、まあ、いろんな景色がみえてくるわけで・・
>
> > > SHEでもHEでもSがあるかないかだけのことで、反転はしますが、畢竟はおなじことなので・・
> > >
> > > Barbara Cook - He Was Too Good - Losing My Mind
> > > http://www.youtube.com/watch?v=WHloHH9KwQc&feature=BF&list=QL&index=28
> > >
> > > 阿川 泰子 HD 〜He Was Too Good To Me〜
> > > http://www.youtube.com/watch?v=UPwE3CcFgwE&feature=BF&list=QL&index=24
> > >
> > > このテロップに流れる邦訳はよくできていますが、ふんでもだうもイマイチ、

だうも切れのわるい、エッジが鋭利でのうて丸まってとけているやうなところは、だうも、正木ゆうこか?あの葡萄を剥いての彼女と似たところがあって、わが国でジャズの訳をやっちょるもんには限らぬのあらうが、へたった蕎麦、ゆですぎのうどん的な味わいなんは、ジャズや歌に限らず、思想や小説の翻訳ものでもおなじかもしれない。

だから、原語、原詩で味わうのんが、よろしいのんですが、なぬすろ語がわからぬでは味わいようもありませんから、訳詩、翻訳にたよるわけで、さういう意味ではデンマーク語のキルケゴールなんぞ翻訳の翻訳で読むわけですから、どこまで原説の味わいが翻訳に忠実に出ているかも疑わしいわけで、まゆつばのまゆつばかもしれませんが、われわれが政策を決定できない以上は、まゆつばのマニフェストを信用するすかねえ、ちうのんは、悲しいかな、日常の世界でも、非日常の世界でも同じ事ではあるわけですが、そんでも、その舌頭の惑わしから逃れてその舌下に潜む黙々へ目を凝らしても耳を欹てても見えぬ聞こえぬさういうもんを観取して味わう直観力を養えば、なんぼかのまゆつばのまゆのつばもはれてべたべたせんで耳目に惑わされぬやうにならうちうもんですね。

> > > この歌の裂目の諧謔性がわかっていないやうな・・・あいまいで、甘すぎる解釈、訳、であるやうな・・・、ま、それのはうが、世の中は物議を醸さないのでせうから、甘さで酔えば、酔えるもんは、糖尿病ちうこともないでせうが・・腑に落ちぬ。

テロップでは全体に意訳のしずぎで、まるまっちいのですが、明らかなマチガイもありますれば・・

When I was mean to him
He'd never say go away now
I was a queen to him

のところの・・・

was mean to

ちうのんは、貧困なる言語能力によるのか、はたまたその貧困さが正しいのであるか・・

「私がまだあの人に大切な人だった頃はやさしい言葉だけだった・・私は彼の女王様だったのよ」

と翻訳テロップがながれてくるのですが、これではまさにmeanが通じませんね。

mean ちうのんは、意味、手段、いろいろな意味がありまするが、

be mean to となれば、〜へ残酷な、ちうような意味もありますれば、さういう意味をちゃんと出さねば、もう、ミスティー、曖昧模糊で、詩の味わいも、論理もへたってしまう。

私が彼に残酷にあたっときでも彼は出て行けとはいわなかったものです、

だから、わたしは女王であったわけであって、もしテロップのように「私がまだあの人に大切な人(これが訳者のmeanの意味なんでせうが・・)だった頃はやさしい言葉だけだった・」のでは、まことに予定調和のあたりまえの風景で、なぬも感動も諧謔もありゃあ、せんわの。かててくわえて「女王様だった」という意味さえもがコンテクストで浮いてしまって通じません。

かういうぼやかしが随所にあって、それを歌っている歌手は、ほんまに状況をわかってうたっているんか?と、首を傾げざるをえない場面も多々あり、甘さ一辺倒で、後悔の苦味の薬味がなく、エッジがたつこともなく斜面を流れ流れて行き先不明のスキーヤーめいて、その甘いよろめきが、まあ、歌うのんがある程度美人ならば、鼻の下をながくしてにやにやナイトクラブでシャンパンでもちびりながらながめる、ちうことなんでせうかね。

下記の引用はカーリー祭文の歌詞からですが、ちゃんと苦味が冒頭にも語られいるんですが・・・苦味のないのっぺらぼ〜とは原詩は一味ちがうんですね。あの、人生へ乾杯here's to lifeの訳でも同じ事態があったわけですが・・・さういうことでは、なんぼ、歌を歌っても聴いても人間は育ちませんね。

