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[53725] 別れたその瞬間、風花が舞ってきたのです。Re:[53721] 冷や汗たらたらで峠を越えて・・・ 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/27(Thu) 13:10  

うるせいなANNEX−Ω   訪問者数:2324445(今日:238/昨日:510)2011/01/27(Thu) 12:01

うるせいな?うむ。合点!

Rita Hayworth e Ava Gardner: a homenagem de Caetano Veloso
http://www.youtube.com/watch?v=-6cd8Jm78mM&feature=BF&list=QL&index=8

> るくつたくANNEX−Ω   訪問者数:2323911(今日:214/昨日:546)2011/01/26(Wed) 10:40
>
> RITA HAYWORTH: Mon coeur s´ouvre à ta Voix
> http://www.youtube.com/watch?v=_q6DPymqb8o&feature=BF&list=QL&index=9
>
> きのうのことをけふ書くと雌鳥がなくかだうかは知らぬが、きのうけふにかかわらず、あのクラブランちうもんは、まるで原始人の猿の習性まるだしのやうで、さういう猿まねをソレガシもするのか?ちう反省反復の思いの重い足で漕いでいけば、梵さんは紳士でやさしいから・・ちうような誤解もあらわれ、さういう誤解は必ずしも憎むべきもんでもなく、

きのうのこときのう書けば雄鶏もないたかもしれませんが、またまた、きのうのことをけふ書けば、いやさ、さきおとといのこともけふかけば、卵も孵るかもしれませんが、インフルエンザで虐殺されるかもしれませんね。

さきおととい、あれはこの壊疽した歯の最後の修理の日、保健ですと、保証期間が1年で、1年以内にまた同じ歯が不具合を起こしても修理できない、もしくは、歯医者は修理代をとれない、だから修理しない、ということらしいので、んったく、健康保険ちうもんもいろいろと国民を悩ませる抜け穴があることは、民間のマヤカシ保険と同じ構図ですが、さういう忙しいときにかぎって、魅力的な出来事が起こるもんで・・・

土手を走っている、もう、居て愚も、ではのうて、凍て雲のカワッペリで、誰も走っておらんその先から一台のロードバイクが・・・擦れ違いザマに、ウォー!ちうのんは、挨拶で、手が離せるときは手でも合図しますが、ともかくも、うぉ〜で通り過ぎ、橋にのぼって下りかけると、横にすっとついた、これが、−30歳ですか、クラブハウスに一緒にいかがですか?とありがたいお誘いで・・・あいにく、さきのお誘いのときも、歯の修理で、さきおとといも歯の修理、嗚呼、このクソバカ歯よ、はよ、なおれ!ちうても、順番ちうもんがあって、時が痛みを癒さんと神経の腐った穴を埋めるわけぬもまいらず、あっちの穴を掃除すればこっちの穴の穴のなかが疼くとか、歯神経の穴も一筋縄でのうて、幾重にも輻輳しちょるますけん、年末から新年にもちこし、輪をかけて歯垢がたっぷりたまっていれば痛みもせんが、うっすらと霜のかかったやうな歯垢は北風が沁みて歯が痛むわけで、その痛みの機作はわかっちょらんさうですが、ともかくもも、痛む、痛まぬやうにするには、歯に磨きをかけてぷかぷかふかしたタバコの脂光りがするほどにピカピカにするのが骨ですが、さうさう歯を磨いてばかりもおれんのんで、適当なところで、歯ブラシをまたヒップバックに差し込んで、そんで、ガストに四つのレストランがあって、その四つのレストランの使い分け方ちうインテレサントなタレントオバカ番組がその前の晩かにあって、橋の上で寒風に吹かれながら、その話をすると、−30歳はぜんぜんさういう番組はみないんださうで、でも、興味があります、と・・

あっても、時間があわなきゃあ、四つのガストもくそもねえわけで、同じ方向の峠をこえて並んで途中までご一緒でいくのかとおもえば、くるりと向きをかけて、また追っかけて来た橋上の道を逆戻りして、だうも五日市だか奥多摩だかの山と峠をこえてかえるのだとか・・誠に元気がよろしいー30歳。

さて、

きのうのけふは、15時過ぎに家をでて重たい足取りでゆけば、ま、せいぜいが39kmどまりで、まだ日没には時間があるからと、帰り道の河川敷のグランド、よく、陸上のトレーニングなんぞもしちょって、ランニングの若人の集団も見かければ、一周どれほどあるのか、距離計つきのC40で距離をはかりがてら、せいぜいが39kmをせめて40km台にはしておこうと、3周ほどして、1.1km/周でしたが、やれやれ、お子様お帰りのお時間を告げるチャイムと放送がグランドに流れた4時半に周回コースから離れて我が家への道に復帰すると、なぬやら遥か前方に小口径車らしきものにリュックを背負ったライダーがゆく。

もしや?とおもって追いついてゆけば、ふむ、ふむ、これは明らかにかの兄姫なり♪

ちうことで、抜かさずに併走、

こんばんは・・ああ、こんばんわあ、だれかと思ったわ・・

ストーカーと間違われなくてよかったわいね、

そんなあ、ラッキーですよ、ラッキー♪

こないだの道こっちでしたかしら?

こないだソレガシが案内した道を辿ろうとして間違えるところも、これまた愛嬌・・

あ、そうなの、2斤のパンだって、小さく切って冷凍しておけば少しづつ食べれるのにね♪

とおっしゃるもんですから、おもわず、ならば、クラブハウスで手作り料理を去年だか一昨年だかにご馳走になりっぱなしで、ちうこともありますからと・・

天然酵母パン2斤@198円+おまけによもぎ大福5個138円

を贈呈しても、とてもその大きさがリュックに収まらず、近いから手でもっていきますと、保健センターの角の交差点で別れたその瞬間、風花が舞ってきたのです。ー何歳かしらぬ。

> うちつづくおばさま、-7歳を筆頭に、-10歳、-12歳とうちつづくその行列もしょっちゅういっておらんば、どこの橋を渡ればええのんか、橋の端から遠望して、たすかに突き当たりにGSがあったはずなんぢゃが、遠望するにどこの橋にもGSがないのんで川を遡れば、まう絶対にここでは行き過ぎぢゃ!ちうところでUターンしてもどれば、なんちゅうこともなく、集合場所の橋のそのすぐ次の橋がそもそもの該当の橋であって、橋が二重になっておるんでGSが見えんかったのであるが、そのGS脇の坂を登ると古民家に煉瓦の竈をしつらえた屋敷で、特別室はすでに予約がへえっておって、それに5名様以上ぢゃなくんば予約も受け付けませんと、まあ、しゃあない一般的の、それでも出窓の棚に骨董の獅子頭なんぞを置きその横には満開の花々が花瓶に生けられこれが全部造花で多少埃まみれではるものの、天井の梁は太く黒く、障子を閉めた室内は暖房がよく効き、畳に置かれたテーブル椅子の造りも特別室の味わいには及ぶべくもないが、それなりにしっかりしたもので、出てくるスープも猫舌でも火傷をしないほどの適温に適量でそれに丸いスープスプーンをつっこんで飲むのは、都心のホテルならさもありなんであらうけれども、庭先の崖下に木々を眺め、川の水面こそ見えぬものの、かつては見えたあらうところも昨今のコンクリの堤防の壁が屹立しそれを望む井戸に水神様がまつられその丸石組の台座にタバコ盆をのせて一服でkるこの感興では、なぬもスープカップをまるごと口に運んだところで、なじる視線はどこにもなく、それぞれに好き勝手なナイフフォークスプーン箸を駆使して、サラダを頬張り、お誕生日のプレゼントだと取り出したサコッシュだかパンダナだかわからん風呂敷様のもんの模様が話題の中心で、あら、これ自転車の模様のフレームの形が一つひとつちがうわ、どこで買ったの?立川になかったからわざわざ都心の伊勢丹まででかけたのよ、ちうことでソレガシなんぞは割って入る余地もなく、関心のまなざしは○蹴りー太、ぬぬ?マルゲリータ、生ハムソーセージの窯焼きピザと魚介、茸のスパッゲティなんぞをー7歳が各位にとりわけ、それなりにピザの風味もスパゲッチの茹で具合もよろしく、さて、疎外されきったソレガシがクラブランの猿の本能めいた習性を言い出すと、最近クラブに入ったー7歳はさっそく厠に消え、−10歳は口を噤み、−12歳はもとよりさういう猿の習性を軽蔑しきっているからクラブにもはいらず相槌をうち、さうなのよね、猿の習性、と反復されると、オノガジシ猿めいた立場に怖気を催し、ま、去年はご馳走になったからと気前良く全員の分をソレガシが支払い、なぬごともなかったかのやうにまた猿の行列をつくって川を下るその風景、風景の点景の自分自身を自分自身がみているやうな冬の日差しと風の中、天然酵母パンの買出しにまいれば、うろうろするばかりでだれも買わず、やっとー7歳が買い込んで、やれやれ、これでつれてきた買いもあったか、とおもえば、カウンターでさっそく開封して、その2斤、誰もこんなにたくさんたべられませんと、さうさね、老母の介護、障害児の介護、天才と紙一重の秀才の介護で忙しい方々ですから、大家族がおるわけでもなく、大胃袋が坐しますわけでもなく、2斤を半斤に引きちぎって、ポリ袋にとりわけ、はい60円、はい50円と、−7歳からー10歳、−12歳の手に渡り、なるほどと感心しきりのなか、わけのわからぬソレガシの住まいのまわりの小学校中学校を下ってものわかりのいい多摩サイにでれば、−7歳がこの橋からぢゃ帰り道がわからないと・・・しゃあないのんで、案内がてら橋をわたって坂を登って、民家の仏蘭西料理屋の前にさしかかれば、こんどはここに来ましょう、ご相伴しますからと、冷や汗たらたらで峠を越えて・・・
>
> それにしても猿の習性、ことこまかに描写してもよろしゅうございますが、のちほどたっぷりとやるときもまいりませうほどに本日はここまで。
>
>


[53724] 嗚呼、いわなければすんだものを・・・・すまない。いわなければすむものをいってしまう、正反にしてその合もあるのですね。Re:[53723] こんばんは。Re:[53720] おはようございます。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/27(Thu) 11:34  

りはしとそANNEX−Ω   訪問者数:2324409(今日:202/昨日:510)2011/01/27(Thu) 10:49

Bono + the MDH Band - Never Let Me Go
http://www.youtube.com/watch?v=c0RX-DjfoDo&feature=BF&list=QL&index=29

> んはくかけANNEX−Ω   訪問者数:2324114(今日:417/昨日:546)2011/01/26(Wed) 19:08
>
> angel eyes
> http://www.youtube.com/watch?v=Qm0PKSSbt4w&feature=BF&list=QL&index=28
>
> さきの[53722] まえもって、閻魔様と最後の審判者さまの

閻魔様と最後の審判者さまの判断が分裂したら\\\

幽冥と娑婆のはざまで昼寝を決め込むにかぎる。

> ご配慮を賜りたくよろしくお願い申し上げます。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/26(Wed) 18:28 には音楽をつけわすれまして、失礼しますた。

舌先も指先も放っておけば勝手なこと喋りだす。

決して舌下の黙々は喋らない、喋れない。唯々黙々のみ。

閻魔様も最後の審判者さまもいったいどっちを正となし反となすのであらうか?

> > >このインテレサントな記事を特記するインテレサントぶりには脱帽ですね。
> >
> > 梵さんはからかっておるな?
>
> べつにからかってはおりませんが、もしもさうみえるならさうかもしれません。

閻魔様も最後の審判者さまもべつにからかってはおりませんが、もしもさうみえるならさうかもしれません。

昼寝にかぎります。

よしなに決着をおつけ願いたく・・ぐうぐう♪

> インテレサントなものをキルケゴールくんが排斥したがっているからといって、なぬもそれを鵜呑みにする必要もないのではないでしょうか。

あのキルケゴール君は敬虔なクリスチャンで神をならぬ教会を冒涜して果たして、ああ、一切の資産への利息は悪徳として食むことなく元本を使い果たし使い尽きるときに命も使い果たし使い尽きたとか・・

で、君はどっちにいったのか?

それとも幽冥と娑婆のはざまでいまだに昼寝か?

> あらゆる記事も言説も己に垂らして照らしてよく咀嚼をしてみれば、その意味するところ、世の一般への意味はともかくも、己への意味こそが肝要でありますれば、そこを涵養すべきものかと・・

あれは、そもそもが、言葉と発生とともに発したお喋りなのだ。

だから

アンビバレンツなもの、正反するもの、あらゆる分裂と躁鬱が、あのメカニックにしてインテレサントな精神分析の手法以前の瞬間として凝縮しているのだ。

だから

かの、俺は勝たねばならないと、勝たねばならないと、俺は、俺はの連発のはてに命を失ったあの尾崎豊か、それとこキルケゴール扮するコンスタンチンが相手をしている青年のなかになんと似た絶叫があることであらうか。



> インテレサントはものは、人間の発生、体細胞の発生ではのうて、赤ん坊で生まれいでていろいろ学んでいくその途上でインテレサントなものを排除すれば赤ん坊は成長しません。ゆえにインテレサントなもの、インテレサントな態度、心持、方向性は、なぬも排除ばかりすべきものではなく、まことに世界を学習する基本的な態度でもあるのですから赤ん坊か成人か老年か瀕死の今わの際かにかかわらず必須なものではないでせうか。

win or lose

to be or not to be

勝つか負けるか、生きるか死ぬか。

さういう訳が蔓延してそれを鵜呑みにしたわけでもないんでせうが、勝ち負けの関わらず、得るもの失うものはあるわけであって・・

生きるか死ぬかも、存在するか存在しないか、得るか失うか・・

勝つこと、生きること、存在すること、すなわち、得ることであり、

逆に

負けること、死ぬこと、存在しないこと、すなわち、失うことである

というのは本当にさうなんであらうか?

> ただし、そのインテレサントな態度と、インテレサントなものは、諸刃の剣であることは、情報や知識や知恵のありゃうと同じことでありますれば、それをどういう風に使いこなすか、そこに智慧があるのですが、さういう意味で・・・
>
> からかうというよりは、
>
> 感覚の中枢へ打ち込む十字架、釘というよりは楔でせうね、

脳天に打ち込む十字架は釘ではありえぬ。

楔なのだ。

それは右脳と左脳を、正と反を、生と死を、存在と非存在を、得ることと失うことを、結びつける楔なのだ。

> ジャンヌ・エルシュ的に云えば。

ジャンヌ・エルシュはなぬものなこはしらんが、いいとこまでいってはおるが・・

だうようにキルケゴール扮するコンスタンチン君もええとこまではいっておるが・・

> > >「歴史は欲望と希望を糧にして生きるのであって、全面的な約束や知を糧として生きるのではない。
> >
> > >全面的な約束や目的にについての詐称された知こそが、《観念論的》なのであり、《人民の阿片》なのである。」(ジャンヌ・エルシュ)
> >
> > 人間の歴史は、結局「侵略」の歴史にすぎないんじゃないか?これは悪い「反復」かな?
>
> だうなんでせうか。
>
> 侵略という行為は、国家、民族レベルだけでなく、人の一人ひとりの生き方も含めた歴史において、さういうことなんでせうか。

歴史の生ける心臓は瞬間のなかで鼓動することをやめない。

拒まれた永遠が、その瞬間のなかで時間を片時も休ませないのである。

ということを失念してはいけない。

畢竟

> 「私自身でない第三者(たとえば美、真理など)に関心をもつ知識は無関心的である。」

国家や民族やそのたもろもろの概念も言葉も美や真理と同様に私自身ではない第三者にすぎない。

そのなかでひとはいったいなぬをしてきたのか?

侵略と殺戮だけか?

> > この本も探してみたが、またまたすでに古本になってしまった。これは高価。
> > この弱い脳みそで読めるかどうか?とりあえず保留とします。
>
> これも@33円のうちの1冊でしたが・・なぬもあまりにも真面目に購入することもないでせう。冒頭のサルトルの講演なんぞはさして感心するもんではありませんし・・・

すべてのことばを自分自身に還元しなければいけない。

それが、

言葉も行為も自分に還ってくるということ。

嗚呼、いわなければすんだものを・・・・すまない。

それがひとの業といってしまえばお釈迦さまで、おオシャカでせうが・・

いわなければすむものをいってしまう、正反にしてその合もあるのですね。



[53723] こんばんは。Re:[53720] おはようございます。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/26(Wed) 19:33  

んはくかけANNEX−Ω   訪問者数:2324114(今日:417/昨日:546)2011/01/26(Wed) 19:08

angel eyes
http://www.youtube.com/watch?v=Qm0PKSSbt4w&feature=BF&list=QL&index=28

さきの[53722] まえもって、閻魔様と最後の審判者さまのご配慮を賜りたくよろしくお願い申し上げます。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/26(Wed) 18:28 には音楽をつけわすれまして、失礼しますた。

> >このインテレサントな記事を特記するインテレサントぶりには脱帽ですね。
>
> 梵さんはからかっておるな?

べつにからかってはおりませんが、もしもさうみえるならさうかもしれません。

インテレサントなものをキルケゴールくんが排斥したがっているからといって、なぬもそれを鵜呑みにする必要もないのではないでしょうか。

あらゆる記事も言説も己に垂らして照らしてよく咀嚼をしてみれば、その意味するところ、世の一般への意味はともかくも、己への意味こそが肝要でありますれば、そこを涵養すべきものかと・・

インテレサントはものは、人間の発生、体細胞の発生ではのうて、赤ん坊で生まれいでていろいろ学んでいくその途上でインテレサントなものを排除すれば赤ん坊は成長しません。ゆえにインテレサントなもの、インテレサントな態度、心持、方向性は、なぬも排除ばかりすべきものではなく、まことに世界を学習する基本的な態度でもあるのですから赤ん坊か成人か老年か瀕死の今わの際かにかかわらず必須なものではないでせうか。

ただし、そのインテレサントな態度と、インテレサントなものは、諸刃の剣であることは、情報や知識や知恵のありゃうと同じことでありますれば、それをどういう風に使いこなすか、そこに智慧があるのですが、さういう意味で・・・

からかうというよりは、

感覚の中枢へ打ち込む十字架、釘というよりは楔でせうね、

ジャンヌ・エルシュ的に云えば。


> >「歴史は欲望と希望を糧にして生きるのであって、全面的な約束や知を糧として生きるのではない。
>
> >全面的な約束や目的にについての詐称された知こそが、《観念論的》なのであり、《人民の阿片》なのである。」(ジャンヌ・エルシュ)
>
> 人間の歴史は、結局「侵略」の歴史にすぎないんじゃないか?これは悪い「反復」かな?

だうなんでせうか。

侵略という行為は、国家、民族レベルだけなく、人の一人ひとりの生き方も含めた歴史において、さういうことなんでせうか。

> この本も探してみたが、またまたすでに古本になってしまった。これは高価。
> この弱い脳みそで読めるかどうか?とりあえず保留とします。

これも@33円のうちの1冊でしたが・・なぬもあまりにも真面目に購入することもないでせう。冒頭のサルトルの講演なんぞはさして感心するもんではありませんし・・・




[53722] まえもって、閻魔様と最後の審判者さまのご配慮を賜りたくよろしくお願い申し上げます。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/26(Wed) 18:28  

こらをちけANNEX−Ω   訪問者数:2324097(今日:400/昨日:546)2011/01/26(Wed) 17:58

写切る毛ゴールドももう生えすぎゆえ、髭をそって、足きりもして、幾許かの無駄毛とはいわんも、心臓の毛も剃刀をいれてみたあ、だうも、けふの写をやるには容量がタランやうな・・・いったいこれ以上、どこを削ぎ落とすか、いちいちの一回毎にまるごと殺いで、新たに始めるのんも、なんか、脈絡も不明になり、写も読も分裂に陥る懸念もあれば、なんとか脈絡をたもちつつ、かつ入れ物に入る切るやうに工夫をせんばいけんが、知恵が湧かんで、苦慮しちょるところです。

まだまた入れ込みたい節が多々あり、今からが華なんで、余興で終わってすまっては、すまん、ちう事態、誰にすまんか?自己にすまん、他己にすまん、希ガス万、ぬぬ、気がすまん。まあ、もともと、節々ごとに後で切り出して、なぬも鵜呑みにすることもねえのぢゃっけん、切る毛ゴールドにいちゃもんをつけてあげよ、とはおもってはおるもんの、まんだ、やりだすには早い、時期尚早どすけん、まうすこし我慢して相手の云うことも聞いて写して、ちうても、だうにも気に食わんもん、かの切る毛ゴールド君も多分にその毛がありますれば、だうも誰彼主題が入れ子に入れ子が輻輳錯綜しちょりますれば、適当にソレガシの趣味で入れ子を入れ替えたところもありますれば、かの髭もぢゃらで伸び放題の写切る毛ゴールドの金科玉条も、キルケゴールぢゃ!とは云いがたい箇所もありますれば、まことに真面目な読者が、新古本を取り寄せて、真面目に読み出すと、ちょっとバレバレになってしもうて、まあ、さういうこともあらうかと、あの煙くぢゃらの写の出典はあの記事の中には謳っていないわけでございます。

とはいえ、文章の骨組み、論理の骨組み、骨組みならず内臓も肉も一切いじっておらず、キルケゴールの味わいは、すくなくとも、その訳本の味わいは保たれておって、いじくったのは首の挿げ替えだけどすけん、ご安心ください。

この首の挿げ替えちうもんは、もともと、著者のキルケゴール君が、意図しておったものの、諸般の事情により、相手を傷つけるといかんちうことで、元意図の首を挿げ替えたもんのやうに見受けられ、このあたりはよくよく検討に検討を重ねれば、もっともっと首の挿げ替えをせんば、意味が通じぬ箇所も多ければ、それは今後の検討課題となしたく存じます。

ちうことで、かの毛剥くぢゃらの写切る毛ゴールドは、それなりのパロディちうばパロディでもあり、読み方ちうば読み方でありますれば、読者におかれましては、騙されたと死にいたる病に陥らんようにお願いもうしあげます。

もっとも、怖いのんは、世の中には、イロニーも、ユーモアも、パロディも解さず、わたしは真面目なんです、と一点張りで、諧謔も通じない向きもないではないのですから、裏切られた騙されたとひきこもられれば、ソレガシも痛く責任を痛感し、死にいたる病、閻魔様にも、最後の審判にも申し開きなんぞはお茶の子再々で、疚しくなくできることはできるのですが、なぬせ申し開くこと自体がまた他者を傷つけることになるやもしれず、死に切れずに苦慮するところどすので、まえもって、閻魔様と最後の審判者さまのご配慮を賜りたくよろしくお願い申し上げます。



[53721] 冷や汗たらたらで峠を越えて・・・ 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/26(Wed) 11:24  

るくつたくANNEX−Ω   訪問者数:2323911(今日:214/昨日:546)2011/01/26(Wed) 10:40

RITA HAYWORTH: Mon coeur s´ouvre à ta Voix
http://www.youtube.com/watch?v=_q6DPymqb8o&feature=BF&list=QL&index=9

きのうのことをけふ書くと雌鳥がなくかだうかは知らぬが、きのうけふにかかわらず、あのクラブランちうもんは、まるで原始人の猿の習性まるだしのやうで、さういう猿まねをソレガシもするのか?ちう反省反復の思いの重い足で漕いでいけば、梵さんは紳士でやさしいから・・ちうような誤解もあらわれ、さういう誤解は必ずしも憎むべきもんでもなく、うちつづくおばさま、-7歳を筆頭に、-10歳、-12歳とうちつづくその行列もしょっちゅういっておらんば、どこの橋を渡ればええのんか、橋の端から遠望して、たすかに突き当たりにGSがあったはずなんぢゃが、遠望するにどこの橋にもGSがないのんで川を遡れば、まう絶対にここでは行き過ぎぢゃ!ちうところでUターンしてもどれば、なんちゅうこともなく、集合場所の橋のそのすぐ次の橋がそもそもの該当の橋であって、橋が二重になっておるんでGSが見えんかったのであるが、そのGS脇の坂を登ると古民家に煉瓦の竈をしつらえた屋敷で、特別室はすでに予約がへえっておって、それに5名様以上ぢゃなくんば予約も受け付けませんと、まあ、しゃあない一般的の、それでも出窓の棚に骨董の獅子頭なんぞを置きその横には満開の花々が花瓶に生けられこれが全部造花で多少埃まみれではるものの、天井の梁は太く黒く、障子を閉めた室内は暖房がよく効き、畳に置かれたテーブル椅子の造りも特別室の味わいには及ぶべくもないが、それなりにしっかりしたもので、出てくるスープも猫舌でも火傷をしないほどの適温に適量でそれに丸いスープスプーンをつっこんで飲むのは、都心のホテルならさもありなんであらうけれども、庭先の崖下に木々を眺め、川の水面こそ見えぬものの、かつては見えたあらうところも昨今のコンクリの堤防の壁が屹立しそれを望む井戸に水神様がまつられその丸石組の台座にタバコ盆をのせて一服でkるこの感興では、なぬもスープカップをまるごと口に運んだところで、なじる視線はどこにもなく、それぞれに好き勝手なナイフフォークスプーン箸を駆使して、サラダを頬張り、お誕生日のプレゼントだと取り出したサコッシュだかパンダナだかわからん風呂敷様のもんの模様が話題の中心で、あら、これ自転車の模様のフレームの形が一つひとつちがうわ、どこで買ったの?立川になかったからわざわざ都心の伊勢丹まででかけたのよ、ちうことでソレガシなんぞは割って入る余地もなく、関心のまなざしは○蹴りー太、ぬぬ?マルゲリータ、生ハムソーセージの窯焼きピザと魚介、茸のスパッゲティなんぞをー7歳が各位にとりわけ、それなりにピザの風味もスパゲッチの茹で具合もよろしく、さて、疎外されきったソレガシがクラブランの猿の本能めいた習性を言い出すと、最近クラブに入ったー7歳はさっそく厠に消え、−10歳は口を噤み、−12歳はもとよりさういう猿の習性を軽蔑しきっているからクラブにもはいらず相槌をうち、さうなのよね、猿の習性、と反復されると、オノガジシ猿めいた立場に怖気を催し、ま、去年はご馳走になったからと気前良く全員の分をソレガシが支払い、なぬごともなかったかのやうにまた猿の行列をつくって川を下るその風景、風景の点景の自分自身を自分自身がみているやうな冬の日差しと風の中、天然酵母パンの買出しにまいれば、うろうろするばかりでだれも買わず、やっとー7歳が買い込んで、やれやれ、これでつれてきた買いもあったか、とおもえば、カウンターでさっそく開封して、その2斤、誰もこんなにたくさんたべられませんと、さうさね、老母の介護、障害児の介護、天才と紙一重の秀才の介護で忙しい方々ですから、大家族がおるわけでもなく、大胃袋が坐しますわけでもなく、2斤を半斤に引きちぎって、ポリ袋にとりわけ、はい60円、はい50円と、−7歳からー10歳、−12歳の手に渡り、なるほどと感心しきりのなか、わけのわからぬソレガシの住まいのまわりの小学校中学校を下ってものわかりのいい多摩サイにでれば、−7歳がこの橋からぢゃ帰り道がわからないと・・・しゃあないのんで、案内がてら橋をわたって坂を登って、民家の仏蘭西料理屋の前にさしかかれば、こんどはここに来ましょう、ご相伴しますからと、冷や汗たらたらで峠を越えて・・・

それにしても猿の習性、ことこまかに描写してもよろしゅうございますが、のちほどたっぷりとやるときもまいりませうほどに本日はここまで。




[53720] おはようございます。 投稿者:なすのせせ 投稿日:2011/01/26(Wed) 10:51  

>このインテレサントな記事を特記するインテレサントぶりには脱帽ですね。

梵さんはからかっておるな?

>「歴史は欲望と希望を糧にして生きるのであって、全面的な約束や知を糧として生きるのではない。

>全面的な約束や目的にについての詐称された知こそが、《観念論的》なのであり、《人民の阿片》なのである。」(ジャンヌ・エルシュ)

人間の歴史は、結局「侵略」の歴史にすぎないんじゃないか?これは悪い「反復」かな?

この本も探してみたが、またまたすでに古本になってしまった。これは高価。
この弱い脳みそで読めるかどうか?とりあえず保留とします。


[53719] 舞台は隠れた個人の影絵芝居にふさわしい。Re:[53715] 最後の審判の日に、自分自身で出頭することもできずに、気のきいた目論見とか、その日一日だけの決心とか、半時間きりの計画とかなどを身代わりに出頭させる人間Re:[53712] 現実的な姿が目の前にありながら、それが見えないのである。Re:[53710] インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、時を経てそうなった娘に栄誉あれ。Re:[53709] 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。Re:[53708] 関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。Re:[53706] わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。Re:[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/25(Tue) 10:05  

ろさたるにANNEX−Ω   訪問者数:2323333(今日:182/昨日:423)2011/01/25(Tue) 08:59

> Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> http://www.youtube.com/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25

> 追憶の恋のみが幸福な恋である、とある作家が言った。その恋がまずひとを不幸にするのを追憶するというだけのことであるなら、まったくそのとおりである。

> ほんとうは、反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。

> 反復の恋には、追憶の恋と同じように、期待と不安定さがない。探検に伴う不安な冒険もない、しかしまた、追憶のもつ哀愁もない、そこには瞬間の至福な確実さがある。

> 期待は新調の衣服で、ぱりっとして、しかもきらびやかである。しかしそれはまだ着てみたわけではない、だから、はたして体にぴったり合うかどうか、またよく似合うかどうかもわからない。

> 追憶はもう着なくなった古着である、それがどんなに美しくても、いまでは体のほうが大きくなってもうどうにも身丈があわない。

> 反復は着古されることのない着物である。それはぴったりと着心地よく体に合い、窮屈でもなければだぶつきもしない。

> 期待は追う手をすり抜けてゆくかわいい娘である。

> 追憶は美しくはあるが今ではもうけっして用を足せない老婆である。

> 反復はいつまでも飽きることのない愛妻である。

> 飽きがくるのは新しいものに限っているからだ。古いものはけっして飽きることがない、そして古いものが目の前にあると、ひとは幸福になる、しかも、反復が何か新しいものでなければならぬかのような思い違いをしないひとだけが、本当に幸福になる。もしそういう思い違いをしていたら、ひとはやがて反復にも飽きてしまうだろう。

> 期待するには若さが要る、追憶するには若さが要る。

> しかし、

> 反復を欲するには勇気が要る。

> 期待するしか欲しないものは卑怯である。

> 追憶をしか欲しないものは淫らである。

> しかし、

> 反復を欲するものは男である。

> そして、

> このことをしっかりと自覚するにつれて、ひとはそれだけ深みのある人間になる。

> ところが、

> 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、所詮まぬがれられぬ運命、つまり自滅するほかあるまい。

> 思うに、

> 期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。

> 追憶はまことに乏しい糊口の資で、これまた腹を満たすには足りない。

> ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。

> ひとたび人世を周航してみれば、人生が反復であることを理解するだけに勇気がもてるかどうか、また、反復を楽しむ気持になれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前にまず人生を周航しなかったものは、けっして生きることにはならないだろう。人世を周航してはみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。

> 反復を選んだ人、その人だけがほんとうに生きるのである。

> 彼は子供みたいに蝶を追いまわしはしない、この世の栄耀栄華をのぞくために爪立ちしたりもしない、彼はそれを知っているからだ。

> 彼はまた老婆のように紡ぎ車の前に坐って追憶の糸を紡ぐこともしない。

> むしろ、

> 彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。

> ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?

> Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26


> 時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?

> 次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がこいねがうであろうか?

> 反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。

> これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。

> ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。

> そのようなことはすべて、

> わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。

> Lizz Wright's Version of 'Hey Mann'
> http://www.youtube.com/watch?v=_Wp8-ahXVFI&feature=BF&list=QL&index=31

> 恋するものはよく恋の甘い不安を詩人の言葉に託して吐き出しながら歓喜に酔うものだ・・・

>     わが古きゆり椅子に
>       立ち返りくる若き日の夢
>     女性(おみな)らの太陽(ひ)と照り映ゆる
>       汝(いまし)へのあこがれ絶えず

> ・・・メランコリックな男に恋をさせてみるがいい、そしたら何もかも消し飛んでしまう、とよくきまったように言われる。しかし、彼がほんとうにメランコリックであるなら、彼にとって何よりも重大な事柄を彼の心がどうしてメランコリックに考えずにいられるだろうか。

> 彼は深くそして熱烈に恋している、これは明らかだ。

> それだのに、彼は最初の日からもう彼の恋愛を追憶できる状態にある。

> つまり、彼は恋愛関係をすでにすっかり完了しているのである。始めるときにおそろしく大股に歩いたために、彼は人生を飛び越してしまったのだ。・・・

> Frank Sinatra - Only the Lonely
> http://www.youtube.com/watch?v=bef_s1Bhn7o&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=59

> 彼女は彼の恋人であった。彼がかつて愛した唯一の恋人、彼がいつか愛するようになるかもしれない唯一の恋人であった。しかし、それだのにまた、彼は彼女を愛してはいなかった、彼はただ彼女に憧れていただけだったのだ。

> あの少女は彼の恋人ではなかったのだ。彼女は彼のうちに詩的なものを目覚めさせ彼を詩人にする誘因だったのである。

> だからこそ、彼は彼女だけを愛することができ、彼女をけっして忘れることができず、けっしてほかの女を愛しようとはしなかったのだ。けれども、彼はつねに彼女をただ憧れていただけのことであった。

> 彼女は彼自身の全存在のなかに吸収されてしまったのである。彼女の思い出はいつまでもいきいきと残ることだろう。

> 彼女は彼にとってあまりに大きい意味をもってしまった、彼女は彼を詩人に仕上げてしまったのだ、

> だからつまり、

> 彼女は自分自身の死刑判決書に署名してしまったのだ。

> Kenny Rogers - Lady
> http://www.youtube.com/watch?v=Tj_NjLBPotQ&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=11

> 諦めることをしないで男にうるさくつきまとい、それが真実に男を愛していることの証明だなどと自惚れるほど利己的な女があるとしたら、そういう女の一生の任務はまことに安易なもので、誠実だという名誉と疚しからぬ良心を、同時にまたごく上品に洗練された恋愛までも、わけなく享受できるだろう。

> 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!

> Vera Lynn - As Time Goes By
> http://www.youtube.com/watch?v=S8F9NzVuIuA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=1

> わたしはレタスが好きだが、いつも芯だけしか食べない、葉は豚にやるものだとわたしは思っている。

> わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。

> It's Over-Gato Barbieri
> http://www.youtube.com/watch?v=ksmLewp4vf8&feature=BF&list=QL&index=4

> 岩角に釘づけにされたプロメテウスが、禿鷹に肝臓をついばまれながら、その語る予言によって神々を惹きつけるように、彼女は恋人を惹きつけた。

> くる日もくる日も、すべてがささげつくされた、その日その日が最後であったから。だが、それがいつまでもつづくわけではなかった。

> 彼女はおのれを縛りつけている鎖を噛んでみた。しかし、彼女の激情がたけりたてばたけりたつほど、彼女の歌はいよいよ甘く、彼女の言葉はいよいよ優しく、鎖はいよいよ固くなった。

> この誤解から現実の関係を作り上げるなどということは、彼女には不可能だった。それこそ彼を永久の欺瞞にゆだねることだった。

> 彼女の思い、彼女の心は、実は彼とは別のものを、つまり、彼女が彼に象徴させているものを求めているのであって、彼はその憧憬の化身にすぎないといって彼の思い違いを説明してやるのは、彼を深く傷つけることで、それには彼女の誇りが憤りを感ずるのであった。そういうやり口は、彼女の何よりも軽蔑するものであった。

> それはまた彼女として当然なことだった。

> 男を欺き誘惑するのは軽蔑すべきことである、しかし、あなたはわたしの理想ではなかったのだと説明して男をいいくるめたり、あなたは詩神にすぎなかったのだといって男をなだめたり、自分を悪者にしないばかりか立派な逃げ道までもこしらえて男を見捨ててしまうというのは、さらに軽蔑すべきことである。

> 男をくどく経験を多少とも積んだものなら、それくらいのことはわけなくやってのけるだろう。

> せっぱつまって男のほうでもその申し出に応ずるだろう。こうして首尾よく逃げおおせたうえに、しかも正直な人ということになる、親切な人ということにさえなる。

> しかしあとになってみると、だまされていたことを知っている男よりもいっそう深い傷を、その男は心に負っているのである。

> だからどんな恋愛関係においても、関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。

> エロス的な目をもちしかも臆病でない女なら、思いやりをもたないということが、男の体面を保ってやるための残された唯一の方法だということを、容易に理解するだろう。

> Right Here Waiting - Richard Marx
> http://www.youtube.com/watch?v=Zilog7d523w&feature=BF&list=QL&index=9

> わたしは娘のすることならなんでも赦すことができるのだが、娘が恋をしながら恋の使命をとり違えるのだけは、どうにもゆるせない。

> 娘の恋が献身的でないなら、その娘は女でなくて野郎なのだ。

> そういう娘はその恋によってまず愛する男の血を吸いとってしまい、はては男をして懊悩と絶望のあまり自分から手を切るにいたらしめるものだが、そういう恋にこがれる女を、そういう役をみごとに演じて、同情をよせる家族の者や友達に泣いてもらうひとりのエルヴィーラとして登場させることは、喜劇詩人にとって実にやりがいのある仕事であるにちがいない、このエルヴィーラは、欺かれた娘たちの合唱団で第一歌手を演じ、男たちの不実を、明らかに自分の一生を台なしにするほど不実だったと、いかにも大げさにまくしたてることを心得ている女、しかもそういうことをずうずうしくも落ち着き払ってやってのけながら、自分自身の誠実さのほうこそ、むしろ愛する男の生命を奪いかねないということに、半秒間も思いいたることのない女なのである。

> 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。

> 女のそういう誠実さはいつも測り知れず、理解しがたい。

> 恋する男が、どんなに苦しくとも、怒りの言葉をひとことも女に浴びせることなく、かえって女をだまして、自分を欺くとはけしからん男だと思っている女の思い違いを強めてやるという、より深刻な復讐に甘んずるだけのユーモアを失わずにいるとしたら、この場面は実に愉快なものになることだろう。

> tell him... celine dion / barbra streisand
> http://www.youtube.com/watch?v=wB_vjpRhLxM

> 「N.Nさんはいい人だけど、退屈だわ。ところがF.Fさんったら、あの人とってもおもしろくって、いかすわよ。」

> かわいい娘の口からこういう言葉を聞くたびに、わたしはいつも思うのである。

> 「よくも恥ずかしくないものだ、若い娘がそんなことを口にするなんて、なんて情けないことだろう。」

> 男がインテレサントなものに迷い込んだとき、救い出してくれるものは娘のほかにないではないか。それだのに、そういうことを口にするのは、罪を犯すことではないか。

> 当の男がインテレサントなことなどできない人間であるなら、その男に向かってそれをせよと要求するのは、思いやりのないことであるし、あるいはまた、男がインテレサントなことのできる人間であるなら、そしたら・・・・・・・・、なぜかといえば、若い娘というものは、インテレサントなものを誘い出すことをしないようにこそ、つねに慎むべきものだからだ。そういうことをする娘は、イデーからみて、いつも損をする。

> インテレサントなものはけっして反復されないからである。

> インテレサントなものを求める娘は、みずからそこにおちいる罠となる。

> インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、そういう生まれつきの娘に栄誉あれ。

> 時を経てそうなった娘に栄誉あれ。

> Diana Krall Love Is Where You Are
> http://www.youtube.com/watch?v=vByMcoYgjaY&feature=BF&list=QL&index=2

> 多少とも想像力をもった青年なら、一度は芝居の魔力にとらえられたことがあるにちがいない。あの人工的な現実のなかへ自分もともにまき込まれて、まるで二重人みたいに、そこでもうひとりの自分自身が動くのを見、語るのを聞き、自分自身を自分自身に可能なだけのあらゆる種類の人物に扮装させ、しかもそのどれもがまた一個の自己であるというふうであってみたいという願いをいだいたことがあるにちがいない。

> こういう欲望があらわれるのは、もちろんまだ若いうちのことである。

> ただ想像力がだけが目覚めて個性を夢みていえ、その他の能力はすべてまだ安らかに眠っている。そういう想像力によって自己が見られると、個人は現実的な姿ではなく影でしかない、もっと適切にいうと、

> 現実的な姿が目の前にありながら、それが見えないのである。

> それだから個人は、ただ一つの影を投げるだけでは満足できずに、そのどれもが自分に似ていてそのときそのときに自分自身である権利を平等にもっているようなさまざまな影を投げるのである。

> I´m thru with love - Diana Krall and Hollywood divas
> http://www.youtube.com/watch?v=ivF2ZTxV81Q&feature=mfu_in_order&list=UL

> しかしこの影の存在も満足を求める、それが自己の生を全うするだけの時を与えられなかったとしたら、それは人間にとってけっして好ましいことでない。

> しかしまた、

> 個人が見当ちがいをして、影の存在のなかを迷いつづけながら生きつくしてしまったとしたら、それは哀れな、あるいは滑稽なことだ。

> そういう人間がそれでほんとうの人間であるなどと自惚れるなら、それはちょうど最後の審判の日に、自分自身で出頭することもできずに、気のきいた目論見とか、その日一日だけの決心とか、半時間きりの計画とかなどを身代わりに出頭させる人間が不死の要求をするのと同じように、まことに心もとないことだ。

> 何事もそれぞれ適当な時におこなわれることが肝心なのだ。

> すべては若いときにその時をもっている、そして若いときにその時をもったことは、また後でその時を得るものだ。

> 年長者にとって、その生涯のうちに、何か思い出して笑わずにいられぬような過去をもっているということは、何か涙をさそう過去をもっているのと同じように健康なことなのだ。

"Who knows where the time goes" - Nina Simone
http://www.youtube.com/watch?v=wZa3XsHA6UU&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=4

山里で明けても暮れても、うまずたゆまず同じ主題(テーマ)の風が奏でているのを聞いていると、ついそれに誘われて、しばしその不完全さを忘れ、人間の自由のたゆみなさと確かさを象徴するかに思われてうれしくなることがある。するとつい忘れられてしまうのだが、