There goes my young intended
The thing has ended, regrets are vain
I'll never find another half so sweet
And we'll never meet again
I got impatient, told him goodbye
Sad eyes out in the rain
He was too good to me
How can I get along now?
So close he stood to me
Everything seems all wrong now
He would have brought me the sun
Making me smile, that was his fun
When I was mean to him
He'd never say go away now
I was a queen to him
Who's gonna make me gay now
It's only natural that I'm blue
He was too good to be true




> > > > > > > > ある朝のこと、起き上がると珍しく気持ちが良かった。この快感は、比類を絶して、午前中ずうっとだんだん高まっていった。かっきり1時に、わたしは絶頂に達して、めまいがするほどの極限にいるのを感じた。それはもはや快感の測度計では、詩の温度計でさえも、表示されないほどの高度であった、体は地上的な重みを失っていた、体をもっていないかのようであった。

この重力から解放、重力の魔の主題は、あちらこちらにみられますが、ニーチェのツアラトストラでも、一章をなしているほどで、よく目を凝らして、耳を凝らして、感覚を研ぎ澄ませてみてみると、そこらじゅうにこの変奏曲がありますね。

さきに引用した、ラスト単語ならぬ、Last Tango in Parisでも同じことです。

それは永くなるから、Last Tango in Parisでやるにすても、うえのやうな角の丸まった蕎麦、ゆですぎのびすぎのうどんめいた誤訳とはいわんも意訳においても、なんか、重力を失ったやうな全能感、葡萄を剥いて・・でもおなじやうなもんですが、おなじやうなもんちうのんは、歌の解釈と意訳のしかたにおいてですが、ま、かういう重力からの解放のされ方は、そもそものニュートン力学的桎梏である重力からの解放、重力の喪失とは、似て非なるもんであって、あいまいもこの甘い誤解であっても、その現象するところは、似ているもんですね。