いまこの山々のあいだをおのが住み家として幾年も吹き渡っている風は、かつては行き暮れし旅人としてこの土地へきたのである、

そして

心を乱して荒れ狂いながら峡谷のあいだを突き分け、洞窟の中に突き入り、或るときは自分でもはっと驚いて跳び退くような金切り声を張り上げ

たかと思うと、或るときは

われわれから逃げ出したくなるようなうつろな吼え声を立て、

或るときは

どこからでてくるのか自分にもわからぬような嘆きの調べを奏で

たかと思うと、或るときは風みずからが

恐れをなしてこのあたりに足をとどめたものかどうかとしばし疑いためらうような底知れぬ不安の溜息を吐き、

或るときは

また浮かれはしゃいで抒情的な囃し唄を歌い、

こうしてついに自分の楽器に習熟してしまって、これらすべての共鳴音をメロディーにまとめあげ、それをいま明けても暮れても変わりなく奏でているのである。

それと同じように、

個人の可能性もそれみずからの可能性のなかをさまよい歩きながら、或るときはこの可能性を、また或るときはあの可能性を発見する。

しかし

個人の可能性は単に聞かれることを欲するばかりではない、それは風のように吹きすさぶばかりではなく、また形を成そうとするのだ、

だから

それは聞かれると同時にまた見られることをも欲する。

個人の可能性は、だからそのどれをとってみても、音を発する影である。

この隠された個人は、悪意の小ざかしい囁きに耳をかさないと同じように、仰々しく喚きたてる感情を信じない、悲嘆のやるせない溜息を信じない

が、また同じように、歓喜の極みに沸き立つ叫び声も信じない。

個人はただ情熱をもって見そして聞こうと欲する、しかし、注意あれ、自己みずからを、なのだ。

けれども、個人は自己みずからをほんとうに聞こうとは欲していないのだ。そんなことはできるものではない。それができれば、その瞬間に雄鶏が鳴く、そして薄明の姿どもは逃げ去り、夜の声は沈黙する。

これら薄明の姿どもが踏みとどまっているかぎり、われわれはまったく別な領域に、一切のものが責任の気づかわしげな監視の目を浴びて不安を覚えながら行なわれるところに、つまり、悪魔的なものの国にいるのである。

だから、ほんとうの自己の印象を受けずにいられるように、隠れた個人は、あの薄明の姿どものような、こだますることのない言葉のかすかなざわめきのような、かりそめのはかない環境を求める。このような環境が舞台なのだ。

だからこそ、

舞台は隠れた個人の影絵芝居にふさわしい。



[53718] あたまの中で身をもってよくほぐしてかかりませんと、喉にツッカエ、脳にツッカエ、脳梗塞になりますれば、ご注意あれかし。Re:[53716] [53714] 「私自身でない第三者(たとえば美、真理など)に関心をもつ知識は無関心的である。」Re:[53713] インテレサント 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/25(Tue) 08:13  

あわあれほANNEX−Ω   訪問者数:2323277(今日:126/昨日:423)2011/01/25(Tue) 05:58

ゆんべは珍しく小雨雪催で、道行くクルマの轍音もどこかしっとりとしていたが、その余響か、けさも寒暁のあかつきは堪能できそうもなく、どんよりとした雲に覆われた空全体がメリハリ無く明るんでいくんでせうね。

> > Dear Old Stockholm - Stan Getz & Chet Baker
> > http://www.youtube.com/watch?v=ksQBfJ968TA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=33
>
> いつもユーチュブの音楽が添付されているけれど、引用文にふさわしいものを選んでいるのですか?なかなかよき趣向なり。

いつもいろいろありがたう。

自分で自分を見つめる自己のまなざしだけでは、ナルシズムも欲求不満に陥り、己がまなざしの映っている水面の中へドボンとなるのがオチででもありますれば、やはりそこは、他者のまなざしも必要にしてありがたいわけでありまして、身をもって相対すればそこには確かに他者のまなざしがある、それが憧れであらうが、蔑みであらうが、あるいは畏れであらうが、あるいは誘惑であらうが・・はたまた無関心であらうが・・相対する人間、文字通り人と人との間、それも、身と身の間のまなざしにおいてその意味を直感的に感覚できるものですが、かういう仮想空間、ま、仮想ともいえぬ、実相ではありませうが、身を伴わぬ空間、指先と眼で言語だけを繰る空間においては、まなざしをキャッチできぬわけであrまして、そこはいかなる反応にせい、読者である他者の反応、はたまた、反応もひとつの行為でありますれば、さういう行為、出来事においてのみ、それが他者ではのうて自己でもありうるのですが、そういう瞬間においてのみ、ドボンを回避し、自己が自己たる己が身を回復するわけですから、ありがたいことです。

さて、つけあわせの音楽のこと。

だうもやりだすと、はりきりすぎで、盛りだくさんで、食いすぎの気があるのと同様に、しっつこくなっていけませんが、ま、これも性分でせうから、おゆるしあれ。



:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

> わちたてせANNEX−Ω   訪問者数:2318813(今日:566/昨日:529)2011/01/15(Sat) 22:14
>
> I'm Fool To Want You Frank Sinatra Ava Gardner
> http://www.youtube.com/watch?v=6PpcrssGBdw&feature=BF&list=QL&index=78
>
> まことに寒いですね。けふも100km丁度ですが、午前中は余りに寒く汗に濡れた頭のタオルを換えるためにそれから外食は金食い虫ですから、天然酵母の食パン2斤から1斤を一気にちぎってこれにたっぷり鶏卵を含ませ牛乳も含ませ、人間のやることはなんて残酷なのだらうとは思うものの、これに蜂蜜を垂らして頬張れば天国で、午前中のメルクスSLX63kmだけではなんぼなんでも寂しいのんで、自転車をMOSERデダゼロ前も後もクロムでピカピカに銀シャマをはいたもんに乗り換え、ちうのんも、これはツークリップで靴も風がすかすかするビンディングシューズ、これで午前中は足の指が霜焼けになりましたから、ピューマのウォーターシューズ、これはつま先がプラスチックで風が入りませんのんで、それに履き換えて100−63=37kmちう計算は距離計がなくとも、もうkm刻みでわかっている道なら、どこでUターンすればええか、日没の夕焼けは寒曇天で望むべくもありませんが、日没ごろには兄姫に後から声を掛けられることもあったれば、ま、それはともかくとしても、寒風を突き抜けてきて、ど熱いキムチ鍋とか、ま、毎日同じ反復で、さうさう女ちうもんは、ずっと若くてもずっと年上にみえる、ちうことはどっかこわい貫禄なのですね美人の、男なんて幼稚よ、とやられそうで、この Ava Gardnerだって、よほどFrank Sinatraよりマチュアな女に見えるし、実際このFrank Sinatraの幼稚な写真ではAva Gardnerに完全に貫禄負けで、ま、せがんでも離婚はまぬがれえないちうのんは、ま、幼稚な男の運命としては甘んじるよりしょうがないのかもしれませんが、この幼稚な若いFrank Sinatraが老いてメローになった味わいをもし Ava Gardnerがいきておって味わえば、きっとこの名曲も甘ったるくヒットしなかったかもしれませんね。

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

かういう曲はつきすぎかもしれないし、いい趣味とはいいがたいかもしれませんね。

畢竟、どういう曲を選ぶのか、だういう音楽をえらぶのか、ある出来事、ある瞬間においていいとめること、あるいはうつしとること、そのとりあわせというのは、まことに俳句におけるとりあわせと同様に、つきすぎでも離れすぎでもいけない、ああ、べつにいけなくはないでせうが、あるものとあるものがあるときあるところでとりあわされた、その差配はとりあわす自己のなせる業でせうが、さわいえ、さういう邂逅は己のなしうる業ではない、これは言葉と言葉、人と人、言葉と人、などなどのあらゆる局面でそれこそ、さきの瞬間の哲学的にいえば、一句になす、なるのも、製版業、ぬぬ、ならぬ、正反合、つまりひらたくいえば弁証法であって、この弁証法という概念は、これまた、かの学生運動なんぞでさんざん聞かされあの青臭い生煮えの焼いても食えない連中のたぬきくささゆえに、いやな言葉ぢゃちう印象も免れず、永年弁証法ちうことばを忌諱すておったのどすが、やうは、されを青臭く言葉の皮相と論理に頽落して、あれこれとそんなもんは弁証法ぢゃねえとか、かんとか、やりだす頽落たぬき諸君の弁証法はさておいておいても、単純明快に正反合ちう、世の身のありようの反映は、まさに、言葉であり、俳句であり、記事であり、行為であり、瞬間である、さういうものとして、言葉と音楽をとりあわせる、その曲をまた出来事や記事ととりあわせる、それによって、正と反との相容れぬ相対したもんが、それぞれ思いもしない豊潤さを醸すこともあれば、生も反も死んでしまうということもありますれば、もっとひらたくいえば、あの、会席料理の解析で、器と料理、料理と料理、料理と酒、酒と♀♂、そこで酌み交わされる会話の味わいにもにたものがあるのではないでせうか。

さういうところで、独り宴席の隅で、あるいは中央で、アバガードナーに振られたとフランクシナトラが歌って、ふられたとはいえ、そのふられかたも出来事のありようも様々であるからして、相思相愛の別れもあるでせうし、同様の歌手仲間、俳優女優仲間とのすったもんだもあるかもしれませんし、さういう出来事の一回性、それが手を変え品を変え繰り返される反復であったにしても、その瞬間をいかに捉えるか、これには、芭蕉もトルストイも意を砕いたところですが、なべて人間の行為、言葉も音楽もそのひとつではありませうが、それが、かの「全面的な約束や目的にについての詐称された知」へ頽落しきった菅くんやあの反吐を催す与謝野のよさねえ猿芝居に象徴されるように、食えぬ、食中毒めいたもんから、かのナルシストの権化の魯山人までろいろな景色、さういうもんは野次馬対象としてさておいておいても、問題は自己に関わる景色、さう、かのフーコーもいっている、こらいのギリシャでもいわれつづけられた自己への関心、その関心は、他己と自己との関係の風景、関心でもあるわけで、さういう風景が、嗚呼、朝日が昇ってきましたね、7時ちょっとまになって・・・さういう風景がいかに展開でけるか?

宴席でもなくたかが一個の掲示板、それもソレガシは軒下を借りて母屋を乗っ取ったわけでもないのですが、軒下でぶつくさいっている、母屋の操作室、指令所、監視塔にいるわけぢゃありませんけん、そこに出入りするもろもろもみえない、いわばめくらの状態でも、めくらであるからこそ良く見える景色もありますれば、いやさ、めくらであるからこそ煩わされないおいうこともありますれば、やっぱす棲むべきはストレス多き母屋ならぬ軒下に限る、かの、時代劇でもあるでせう、部屋住みの浪人なればこその自由が・・・

つうことで、あ、さうさう、思い出したのですが、ジャンヌ・エルシュ嬢の言葉の「詐称された知」もなぬか、むっかしここらへんから摩周湖あたりへいってドボンしてしまった「知の虚構」のはんなさんちう京都の娘さんも思い出しますが、幽霊で化けて出るのんは、まことに大菩薩峠なもの物語のおばさんになって、嗚呼、大菩薩峠も読み継がねばならん、ドンキホーテは牛島の訳がよいと、過日自転車仲間の早稲田で西班牙文学の教鞭をとっちょるもんがいってましたが、ドンキホーテデラマンチャもららねばならんし、それらをなべて、くくるとした、ここちゃらの記事と音楽、豆腐と蜂蜜、食パンと切り餅、インテレサントな米のカステラを含めて一揆通観すれば・・

出来事にしてその瞬間

にこだわっているんでせうね。フランクシナトラの凡庸なる歌謡が多々流れる中で、ある一群の歌謡は、やはり聴かせるもんがあって、I'm Fool To Want You Frank Sinatra Ava Gardnerなんちうもんは、その甘さの過剰を補って余りある出来事と瞬間の感動をつたえていますね。

同様に・・・

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

> Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26


> 時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?

> 次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がこいねがうであろうか?

> 神みずからが反復を望まれたのでなかったら、世界はけっして生成しなかったであろう。神は期待するままに絶えず新しい計画を立ててゆくか、それとも、万物をもとへ呼び戻して、追憶のなかに保存するかしたことであろう。しかし、神はそうしなかった、だから世界はこうして存立しているのだ、しかも、それは反復であることによって存立しているのである。

> 反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。

> これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。

> ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。

> そのようなことはすべて、

> わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

この Edyta Gorniak - Hello だって、一聞しただけでその迫力に打たれてしまう。

あとでよくよくみてみれば、なんだか、離婚直後の歌唱であったよし、やはりその出来事と瞬間が一曲の歌唱に命を与えていればこそ、同じ曲でも凡庸なる歌唱があふれているなかでは、やはり一頭知を抜いて輝いている。

さわいえ、生来的に歌唱力があって、演技力があって、表現力のあるもんもおりますれば・・たとえば、らーらふぁびあんとか、しゃあり〜ほ〜んとか、一概に言えぬのでありまするが、さいう面々においては、やはり出来事、瞬間への共感力が人一倍高いから、身につまされた歌唱力もあるんでせうね。

> > ご参考までに引用の書;
> >
> > 岩波文庫 33−635−1 反復 キルケゴール著 桝田啓三郎訳 1983年第26刷改訳
> >
> > の註を記しておきます。
> >
> > > >インテレサントなものはけっして反復されないからである。
> > >
> > > >インテレサントなものを求める娘は、みずからそこにおちいる罠となる。
> > >
> > > >インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、そういう生まれつきの娘に栄誉あれ。
> > >
> > > >時を経てそうなった娘に栄誉あれ。
> > >
> > > ここを特記しておこう。

このインテレサントな記事を特記するインテレサントぶりには脱帽ですね。

> > > 「インテレサント」を日本語に置き換えることを考えてみたが、不可能のような気がする。
> > > しかし、この言葉のニュアンスはとてもよくわかる。
> >
> > 40−14「おもしろい」と訳したインテレサントは、語原からみて
> >
> > 「ひとの興味、共感、注意を呼びおこすような性質をもった」ということ、
> >
> > そこから
> >
> > 「興味をひく、好奇心をそそる、おもしろい」
> >
> > などの意味に用いられる。
> >
> > 41−2
> >
> > 前註の形容詞を名詞化したものであるが、この語は、1830年ごろから2,30年のあいだ、美学上の流行語として、特殊な意味に用いられた。「ひとの注意ないし興味をひこうとする」という原意から派生してくる特徴的な含意を訳者なりにまとめてみると次の三つになる。
> >
> > 一、ひとの関心をひいて注意を喚起し、興味をおぼえさせるようなものは、「普通と違って目立つ」ということ。
> >
> > 二、そういう異常なものは、自然でなく、どことなく不自然で、わざとらしくて技巧的であること、例えば女性の媚態。
> >
> > 三、異常であることで人を楽しませ面白がらせる性質をもち、気持ちをまぎらせて退屈な気分を転換させる働きをする。この意味で「倦怠」「退屈」の相関概念といえる。退屈をまぎらせ憂さを晴らすために次々と目新しい慰みを求めることになる。
> >
> > およそこのような三つの含意をもつと思われるが、これらの含意をあらわす適当な訳語が訳者の貧弱な語彙の中に見当たらぬので原語のまま仮名書きであらわした。
> >
> > 「インテレサントなもの」は右のようなものとしてドイツ・ロマン主義の文学者フリートリヒ・シュレーゲルによって、近代文学を特徴づける概念として初めて用いられて普及し、デンマークにも輸入されて、現代的な特徴をあらわす文学、美学上の流行語となったのである。『誘惑者の日記』では、そのライトモティーフとして用いられている。
> >
> > なお、この語はもう一つ別の重要な意味をもっていて、そういう意味で用いられる場合がある(45−9、45−11参照)
> >
> > 1844年の日記に次の文章がある。
> >
> > 「反復は一つの宗教的な範疇であり、どこまでもそうである。それだからコンスタンチン・コンスタンチウスはあれ以上先へ進むことができない。彼は賢明で、アイロニストであり、インテレサントなものを排斥する。しかし彼みずからがあくまでもそれにへばりついたままでいるのだということに気づかない。
> >
> > インテレサントなものの第一の形式は、目先の変化を好むことであり、もう一つの形式は反復を欲することである。
> >
> > けれどもそれも自己満足の範囲を出ず、そこにはなんらの苦難というものがない、−−−−だからコンスタンチンは彼みずから発見したものに座礁する、そして青年はその先へ前進する」
> >
> > 45−9・・・・・「関心」と訳した原語はInteresseで、interessantとつながりがある。コンスタンチンが「反復」のイデーを発見しそれを欲しながら、それが中心をそれたインテレサントなものの範疇を出ないのためにそれに座礁するように、形而上学も反復を欲し・・・それに座礁する。
> >
> > 45−11・・・・ここで「関心」といわれているInteresseは二つのものの「間に」inter,zwischen,between「ある」esse,sein,beという意味と、あることに「心を関わらせている」あるいは、あることを「問題としている」という「関心」の二義をもっている。
> >
> > 例えば、『』死にいたる病」の冒頭で
> >
> > 「人間は無限性と有限性との、時間的なものと永遠なものと間の、自由と必然との総合」
> >
> > であるといわれている、それら二つの矛盾するものの「間にある」「関係」が前者のInteresseであるという、人間の本質的な規定であり、人間はそのように矛盾する二つのものの間にあるがゆえに、その矛盾の関係にある自分自身に、無限の関心をもたざるをえないのである。

ここにこの軒下風来坊が生息する母屋のプロジェクトであった、「ハンセン病文学全集」の意義も活き活きとあるのですね。

それは、一つの出来事であって、瞬間である。

このことは、なぬも、ハンセン病に罹患してさまざまな体験をした人々ばかりでなく、そこに関わった人々、さらにプロジェクト的にいえば、出版人、編集者、それらの人々の一々の出来事と瞬間が凝縮さて、一個の「ハンセン病文学全集」なるものとして形があらわれたわけであって、それが、出版社の集まりの梓会の賞を受賞するのも、まことにかくあらむ、ちうことですね。

愛矛盾するその愛ちうことありやうというのも、まぬも弁証法がうんぬんかんぬんちう小うるさいことをいわんでも、まことにわれわれの接する風景のどこにでもある、それが外部であらうが、内部であらうが、そもそもその内と外との正反合、愛矛盾する愛、身をもって身がその矛盾を止揚する身、ちうと、男と女、ああ、失礼!女と男、凸凹か凹凸かは、いったいなぬを正となし、反となすかで、決まるのですから、その誰?ちう誰が凸であるか凹であるか、まことに誰かであることによって、その相反するものも逆転しますが、合にいたれば逆転のしようもない、それでも、その合を、あたかも対象のやうに、もののように捕らえてしまえば、ちうことは、かの英語の表現にある・・・

MAKE LOVE

このLOVEは、もう行為としてはなく名詞として対象化されたLOVEですから、ソレガシなんぞも首をかしげた、SHAREなんちうことも謳われているわけで、最近シェアーハウスちうのんがまた復活して流行りだしているようで、かういうシェアハウス的な愛、あるいはシェアホルダーが非公開にせよ公開にせよわんさかいる会社、さういうLOVEの形式もあるからこそ、LOVEも名詞化してしまうんでせうが、本来的には、出来事であり、瞬間である、それが、あたかも、かの環境問題でいわれるところの・・

さす亭なぶる、さすってなぶる”sustainable development”

ですか、こも、まあ、ジャンヌ・エルシュ嬢の

「歴史は欲望と希望を糧にして生きるのであって、全面的な約束や知を糧として生きるのではない。

全面的な約束や目的にについての詐称された知こそが、《観念論的》なのであり、《人民の阿片》なのである。」

に外套でせうね。

ま、世の中にはかくかくさようにかなり良心的にみえる標語においても、その欺瞞性と詐称が、またさういうもんに淫し、頽落しどたぬきジャーナリズム的どたぬき学者、どたぬき知識人諸君、そのなかにはもちろん、かのさすってなぶるサステイナブル中村圭子女史らもいるのでせうが、さいうもんは、すぐに尻尾をだしますから、だういう尻尾かちうと、いうことがつまらん、まことに可笑しい狆くん=大岡信くん的尻尾が、これ、詩歌俳句、科学、思想、哲学、政治に限らず、核使用も、ああ、隠し用意も無く、各仕様も無く、うむ、隠しようもなく、あらわに露出されちょる、その不気味にして醜悪なる露出の風景もナルシズム的な自己宣伝においては、美しいわけであって、真実なわけであって、誰、今、此処が、失われた詐称の世界においては、いかなる醜悪なる知の虚構も、たぬきどもの標語やその美しい提灯持ちとしてまかり通るわけですね。

> > 「実存者にとっては、実存することが最大の関心である」
> >
> > と言われるのもこの意味においてである。
> >
> > これに反して
> >
> > 「私自身でない第三者(たとえば美、真理など)に関心をもつ知識は無関心的である。」
> >
> > と言われる。形而上学はこれであって、だから、それはもともと無関心なのであるから関心しているようでもそれは真の関心ではなく、真の関心があらわれるところでは挫折せざるをえないわけある。・・・・

形而上学のなんたるや、地球環境のなんたるや、生物学のなんたるや、だうでもええこととだうでもよくないことのはざまでいきるこのざま!

> 長い写訳注をありがとうございました。
> その本をアマゾンで探しましたが、新本はありませんでした。古本の「新品同様」とやらを注文したら、送料(古本は送料をとるんだった。)込みで、2冊分の値段になった。それもまぁいいっか。交通費だと思えば。

ちゃりんこめぐりで、倍チャンス、ぬぬ、BY CHANCEでめぐり合った、邂逅したもんだけを買ってかえれば、3冊/100円=@33円です。

> ではゆっくりと本を待って、ゆっくりと読んでゆきます。

本書は本記事のやうに、行間にふくみをもたせて書いていませんから、あたかも、ソレガシのいらぬゴミがみっしり句読点もなくつづくやうな段落もまれな言葉の塊でですから、あたまの中で身をもってよくほぐしてかかりませんと、喉にツッカエ、脳にツッカエ、脳梗塞になりますれば、ご注意あれかし。



[53717] どの道もどこへも通じない。十字架は、あたかも感覚の中枢へ打ちこまれた一本の釘のようである。Re:[53714] 「私自身でない第三者(たとえば美、真理など)に関心をもつ知識は無関心的である。」Re:[53713] インテレサント 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/24(Mon) 11:10  

うこおてらANNEX−Ω   訪問者数:2322904(今日:176/昨日:498)2011/01/24(Mon) 09:57

凍ってら。かうかう寒い、雲で覆われ日差しもない巷を駆けて壊疽した歯の修理にむかうのも気が重い。最近は新しい知恵もわいて天然酵母パンを餅と一緒にトーストして、パンに餅をはさんで食べる、過日は一枚の分厚いトースト、これが甘みがあるのですが、それに膨れて皮が焦げ中空の風船になったやうな餅を6枚ものせて頬張ったら、これがなかなかにボリュームがあってよろしい。そこになぬもくわえず、ひたすらパンと餅のとりあわせを味わうのもよし、はたまた、バターを盛り込むのもよし、昆布醤油を垂らすもよし、ブルーチーズもジャムもよし、千変万化の味わいがあり腹も膨れる。

お試しあれ。パンも餅もさして高くはない。

CAFE DEL MAR - 4 - STAN GETZ - STREET TATTOO
http://www.youtube.com/watch?v=DUrCi4EwRMk&feature=BF&list=ULXdpDtobn9ZU&index=10

> をわてそよANNEX−Ω   訪問者数:2322685(今日:455/昨日:569)2011/01/23(Sun) 21:23
>
> Dear Old Stockholm - Stan Getz & Chet Baker
> http://www.youtube.com/watch?v=ksQBfJ968TA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=33
>
> ご参考までに引用の書;
>
> 岩波文庫 33−635−1 反復 キルケゴール著 桝田啓三郎訳 1983年第26刷改訳
>
> の註を記しておきます。

この書の内扉にはキルケゴールの記した題名の訳がある。曰く・・

反復 実験心理学の試み コンスタンティン・コンスタティウス コペンハーゲン 1843年

>
> > >インテレサントなものはけっして反復されないからである。
> >
> > >インテレサントなものを求める娘は、みずからそこにおちいる罠となる。
> >
> > >インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、そういう生まれつきの娘に栄誉あれ。
> >
> > >時を経てそうなった娘に栄誉あれ。
> >
> > ここを特記しておこう。
> > 「インテレサント」を日本語に置き換えることを考えてみたが、不可能のような気がする。
> > しかし、この言葉のニュアンスはとてもよくわかる。
>
> 40−14「おもしろい」と訳したインテレサントは、語原からみて
>
> 「ひとの興味、共感、注意を呼びおこすような性質をもった」ということ、
>
> そこから
>
> 「興味をひく、好奇心をそそる、おもしろい」
>
> などの意味に用いられる。
>
> 41−2
>
> 前註の形容詞を名詞化したものであるが、この語は、1830年ごろから2,30年のあいだ、美学上の流行語として、特殊な意味に用いられた。「ひとの注意ないし興味をひこうとする」という原意から派生してくる特徴的な含意を訳者なりにまとめてみると次の三つになる。
>
> 一、ひとの関心をひいて注意を喚起し、興味をおぼえさせるようなものは、「普通と違って目立つ」ということ。
>
> 二、そういう異常なものは、自然でなく、どことなく不自然で、わざとらしくて技巧的であること、例えば女性の媚態。
>
> 三、異常であることで人を楽しませ面白がらせる性質をもち、気持ちをまぎらせて退屈な気分を転換させる働きをする。この意味で「倦怠」「退屈」の相関概念といえる。退屈をまぎらせ憂さを晴らすために次々と目新しい慰みを求めることになる。
>
> およそこのような三つの含意をもつと思われるが、これらの含意をあらわす適当な訳語が訳者の貧弱な語彙の中に見当たらぬので原語のまま仮名書きであらわした。
>
> 「インテレサントなもの」は右のようなものとしてドイツ・ロマン主義の文学者フリートリヒ・シュレーゲルによって、近代文学を特徴づける概念として初めて用いられて普及し、デンマークにも輸入されて、現代的な特徴をあらわす文学、美学上の流行語となったのである。『誘惑者の日記』では、そのライトモティーフとして用いられている。
>
> なお、この語はもう一つ別の重要な意味をもっていて、そういう意味で用いられる場合がある(45−9、45−11参照)
>
> 1844年の日記に次の文章がある。
>
> 「反復は一つの宗教的な範疇であり、どこまでもそうである。それだからコンスタンチン・コンスタンチウスはあれ以上先へ進むことができない。彼は賢明で、アイロニストであり、インテレサントなものを排斥する。しかし彼みずからがあくまでもそれにへばりついたままでいるのだということに気づかない。
>
> インテレサントなものの第一の形式は、目先の変化を好むことであり、もう一つの形式は反復を欲することである。
>
> けれどもそれも自己満足の範囲を出ず、そこにはなんらの苦難というものがない、−−−−だからコンスタンチンは彼みずから発見したものに座礁する、そして青年はその先へ前進する」
>
> 45−9・・・・・「関心」と訳した原語はInteresseで、interessantとつながりがある。コンスタンチンが「反復」のイデーを発見しそれを欲しながら、それが中心をそれたインテレサントなものの範疇を出ないのためにそれに座礁するように、形而上学も反復を欲し・・・それに座礁する。
>
> 45−11・・・・ここで「関心」といわれているInteresseは二つのものの「間に」inter,zwischen,between「ある」esse,sein,beという意味と、あることに「心を関わらせている」あるいは、あることを「問題としている」という「関心」の二義をもっている。
>
> 例えば、『』死にいたる病」の冒頭で
>
> 「人間は無限性と有限性との、時間的なものと永遠なものと間の、自由と必然との総合」
>
> であるといわれている、それら二つの矛盾するものの「間にある」「関係」が前者のInteresseであるという、人間の本質的な規定であり、人間はそのように矛盾する二つのものの間にあるがゆえに、その矛盾の関係にある自分自身に、無限の関心をもたざるをえないのである。
>
> 「実存者にとっては、実存することが最大の関心である」
>
> と言われるのもこの意味においてである。
>
> これに反して
>
> 「私自身でない第三者(たとえば美、真理など)に関心をもつ知識は無関心的である。」
>
> と言われる。形而上学はこれであって、だから、それはもともと無関心なのであるから関心しているようでもそれは真の関心ではなく、真の関心があらわれるところでは挫折せざるをえないわけある。・・・・

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

ここに、1963年キルケゴール生誕150年を記念しておこなわれたUNESCOの講演会、座談会の記録の邦訳がある。

人文選書3 生けるキルケゴール 1967年初版 1973年重版 訳者代表 松浪信三郎 人文書院

この中で、

ジャンヌ・エルシュ(嬢とある、ジュネーブ大学文学部教授)なる女性の講演の《瞬間》

の一節、いや、多節に、その他の錚々たる世界の有名人の聞き飽きた言説の頽落したものいいと風貌を異にした、それこそインテレサントな節にして説がある。曰く・・・

キルケゴールは瞬間を現実化するのである。

この現実化は、なんらかの論理的整合性にも、ある種の劇的な賭にも、あるいはまたヘーゲル的過程を生かす論理学の汎論理的強姦にも、何ものにも負うていない。

この現実化は、この現実化について語りそれを《理解》しようと試みる者において成就される出来事そのもののほかには、いかなる支えももたない。

キルケゴールは弁証法について語りはしない。

彼はこの弁証法であるのである。

あるいはむしろ、

彼はこの弁証法になるのである。

それゆえ、問題となるのは、マルクスの場合と同様、理論的な弁証法ではなく、

行なわれる弁証法である。

それによって言葉が行為となるような弁証法である。

ただし、

マルクスにおける弁証法は、空間と時間において、外面性において、歴史の継起において、展開される行為であるが、

キルケゴールのおける弁証法はそうではなく、逆に、瞬間という内面化された一点性において取り戻されるのである。

そこでは、行為はもはや原因と結果との並列ではなく、主語と述語との並列でも、前と後との並列でもない。

こういたものはすべて、そこに存在することはしているが、しかしそれらは単一性においてとらえられているある。

一つの行為、それは誰かであり、今であり、そして現にある。

・・・・

歴史の生ける心臓は瞬間のなかで鼓動することをやめない。

拒まれた永遠が、その瞬間のなかで時間を片時も休ませないのである。

歴史は欲望と希望を糧にして生きるのであって、全面的な約束や知を糧として生きるのではない。

全面的な約束や目的にについての詐称された知こそが、《観念論的》なのだり、《人民の阿片》なのである。

というのも、そうなると、行為は挿入点を、つまり自由な主体のここといま、瞬間を失ってしまうからである。

・・・・・

瞬間の哲学は、一つの絶対的な要求、しかも単独者的な要求を繰り返すだけで、制度も権威ももたず、要するに自由にかかわるのみであって、それ以外のものにはかかわりをもたない。

・・・・・

どの道もどこへも通じない。十字架は、あたかも感覚の中枢へ打ちこまれた一本の釘のようである。

そして

キルケゴールはその釘をくりかえし打ちこむために、変装する。


[53716] Re:[53714] 「私自身でない第三者(たとえば美、真理など)に関心をもつ知識は無関心的である。」Re:[53713] インテレサント 投稿者:なすのせせ 投稿日:2011/01/24(Mon) 10:52  

> Dear Old Stockholm - Stan Getz & Chet Baker
> http://www.youtube.com/watch?v=ksQBfJ968TA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=33

いつもユーチュブの音楽が添付されているけれど、引用文にふさわしいものを選んでいるのですか?なかなかよき趣向なり。
>
> ご参考までに引用の書;
>
> 岩波文庫 33−635−1 反復 キルケゴール著 桝田啓三郎訳 1983年第26刷改訳
>
> の註を記しておきます。
>
> > >インテレサントなものはけっして反復されないからである。
> >
> > >インテレサントなものを求める娘は、みずからそこにおちいる罠となる。
> >
> > >インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、そういう生まれつきの娘に栄誉あれ。
> >
> > >時を経てそうなった娘に栄誉あれ。
> >
> > ここを特記しておこう。
> > 「インテレサント」を日本語に置き換えることを考えてみたが、不可能のような気がする。
> > しかし、この言葉のニュアンスはとてもよくわかる。
>
> 40−14「おもしろい」と訳したインテレサントは、語原からみて
>
> 「ひとの興味、共感、注意を呼びおこすような性質をもった」ということ、
>
> そこから
>
> 「興味をひく、好奇心をそそる、おもしろい」
>
> などの意味に用いられる。
>
> 41−2
>
> 前註の形容詞を名詞化したものであるが、この語は、1830年ごろから2,30年のあいだ、美学上の流行語として、特殊な意味に用いられた。「ひとの注意ないし興味をひこうとする」という原意から派生してくる特徴的な含意を訳者なりにまとめてみると次の三つになる。
>
> 一、ひとの関心をひいて注意を喚起し、興味をおぼえさせるようなものは、「普通と違って目立つ」ということ。
>
> 二、そういう異常なものは、自然でなく、どことなく不自然で、わざとらしくて技巧的であること、例えば女性の媚態。
>
> 三、異常であることで人を楽しませ面白がらせる性質をもち、気持ちをまぎらせて退屈な気分を転換させる働きをする。この意味で「倦怠」「退屈」の相関概念といえる。退屈をまぎらせ憂さを晴らすために次々と目新しい慰みを求めることになる。
>
> およそこのような三つの含意をもつと思われるが、これらの含意をあらわす適当な訳語が訳者の貧弱な語彙の中に見当たらぬので原語のまま仮名書きであらわした。
>
> 「インテレサントなもの」は右のようなものとしてドイツ・ロマン主義の文学者フリートリヒ・シュレーゲルによって、近代文学を特徴づける概念として初めて用いられて普及し、デンマークにも輸入されて、現代的な特徴をあらわす文学、美学上の流行語となったのである。『誘惑者の日記』では、そのライトモティーフとして用いられている。
>
> なお、この語はもう一つ別の重要な意味をもっていて、そういう意味で用いられる場合がある(45−9、45−11参照)
>
> 1844年の日記に次の文章がある。
>
> 「反復は一つの宗教的な範疇であり、どこまでもそうである。それだからコンスタンチン・コンスタンチウスはあれ以上先へ進むことができない。彼は賢明で、アイロニストであり、インテレサントなものを排斥する。しかし彼みずからがあくまでもそれにへばりついたままでいるのだということに気づかない。
>
> インテレサントなものの第一の形式は、目先の変化を好むことであり、もう一つの形式は反復を欲することである。
>
> けれどもそれも自己満足の範囲を出ず、そこにはなんらの苦難というものがない、−−−−だからコンスタンチンは彼みずから発見したものに座礁する、そして青年はその先へ前進する」
>
> 45−9・・・・・「関心」と訳した原語はInteresseで、interessantとつながりがある。コンスタンチンが「反復」のイデーを発見しそれを欲しながら、それが中心をそれたインテレサントなものの範疇を出ないのためにそれに座礁するように、形而上学も反復を欲し・・・それに座礁する。
>
> 45−11・・・・ここで「関心」といわれているInteresseは二つのものの「間に」inter,zwischen,between「ある」esse,sein,beという意味と、あることに「心を関わらせている」あるいは、あることを「問題としている」という「関心」の二義をもっている。
>
> 例えば、『』死にいたる病」の冒頭で
>
> 「人間は無限性と有限性との、時間的なものと永遠なものと間の、自由と必然との総合」
>
> であるといわれている、それら二つの矛盾するものの「間にある」「関係」が前者のInteresseであるという、人間の本質的な規定であり、人間はそのように矛盾する二つのものの間にあるがゆえに、その矛盾の関係にある自分自身に、無限の関心をもたざるをえないのである。
>
> 「実存者にとっては、実存することが最大の関心である」
>
> と言われるのもこの意味においてである。
>
> これに反して
>
> 「私自身でない第三者(たとえば美、真理など)に関心をもつ知識は無関心的である。」
>
> と言われる。形而上学はこれであって、だから、それはもともと無関心なのであるから関心しているようでもそれは真の関心ではなく、真の関心があらわれるところでは挫折せざるをえないわけある。・・・・

長い写訳注をありがとうございました。
その本をアマゾンで探しましたが、新本はありませんでした。古本の「新品同様」とやらを注文したら、送料(古本は送料をとるんだった。)込みで、2冊分の値段になった。それもまぁいいっか。交通費だと思えば。

ではゆっくりと本を待って、ゆっくりと読んでゆきます。


[53715] 最後の審判の日に、自分自身で出頭することもできずに、気のきいた目論見とか、その日一日だけの決心とか、半時間きりの計画とかなどを身代わりに出頭させる人間Re:[53712] 現実的な姿が目の前にありながら、それが見えないのである。Re:[53710] インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、時を経てそうなった娘に栄誉あれ。Re:[53709] 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。Re:[53708] 関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。Re:[53706] わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。Re:[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/24(Mon) 08:21  

ぬさまなほANNEX−Ω   訪問者数:2322863(今日:135/昨日:498)2011/01/24(Mon) 07:26

> Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> http://www.youtube.com/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25

> 追憶の恋のみが幸福な恋である、とある作家が言った。その恋がまずひとを不幸にするのを追憶するというだけのことであるなら、まったくそのとおりである。

> ほんとうは、反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。

> 反復の恋には、追憶の恋と同じように、期待と不安定さがない。探検に伴う不安な冒険もない、しかしまた、追憶のもつ哀愁もない、そこには瞬間の至福な確実さがある。

> 期待は新調の衣服で、ぱりっとして、しかもきらびやかである。しかしそれはまだ着てみたわけではない、だから、はたして体にぴったり合うかどうか、またよく似合うかどうかもわからない。

> 追憶はもう着なくなった古着である、それがどんなに美しくても、いまでは体のほうが大きくなってもうどうにも身丈があわない。

> 反復は着古されることのない着物である。それはぴったりと着心地よく体に合い、窮屈でもなければだぶつきもしない。

> 期待は追う手をすり抜けてゆくかわいい娘である。

> 追憶は美しくはあるが今ではもうけっして用を足せない老婆である。

> 反復はいつまでも飽きることのない愛妻である。

> 飽きがくるのは新しいものに限っているからだ。古いものはけっして飽きることがない、そして古いものが目の前にあると、ひとは幸福になる、しかも、反復が何か新しいものでなければならぬかのような思い違いをしないひとだけが、本当に幸福になる。もしそういう思い違いをしていたら、ひとはやがて反復にも飽きてしまうだろう。

> 期待するには若さが要る、追憶するには若さが要る。

> しかし、

> 反復を欲するには勇気が要る。

> 期待するしか欲しないものは卑怯である。

> 追憶をしか欲しないものは淫らである。

> しかし、

> 反復を欲するものは男である。

> そして、

> このことをしっかりと自覚するにつれて、ひとはそれだけ深みのある人間になる。

> ところが、

> 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、所詮まぬがれられぬ運命、つまり自滅するほかあるまい。

> 思うに、

> 期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。

> 追憶はまことに乏しい糊口の資で、これまた腹を満たすには足りない。

> ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。

> ひとたび人世を周航してみれば、人生が反復であることを理解するだけに勇気がもてるかどうか、また、反復を楽しむ気持になれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前にまず人生を周航しなかったものは、けっして生きることにはならないだろう。人世を周航してはみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。

> 反復を選んだ人、その人だけがほんとうに生きるのである。

> 彼は子供みたいに蝶を追いまわしはしない、この世の栄耀栄華をのぞくために爪立ちしたりもしない、彼はそれを知っているからだ。

> 彼はまた老婆のように紡ぎ車の前に坐って追憶の糸を紡ぐこともしない。

> むしろ、

> 彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。

> ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?

> Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26


> 時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?

> 次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がこいねがうであろうか?

> 神みずからが反復を望まれたのでなかったら、世界はけっして生成しなかったであろう。神は期待するままに絶えず新しい計画を立ててゆくか、それとも、万物をもとへ呼び戻して、追憶のなかに保存するかしたことであろう。しかし、神はそうしなかった、だから世界はこうして存立しているのだ、しかも、それは反復であることによって存立しているのである。

> 反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。

> これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。

> ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。

> そのようなことはすべて、

> わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。

> Lizz Wright's Version of 'Hey Mann'
> http://www.youtube.com/watch?v=_Wp8-ahXVFI&feature=BF&list=QL&index=31

> 恋するものはよく恋の甘い不安を詩人の言葉に託して吐き出しながら歓喜に酔うものだが、彼もそうだった。彼は部屋のなかを往きつ戻りつしながら、ポウル・メラーの詩の一節を幾度も繰り返した。

>     わが古きゆり椅子に
>       立ち返りくる若き日の夢
>     女性(おみな)らの太陽(ひ)と照り映ゆる
>       汝(いまし)へのあこがれ絶えず

> ・・・メランコリックな男に恋をさせてみるがいい、そしたら何もかも消し飛んでしまう、とよくきまったように言われる。しかし、彼がほんとうにメランコリックであるなら、彼にとって何よりも重大な事柄を彼の心がどうしてメランコリックに考えずにいられるだろうか。

> 彼は深くそして熱烈に恋している、これは明らかだ。

> それだのに、彼は最初の日からもう彼の恋愛を追憶できる状態にある。


> つまり、彼は恋愛関係をすでにすっかり完了しているのである。始めるときにおそろしく大股に歩いたために、彼は人生を飛び越してしまったのだ。・・・

> Frank Sinatra - Only the Lonely
> http://www.youtube.com/watch?v=bef_s1Bhn7o&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=59

> 追憶は喪失から始まるという大きな利益をもっている、だからそれは安全だ、失うべき何ものももたないからである。

> 彼女は彼の恋人であった。彼がかつて愛した唯一の恋人、彼がいつか愛するようになるかもしれない唯一の恋人であった。しかし、それだのにまた、彼は彼女を愛してはいなかった、彼はただ彼女に憧れていただけだったのだ。

> あの少女は彼の恋人ではなかったのだ。彼女は彼のうちに詩的なものを目覚めさせ彼を詩人にする誘因だったのである。

> だからこそ、彼は彼女だけを愛することができ、彼女をけっして忘れることができず、けっしてほかの女を愛しようとはしなかったのだ。けれども、彼はつねに彼女をただ憧れていただけのことであった。

> 彼女は彼自身の全存在のなかに吸収されてしまったのである。彼女の思い出はいつまでもいきいきと残ることだろう。

> 彼女は彼にとってあまりに大きい意味をもってしまった、彼女は彼を詩人に仕上げてしまったのだ、

> だからつまり、

> 彼女は自分自身の死刑判決書に署名してしまったのだ。

> Kenny Rogers - Lady
> http://www.youtube.com/watch?v=Tj_NjLBPotQ&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=11

> 時の経つにつれて、彼の恋愛関係は悩みを加えていった。彼の憂鬱はしだいに勢いを得、彼の肉体力は心の葛藤にすり減らされていった。彼は自分が彼女を不幸にしたことをさとった、けれども彼はなんら間違いを犯した覚えはなかった。しかし少しも責任(つみ)がないのに彼女の不幸の責めを負わねばならぬということ、まさしくこのことが現に彼には躓き(つまづき)であり、彼の激情をはげしくかきたてるのであった。

> それにしても、詩人的な憂鬱な性(たち)の男に愛されるほど若い娘にとって誘惑的なことはあるまい。

> 諦めることをしないで男にうるさくつきまとい、それが真実に男を愛していることの証明だなどと自惚れるほど利己的な女があるとしたら、そういう女の一生の任務はまことに安易なもので、誠実だという名誉と疚しからぬ良心を、同時にまたごく上品に洗練された恋愛までも、わけなく享受できるだろう。

> 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!

> Vera Lynn - As Time Goes By
> http://www.youtube.com/watch?v=S8F9NzVuIuA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=1

> 恋がイデーによって支えられている場合には、どんな動きも、どのようなかりそめの感動も、みなそれぞれ意味をもってくる。そこにはいちばん肝心なもの、詩的葛藤がつねに現存しているからである。

> しかもこの葛藤は、わたしの知っているかぎりでも、わたしがここに描いているそれよりも時としてはるかに恐ろしいものであることがある。

> どんな美人もイデーほど気むずかしくはない。娘の不興など、イデーの怒りに比べると、まだしも堪えやすい、しかも何より、イデーの怒りだけはとうてい忘れられるものではない。

> わたしはレタスが好きだが、いつも芯だけしか食べない、葉は豚にやるものだとわたしは思っている。

> わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。

> これに文句をつけたい人はなんとでもいうがいい、わたしは意に介しない。

> It's Over-Gato Barbieri
> http://www.youtube.com/watch?v=ksmLewp4vf8&feature=BF&list=QL&index=4

> 時が経った。わたしも差しつかえのないときには、彼女の夜の祈祷に立ち会った。そこで彼女はその一日の償いに、大声をたてて喚きながら、思う存分胸の思いを吐き出した。昼間は男を蠱惑するのに費やしたからだった。

> 岩角に釘づけにされたプロメテウスが、禿鷹に肝臓をついばまれながら、その語る予言によって神々を惹きつけるように、彼女は恋人を惹きつけた。

> くる日もくる日も、すべてがささげつくされた、その日その日が最後であったから。だが、それがいつまでもつづくわけではなかった。

> 彼女はおのれを縛りつけている鎖を噛んでみた。しかし、彼女の激情がたけりたてばたけりたつほど、彼女の歌はいよいよ甘く、彼女の言葉はいよいよ優しく、鎖はいよいよ固くなった。

> この誤解から現実の関係を作り上げるなどということは、彼女には不可能だった。それこそ彼を永久の欺瞞にゆだねることだった。

> 彼女の思い、彼女の心は、実は彼とは別のものを、つまり、彼女が彼に象徴させているものを求めているのであって、彼はその憧憬の化身にすぎないといって彼の思い違いを説明してやるのは、彼を深く傷つけることで、それには彼女の誇りが憤りを感ずるのであった。そういうやり口は、彼女の何よりも軽蔑するものであった。

> それはまた彼女として当然なことだった。

> 男を欺き誘惑するのは軽蔑すべきことである、しかし、あなたはわたしの理想ではなかったのだと説明して男をいいくるめたり、あなたは詩神にすぎなかったのだといって男をなだめたり、自分を悪者にしないばかりか立派な逃げ道までもこしらえて男を見捨ててしまうというのは、さらに軽蔑すべきことである。

> 男をくどく経験を多少とも積んだものなら、それくらいのことはわけなくやってのけるだろう。

> せっぱつまって男のほうでもその申し出に応ずるだろう。こうして首尾よく逃げおおせたうえに、しかも正直な人ということになる、親切な人ということにさえなる。

> しかしあとになってみると、だまされていたことを知っている男よりもいっそう深い傷を、その男は心に負っているのである。

> だからどんな恋愛関係においても、関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。

> エロス的な目をもちしかも臆病でない女なら、思いやりをもたないということが、男の体面を保ってやるための残された唯一の方法だということを、容易に理解するだろう。

> Right Here Waiting - Richard Marx
> http://www.youtube.com/watch?v=Zilog7d523w&feature=BF&list=QL&index=9

> わたしは娘のすることならなんでも赦すことができるのだが、娘が恋をしながら恋の使命をとり違えるのだけは、どうにもゆるせない。

> 娘の恋が献身的でないなら、その娘は女でなくて野郎なのだ。

> そういう娘はその恋によってまず愛する男の血を吸いとってしまい、はては男をして懊悩と絶望のあまり自分から手を切るにいたらしめるものだが、そういう恋にこがれる女を、そういう役をみごとに演じて、同情をよせる家族の者や友達に泣いてもらうひとりのエルヴィーラとして登場させることは、喜劇詩人にとって実にやりがいのある仕事であるにちがいない、このエルヴィーラは、欺かれた娘たちの合唱団で第一歌手を演じ、男たちの不実を、明らかに自分の一生を台なしにするほど不実だったと、いかにも大げさにまくしたてることを心得ている女、しかもそういうことをずうずうしくも落ち着き払ってやってのけながら、自分自身の誠実さのほうこそ、むしろ愛する男の生命を奪いかねないということに、半秒間も思いいたることのない女なのである。

> 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。

> 女のそういう誠実さはいつも測り知れず、理解しがたい。

> 恋する男が、どんなに苦しくとも、怒りの言葉をひとことも女に浴びせることなく、かえって女をだまして、自分を欺くとはけしからん男だと思っている女の思い違いを強めてやるという、より深刻な復讐に甘んずるだけのユーモアを失わずにいるとしたら、この場面は実に愉快なものになることだろう。

> tell him... celine dion / barbra streisand
> http://www.youtube.com/watch?v=wB_vjpRhLxM

> 「N.Nさんはいい人だけど、退屈だわ。ところがF.Fさんったら、あの人とってもおもしろくって、いかすわよ。」

> かわいい娘の口からこういう言葉を聞くたびに、わたしはいつも思うのである。

> 「よくも恥ずかしくないものだ、若い娘がそんなことを口にするなんて、なんて情けないことだろう。」

> 男がインテレサントなものに迷い込んだとき、救い出してくれるものは娘のほかにないではないか。それだのに、そういうことを口にするのは、罪を犯すことではないか。

> 当の男がインテレサントなことなどできない人間であるなら、その男に向かってそれをせよと要求するのは、思いやりのないことであるし、あるいはまた、男がインテレサントなことのできる人間であるなら、そしたら・・・・・・・・、なぜかといえば、若い娘というものは、インテレサントなものを誘い出すことをしないようにこそ、つねに慎むべきものだからだ。そういうことをする娘は、イデーからみて、いつも損をする。

> インテレサントなものはけっして反復されないからである。

> インテレサントなものを求める娘は、みずからそこにおちいる罠となる。

> インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、そういう生まれつきの娘に栄誉あれ。

> 時を経てそうなった娘に栄誉あれ。

> Diana Krall Love Is Where You Are
> http://www.youtube.com/watch?v=vByMcoYgjaY&feature=BF&list=QL&index=2

> 多少とも想像力をもった青年なら、一度は芝居の魔力にとらえられたことがあるにちがいない。あの人工的な現実のなかへ自分もともにまき込まれて、まるで二重人みたいに、そこでもうひとりの自分自身が動くのを見、語るのを聞き、自分自身を自分自身に可能なだけのあらゆる種類の人物に扮装させ、しかもそのどれもがまた一個の自己であるというふうであってみたいという願いをいだいたことがあるにちがいない。

> こういう欲望があらわれるのは、もちろんまだ若いうちのことである。

> ただ想像力がだけが目覚めて個性を夢みていえ、その他の能力はすべてまだ安らかに眠っている。そういう想像力によって自己が見られると、個人は現実的な姿ではなく影でしかない、もっと適切にいうと、

> 現実的な姿が目の前にありながら、それが見えないのである。

> それだから個人は、ただ一つの影を投げるだけでは満足できずに、そのどれもが自分に似ていてそのときそのときに自分自身である権利を平等にもっているようなさまざまな影を投げるのである。

I´m thru with love - Diana Krall and Hollywood divas
http://www.youtube.com/watch?v=ivF2ZTxV81Q&feature=mfu_in_order&list=UL

しかしこの影の存在も満足を求める、それが自己の生を全うするだけの時を与えられなかったとしたら、それは人間にとってけっして好ましいことでない。

しかしまた、

個人が見当ちがいをして、影の存在のなかを迷いつづけながら生きつくしてしまったとしたら、それは哀れな、あるいは滑稽なことだ。

そういう人間がそれでほんとうの人間であるなどと自惚れるなら、それはちょうど最後の審判の日に、自分自身で出頭することもできずに、気のきいた目論見とか、その日一日だけの決心とか、半時間きりの計画とかなどを身代わりに出頭させる人間が不死の要求をするのと同じように、まことに心もとないことだ。

何事もそれぞれ適当な時におこなわれることが肝心なのだ。

すべては若いときにその時をもっている、そして若いときにその時をもったことは、また後でその時を得るものだ。

年長者にとって、その生涯のうちに、何か思い出して笑わずにいられぬような過去をもっているということは、何か涙をさそう過去をもっているのと同じように健康なことなのだ。

> > > > > > > > > > > > > Jan Garbarek & The Hilliard Ensemble - Ov zarmanali
> > > > > > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=eL2b4Y2_qxY&feature=mfu_in_order&list=UL
> > > > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > > > > わが沈黙の共犯者よ!
>
> > > > > > > > > > > > Arvo Pärt - Sarah Was Ninety Years Old (Part 1 of 3)
> > > > > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=g0Usv4O9lSQ&feature=BF&list=QL&index=29
> > > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > > > ぼくという存在のうちにある一切のものが、自分自身と矛盾して喚(わめ)いています。
> > >
> > > > > > > > > > > Carmen McRae - Trouble Is A Man
> > > > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=_zhboeJkNGg&feature=related
> > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > >彼女がそこに見いだそうとする現実は、ぼくにとっては、ぼくの本来の精神的現実につきそって走る影にすぎません、あるいはぼくを笑わせようとし、あるいはぼくの生活を侵して掻き乱そうとする影なのです。
> > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > > まるで影をつかもうとでもするかのように、あるいは影に向かって手を差しのべようととでもするかのように、ぼくは手探りしながら彼女をつかもうとするようなことになるでしょう。名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。
> > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > > そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > >                                  敬具



[53714] 「私自身でない第三者(たとえば美、真理など)に関心をもつ知識は無関心的である。」Re:[53713] インテレサント 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/23(Sun) 22:17  

をわてそよANNEX−Ω   訪問者数:2322685(今日:455/昨日:569)2011/01/23(Sun) 21:23

Dear Old Stockholm - Stan Getz & Chet Baker
http://www.youtube.com/watch?v=ksQBfJ968TA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=33

ご参考までに引用の書;

岩波文庫 33−635−1 反復 キルケゴール著 桝田啓三郎訳 1983年第26刷改訳

の註を記しておきます。

> >インテレサントなものはけっして反復されないからである。
>
> >インテレサントなものを求める娘は、みずからそこにおちいる罠となる。
>
> >インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、そういう生まれつきの娘に栄誉あれ。
>
> >時を経てそうなった娘に栄誉あれ。
>
> ここを特記しておこう。
> 「インテレサント」を日本語に置き換えることを考えてみたが、不可能のような気がする。
> しかし、この言葉のニュアンスはとてもよくわかる。

40−14「おもしろい」と訳したインテレサントは、語原からみて

「ひとの興味、共感、注意を呼びおこすような性質をもった」ということ、

そこから

「興味をひく、好奇心をそそる、おもしろい」

などの意味に用いられる。

41−2

前註の形容詞を名詞化したものであるが、この語は、1830年ごろから2,30年のあいだ、美学上の流行語として、特殊な意味に用いられた。「ひとの注意ないし興味をひこうとする」という原意から派生してくる特徴的な含意を訳者なりにまとめてみると次の三つになる。

一、ひとの関心をひいて注意を喚起し、興味をおぼえさせるようなものは、「普通と違って目立つ」ということ。

二、そういう異常なものは、自然でなく、どことなく不自然で、わざとらしくて技巧的であること、例えば女性の媚態。

三、異常であることで人を楽しませ面白がらせる性質をもち、気持ちをまぎらせて退屈な気分を転換させる働きをする。この意味で「倦怠」「退屈」の相関概念といえる。退屈をまぎらせ憂さを晴らすために次々と目新しい慰みを求めることになる。

およそこのような三つの含意をもつと思われるが、これらの含意をあらわす適当な訳語が訳者の貧弱な語彙の中に見当たらぬので原語のまま仮名書きであらわした。

「インテレサントなもの」は右のようなものとしてドイツ・ロマン主義の文学者フリートリヒ・シュレーゲルによって、近代文学を特徴づける概念として初めて用いられて普及し、デンマークにも輸入されて、現代的な特徴をあらわす文学、美学上の流行語となったのである。『誘惑者の日記』では、そのライトモティーフとして用いられている。

なお、この語はもう一つ別の重要な意味をもっていて、そういう意味で用いられる場合がある(45−9、45−11参照)

1844年の日記に次の文章がある。

「反復は一つの宗教的な範疇であり、どこまでもそうである。それだからコンスタンチン・コンスタンチウスはあれ以上先へ進むことができない。彼は賢明で、アイロニストであり、インテレサントなものを排斥する。しかし彼みずからがあくまでもそれにへばりついたままでいるのだということに気づかない。

インテレサントなものの第一の形式は、目先の変化を好むことであり、もう一つの形式は反復を欲することである。

けれどもそれも自己満足の範囲を出ず、そこにはなんらの苦難というものがない、−−−−だからコンスタンチンは彼みずから発見したものに座礁する、そして青年はその先へ前進する」

45−9・・・・・「関心」と訳した原語はInteresseで、interessantとつながりがある。コンスタンチンが「反復」のイデーを発見しそれを欲しながら、それが中心をそれたインテレサントなものの範疇を出ないのためにそれに座礁するように、形而上学も反復を欲し・・・それに座礁する。

45−11・・・・ここで「関心」といわれているInteresseは二つのものの「間に」inter,zwischen,between「ある」esse,sein,beという意味と、あることに「心を関わらせている」あるいは、あることを「問題としている」という「関心」の二義をもっている。

例えば、『』死にいたる病」の冒頭で

「人間は無限性と有限性との、時間的なものと永遠なものと間の、自由と必然との総合」

であるといわれている、それら二つの矛盾するものの「間にある」「関係」が前者のInteresseであるという、人間の本質的な規定であり、人間はそのように矛盾する二つのものの間にあるがゆえに、その矛盾の関係にある自分自身に、無限の関心をもたざるをえないのである。

「実存者にとっては、実存することが最大の関心である」

と言われるのもこの意味においてである。

これに反して

「私自身でない第三者(たとえば美、真理など)に関心をもつ知識は無関心的である。」

と言われる。形而上学はこれであって、だから、それはもともと無関心なのであるから関心しているようでもそれは真の関心ではなく、真の関心があらわれるところでは挫折せざるをえないわけある。・・・・




[53713] インテレサント 投稿者:なすのせせ 投稿日:2011/01/23(Sun) 21:12  

>インテレサントなものはけっして反復されないからである。

>インテレサントなものを求める娘は、みずからそこにおちいる罠となる。

>インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、そういう生まれつきの娘に栄誉あれ。

>時を経てそうなった娘に栄誉あれ。

ここを特記しておこう。
「インテレサント」を日本語に置き換えることを考えてみたが、不可能のような気がする。
しかし、この言葉のニュアンスはとてもよくわかる。




[53712] 現実的な姿が目の前にありながら、それが見えないのである。Re:[53710] インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、時を経てそうなった娘に栄誉あれ。Re:[53709] 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。Re:[53708] 関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。Re:[53706] わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。Re:[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/23(Sun) 07:20  

まもなおんANNEX−Ω   訪問者数:2322388(今日:158/昨日:569)2011/01/23(Sun) 06:45

> > > > > > > > > Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 追憶の恋のみが幸福な恋である、とある作家が言った。その恋がまずひとを不幸にするのを追憶するというだけのことであるなら、まったくそのとおりである。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ほんとうは、反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 反復の恋には、追憶の恋と同じように、期待と不安定さがない。探検に伴う不安な冒険もない、しかしまた、追憶のもつ哀愁もない、そこには瞬間の至福な確実さがある。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 期待は新調の衣服で、ぱりっとして、しかもきらびやかである。しかしそれはまだ着てみたわけではない、だから、はたして体にぴったり合うかどうか、またよく似合うかどうかもわからない。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 追憶はもう着なくなった古着である、それがどんなに美しくても、いまでは体のほうが大きくなってもうどうにも身丈があわない。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 反復は着古されることのない着物である。それはぴったりと着心地よく体に合い、窮屈でもなければだぶつきもしない。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 期待は追う手をすり抜けてゆくかわいい娘である。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 追憶は美しくはあるが今ではもうけっして用を足せない老婆である。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 反復はいつまでも飽きることのない愛妻である。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 飽きがくるのは新しいものに限っているからだ。古いものはけっして飽きることがない、そして古いものが目の前にあると、ひとは幸福になる、しかも、反復が何か新しいものでなければならぬかのような思い違いをしないひとだけが、本当に幸福になる。もしそういう思い違いをしていたら、ひとはやがて反復にも飽きてしまうだろう。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 期待するには若さが要る、追憶するには若さが要る。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > しかし、
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 反復を欲するには勇気が要る。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 期待するしか欲しないものは卑怯である。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 追憶をしか欲しないものは淫らである。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > しかし、
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 反復を欲するものは男である。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > そして、
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > このことをしっかりと自覚するにつれて、ひとはそれだけ深みのある人間になる。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ところが、
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、所詮まぬがれられぬ運命、つまり自滅するほかあるまい。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 思うに、
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 追憶はまことに乏しい糊口の資で、これまた腹を満たすには足りない。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ひとたび人世を周航してみれば、人生が反復であることを理解するだけに勇気がもてるかどうか、また、反復を楽しむ気持になれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前にまず人生を周航しなかったものは、けっして生きることにはならないだろう。人世を周航してはみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 反復を選んだ人、その人だけがほんとうに生きるのである。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 彼は子供みたいに蝶を追いまわしはしない、この世の栄耀栄華をのぞくために爪立ちしたりもしない、彼はそれを知っているからだ。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 彼はまた老婆のように紡ぎ車の前に坐って追憶の糸を紡ぐこともしない。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > むしろ、
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26
> > > > > > > >
> > > > > > > > 時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?
> > > > > > > >
> > > > > > > > 次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がこいねがうであろうか?
> > > > > > > >
> > > > > > > > 神みずからが反復を望まれたのでなかったら、世界はけっして生成しなかったであろう。神は期待するままに絶えず新しい計画を立ててゆくか、それとも、万物をもとへ呼び戻して、追憶のなかに保存するかしたことであろう。しかし、神はそうしなかった、だから世界はこうして存立しているのだ、しかも、それは反復であることによって存立しているのである。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。
> > > > > > > >
> > > > > > > > これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。
> > > > > > > >
> > > > > > > > ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。
> > > > > > > >
> > > > > > > > そのようなことはすべて、
> > > > > > > >
> > > > > > > > わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。
> > > > > > >
> > > > > > > Lizz Wright's Version of 'Hey Mann'
> > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=_Wp8-ahXVFI&feature=BF&list=QL&index=31
> > > > > > >
> > > > > > > 恋するものはよく恋の甘い不安を詩人の言葉に託して吐き出しながら歓喜に酔うものだが、彼もそうだった。彼は部屋のなかを往きつ戻りつしながら、ポウル・メラーの詩の一節を幾度も繰り返した。
> > > > > > >
> > > > > > >     わが古きゆり椅子に
> > > > > > >       立ち返りくる若き日の夢
> > > > > > >     女性(おみな)らの太陽(ひ)と照り映ゆる
> > > > > > >       汝(いまし)へのあこがれ絶えず
> > > > > > >
> > > > > > > ・・・メランコリックな男に恋をさせてみるがいい、そしたら何もかも消し飛んでしまう、とよくきまったように言われる。しかし、彼がほんとうにメランコリックであるなら、彼にとって何よりも重大な事柄を彼の心がどうしてメランコリックに考えずにいられるだろうか。
> > > > > > >
> > > > > > > 彼は深くそして熱烈に恋している、これは明らかだ。
> > > > > > >
> > > > > > > それだのに、彼は最初の日からもう彼の恋愛を追憶できる状態にある。
> > > > > > >
> > > > > > > つまり、彼は恋愛関係をすでにすっかり完了しているのである。始めるときにおそろしく大股に歩いたために、彼は人生を飛び越してしまったのだ。・・・
> > > > > >
> > > > > > Frank Sinatra - Only the Lonely
> > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=bef_s1Bhn7o&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=59
> > > > > >
> > > > > > 追憶は喪失から始まるという大きな利益をもっている、だからそれは安全だ、失うべき何ものももたないからである。
> > > > > >
> > > > > > 彼女は彼の恋人であった。彼がかつて愛した唯一の恋人、彼がいつか愛するようになるかもしれない唯一の恋人であった。しかし、それだのにまた、彼は彼女を愛してはいなかった、彼はただ彼女に憧れていただけだったのだ。
> > > > > >
> > > > > > あの少女は彼の恋人ではなかったのだ。彼女は彼のうちに詩的なものを目覚めさせ彼を詩人にする誘因だったのである。
> > > > > >
> > > > > > だからこそ、彼は彼女だけを愛することができ、彼女をけっして忘れることができず、けっしてほかの女を愛しようとはしなかったのだ。けれども、彼はつねに彼女をただ憧れていただけのことであった。
> > > > > >
> > > > > > 彼女は彼自身の全存在のなかに吸収されてしまったのである。彼女の思い出はいつまでもいきいきと残ることだろう。
> > > > > >
> > > > > > 彼女は彼にとってあまりに大きい意味をもってしまった、彼女は彼を詩人に仕上げてしまったのだ、
> > > > > >
> > > > > > だからつまり、
> > > > > >
> > > > > > 彼女は自分自身の死刑判決書に署名してしまったのだ。
> > > > >
> > > > > Kenny Rogers - Lady
> > > > > http://www.youtube.com/watch?v=Tj_NjLBPotQ&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=11
> > > > >
> > > > > 時の経つにつれて、彼の恋愛関係は悩みを加えていった。彼の憂鬱はしだいに勢いを得、彼の肉体力は心の葛藤にすり減らされていった。彼は自分が彼女を不幸にしたことをさとった、けれども彼はなんら間違いを犯した覚えはなかった。しかし少しも責任(つみ)がないのに彼女の不幸の責めを負わねばならぬということ、まさしくこのことが現に彼には躓き(つまづき)であり、彼の激情をはげしくかきたてるのであった。
> > > > >
> > > > > それにしても、詩人的な憂鬱な性(たち)の男に愛されるほど若い娘にとって誘惑的なことはあるまい。
> > > > >
> > > > > 諦めることをしないで男にうるさくつきまとい、それが真実に男を愛していることの証明だなどと自惚れるほど利己的な女があるとしたら、そういう女の一生の任務はまことに安易なもので、誠実だという名誉と疚しからぬ良心を、同時にまたごく上品に洗練された恋愛までも、わけなく享受できるだろう。
> > > > >
> > > > > 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!
> > > >
> > > > Vera Lynn - As Time Goes By
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=S8F9NzVuIuA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=1
> > > >
> > > > 恋がイデーによって支えられている場合には、どんな動きも、どのようなかりそめの感動も、みなそれぞれ意味をもってくる。そこにはいちばん肝心なもの、詩的葛藤がつねに現存しているからである。
> > > >
> > > > しかもこの葛藤は、わたしの知っているかぎりでも、わたしがここに描いているそれよりも時としてはるかに恐ろしいものであることがある。
> > > >
> > > > どんな美人もイデーほど気むずかしくはない。娘の不興など、イデーの怒りに比べると、まだしも堪えやすい、しかも何より、イデーの怒りだけはとうてい忘れられるものではない。
> > > >
> > > > わたしはレタスが好きだが、いつも芯だけしか食べない、葉は豚にやるものだとわたしは思っている。
> > > >
> > > > わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。
> > > >
> > > > これに文句をつけたい人はなんとでもいうがいい、わたしは意に介しない。
> > >
> > > It's Over-Gato Barbieri
> > > http://www.youtube.com/watch?v=ksmLewp4vf8&feature=BF&list=QL&index=4
> > >
> > > 時が経った。わたしも差しつかえのないときには、彼女の夜の祈祷に立ち会った。そこで彼女はその一日の償いに、大声をたてて喚きながら、思う存分胸の思いを吐き出した。昼間は男を蠱惑するのに費やしたからだった。
> > >
> > > 岩角に釘づけにされたプロメテウスが、禿鷹に肝臓をついばまれながら、その語る予言によって神々を惹きつけるように、彼女は恋人を惹きつけた。
> > >
> > > くる日もくる日も、すべてがささげつくされた、その日その日が最後であったから。だが、それがいつまでもつづくわけではなかった。
> > >
> > > 彼女はおのれを縛りつけている鎖を噛んでみた。しかし、彼女の激情がたけりたてばたけりたつほど、彼女の歌はいよいよ甘く、彼女の言葉はいよいよ優しく、鎖はいよいよ固くなった。
> > >
> > > この誤解から現実の関係を作り上げるなどということは、彼女には不可能だった。それこそ彼を永久の欺瞞にゆだねることだった。
> > >
> > > 彼女の思い、彼女の心は、実は彼とは別のものを、つまり、彼女が彼に象徴させているものを求めているのであって、彼はその憧憬の化身にすぎないといって彼の思い違いを説明してやるのは、彼を深く傷つけることで、それには彼女の誇りが憤りを感ずるのであった。そういうやり口は、彼女の何よりも軽蔑するものであった。
> > >
> > > それはまた彼女として当然なことだった。
> > >
> > > 男を欺き誘惑するのは軽蔑すべきことである、しかし、あなたはわたしの理想ではなかったのだと説明して男をいいくるめたり、あなたは詩神にすぎなかったのだといって男をなだめたり、自分を悪者にしないばかりか立派な逃げ道までもこしらえて男を見捨ててしまうというのは、さらに軽蔑すべきことである。
> > >
> > > 男をくどく経験を多少とも積んだものなら、それくらいのことはわけなくやってのけるだろう。
> > >
> > > せっぱつまって男のほうでもその申し出に応ずるだろう。こうして首尾よく逃げおおせたうえに、しかも正直な人ということになる、親切な人ということにさえなる。
> > >
> > > しかしあとになってみると、だまされていたことを知っている男よりもいっそう深い傷を、その男は心に負っているのである。
> > >
> > > だからどんな恋愛関係においても、関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。
> > >
> > > エロス的な目をもちしかも臆病でない女なら、思いやりをもたないということが、男の体面を保ってやるための残された唯一の方法だということを、容易に理解するだろう。
> >
> > Right Here Waiting - Richard Marx
> > http://www.youtube.com/watch?v=Zilog7d523w&feature=BF&list=QL&index=9
> >
> > わたしは娘のすることならなんでも赦すことができるのだが、娘が恋をしながら恋の使命をとり違えるのだけは、どうにもゆるせない。
> >
> > 娘の恋が献身的でないなら、その娘は女でなくて野郎なのだ。
> >
> > そういう娘はその恋によってまず愛する男の血を吸いとってしまい、はては男をして懊悩と絶望のあまり自分から手を切るにいたらしめるものだが、そういう恋にこがれる女を、そういう役をみごとに演じて、同情をよせる家族の者や友達に泣いてもらうひとりのエルヴィーラとして登場させることは、喜劇詩人にとって実にやりがいのある仕事であるにちがいない、このエルヴィーラは、欺かれた娘たちの合唱団で第一歌手を演じ、男たちの不実を、明らかに自分の一生を台なしにするほど不実だったと、いかにも大げさにまくしたてることを心得ている女、しかもそういうことをずうずうしくも落ち着き払ってやってのけながら、自分自身の誠実さのほうこそ、むしろ愛する男の生命を奪いかねないということに、半秒間も思いいたることのない女なのである。
> >
> > 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。
> >
> > 女のそういう誠実さはいつも測り知れず、理解しがたい。
> >
> > 恋する男が、どんなに苦しくとも、怒りの言葉をひとことも女に浴びせることなく、かえって女をだまして、自分を欺くとはけしからん男だと思っている女の思い違いを強めてやるという、より深刻な復讐に甘んずるだけのユーモアを失わずにいるとしたら、この場面は実に愉快なものになることだろう。
>
> tell him... celine dion / barbra streisand
> http://www.youtube.com/watch?v=wB_vjpRhLxM
>
> 「N.Nさんはいい人だけど、退屈だわ。ところがF.Fさんったら、あの人とってもおもしろくって、いかすわよ。」
>
> かわいい娘の口からこういう言葉を聞くたびに、わたしはいつも思うのである。
>
> 「よくも恥ずかしくないものだ、若い娘がそんなことを口にするなんて、なんて情けないことだろう。」
>
> 男がインテレサントなものに迷い込んだとき、救い出してくれるものは娘のほかにないではないか。それだのに、そういうことを口にするのは、罪を犯すことではないか。
>
> 当の男がインテレサントなことなどできない人間であるなら、その男に向かってそれをせよと要求するのは、思いやりのないことであるし、あるいはまた、男がインテレサントなことのできる人間であるなら、そしたら・・・・・・・・、なぜかといえば、若い娘というものは、インテレサントなものを誘い出すことをしないようにこそ、つねに慎むべきものだからだ。そういうことをする娘は、イデーからみて、いつも損をする。
>
> インテレサントなものはけっして反復されないからである。
>
> インテレサントなものを求める娘は、みずからそこにおちいる罠となる。
>
> インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、そういう生まれつきの娘に栄誉あれ。
>
> 時を経てそうなった娘に栄誉あれ。

Diana Krall Love Is Where You Are
http://www.youtube.com/watch?v=vByMcoYgjaY&feature=BF&list=QL&index=2

多少とも想像力をもった青年なら、一度は芝居の魔力にとらえられたことがあるにちがいない。あの人工的な現実のなかへ自分もともにまき込まれて、まるで二重人みたいに、そこでもうひとりの自分自身が動くのを見、語るのを聞き、自分自身を自分自身に可能なだけのあらゆる種類の人物に扮装させ、しかもそのどれもがまた一個の自己であるというふうであってみたいという願いをいだいたことがあるにちがいない。

こういう欲望があらわれるのは、もちろんまだ若いうちのことである。

ただ想像力がだけが目覚めて個性を夢みていえ、その他の能力はすべてまだ安らかに眠っている。そういう想像力によって自己が見られると、個人は現実的な姿ではなく影でしかない、もっと適切にいうと、

現実的な姿が目の前にありながら、それが見えないのである。

それだから個人は、ただ一つの影を投げるだけでは満足できずに、そのどれもが自分に似ていてそのときそのときに自分自身である権利を平等にもっているようなさまざまな影を投げるのである。


> > > > > > > > > > > > Jan Garbarek & The Hilliard Ensemble - Ov zarmanali
> > > > > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=eL2b4Y2_qxY&feature=mfu_in_order&list=UL
> > > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > > > わが沈黙の共犯者よ!

> > > > > > > > > > > Arvo Pärt - Sarah Was Ninety Years Old (Part 1 of 3)
> > > > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=g0Usv4O9lSQ&feature=BF&list=QL&index=29
> > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > > ある瞬間には、ぼくは疲れ果てて、生気を失い、無関心のあまりまるで死んだようになります。ぼくという存在のうちにある一切のものが、自分自身と矛盾して喚(わめ)いています。
> >
> > > > > > > > > > Carmen McRae - Trouble Is A Man
> > > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=_zhboeJkNGg&feature=related
> > > > > > > > > >
> > > > > > > > > >あの事件はひとつの災難なのではないでしょうか?現実があらわれるその瞬間に、すべては失われたのです。そのときはもう手おくれです。彼女がそこに見いだそうとする現実は、ぼくにとっては、ぼくの本来の精神的現実につきそって走る影にすぎません、あるいはぼくを笑わせようとし、あるいはぼくの生活を侵して掻き乱そうとする影なのです。
> > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > つまりは、まるで影をつかもうとでもするかのように、あるいは影に向かって手を差しのべようととでもするかのように、ぼくは手探りしながら彼女をつかもうとするようなことになるでしょう。名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。
> > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > > > > > > > > >
> > > > > > > > > >                                  敬具



[53711] インテレサントよ、ありがたう。 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/22(Sat) 08:17  

つちなよるANNEX−Ω   訪問者数:2321875(今日:214/昨日:502)2011/01/22(Sat) 07:00

Vic Damone - Gigi (Original Stereo)
http://www.youtube.com/watch?v=unV540b4w1I&feature=BF&list=QL&index=39

昨日の朝は中野で白煙があがって中央線や青梅線がとまってしまったといったん出かけた娘がかえってきて、おまけに東京女子大に用事があるという女房までもが、クルマをだしてくれとせがむので、まあ、しゃあない、去年の正月に落札した自転車部品や車輪やウェアの清算受け取りもしちょらんで、歳が明けてすまったので、では、清算がてら母子をおくっていってあげるか、となるべくすいていそうなみち、鉄道からはなれたバイパスなんぞを選んで若葉マークのマーク2でゆくってえと、やっぱす、府中小金井のあたりからは混んでくるので、このままぢゃあ、おくれてしまうちうお客さんを小金井で降ろして、さて、自転車屋へいっても、まんだ朝からではやっちょらんしちうことで、五日市街道から青梅街道にぬけようとすたら、これも真っ赤な渋滞で、急遽路地に入り込んで、ずんずんいけば、突き当たった交差点の眼の端になぬやら「米でつくったカステラ」。

インテレサントなエスプリドパリ。

でも駐車場がなささうで・・交差点を右折してみると、エスプリの裏にローソンがあって、駐車場があるにはあるんぢゃが、ちょうど配品のトラックが駐車場を塞いでおるし、直進路はこれまた渋滞で、先の信号すらみえぬ、このやけくそをだうするか?

これはやっぱす、インテレサントな「米のカステラ」でも賞味してみやう。

ちうことで、渋滞路の左路側にクルマをよせて、渋滞がきれた合い間をぬってUターン、配品トラックの陰の軽自動車用めいた狭いスペースにマーク2をつっこみ、さて・・・

直接インテレサントなエスプリにいってはまずかな?

と店内を覗くと、ローソンのおばちゃんが、みるともなしにこちらをみておるし、やっぱす、まずいと、まずは、外の灰皿でタバコを吹かし、視線がそれたところで、エスプリにまわってみると、開店は10時半とかで、店内には灯りがともり若い娘が開店準備のあれこれで忙しくうごきまわっているんで、ローソンに引き返し・・

トイレをお借りします

はい、ど〜ぞ

かのおばさんの返事も悪くないので、放尿後にあれこれ物色しちょれば、だうも、朝、天然酵母パン1斤をブリーチーズやバターたっぷりで頬張ったばかりなんで、腹も減ってはおらんが、売り切れの棚の下の床にケースにつめた売り切れ商品であらうと推測されもんが、つまっておって、つまんでみると・・・

ご褒美のロールケーキ

なんのご褒美なんぢゃろ?

と首をかしげながら、今度は色違いの黒いのをつまみあげると・・

俺のロールケーキ

うん、なんだか、面白いね、ちうことで、@150円x2ロールか、そんだけ買い上げれば、ま、おばちゃんの目もきにせんでよろしい、と、こんだあ、堂々と隣のエスプリのまんだ開店しちょらんドアの前に立つと、なかの若い娘と目が合い、ドアを押してみるとドアがあくので、あけてみれば・・

どうぞ♪

まだ、開店時間ぢゃないけどいいの?

どうそ、どうそ♪

ちうことで、朝の清められた店内に入り込んで、あれこれとショーケースのケーキやお菓子を物色すれば、けっこう凝ったもんも多いやうで、とはいえ、あんますかうもんには詳しくはないのんで、ともかくも、ケースにはないかの「お米のカステラ」なるもんは?

試食してみますか?

気が利くねえ、ありがたことで・・・

一日20セット限定で、最近出したものなんです。

全部ここでつくっちょんの?

はい。

ちょっと、ねっとりしますね。普通のカステラより・・・

はい。

こちらの白い仏蘭西製のキャラメルも・・

それは試食用がないんですよ。

あらあ、残念。でも、がさばらないから、こんだあ自転車んときにこれにすて・・

ホワイトチョコでコーティングしてあって、なかのキャラメルも素材厳選ですから、お勧めですよ。

けふはおとなりのローソンのおばさんにウォッチされちょるけん、このかさばる「米のカステラ」をもらって、熨斗つけてくれる?

珍しい米!大寒見舞。

たすかに、インテレサントなもので、「米のカステラ」も食ってしまえば、まあ、そんなもんかと、好奇心も満たされて、でもたいしたことたあ、ねえなあ、日々の米の反復には飽きぬが、「米のカステラ」にゃあ・・・・となれば、キルケゴール、コンシタンチン・コンスタンチウスそのものであらうが・・

古いですねえ、あいかわらず・・ちうのんは乗り付けたマーク2に商品を積み込んでくれる自転車屋の店長兼チーフメカ。一年の間にすっかりスタッフがいれかわって、ご存知のは3人だけになりましたとか・・

このボーラ、ちうても、第2世代ボーラで、第2世代の2セット目で、1セット目もまんだつかっておらんのんになんで2セット目なんか、と自問自答すれば、ま、カンパとシマノのそれぞれに1セットずつちうことで、このボーラも古い、古いが空力抵抗は、歴代ボーラのなかの最小ちう、70数歳爺さんのご託宣で・・

これって、ホイールバック付きだった?