> > > > > > > > あらゆる機能は満ち足りて働き、どの神経も自己自身に、また全体との調和に喜びを味わい、また一つ一つの脈拍は有機体全体を震動させて瞬間の快楽を思い出させ、それを感じさせるばかりだったから。わたしの歩みは漂うごとくであった、しかしそれは空気を切って地上を離れる鳥の飛翔とはちがって、稲穂の上を吹くわたる風の波、憧憬に酔える海のうねり、夢みる雲の滑走のごとくであった。わたし自身が海の深い底のように、ひとりを楽しむ夜の沈黙のように、反響(こだま)することのない独白にも似た真昼の静寂(しじま)のように、冴えわたっていた。あらゆる情緒が美しい調べを奏でて共鳴しながらわたしの魂の中でやすらいだ。想念は次々と湧き出てきた、あらゆる思想が、祝福の威儀をこらして、押しよせてきた、世にも愚かしい思いつきも、世にも豊かなイデーも。あらゆる印象は来る前にすでに予感されていた、だからそれはわたし自身のうちで目を覚ました。全人世がわたしに愛をかたむけているもののようであった、一切のものが、わたしの存在に触れて運命をはらみながら、打ち震えた。わたしのうちにあるすべてのものは前兆であった。そして一切のものが、わたしの小宇宙的な浄福のなかで、ふしぎに浄化されていた、その浄福がみずからのなかであらゆるものを、不愉快なことも、退屈きわまる人の言葉も、目に映る忌わしいものの姿も、どれほど宿命的ないさかいをも、浄化したのであった。さきにもいったが、かっきり1時に、わたしは最高潮に立っていた、わたしはそれが極限だと予感した。そのとき突然、わたしの一方の目が少しかゆくなりはじめた。それは睫毛だったか、それとも毛屑か塵だったか、わたしは知らない。しかしこの瞬間に、わたしが絶望のどん底にころび落ちたことだけは確かである。
> > > > > >
> > > > > > この予兆、高みへの予兆、はたまた、低みへの予兆、さういうこともふくめて、予兆があれば予防でけるか?ちうと、それが難しいわけで、
> > > > > >
> > > > > > 予兆がきたら精神科!
> > > > > >
> > > > > > ちう安易な行動をとっても、薬漬けになる、薬の効用も副作用も、そりゃあ、広大無辺な精神のジャングルのなかの「開け」「空地」で行なうゲームにすぎぬやうな知のありようであって、この「開け」とか「空地」ちうのんはかのユネスコキルケゴール生誕150周年記念の講演会でハイデッガーがキルケゴールのキの字もださずに寄せた記念講演原稿のなかのキー概念どすが、さういうことは、なぬも哲学ならぬ科学でも医学でもわかっておる、わかっておるにもかかわらず、それぢゃあ、商売にならぬのんは、科学でも医学でもおなじであって、ゆえにわからぬことをわからぬということには口を噤んで、いかにもわかったがぶりでものを云う悪育成、悪い癖に輪をかけたマスコミ、コマーシャル、電通博報堂TV新聞はたまた病院厚生省、そうじて医療行政ならぬ行政もしかりであって、ある政策なり処方なりの効用ばかりを云い募る、副作用の検討もしましたが軽微なうんぬん、ちうのんは、ジャングルの「開け」「空地」でのまことに微々たるゲーム的にテストをしただけのことであって・・
> > > > > >
> > > > > > 畢竟、あるものがない、という証明は、あるものがある、という証明に比較にならぬほどに難しい、ま、アポリアといってもよいかもしれぬ。
> > > > > >
> > > > > > > バーンスタイン:マーラー・復活 終楽章4/4
> > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=Au8qHVoUAUg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=24
> > > > > > >
> > > > > > > これは、わたしと同じ高みに登ったことのある人なら、この高みに立って同時に、そもそも絶対的な満足はどこまで達し得られるものか、という原則的な問題に頭を悩ましたことのある人なら、誰にでも容易に理解できることであろう。
> > > > > >
> > > > > > これは高みでも低みでもおなじことであって、これも反復なんですね。躁鬱、復活、回復、回帰、みんなおんなじことです。
> > > > >
> > > > > さうさう、ここで躁鬱というのは、あまりにもメカニックで、さういう言葉をつかうとその言葉の既製概念、メカニックな範疇にとりこまれ、せっかくの高みも低みもその味わいが減殺されかねません。
> > > > >
> > > > > これは、希望と絶望、願望、欲望の全能化と不能化ですから、さういう頭熱の状態は誰にもありうりわけであって、
>
> > > > > > 高みから絶望へころび落ちる、このモチーフも古来、イカロスの墜落、バベルの塔、精神分析や労働医学における全能と不能、万能と貧能、その他その他、禅と野狐禅とか、忙と閑とか・・・だいぶズレてきました。
> > > > > >
> > > > > > ともかくも、さいういろいろの状況があって、その状況に振り回される反復にして永劫回帰どすか。
> > > > > >
> > > > > > 良いも悪いもさうですかね。
> > > > > >
> > > > > > すっかす、この万能不能感も飛翔墜落感も忙閑感も善悪感もみんなふんまにさうなんだらうか?
> > > > > >
> > > > > > 自分で自分をそうしている、自分の外の状況がさうだからそうなる、ちうふうに外だしにしたところで、その状況をつくりあげているのは自分である、ということもおうおうにしてあるのだから、万能だから、不能だから、飛翔しているから、墜落したから、忙しいから、閑だから、善いから、悪いから、うんぬんちう高みの絶頂や低みの絶望で己をなくす、自分をなくすことが一番こわい。
> > > > >
> > > > > 畢竟、アイロニーとか諧謔を解すること、そこにしなやかな自己をもちつづけられるか、つづけれらないか・・・
> > > > >
> > > > > > > > > わが沈黙の共犯者よ!名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > > > > >
> > > > > > 高みにあらうが、低みにあらうが、世間というものは、意外と寛容で、包容力がある、ちうよりか、そんなことには無関心なのかもしれませんし、マスコミジャーナリステック的には、パパラッチになったり、いろいろともかく野次馬へ餌を売るビジネスとしては、高み低みをできるだけ印象的に分裂させてヒーローと悪人をつくりだすことが、糊口を潤すたぬき知恵ですから、必要以上にコントラストをきつくして、世間に流して売り込むわけで、されを鵜呑みすた烏合の衆の野次馬どもが、あの、ゆうちゃんフィーバーのような熱に浮かされ、あたかも、ひっくりかえせばナチス万歳の予備軍が日本中、世界中で培養され増殖しつづける、さういう状況でも、世間ちうもんは意外と寛容で、包容力があって、無関心・・・
> > > > > >
> > > > > > いったいなぬぬ無関心なのか?
> > > > > >
> > > > > > いったいなぬぬ関心するのか?
> > > > > >
> > > > > > > > >                                  敬具
>
> > > > > だから、イロニー諧謔に耐えられるだけの、それを解するだけの、さらにはそれを楽しめるだけの強靭さ、柔軟さというものを養わねばならん、つまり鍛錬がそれなりに必要であって、飲めぬ体質でありながら強い酒を一気に煽ればひっくり返るわけですから、相反する言説のその裂け目にあるもの、なぬもイロニーや諧謔には真実がないわけではなく、相反するもの、裂目にこそ真実というか、なにものかが、全否定のなかの全肯定もあるわけであって、それでこそ相反する感情や論理や生き方のもろもろを味わい楽しめるというものですね。
>