Campagnoloのバックにつめてつみこむ店長に問いかければ、いんですよ、ついていようがついていなかろうが・・・

そんで、うちさ帰ってきて蓋あけてみたら、ホイールバックはもとよりサービスなんでせうが、なかに注文もせんかった秋冬用の洒落た手袋まではいっておって・・・

あ、さうか、ソレガシの手袋があまりにぼろぼろで、そのボロに輪をかけて、この水曜日に、工事業者が泥んこダンプの轍跡の土砂流しに水を撒いていた急カーブ急下り坂でコケテ落車の憂き目に、手袋も上下ジャージも擦り切れて穴があいて、手足の皮も擦りむけて、なかの餡子がはみだして、・・

ありがたいことです。餡子なしのを恵んでもらえて・・上下ジャージも餡子なしの駿府ダービー、リヤポケットはないので、寝巻きに最適♪






[53710] インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、時を経てそうなった娘に栄誉あれ。Re:[53709] 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。Re:[53708] 関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。Re:[53706] わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。Re:[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/22(Sat) 05:25  

けれねわうANNEX−Ω   訪問者数:2321836(今日:175/昨日:502)2011/01/22(Sat) 05:02

> くちまぬわANNEX−Ω   訪問者数:2321314(今日:155/昨日:543)2011/01/21(Fri) 07:52
>
> > ねんやらほANNEX−Ω   訪問者数:2320806(今日:190/昨日:467)2011/01/20(Thu) 09:23
> >
> > > ねやれおむANNEX−Ω   訪問者数:2320276(今日:127/昨日:387)2011/01/19(Wed) 08:35
> > >
> > > > かこのるにANNEX−Ω   訪問者数:2319855(今日:93/昨日:419)2011/01/18(Tue) 08:04
> > > >
> > > > > ちたすすけANNEX−Ω   訪問者数:2319471(今日:128/昨日:482)2011/01/17(Mon) 08:27
> > > > >
> > > > > > ぬりつぬろANNEX−Ω   訪問者数:2319203(今日:342/昨日:614)2011/01/16(Sun) 17:45
> > > > > >
> > > > > > > うけみさそANNEX−Ω   訪問者数:2318342(今日:95/昨日:529)2011/01/15(Sat) 06:20
> > > > > > >
> > > > > > > > よよくつるANNEX−Ω   訪問者数:2317875(今日:157/昨日:605)2011/01/14(Fri) 09:13
> > > > > > > >
> > > > > > > > > しるむひえANNEX−Ω   訪問者数:2315116(今日:152/昨日:510)2011/01/09(Sun) 05:17
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > > ぬへひたやANNEX−Ω   訪問者数:2314580(今日:126/昨日:555)2011/01/08(Sat) 06:48
> > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > > せすゆすにANNEX−Ω   訪問者数:2314121(今日:222/昨日:513)2011/01/07(Fri) 09:37
> > > > > > > >
> > > > > > > > Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25
> > > > > > > >
> > > > > > > > 追憶の恋のみが幸福な恋である、とある作家が言った。その恋がまずひとを不幸にするのを追憶するというだけのことであるなら、まったくそのとおりである。
> > > > > > > >
> > > > > > > > ほんとうは、反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 反復の恋には、追憶の恋と同じように、期待と不安定さがない。探検に伴う不安な冒険もない、しかしまた、追憶のもつ哀愁もない、そこには瞬間の至福な確実さがある。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 期待は新調の衣服で、ぱりっとして、しかもきらびやかである。しかしそれはまだ着てみたわけではない、だから、はたして体にぴったり合うかどうか、またよく似合うかどうかもわからない。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 追憶はもう着なくなった古着である、それがどんなに美しくても、いまでは体のほうが大きくなってもうどうにも身丈があわない。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 反復は着古されることのない着物である。それはぴったりと着心地よく体に合い、窮屈でもなければだぶつきもしない。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 期待は追う手をすり抜けてゆくかわいい娘である。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 追憶は美しくはあるが今ではもうけっして用を足せない老婆である。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 反復はいつまでも飽きることのない愛妻である。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 飽きがくるのは新しいものに限っているからだ。古いものはけっして飽きることがない、そして古いものが目の前にあると、ひとは幸福になる、しかも、反復が何か新しいものでなければならぬかのような思い違いをしないひとだけが、本当に幸福になる。もしそういう思い違いをしていたら、ひとはやがて反復にも飽きてしまうだろう。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 期待するには若さが要る、追憶するには若さが要る。
> > > > > > > >
> > > > > > > > しかし、
> > > > > > > >
> > > > > > > > 反復を欲するには勇気が要る。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 期待するしか欲しないものは卑怯である。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 追憶をしか欲しないものは淫らである。
> > > > > > > >
> > > > > > > > しかし、
> > > > > > > >
> > > > > > > > 反復を欲するものは男である。
> > > > > > > >
> > > > > > > > そして、
> > > > > > > >
> > > > > > > > このことをしっかりと自覚するにつれて、ひとはそれだけ深みのある人間になる。
> > > > > > > >
> > > > > > > > ところが、
> > > > > > > >
> > > > > > > > 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、所詮まぬがれられぬ運命、つまり自滅するほかあるまい。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 思うに、
> > > > > > > >
> > > > > > > > 期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 追憶はまことに乏しい糊口の資で、これまた腹を満たすには足りない。
> > > > > > > >
> > > > > > > > ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。
> > > > > > > >
> > > > > > > > ひとたび人世を周航してみれば、人生が反復であることを理解するだけに勇気がもてるかどうか、また、反復を楽しむ気持になれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前にまず人生を周航しなかったものは、けっして生きることにはならないだろう。人世を周航してはみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 反復を選んだ人、その人だけがほんとうに生きるのである。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 彼は子供みたいに蝶を追いまわしはしない、この世の栄耀栄華をのぞくために爪立ちしたりもしない、彼はそれを知っているからだ。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 彼はまた老婆のように紡ぎ車の前に坐って追憶の糸を紡ぐこともしない。
> > > > > > > >
> > > > > > > > むしろ、
> > > > > > > >
> > > > > > > > 彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。
> > > > > > > >
> > > > > > > > ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?
> > > > > > >
> > > > > > > Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26
> > > > > > >
> > > > > > > 時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?
> > > > > > >
> > > > > > > 次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がこいねがうであろうか?
> > > > > > >
> > > > > > > 神みずからが反復を望まれたのでなかったら、世界はけっして生成しなかったであろう。神は期待するままに絶えず新しい計画を立ててゆくか、それとも、万物をもとへ呼び戻して、追憶のなかに保存するかしたことであろう。しかし、神はそうしなかった、だから世界はこうして存立しているのだ、しかも、それは反復であることによって存立しているのである。
> > > > > > >
> > > > > > > 反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。
> > > > > > >
> > > > > > > これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。
> > > > > > >
> > > > > > > ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。
> > > > > > >
> > > > > > > そのようなことはすべて、
> > > > > > >
> > > > > > > わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。
> > > > > >
> > > > > > Lizz Wright's Version of 'Hey Mann'
> > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=_Wp8-ahXVFI&feature=BF&list=QL&index=31
> > > > > >
> > > > > > 恋するものはよく恋の甘い不安を詩人の言葉に託して吐き出しながら歓喜に酔うものだが、彼もそうだった。彼は部屋のなかを往きつ戻りつしながら、ポウル・メラーの詩の一節を幾度も繰り返した。
> > > > > >
> > > > > >     わが古きゆり椅子に
> > > > > >       立ち返りくる若き日の夢
> > > > > >     女性(おみな)らの太陽(ひ)と照り映ゆる
> > > > > >       汝(いまし)へのあこがれ絶えず
> > > > > >
> > > > > > ・・・メランコリックな男に恋をさせてみるがいい、そしたら何もかも消し飛んでしまう、とよくきまったように言われる。しかし、彼がほんとうにメランコリックであるなら、彼にとって何よりも重大な事柄を彼の心がどうしてメランコリックに考えずにいられるだろうか。
> > > > > >
> > > > > > 彼は深くそして熱烈に恋している、これは明らかだ。
> > > > > >
> > > > > > それだのに、彼は最初の日からもう彼の恋愛を追憶できる状態にある。
> > > > > >
> > > > > > つまり、彼は恋愛関係をすでにすっかり完了しているのである。始めるときにおそろしく大股に歩いたために、彼は人生を飛び越してしまったのだ。・・・
> > > > >
> > > > > Frank Sinatra - Only the Lonely
> > > > > http://www.youtube.com/watch?v=bef_s1Bhn7o&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=59
> > > > >
> > > > > 追憶は喪失から始まるという大きな利益をもっている、だからそれは安全だ、失うべき何ものももたないからである。
> > > > >
> > > > > 彼女は彼の恋人であった。彼がかつて愛した唯一の恋人、彼がいつか愛するようになるかもしれない唯一の恋人であった。しかし、それだのにまた、彼は彼女を愛してはいなかった、彼はただ彼女に憧れていただけだったのだ。
> > > > >
> > > > > あの少女は彼の恋人ではなかったのだ。彼女は彼のうちに詩的なものを目覚めさせ彼を詩人にする誘因だったのである。
> > > > >
> > > > > だからこそ、彼は彼女だけを愛することができ、彼女をけっして忘れることができず、けっしてほかの女を愛しようとはしなかったのだ。けれども、彼はつねに彼女をただ憧れていただけのことであった。
> > > > >
> > > > > 彼女は彼自身の全存在のなかに吸収されてしまったのである。彼女の思い出はいつまでもいきいきと残ることだろう。
> > > > >
> > > > > 彼女は彼にとってあまりに大きい意味をもってしまった、彼女は彼を詩人に仕上げてしまったのだ、
> > > > >
> > > > > だからつまり、
> > > > >
> > > > > 彼女は自分自身の死刑判決書に署名してしまったのだ。
> > > >
> > > > Kenny Rogers - Lady
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=Tj_NjLBPotQ&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=11
> > > >
> > > > 時の経つにつれて、彼の恋愛関係は悩みを加えていった。彼の憂鬱はしだいに勢いを得、彼の肉体力は心の葛藤にすり減らされていった。彼は自分が彼女を不幸にしたことをさとった、けれども彼はなんら間違いを犯した覚えはなかった。しかし少しも責任(つみ)がないのに彼女の不幸の責めを負わねばならぬということ、まさしくこのことが現に彼には躓き(つまづき)であり、彼の激情をはげしくかきたてるのであった。
> > > >
> > > > それにしても、詩人的な憂鬱な性(たち)の男に愛されるほど若い娘にとって誘惑的なことはあるまい。
> > > >
> > > > 諦めることをしないで男にうるさくつきまとい、それが真実に男を愛していることの証明だなどと自惚れるほど利己的な女があるとしたら、そういう女の一生の任務はまことに安易なもので、誠実だという名誉と疚しからぬ良心を、同時にまたごく上品に洗練された恋愛までも、わけなく享受できるだろう。
> > > >
> > > > 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!
> > >
> > > Vera Lynn - As Time Goes By
> > > http://www.youtube.com/watch?v=S8F9NzVuIuA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=1
> > >
> > > 恋がイデーによって支えられている場合には、どんな動きも、どのようなかりそめの感動も、みなそれぞれ意味をもってくる。そこにはいちばん肝心なもの、詩的葛藤がつねに現存しているからである。
> > >
> > > しかもこの葛藤は、わたしの知っているかぎりでも、わたしがここに描いているそれよりも時としてはるかに恐ろしいものであることがある。
> > >
> > > どんな美人もイデーほど気むずかしくはない。娘の不興など、イデーの怒りに比べると、まだしも堪えやすい、しかも何より、イデーの怒りだけはとうてい忘れられるものではない。
> > >
> > > わたしはレタスが好きだが、いつも芯だけしか食べない、葉は豚にやるものだとわたしは思っている。
> > >
> > > わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。
> > >
> > > これに文句をつけたい人はなんとでもいうがいい、わたしは意に介しない。
> >
> > It's Over-Gato Barbieri
> > http://www.youtube.com/watch?v=ksmLewp4vf8&feature=BF&list=QL&index=4
> >
> > 時が経った。わたしも差しつかえのないときには、彼女の夜の祈祷に立ち会った。そこで彼女はその一日の償いに、大声をたてて喚きながら、思う存分胸の思いを吐き出した。昼間は男を蠱惑するのに費やしたからだった。
> >
> > 岩角に釘づけにされたプロメテウスが、禿鷹に肝臓をついばまれながら、その語る予言によって神々を惹きつけるように、彼女は恋人を惹きつけた。
> >
> > くる日もくる日も、すべてがささげつくされた、その日その日が最後であったから。だが、それがいつまでもつづくわけではなかった。
> >
> > 彼女はおのれを縛りつけている鎖を噛んでみた。しかし、彼女の激情がたけりたてばたけりたつほど、彼女の歌はいよいよ甘く、彼女の言葉はいよいよ優しく、鎖はいよいよ固くなった。
> >
> > この誤解から現実の関係を作り上げるなどということは、彼女には不可能だった。それこそ彼を永久の欺瞞にゆだねることだった。
> >
> > 彼女の思い、彼女の心は、実は彼とは別のものを、つまり、彼女が彼に象徴させているものを求めているのであって、彼はその憧憬の化身にすぎないといって彼の思い違いを説明してやるのは、彼を深く傷つけることで、それには彼女の誇りが憤りを感ずるのであった。そういうやり口は、彼女の何よりも軽蔑するものであった。
> >
> > それはまた彼女として当然なことだった。
> >
> > 男を欺き誘惑するのは軽蔑すべきことである、しかし、あなたはわたしの理想ではなかったのだと説明して男をいいくるめたり、あなたは詩神にすぎなかったのだといって男をなだめたり、自分を悪者にしないばかりか立派な逃げ道までもこしらえて男を見捨ててしまうというのは、さらに軽蔑すべきことである。
> >
> > 男をくどく経験を多少とも積んだものなら、それくらいのことはわけなくやってのけるだろう。
> >
> > せっぱつまって男のほうでもその申し出に応ずるだろう。こうして首尾よく逃げおおせたうえに、しかも正直な人ということになる、親切な人ということにさえなる。
> >
> > しかしあとになってみると、だまされていたことを知っている男よりもいっそう深い傷を、その男は心に負っているのである。
> >
> > だからどんな恋愛関係においても、関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。
> >
> > エロス的な目をもちしかも臆病でない女なら、思いやりをもたないということが、男の体面を保ってやるための残された唯一の方法だということを、容易に理解するだろう。
>
> Right Here Waiting - Richard Marx
> http://www.youtube.com/watch?v=Zilog7d523w&feature=BF&list=QL&index=9
>
> わたしは娘のすることならなんでも赦すことができるのだが、娘が恋をしながら恋の使命をとり違えるのだけは、どうにもゆるせない。
>
> 娘の恋が献身的でないなら、その娘は女でなくて野郎なのだ。
>
> そういう娘はその恋によってまず愛する男の血を吸いとってしまい、はては男をして懊悩と絶望のあまり自分から手を切るにいたらしめるものだが、そういう恋にこがれる女を、そういう役をみごとに演じて、同情をよせる家族の者や友達に泣いてもらうひとりのエルヴィーラとして登場させることは、喜劇詩人にとって実にやりがいのある仕事であるにちがいない、このエルヴィーラは、欺かれた娘たちの合唱団で第一歌手を演じ、男たちの不実を、明らかに自分の一生を台なしにするほど不実だったと、いかにも大げさにまくしたてることを心得ている女、しかもそういうことをずうずうしくも落ち着き払ってやってのけながら、自分自身の誠実さのほうこそ、むしろ愛する男の生命を奪いかねないということに、半秒間も思いいたることのない女なのである。
>
> 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。
>
> 女のそういう誠実さはいつも測り知れず、理解しがたい。
>
> 恋する男が、どんなに苦しくとも、怒りの言葉をひとことも女に浴びせることなく、かえって女をだまして、自分を欺くとはけしからん男だと思っている女の思い違いを強めてやるという、より深刻な復讐に甘んずるだけのユーモアを失わずにいるとしたら、この場面は実に愉快なものになることだろう。

tell him... celine dion / barbra streisand
http://www.youtube.com/watch?v=wB_vjpRhLxM

「N.Nさんはいい人だけど、退屈だわ。ところがF.Fさんったら、あの人とってもおもしろくって、いかすわよ。」

かわいい娘の口からこういう言葉を聞くたびに、わたしはいつも思うのである。

「よくも恥ずかしくないものだ、若い娘がそんなことを口にするなんて、なんて情けないことだろう。」

男がインテレサントなものに迷い込んだとき、救い出してくれるものは娘のほかにないではないか。それだのに、そういうことを口にするのは、罪を犯すことではないか。

当の男がインテレサントなことなどできない人間であるなら、その男に向かってそれをせよと要求するのは、思いやりのないことであるし、あるいはまた、男がインテレサントなことのできる人間であるなら、そしたら・・・・・・・・、なぜかといえば、若い娘というものは、インテレサントなものを誘い出すことをしないようにこそ、つねに慎むべきものだからだ。そういうことをする娘は、イデーからみて、いつも損をする。

インテレサントなものはけっして反復されないからである。

インテレサントなものを求める娘は、みずからそこにおちいる罠となる。

インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、そういう生まれつきの娘に栄誉あれ。

時を経てそうなった娘に栄誉あれ。

> > > > > > > > > > > Jan Garbarek & The Hilliard Ensemble - Ov zarmanali
> > > > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=eL2b4Y2_qxY&feature=mfu_in_order&list=UL
> > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > > わが沈黙の共犯者よ!
> > > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > >人々が提供してくれる説明など、たとえばピエロ以上に飢えていたにしても、ぼくは食いたく思わないでしょう。
>
> > > > > > > > > > Arvo Pärt - Sarah Was Ninety Years Old (Part 1 of 3)
> > > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=g0Usv4O9lSQ&feature=BF&list=QL&index=29
> > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > ある瞬間には、ぼくは疲れ果てて、生気を失い、無関心のあまりまるで死んだようになります。また他の瞬間には、ぼくは荒れ狂って、誰かぼくの怒りを放散することのできる相手を見つけるために、世界の極(はて)から極まで絶望的に駆け廻ります。ぼくという存在のうちにある一切のものが、自分自身と矛盾して喚(わめ)いています。
>
> > > > > > > > > Carmen McRae - Trouble Is A Man
> > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=_zhboeJkNGg&feature=related
> > > > > > > > >
> > > > > > > > >あの事件はひとつの災難なのではないでしょうか?現実があらわれるその瞬間に、すべては失われたのです。そのときはもう手おくれです。彼女がそこに見いだそうとする現実は、ぼくにとっては、ぼくの本来の精神的現実につきそって走る影にすぎません、あるいはぼくを笑わせようとし、あるいはぼくの生活を侵して掻き乱そうとする影なのです。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > つまりは、まるで影をつかもうとでもするかのように、あるいは影に向かって手を差しのべようととでもするかのように、ぼくは手探りしながら彼女をつかもうとするようなことになるでしょう。名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > >                                  敬具



[53709] 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。Re:[53708] 関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。Re:[53706] わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。Re:[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/21(Fri) 08:16  

くちまぬわANNEX−Ω   訪問者数:2321314(今日:155/昨日:543)2011/01/21(Fri) 07:52

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> > > > > > >
> > > > > > > Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25
> > > > > > >
> > > > > > > 追憶の恋のみが幸福な恋である、とある作家が言った。その恋がまずひとを不幸にするのを追憶するというだけのことであるなら、まったくそのとおりである。
> > > > > > >
> > > > > > > ほんとうは、反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。
> > > > > > >
> > > > > > > 反復の恋には、追憶の恋と同じように、期待と不安定さがない。探検に伴う不安な冒険もない、しかしまた、追憶のもつ哀愁もない、そこには瞬間の至福な確実さがある。
> > > > > > >
> > > > > > > 期待は新調の衣服で、ぱりっとして、しかもきらびやかである。しかしそれはまだ着てみたわけではない、だから、はたして体にぴったり合うかどうか、またよく似合うかどうかもわからない。
> > > > > > >
> > > > > > > 追憶はもう着なくなった古着である、それがどんなに美しくても、いまでは体のほうが大きくなってもうどうにも身丈があわない。
> > > > > > >
> > > > > > > 反復は着古されることのない着物である。それはぴったりと着心地よく体に合い、窮屈でもなければだぶつきもしない。
> > > > > > >
> > > > > > > 期待は追う手をすり抜けてゆくかわいい娘である。
> > > > > > >
> > > > > > > 追憶は美しくはあるが今ではもうけっして用を足せない老婆である。
> > > > > > >
> > > > > > > 反復はいつまでも飽きることのない愛妻である。
> > > > > > >
> > > > > > > 飽きがくるのは新しいものに限っているからだ。古いものはけっして飽きることがない、そして古いものが目の前にあると、ひとは幸福になる、しかも、反復が何か新しいものでなければならぬかのような思い違いをしないひとだけが、本当に幸福になる。もしそういう思い違いをしていたら、ひとはやがて反復にも飽きてしまうだろう。
> > > > > > >
> > > > > > > 期待するには若さが要る、追憶するには若さが要る。
> > > > > > >
> > > > > > > しかし、
> > > > > > >
> > > > > > > 反復を欲するには勇気が要る。
> > > > > > >
> > > > > > > 期待するしか欲しないものは卑怯である。
> > > > > > >
> > > > > > > 追憶をしか欲しないものは淫らである。
> > > > > > >
> > > > > > > しかし、
> > > > > > >
> > > > > > > 反復を欲するものは男である。
> > > > > > >
> > > > > > > そして、
> > > > > > >
> > > > > > > このことをしっかりと自覚するにつれて、ひとはそれだけ深みのある人間になる。
> > > > > > >
> > > > > > > ところが、
> > > > > > >
> > > > > > > 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、所詮まぬがれられぬ運命、つまり自滅するほかあるまい。
> > > > > > >
> > > > > > > 思うに、
> > > > > > >
> > > > > > > 期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。
> > > > > > >
> > > > > > > 追憶はまことに乏しい糊口の資で、これまた腹を満たすには足りない。
> > > > > > >
> > > > > > > ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。
> > > > > > >
> > > > > > > ひとたび人世を周航してみれば、人生が反復であることを理解するだけに勇気がもてるかどうか、また、反復を楽しむ気持になれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前にまず人生を周航しなかったものは、けっして生きることにはならないだろう。人世を周航してはみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。
> > > > > > >
> > > > > > > 反復を選んだ人、その人だけがほんとうに生きるのである。
> > > > > > >
> > > > > > > 彼は子供みたいに蝶を追いまわしはしない、この世の栄耀栄華をのぞくために爪立ちしたりもしない、彼はそれを知っているからだ。
> > > > > > >
> > > > > > > 彼はまた老婆のように紡ぎ車の前に坐って追憶の糸を紡ぐこともしない。
> > > > > > >
> > > > > > > むしろ、
> > > > > > >
> > > > > > > 彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。
> > > > > > >
> > > > > > > ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?
> > > > > >
> > > > > > Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26
> > > > > >
> > > > > > 時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?
> > > > > >
> > > > > > 次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がこいねがうであろうか?
> > > > > >
> > > > > > 神みずからが反復を望まれたのでなかったら、世界はけっして生成しなかったであろう。神は期待するままに絶えず新しい計画を立ててゆくか、それとも、万物をもとへ呼び戻して、追憶のなかに保存するかしたことであろう。しかし、神はそうしなかった、だから世界はこうして存立しているのだ、しかも、それは反復であることによって存立しているのである。
> > > > > >
> > > > > > 反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。
> > > > > >
> > > > > > これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。
> > > > > >
> > > > > > ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。
> > > > > >
> > > > > > そのようなことはすべて、
> > > > > >
> > > > > > わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。
> > > > >
> > > > > Lizz Wright's Version of 'Hey Mann'
> > > > > http://www.youtube.com/watch?v=_Wp8-ahXVFI&feature=BF&list=QL&index=31
> > > > >
> > > > > 恋するものはよく恋の甘い不安を詩人の言葉に託して吐き出しながら歓喜に酔うものだが、彼もそうだった。彼は部屋のなかを往きつ戻りつしながら、ポウル・メラーの詩の一節を幾度も繰り返した。
> > > > >
> > > > >     わが古きゆり椅子に
> > > > >       立ち返りくる若き日の夢
> > > > >     女性(おみな)らの太陽(ひ)と照り映ゆる
> > > > >       汝(いまし)へのあこがれ絶えず
> > > > >
> > > > > ・・・メランコリックな男に恋をさせてみるがいい、そしたら何もかも消し飛んでしまう、とよくきまったように言われる。しかし、彼がほんとうにメランコリックであるなら、彼にとって何よりも重大な事柄を彼の心がどうしてメランコリックに考えずにいられるだろうか。
> > > > >
> > > > > 彼は深くそして熱烈に恋している、これは明らかだ。
> > > > >
> > > > > それだのに、彼は最初の日からもう彼の恋愛を追憶できる状態にある。
> > > > >
> > > > > つまり、彼は恋愛関係をすでにすっかり完了しているのである。始めるときにおそろしく大股に歩いたために、彼は人生を飛び越してしまったのだ。・・・
> > > >
> > > > Frank Sinatra - Only the Lonely
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=bef_s1Bhn7o&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=59
> > > >
> > > > 追憶は喪失から始まるという大きな利益をもっている、だからそれは安全だ、失うべき何ものももたないからである。
> > > >
> > > > 彼女は彼の恋人であった。彼がかつて愛した唯一の恋人、彼がいつか愛するようになるかもしれない唯一の恋人であった。しかし、それだのにまた、彼は彼女を愛してはいなかった、彼はただ彼女に憧れていただけだったのだ。
> > > >
> > > > あの少女は彼の恋人ではなかったのだ。彼女は彼のうちに詩的なものを目覚めさせ彼を詩人にする誘因だったのである。
> > > >
> > > > だからこそ、彼は彼女だけを愛することができ、彼女をけっして忘れることができず、けっしてほかの女を愛しようとはしなかったのだ。けれども、彼はつねに彼女をただ憧れていただけのことであった。
> > > >
> > > > 彼女は彼自身の全存在のなかに吸収されてしまったのである。彼女の思い出はいつまでもいきいきと残ることだろう。
> > > >
> > > > 彼女は彼にとってあまりに大きい意味をもってしまった、彼女は彼を詩人に仕上げてしまったのだ、
> > > >
> > > > だからつまり、
> > > >
> > > > 彼女は自分自身の死刑判決書に署名してしまったのだ。
> > >
> > > Kenny Rogers - Lady
> > > http://www.youtube.com/watch?v=Tj_NjLBPotQ&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=11
> > >
> > > 時の経つにつれて、彼の恋愛関係は悩みを加えていった。彼の憂鬱はしだいに勢いを得、彼の肉体力は心の葛藤にすり減らされていった。彼は自分が彼女を不幸にしたことをさとった、けれでも彼はなんら間違いを犯した覚えはなかった。しかし少しも責任(つみ)がないのに彼女の不幸の責めを負わねばならぬということ、まさしくこのことが現に彼には躓き(つまづき)であり、彼の激情をはげしくかきたてるのであった。
> > >
> > > それにしても、詩人的な憂鬱な性(たち)の男に愛されるほど若い娘にとって誘惑的なことはあるまい。
> > >
> > > 諦めることをしないで男にうるさくつきまとい、それが真実に男を愛していることの証明だなどと自惚れるほど利己的な女があるとしたら、そういう女の一生の任務はまことに安易なもので、誠実だという名誉と疚しからぬ良心を、同時にまたごく上品に洗練された恋愛までも、わけなく享受できるだろう。
> > >
> > > 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!
> >
> > Vera Lynn - As Time Goes By
> > http://www.youtube.com/watch?v=S8F9NzVuIuA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=1
> >
> > 恋がイデーによって支えられている場合には、どんな動きも、どのようなかりそめの感動も、みなそれぞれ意味をもってくる。そこにはいちばん肝心なもの、詩的葛藤がつねに現存しているからである。
> >
> > しかもこの葛藤は、わたしの知っているかぎりでお、わたしがここに描いているそれよりも時としてはるかに恐ろしいものであることがある。
> >
> > どんな美人もイデーほど気むずかしくはない。娘の不興など、イデーの怒りに比べると、まだしも堪えやすい、しかも何より、イデーの怒りだけはとうてい忘れられるものではない。
> >
> > わたしはレタスが好きだが、いつも芯だけしか食べない、葉は豚にやるものだとわたしは思っている。
> >
> > わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。
> >
> > これに文句をつけたい人はなんとでもいうがいい、わたしは意に介しない。
>
> It's Over-Gato Barbieri
> http://www.youtube.com/watch?v=ksmLewp4vf8&feature=BF&list=QL&index=4
>
> 時が経った。わたしも差しつかえのないときには、彼女の夜の祈祷に立ち会った。そこで彼女はその一日の償いに、大声をたてて喚きながら、思う存分胸の思いを吐き出した。昼間は男を蠱惑するのに費やしたからだった。
>
> 岩角に釘づけにされたプロメテウスが、禿鷹に肝臓をついばまれながら、その語る予言によって神々を惹きつけるように、彼女は恋人を惹きつけた。
>
> くる日もくる日も、すべてがささげつくされた、その日その日が最後であったから。だが、それがいつまでもつづくわけではなかった。
>
> 彼女はおのれを縛りつけている鎖を噛んでみた。しかし、彼女の激情がたけりたてばたけりたつほど、彼女の歌はいよいよ甘く、彼女の言葉はいよいよ優しく、鎖はいよいよ固くなった。
>
> この誤解から現実の関係を作り上げるなどということは、彼女には不可能だった。それこそ彼を永久の欺瞞にゆだねることだった。
>
> 彼女の思い、彼女の心は、実は彼とは別のものを、つまり、彼女が彼に象徴させているものを求めているのであって、彼はその憧憬の化身にすぎないといって彼の思い違いを説明してやるのは、彼を深く傷つけることで、それには彼女の誇りが憤りを感ずるのであった。そういうやり口は、彼女の何よりも軽蔑するものであった。
>
> それはまた彼女として当然なことだった。
>
> 男を欺き誘惑するのは軽蔑すべきことである、しかし、あなたはわたしの理想ではなかったのだと説明して男をいいくるめたり、あなたは詩神にすぎなかったのだといって男をなだめたり、自分を悪者にしないばかりか立派な逃げ道までもこしらえて男を見捨ててしまうというのは、さらに軽蔑すべきことである。
>
> 男をくどく経験を多少とも積んだものなら、それくらいのことはわけなくやってのけるだろう。
>
> せっぱつまって男のほうでもその申し出に応ずるだろう。こうして首尾よく逃げおおせたうえに、しかも正直な人ということになる、親切な人ということにさえなる。
>
> しかしあとになってみると、だまされていたことを知っている男よりもいっそう深い傷を、その男は心に負っているのである。
>
> だからどんな恋愛関係においても、関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。
>
> エロス的な目をもちしかも臆病でない女なら、思いやりをもたないということが、男の体面を保ってやるための残された唯一の方法だということを、容易に理解するだろう。

Right Here Waiting - Richard Marx
http://www.youtube.com/watch?v=Zilog7d523w&feature=BF&list=QL&index=9

わたしは娘のすることならなんでも赦すことができるのだが、娘が恋をしながら恋の使命をとり違えるのだけは、どうにもゆるせない。

娘の恋が献身的でないなら、その娘は女でなくて野郎なのだ。

そういう娘はその恋によってまず愛する男の血を吸いとってしまい、はては男をして懊悩と絶望のあまり自分から手を切るにいたらしめるものだが、そういう恋にこがれる女を、そういう役をみごとに演じて、同情をよせる家族の者や友達に泣いてもらうひとりのエルヴィーラとして登場させることは、喜劇詩人にとって実にやりがいのある仕事であるにちがいない、このエルヴィーラは、欺かれた娘たちの合唱団で第一歌手を演じ、男たちの不実を、明らかに自分の一生を台なしにするほど不実だったと、いかにも大げさにまくしたてることを心得ている女、しかもそういうことをずうずうしくも落ち着き払ってやってのけながら、自分自身の誠実さのほうこそ、むしろ愛する男の生命を奪いかねないということに、半秒間も思いいたることのない女なのである。

女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。

女のそういう誠実さはいつも測り知れず、理解しがたい。

恋する男が、どんなに苦しくとも、怒りの言葉をひとことも女に浴びせることなく、かえって女をだまして、自分を欺くとはけしからん男だと思っている女の思い違いを強めてやるという、より深刻な復讐に甘んずるだけのユーモアを失わずにいるとしたら、この場面は実に愉快なものになることだろう。



> > > > > > > > > > Jan Garbarek & The Hilliard Ensemble - Ov zarmanali
> > > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=eL2b4Y2_qxY&feature=mfu_in_order&list=UL
> > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > わが沈黙の共犯者よ!
> > > > > > > > > >
> > > > > > > > > > ぼくの生活はぎりぎりまで押しつめられました。この世に生きているのがたまらなくいやです。味わいも意味もない生活です。人々が提供してくれる説明など、たとえばピエロ以上に飢えていたにしても、ぼくは食いたく思わないでしょう。

> > > > > > > > > Arvo Pärt - Sarah Was Ninety Years Old (Part 1 of 3)
> > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=g0Usv4O9lSQ&feature=BF&list=QL&index=29
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ぼくの理性は立ちどまっています、というよりも、ぼくは理性と別れている、といったほうが当たっているでしょう?
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ある瞬間には、ぼくは疲れ果てて、生気を失い、無関心のあまりまるで死んだようになります。また他の瞬間には、ぼくは荒れ狂って、誰かぼくの怒りを放散することのできる相手を見つけるために、世界の極(はて)から極まで絶望的に駆け廻ります。ぼくという存在のうちにある一切のものが、自分自身と矛盾して喚(わめ)いています。

> > > > > > > > Carmen McRae - Trouble Is A Man
> > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=_zhboeJkNGg&feature=related
> > > > > > > >
> > > > > > > > http://lyricsplayground.com/alpha/songs/t/troubleisaman.shtml
> > > > > > > > ぼくは何か災難にあったのではないでしょうか、あの事件はひとつの災難なのではないでしょうか?
> > > > > > > > 現実があらわれるその瞬間に、すべては失われたのです。そのときはもう手おくれです。彼女がそこに見いだそうとする現実は、ぼくにとっては、ぼくの本来の精神的現実につきそって走る影にすぎません、あるいはぼくを笑わせようとし、あるいはぼくの生活を侵して掻き乱そうとする影なのです。
> > > > > > > >
> > > > > > > > つまりは、まるで影をつかもうとでもするかのように、あるいは影に向かって手を差しのべようととでもするかのように、ぼくは手探りしながら彼女をつかもうとするようなことになるでしょう。

> > > > > > > > 名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。
> > > > > > > >
> > > > > > > > そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > > > > > > >
> > > > > > > >                                  敬具



[53708] 関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。Re:[53706] わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。Re:[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/20(Thu) 11:08  

ねんやらほANNEX−Ω   訪問者数:2320806(今日:190/昨日:467)2011/01/20(Thu) 09:23

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> > > > > >
> > > > > > Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25
> > > > > >
> > > > > > 追憶の恋のみが幸福な恋である、とある作家が言った。その恋がまずひとを不幸にするのを追憶するというだけのことであるなら、まったくそのとおりである。
> > > > > >
> > > > > > ほんとうは、反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。
> > > > > >
> > > > > > 反復の恋には、追憶の恋と同じように、期待と不安定さがない。探検に伴う不安な冒険もない、しかしまた、追憶のもつ哀愁もない、そこには瞬間の至福な確実さがある。
> > > > > >
> > > > > > 期待は新調の衣服で、ぱりっとして、しかもきらびやかである。しかしそれはまだ着てみたわけではない、だから、はたして体にぴったり合うかどうか、またよく似合うかどうかもわからない。
> > > > > >
> > > > > > 追憶はもう着なくなった古着である、それがどんなに美しくても、いまでは体のほうが大きくなってもうどうにも身丈があわない。
> > > > > >
> > > > > > 反復は着古されることのない着物である。それはぴったりと着心地よく体に合い、窮屈でもなければだぶつきもしない。
> > > > > >
> > > > > > 期待は追う手をすり抜けてゆくかわいい娘である。
> > > > > >
> > > > > > 追憶は美しくはあるが今ではもうけっして用を足せない老婆である。
> > > > > >
> > > > > > 反復はいつまでも飽きることのない愛妻である。
> > > > > >
> > > > > > 飽きがくるのは新しいものに限っているからだ。古いものはけっして飽きることがない、そして古いものが目の前にあると、ひとは幸福になる、しかも、反復が何か新しいものでなければならぬかのような思い違いをしないひとだけが、本当に幸福になる。もしそういう思い違いをしていたら、ひとはやがて反復にも飽きてしまうだろう。
> > > > > >
> > > > > > 期待するには若さが要る、追憶するには若さが要る。
> > > > > >
> > > > > > しかし、
> > > > > >
> > > > > > 反復を欲するには勇気が要る。
> > > > > >
> > > > > > 期待するしか欲しないものは卑怯である。
> > > > > >
> > > > > > 追憶をしか欲しないものは淫らである。
> > > > > >
> > > > > > しかし、
> > > > > >
> > > > > > 反復を欲するものは男である。
> > > > > >
> > > > > > そして、
> > > > > >
> > > > > > このことをしっかりと自覚するにつれて、ひとはそれだけ深みのある人間になる。
> > > > > >
> > > > > > ところが、
> > > > > >
> > > > > > 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、所詮まぬがれられぬ運命、つまり自滅するほかあるまい。
> > > > > >
> > > > > > 思うに、
> > > > > >
> > > > > > 期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。
> > > > > >
> > > > > > 追憶はまことに乏しい糊口の資で、これまた腹を満たすには足りない。
> > > > > >
> > > > > > ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。
> > > > > >
> > > > > > ひとたび人世を周航してみれば、人生が反復であることを理解するだけに勇気がもてるかどうか、また、反復を楽しむ気持になれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前にまず人生を周航しなかったものは、けっして生きることにはならないだろう。人世を周航してはみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。
> > > > > >
> > > > > > 反復を選んだ人、その人だけがほんとうに生きるのである。
> > > > > >
> > > > > > 彼は子供みたいに蝶を追いまわしはしない、この世の栄耀栄華をのぞくために爪立ちしたりもしない、彼はそれを知っているからだ。
> > > > > >
> > > > > > 彼はまた老婆のように紡ぎ車の前に坐って追憶の糸を紡ぐこともしない。
> > > > > >
> > > > > > むしろ、
> > > > > >
> > > > > > 彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。
> > > > > >
> > > > > > ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?
> > > > >
> > > > > Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> > > > > http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26
> > > > >
> > > > > 時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?
> > > > >
> > > > > 次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がこいねがうであろうか?
> > > > >
> > > > > 神みずからが反復を望まれたのでなかったら、世界はけっして生成しなかったであろう。神は期待するままに絶えず新しい計画を立ててゆくか、それとも、万物をもとへ呼び戻して、追憶のなかに保存するかしたことであろう。しかし、神はそうしなかった、だから世界はこうして存立しているのだ、しかも、それは反復であることによって存立しているのである。
> > > > >
> > > > > 反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。
> > > > >
> > > > > これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。
> > > > >
> > > > > ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。
> > > > >
> > > > > そのようなことはすべて、
> > > > >
> > > > > わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。
> > > >
> > > > Lizz Wright's Version of 'Hey Mann'
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=_Wp8-ahXVFI&feature=BF&list=QL&index=31
> > > >
> > > > 恋するものはよく恋の甘い不安を詩人の言葉に託して吐き出しながら歓喜に酔うものだが、彼もそうだった。彼は部屋のなかを往きつ戻りつしながら、ポウル・メラーの詩の一節を幾度も繰り返した。
> > > >
> > > >     わが古きゆり椅子に
> > > >       立ち返りくる若き日の夢
> > > >     女性(おみな)らの太陽(ひ)と照り映ゆる
> > > >       汝(いまし)へのあこがれ絶えず
> > > >
> > > > ・・・メランコリックな男に恋をさせてみるがいい、そしたら何もかも消し飛んでしまう、とよくきまったように言われる。しかし、彼がほんとうにメランコリックであるなら、彼にとって何よりも重大な事柄を彼の心がどうしてメランコリックに考えずにいられるだろうか。
> > > >
> > > > 彼は深くそして熱烈に恋している、これは明らかだ。
> > > >
> > > > それだのに、彼は最初の日からもう彼の恋愛を追憶できる状態にある。
> > > >
> > > > つまり、彼は恋愛関係をすでにすっかり完了しているのである。始めるときにおそろしく大股に歩いたために、彼は人生を飛び越してしまったのだ。・・・
> > >
> > > Frank Sinatra - Only the Lonely
> > > http://www.youtube.com/watch?v=bef_s1Bhn7o&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=59
> > >
> > > 追憶は喪失から始まるという大きな利益をもっている、だからそれは安全だ、失うべき何ものももたないからである。
> > >
> > > 彼女は彼の恋人であった。彼がかつて愛した唯一の恋人、彼がいつか愛するようになるかもしれない唯一の恋人であった。しかし、それだのにまた、彼は彼女を愛してはいなかった、彼はただ彼女に憧れていただけだったのだ。
> > >
> > > あの少女は彼の恋人ではなかったのだ。彼女は彼のうちに詩的なものを目覚めさせ彼を詩人にする誘因だったのである。
> > >
> > > だからこそ、彼は彼女だけを愛することができ、彼女をけっして忘れることができず、けっしてほかの女を愛しようとはしなかったのだ。けれども、彼はつねに彼女をただ憧れていただけのことであった。
> > >
> > > 彼女は彼自身の全存在のなかに吸収されてしまったのである。彼女の思い出はいつまでもいきいきと残ることだろう。
> > >
> > > 彼女は彼にとってあまりに大きい意味をもってしまった、彼女は彼を詩人に仕上げてしまったのだ、
> > >
> > > だからつまり、
> > >
> > > 彼女は自分自身の死刑判決書に署名してしまったのだ。
> >
> > Kenny Rogers - Lady
> > http://www.youtube.com/watch?v=Tj_NjLBPotQ&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=11
> >
> > 時の経つにつれて、彼の恋愛関係は悩みを加えていった。彼の憂鬱はしだいに勢いを得、彼の肉体力は心の葛藤にすり減らされていった。彼は自分が彼女を不幸にしたことをさとった、けれでも彼はなんら間違いを犯した覚えはなかった。しかし少しも責任(つみ)がないのに彼女の不幸の責めを負わねばならぬということ、まさしくこのことが現に彼には躓き(つまづき)であり、彼の激情をはげしくかきたてるのであった。
> >
> > それにしても、詩人的な憂鬱な性(たち)の男に愛されるほど若い娘にとって誘惑的なことはあるまい。
> >
> > 諦めることをしないで男にうるさくつきまとい、それが真実に男を愛していることの証明だなどと自惚れるほど利己的な女があるとしたら、そういう女の一生の任務はまことに安易なもので、誠実だという名誉と疚しからぬ良心を、同時にまたごく上品に洗練された恋愛までも、わけなく享受できるだろう。
> >
> > 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!
>
> Vera Lynn - As Time Goes By
> http://www.youtube.com/watch?v=S8F9NzVuIuA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=1
>
> 恋がイデーによって支えられている場合には、どんな動きも、どのようなかりそめの感動も、みなそれぞれ意味をもってくる。そこにはいちばん肝心なもの、詩的葛藤がつねに現存しているからである。
>
> しかもこの葛藤は、わたしの知っているかぎりでお、わたしがここに描いているそれよりも時としてはるかに恐ろしいものであることがある。
>
> どんな美人もイデーほど気むずかしくはない。娘の不興など、イデーの怒りに比べると、まだしも堪えやすい、しかも何より、イデーの怒りだけはとうてい忘れられるものではない。
>
> わたしはレタスが好きだが、いつも芯だけしか食べない、葉は豚にやるものだとわたしは思っている。
>
> わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。
>
> これに文句をつけたい人はなんとでもいうがいい、わたしは意に介しない。

It's Over-Gato Barbieri
http://www.youtube.com/watch?v=ksmLewp4vf8&feature=BF&list=QL&index=4

時が経った。わたしも差しつかえのないときには、彼女の夜の祈祷に立ち会った。そこで彼女はその一日の償いに、大声をたてて喚きながら、思う存分胸の思いを吐き出した。昼間は男を蠱惑するのに費やしたからだった。

岩角に釘づけにされたプロメテウスが、禿鷹に肝臓をついばまれながら、その語る予言によって神々を惹きつけるように、彼女は恋人を惹きつけた。

くる日もくる日も、すべてがささげつくされた、その日その日が最後であったから。だが、それがいつまでもつづくわけではなかった。

彼女はおのれを縛りつけている鎖を噛んでみた。しかし、彼女の激情がたけりたてばたけりたつほど、彼女の歌はいよいよ甘く、彼女の言葉はいよいよ優しく、鎖はいよいよ固くなった。

この誤解から現実の関係を作り上げるなどということは、彼女には不可能だった。それこそ彼を永久の欺瞞にゆだねることだった。

彼女の思い、彼女の心は、実は彼とは別のものを、つまり、彼女が彼に象徴させているものを求めているのであって、彼はその憧憬の化身にすぎないといって彼の思い違いを説明してやるのは、彼を深く傷つけることで、それには彼女の誇りが憤りを感ずるのであった。そういうやり口は、彼女の何よりも軽蔑するものであった。

それはまた彼女として当然なことだった。

男を欺き誘惑するのは軽蔑すべきことである、しかし、あなたはわたしの理想ではなかったのだと説明して男をいいくるめたり、あなたは詩神にすぎなかったのだといって男をなだめたり、自分を悪者にしないばかりか立派な逃げ道までもこしらえて男を見捨ててしまうというのは、さらに軽蔑すべきことである。

男をくどく経験を多少とも積んだものなら、それくらいのことはわけなくやってのけるだろう。

せっぱつまって男のほうでもその申し出に応ずるだろう。こうして首尾よく逃げおおせたうえに、しかも正直な人ということになる、親切な人ということにさえなる。

しかしあとになってみると、だまされていたことを知っている男よりもいっそう深い傷を、その男は心に負っているのである。

だからどんな恋愛関係においても、関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。

エロス的な目をもちしかも臆病でない女なら、思いやりをもたないということが、男の体面を保ってやるための残された唯一の方法だということを、容易に理解するだろう。




> > > > > > > > > Jan Garbarek & The Hilliard Ensemble - Ov zarmanali
> > > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=eL2b4Y2_qxY&feature=mfu_in_order&list=UL
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > わが沈黙の共犯者よ!
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ぼくの生活はぎりぎりまで押しつめられました。この世に生きているのがたまらなくいやです。味わいも意味もない生活です。人々が提供してくれる説明など、たとえばピエロ以上に飢えていたにしても、ぼくは食いたく思わないでしょう。ひとは指先を大地にさしこんで、自分がどんな土地にいるのか嗅ぎわけます。ぼくは人生に指先をさしこみますーーーそれはなんの臭いもしません。
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ぼくはどこにいるのでしょう?
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 世界!
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > それは何をいうのでしょう?
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > この言葉は何を意味するのしょう?
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ぼくをこの世界のなかへおびき入れて、ここにこうしてほったらかしておく人は誰なのでしょう?
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ぼくは誰なのでしょう?

割愛

> > > > > > > > > 責めーーーこれはどういう意味なのでしょう?
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > それは魔法でしょうか?
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > ひとりの人間がどうして責めを追うようなことになるのかは、はっきりわからないことなのでしょうか?
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 答えようとするひとはないのですか?
> > > > > > > > >
> > > > > > > > > 関係者である皆さんにとって、これはきわめて重大な問題ではないのでしょうか?
> > > > > > > >
> > > > > > > > Arvo Pärt - Sarah Was Ninety Years Old (Part 1 of 3)
> > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=g0Usv4O9lSQ&feature=BF&list=QL&index=29
> > > > > > > >
> > > > > > > > ぼくの理性は立ちどまっています、というよりも、ぼくは理性と別れている、といったほうが当たっているでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > ある瞬間には、ぼくは疲れ果てて、生気を失い、無関心のあまりまるで死んだようになります。また他の瞬間には、ぼくは荒れ狂って、誰かぼくの怒りを放散することのできる相手を見つけるために、世界の極(はて)から極まで絶望的に駆け廻ります。ぼくという存在のうちにある一切のものが、自分自身と矛盾して喚(わめ)いています。
> > > > > > > >
> > > > > > > > どうしてぼくは責めあるものになったのでしょうか?
> > > > > > > >
> > > > > > > > それともぼくには責めがないのでしょうか?
> > > > > > > >
> > > > > > > > それならなぜぼくはすべての人の口の端にかかってそう呼ばれるのでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > 口でいうことと心で思うこととが違うとしたら、人間の言葉というものはなんというくだらぬ発明なのでしょう。
> > > > > > >
> > > > > > > Carmen McRae - Trouble Is A Man
> > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=_zhboeJkNGg&feature=related
> > > > > > >
> > > > > > > http://lyricsplayground.com/alpha/songs/t/troubleisaman.shtml
> > > > > > > ぼくは何か災難にあったのではないでしょうか、あの事件はひとつの災難なのではないでしょうか?
> > > > > > >
> > > > > > > ぼくという存在全体が変化を受け、ぼくが別な人間になるということを、ぼくはあらかじめ知ることができたでしょうか?

割愛

> > > > > > > 現実があらわれるその瞬間に、すべては失われたのです。そのときはもう手おくれです。彼女がそこに見いだそうとする現実は、ぼくにとっては、ぼくの本来の精神的現実につきそって走る影にすぎません、あるいはぼくを笑わせようとし、あるいはぼくの生活を侵して掻き乱そうとする影なのです。
> > > > > > >
> > > > > > > つまりは、まるで影をつかもうとでもするかのように、あるいは影に向かって手を差しのべようととでもするかのように、ぼくは手探りしながら彼女をつかもうとするようなことになるでしょう。
> > > > > > >
> > > > > > > そのときこそ、彼女の生活は空費されたことになるのではないでしょうか?
> > > > > > >
> > > > > > > それこそ彼女はぼくにとって死んだも同然になります。・・・中略・・・・
> > > > > > >
> > > > > > > ーーーそれとも、あの事件をすっかり忘れてしまうのが、いちばんいいのでしょうか?
> > > > > > >
> > > > > > > 忘れるなんて!
> > > > > > >
> > > > > > > あれを忘れるなら、ぼくは生きていることをやめたにひとしいではありませんか。
> > > > > > >
> > > > > > > 愛する娘といっしょに名誉と誇りまでも失ったことは、しかもどうしてそういうことになったのか、なぜぼくがその償いをすることができないのか、それが誰にもわからないというふうな失いかたをしたとは、いったなんという人生なのでしょう?

割愛

> > > > > > > ぼくがなにを言おうとしたところで、それがなんの役に立つでしょう。・・略。ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。ぼく自身に名前がないのと同じです。
> > > > > > >
> > > > > > > 名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。
> > > > > > >
> > > > > > > そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > > > > > >
> > > > > > >                                  敬具



[53707] 骨肉内臓で奏でる歌曲はひとそのもの。Re:[53630] O+GOD=GOOD!Re:[53624] another とは、an other ですから、今とは違うまた別の賭博にして色恋がしたい、という貪欲に捉われている苦渋、皮相で愉悦に満たされていても、決して満足できない飢餓感、さういう表に出さない愚痴も後悔もあったわけで・・さういう愚痴も後悔もあった、別れてしまったYOUなのか新しいYOUなのか、そこはわかりませんが・・いまや愛情に溢れて、最後にもう一度繰り返すこの最終章にいたるわけです。Re:[53623] 苦渋の祈りと諧謔の乾杯!その苦い乾杯の味がわからぬでは、この歌の「鳥肌」も単なる痒みに堕してしまうやうな・・そんな気がしますがRe:[53622] 借過 Excuse Me Re:[53621] 身につまされますね。その身のありやう。Re:[53601] この言説の論理に顕著なことは、主語ではなくて動詞、述語で、同一性を謂い募るわけで、これも、認知の退行現象であり、場合によって病的現象でもあります。Re:[53600] わたしは愛されないひと とか みんなわたしをいらないという とかいう言説もよくみうけられますが・・・Re:[53599] 遠く大陸と大洋をさ迷って魔術的に出会ったこの智慧のある少年の一語一慧に凝縮されておるんどすけん、さういう遠く大陸と大洋をさ迷った分裂トラウマを如何に己の人生に生かすのかは、畢竟、己自身にかかっておる。THE GREATEST THING YOU’LL EVER LEARN IS JUST TO LOVE and TO BE LOVED♪くっちゃべり〜くんの幼稚な言説にはいろいろつっこみもできますが、弔辞のあとですから、遠慮して、くっちゃべり〜くんにお似合いの画面でしめませう。Re:[53598] 李   隆 (イユン、山口県下関市、44歳) 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/20(Thu) 08:41  

れとれしほANNEX−Ω   訪問者数:2320756(今日:140/昨日:467)2011/01/20(Thu) 08:29

Harlem Nocturne Sam Taylor
http://www.youtube.com/watch?v=0xr4Ex8i-lw&feature=BF&list=QL&index=27

書き込みがでけなくなって、怒り心頭、であったが、なんちゅうこともなく、娘にきけば、ワイヤレスキーボードの電池切れとか、老いて無知の怒りも恥ずかしいものですね。

> にうろそろANNEX−Ω   訪問者数:2295327(今日:373/昨日:492)2010/12/07(Mon) 10:09
>
> さて、少し整理してと特化しませう。
>
> > あきわあみANNEX−Ω   訪問者数:2294335(今日:408/昨日:508)2010/12/03(Fri) 18:39
> >
> > Shirley Horn "The Very Thought Of You"
> > http://www.youtube.com/watch?v=pbSoQuEnZSk&feature=BF&list=QL&index=10

> > > > > Jacintha - Here's to life (HQ Audio)
> > > > > http://www.youtube.com/watch?v=uwHcxRVSdXI&list=QL&playnext=1
> >
> > > Shirley Horn - Here's To Life!
> > > http://www.youtube.com/watch?v=jUN3EAtBeko&feature=BF&list=QL&index=6
> >
> > Jacinthaのほうが潤いがありますが、寂びと侘びは流石にShirley Hornですね。
> >
> > 下記の歌詞は上記2名の詩とはほんの少し違いますが、ほとんどかわりません。
> >
> > この詩のまとまりを壊すのも忍びないのですが、割って入ります。
> >
> > > > > Music and Lyrics by Artie Butler and Phyllis Molinary
> > > > >
> > > > > No complaints and no regrets
> > > > > I still believe in chasing dreams and placing bets
> > > > > For I have learned that all you give is all you get
> > > > > So give it all you've got
> > > > >
> > > > > I had my share, I drank my fill
> > > > > And even though I'm satisfied, I'm hungry still
> > > > > To see what's down another road, beyond a hill
> > > > > And do it all again
> > > > >
> > > > > So here's to life
> > > > > And all the joy it brings
> > > > > Yes, here's to life
> > > > > And dreamers and their dreams
> >
> > まず、ここまでが、ひとまとまりで・・賭場が酒場に重なり、そして人生行路へ重なって行くという風に景色がうつってゆき、それらの愉悦と夢見人らと夢夢夢に乾杯とゆくのですが・・
> >
> > つぎのFunnyからこの人生行路、賭場、酒場が色恋と重なってくるんですね。
> >
> > > > > Funny, funny how the time just flies
> > > > > How love can go from warm hellos to sad goodbyes
> > > > > And leave you with the memories you've memorized
> > > > > To keep your winters warm
> > > > >
> > > > > But there's no yes in yesterday
> > > > > And who knows what tomorrow brings or takes away
> > > > > As long as I'm still in the game, I want to play
> > > > > For laughs, for life, for love
> > > > >
> > > > > So here's to life
> > > > > And all the joy it brings
> > > > > Yes, here's to life
> > > > > And dreamers and their dreams
> >
> > この色恋は賭場の匂いを紛々と残しながら、そこに幾許かの苦さが漂い始めるんですが、それでもまだ乾杯は、人生とその愉悦とその夢見人らとその夢夢夢のためなんですね。
> >
> > I want to play 
> > のplay(演じる、遊ぶ、もてあそぶ)する
> >
> > for laughs, for life, for love
> >
> > は
> >
> > laughs,life,loveとLそろいですが、laughsは単なる「笑い」ではなく複数で「気晴らし」の意味になりますし、同様にlifeもloveも、意味はいろいろなニュアンスがあるわけで、ここでは、頭の気晴らしの演技、人生、色恋のゲームというところでせうね。
> >
> > しかしながら、そのほろ苦さをも含んだ愉悦もいつかは嵐に化す、而してその嵐、ストームですが、人生行路の嵐であると同時にこれはファイヤーストームのストームのように、賭場での運不運の嵐であり、またまたお互いの人間関係に於ける狂気の嵐でもありませうが・・
> >
> > > > > May all your storms be weathered
> > > > > And all that's good get better
> > > > > Here's to life
> > > > > Here's to love
> > > > > Here's to you
> >
> > ここに至って、play for laughs, for life, for love の気晴らしのlaughsはきえさって、life, love, youと変化してくる。
> >
> > つまり、最初の2段では・・So here's to life And all the joy it brings Yes, here's to life And dreamers and their dreams という
> > 人生とその愉悦とその夢見人らとその夢夢夢のための乾杯は、内容がかわってきて、愉悦も夢も夢見人もいなくって、life, love, youと変化してくる。
> >
> > つまりここに至って、life, loveという表面は以前と同じ言葉もその内容が俄然と変わってくる、それを変える契機は、最初の第一段落では陰に隠れていたYOUの出現なんですね。
> >
> > 果たして、そのyouのあいりようは如何に?
> >
> > その鍵は出だしの・・No complaints and no regrets、にあるかと。
> >
> > これは、自分に云うと同時に相手つまりyouにも云っている。
> >
> > 愚痴はいらない、後悔もいらない。
> >
> > でも、かういっていることこそが、愚痴も後悔もあるわけで・・
> >
> > その愚痴と後悔が、たらふく呑んでもものたりない飢餓状態、それは酒の渇きとであると同時に賭博の色恋の渇きであるからこそ、To see what's down another road, beyond a hill、つまり another とは、an other ですから、今とは違うまた別の賭博にして色恋がしたい、という貪欲に捉われている苦渋、皮相で愉悦に満たされていても、決して満足できない飢餓感、さういう表に出さない愚痴も後悔もあったわけで・・
> >
> > さういう愚痴も後悔もあった、別れてしまったYOUなのか新しいYOUなのか、そこはわかりませんが・・いまや愛情に溢れて、最後にもう一度繰り返すこの最終章にいたるわけです。
> >
> > > > > May all your storms be weathered
> > > > > And all that's good get better
> > > > > Here's to life
> > > > > Here's to love
> > > > > Here's to you
> > > > >
> > > > > 身につまされますね。その身のありやう。
> > > > >
> > > > > 骨から癒すか。

打楽器

> > > > > 肉から癒すか。

弦楽器

> > > > > 内臓から癒すか。

管楽器

骨肉内臓で奏でる歌曲はひとそのもの。

> > > :*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。
> > >
> > > ところで、かういう間違いらしきものもあります。
> > >
> > > 詩を訳すことはやさしくはありませんので、この訳者の努力には敬意を表しますが・・
> >
> > ま、ソレガシの勝手な解釈ですが、かういう見方もできるということですね。
> >
> > さらに、一文、一文こまかく味わいを記せば、さらにハッキリしますが、今夜のところはこのへんで・・
>
> さて、下記のYOUTUBEはまたしても削除されてしまっていますが・・再掲してこまかくやってみます。なんだか、昔の谷内修三くんめいてきて、こんな詩を料理してみました、ちうか、ま、俳句でも詩でも思想でも、その逃避ぢゃのうて当否は別にしても、一応自分なりに料理して消化してみる、さすれば毒になる栄養になるか、食わず嫌いのむきもあるでせうが、なんでも好奇心でやってみたら、徹底的に突っ込んでみて己がものにする、ちうとこれまた貪欲ですが、己がものがすなわち汝がものなんですから、触ることは触られること、かういう詩に触れられたとりもなおさず触れかえす、かのIN RETUNではあらへんけんども、ま、相補ならぬ相互性の味わいでもあらうかと・・
>
> > Barbra Streisand
> > Here's To Life
> > Love Is The Answer 2009
> >
> > Music and Lyrics by Artie Butler and Phyllis Molinary
> >
> > No complaints and no regrets
>
> 愚痴を言うんならもう帰りますよ、と云ったお方もおられましたね。
>
> 愚痴と後悔は、古来云うべきものにあらず、するべきものにあらずということで、近世では宮本武蔵の五輪の書にもでてきますし、海の向う側のフランク支那虎のMAY WAYでも武蔵の飲み込みに対して唾を吐き出しやうにspit outしちゃうとか、いろんな場面でいろいろに歌われ、もちろん、心理学でも、精神医学でも、思想でも、いろいろな解析がなされていますが、ま、さういう分析よりも、やっぱし、一つの塊として、愚痴や後悔を歌った歌のはうが生活実感があるかもしれませんね。
>
> ということは、畢竟、この歌も、No complaints and no regrets とはいいながら、 complaints and regrets の歌である、ということは、いわずもながらに明らかなのですが、それを皮相のコトバでは No complaints and no regrets で joy や laughs(気晴らし)、And dreamers and their dreams 畢竟、夢見人と夢夢夢で現実逃避の歌とみれなくもありませんね、すくなくとも、最終にリフレインされる二つ章までは。
>
> > I still believe in chasing dreams and placing bets
>
> この still という、未だに、という一語、未だに信じている、拘っている、という言い方に、さういうものを信じてはいけない、拘ってはいけない、いけないというまでもなく、さうぢゃないありよう、生き方というものへの意識、無意識がこのSTILLの一語にも滲み出ていますね。
>
> believe in ちうのんは、believe in God とか、さういう believe in で、いまや、中世の神が全能の時代でもなく、神は死んだ、殺された時代ですから、この believe in も、ま、信じるとはいえ多々あるものの一つへのコダワリにすぎない、ともいえるんではないでせうか。
>
> なんとなれば、 chasing dreams and placing bets なんちうもんは、畢竟、ゲームであるちうことは、この歌の意識にすら上っているんですから。
>
> さらに、chasing dreams and placing bets が、連想させることに人生の多様さもまたこのコトバの選択のうまさでせうが、現実、自分の足もとがしっかりしないで、浮き足だって夢を追いかけ、はたまた、placing bets あのラスベガスでチップを積む、賭けの現金でもいいのですが、究極は自分の身体や命まで、賭場のチップにように置いて賭けてしまう、そんな風景ですね。
>
> この賭場の風景は、のちほど出てきて明らかになるやうに、色恋と重なっているんですから、この次の風景は、その色恋で男女が二人だけでサシで賭けをしている風景とも受け取れますし、さういぢゃないともうけとれますが・・・。
>
> > For I have learned that all you give is all you get
> > So give it all you've got
>
> 二人だけなら、私に頂戴、ちうことになるんでせうが、さうぢゃなくんば、手に入れたものを手放しなさい、ということが与えるということなんでせうね。ただ手放すんぢゃのうて、誰にかしらんが、与え手放す、そもそもが、 all you give is all you get なんですから。ここにも、なんかしら賭博のありように引っ掛けながら人生のありようが歌われておって、それは、なんも賭けのチップでも現金でもはては身体や命でなくても、あらゆるわれらが知識、経験、思想に通じるものがありますわの。
>
> > I had my share, I drank my fill
>
> このmy shareという観念、概念、捉え方はソレガシにおいては、過去ことさら色恋や愛においては馴染まぬコンセプトなんですが、だうも、かういう、株式会社の株めいた言い方が、あちゃらのみならず、こちゃらでもいわれるようになって、たしかに、ケーキが冷蔵庫にあって、全部食っちゃえば、嗚呼、私の分まで食べられてしまったと非難されるのは、しょうがないとしても、いったい愛を基調とする関係において、自分の取り分とかシェアをうんぬんするその基盤がよくわからぬのですが、ともかく、ここでは、賭けの色恋ですから、私の取り分ということもでてきて、その取り分でたらふく呑むというのは、これは皮相のコトバであって、その深層、深読みをすれば・・風情が減殺されるのですが・・
>
> 古来云われておるやうに、はたまた近代現代の心理学精神医学でも議論されおるやうに、女性は取り込み欲求、飲み込み欲求が強い、それは男性の観念的なもしくは身に着ける名利への欲求の強さに比して、体内へ取り込めるものへの取り込もう、飲み込もうとする欲求がつよいわけで、その対象は男性であり、ましくは男性の一部であり、それが酒という比喩で歌われていることもママありますれば、かのジュリー倫敦ほかの、YOU GO TO MY HEAD
>
> Julie London - You Go to My Head
> http://www.youtube.com/watch?v=YmV5oThSwK4
>
> などになるわけですが、さういう意味で、酔っ払っても、酔っ払っても、もっと欲しい、男なんかフェッドアップ、こう吐き気がするすほどにたらふく食って呑んでも、まだ、もの足りない、また別のが欲しくなる、ま、さういう風景が、このコトバの皮相の裏には潜んでいるちうのんは、深層心理学に過ぎた見方でせうか?
>
> > And even though I'm satisfied, I'm hungry still
> > To see what's down another road, beyond a hill
> > And do it all again
>
> 畢竟、この景色は、賭博に重なっておって、お金をあるいは自分を色恋に賭ける、そのスリルの味わいんですね。
>
> まあ、パチンコでもマージャンでもラスベガスのバカラ、ルーレットでも、賭けで勝った玉やお金なんか、それを得るか失うかするスリルに比して屁でもねえ、ちうことであって、畢竟賭け事の醍醐味はそのスリルにあるわで、得失の成果は、単なる結果でしかすぎないのですから、賭け事は財産が果てるまでやりつづけ、賭けの色恋も身が果てるまでやりつづける。
>
> 丘に登る、ヒルクライムも、これまたある種の性的エクスタシーの比喩ですし、それを上り詰めて下るその爽快さもまたまたいろいろに解釈できるわけであって、そのアナザーロード、さいうことを繰り返したいちう貪欲な欲望のありやう。
>
> > So here's to life
> > And all the joy it brings
> > Yes, here's to life
> > And dreamers and their dreams
>
> まさに、それが人生であり、愉悦であり、夢見人と夢で・・これらに乾杯!これは、先のたらふく呑んだDRUNKに呼応する謂いで、さいうことの繰り返し、場を変え、対象を変えて・・
>
> > Funny, funny how the time just flies
>
> 光陰矢のごとくして
>
> > How love can go from warm hellos to sad goodbyes
>
> 荒淫もまた矢のごとし
>
> > And leave you with the memories you've memorized
>
> なにもモノサシぢゃないんだから・・
>
> > To keep your winters warm
>
> この keep your winters warmも、あちゃらの常套語ですね。
>
> > But there's no yes in yesterday
>
> この no yes も、また、賭博と色恋と酒と人生の no yes なんですね。
>
> つまり、引いてきたカードを、これはええとかわるいとか、いるとかいらないとか、美味しいとか不味いとか、幸運とか不運とか・・さいうことは、昨日までの過去ならばわかるけれども、明日はなにがくるのかはたまたとられてしまうのかわからない。
>
> > And who knows what tomorrow brings or takes away
>
> つまり、ここで隠れているのは、既知未知のセフレ、セックスフレンドであり、さいうもんとめぐり合う、あるいは失う、幸不幸、who knows what !!!
>
> > As long as I'm still in the game, I want to play
> > For laughs, for life, for love
>
> ま、さいう幸不幸にあっても、気晴らしのゲームなんだから、気晴らしの人生なんだから、気晴らしのラブなんだから・・
>
> > So here's to life
> > And all the joy it brings
> > Yes, here's to life
> > And dreamers and their dreams
>
> 愉悦と夢でいっぱいの人生に乾杯!ちう苦さ。
>
> > May all your storms be weathered
> > And all that's good get better
>
> しかし、まだこの期に及んでも、幸不幸の嵐のなかのグッドラックをベターラック、さらによくなりますようにと、欲張っているその夢身ぶりに・・
>
> > Here's to life
> > Here's to love
> > Here's to you
>
> joy愉悦やlaughs気晴らしやDream夢が消え去り、あらわれた汝が、その意味。
>
> > May all your storms be weathered
> > And all that's good get better
> > Here's to life
> > Here's to love
> > Here's to you
>
> O+GOD=GOOD!
>
> :*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。
>
>
> > > いかにせん、ちょっと違う!
> > >
> > > これでは、『「Here's to Life」という歌の歌詞(和訳)を教えてください。
> > > この歌聴いたとき、鳥肌がたったもので。。お願いします。<(__)>』さんが気の毒だし、かういう訳詩では、この歌を誤解するむきもあるでせうね。
> > >
> > > やうは、
> > >
> > > here's to〜というのは、〜へ乾杯!
> > >
> > > ということで、それには、その未来を祝福する意味もありますから、「これから〜が始まる」というのも一概に誤りではありませんが、ちょっと意味がズレてくる。
> > >
> > > さらに、
> > >
> > > May all your storms be weathered
> > > And all that's good get better
> > >
> > > は祈りですから、「になりますように」という祈りであって単なる「だろう」ではありません。
> > >
> > > そして、そのことを踏まえれば、なによりも問題なのは、この歌の全体の雰囲気に流れている、JOYとLOVEとかLIFEとかYOUとかDREAMERとかDREAMSとかへの乾杯の皮相に隠れた苦悩、つまりゲームを演じている自分の悲哀が裏に隠れている、そこを見逃してはアルコールも気も抜けたビールですわね。
> > >
> > >
> > > その苦悩をことさらに隠す悲愴に皮相だから、FUNNYであって・・As long as I'm still in the game, I want to play for laughs, for life, for loveなんであって、それも still つまり「いまだに」ゲームのPLAY(遊び)にうつつを抜かしている自分を歌っているんぢゃあ、ないでせうかね?
> > >
> > > > > Funny, funny how the time just flies
> > > > > How love can go from warm hellos to sad goodbyes
> > > > > And leave you with the memories you've memorized
> > > > > To keep your winters warm
> > > > >
> > > > > But there's no yes in yesterday
> > > > > And who knows what tomorrow brings or takes away
> > > > > As long as I'm still in the game, I want to play
> > > > > For laughs, for life, for love
> > >
> > > このバーバラの歌詞と違う歌い方をShirley Horn - Here's to Life はしていて、Shirley Hornが、この Here's to Lifeを世に広めた最初の歌手ですから、そこも参考にして味わえば、PLAYの歌い方に強調とアクセントがあるのは明白ですね。and を to に変えているとこも・・つまり every JOYへも乾杯、苦渋の乾杯で・・
> > >
> > > この下記のベストアンサーたる日本語訳は、どうもこの歌のもっとも核心にして肝心な味わいを逃しているぢゃあ、ないかと・・・
> > >
> > > 最後に二度繰り返される
> > >
> > > > > May all your storms be weathered
> > > > > And all that's good get better
> > > > > Here's to life
> > > > > Here's to love
> > > > > Here's to you
> > >
> > > この祈りと乾杯は、このゲームのプレイヤーとの
> > >
> > > warm hellos to sad goodbyes
> > >
> > > これは複数ですから、複数のYOU,悲しい別れをしてしまったYOU、
> > >
> > > > > Funny, funny how the time just flies
> > > > > How love can go from warm hellos to sad goodbyes
> > >
> > >
> > > それがいまだにわからないからか、おれとも気づいていながらか、ことさらに自分のPLAYしているゲームに拘りFUNNYといい、さらには、
> > >
> > > > > How love can go from warm hellos to sad goodbyes
> > > > > And leave you with the memories you've memorized
> > > > > To keep your winters warm
> > >
> > > このkeep your winters warm の warm も、まあ、一種の諧謔なんぢゃないかと・・
> > >
> > > だから、FUNNY!
> > >
> > > そこを見逃し、最後の
> > >
> > > > > May all your storms be weathered
> > > > > And all that's good get better
> > > > > Here's to life
> > > > > Here's to love
> > > > > Here's to you
> > >
> > > の苦渋の祈りと諧謔の乾杯!
> > >
> > > その苦い乾杯の味がわからぬでは、この歌の「鳥肌」も単なる痒みに堕してしまうやうな・・そんな気がしますが
> > >
> > > http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1049300500
> > >
> > > ベストアンサーに選ばれた回答aristotelian_platoさん
> > >
> > > 「Here's To Life」 Shirley Horn
> > >
> > > 不平不満も無ければ後悔もしていない
> > > 私は今でも夢を追いかけて夢に賭けることが良いことだと信じている
> > > あなたが与えてくれるものはあなたが手に入れているものだということを
> > > 私は学んだからあなたが手に入れているもの全てを与えて欲しい
> > > 私は分け前をもらうと思う存分飲んだ
> > > 私は自分が満足している時でさえも
> > > あの丘の向こう側にある道の上にあるものを見て
> > > 全てをやり直そうとまだ渇望している
> > >
> > > だからここから人生が始まるのよ
> > > あらゆる喜びがもたらされる
> > > そう、ここから人生が始まるのよ
> > > 夢見る人たちが夢を追いかける
> > >
> > > 時がこんなに速く過ぎてしまうなんて不思議ね
> > > 愛がこんなに速く冷めてしまい悲しい別れを迎えることも不思議だし
> > > あなたが心に刻んだあなたの冬を暖め続けた想い出と共に
> > > 愛があなたを置き去りにしていけることも不思議
> > >
> > > 昨日の時点では確信は持てない
> > > 明日が何をもたらして何を持ち去るかなんて誰が分かるというの?
> > > 私はゲームに参加している限り
> > > 笑いや人生や愛のためにゲームをしていたい
> > >
> > > だからここから人生が始まるのよ
> > > あらゆる喜びがもたらされる
> > > そう、ここから人生が始まるのよ
> > > 夢見る人たちが夢を追いかける
> > > あなたは全ての難局を乗り切れるだろう
> > > 良いものは全てますます良くなる
> > >
> > > ここから人生が始まる
> > > ここから愛が始まる
> > > ここからあなたのもとへ向かう
> > > あなたは全ての難局を乗り切れるだろう
> > > 良いものは全てますます良くなる
> > > ここから人生が始まる
> > > ここから愛が始まる
> > > ここからあなたのもとへ向かう
> > >
> > > あなたは全ての難局を乗り切れるだろう
> > > 良いものは全てますます良くなる
> > > ここから人生が始まる
> > > ここから愛が始まる
> > > ここからあなたのもとへ向かう
> > >
> > > :*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。
> > >
> > > > > > Once upon a time in the west - Finale
> > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=Lo4lZuDoufs&feature=related
> > > > >
> > > > > > > Moments Like This - Julie London
> > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=k_cObZ5QafU&feature=BF&list=QL&index=1
>
> > > > > > > > Jon Hassell - Natuhttp://www.youtube.com/watch?v=b2COiOTnHVE&feature=BF&list=QL&index=94re Boy
>
> THE GREATEST THING YOU’LL EVER LEARN IS JUST TO LOVE and BE LOVED
>
> LOVEも多様ですね。

BY RETURN


[53706] わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。Re:[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/19(Wed) 09:01  

ねやれおむANNEX−Ω   訪問者数:2320276(今日:127/昨日:387)2011/01/19(Wed) 08:35

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> > > > >
> > > > > Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> > > > > http://www.youtube.com/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25
> > > > >
> > > > > 追憶の恋のみが幸福な恋である、とある作家が言った。その恋がまずひとを不幸にするのを追憶するというだけのことであるなら、まったくそのとおりである。
> > > > >
> > > > > ほんとうは、反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。
> > > > >
> > > > > 反復の恋には、追憶の恋と同じように、期待と不安定さがない。探検に伴う不安な冒険もない、しかしまた、追憶のもつ哀愁もない、そこには瞬間の至福な確実さがある。
> > > > >
> > > > > 期待は新調の衣服で、ぱりっとして、しかもきらびやかである。しかしそれはまだ着てみたわけではない、だから、はたして体にぴったり合うかどうか、またよく似合うかどうかもわからない。
> > > > >
> > > > > 追憶はもう着なくなった古着である、それがどんなに美しくても、いまでは体のほうが大きくなってもうどうにも身丈があわない。
> > > > >
> > > > > 反復は着古されることのない着物である。それはぴったりと着心地よく体に合い、窮屈でもなければだぶつきもしない。
> > > > >
> > > > > 期待は追う手をすり抜けてゆくかわいい娘である。
> > > > >
> > > > > 追憶は美しくはあるが今ではもうけっして用を足せない老婆である。
> > > > >
> > > > > 反復はいつまでも飽きることのない愛妻である。
> > > > >
> > > > > 飽きがくるのは新しいものに限っているからだ。古いものはけっして飽きることがない、そして古いものが目の前にあると、ひとは幸福になる、しかも、反復が何か新しいものでなければならぬかのような思い違いをしないひとだけが、本当に幸福になる。もしそういう思い違いをしていたら、ひとはやがて反復にも飽きてしまうだろう。
> > > > >
> > > > > 期待するには若さが要る、追憶すには若さが要る。
> > > > >
> > > > > しかし、
> > > > >
> > > > > 反復を欲するには勇気が要る。
> > > > >
> > > > > 期待するしか欲しないものは卑怯である。
> > > > >
> > > > > 追憶をしか欲しないものは淫らである。
> > > > >
> > > > > しかし、
> > > > >
> > > > > 反復を欲するものは男である。
> > > > >
> > > > > そして、
> > > > >
> > > > > このことをしっかりと自覚するにつれて、ひとはそれだけ深みのある人間になる。
> > > > >
> > > > > ところが、
> > > > >
> > > > > 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、所詮まぬがれられぬ運命、つまり自滅するほかあるまい。
> > > > >
> > > > > 思うに、
> > > > >
> > > > > 期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。
> > > > >
> > > > > 追憶はまことに乏しい糊口の資で、これまた腹を満たすには足りない。
> > > > >
> > > > > ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。
> > > > >
> > > > > ひとたび人世を周航してみれば、人生が反復であることを理解するだけに勇気がもてるかどうか、また、反復を楽しむ気持になれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前にまず人生を周航しなかったものは、けっして生きることにはならないだろう。人世を周航してはみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。
> > > > >
> > > > > 反復を選んだ人、その人だけがほんとうに生きるのである。
> > > > >
> > > > > 彼は子供みたいに蝶を追いまわしはしない、この世の栄耀栄華をのぞくために爪立ちしたりもしない、彼はそれを知っているからだ。
> > > > >
> > > > > 彼はまた老婆のように紡ぎ車の前に坐って追憶の糸を紡ぐこともしない。
> > > > >
> > > > > むしろ、
> > > > >
> > > > > 彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。
> > > > >
> > > > > ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?
> > > >
> > > > Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26
> > > >
> > > > 時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?
> > > >
> > > > 次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がきねがうであろうか?
> > > >
> > > > 神みずからが反復を望まれたのでなかったら、世界はけっして生成しなかったであろう。神は期待するままに絶えず新しい計画を立ててゆくか、それとも、万物をもとへ呼び戻して、追憶のなかに保存するかしたことであろう。しかし、神はそうしなかった、だから世界はこうして存立しているのだ、しかも、それは反復であることによって存立しているのである。
> > > >
> > > > 反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。
> > > >
> > > > これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。
> > > >
> > > > ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。
> > > >
> > > > そのようなことはすべて、
> > > >
> > > > わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。
> > >
> > > Lizz Wright's Version of 'Hey Mann'
> > > http://www.youtube.com/watch?v=_Wp8-ahXVFI&feature=BF&list=QL&index=31
> > >
> > > 恋するものはよく恋の甘い不安を詩人の言葉に託して吐き出しながら歓喜に酔うものだが、彼もそうだった。彼は部屋のなかを往きつ戻りつしながら、ポウル・メラーの詩の一節を幾度も繰り返した。
> > >
> > >     わが古きゆり椅子に
> > >       立ち返りくる若き日の夢
> > >     女性(おみな)らの太陽(ひ)と照り映ゆる
> > >       汝(いまし)へのあこがれ絶えず
> > >
> > > ・・・メランコリックな男に恋をさせてみるがいい、そしたら何もかも消し飛んでしまう、とよくきまったように言われる。しかし、彼がほんとうにメランコリックであるなら、彼にとって何よりも重大な事柄を彼の心がどうしてメランコリックに考えずにいられるだろうか。
> > >
> > > 彼は深くそして熱烈に恋している、これは明らかだ。
> > >
> > > それだのに、彼は最初の日からもう彼の恋愛を追憶できる状態にある。
> > >
> > > つまり、彼は恋愛関係をすでにすっかり完了しているのである。始めるときにおそろしく大股に歩いたために、彼は人生を飛び越してしまったのだ。・・・
> >
> > Frank Sinatra - Only the Lonely
> > http://www.youtube.com/watch?v=bef_s1Bhn7o&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=59
> >
> > 追憶は喪失から始まるという大きな利益をもっている、だからそれは安全だ、失うべき何ものももたないからである。
> >
> > 彼女は彼の恋人であった。彼がかつて愛した唯一の恋人、彼がいつか愛するようになるかもしれない唯一の恋人であった。sかし、それだのにまた、彼は彼女を愛してはいなかった、彼はただ彼女に憧れていただけだったのだ。
> >
> > あの少女は彼の恋人ではなかったのだ。彼女は彼のうちに詩的なものを目覚めさせ彼を詩人にする誘因だったのである。
> >
> > だからこそ、彼は彼女だけを愛することができ、彼女をけっして忘れることができず、けっしてほかの女を愛しようとはしなかったのだ。けれども、彼はつねに彼女をただ憧れていただけのことであった。
> >
> > 彼女は彼自身の全存在のなかに吸収されてしまったのである。彼女の思い出はいつまでもいきいきと残ることだろう。
> >
> > 彼女は彼にとってあまりに大きい意味をもってしまった、彼女は彼を詩人に仕上げてしまったのだ、
> >
> > だからつまり、
> >
> > 彼女は自分自身の死刑判決書に署名してしまったのだ。
>
> Kenny Rogers - Lady
> http://www.youtube.com/watch?v=Tj_NjLBPotQ&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=11
>
> 時の経つにつれて、彼の恋愛関係は悩みを加えていった。彼の憂鬱はしだいに勢いを得、彼の肉体力は心の葛藤にすり減らされていった。彼は自分が彼女を不幸にしたことをさとった、けれでも彼はなんら間違いを犯した覚えはなかった。しかし少しも責任(つみ)がないのに彼女の不幸の責めを負わねばならぬということ、まさしくこのことが現に彼には躓き(つまづき)であり、彼の激情をはげしくかきたてるのであった。
>
> それにしても、詩人的な憂鬱な性(たち)の男に愛されるほど若い娘にとって誘惑的なことはあるまい。
>
> 諦めることをしないで男にうるさくつきまとい、それが真実に男を愛していることの証明だなどと自惚れるほど利己的な女があるとしたら、そういう女の一生の任務はまことに安易なもので、誠実だという名誉と疚しからぬ良心を、同時にまたごく上品に洗練された恋愛までも、わけなく享受できるだろう。
>
> 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!