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53752] 女に空想があればあるほど、女はその瞬間にますます力強くなり、つぎの瞬間には混乱がますます明るみに出てくる。Re:[53747] 面白い。でも、あっこまでいっちゃうか?Re:[53746] 焼芋も値が上がって、よくくったあのころに比して、長さ太さも1/2のもんちうと、ボリュームにして1/8、つまり8倍の値段ぢゃきに、寿司のはうが安い。皮も貴重ですね。Re:[53726] なんじ、わたしの幸福なる自己よ、おまえの物悲しいせせらぎによって救われ解放されていたのだ!Re:[53719] 舞台は隠れた個人の影絵芝居にふさわしい。Re:[53715] 最後の審判の日に、自分自身で出頭することもできずに、気のきいた目論見とか、その日一日だけの決心とか、半時間きりの計画とかなどを身代わりに出頭させる人間Re:[53712] 現実的な姿が目の前にありながら、それが見えないのである。Re:[53710] インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、時を経てそうなった娘に栄誉あれ。Re:[53709] 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。Re:[53708] 関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。Re:[53706] わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。Re:[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/10(Thu) 07:29  

のはぬならANNEX−Ω   訪問者数:2330738(今日:95/昨日:356)2011/02/10(thu) 06:54

今晩からまた雪で、明日の建国記念日も雪催で、淡雪あそびでもしませう。

> めはるのまANNEX−Ω   訪問者数:2329993(今日:111/昨日:469)2011/02/08(Tue) 09:22
>
> わすれものです。はっつけやうとじゅんびしておったもんをはっつけわすれた。
>
> > わたわつきANNEX−Ω   訪問者数:2329979(今日:97/昨日:469)2011/02/08(Tue) 08:05

> Peel Me A Grape. Madoka Masaki 正木まどか
> http://www.youtube.com/watch?v=_XQP9B5YB4I&feature=BF&list=QL&index=32
>
> わが国のジャズシンガーもすてたもんではないんですが、多少のなまりと多少の歌への誤解と云い過ぎがあるやうですね。でも、面白い。でも、あっこまでいっちゃうか?

以上のようなわけなのだから、早く女を冗談と見なすようにするのがいいのである。そのおもしろさは金で買えないものがある。女を無制限の量と見なし、自分を制限された量にするのである。

女の言うことには反対しないことである。反対など夢にもしてはならない、というのも、それはただ女の役に立つだけのことだから。女は自分で自分を制限することができないからこそ、まじめに言って、こちらがすこし反対してやる場合に、いちばんりっぱに見えるのである。

女の言うことをけっして疑ってはならない。そんなことは夢にもしないで、女の言うことをいちいち信ずることだ。言うに言えない賛嘆の思いを宿していかにも幸福そうにかすんだまなざしをおぼつかなげに動かしながら、女のまわりを、彼女を崇拝する者の踊るような足どりでぐるぐる歩きまわることだ。ひざまずいては、恋いこがれ、女を見あげては、思いなやみ、そしてまたほっと息をつくことだ。

女の言うことはすべて、従順な奴隷としてそのとおりにすることだ。

いよいよ見せものがはじまる。

女がものを言う、すなわち言葉を出す(verba facere)ことができるとことは、証明の必要がない。不幸なことに、女は十分に反省する力を持たないから、いつまでも(せいぜいのところ一週間である)自己矛盾におちらずにいうということはいない。もっとも、男が女の言うことに反対しながら、女を助けて調節してやれば別だが。

したがってその結果は、いくらもたたないうちに万事がすっかり混乱してしまうということになる。

もしこちらが女の言ったことを実行しないでいたとすると、混乱は気づかれないままになっていたことであろう、というのも、女はさっさとしゃべり出すのと同じように、さっさとまた忘れてしまうからである。