Vera Lynn - As Time Goes By
http://www.youtube.com/watch?v=S8F9NzVuIuA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=1

恋がイデーによって支えられている場合には、どんな動きも、どのようなかりそめの感動も、みなそれぞれ意味をもってくる。そこにはいちばん肝心なもの、詩的葛藤がつねに現存しているからである。

しかもこの葛藤は、わたしの知っているかぎりでお、わたしがここに描いているそれよりも時としてはるかに恐ろしいものであることがある。

どんな美人もイデーほど気むずかしくはない。娘の不興など、イデーの怒りに比べると、まだしも堪えやすい、しかも何より、イデーの怒りだけはとうてい忘れられるものではない。

わたしはレタスが好きだが、いつも芯だけしか食べない、葉は豚にやるものだとわたしは思っている。

わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。

これに文句をつけたい人はなんとでもいうがいい、わたしは意に介しない。



> > > > > > > > Jan Garbarek & The Hilliard Ensemble - Ov zarmanali
> > > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=eL2b4Y2_qxY&feature=mfu_in_order&list=UL
> > > > > > > >
> > > > > > > > わが沈黙の共犯者よ!
> > > > > > > >
> > > > > > > > ぼくの生活はぎりぎりまで押しつめられました。この世に生きているのがたまらなくいやです。味わいも意味もない生活です。人々が提供してくれる説明など、たとえばピエロ以上に飢えていたにしても、ぼくは食いたく思わないでしょう。ひとは指先を大地にさしこんで、自分がどんな土地にいるのか嗅ぎわけます。ぼくは人生に指先をさしこみますーーーそれはなんの臭いもしません。
> > > > > > > >
> > > > > > > > ぼくはどこにいるのでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > 世界!
> > > > > > > >
> > > > > > > > それは何をいうのでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > この言葉は何を意味するのしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > ぼくをこの世界のなかへおびき入れて、ここにこうしてほったらかしておく人は誰なのでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > ぼくは誰なのでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > ぼくはどうして世界に入ってきたのでしょう、なぜぼくは意見を求められなかったのでしょう、なぜ世界の風習を知らせてくれないで、まるで人買いに買われるみたいに、仲間の一員に組み込まれたのでしょう!
> > > > > > > >
> > > > > > > > なぜぼくはひとが現実とよんでいるこの大企業の関係者になったのでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > なぜぼくは関係者にならなければならないのでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > それは自由に選べることではないのですか?
> > > > > > > >
> > > > > > > > いやでもならねばならないとすれば、抗議を申しこむことのできる支配人はいったいどこにいるのでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > そもそも支配人などはいないのですか?
> > > > > > > >
> > > > > > > > ぼくはどこに苦情をもちこめばよいのでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > 人世は討論だというではありませんか、それならぼくの意見も考慮に入れてもらえるようにお願いしたいものです。
> > > > > > > >
> > > > > > > > もし人世というものがあるがままに受けとるべきものだとすれば、それがいかにあるかを知るのがもっともよいのではないでしょうか?
> > > > > > > >
> > > > > > > > 欺瞞者、これはどういう意味なのでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > 利は誰に?
> > > > > > > >
> > > > > > > > と問うことによってひとは欺瞞者を発見するとキケロは言っているではありませんか。ぼくは一人一人に問うてみます、ぼくがぼく自身とひとりの娘を不幸にしたことから、何か利益を得たかどうかと。
> > > > > > > >
> > > > > > > > 責めーーーこれはどういう意味なのでしょう?
> > > > > > > >
> > > > > > > > それは魔法でしょうか?
> > > > > > > >
> > > > > > > > ひとりの人間がどうして責めを追うようなことになるのかは、はっきりわからないことなのでしょうか?
> > > > > > > >
> > > > > > > > 答えようとするひとはないのですか?
> > > > > > > >
> > > > > > > > 関係者である皆さんにとって、これはきわめて重大な問題ではないのでしょうか?
> > > > > > >
> > > > > > > Arvo Pärt - Sarah Was Ninety Years Old (Part 1 of 3)
> > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=g0Usv4O9lSQ&feature=BF&list=QL&index=29
> > > > > > >
> > > > > > > ぼくの理性は立ちどまっています、というよりも、ぼくは理性と別れている、といったほうが当たっているでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > ある瞬間には、ぼくは疲れ果てて、生気を失い、無関心のあまりまるで死んだようになります。また他の瞬間には、ぼくは荒れ狂って、誰かぼくの怒りを放散することのできる相手を見つけるために、世界の極(はて)から極まで絶望的に駆け廻ります。ぼくという存在のうちにある一切のものが、自分自身と矛盾して喚(わめ)いています。
> > > > > > >
> > > > > > > どうしてぼくは責めあるものになったのでしょうか?
> > > > > > >
> > > > > > > それともぼくには責めがないのでしょうか?
> > > > > > >
> > > > > > > それならなぜぼくはすべての人の口の端にかかってそう呼ばれるのでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > 口でいうことと心で思うこととが違うとしたら、人間の言葉というものはなんというくだらぬ発明なのでしょう。
> > > > > >
> > > > > > Carmen McRae - Trouble Is A Man
> > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=_zhboeJkNGg&feature=related
> > > > > >
> > > > > > http://lyricsplayground.com/alpha/songs/t/troubleisaman.shtml
> > > > > > ぼくは何か災難にあったのではないでしょうか、あの事件はひとつの災難なのではないでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > ぼくという存在全体が変化を受け、ぼくが別な人間になるということを、ぼくはあらかじめ知ることができたでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > ぼくの魂のなかに隠れて巣くっていたものが破れ出たとでもいうのでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > しかし隠れて巣くっていたのなら、どうしてぼくはそれを予知することができたでしょう?
> > > > > >
> > > > > > それが予知できないとすれば、ぼくに責任はないはずです。ぼくが卒中にかかったとすれば、そのときでも、責めはぼくにあるのでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > 言語とよばれる人間の言葉というものは、仲間うちにしか通じないなんという憐れむべき讒言(たわごと)なのでしょう!
> > > > > >
> > > > > > けっしてそういう讒言をいわないだけでも、ものいわぬ動物のほうが賢くはありませんか?
> > > > > >
> > > > > > ーーーぼくは不実なのでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > 彼女がぼくを愛しつづけて、けっしてほかの男を愛そうと思わなければ、彼女はもちろんぼくに対して忠実です。ぼくが彼女だけを愛しようと思いつづけているとすれば、それでぼくは不実なのでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > ぼくたちはどちらも同じことをしているではありませんか。それなのに、ぼくが欺瞞によってぼくの実意を示すからといって、どうしてぼくは欺瞞者になるのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > なぜ彼女は正しくてぼくは正しくないということになるのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > ぼくたちがどちらも忠実であるのなら、なぜ人間の言葉では、彼女が忠実でぼくが欺瞞者だというふうに表現されるのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > ・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・
> > > > > >
> > > > > > 現実があらわれるその瞬間に、すべては失われたのです。そのときはもう手おくれです。彼女がそこに見いだそうとする現実は、ぼくにとっては、ぼくの本来の精神的現実につきそって走る影にすぎません、あるいはぼくを笑わせようとし、あるいはぼくの生活を侵して掻き乱そうとする影なのです。
> > > > > >
> > > > > > つまりは、まるで影をつかもうとでもするかのように、あるいは影に向かって手を差しのべようととでもするかのように、ぼくは手探りしながら彼女をつかもうとするようなことになるでしょう。
> > > > > >
> > > > > > そのときこそ、彼女の生活は空費されたことになるのではないでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > それこそ彼女はぼくにとって死んだも同然になります。・・・中略・・・・
> > > > > >
> > > > > > ーーーそれとも、あの事件をすっかり忘れてしまうのが、いちばんいいのでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > 忘れるなんて!
> > > > > >
> > > > > > あれを忘れるなら、ぼくは生きていることをやめたにひとしいではありませんか。
> > > > > >
> > > > > > 愛する娘といっしょに名誉と誇りまでも失ったことは、しかもどうしてそういうことになったのか、なぜぼくがその償いをすることができないのか、それが誰にもわからないというふうな失いかたをしたとは、いったなんという人生なのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > こんなふうに突き出されるのなら、なぜぼくはここに突き入れられたのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > ・・・中略・・・
> > > > > >
> > > > > > ぼくの思いめぐらすことどもは、人間的にいえば、およそ考えられうるもっともきりつめた食餌です。それでもぼくはこうして、ぼくの小宇宙のなかにありながら、できるだけ大宇宙的にふるまうことに・・・略
> > > > > >
> > > > > > ぼくは人間とは口をききません。しかし人間との一切の交際を断ったり、でたらめなこしらえごとを売り物にしたくありませんので、ぼくはあらゆる時代にわたって賞賛されてきたあの不滅の・・・略・・・詩句や金言や諺(ことわざ)や短文をたくさん集め・・・略
> > > > > >
> > > > > > ぼくがなにを言おうとしたところで、それがなんの役に立つでしょう。・・略。ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。ぼく自身に名前がないのと同じです。
> > > > > >
> > > > > > 名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。
> > > > > >
> > > > > > そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > > > > >
> > > > > >                                  敬具



[53705] Re:[53704] 菅や与謝野のごとく、身から遠い国民とか国の将来とかいいながらあらゆる欺瞞と偽造とマヤカシ屁理屈を恥も無くやりまくる、ボケどもには、老いらくの恋で、すこしは、頭を冷やして来いといいたい。まあ、無理でっしゃろが・・・Re:[53702] 知識→知恵→智慧。Re:[53701] [53700] キルケゴール 投稿者:なすのせせ 投稿日:2011/01/18(Tue) 22:44  

> 梵さんが最近書いているのは、キルケゴールの「反復」だったんだな。

> うむ。これこれ・・・

> キルケゴールの「反復」を師走の巷で3冊100円=33円で入手して、こんだけ反復すりゃあ、反復冥利、33円冥利であらうがな、ちうもんで、問題は題目でも金額でもあらへんで、いかに己がものにするかちう・・・

> 最近の流行語で、「写経」のように、ある作家や詩人や哲学者の文章を書くことを「写キルケゴール」と言うそうだ。詩人だったら「写ゲーテ」などとなるのか?
>
> さうさう、ひとこといおうとして忘れ腐った。
>
> 詩人といえばゲーテちうのんも紋切過多の発想であるんぢゃが、キルケゴールちうと哲学者ちうもんもまことに類型過多にして、そんなもんぢゃあないちうことが、かの幾許かの引用でも、明らかなやうに、人間が生きるその原点において、あらゆる機知と諧謔、アイロニーのオンパレードであって、このキルケゴール、たすか1813年生まれで、反復が1843年、まう200年近くまえのもん、そのこりゃあ、日本ぢゃ、誰ぢゃや?近松か、ああ、近松はシェイクピア時代か、ま、洋の東西古今にかかわらず、なぬもカテゴリーわけをせんでもよろしいわけで・・・
>
> このキルケゴール君も誠に詩人である。
>
> かの反復にすても、まあ、あれを恋愛小説、私小説といわんで哲学書となすんも、なすもんの勝手ではあらうが、登場人物の彼も、わたしもみんなキルケゴールちうとキルケゴールが怒るわけであって、正確にはコンスタンチン・コンスタチウス、ま、名前を変えていろいろなものを世に出すのんは、かの写楽だか、誰だか、老いて思い出さぬが、わが国の浮世絵師にもあったならいで、その豪傑ぶりはまことに痛快なもんがあるが、一個の人間、その言説にせい作品にせい、それに一気通観すて見えるものも、いろいろそこに諧謔のからみでくんずほぐれつしちょる、さういうもんを名前からみて一気痛感ぢゃのうて、通貫か、さうぢゃなくて、めちゃくそ、ニーチェの「権力への意志」なんどでも、めちゃくそ、めちゃくそながら、そこにまことに撃つものがあるんであって、なぬも、言葉の論理性、ある種の虚構に構えて頽落することなく、あくまでもそういう道具の土愚たる、うむ、まあ、土偶、偶像ですか、道具、さういうもんを打破る、日々刻々打ち抜いたその先を観る、さういうところがあって、壮大な言葉の御殿を構築したヘーゲルや巷のエピゴーネンへのイロニーとかは、キルケゴールにもショーペンハウワーにもニーチェにも見えてくる景色で、さういう風に風景を味わえば、まことに、キルケゴールの作品も、長大なる詩篇であるからして、詩といえばゲーテちうことはのうて、ゲーテだって、なぬも詩人の味わいばかりでのうて、科学者、哲人の味わいもあるし、私小説の味わいもある。

うん。御意。

> ま、さういう安易なペタンコよりも、ソレガシの趣味として、一語一語打ち間違えがあったにしても、打ち込んでいく、その過程で、なんども書物も言説も状況も反復でけるわけであって、ざっと読んだそのもののまた別な顔がみえてくる。

うむ。そうだなぁ。

> それにすても、古来、あのギリシャ時代、数千年来言葉が綴られてきていらい、同じやうな状況の反復があるわけであって、そのコア、根幹の反復は時代時代の枝葉に覆われて見えにくいこともありまするが、この一筋は何時の時代の何処でも変わらぬ一筋ですから、さういうもんを見つめていく目と身を養いたいもんですわの。

> この反復にしたところで、彼、彼女、わたしの状況、状況が入れ子になったりしはいますが、まことに身につまされる状況と表現と言葉も多ければ、適当に手打ちにせんば、永遠の反復でせうね。

> みやうによってはニーチェのツラトストラもこの反復に負うところが大きいのではないでせうか。空海においても・・・

いろいろとありがとう。 また読みにきます。


[53704] 菅や与謝野のごとく、身から遠い国民とか国の将来とかいいながらあらゆる欺瞞と偽造とマヤカシ屁理屈を恥も無くやりまくる、ボケどもには、老いらくの恋で、すこしは、頭を冷やして来いといいたい。まあ、無理でっしゃろが・・・Re:[53702] 知識→知恵→智慧。Re:[53701] [53700] キルケゴール 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/18(Tue) 09:55  

いせしひあANNEX−Ω   訪問者数:2319873(今日:111/昨日:419)2011/01/18(Tue) 09:00

Frank Sinatra - It's A Lonesome Old Town
http://www.youtube.com/watch?v=_MZ2ZmQCYuA&feature=BF&list=QL&index=61

それにすても日が燦燦と降り注ぎだすとまことに暖かいですね。天然酵母パン2斤198年と仏蘭西長輸入のトリフ200g398円で朝食もなかなかによろし。

> まなぬとなANNEX−Ω   訪問者数:2319840(今日:78/昨日:419)2011/01/18(Tue) 06:12
>
> この時間帯、6時ごろからの寒暁はこの世のなぬぬもまさる美しさですね。
>
> ぬくぬくとふとんにくるまっちょるんも天国ではあらうが・・ソレガシの場合は寝疲れで、ラジオ体操でもあらへんが、背筋を伸ばして、ベランダでタバコを吸う、この一日の始まり。
>
> > めをあへせANNEX−Ω   訪問者数:2319826(今日:64/昨日:419)2011/01/18(Tue) 04:37
> >
> > もの云へばくちびる寒し街の風
> >
> > 秋の風ぢゃあ、つきすぎだしね。
> >
> > > 梵さんが最近書いているのは、キルケゴールの「反復」だったんだな。
> >
> > うむ。これこれ・・・
> >
> >
> > --------------------------------------------------------------------------------
> > [53667] われながらひっぱりこんだにすても、やっぱまずかったかな?Re:[53666] 風情がなくとも、フロイトなんぞによれば、夢の常套手段、抑圧の機構であるからして、なぬもめちゃくそともいえんで、さういえば、夢。いまさら、この歳で誕生して前進かの?Re:[53665] 神話的なもんもその起源からしてわれわれに親和的なもんであって、かういうドタヌキじゃ〜名リズム化すたくっちゃべり〜どもにおいては、なぬごとも身にひきつけられんで、他人事で野次馬べえしちょるけん、人格も人間性も成長せんで、なぬを読もうが見ようがやらうが、ドタヌキくっちゃべり〜病に陥るのんがせいぜいで・・・ま、そんだけ、感性も理性も死んでるんでせうなあ、さういう死んだもんが、世のアレコレの論評をそのゾンビの妄想をもってヤリダスんぢゃっけん、ま、世の中はめ茶糞になるんぢゃわさ。Re:[53664] 流行モノは皆目しらぬけん・・壁にぶち当たった。Re:[53663] 犬夜叉のまぎらわしきはパスで・・ご苦労様。Re:[53662] わぁあぅお!!!Re:[53661] よくわかりませんが、でかけねばならんのんで・・One More Time→Ten More Times→Hundred More Times→際限なく同じことを繰り返す。それにしても、人気だ!どれがお好みですか? 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/02(Sun) 18:51
> >
> > わいむるはANNEX−Ω   訪問者数:2311629(今日:557/昨日:669) 2011/01/02(Sun) 17:14
> >
> > なぬか音楽を見繕はなあかんわの。これが頭が痛い。
> >
> > Eden Atwood / Once Upon A Summertime
> > http://www.youtube.com/watch?v=BjWXn1mxxKk&feature=mfu_in_order&list=UL
> >
> > この眼!がそっくりですね。
>
> いま、これを久しぶりにかけたら、おなじ顔と目がゾロメででてきてならんでおって、ま、なりゆきで聴いてみましょ。
>
> > > べつに引きこもりつもりもあらへんぢゃったんぢゃが、反復して視聴しちょるうちに、うむ、ま、ひきこもりちうのんは、いつもさういうふうにおこるのかもすれんが、なんとのお、物憂くなって、億劫になって、ひきこもっておればおったで、あれこれ紐解くもんもおおければ、なぬも無理すて下痢なみのアウトプットでもなかんべ、インプット充実旬間とでもいい魔性か、己が言説のあれこれは、コトバである限り、はたまた行為であるかぎり、かならず云ったこともやった事も己に帰ってくるものなれば、云うことは云わるること、触ることは触られること、つまり、メディアのありよう、身しかり、とはいえ、身においては、心に沁みるよりも、身に沁み、さらには骨身に沁みれば、ますます、深刻で、その深刻さを味わえば、その深刻な憂鬱の反復もまた己が栄養にも、はたまた相手の栄養にもならがな、ちう楽天趣味もまた身のありようにして見の、観の、実のありようちう診方もでけるわけであるからすて、あれこれと、現存在分析の、DASEINから
> > >
> > > 「実存existenceの語源は「・・・から外に出て立つ」という意味であることを示したが、人間的実存は本質や概念による限定をうちやぶって外に出るばかりでなく、何よりもまず、自己から脱出する存在である。実存のこのありかたを、サルトルは「脱自」ek−staseと呼んでいる。ふつうエクスタシスekstasis,extaseといえば、「恍惚」「忘我」「有頂天」などの意味であるが・・・」うんぬん(p30松浪信三郎著、実存主義、岩波新書C10,1962年)
>
>
> うむ、これも、そのうちにコメントしやうとおもっておったんぢゃが・・・
>
> 実存も突き詰めれば実存者は他者を物となす、だかして、実存者と実存者においては、畢竟、相手を物とみなして、別離、別れ、さようなら、ちうことになるんぢゃさうぢゃが・・・
>
> さういうもんも含めて、実存への頽落、ちうことは、実損ですかね?
>
> この伝でいけば、なぬも、分裂者やソゾイド人間ばかりではのうて、その分析のもとになっちょる実存分析の実存においても、人間関係の維持は難しいちうことになるわけで・・・
>
> であるからして、なぬも悩むことはありません。人間関係がうまくゆかないのんが普通であって、人間関係が円滑なんは、いわば己なしの提灯持ちの関係どたぬき痴漢が典型なのかも・・・教祖と喜び組とか・・・
>
>
> まことに世の中は、人間の営為は複雑どすわの。
>
> > これはdasein(現存在)→existence(実存)へのありやう。これはながくなるから、また、あとで・・
> >
> > > ま、畢竟、平平凡凡であるもんの、眠りと目覚め、死と再生の儀式の反復にして、その反復にも、幾許かの前進もあらうかちうもんで、年末年始の終初夢にしては上出来かもしらん。
> >
> > 反復、キルケゴールの「反復」を師走の巷で3冊100円=33円で入手して、その一部を引用したいんぢゃが・・その前に、晦日蕎麦と元旦飛び入りを・・
> >
> > > > > みせあむねANNEX−Ω   訪問者数:2303939(今日:313/昨日:589)2010/12/19(Sun) 16:55
> > > > >
> > > > > けふは108kmをさっさと走ってきて・・壁にぶち当たった。
> > >
> > > して、ひきこもりのあいだも、毎日歯を噛み潰さぬやうに、少なめ少なめの差し控えつつ、100km前後のそのほとんどが、反復の我が家の庭めいた近所の土手とか峠で・・・
> >
> > :*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。
> >
> > キルケゴールの「反復」を師走の巷で3冊100円=33円で入手して、こんだけ反復すりゃあ、反復冥利、33円冥利であらうがな、ちうもんで、問題は題目でも金額でもあらへんで、いかに己がものにするかちう・・・
> >
> > > 最近の流行語で、「写経」のように、ある作家や詩人や哲学者の文章を書くことを「写キルケゴール」と言うそうだ。詩人だったら「写ゲーテ」などとなるのか?

さうさう、ひとこといおうとして忘れ腐った。

詩人といえばゲーテちうのんも紋切過多の発想であるんぢゃが、キルケゴールちうと哲学者ちうもんもまことに類型過多にして、そんなもんぢゃあないちうことが、かの幾許かの引用でも、明らかなやうに、人間が生きるその原点において、あらゆる機知と諧謔、アイロニーのオンパレードであって、このキルケゴール、たすか1813年生まれで、反復が1843年、まう200年近くまえのもん、そのこりゃあ、日本ぢゃ、誰ぢゃや?近松か、ああ、近松はシェイクピア時代か、ま、洋の東西古今にかかわらず、なぬもカテゴリーわけをせんでもよろしいわけで・・・

このキルケゴール君も誠に詩人である。

かの反復にすても、まあ、あれを恋愛小説、私小説といわんで哲学書となすんも、なすもんの勝手ではあらうが、登場人物の彼も、わたしもみんなキルケゴールちうとキルケゴールが怒るわけであって、正確にはコンスタンチン・コンスタチウス、ま、名前を変えていろいろなものを世に出すのんは、かの写楽だか、誰だか、老いて思い出さぬが、わが国の浮世絵師にもあったならいで、その豪傑ぶりはまことに痛快なもんがあるが、一個の人間、その言説にせい作品にせい、それに一気通観すて見えるものも、いろいろそこに諧謔のからみでくんずほぐれつしちょる、さういうもんを名前からみて一気痛感ぢゃのうて、通貫か、さうぢゃなくて、めちゃくそ、ニーチェの「権力への意志」なんどでも、めちゃくそ、めちゃくそながら、そこにまことに撃つものがあるんであって、なぬも、言葉の論理性、ある種の虚構に構えて頽落することなく、あくまでもそういう道具の土愚たる、うむ、まあ、土偶、偶像ですか、道具、さういうもんを打破る、日々刻々打ち抜いたその先を観る、さういうところがあって、壮大な言葉の御殿を構築したヘーゲルや巷のエピゴーネンへのイロニーとかは、キルケゴールにもショーペンハウワーにもニーチェにも見えてくる景色で、さういう風に風景を味わえば、まことに、キルケゴールの作品も、長大なる詩篇であるからして、詩といえばゲーテちうことはのうて、ゲーテだって、なぬも詩人の味わいばかりでのうて、科学者、哲人の味わいもあるし、私小説の味わいもある。


> > うむ。写経のごとくやることが「流行語」であることはしらんかったが、どうもむかしからその気があって、近頃も「我と汝=孤独と愛}を「写マルチン・ブーバー」をやって抹殺閂削除されちゃったわけで・・
> >
> > なぬごとも、噛み締めて己が身となすには反復、写経的読み方も有効なやりかたであって、もっとも、反復、写経するにしても、その反復と写経の中身の事件、事柄、テーマ、を己がみぬち、身内にもっていればこそ、外部からの反復も写経も内部と呼応して己が身の栄養ともならうというもんぢゃけんど、内部に呼応する状況もなく、虚空の身に写経、反復しても、なんも響くもんもなく、たんなるタワゴトちうことも、たぬきくんども場合はあるやもしれんが、それだって、絶対虚空なんちゅうもんはねえんぢゃっけん、外部からの反復でそれに呼応すたもんの幾許かが内部に発生する、胚胎する、それをいかに育てるか?
> >
> > 現存在への「頽落」もあれば、実存への「頽落」もある。ニルバーナへの「頽落」も、、マルクス主義への頽落も、詩歌への「頽落」も、性欲、生命欲への「頽落」、名利や冥利への「頽落」もある。
> >
> > あらゆるところに頽落の落とし穴、ちうより、さういう契機を孕みながらあらゆる状況が展開されていく。
> >
> > この頽落から己を救い上げる反復もまた、反復への頽落、頽落の反復ちうこともある。
> >
> > > しかし梵さんの書くエネルギーには脱帽だぜ。
> >
> > 写経にすて、ネットから般若心経なんぞを拾っていてペタンコしたところで、なんら写にして、あまりにも安易であって、己が血肉となすの営為とは程遠い。もっとも、心経のその中身を一体にそれなりに解しておって、それを身をもってちうより目を持って反復する契機としてそれもありなんぢゃろけんど・・
> >
> > ま、さういう安易なペタンコよりも、ソレガシの趣味として、一語一語打ち間違えがあったにしても、打ち込んでいく、その過程で、なんども書物も言説も状況も反復でけるわけであって、ざっと読んだそのもののまた別な顔がみえてくる。
> >
> > 世には、せめて本ぐらい自分のお気に入り作家の吉本ばななくらいにしたい、ちうむきもあるんぢゃが、そのお気に入りの吉本ばなな以外にいったいなぬをよんだのか?
> >
> > 翻訳モノはよまない、時代のちがったものもよまない、ちうむきも、そのいわんとするところをわからんわけではないが、それにしても、翻訳者の苦労ちうもんは、写経以上のもんであらうし、かの ”here's to life"の歌詞のおかしな翻訳アリストートルくんだっ毛?めた誤訳ちうか、似て非なる翻訳も世にはありうるんぢゃがそれにしたって、ちんぷんかんぷんでやりすごすよりは、あるいは、読まず嫌いでやりすごすよりは、よほど、疑問もわけば、身のためにもなる。
> >
> > 翻訳も註や、翻訳ならずも、かうやって、己が記事への註もやりすぎると煩いもんではあるが、煩い註は飛ばして読む。いったんともかくよんで、それからまたもどって必要な註も拾ってよむ。そしてまた反復のさいには全ての註にも注意を注いで読む、ちう反復をなすには、それなりにヒマであって、バカにもひとしい単純さが必要で、世の流れはそんな阿呆な反復がでけるほどに安閑とはいかんけん、流し読みをしてつぎからつぎに流れていく、これ、まことにどたぬきジャーナリスト詩人諸君の、

ジャーナリスト詩人の最たるもんは、可笑しい狆くん=大岡信くんですね。あれは内容がない!

どうやうにジャーナリスト哲学者の最たるもんは、中村雄二郎くんですかね?

だうも、あれこれと他人の言説の引用ばかりで、そのいわんとするところに深みがない、まあ、いってもれば、もくじ、総目録ばっかで、まあ、そんでも、さういう目次や目録があれば、そっからさきは、読者が独自に目録や目次の誰彼あれこれへもぐりこんでいけば、それなりの世界も風景も拓けるちうことで、偏にゴミとは言い切れぬわけであるが、それにしても、中村くんが自己の三部作と称するもん、「感覚の覚醒」も「共通感覚論」も「哲学の現在」も目を通して、さすがに三部作と自称するだけ、他の著作に比すればまともではあらうが、そんでも、このどたぬきジャーナリスト癖は抜け切れておらんで、なかでも比較的に印象的に真摯なんは、新書の「哲学の現在」であったやうな気がする、ちうのんも、もうずいぶん昔に読んだので、印象だけで、また読み返すほどのもんでもなくんば、わざわざ手元に引っ張り出すほどの労苦はせんが、かの、知識〜知恵〜智慧の木でいえば、枝葉の知識の著作が満開のなか珍しく思い悩む知恵の多少太い枝か幹のあたりの風情が感じられたもんで、そこに比して大部の「感性の覚醒」も「共通感覚論」も、んったく、無用な繁茂の枝葉で幹も根っこも見えぬ風情、ま、もともと、つか一時にしてもマスコミに媚びてラジオのDJをやったりそういうことをやっちょれば、媚びる習性の知識、知恵ばっかが繁茂すて、己を忘れ、根が枯れるちうところまんではいっておらんぢゃろし、目録としてはそれなりに有用である、これ総じて、情報産業の産業たる情報の所以なんぢゃろけんど、哲学者や詩人や作家と呼ぶには、誠におこがましいもんは、なんも、可笑しい狆くん=大岡信くんだけぢゃ、ないのですね。

ドタヌキジャーナリズムの怖さ。

世は並べて、科学も哲学も宗教も恋愛も詩歌俳句もどたぬきジャーナリズム化しちょれば、さういうもんが、各界の宗匠めかしたでかい顔して、それこそ、キルケゴールの言葉を借りれば、ああ、その訳者の言葉ぢゃけんど、なんとか尊師でございと、ふんぞりかえって勲章なんぞ、へいこらペコリと戴いているその滑稽さは、ほまに、冗談でしょ!と噴飯ものの景色どすわの。

> > とはいえ、かの元祖どたぬき谷内くんでも、けっこう反復すて、つっこんで読んでいたわけで、どたぬき谷内くんなんか、よの大方の親方どたぬき詩人ジャーナリスツくんどもにくらぶれば、真面目にすぎるのかもしれませんが、ありゃあ、バカだね!ちうバカにいちいちこだわって目くじらをたてていては、反復もできませんね。
> >
> > キルケゴールには「人生の諸段階」ちうもんもあって、その幾許かの切り出し全集か選集本は枕元に積んであって、これがかの元町の老舗古書肆の店頭での投売り本をリュックにつめて青春切符の鈍行にのりついで、神戸から東京まで運んだもんであって、

これも、もう、随分むかしのこととで、追憶になる、追憶は淫らぢゃと、キルケゴールくんは云うが、ま、そんなもんでもないでしょ、とは思いながら、引用しちょる、なんとならば、そのそんなこともないでしょ、のなかにも、なんぼかも観るべき感性の閃きがあるんどすから、その閃きの根っこを味わう、兜太的にいえば、しゃぶりつくす、には、いちおう、抹殺閂削除はせんで、受け容れてみる、ちう態度、これはまさに態度の問題であって、知能や精神状態、はたまた理性や倫理も問題ではなく、態度なんですね。

なんか、意識がある、関心がある、興味がある、ちうと、その意識や関心や興味にはなんらかの方向性、対象性があるとは、これ、現象学なんぞでも言い古るされたものいいではありまするが、畢竟、態度がものごとを決する、運命の鍵ちうことも、ま、その一つではあれ、まことに必須なもんであって、それに比すれば、知識や理性や礼儀作法や習慣や制度や組織や言葉何注文は、屁にも等しい、とはいわんも、まったく重さが違う、軽い軽い、昨今の菅と与謝野の漫才をみていてもわからうちうもんどすわの。


> > ま、キルケゴールなんぞ、甘ったるい恋愛もんのうんぬんくんぬんで、

ま、恋愛のことから、ものごとを感じ考える、その原点がよく効いているのかもしれませんね。

菅や与謝野のごとく、身から遠い国民とか国の将来とかいいながらあらゆる欺瞞と偽造とマヤカシ屁理屈を恥も無くやりまくる、ボケどもには、老いらくの恋で、すこしは、頭を冷やして来いといいたい。まあ、無理でっしゃろが・・・


> > くわずに抛っておいたもんでも、かうやって、紐解いてみるってえと、まことに豊潤ですね。そもそもは、現存在分析ちう精神分析、精神病のありやうのうんぬんから、実存分析と遡っていって、その実存主義の祖にまで、たどり着いたちうと、これがまた語弊で、ちっともたどりついてはおらんわけであって、ちう意味もそのキルケゴール解釈におけるたどり着きではのうて、そもそも、「実存」ちうことが、キルケゴールに発したから、キルケゴールが実存の祖なんぢゃ、ちうやうな、世のたぬき的言い方への鵜呑みの拒否にして、その実存的あrかたは、実存ちうことば以前には言葉がなかったんだから、なかったか、ちうば、そんなことはだうでもよろしい、言葉所有権、痴的所有権者どもの言説であるからして、同じやうにいえば、「真理」ちう言葉以前には「真理」はなかったのか、「神」ちう言葉以前には「神」はいなかったかの、ま、言葉のあやちうもんは、だうにでも編める模様どすけん、たぬき網にするか、金襴緞子にするか、はたまた身の丈に身合ったおのが被服となすかは、それぞれの知恵にして、智慧のありやうでせうが、あ、さうさう、ぴちたまちょんちょんの宿題のお手伝い・・・
> >
> > 言葉をふくめた知識を操るもんは、知恵であって、これには、猿知恵も、悪知恵も、いろんな知恵があって、もちろんたぬき知恵も、提灯持ち知恵もあるわけあって、さういういろんな猿知恵や悪知恵やたぬき知恵やひとの知恵や己の知恵を繰るその大本にあるのんが、智慧ちうことは、こりゃあ、まことに単純モデルの言い方ではありまするが・・・
> >
> > 知識→知恵→智慧
> >
> > ちうほとに深くなる、枝葉から幹、根っこに遡る、この遡りをさらに遡ろうとすれば、阿頼耶識とか、仏教の唯識なんぞも参考にならうが、なぬせ、食わず嫌いが多いから、せっかくの宝も持ち腐れで・・・
> >
> > それにすても、知識に頽落しちょるやからは、科学、哲学、ジャーナリスムのみならず、そこらぢゅうの街のおじさんあたぬきによく見かける風景ですが、
> >
> > ドタヌキジャーナリズムの頽落は、知識以前の情報に頽落しちょるんでせうね。あたかも、エロバイト諸君が性欲に頽落しちょるやうに・・・
> >
> > だうように知恵に頽落しちょる景色ちうもんもは、
>
> あんまし、朝が寒いから、パソコンが凍ってすまったんか、ここでフリーズして書けない、動かない事態になったので、書いたところまでを投稿しておいたわけですが・・・
>
> ま、
>
> やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空
>
> も、知恵の頽落景色にはわらっちゃうましたが・・
>
> やうは、反復ちう人生の諸段階の一つ、それがだういう団塊に、うむ、段階にいたるのか、ま、その段階だって、いわば階段のやうに一歩一歩登っていくちうもんではないでせうし、さういういかにもメカニック機械的な段階主義ちうものの捉え方も、いってもれば、時空に規制された産業革命、進化論のものの考え方、言葉、知恵のありやうであって、なんも人間たるもん、リニアモーターぢゃないんだし、段階を固定して進化も成長もねえもんぢゃ、とはいえ、あのマズローの欲求段階説なんぞも、思い出しますが、さういう、仮説ちうもんを、ある状況と切片として切り取ってみるには一つの視点ではありませうに、一概に否定はでけんのんどすが、それんでも、それにどっぷりつかって己を失うほどに頽落することはあんめい、ちうことどすわの。
>
> やうは、幼児返りは人生の諸段階のどの段階でも起こりうるわけであって、幼時返りすることこそ、或る意味では、メカニックな進化諸段階説や諸病説の巷の枠を突き破った感動的な状況なんでせうから、さういうもんをいかに仕留めて成長、この成長ちうのんも、進化論的発想で諸刃の剣なんどすが、自己の深み、進化ならぬ深化、耕し、信仰ならぬ、深耕にして、親交の肥やし、ちうと、糞尿めきますが、さういうもんになすか、ちうことがこれ寛容にして、涵養、肝要なんでせうね。
>
> それにすても、古来、あのギリシャ時代、数千年来言葉が綴られてきていらい、同じやうな状況の反復があるわけであって、そのコア、根幹の反復は時代時代の枝葉に覆われて見えにくいこともありまするが、この一筋は何時の時代の何処でも変わらぬ一筋ですから、さういうもんを見つめていく目と身を養いたいもんですわの。
>
> この反復にしたところで、彼、彼女、わたしの状況、状況が入れ子になったりしはいますが、まことに身につまされる状況と表現と言葉も多ければ、適当に手打ちにせんば、永遠の反復でせうね。
>
> みやうによってはニーチェのツラトストラもこの反復に負うところが大きいのではないでせうか。空海においても・・・
>


[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/18(Tue) 08:15  

かこのるにANNEX−Ω   訪問者数:2319855(今日:93/昨日:419)2011/01/18(Tue) 08:04

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> > > > > > ぬへひたやANNEX−Ω   訪問者数:2314580(今日:126/昨日:555)2011/01/08(Sat) 06:48
> > > > > >
> > > > > > > せすゆすにANNEX−Ω   訪問者数:2314121(今日:222/昨日:513)2011/01/07(Fri) 09:37
> > > >
> > > > Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25
> > > >
> > > > 追憶の恋のみが幸福な恋である、とある作家が言った。その恋がまずひとを不幸にするのを追憶するというだけのことであるなら、まったくそのとおりである。
> > > >
> > > > ほんとうは、反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。
> > > >
> > > > 反復の恋には、追憶の恋と同じように、期待と不安定さがない。探検に伴う不安な冒険もない、しかしまた、追憶のもつ哀愁もない、そこには瞬間の至福な確実さがある。
> > > >
> > > > 期待は新調の衣服で、ぱりっとして、しかもきらびやかである。しかしそれはまだ着てみたわけではない、だから、はたして体にぴったり合うかどうか、またよく似合うかどうかもわからない。
> > > >
> > > > 追憶はもう着なくなった古着である、それがどんなに美しくても、いまでは体のほうが大きくなってもうどうにも身丈があわない。
> > > >
> > > > 反復は着古されることのない着物である。それはぴったりと着心地よく体に合い、窮屈でもなければだぶつきもしない。
> > > >
> > > > 期待は追う手をすり抜けてゆくかわいい娘である。
> > > >
> > > > 追憶は美しくはあるが今ではもうけっして用を足せない老婆である。
> > > >
> > > > 反復はいつまでも飽きることのない愛妻である。
> > > >
> > > > 飽きがくるのは新しいものに限っているからだ。古いものはけっして飽きることがない、そして古いものが目の前にあると、ひとは幸福になる、しかも、反復が何か新しいものでなければならぬかのような思い違いをしないひとだけが、本当に幸福になる。もしそういう思い違いをしていたら、ひとはやがて反復にも飽きてしまうだろう。
> > > >
> > > > 期待するには若さが要る、追憶すには若さが要る。
> > > >
> > > > しかし、
> > > >
> > > > 反復を欲するには勇気が要る。
> > > >
> > > > 期待するしか欲しないものは卑怯である。
> > > >
> > > > 追憶をしか欲しないものは淫らである。
> > > >
> > > > しかし、
> > > >
> > > > 反復を欲するものは男である。
> > > >
> > > > そして、
> > > >
> > > > このことをしっかりと自覚するにつれて、ひとはそれだけ深みのある人間になる。
> > > >
> > > > ところが、
> > > >
> > > > 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、所詮まぬがれられぬ運命、つまり自滅するほかあるまい。
> > > >
> > > > 思うに、
> > > >
> > > > 期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。
> > > >
> > > > 追憶はまことに乏しい糊口の資で、これまた腹を満たすには足りない。
> > > >
> > > > ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。
> > > >
> > > > ひとたび人世を周航してみれば、人生が反復であることを理解するだけに勇気がもてるかどうか、また、反復を楽しむ気持になれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前にまず人生を周航しなかったものは、けっして生きることにはならないだろう。人世を周航してはみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。
> > > >
> > > > 反復を選んだ人、その人だけがほんとうに生きるのである。
> > > >
> > > > 彼は子供みたいに蝶を追いまわしはしない、この世の栄耀栄華をのぞくために爪立ちしたりもしない、彼はそれを知っているからだ。
> > > >
> > > > 彼はまた老婆のように紡ぎ車の前に坐って追憶の糸を紡ぐこともしない。
> > > >
> > > > むしろ、
> > > >
> > > > 彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。
> > > >
> > > > ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?
> > >
> > > Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> > > http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26
> > >
> > > 時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?
> > >
> > > 次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がきねがうであろうか?
> > >
> > > 神みずからが反復を望まれたのでなかったら、世界はけっして生成しなかったであろう。神は期待するままに絶えず新しい計画を立ててゆくか、それとも、万物をもとへ呼び戻して、追憶のなかに保存するかしたことであろう。しかし、神はそうしなかった、だから世界はこうして存立しているのだ、しかも、それは反復であることによって存立しているのである。
> > >
> > > 反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。
> > >
> > > これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。
> > >
> > > ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。
> > >
> > > そのようなことはすべて、
> > >
> > > わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。
> >
> > Lizz Wright's Version of 'Hey Mann'
> > http://www.youtube.com/watch?v=_Wp8-ahXVFI&feature=BF&list=QL&index=31
> >
> > 恋するものはよく恋の甘い不安を詩人の言葉に託して吐き出しながら歓喜に酔うものだが、彼もそうだった。彼は部屋のなかを往きつ戻りつしながら、ポウル・メラーの詩の一節を幾度も繰り返した。
> >
> >     わが古きゆり椅子に
> >       立ち返りくる若き日の夢
> >     女性(おみな)らの太陽(ひ)と照り映ゆる
> >       汝(いまし)へのあこがれ絶えず
> >
> > ・・・メランコリックな男に恋をさせてみるがいい、そしたら何もかも消し飛んでしまう、とよくきまったように言われる。しかし、彼がほんとうにメランコリックであるなら、彼にとって何よりも重大な事柄を彼の心がどうしてメランコリックに考えずにいられるだろうか。
> >
> > 彼は深くそして熱烈に恋している、これは明らかだ。
> >
> > それだのに、彼は最初の日からもう彼の恋愛を追憶できる状態にある。
> >
> > つまり、彼は恋愛関係をすでにすっかり完了しているのである。始めるときにおそろしく大股に歩いたために、彼は人生を飛び越してしまったのだ。・・・
>
> Frank Sinatra - Only the Lonely
> http://www.youtube.com/watch?v=bef_s1Bhn7o&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=59
>
> 追憶は喪失から始まるという大きな利益をもっている、だからそれは安全だ、失うべき何ものももたないからである。
>
> 彼女は彼の恋人であった。彼がかつて愛した唯一の恋人、彼がいつか愛するようになるかもしれない唯一の恋人であった。sかし、それだのにまた、彼は彼女を愛してはいなかった、彼はただ彼女に憧れていただけだったのだ。
>
> あの少女は彼の恋人ではなかったのだ。彼女は彼のうちに詩的なものを目覚めさせ彼を詩人にする誘因だったのである。
>
> だからこそ、彼は彼女だけを愛することができ、彼女をけっして忘れることができず、けっしてほかの女を愛しようとはしなかったのだ。けれども、彼はつねに彼女をただ憧れていただけのことであった。
>
> 彼女は彼自身の全存在のなかに吸収されてしまったのである。彼女の思い出はいつまでもいきいきと残ることだろう。
>
> 彼女は彼にとってあまりに大きい意味をもってしまった、彼女は彼を詩人に仕上げてしまったのだ、
>
> だからつまり、
>
> 彼女は自分自身の死刑判決書に署名してしまったのだ。

Kenny Rogers - Lady
http://www.youtube.com/watch?v=Tj_NjLBPotQ&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=11

時の経つにつれて、彼の恋愛関係は悩みを加えていった。彼の憂鬱はしだいに勢いを得、彼の肉体力は心の葛藤にすり減らされていった。彼は自分が彼女を不幸にしたことをさとった、けれでも彼はなんら間違いを犯した覚えはなかった。しかし少しも責任(つみ)がないのに彼女の不幸の責めを負わねばならぬということ、まさしくこのことが現に彼には躓き(つまづき)であり、彼の激情をはげしくかきたてるのであった。

それにしても、詩人的な憂鬱な性(たち)の男に愛されるほど若い娘にとって誘惑的なことはあるまい。

諦めることをしないで男にうるさくつきまとい、それが真実に男を愛していることの証明だなどと自惚れるほど利己的な女があるとしたら、そういう女の一生の任務はまことに安易なもので、誠実だという名誉と疚しからぬ良心を、同時にまたごく上品に洗練された恋愛までも、わけなく享受できるだろう。

神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!




> > > > > > > Jan Garbarek & The Hilliard Ensemble - Ov zarmanali
> > > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=eL2b4Y2_qxY&feature=mfu_in_order&list=UL
> > > > > > >
> > > > > > > わが沈黙の共犯者よ!
> > > > > > >
> > > > > > > ぼくの生活はぎりぎりまで押しつめられました。この世に生きているのがたまらなくいやです。味わいも意味もない生活です。人々が提供してくれる説明など、たとえばピエロ以上に飢えていたにしても、ぼくは食いたく思わないでしょう。ひとは指先を大地にさしこんで、自分がどんな土地にいるのか嗅ぎわけます。ぼくは人生に指先をさしこみますーーーそれはなんの臭いもしません。
> > > > > > >
> > > > > > > ぼくはどこにいるのでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > 世界!
> > > > > > >
> > > > > > > それは何をいうのでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > この言葉は何を意味するのしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > ぼくをこの世界のなかへおびき入れて、ここにこうしてほったらかしておく人は誰なのでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > ぼくは誰なのでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > ぼくはどうして世界に入ってきたのでしょう、なぜぼくは意見を求められなかったのでしょう、なぜ世界の風習を知らせてくれないで、まるで人買いに買われるみたいに、仲間の一員に組み込まれたのでしょう!
> > > > > > >
> > > > > > > なぜぼくはひとが現実とよんでいるこの大企業の関係者になったのでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > なぜぼくは関係者にならなければならないのでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > それは自由に選べることではないのですか?
> > > > > > >
> > > > > > > いやでもならねばならないとすれば、抗議を申しこむことのできる支配人はいったいどこにいるのでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > そもそも支配人などはいないのですか?
> > > > > > >
> > > > > > > ぼくはどこに苦情をもちこめばよいのでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > 人世は討論だというではありませんか、それならぼくの意見も考慮に入れてもらえるようにお願いしたいものです。
> > > > > > >
> > > > > > > もし人世というものがあるがままに受けとるべきものだとすれば、それがいかにあるかを知るのがもっともよいのではないでしょうか?
> > > > > > >
> > > > > > > 欺瞞者、これはどういう意味なのでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > 利は誰に?
> > > > > > >
> > > > > > > と問うことによってひとは欺瞞者を発見するとキケロは言っているではありませんか。ぼくは一人一人に問うてみます、ぼくがぼく自身とひとりの娘を不幸にしたことから、何か利益を得たかどうかと。
> > > > > > >
> > > > > > > 責めーーーこれはどういう意味なのでしょう?
> > > > > > >
> > > > > > > それは魔法でしょうか?
> > > > > > >
> > > > > > > ひとりの人間がどうして責めを追うようなことになるのかは、はっきりわからないことなのでしょうか?
> > > > > > >
> > > > > > > 答えようとするひとはないのですか?
> > > > > > >
> > > > > > > 関係者である皆さんにとって、これはきわめて重大な問題ではないのでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > Arvo Pärt - Sarah Was Ninety Years Old (Part 1 of 3)
> > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=g0Usv4O9lSQ&feature=BF&list=QL&index=29
> > > > > >
> > > > > > ぼくの理性は立ちどまっています、というよりも、ぼくは理性と別れている、といったほうが当たっているでしょう?
> > > > > >
> > > > > > ある瞬間には、ぼくは疲れ果てて、生気を失い、無関心のあまりまるで死んだようになります。また他の瞬間には、ぼくは荒れ狂って、誰かぼくの怒りを放散することのできる相手を見つけるために、世界の極(はて)から極まで絶望的に駆け廻ります。ぼくという存在のうちにある一切のものが、自分自身と矛盾して喚(わめ)いています。
> > > > > >
> > > > > > どうしてぼくは責めあるものになったのでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > それともぼくには責めがないのでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > それならなぜぼくはすべての人の口の端にかかってそう呼ばれるのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > 口でいうことと心で思うこととが違うとしたら、人間の言葉というものはなんというくだらぬ発明なのでしょう。
> > > > >
> > > > > Carmen McRae - Trouble Is A Man
> > > > > http://www.youtube.com/watch?v=_zhboeJkNGg&feature=related
> > > > >
> > > > > http://lyricsplayground.com/alpha/songs/t/troubleisaman.shtml
> > > > > ぼくは何か災難にあったのではないでしょうか、あの事件はひとつの災難なのではないでしょうか?
> > > > >
> > > > > ぼくという存在全体が変化を受け、ぼくが別な人間になるということを、ぼくはあらかじめ知ることができたでしょうか?
> > > > >
> > > > > ぼくの魂のなかに隠れて巣くっていたものが破れ出たとでもいうのでしょうか?
> > > > >
> > > > > しかし隠れて巣くっていたのなら、どうしてぼくはそれを予知することができたでしょう?
> > > > >
> > > > > それが予知できないとすれば、ぼくに責任はないはずです。ぼくが卒中にかかったとすれば、そのときでも、責めはぼくにあるのでしょうか?
> > > > >
> > > > > 言語とよばれる人間の言葉というものは、仲間うちにしか通じないなんという憐れむべき讒言(たわごと)なのでしょう!
> > > > >
> > > > > けっしてそういう讒言をいわないだけでも、ものいわぬ動物のほうが賢くはありませんか?
> > > > >
> > > > > ーーーぼくは不実なのでしょうか?
> > > > >
> > > > > 彼女がぼくを愛しつづけて、けっしてほかの男を愛そうと思わなければ、彼女はもちろんぼくに対して忠実です。ぼくが彼女だけを愛しようと思いつづけているとすれば、それでぼくは不実なのでしょうか?
> > > > >
> > > > > ぼくたちはどちらも同じことをしているではありませんか。それなのに、ぼくが欺瞞によってぼくの実意を示すからといって、どうしてぼくは欺瞞者になるのでしょう?
> > > > >
> > > > > なぜ彼女は正しくてぼくは正しくないということになるのでしょう?
> > > > >
> > > > > ぼくたちがどちらも忠実であるのなら、なぜ人間の言葉では、彼女が忠実でぼくが欺瞞者だというふうに表現されるのでしょう?
> > > > >
> > > > > ・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・
> > > > >
> > > > > 現実があらわれるその瞬間に、すべては失われたのです。そのときはもう手おくれです。彼女がそこに見いだそうとする現実は、ぼくにとっては、ぼくの本来の精神的現実につきそって走る影にすぎません、あるいはぼくを笑わせようとし、あるいはぼくの生活を侵して掻き乱そうとする影なのです。
> > > > >
> > > > > つまりは、まるで影をつかもうとでもするかのように、あるいは影に向かって手を差しのべようととでもするかのように、ぼくは手探りしながら彼女をつかもうとするようなことになるでしょう。
> > > > >
> > > > > そのときこそ、彼女の生活は空費されたことになるのではないでしょうか?
> > > > >
> > > > > それこそ彼女はぼくにとって死んだも同然になります。・・・中略・・・・
> > > > >
> > > > > ーーーそれとも、あの事件をすっかり忘れてしまうのが、いちばんいいのでしょうか?
> > > > >
> > > > > 忘れるなんて!
> > > > >
> > > > > あれを忘れるなら、ぼくは生きていることをやめたにひとしいではありませんか。
> > > > >
> > > > > 愛する娘といっしょに名誉と誇りまでも失ったことは、しかもどうしてそういうことになったのか、なぜぼくがその償いをすることができないのか、それが誰にもわからないというふうな失いかたをしたとは、いったなんという人生なのでしょう?
> > > > >
> > > > > こんなふうに突き出されるのなら、なぜぼくはここに突き入れられたのでしょう?
> > > > >
> > > > > ・・・中略・・・
> > > > >
> > > > > ぼくの思いめぐらすことどもは、人間的にいえば、およそ考えられうるもっともきりつめた食餌です。それでもぼくはこうして、ぼくの小宇宙のなかにありながら、できるだけ大宇宙的にふるまうことに・・・略
> > > > >
> > > > > ぼくは人間とは口をききません。しかし人間との一切の交際を断ったり、でたらめなこしらえごとを売り物にしたくありませんので、ぼくはあらゆる時代にわたって賞賛されてきたあの不滅の・・・略・・・詩句や金言や諺(ことわざ)や短文をたくさん集め・・・略
> > > > >
> > > > > ぼくがなにを言おうとしたところで、それがなんの役に立つでしょう。・・略。ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。ぼく自身に名前がないのと同じです。
> > > > >
> > > > > 名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。
> > > > >
> > > > > そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > > > >
> > > > >                                  敬具



[53702] 知識→知恵→智慧。Re:[53701] [53700] キルケゴール 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/18(Tue) 06:43  

まなぬとなANNEX−Ω   訪問者数:2319840(今日:78/昨日:419)2011/01/18(Tue) 06:12

この時間帯、6時ごろからの寒暁はこの世のなぬぬもまさる美しさですね。

ぬくぬくとふとんにくるまっちょるんも天国ではあらうが・・ソレガシの場合は寝付かれで、ラジオ体操でもあらへんが、背筋を伸ばして、ベランダでタバコを吸う、この一日の始まり。

> めをあへせANNEX−Ω   訪問者数:2319826(今日:64/昨日:419)2011/01/18(Tue) 04:37
>
> もの云へばくちびる寒し街の風
>
> 秋の風ぢゃあ、つきすぎだしね。
>
> > 梵さんが最近書いているのは、キルケゴールの「反復」だったんだな。
>
> うむ。これこれ・・・
>
>
> --------------------------------------------------------------------------------
> [53667] われながらひっぱりこんだにすても、やっぱまずかったかな?Re:[53666] 風情がなくとも、フロイトなんぞによれば、夢の常套手段、抑圧の機構であるからして、なぬもめちゃくそともいえんで、さういえば、夢。いまさら、この歳で誕生して前進かの?Re:[53665] 神話的なもんもその起源からしてわれわれに親和的なもんであって、かういうドタヌキじゃ〜名リズム化すたくっちゃべり〜どもにおいては、なぬごとも身にひきつけられんで、他人事で野次馬べえしちょるけん、人格も人間性も成長せんで、なぬを読もうが見ようがやらうが、ドタヌキくっちゃべり〜病に陥るのんがせいぜいで・・・ま、そんだけ、感性も理性も死んでるんでせうなあ、さういう死んだもんが、世のアレコレの論評をそのゾンビの妄想をもってヤリダスんぢゃっけん、ま、世の中はめ茶糞になるんぢゃわさ。Re:[53664] 流行モノは皆目しらぬけん・・壁にぶち当たった。Re:[53663] 犬夜叉のまぎらわしきはパスで・・ご苦労様。Re:[53662] わぁあぅお!!!Re:[53661] よくわかりませんが、でかけねばならんのんで・・One More Time→Ten More Times→Hundred More Times→際限なく同じことを繰り返す。それにしても、人気だ!どれがお好みですか? 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/02(Sun) 18:51
>
> わいむるはANNEX−Ω   訪問者数:2311629(今日:557/昨日:669) 2011/01/02(Sun) 17:14
>
> なぬか音楽を見繕はなあかんわの。これが頭が痛い。
>
> Eden Atwood / Once Upon A Summertime
> http://www.youtube.com/watch?v=BjWXn1mxxKk&feature=mfu_in_order&list=UL
>
> この眼!がそっくりですね。

いま、これを久しぶりにかけたら、おなじ顔と目がゾロメででてきてならんでおって、ま、なりゆきで聴いてみましょ。

> > べつに引きこもりつもりもあらへんぢゃったんぢゃが、反復して視聴しちょるうちに、うむ、ま、ひきこもりちうのんは、いつもさういうふうにおこるのかもすれんが、なんとのお、物憂くなって、億劫になって、ひきこもっておればおったで、あれこれ紐解くもんもおおければ、なぬも無理すて下痢なみのアウトプットでもなかんべ、インプット充実旬間とでもいい魔性か、己が言説のあれこれは、コトバである限り、はたまた行為であるかぎり、かならず云ったこともやった事も己に帰ってくるものなれば、云うことは云わるること、触ることは触られること、つまり、メディアのありよう、身しかり、とはいえ、身においては、心に沁みるよりも、身に沁み、さらには骨身に沁みれば、ますます、深刻で、その深刻さを味わえば、その深刻な憂鬱の反復もまた己が栄養にも、はたまた相手の栄養にもならがな、ちう楽天趣味もまた身のありようにして見の、観の、実のありようちう診方もでけるわけであるからすて、あれこれと、現存在分析の、DASEINから
> >
> > 「実存existenceの語源は「・・・から外に出て立つ」という意味であることを示したが、人間的実存は本質や概念による限定をうちやぶって外に出るばかりでなく、何よりもまず、自己から脱出する存在である。実存のこのありかたを、サルトルは「脱自」ek−staseと呼んでいる。ふつうエクスタシスekstasis,extaseといえば、「恍惚」「忘我」「有頂天」などの意味であるが・・・」うんぬん(p30松浪信三郎著、実存主義、岩波新書C10,1962年)


うむ、これも、そのうちにコメントしやうとおもっておったんぢゃが・・・

実存も突き詰めれば実存者は他者を物となす、だかして、実存者と実存者においては、畢竟、相手を物とみなして、別離、別れ、さようなら、ちうことになるんぢゃさうぢゃが・・・

さういうもんも含めて、実存への頽落、ちうことは、実損ですかね?

この伝でいけば、なぬも、分裂者やソゾイド人間ばかりではのうて、その分析のもとになっちょる実存分析の実存においても、人間関係の維持は難しいちうことになるわけで・・・

であるからして、なぬも悩むことはありません。人間関係がうまくゆかないのんが普通であって、人間関係が円滑なんは、いわば己なしの提灯持ちの関係どたぬき痴漢が典型なのかも・・・教祖と喜び組とか・・・


まことに世の中は、人間の営為は複雑どすわの。

> これはdasein(現存在)→existence(実存)へのありやう。これはながくなるから、また、あとで・・
>
> > ま、畢竟、平平凡凡であるもんの、眠りと目覚め、死と再生の儀式の反復にして、その反復にも、幾許かの前進もあらうかちうもんで、年末年始の終初夢にしては上出来かもしらん。
>
> 反復、キルケゴールの「反復」を師走の巷で3冊100円=33円で入手して、その一部を引用したいんぢゃが・・その前に、晦日蕎麦と元旦飛び入りを・・
>
> > > > みせあむねANNEX−Ω   訪問者数:2303939(今日:313/昨日:589)2010/12/19(Sun) 16:55
> > > >
> > > > けふは108kmをさっさと走ってきて・・壁にぶち当たった。
> >
> > して、ひきこもりのあいだも、毎日歯を噛み潰さぬやうに、少なめ少なめの差し控えつつ、100km前後のそのほとんどが、反復の我が家の庭めいた近所の土手とか峠で・・・
>
> :*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。
>
> キルケゴールの「反復」を師走の巷で3冊100円=33円で入手して、こんだけ反復すりゃあ、反復冥利、33円冥利であらうがな、ちうもんで、問題は題目でも金額でもあらへんで、いかに己がものにするかちう・・・
>
> > 最近の流行語で、「写経」のように、ある作家や詩人や哲学者の文章を書くことを「写キルケゴール」と言うそうだ。詩人だったら「写ゲーテ」などとなるのか?
>
> うむ。写経のごとくやることが「流行語」であることはしらんかったが、どうもむかしからその気があって、近頃も「我と汝=孤独と愛}を「写マルチン・ブーバー」をやって抹殺閂削除されちゃったわけで・・
>
> なぬごとも、噛み締めて己が身となすには反復、写経的読み方も有効なやりかたであって、もっとも、反復、写経するにしても、その反復と写経の中身の事件、事柄、テーマ、を己がみぬち、身内にもっていればこそ、外部からの反復も写経も内部と呼応して己が身の栄養ともならうというもんぢゃけんど、内部に呼応する状況もなく、虚空の身に写経、反復しても、なんも響くもんもなく、たんなるタワゴトちうことも、たぬきくんども場合はあるやもしれんが、それだって、絶対虚空なんちゅうもんはねえんぢゃっけん、外部からの反復でそれに呼応すたもんの幾許かが内部に発生する、胚胎する、それをいかに育てるか?
>
> 現存在への「頽落」もあれば、実存への「頽落」もある。ニルバーナへの「頽落」も、、マルクス主義への頽落も、詩歌への「頽落」も、性欲、生命欲への「頽落」、名利や冥利への「頽落」もある。
>
> あらゆるところに頽落の落とし穴、ちうより、さういう契機を孕みながらあらゆる状況が展開されていく。
>
> この頽落から己を救い上げる反復もまた、反復への頽落、頽落の反復ちうこともある。
>
> > しかし梵さんの書くエネルギーには脱帽だぜ。
>
> 写経にすて、ネットから般若心経なんぞを拾っていてペタンコしたところで、なんら写にして、あまりにも安易であって、己が血肉となすの営為とは程遠い。もっとも、心経のその中身を一体にそれなりに解しておって、それを身をもってちうより目を持って反復する契機としてそれもあrなんぢゃろけんど・・
>
> ま、さういう安易なペタンコよりも、ソレガシの趣味として、一語一語打ち間違えがあったにしても、打ち込んでいく、その過程で、なんども書物も言説も状況も反復でけるわけであって、ざっと読んだそのもののまた別な顔がみえてくる。
>
> 世には、せめて本ぐらい自分のお気に入り作家の吉本ばななくらいにしたい、ちうむきもあるんぢゃが、そのお気に入りの吉本ばなな以外にいったいなぬをよんだのか?
>
> 翻訳モノはよまない、時代のちがったものもよまない、ちうむきも、そのいわんとするところをわからんわけではないが、それにしても、翻訳者の苦労ちうもんは、写経以上のもんであらうし、かの ”here's to life"の歌詞のおかしな翻訳アリストートルくんだっ毛?めた誤訳ちうか、似て非なる翻訳も世にはありうるんぢゃがそれにしたって、ちんぷんかんぷんでやりすごすよりは、あるいは、読まず嫌いでやりすごすよりは、よほど、疑問もわけば、身のためにもなる。
>
> 翻訳も註や、翻訳ならずも、かうやって、己が記事への註もやりすぎると煩いもんではあるが、煩い註は飛ばして読む。いったんともかくよんで、それからまたもどって必要な註も拾ってよむ。そしてまた反復のさいには全ての註にも注意を注いで読む、ちう反復をなすには、それなりにヒマであって、バカにもひとしい単純さが必要で、世の流れはそんな阿呆な反復がでけるほどに安閑とはいかんけん、流し読みをしてつぎからつぎに流れていく、これ、まことにどたぬきジャーナリスト詩人諸君の、とはいえ、かの元祖どたぬき谷内くんでも、けっこう反復すて、つっこんで読んでいたわけで、どたぬき谷内くんなんか、よの大方の親方どたぬき詩人ジャーナリスツくんどもにくらぶれば、真面目にすぎるのかもしれませんが、ありゃあ、バカだね!ちうバカにいちいちこだわって目くじらをたてていては、反復もできませんね。
>
> キルケゴールには「人生の諸段階」ちうもんもあって、その幾許かの切り出し全集か選集本は枕元に積んであって、これがかの元町の老舗古書肆の店頭での投売り本をリュックにつめて青春切符の鈍行にのりついで、神戸から東京まで運んだもんであって、ま、キルケゴールなんぞ、甘ったるい恋愛もんのうんぬんくんぬんで、くわずに抛っておいたもんでも、かうやって、紐解いてみるってえと、まことに豊潤ですね。そもそもは、現存在分析ちう精神分析、精神病のありやうのうんぬんから、実存分析と遡っていって、その実存主義の祖にまで、たどり着いたちうと、これがまた語弊で、ちっともたどりついてはおらんわけであって、ちう意味もそのキルケゴール解釈におけるたどり着きではのうて、そもそも、「実存」ちうことが、キルケゴールに発したから、キルケゴールが実存の祖なんぢゃ、ちうやうな、世のたぬき的言い方への鵜呑みの拒否にして、その実存的あrかたは、実存ちうことば以前には言葉がなかったんだから、なかったか、ちうば、そんなことはだうでもよろしい、言葉所有権、痴的所有権者どもの言説であるからして、同じやうにいえば、「真理」ちう言葉以前には「真理」はなかったのか、「神」ちう言葉以前には「神」はいなかったかの、ま、言葉のあやちうもんは、だうにでも編める模様どすけん、たぬき網にするか、金襴緞子にするか、はたまた身の丈に身合ったおのが被服となすかは、それぞれの知恵にして、智慧のありやうでせうが、あ、さうさう、ぴちたまちょんちょんの宿題のお手伝い・・・
>
> 言葉をふくめた知識を操るもんは、知恵であって、これには、猿知恵も、悪知恵も、いろんな知恵があって、もちろんたぬき知恵も、提灯持ち知恵もあるわけあって、さういういろんな猿知恵や悪知恵やたぬき知恵やひとの知恵や己の知恵を繰るその大本にあるのんが、智慧ちうことは、こりゃあ、まことに単純モデルの言い方ではありまするが・・・
>
> 知識→知恵→智慧
>
> ちうほとに深くなる、枝葉から幹、根っこに遡る、この遡りをさらに遡ろうとすれば、阿頼耶識とか、仏教の唯識なんぞも参考にならうが、なぬせ、食わず嫌いが多いから、せっかくの宝も持ち腐れで・・・
>
> それにすても、知識に頽落しちょるやからは、科学、哲学、ジャーナリスムのみならず、そこらぢゅうの街のおじさんあたぬきによく見かける風景ですが、
>
> ドタヌキジャーナリズムの頽落は、知識以前の情報に頽落しちょるんでせうね。あたかも、エロバイト諸君が性欲に頽落しちょるやうに・・・
>
> だうように知恵に頽落しちょる景色ちうもんもは、

あんまし、朝が寒いから、パソコンが凍ってすまったんか、ここでフリーズして書けない、動かない事態になったので、書いたところまでを投稿しておいたわけですが・・・

ま、

やれ涼し跳ぶも堕ちるも天馬空

も、知恵の頽落景色にはわらっちゃうましたが・・

やうは、反復ちう人生の諸段階の一つ、それがだういう団塊に、うむ、段階にいたるのか、ま、その段階だって、いわば階段のやうに一歩一歩登っていくちうもんではないでせうし、さういういかにもメカニック機械的な段階主義ちうものの捉え方も、いってもれば、時空に規制された産業革命、進化論のものの考え方、言葉、知恵のありやうであって、なんも人間たるもん、リニアモーターぢゃないんだし、段階を固定して進化も成長もねえもんぢゃ、とはいえ、あのマズローの欲求段階説なんぞも、思い出しますが、さういう、仮説ちうもんを、ある状況と切片として切り取ってみるには一つの視点ではありませうに、一概に否定はでけんのんどすが、それんでも、それにどっぷりつかって己を失うほどに頽落することはあんめい、ちうことどすわの。

やうは、幼児返りは人生の諸段階のどの段階でも起こりうるわけであって、幼時返りすることこそ、或る意味では、メカニックな進化諸段階説や諸病説の巷の枠を突き破った感動的な状況なんでせうから、さういうもんをいかに仕留めて成長、この成長ちうのんも、進化論的発想で諸刃の剣なんどすが、自己の深み、進化ならぬ深化、耕し、信仰ならぬ、深耕にして、親交の肥やし、ちうと、糞尿めきますが、さういうもんになすか、ちうことがこれ寛容にして、涵養、肝要なんでせうね。

それにすても、古来、あのギリシャ時代、数千年来言葉が綴られてきていらい、同じやうな状況の反復があるわけであって、そのコア、根幹の反復は時代時代の枝葉に覆われて見えにくいこともありまするが、この一筋は何時の時代の何処でも変わらぬ一筋ですから、さういうもんを見つめていく目と身を養いたいもんですわの。

この反復にしたところで、彼、彼女、わたしの状況、状況が入れ子になったりしはいますが、まことに身につまされる状況と表現と言葉も多ければ、適当に手打ちにせんば、永遠の反復でせうね。

みやうによってはニーチェのツラトストラもこの反復に負うところが大きいのではないでせうか。空海においても・・・



[53701] Re:[53700] キルケゴール 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/18(Tue) 05:53  

めをあへせANNEX−Ω   訪問者数:2319826(今日:64/昨日:419)2011/01/18(Tue) 04:37

もの云へばくちびる寒し街の風

秋の風ぢゃあ、つきすぎだしね。

> 梵さんが最近書いているのは、キルケゴールの「反復」だったんだな。

うむ。これこれ・・・


--------------------------------------------------------------------------------
[53667] われながらひっぱりこんだにすても、やっぱまずかったかな?Re:[53666] 風情がなくとも、フロイトなんぞによれば、夢の常套手段、抑圧の機構であるからして、なぬもめちゃくそともいえんで、さういえば、夢。いまさら、この歳で誕生して前進かの?Re:[53665] 神話的なもんもその起源からしてわれわれに親和的なもんであって、かういうドタヌキじゃ〜名リズム化すたくっちゃべり〜どもにおいては、なぬごとも身にひきつけられんで、他人事で野次馬べえしちょるけん、人格も人間性も成長せんで、なぬを読もうが見ようがやらうが、ドタヌキくっちゃべり〜病に陥るのんがせいぜいで・・・ま、そんだけ、感性も理性も死んでるんでせうなあ、さういう死んだもんが、世のアレコレの論評をそのゾンビの妄想をもってヤリダスんぢゃっけん、ま、世の中はめ茶糞になるんぢゃわさ。Re:[53664] 流行モノは皆目しらぬけん・・壁にぶち当たった。Re:[53663] 犬夜叉のまぎらわしきはパスで・・ご苦労様。Re:[53662] わぁあぅお!!!Re:[53661] よくわかりませんが、でかけねばならんのんで・・One More Time→Ten More Times→Hundred More Times→際限なく同じことを繰り返す。それにしても、人気だ!どれがお好みですか? 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/02(Sun) 18:51

わいむるはANNEX−Ω   訪問者数:2311629(今日:557/昨日:669) 2011/01/02(Sun) 17:14

なぬか音楽を見繕はなあかんわの。これが頭が痛い。

Eden Atwood / Once Upon A Summertime
http://www.youtube.com/watch?v=BjWXn1mxxKk&feature=mfu_in_order&list=UL

この眼!がそっくりですね。


> べつに引きこもりつもりもあらへんぢゃったんぢゃが、反復して視聴しちょるうちに、うむ、ま、ひきこもりちうのんは、いつもさういうふうにおこるのかもすれんが、なんとのお、物憂くなって、億劫になって、ひきこもっておればおったで、あれこれ紐解くもんもおおければ、なぬも無理すて下痢なみのアウトプットでもなかんべ、インプット充実旬間とでもいい魔性か、己が言説のあれこれは、コトバである限り、はたまた行為であるかぎり、かならず云ったこともやった事も己に帰ってくるものなれば、云うことは云わるること、触ることは触られること、つまり、メディアのありよう、身しかり、とはいえ、身においては、心に沁みるよりも、身に沁み、さらには骨身に沁みれば、ますます、深刻で、その深刻さを味わえば、その深刻な憂鬱の反復もまた己が栄養にも、はたまた相手の栄養にもならがな、ちう楽天趣味もまた身のありようにして見の、観の、実のありようちう診方もでけるわけであるからすて、あれこれと、現存在分析の、DASEINから
>
> 「実存existenceの語源は「・・・から外に出て立つ」という意味であることを示したが、人間的実存は本質や概念による限定をうちやぶって外に出るばかりでなく、何よりもまず、自己から脱出する存在である。実存のこのありかたを、サルトルは「脱自」ek−staseと呼んでいる。ふつうエクスタシスekstasis,extaseといえば、「恍惚」「忘我」「有頂天」などの意味であるが・・・」うんぬん(p30松浪信三郎著、実存主義、岩波新書C10,1962年)

これはdasein(現存在)→existence(実存)へのありやう。これはながくなるから、また、あとで・・

> ま、畢竟、平平凡凡であるもんの、眠りと目覚め、死と再生の儀式の反復にして、その反復にも、幾許かの前進もあらうかちうもんで、年末年始の終初夢にしては上出来かもしらん。

反復、キルケゴールの「反復」を師走の巷で3冊100円=33円で入手して、その一部を引用したいんぢゃが・・その前に、晦日蕎麦と元旦飛び入りを・・

> > > みせあむねANNEX−Ω   訪問者数:2303939(今日:313/昨日:589)2010/12/19(Sun) 16:55
> > >
> > > けふは108kmをさっさと走ってきて・・壁にぶち当たった。
>
> して、ひきこもりのあいだも、毎日歯を噛み潰さぬやうに、少なめ少なめの差し控えつつ、100km前後のそのほとんどが、反復の我が家の庭めいた近所の土手とか峠で・・・

:*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★。

キルケゴールの「反復」を師走の巷で3冊100円=33円で入手して、こんだけ反復すりゃあ、反復冥利、33円冥利であらうがな、ちうもんで、問題は題目でも金額でもあらへんで、いかに己がものにするかちう・・・

> 最近の流行語で、「写経」のように、ある作家や詩人や哲学者の文章を書くことを「写キルケゴール」と言うそうだ。詩人だったら「写ゲーテ」などとなるのか?

うむ。写経のごとくやることが「流行語」であることはしらんかったが、どうもむかしからその気があって、近頃も「我と汝=孤独と愛}を「写マルチン・ブーバー」をやって抹殺閂削除されちゃったわけで・・

なぬごとも、噛み締めて己が身となすには反復、写経的読み方も有効なやりかたであって、もっとも、反復、写経するにしても、その反復と写経の中身の事件、事柄、テーマ、を己がみぬち、身内にもっていればこそ、外部からの反復も写経も内部と呼応して己が身の栄養ともならうというもんぢゃけんど、内部に呼応する状況もなく、虚空の身に写経、反復しても、なんも響くもんもなく、たんなるタワゴトちうことも、たぬきくんども場合はあるやもしれんが、それだって、絶対虚空なんちゅうもんはねえんぢゃっけん、外部からの反復でそれに呼応すたもんの幾許かが内部に発生する、胚胎する、それをいかに育てるか?

現存在への「頽落」もあれば、実存への「頽落」もある。ニルバーナへの「頽落」も、、マルクス主義への頽落も、詩歌への「頽落」も、性欲、生命欲への「頽落」、名利や冥利への「頽落」もある。

あらゆるところに頽落の落とし穴、ちうより、さういう契機を孕みながらあらゆる状況が展開されていく。

この頽落から己を救い上げる反復もまた、反復への頽落、頽落の反復ちうこともある。

> しかし梵さんの書くエネルギーには脱帽だぜ。

写経にすて、ネットから般若心経なんぞを拾っていてペタンコしたところで、なんら写にして、あまりにも安易であって、己が血肉となすの営為とは程遠い。もっとも、心経のその中身を一体にそれなりに解しておって、それを身をもってちうより目を持って反復する契機としてそれもあrなんぢゃろけんど・・

ま、さういう安易なペタンコよりも、ソレガシの趣味として、一語一語打ち間違えがあったにしても、打ち込んでいく、その過程で、なんども書物も言説も状況も反復でけるわけであって、ざっと読んだそのもののまた別な顔がみえてくる。

世には、せめて本ぐらい自分のお気に入り作家の吉本ばななくらいにしたい、ちうむきもあるんぢゃが、そのお気に入りの吉本ばなな以外にいったいなぬをよんだのか?

翻訳モノはよまない、時代のちがったものもよまない、ちうむきも、そのいわんとするところをわからんわけではないが、それにしても、翻訳者の苦労ちうもんは、写経以上のもんであらうし、かの ”here's to life"の歌詞のおかしな翻訳アリストートルくんだっ毛?めた誤訳ちうか、似て非なる翻訳も世にはありうるんぢゃがそれにしたって、ちんぷんかんぷんでやりすごすよりは、あるいは、読まず嫌いでやりすごすよりは、よほど、疑問もわけば、身のためにもなる。

翻訳も註や、翻訳ならずも、かうやって、己が記事への註もやりすぎると煩いもんではあるが、煩い註は飛ばして読む。いったんともかくよんで、それからまたもどって必要な註も拾ってよむ。そしてまた反復のさいには全ての註にも注意を注いで読む、ちう反復をなすには、それなりにヒマであって、バカにもひとしい単純さが必要で、世の流れはそんな阿呆な反復がでけるほどに安閑とはいかんけん、流し読みをしてつぎからつぎに流れていく、これ、まことにどたぬきジャーナリスト詩人諸君の、とはいえ、かの元祖どたぬき谷内くんでも、けっこう反復すて、つっこんで読んでいたわけで、どたぬき谷内くんなんか、よの大方の親方どたぬき詩人ジャーナリスツくんどもにくらぶれば、真面目にすぎるのかもしれませんが、ありゃあ、バカだね!ちうバカにいちいちこだわって目くじらをたてていては、反復もできませんね。

キルケゴールには「人生の諸段階」ちうもんもあって、その幾許かの切り出し全集か選集本は枕元に積んであって、これがかの元町の老舗古書肆の店頭での投売り本をリュックにつめて青春切符の鈍行にのりついで、神戸から東京まで運んだもんであって、ま、キルケゴールなんぞ、甘ったるい恋愛もんのうんぬんくんぬんで、くわずに抛っておいたもんでも、かうやって、紐解いてみるってえと、まことに豊潤ですね。そもそもは、現存在分析ちう精神分析、精神病のありやうのうんぬんから、実存分析と遡っていって、その実存主義の祖にまで、たどり着いたちうと、これがまた語弊で、ちっともたどりついてはおらんわけであって、ちう意味もそのキルケゴール解釈におけるたどり着きではのうて、そもそも、「実存」ちうことが、キルケゴールに発したから、キルケゴールが実存の祖なんぢゃ、ちうやうな、世のたぬき的言い方への鵜呑みの拒否にして、その実存的あrかたは、実存ちうことば以前には言葉がなかったんだから、なかったか、ちうば、そんなことはだうでもよろしい、言葉所有権、痴的所有権者どもの言説であるからして、同じやうにいえば、「真理」ちう言葉以前には「真理」はなかったのか、「神」ちう言葉以前には「神」はいなかったかの、ま、言葉のあやちうもんは、だうにでも編める模様どすけん、たぬき網にするか、金襴緞子にするか、はたまた身の丈に身合ったおのが被服となすかは、それぞれの知恵にして、智慧のありやうでせうが、あ、さうさう、ぴちたまちょんちょんの宿題のお手伝い・・・

言葉をふくめた知識を操るもんは、知恵であって、これには、猿知恵も、悪知恵も、いろんな知恵があって、もちろんたぬき知恵も、提灯持ち知恵もあるわけあって、さういういろんな猿知恵や悪知恵やたぬき知恵やひとの知恵や己の知恵を繰るその大本にあるのんが、智慧ちうことは、こりゃあ、まことに単純モデルの言い方ではありまするが・・・

知識→知恵→智慧

ちうほとに深くなる、枝葉から幹、根っこに遡る、この遡りをさらに遡ろうとすれば、阿頼耶識とか、仏教の唯識なんぞも参考にならうが、なぬせ、食わず嫌いが多いから、せっかくの宝も持ち腐れで・・・

それにすても、知識に頽落しちょるやからは、科学、哲学、ジャーナリスムのみならず、そこらぢゅうの街のおじさんあたぬきによく見かける風景ですが、

ドタヌキジャーナリズムの頽落は、知識以前の情報に頽落しちょるんでせうね。あたかも、エロバイト諸君が性欲に頽落しちょるやうに・・・

だうように知恵に頽落しちょる景色ちうもんもは、


[53700] キルケゴール 投稿者:なすのせせ 投稿日:2011/01/18(Tue) 01:32  

梵さんが最近書いているのは、キルケゴールの「反復」だったんだな。

最近の流行語で、「写経」のように、ある作家や詩人や哲学者の文章を書くことを「写キルケゴール」と言うそうだ。詩人だったら「写ゲーテ」などとなるのか?

しかし梵さんの書くエネルギーには脱帽だぜ。


[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/17(Mon) 08:54  

ちたすすけANNEX−Ω   訪問者数:2319471(今日:128/昨日:482)2011/01/17(Mon) 08:27

> ぬりつぬろANNEX−Ω   訪問者数:2319203(今日:342/昨日:614)2011/01/16(Sun) 17:45
>
> > うけみさそANNEX−Ω   訪問者数:2318342(今日:95/昨日:529)2011/01/15(Sat) 06:20
> >
> > > よよくつるANNEX−Ω   訪問者数:2317875(今日:157/昨日:605)2011/01/14(Fri) 09:13
> > >
> > > > しるむひえANNEX−Ω   訪問者数:2315116(今日:152/昨日:510)2011/01/08(Sun) 05:17
> > > >
> > > > > ぬへひたやANNEX−Ω   訪問者数:2314580(今日:126/昨日:555)2011/01/08(Sat) 06:48
> > > > >
> > > > > > せすゆすにANNEX−Ω   訪問者数:2314121(今日:222/昨日:513)2011/01/07(Fri) 09:37
> > >
> > > Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> > > http://www.youtube.com/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25
> > >
> > > 追憶の恋のみが幸福な恋である、とある作家が言った。その恋がまずひとを不幸にするのを追憶するというだけのことであるなら、まったくそのとおりである。
> > >
> > > ほんとうは、反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。
> > >
> > > 反復の恋には、追憶の恋と同じように、期待と不安定さがない。探検に伴う不安な冒険もない、しかしまた、追憶のもつ哀愁もない、そこには瞬間の至福な確実さがある。
> > >
> > > 期待は新調の衣服で、ぱりっとして、しかもきらびやかである。しかしそれはまだ着てみたわけではない、だから、はたして体にぴったり合うかどうか、またよく似合うかどうかもわからない。
> > >
> > > 追憶はもう着なくなった古着である、それがどんなに美しくても、いまでは体のほうが大きくなってもうどうにも身丈があわない。
> > >
> > > 反復は着古されることのない着物である。それはぴったりと着心地よく体に合い、窮屈でもなければだぶつきもしない。
> > >
> > > 期待は追う手をすり抜けてゆくかわいい娘である。
> > >
> > > 追憶は美しくはあるが今ではもうけっして用を足せない老婆である。
> > >
> > > 反復はいつまでも飽きることのない愛妻である。
> > >
> > > 飽きがくるのは新しいものに限っているからだ。古いものはけっして飽きることがない、そして古いものが目の前にあると、ひとは幸福になる、しかも、反復が何か新しいものでなければならぬかのような思い違いをしないひとだけが、本当に幸福になる。もしそういう思い違いをしていたら、ひとはやがて反復にも飽きてしまうだろう。
> > >
> > > 期待するには若さが要る、追憶すには若さが要る。
> > >
> > > しかし、
> > >
> > > 反復を欲するには勇気が要る。
> > >
> > > 期待するしか欲しないものは卑怯である。
> > >
> > > 追憶をしか欲しないものは淫らである。
> > >
> > > しかし、
> > >
> > > 反復を欲するものは男である。
> > >
> > > そして、
> > >
> > > このことをしっかりと自覚するにつれて、ひとはそれだけ深みのある人間になる。
> > >
> > > ところが、
> > >
> > > 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、所詮まぬがれられぬ運命、つまり自滅するほかあるまい。
> > >
> > > 思うに、
> > >
> > > 期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。
> > >
> > > 追憶はまことに乏しい糊口の資で、これまた腹を満たすには足りない。
> > >
> > > ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。
> > >
> > > ひとたび人世を周航してみれば、人生が反復であることを理解するだけに勇気がもてるかどうか、また、反復を楽しむ気持になれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前にまず人生を周航しなかったものは、けっして生きることにはならないだろう。人世を周航してはみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。
> > >
> > > 反復を選んだ人、その人だけがほんとうに生きるのである。
> > >
> > > 彼は子供みたいに蝶を追いまわしはしない、この世の栄耀栄華をのぞくために爪立ちしたりもしない、彼はそれを知っているからだ。
> > >
> > > 彼はまた老婆のように紡ぎ車の前に坐って追憶の糸を紡ぐこともしない。
> > >
> > > むしろ、
> > >
> > > 彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。
> > >
> > > ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?
> >
> > Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> > http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26
> >
> > 時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?
> >
> > 次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がきねがうであろうか?
> >
> > 神みずからが反復を望まれたのでなかったら、世界はけっして生成しなかったであろう。神は期待するままに絶えず新しい計画を立ててゆくか、それとも、万物をもとへ呼び戻して、追憶のなかに保存するかしたことであろう。しかし、神はそうしなかった、だから世界はこうして存立しているのだ、しかも、それは反復であることによって存立しているのである。
> >
> > 反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。
> >
> > これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。
> >
> > ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。
> >
> > そのようなことはすべて、
> >
> > わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。
>
> Lizz Wright's Version of 'Hey Mann'
> http://www.youtube.com/watch?v=_Wp8-ahXVFI&feature=BF&list=QL&index=31
>
> 恋するものはよく恋の甘い不安を詩人の言葉に託して吐き出しながら歓喜に酔うものだが、彼もそうだった。彼は部屋のなかを往きつ戻りつしながら、ポウル・メラーの詩の一節を幾度も繰り返した。
>
>     わが古きゆり椅子に
>       立ち返りくる若き日の夢
>     女性(おみな)らの太陽(ひ)と照り映ゆる
>       汝(いまし)へのあこがれ絶えず
>
> ・・・メランコリックな男に恋をさせてみるがいい、そしたら何もかも消し飛んでしまう、とよくきまったように言われる。しかし、彼がほんとうにメランコリックであるなら、彼にとって何よりも重大な事柄を彼の心がどうしてメランコリックに考えずにいられるだろうか。
>
> 彼は深くそして熱烈に恋している、これは明らかだ。
>
> それだのに、彼は最初の日からもう彼の恋愛を追憶できる状態にある。
>
> つまり、彼は恋愛関係をすでにすっかり完了しているのである。始めるときにおそろしく大股に歩いたために、彼は人生を飛び越してしまったのだ。・・・

Frank Sinatra - Only the Lonely
http://www.youtube.com/watch?v=bef_s1Bhn7o&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=59

追憶は喪失から始まるという大きな利益をもっている、だからそれは安全だ、失うべき何ものももたないからである。

彼女は彼の恋人であった。彼がかつて愛した唯一の恋人、彼がいつか愛するようになるかもしれない唯一の恋人であった。sかし、それだのにまた、彼は彼女を愛してはいなかった、彼はただ彼女に憧れていただけだったのだ。

あの少女は彼の恋人ではなかったのだ。彼女は彼のうちに詩的なものを目覚めさせ彼を詩人にする誘因だったのである。

だからこそ、彼は彼女だけを愛することができ、彼女をけっして忘れることができず、けっしてほかの女を愛しようとはしなかったのだ。けれども、彼はつねに彼女をただ憧れていただけのことであった。