しかし女の崇拝者が万事を実行して、いつも女に奉仕していたのだとすると、混乱は目に立つものになる。

女に才能があればあるほど、事はますます楽しいものになる。

女に才能があればあるほど、事はますます空想をもつ。

女に空想があればあるほど、女はその瞬間にますます力強くなり、つぎの瞬間には混乱がますます明るみに出てくる。

> > > > Vera Lynn - As Time Goes By
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=S8F9NzVuIuA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=1
>
> ま、この歌の通りかもしんない。

Vera Lynn のこの誠実なうたいぶりが好ましい。

> > > > わたしはレタスが好きだが、いつも芯だけしか食べない、
> >
> > よく焼き芋の皮を漁って食った。
> >
> > 牛蒡でも林檎でも皮がよろしい。
> >
> > なんで皮をのこすんぢゃろ、一番うま味があって栄養もある。
> >
> > 葡萄だって、皮んとこが一番甘い、美味い、だから、かの勝沼の葡萄園で振舞われる葡萄も、いちいち粒を摘んで皮を剥かずに房の粒へまるごと齧りつく、熊さんみてえぢゃといわれりゃ、さうぢゃろけんど、熊のあの熊手ぢゃあ、皮も剥けぬが、ソレガシの指なら剥けるにもかかわらず、剥かぬ、それにしても、だから、葡萄の中身を啜った空の皮を食えともってきた親切なもんは、おらんかった、ちうのんも、ま、葡萄園の葡萄は無限ではないにすても、食いきれぬほどにあったから・・
> >
> > ことほどさように、皮の味わいはよろしいのですが、果たしてレタスはだうか?
> >
> > たすかにレタスの葉っぱ、それもそとの腐ったやうな葉っぱは食えぬのですが、たすかにさういうもんを好む豚の類のくっちゃべり〜くんらたぬきも多い。
> >
> > この豚の習性は、かの可笑しい狆くん=大岡信くんキンス兜太(●0_0●)@ブヒブヒくんにもみられるように、ああ、そういう詩人俳人ばかりではのうて、あらゆる学者から政治屋、官僚はもとよりではあるが、レタスの腐った葉っぱの宣伝係、提灯持ちに堕してそれがお得意なもんがおおければ、レタスの芯はこれ、やっぱす残されて、そこにもっともシャキシャキした歯ごたえとうま味がある。
> >
> > それは、思想と行動、ま、もっと質せば、自覚、気づきそのものの味わいであって、かういう歯垢ならぬ、嗜好にして志向はまことに、俳句の選句や詩や言説に如実にあらわれる。
> >
> > そこには、瞬間も、出来事もなく、もう、へたりきった世のへたりきった制度と膿みきった退廃、頽落があるばっかし。
> >
> > 大奥のあの侍女、奥方さま、おヒマさまならぬお姫さまらの、あの論理がそのまんま、体制お抱えの提灯持ち言説、詩歌俳句にも尿実に、ああ、如実にあらわれる。
> >
> > お殿様のお越しを、将軍様の症状を、ああ、賞状を、金科玉条のごとく奉げて、自らは字、ああ、恥とせぬやうな恥しらずな文化人ちうかたぬきどものそのまた提灯持ちをするどたぬきジャーナリズム
> >
> > まさ、かの可笑しい狆くん=大岡信くんはその厳選の言説の多々をみてみても、大奥詩人であって、歌であればまことによく大奥のおヒマ、お褒め、お姫さまの信条にして心情には通じておるが、その谷おいては、不能。
> >
> > ま、汗顔にして宦官ちうことなんでせうかね?
> >
> > そんでレタスの腐った葉っぱから、分娩の苦しみにうつると・・
> >
> > > > 葉は豚にやるものだとわたしは思っている。
> >
> > あ、まだ、分娩ははやかったやうどすが、たすかに豚にはお似合いどすわの。
> >
> > かのピンクフロイトで、生徒たちが画一教育ベルトコンベアにのってホッパーに落ちてソーセージになる画像と歌がありもうしたが、まさに、同じことをああいう画像や歌にせっするまえに初代アネックスのころにやっておって、スローターへのコンベア教育、文化のありやう
> >
> > やうは、豚へはレタスの葉っぱもあげてまるまる肥やして食肉の肉に腐った葉っぱも変身させてソーセージにするところまでは、ベルリンの壁崩壊文化とはちゃう文化圏におるゆえ、おもいつかんかったが、ゆきつきさきは、昨今ブタシャブ、音楽きかせて、よくマッサージしてあげて、霜降りになった牛肉は高いし、健康上も豚に劣るから、ますます、豚様ちうことになる。
> >
> > さて、それでさういう豚様を増殖させんと、世間の胃袋も飢餓状態になりはてるから・・
> >
> >
> > > > わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。
> >
> > 受胎のほうの事態、その瞬間、出来事は、まあ、機械的に、メカニカルに行なわせて、なぬせ、増殖させる分娩が、もっとも豚世間においては重大な関心ごとになる。
> >
> > もともともこの「分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好き」ちうのんは、シラーかなんぞの詩人の言を、それをそうとキルケゴールがことわって引用しちょるもんではあるが、まあ、誰がいおうにせい、まことに、増殖、教職、ああ、養殖豚の魂に染まらぬ、実存的な志向と嗜好と至高であって、豚さんの可哀想なところは、かういう実存的な志向と嗜好と至高の快楽を味わい得んで、只管増殖繁殖につとめねばいかんちうその行き方の生き方のありようそのもの、増殖への頽落なんどすわの。
> >
> > 増殖すればそれを喰らうもんの飢えは満たせるであらうが、増殖もすぎれば、資本主義的にも価値が暴落して、みずからの増殖すらパニックになり果てるどすが・・・
> >
> > ま、さういう資本主義的メカニカルな機構における陥穽の発動はともかくとしても、受胎から発生、分裂の過程において個体を育ていく、飼育していく、それが子宮のなかであらうが、子宮のそとであらうが、さういう、面倒に苦痛なことはヤダちうのんは、キチガイなんでせうか?
> >
> > 畢竟、・・・・
> >
> > まあ、生命の機構にも、ああ、機構ということばもいやですが、子供手当てちう拝金主義の政治手法にも通じる問題ですから、いちがいにここでおもいつきをやるのんもなぬもわるいことはありませんが、いそいでやることもあんめい。