彼女は彼自身の全存在のなかに吸収されてしまったのである。彼女の思い出はいつまでもいきいきと残ることだろう。

彼女は彼にとってあまりに大きい意味をもってしまった、彼女は彼を詩人に仕上げてしまったのだ、

だからつまり、

彼女は自分自身の死刑判決書に署名してしまったのだ。




> > > > > > Jan Garbarek & The Hilliard Ensemble - Ov zarmanali
> > > > > > http://www.youtube.com/watch?v=eL2b4Y2_qxY&feature=mfu_in_order&list=UL
> > > > > >
> > > > > > わが沈黙の共犯者よ!
> > > > > >
> > > > > > ぼくの生活はぎりぎりまで押しつめられました。この世に生きているのがたまらなくいやです。味わいも意味もない生活です。人々が提供してくれる説明など、たとえばピエロ以上に飢えていたにしても、ぼくは食いたく思わないでしょう。ひとは指先を大地にさしこんで、自分がどんな土地にいるのか嗅ぎわけます。ぼくは人生に指先をさしこみますーーーそれはなんの臭いもしません。
> > > > > >
> > > > > > ぼくはどこにいるのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > 世界!
> > > > > >
> > > > > > それは何をいうのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > この言葉は何を意味するのしょう?
> > > > > >
> > > > > > ぼくをこの世界のなかへおびき入れて、ここにこうしてほったらかしておく人は誰なのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > ぼくは誰なのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > ぼくはどうして世界に入ってきたのでしょう、なぜぼくは意見を求められなかったのでしょう、なぜ世界の風習を知らせてくれないで、まるで人買いに買われるみたいに、仲間の一員に組み込まれたのでしょう!
> > > > > >
> > > > > > なぜぼくはひとが現実とよんでいるこの大企業の関係者になったのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > なぜぼくは関係者にならなければならないのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > それは自由に選べることではないのですか?
> > > > > >
> > > > > > いやでもならねばならないとすれば、抗議を申しこむことのできる支配人はいったいどこにいるのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > そもそも支配人などはいないのですか?
> > > > > >
> > > > > > ぼくはどこに苦情をもちこめばよいのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > 人世は討論だというではありませんか、それならぼくの意見も考慮に入れてもらえるようにお願いしたいものです。
> > > > > >
> > > > > > もし人世というものがあるがままに受けとるべきものだとすれば、それがいかにあるかを知るのがもっともよいのではないでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > 欺瞞者、これはどういう意味なのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > 利は誰に?
> > > > > >
> > > > > > と問うことによってひとは欺瞞者を発見するとキケロは言っているではありませんか。ぼくは一人一人に問うてみます、ぼくがぼく自身とひとりの娘を不幸にしたことから、何か利益を得たかどうかと。
> > > > > >
> > > > > > 責めーーーこれはどういう意味なのでしょう?
> > > > > >
> > > > > > それは魔法でしょうか?
> > > > > >
> > > > > > ひとりの人間がどうして責めを追うようなことになるのかは、はっきりわからないことなのでしょうか?
> > > > > >
> > > > > > 答えようとするひとはないのですか?
> > > > > >
> > > > > > 関係者である皆さんにとって、これはきわめて重大な問題ではないのでしょうか?
> > > > >
> > > > > Arvo Pärt - Sarah Was Ninety Years Old (Part 1 of 3)
> > > > > http://www.youtube.com/watch?v=g0Usv4O9lSQ&feature=BF&list=QL&index=29
> > > > >
> > > > > ぼくの理性は立ちどまっています、というよりも、ぼくは理性と別れている、といったほうが当たっているでしょう?
> > > > >
> > > > > ある瞬間には、ぼくは疲れ果てて、生気を失い、無関心のあまりまるで死んだようになります。また他の瞬間には、ぼくは荒れ狂って、誰かぼくの怒りを放散することのできる相手を見つけるために、世界の極(はて)から極まで絶望的に駆け廻ります。ぼくという存在のうちにある一切のものが、自分自身と矛盾して喚(わめ)いています。
> > > > >
> > > > > どうしてぼくは責めあるものになったのでしょうか?
> > > > >
> > > > > それともぼくには責めがないのでしょうか?
> > > > >
> > > > > それならなぜぼくはすべての人の口の端にかかってそう呼ばれるのでしょう?
> > > > >
> > > > > 口でいうことと心で思うこととが違うとしたら、人間の言葉というものはなんというくだらぬ発明なのでしょう。
> > > >
> > > > Carmen McRae - Trouble Is A Man
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=_zhboeJkNGg&feature=related
> > > >
> > > > http://lyricsplayground.com/alpha/songs/t/troubleisaman.shtml
> > > > ぼくは何か災難にあったのではないでしょうか、あの事件はひとつの災難なのではないでしょうか?
> > > >
> > > > ぼくという存在全体が変化を受け、ぼくが別な人間になるということを、ぼくはあらかじめ知ることができたでしょうか?
> > > >
> > > > ぼくの魂のなかに隠れて巣くっていたものが破れ出たとでもいうのでしょうか?
> > > >
> > > > しかし隠れて巣くっていたのなら、どうしてぼくはそれを予知することができたでしょう?
> > > >
> > > > それが予知できないとすれば、ぼくに責任はないはずです。ぼくが卒中にかかったとすれば、そのときでも、責めはぼくにあるのでしょうか?
> > > >
> > > > 言語とよばれる人間の言葉というものは、仲間うちにしか通じないなんという憐れむべき讒言(たわごと)なのでしょう!
> > > >
> > > > けっしてそういう讒言をいわないだけでも、ものいわぬ動物のほうが賢くはありませんか?
> > > >
> > > > ーーーぼくは不実なのでしょうか?
> > > >
> > > > 彼女がぼくを愛しつづけて、けっしてほかの男を愛そうと思わなければ、彼女はもちろんぼくに対して忠実です。ぼくが彼女だけを愛しようと思いつづけているとすれば、それでぼくは不実なのでしょうか?
> > > >
> > > > ぼくたちはどちらも同じことをしているではありませんか。それなのに、ぼくが欺瞞によってぼくの実意を示すからといって、どうしてぼくは欺瞞者になるのでしょう?
> > > >
> > > > なぜ彼女は正しくてぼくは正しくないということになるのでしょう?
> > > >
> > > > ぼくたちがどちらも忠実であるのなら、なぜ人間の言葉では、彼女が忠実でぼくが欺瞞者だというふうに表現されるのでしょう?
> > > >
> > > > ・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・
> > > >
> > > > 現実があらわれるその瞬間に、すべては失われたのです。そのときはもう手おくれです。彼女がそこに見いだそうとする現実は、ぼくにとっては、ぼくの本来の精神的現実につきそって走る影にすぎません、あるいはぼくを笑わせようとし、あるいはぼくの生活を侵して掻き乱そうとする影なのです。
> > > >
> > > > つまりは、まるで影をつかもうとでもするかのように、あるいは影に向かって手を差しのべようととでもするかのように、ぼくは手探りしながら彼女をつかもうとするようなことになるでしょう。
> > > >
> > > > そのときこそ、彼女の生活は空費されたことになるのではないでしょうか?
> > > >
> > > > それこそ彼女はぼくにとって死んだも同然になります。・・・中略・・・・
> > > >
> > > > ーーーそれとも、あの事件をすっかり忘れてしまうのが、いちばんいいのでしょうか?
> > > >
> > > > 忘れるなんて!
> > > >
> > > > あれを忘れるなら、ぼくは生きていることをやめたにひとしいではありませんか。
> > > >
> > > > 愛する娘といっしょに名誉と誇りまでも失ったことは、しかもどうしてそういうことになったのか、なぜぼくがその償いをすることができないのか、それが誰にもわからないというふうな失いかたをしたとは、いったなんという人生なのでしょう?
> > > >
> > > > こんなふうに突き出されるのなら、なぜぼくはここに突き入れられたのでしょう?
> > > >
> > > > ・・・中略・・・
> > > >
> > > > ぼくの思いめぐらすことどもは、人間的にいえば、およそ考えられうるもっともきりつめた食餌です。それでもぼくはこうして、ぼくの小宇宙のなかにありながら、できるだけ大宇宙的にふるまうことに・・・略
> > > >
> > > > ぼくは人間とは口をききません。しかし人間との一切の交際を断ったり、でたらめなこしらえごとを売り物にしたくありませんので、ぼくはあらゆる時代にわたって賞賛されてきたあの不滅の・・・略・・・詩句や金言や諺(ことわざ)や短文をたくさん集め・・・略
> > > >
> > > > ぼくがなにを言おうとしたところで、それがなんの役に立つでしょう。・・略。ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。ぼく自身に名前がないのと同じです。
> > > >
> > > > 名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。
> > > >
> > > > そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > > >
> > > >                                  敬具



[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/16(Sun) 18:11  

ぬりつぬろANNEX−Ω   訪問者数:2319203(今日:342/昨日:614)2011/01/16(Sun) 17:45

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> >
> > Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> > http://www.youtube.com/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25
> >
> > 追憶の恋のみが幸福な恋である、とある作家が言った。その恋がまずひとを不幸にするのを追憶するというだけのことであるなら、まったくそのとおりである。
> >
> > ほんとうは、反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。
> >
> > 反復の恋には、追憶の恋と同じように、期待と不安定さがない。探検に伴う不安な冒険もない、しかしまた、追憶のもつ哀愁もない、そこには瞬間の至福な確実さがある。
> >
> > 期待は新調の衣服で、ぱりっとして、しかもきらびやかである。しかしそれはまだ着てみたわけではない、だから、はたして体にぴったり合うかどうか、またよく似合うかどうかもわからない。
> >
> > 追憶はもう着なくなった古着である、それがどんなに美しくても、いまでは体のほうが大きくなってもうどうにも身丈があわない。
> >
> > 反復は着古されることのない着物である。それはぴったりと着心地よく体に合い、窮屈でもなければだぶつきもしない。
> >
> > 期待は追う手をすり抜けてゆくかわいい娘である。
> >
> > 追憶は美しくはあるが今ではもうけっして用を足せない老婆である。
> >
> > 反復はいつまでも飽きることのない愛妻である。
> >
> > 飽きがくるのは新しいものに限っているからだ。古いものはけっして飽きることがない、そして古いものが目の前にあると、ひとは幸福になる、しかも、反復が何か新しいものでなければならぬかのような思い違いをしないひとだけが、本当に幸福になる。もしそういう思い違いをしていたら、ひとはやがて反復にも飽きてしまうだろう。
> >
> > 期待するには若さが要る、追憶すには若さが要る。
> >
> > しかし、
> >
> > 反復を欲するには勇気が要る。
> >
> > 期待するしか欲しないものは卑怯である。
> >
> > 追憶をしか欲しないものは淫らである。
> >
> > しかし、
> >
> > 反復を欲するものは男である。
> >
> > そして、
> >
> > このことをしっかりと自覚するにつれて、ひとはそれだけ深みのある人間になる。
> >
> > ところが、
> >
> > 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、所詮まぬがれられぬ運命、つまり自滅するほかあるまい。
> >
> > 思うに、
> >
> > 期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。
> >
> > 追憶はまことに乏しい糊口の資で、これまた腹を満たすには足りない。
> >
> > ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。
> >
> > ひとたび人世を周航してみれば、人生が反復であることを理解するだけに勇気がもてるかどうか、また、反復を楽しむ気持になれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前にまず人生を周航しなかったものは、けっして生きることにはならないだろう。人世を周航してはみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。
> >
> > 反復を選んだ人、その人だけがほんとうに生きるのである。
> >
> > 彼は子供みたいに蝶を追いまわしはしない、この世の栄耀栄華をのぞくために爪立ちしたりもしない、彼はそれを知っているからだ。
> >
> > 彼はまた老婆のように紡ぎ車の前に坐って追憶の糸を紡ぐこともしない。
> >
> > むしろ、
> >
> > 彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。
> >
> > ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?
>
> Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26
>
> 時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?
>
> 次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がきねがうであろうか?
>
> 神みずからが反復を望まれたのでなかったら、世界はけっして生成しなかったであろう。神は期待するままに絶えず新しい計画を立ててゆくか、それとも、万物をもとへ呼び戻して、追憶のなかに保存するかしたことであろう。しかし、神はそうしなかった、だから世界はこうして存立しているのだ、しかも、それは反復であることによって存立しているのである。
>
> 反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。
>
> これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。
>
> ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。
>
> そのようなことはすべて、
>
> わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。

Lizz Wright's Version of 'Hey Mann'
http://www.youtube.com/watch?v=_Wp8-ahXVFI&feature=BF&list=QL&index=31

恋するものはよく恋の甘い不安を詩人の言葉に託して吐き出しながら歓喜に酔うものだが、彼もそうだった。彼は部屋のなかを往きつ戻りつしながら、ポウル・メラーの詩の一節を幾度も繰り返した。

    わが古きゆり椅子に
      立ち返りくる若き日の夢
    女性(おみな)らの太陽(ひ)と照り映ゆる
      汝(いまし)へのあこがれ絶えず

・・・メランコリックな男に恋をさせてみるがいい、そしたら何もかも消し飛んでしまう、とよくきまったように言われる。しかし、彼がほんとうにメランコリックであるなら、彼にとって何よりも重大な事柄を彼の心がどうしてメランコリックに考えずにいられるだろうか。

彼は深くそして熱烈に恋している、これは明らかだ。

それだのに、彼は最初の日からもう彼の恋愛を追憶できる状態にある。

つまり、彼は恋愛関係をすでにすっかり完了しているのである。始めるときにおそろしく大股に歩いたために、彼は人生を飛び越してしまったのだ。・・・

  






> > > > > Jan Garbarek & The Hilliard Ensemble - Ov zarmanali
> > > > > http://www.youtube.com/watch?v=eL2b4Y2_qxY&feature=mfu_in_order&list=UL
> > > > >
> > > > > わが沈黙の共犯者よ!
> > > > >
> > > > > ぼくの生活はぎりぎりまで押しつめられました。この世に生きているのがたまらなくいやです。味わいも意味もない生活です。人々が提供してくれる説明など、たとえばピエロ以上に飢えていたにしても、ぼくは食いたく思わないでしょう。ひとは指先を大地にさしこんで、自分がどんな土地にいるのか嗅ぎわけます。ぼくは人生に指先をさしこみますーーーそれはなんの臭いもしません。
> > > > >
> > > > > ぼくはどこにいるのでしょう?
> > > > >
> > > > > 世界!
> > > > >
> > > > > それは何をいうのでしょう?
> > > > >
> > > > > この言葉は何を意味するのしょう?
> > > > >
> > > > > ぼくをこの世界のなかへおびき入れて、ここにこうしてほったらかしておく人は誰なのでしょう?
> > > > >
> > > > > ぼくは誰なのでしょう?
> > > > >
> > > > > ぼくはどうして世界に入ってきたのでしょう、なぜぼくは意見を求められなかったのでしょう、なぜ世界の風習を知らせてくれないで、まるで人買いに買われるみたいに、仲間の一員に組み込まれたのでしょう!
> > > > >
> > > > > なぜぼくはひとが現実とよんでいるこの大企業の関係者になったのでしょう?
> > > > >
> > > > > なぜぼくは関係者にならなければならないのでしょう?
> > > > >
> > > > > それは自由に選べることではないのですか?
> > > > >
> > > > > いやでもならねばならないとすれば、抗議を申しこむことのできる支配人はいったいどこにいるのでしょう?
> > > > >
> > > > > そもそも支配人などはいないのですか?
> > > > >
> > > > > ぼくはどこに苦情をもちこめばよいのでしょう?
> > > > >
> > > > > 人世は討論だというではありませんか、それならぼくの意見も考慮に入れてもらえるようにお願いしたいものです。
> > > > >
> > > > > もし人世というものがあるがままに受けとるべきものだとすれば、それがいかにあるかを知るのがもっともよいのではないでしょうか?
> > > > >
> > > > > 欺瞞者、これはどういう意味なのでしょう?
> > > > >
> > > > > 利は誰に?
> > > > >
> > > > > と問うことによってひとは欺瞞者を発見するとキケロは言っているではありませんか。ぼくは一人一人に問うてみます、ぼくがぼく自身とひとりの娘を不幸にしたことから、何か利益を得たかどうかと。
> > > > >
> > > > > 責めーーーこれはどういう意味なのでしょう?
> > > > >
> > > > > それは魔法でしょうか?
> > > > >
> > > > > ひとりの人間がどうして責めを追うようなことになるのかは、はっきりわからないことなのでしょうか?
> > > > >
> > > > > 答えようとするひとはないのですか?
> > > > >
> > > > > 関係者である皆さんにとって、これはきわめて重大な問題ではないのでしょうか?
> > > >
> > > > Arvo Pärt - Sarah Was Ninety Years Old (Part 1 of 3)
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=g0Usv4O9lSQ&feature=BF&list=QL&index=29
> > > >
> > > > ぼくの理性は立ちどまっています、というよりも、ぼくは理性と別れている、といったほうが当たっているでしょう?
> > > >
> > > > ある瞬間には、ぼくは疲れ果てて、生気を失い、無関心のあまりまるで死んだようになります。また他の瞬間には、ぼくは荒れ狂って、誰かぼくの怒りを放散することのできる相手を見つけるために、世界の極(はて)から極まで絶望的に駆け廻ります。ぼくという存在のうちにある一切のものが、自分自身と矛盾して喚(わめ)いています。
> > > >
> > > > どうしてぼくは責めあるものになったのでしょうか?
> > > >
> > > > それともぼくには責めがないのでしょうか?
> > > >
> > > > それならなぜぼくはすべての人の口の端にかかってそう呼ばれるのでしょう?
> > > >
> > > > 口でいうことと心で思うこととが違うとしたら、人間の言葉というものはなんというくだらぬ発明なのでしょう。
> > >
> > > Carmen McRae - Trouble Is A Man
> > > http://www.youtube.com/watch?v=_zhboeJkNGg&feature=related
> > >
> > > http://lyricsplayground.com/alpha/songs/t/troubleisaman.shtml
> > > ぼくは何か災難にあったのではないでしょうか、あの事件はひとつの災難なのではないでしょうか?
> > >
> > > ぼくという存在全体が変化を受け、ぼくが別な人間になるということを、ぼくはあらかじめ知ることができたでしょうか?
> > >
> > > ぼくの魂のなかに隠れて巣くっていたものが破れ出たとでもいうのでしょうか?
> > >
> > > しかし隠れて巣くっていたのなら、どうしてぼくはそれを予知することができたでしょう?
> > >
> > > それが予知できないとすれば、ぼくに責任はないはずです。ぼくが卒中にかかったとすれば、そのときでも、責めはぼくにあるのでしょうか?
> > >
> > > 言語とよばれる人間の言葉というものは、仲間うちにしか通じないなんという憐れむべき讒言(たわごと)なのでしょう!
> > >
> > > けっしてそういう讒言をいわないだけでも、ものいわぬ動物のほうが賢くはありませんか?
> > >
> > > ーーーぼくは不実なのでしょうか?
> > >
> > > 彼女がぼくを愛しつづけて、けっしてほかの男を愛そうと思わなければ、彼女はもちろんぼくに対して忠実です。ぼくが彼女だけを愛しようと思いつづけているとすれば、それでぼくは不実なのでしょうか?
> > >
> > > ぼくたちはどちらも同じことをしているではありませんか。それなのに、ぼくが欺瞞によってぼくの実意を示すからといって、どうしてぼくは欺瞞者になるのでしょう?
> > >
> > > なぜ彼女は正しくてぼくは正しくないということになるのでしょう?
> > >
> > > ぼくたちがどちらも忠実であるのなら、なぜ人間の言葉では、彼女が忠実でぼくが欺瞞者だというふうに表現されるのでしょう?
> > >
> > > ・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・
> > >
> > > 現実があらわれるその瞬間に、すべては失われたのです。そのときはもう手おくれです。彼女がそこに見いだそうとする現実は、ぼくにとっては、ぼくの本来の精神的現実につきそって走る影にすぎません、あるいはぼくを笑わせようとし、あるいはぼくの生活を侵して掻き乱そうとする影なのです。
> > >
> > > つまりは、まるで影をつかもうとでもするかのように、あるいは影に向かって手を差しのべようととでもするかのように、ぼくは手探りしながら彼女をつかもうとするようなことになるでしょう。
> > >
> > > そのときこそ、彼女の生活は空費されたことになるのではないでしょうか?
> > >
> > > それこそ彼女はぼくにとって死んだも同然になります。・・・中略・・・・
> > >
> > > ーーーそれとも、あの事件をすっかり忘れてしまうのが、いちばんいいのでしょうか?
> > >
> > > 忘れるなんて!
> > >
> > > あれを忘れるなら、ぼくは生きていることをやめたにひとしいではありませんか。
> > >
> > > 愛する娘といっしょに名誉と誇りまでも失ったことは、しかもどうしてそういうことになったのか、なぜぼくがその償いをすることができないのか、それが誰にもわからないというふうな失いかたをしたとは、いったなんという人生なのでしょう?
> > >
> > > こんなふうに突き出されるのなら、なぜぼくはここに突き入れられたのでしょう?
> > >
> > > ・・・中略・・・
> > >
> > > ぼくの思いめぐらすことどもは、人間的にいえば、およそ考えられうるもっともきりつめた食餌です。それでもぼくはこうして、ぼくの小宇宙のなかにありながら、できるだけ大宇宙的にふるまうことに・・・略
> > >
> > > ぼくは人間とは口をききません。しかし人間との一切の交際を断ったり、でたらめなこしらえごとを売り物にしたくありませんので、ぼくはあらゆる時代にわたって賞賛されてきたあの不滅の・・・略・・・詩句や金言や諺(ことわざ)や短文をたくさん集め・・・略
> > >
> > > ぼくがなにを言おうとしたところで、それがなんの役に立つでしょう。・・略。ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。ぼく自身に名前がないのと同じです。
> > >
> > > 名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。
> > >
> > > そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > >
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[53697] とても幼稚な現代詩フォーラムにまでは脚も手も回りかねますので、足烏、うむ、アシカラズ。Re:[53597] ここらへんでひきこもっておらんで外にでて目一杯、身一杯に走りまわりませう。白壁にぶつからんやうに♪Re:[53564] 悼み想うRe:[53546] 厚い硝子の壁が破られるまで・・ 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/15(Sat) 22:38  

わちたてせANNEX−Ω   訪問者数:2318813(今日:566/昨日:529)2011/01/15(Sat) 22:14

I'm Fool To Want You Frank Sinatra Ava Gardner
http://www.youtube.com/watch?v=6PpcrssGBdw&feature=BF&list=QL&index=78

まことに寒いですね。けふも100km丁度ですが、午前中は余りに寒く汗に濡れた頭のタオルを換えるためにそれから外食は金食い虫ですから、天然酵母の食パン2斤から1斤を一気にちぎってこれにたっぷり鶏卵を含ませ牛乳も含ませ、人間のやることはなんて残酷なのだらうとは思うものの、これに蜂蜜を垂らして頬張れば天国で、午前中のメルクスSLX63kmだけではなんぼなんでも寂しいのんで、自転車をMOSERデダゼロ前も後もクロムでピカピカに銀シャマをはいたもんに乗り換え、ちうのんも、これはツークリップで靴も風がすかすかするビンディングシューズ、これで午前中は足の指が霜焼けになりましたから、ピューマのウォーターシューズ、これはつま先がプラスチックで風が入りませんのんで、それに履き換えて100−63=37kmちう計算は距離計がなくとも、もうkm刻みでわかっている道なら、どこでUターンすればええか、日没の夕焼けは寒曇天で望むべくもありませんが、日没ごろには兄姫に後から声を掛けられることもあったれば、ま、それはともかくとしても、寒風を突き抜けてきて、ど熱いキムチ鍋とか、ま、毎日同じ反復で、さうさう女ちうもんは、ずっと若くてもずっと年上にみえる、ちうことはどっかこわい貫禄なのですね美人の、男なんて幼稚よ、とやられそうで、この Ava Gardnerだって、よほどFrank Sinatraよりマチュアな女に見えるし、実際このFrank Sinatraの幼稚な写真ではAva Gardnerに完全に貫禄負けで、ま、せがんでも離婚はまぬがれえないちうのんは、ま、幼稚な男の運命としては甘んじるよりしょうがないのかもしれませんが、この幼稚な若いFrank Sinatraが老いてメローになった味わいをもし Ava Gardnerがいきておって味わえば、きっとこの名曲も甘ったるくヒットしなかったかもしれませんね。

かくかくさやうに、ソレガシも昨年来、お姉さまへの心配で手一杯なので、とても幼稚な現代詩フォーラムにまでは脚も手も回りかねますので、足烏、うむ、アシカラズ。


> れすめはいANNEX−Ω   訪問者数:2291614(今日:150/昨日:505)2010/11/30(Tue) 08:04
>
> Gato Barbieri Straight Into The Sunrise
> http://www.youtube.com/watch?v=R-pfO4GbIEo&feature=related
>
> 白壁へ当たる朝日と冬の蠅
>
> 一点の曇りもなく晴れた冬の朝、ここらへんでひきこもっておらんで外にでて目一杯、身一杯に走りまわりませう。白壁にぶつからんやうに♪
>
> > りつゆほけANNEX−Ω   訪問者数:2280637(今日:220/昨日:689)2010/11/17(Wed) 11:20
> >
> > Gato Barbieri The Woman I Remember
> > http://www.youtube.com/watch?v=X5MoLu8LMj8&feature=BF&list=QL&index=5
> >
> > > しいきねそANNEX−Ω   訪問者数:2277350(今日:290/昨日:635)2010/11/12(Fri) 10:27
> > >
> > > Gato Bahttp://www.youtube.com/watch?v=XbBUb8yAPNo&feature=BF&list=QL&index=16rbieri - She is Michelle
> >
> > こういうところへもどってくるとホッとする。
> >
> > 亡きMichelleを悼み
> >
> > 亡きMichelleを想う
> >
> >
> > > 指先が固着してうごかないわけではないが、心が固着してうごかない。
> > >
> > > ここから先、この一己は如何様にも分裂できる。
> > >
> > > だが、それは本意ではない。
> > >
> > > She is Michelle でも、尾崎豊のシェリーでも、はたまた、あのギリシャのエレーナでも、ドンキホーテのマドンナでも、危機に瀕すれば、見過ごしにできぬ。
> > >
> > > 而して、それは Michelle でも、シェリーでも、エレーナでも、マドンナでもない。
> > >
> > > 唯一の汝、あなた。
> > >
> > > 一己のあなたにして多己のあなた。
> > >
> > > だから、ドストエフスキーの世界にも、チェホフの世界にも、漱石の世界にも、今現在沈潜している沙汰ではない。
> > >
> > > 唯一のこの生きている現実、この現存在、世界内存在としての自分を取り戻さねばならぬ。
> > >
> > > それを殺してはいけない。
> > >
> > > いつも透明な硝子にぶつかって跳ね返される。
> > >
> > > その痛みと絶望。
> > >
> > > 鉄壁のやうに堅固でいて、よく透けて見える。
> > >
> > > 冷たく厚い硝子の壁へ頭をぶつけて跳ね返される。
> > >
> > > 嗚呼、嘆きの壁、撲頭千回。
> > >
> > > 旋回すればいいのか?
> > >
> > > 回避すればいいのか?
> > >
> > > もう傷だらけだ。
> > >
> > > でもやめない。
> > >
> > > 厚い硝子の壁が破られるまで・・
>
>


[53696] Re:[53694] [53691] 無題 投稿者:ぴちぴちたまちゃん☆ボンジュール ♪( ̄∠  ̄ )ノ 投稿日:2011/01/15(Sat) 20:28  

> > 「たまちゃん」へ
> >
> > ディック・ミネについての噂は、すべて事実巨根だ。
> >
>
> え!(笑)
> ここにいる人なの?
> 北風さん?哲男さん? 哲男さんはいないかな。
> 哲男さんが思潮社の詩の朗読のテレフォンサービスで読んでくださった時に、
> ディレクターが「ディック・**」さんだったのですが。
>

これって、現代詩フォーラムに投稿されたひとことだったから。


[53695] Re:[53694] [53691] 無題 投稿者:ぴちぴちたまちゃん☆ボンジュール ♪( ̄∠  ̄ )ノ 投稿日:2011/01/15(Sat) 19:14  

> > 「たまちゃん」へ
> >
> > ディック・ミネについての噂は、すべて事実巨根だ。
> >
>
> え!(笑)
> ここにいる人なの?
> 北風さん?哲男さん? 哲男さんはいないかな。
> 哲男さんが思潮社の詩の朗読のテレフォンサービスで読んでくださった時に、
> ディレクターが「ディック・**」さんだったのですが。
>

新潮ブックジャーナルでした。
出版社を間違えてしまって申し訳ありません。<(_ _)>


[53694] Re:[53691] 無題 投稿者:ぴちぴちたまちゃん☆ボンジュール ♪( ̄∠  ̄ )ノ 投稿日:2011/01/15(Sat) 17:52  

> 「たまちゃん」へ
>
> ディック・ミネについての噂は、すべて事実巨根だ。
>

え!(笑)
ここにいる人なの?
北風さん?哲男さん? 哲男さんはいないかな。
哲男さんが思潮社の詩の朗読のテレフォンサービスで読んでくださった時に、
ディレクターが「ディック・**」さんだったのですが。



[53693] 知識と智慧について 投稿者:ぴちぴちたまちゃん☆ボンジュール ♪( ̄∠  ̄ )ノ 投稿日:2011/01/15(Sat) 17:48  

現代詩フォーラムの「詩と散文を作る手段全般についての情報と意見交換」というスレッドで(掲示板のようなところ)「知性」について今週のお題なんだけど、梵さんが前に書いていた「知識と智慧の違いについて」が役立ちそうと思って過去ログを探したんだけど見つけられなかった。
http://po-m.com/forum/threadshow.php?did=217908&from=menu_d.php%3Fstart%3D0

何か、ちょろっと書いてもらえないでしょうか。
そのままコピペしますので。

現代詩フォーラムは↓で、誰でも会員になれるので、梵さんが来て書いてくださるとなおいいのですが、色々なことがあったようで、細かい規約が沢山あります。詩や句を書く感覚でなく、一般的なルールと捉えればどうということはないのですし、四角四面にはしていないようですが。
http://po-m.com/forum/

わからないことを手探りで探求しているので、他者の断定が苦手です。押さえ込まれるような気分になって恐怖感を持ってしまい、話が先に続かなくなります。

こんな場所なのですが、若造たちに何か、お智慧を〜♡♪


[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/01/15(Sat) 08:28  

うけみさそANNEX−Ω   訪問者数:2318342(今日:95/昨日:529)2011/01/15(Sat) 06:20

> よよくつるANNEX−Ω   訪問者数:2317875(今日:157/昨日:605)2011/01/14(Fri) 09:13
>
> > しるむひえANNEX−Ω   訪問者数:2315116(今日:152/昨日:510)2011/01/08(Sun) 05:17
> >
> > > ぬへひたやANNEX−Ω   訪問者数:2314580(今日:126/昨日:555)2011/01/08(Sat) 06:48
> > >
> > > > せすゆすにANNEX−Ω   訪問者数:2314121(今日:222/昨日:513)2011/01/07(Fri) 09:37
>
> Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> http://www.youtube.com/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25
>
> 追憶の恋のみが幸福な恋である、とある作家が言った。その恋がまずひとを不幸にするのを追憶するというだけのことであるなら、まったくそのとおりである。
>
> ほんとうは、反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。
>
> 反復の恋には、追憶の恋と同じように、期待と不安定さがない。探検に伴う不安な冒険もない、しかしまた、追憶のもつ哀愁もない、そこには瞬間の至福な確実さがある。
>
> 期待は新調の衣服で、ぱりっとして、しかもきらびやかである。しかしそれはまだ着てみたわけではない、だから、はたして体にぴったり合うかどうか、またよく似合うかどうかもわからない。
>
> 追憶はもう着なくなった古着である、それがどんなに美しくても、いまでは体のほうが大きくなってもうどうにも身丈があわない。
>
> 反復は着古されることのない着物である。それはぴったりと着心地よく体に合い、窮屈でもなければだぶつきもしない。
>
> 期待は追う手をすり抜けてゆくかわいい娘である。
>
> 追憶は美しくはあるが今ではもうけっして用を足せない老婆である。
>
> 反復はいつまでも飽きることのない愛妻である。
>
> 飽きがくるのは新しいものに限っているからだ。古いものはけっして飽きることがない、そして古いものが目の前にあると、ひとは幸福になる、しかも、反復が何か新しいものでなければならぬかのような思い違いをしないひとだけが、本当に幸福になる。もしそういう思い違いをしていたら、ひとはやがて反復にも飽きてしまうだろう。
>
> 期待するには若さが要る、追憶すには若さが要る。
>
> しかし、
>
> 反復を欲するには勇気が要る。
>
> 期待するしか欲しないものは卑怯である。
>
> 追憶をしか欲しないものは淫らである。
>
> しかし、
>
> 反復を欲するものは男である。
>
> そして、
>
> このことをしっかりと自覚するにつれて、ひとはそれだけ深みのある人間になる。
>
> ところが、
>
> 人生は反復であり、そして反復こそ人生の美しさであることを理解しないものは、手ずから自分に判決をくだしたも同然で、所詮まぬがれられぬ運命、つまり自滅するほかあるまい。
>
> 思うに、
>
> 期待はひとをさしまねく果実ではあるが、腹の足しにはならぬ。
>
> 追憶はまことに乏しい糊口の資で、これまた腹を満たすには足りない。
>
> ところが反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。
>
> ひとたび人世を周航してみれば、人生が反復であることを理解するだけに勇気がもてるかどうか、また、反復を楽しむ気持になれるかどうかが明らかになるだろう。生きることをはじめる前にまず人生を周航しなかったものは、けっして生きることにはならないだろう。人世を周航してはみたがうんざりしたというひとは、虚弱な体質の持ち主だったのだ。
>
> 反復を選んだ人、その人だけがほんとうに生きるのである。
>
> 彼は子供みたいに蝶を追いまわしはしない、この世の栄耀栄華をのぞくために爪立ちしたりもしない、彼はそれを知っているからだ。
>
> 彼はまた老婆のように紡ぎ車の前に坐って追憶の糸を紡ぐこともしない。
>
> むしろ、
>
> 彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。
>
> ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?

Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26

時が瞬間ごとに新しい文字を書きつらねてゆく石板になることを、あるいは過去の碑銘になることを、誰がこいねがうであろうか?

次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がきねがうであろうか?

神みずからが反復を望まれたのでなかったら、世界はけっして生成しなかったであろう。神は期待するままに絶えず新しい計画を立ててゆくか、それとも、万物をもとへ呼び戻して、追憶のなかに保存するかしたことであろう。しかし、神はそうしなかった、だから世界はこうして存立しているのだ、しかも、それは反復であることによって存立しているのである。

反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、反復を欲するものは厳粛さにおいて成熟しているのだ。

これはわたしの単独投票なのだが、そこには同時にこういう意味が含まれている。

ソファにどっかと腰をおろして楊枝で歯をほじくっていたりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえば法律顧問でござるとばかり勿体(もったい)ぶるとか、あるいは、偉容をととのえて街上を闊歩したりーーーそしておまけに、たいした人物、たとえばなんとか尊師でございますとばかりに尊大ぶるとかするのは、けっして人生の厳粛さではない。そういう勿体ぶった態度は、国王の調馬師だといって得意になるのと同じように、人生の厳粛さではない。

そのようなことはすべて、

わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。


> > > > Jan Garbarek & The Hilliard Ensemble - Ov zarmanali
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=eL2b4Y2_qxY&feature=mfu_in_order&list=UL
> > > >
> > > > わが沈黙の共犯者よ!
> > > >
> > > > ぼくの生活はぎりぎりまで押しつめられました。この世に生きているのがたまらなくいやです。味わいも意味もない生活です。人々が提供してくれる説明など、たとえばピエロ以上に飢えていたにしても、ぼくは食いたく思わないでしょう。ひとは指先を大地にさしこんで、自分がどんな土地にいるのか嗅ぎわけます。ぼくは人生に指先をさしこみますーーーそれはなんの臭いもしません。
> > > >
> > > > ぼくはどこにいるのでしょう?
> > > >
> > > > 世界!
> > > >
> > > > それは何をいうのでしょう?
> > > >
> > > > この言葉は何を意味するのしょう?
> > > >
> > > > ぼくをこの世界のなかへおびき入れて、ここにこうしてほったらかしておく人は誰なのでしょう?
> > > >
> > > > ぼくは誰なのでしょう?
> > > >
> > > > ぼくはどうして世界に入ってきたのでしょう、なぜぼくは意見を求められなかったのでしょう、なぜ世界の風習を知らせてくれないで、まるで人買いに買われるみたいに、仲間の一員に組み込まれたのでしょう!
> > > >
> > > > なぜぼくはひとが現実とよんでいるこの大企業の関係者になったのでしょう?
> > > >
> > > > なぜぼくは関係者にならなければならないのでしょう?
> > > >
> > > > それは自由に選べることではないのですか?
> > > >
> > > > いやでもならねばならないとすれば、抗議を申しこむことのできる支配人はいったいどこにいるのでしょう?
> > > >
> > > > そもそも支配人などはいないのですか?
> > > >
> > > > ぼくはどこに苦情をもちこめばよいのでしょう?
> > > >
> > > > 人世は討論だというではありませんか、それならぼくの意見も考慮に入れてもらえるようにお願いしたいものです。
> > > >
> > > > もし人世というものがあるがままに受けとるべきものだとすれば、それがいかにあるかを知るのがもっともよいのではないでしょうか?
> > > >
> > > > 欺瞞者、これはどういう意味なのでしょう?
> > > >
> > > > 利は誰に?
> > > >
> > > > と問うことによってひとは欺瞞者を発見するとキケロは言っているではありませんか。ぼくは一人一人に問うてみます、ぼくがぼく自身とひとりの娘を不幸にしたことから、何か利益を得たかどうかと。
> > > >
> > > > 責めーーーこれはどういう意味なのでしょう?
> > > >
> > > > それは魔法でしょうか?
> > > >
> > > > ひとりの人間がどうして責めを追うようなことになるのかは、はっきりわからないことなのでしょうか?
> > > >
> > > > 答えようとするひとはないのですか?
> > > >
> > > > 関係者である皆さんにとって、これはきわめて重大な問題ではないのでしょうか?
> > >
> > > Arvo Pärt - Sarah Was Ninety Years Old (Part 1 of 3)
> > > http://www.youtube.com/watch?v=g0Usv4O9lSQ&feature=BF&list=QL&index=29
> > >
> > > ぼくの理性は立ちどまっています、というよりも、ぼくは理性と別れている、といったほうが当たっているでしょう?
> > >
> > > ある瞬間には、ぼくは疲れ果てて、生気を失い、無関心のあまりまるで死んだようになります。また他の瞬間には、ぼくは荒れ狂って、誰かぼくの怒りを放散することのできる相手を見つけるために、世界の極(はて)から極まで絶望的に駆け廻ります。ぼくという存在のうちにある一切のものが、自分自身と矛盾して喚(わめ)いています。
> > >
> > > どうしてぼくは責めあるものになったのでしょうか?
> > >
> > > それともぼくには責めがないのでしょうか?
> > >
> > > それならなぜぼくはすべての人の口の端にかかってそう呼ばれるのでしょう?
> > >
> > > 口でいうことと心で思うこととが違うとしたら、人間の言葉というものはなんというくだらぬ発明なのでしょう。
> >
> > Carmen McRae - Trouble Is A Man
> > http://www.youtube.com/watch?v=_zhboeJkNGg&feature=related
> >
> > http://lyricsplayground.com/alpha/songs/t/troubleisaman.shtml
> >
> > TROUBLE IS A MAN
> > (Alec Wilder)
> >
> > Sarah Vaughan - 1947
> > Boyd Raeburn & His Band (vocal: Ginnie Powell) - 1947
> > Marilyn Moore - 1956
> > Judy Holliday - 1958
> > Mary Ann McCall - 1959
> > Carmen McRae - 1965
> > Marian McPartland - 1973
> >
> > Also recorded by: Margaret Whiting; Carol Kidd;
> > Ernestine Anderson; Ella Fitzgerald; Sue Raney;
> > Gloria Lynne; Chris Connor: ....... and others.
> >
> >
> > A woman gets all the blame
> > For everything that happens under the sun
> > But when it comes to being bad
> > A woman's not the only one
> >
> > Trouble is a man
> > A man who loves me no more, no more
> > Trouble is a man
> > A man I'll always adore
> >
> > Nothing good to say about him
> > Still I hate a day without him
> > Why should he have to be
> > The one, my only
> >
> > Trouble is a man
> > A man who's handsome and tall, so tall
> > Trouble is a man
> > Who's for himself and that's all
> >
> > After all we've done, he didn't mean it
> > Now I understand, I should have seen it
> > Trouble is a man
> > Trouble is a man
> > Trouble, trouble
> >
> >
> > (Transcribed by Mel Priddle - February 2005)
> >
> > ぼくは何か災難にあったのではないでしょうか、あの事件はひとつの災難なのではないでしょうか?
> >
> > ぼくという存在全体が変化を受け、ぼくが別な人間になるということを、ぼくはあらかじめ知ることができたでしょうか?
> >
> > ぼくの魂のなかに隠れて巣くっていたものが破れ出たとでもいうのでしょうか?
> >
> > しかし隠れて巣くっていたのなら、どうしてぼくはそれを予知することができたでしょう?
> >
> > それが予知できないとすれば、ぼくに責任はないはずです。ぼくが卒中にかかったとすれば、そのときでも、責めはぼくにあるのでしょうか?
> >
> > 言語とよばれる人間の言葉というものは、仲間うちにしか通じないなんという憐れむべき讒言(たわごと)なのでしょう!
> >
> > けっしてそういう讒言をいわないだけでも、ものいわぬ動物のほうが賢くはありませんか?
> >
> > ーーーぼくは不実なのでしょうか?
> >
> > 彼女がぼくを愛しつづけて、けっしてほかの男を愛そうと思わなければ、彼女はもちろんぼくに対して忠実です。ぼくが彼女だけを愛しようと思いつづけているとすれば、それでぼくは不実なのでしょうか?
> >
> > ぼくたちはどちらも同じことをしているではありませんか。それなのに、ぼくが欺瞞によってぼくの実意を示すからといって、どうしてぼくは欺瞞者になるのでしょう?
> >
> > なぜ彼女は正しくてぼくは正しくないということになるのでしょう?
> >
> > ぼくたちがどちらも忠実であるのなら、なぜ人間の言葉では、彼女が忠実でぼくが欺瞞者だというふうに表現されるのでしょう?
> >
> > ・・・・・・・・・・中略・・・・・・・・・・
> >
> > 現実があらわれるその瞬間に、すべては失われたのです。そのときはもう手おくれです。彼女がそこに見いだそうとする現実は、ぼくにとっては、ぼくの本来の精神的現実につきそって走る影にすぎません、あるいはぼくを笑わせようとし、あるいはぼくの生活を侵して掻き乱そうとする影なのです。
> >
> > つまりは、まるで影をつかもうとでもするかのように、あるいは影に向かって手を差しのべようととでもするかのように、ぼくは手探りしながら彼女をつかもうとするようなことになるでしょう。
> >
> > そのときこそ、彼女の生活は空費されたことになるのではないでしょうか?
> >
> > それこそ彼女はぼくにとって死んだも同然になります。・・・中略・・・・
> >
> > ーーーそれとも、あの事件をすっかり忘れてしまうのが、いちばんいいのでしょうか?
> >
> > 忘れるなんて!
> >
> > あれを忘れるなら、ぼくは生きていることをやめたにひとしいではありませんか。
> >
> > 愛する娘といっしょに名誉と誇りまでも失ったことは、しかもどうしてそういうことになったのか、なぜぼくがその償いをすることができないのか、それが誰にもわからないというふうな失いかたをしたとは、いったなんという人生なのでしょう?
> >
> > こんなふうに突き出されるのなら、なぜぼくはここに突き入れられたのでしょう?
> >
> > ・・・中略・・・
> >
> > ぼくの思いめぐらすことどもは、人間的にいえば、およそ考えられうるもっともきりつめた食餌です。それでもぼくはこうして、ぼくの小宇宙のなかにありながら、できるだけ大宇宙的にふるまうことに・・・略
> >
> > ぼくは人間とは口をききません。しかし人間との一切の交際を断ったり、でたらめなこしらえごとを売り物にしたくありませんので、ぼくはあらゆる時代にわたって賞賛されてきたあの不滅の・・・略・・・詩句や金言や諺(ことわざ)や短文をたくさん集め・・・略
> >
> > ぼくがなにを言おうとしたところで、それがなんの役に立つでしょう。・・略。ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。ぼく自身に名前がないのと同じです。
> >
> > 名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。
> >
> > そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> >
> >                                  敬具
> >
> >
> >
> >


[53691] 無題 投稿者:わたしは誰でせう 投稿日:2011/01/14(Fri) 21:09  

「たまちゃん」へ

ディック・ミネについての噂は、すべて事実巨根だ。