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


[53751] making love not by choice but by chance Re:[53729] 君見ずや 管鮑貧時の交わりを 此の道 今人棄つること大人の玩具のごとしRe:[53728] 君見ずや 管鮑貧時の交わりを 此の道 今人棄つること土のごとし 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/02/09(Wed) 09:39  

せさつひにANNEX−Ω   訪問者数:2330394(今日:107/昨日:405)2011/02/09(Wed) 09:07

今朝は雪が降ったりやんだりで・・春の雪

> うんおはすANNEX−Ω   訪問者数:2325997(今日:219/昨日:531)2011/01/230(Sun) 08:20
>
> Marlena Shaw - Last Tango in Paris
> http://www.youtube.com/watch?v=7OYe9lB0TVc&feature=BF&list=QL&index=7

この歌詞を拾ってくるんは一苦労どしたが・・このMarlena Shaw の歌唱の気になる出だしの語り、春の雪に相応しいか?

We are Two illusions who touch in a trance making love not by choice but by chance

う〜む、まことにまことに・・

To a theme that we tore from the past to a tango we swore was the last

まことにまことに・・

蛇足 tore →tear引き裂く swore →swear誓う

ま、詩ならではの味わいですが・・全詩も味わってみませう。

Last Tango in Paris Lyrics

We don't exist
We are nothing but shadow and mist
In the mirror we look as we pass
No reflection's revealed in the glass
Don't you know that the blood in your vein is as lifeless as yesterday's rain?
It's a game where we come to conceal the confusion we feel
But as long as we're nameless our bodies are blameless
You cried when we kissedIt was nothing but shadow and mist
Two illusions who touch in a trancemaking love not by choice but by chance
To a theme that we tore from the past to a tango we swore was the last
We are shadows who dance
We don't exist
We are nothing but shadow and mist
In the mirror we look as we pass
No reflection's revealed in the glass
Don't you know that the blood in your veinis as lifeless as yesterday's rain?
It's a game where we come to conceal the confusion we feel
But as long as we're nameless our bodies are blameless
You cried when we kissedIt was nothing but shadow and mist
Two illusions who touch in a trancemaking love not by choice but by chance
To a theme that we tore from the past to a tango we swore was the last
We are shadows who dance
We are shadows who dance

> 君見ずや 管鮑貧時の交わりを 此の道 今人棄つること大人の玩具のごとし

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空


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