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[54926] 地蜘蛛土蜘蛛屋敷蛇 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/26(Thu) 18:38  

ゆやれひろANNEX−Ω   訪問者数:11856635(今日:450/昨日:1166)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/26(Thu) 08:43 大安(己卯) 旧暦 4/26 月齢 25.3 悲哀去

中島美嘉 『雪の華』 MUSIC VIDEO
http://www.youtube.com/watch?v=mF5Qq2YheTg&list=RDmF5Qq2YheTg&start_radio=1

水洗の渦への吞まれし地蜘蛛かな

むかしの小さくも瀟洒な木造住宅には天井では鼠が駆け回り、庭では鶏が草を啄み、老木の桜には青大将、屋敷蛇とて大事にし、来客があって鶏をひねる父に泣いてとめたものだが、いまどきの殺伐たる鉄骨住宅では風呂にしろ便器にしろ絨毯にしろ地蜘蛛がせいぜいで、かの温泉の長逗留の座敷のやうにワサワサと音を立てて百足がよって来ることもなくまことに殺漠たるもので久しぶりに昼寝の覚め際の夢はかの地天楼、最上階が地上一階でそこにどこか遠い街からやってくる特急が止まり、その地上から滝のごとく谷底に落下する地天楼の最下層は冷たい深海への潜水基地でその途中の階ごとに勝って使っていい大部屋の洋室和室の数々と途中の処々に贔屓の食堂、寿司屋、レストラン、住み着く住人もおって、新しい住人家族のこどもに気に入られ、得意の深海ダイビングで深海魚を突いてあがってくるとまとわりつくこどもに引かれてご家族に会いにいけば、品の良い母親がでてきて、老爺婆も深海潜水場につれていってもらいたい、もう先もながくないから、こどもたちに肩を揉ませてやりたい、嗚呼、それがいいと、突然あふれる両眼の涙涙、うちの父母への肩もみも十分にできなかったからと、わけのわからぬ涙に泣き濡れて目が覚めたら、本当に目が涙で濡れていて、小便に立ったら地蜘蛛を便器の渦に流してしまった。

一体、なんなんだらう?

片道1414歩で鯨図書館にいって、ながく待たせてどうせ来てやしないとたかをくくった分厚いエリヤードの世界宗教史を数ヶ月ぶりに手にして、素手で掴んでもってかえるわけにもまいらず、親切な職員が無印良品の紙袋に入れてくれて、重い腕を振り振り歩けば、たばこの毒で弱った足腰の動きも鈍く、同年のおばさん、婆さんにも歩き遅れて・・それにしてもリクエスト中のブルックハルトの世界史的考察はまだこない。ウクライナ戦争考に資したいのだが・・

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54925] 無題 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/26(Thu) 10:53  

反復の反復で老いてゆく

[54749] 供花に事欠く盆の尽きRe:[54748] 反復の医療行為に従事しちょるむきにおいては、反復こそもっとも儲かる、実入りの良い、ビジネスなれば、これは医療に限らず、企業の暖簾や事業分野の強みなれば、・・・ああ、眠くなってきた。Re:[53730] 絶対的な満足はどこまで達し得られるものか、Re:[53727] 一切のものが、わたしの小宇宙的な浄福のなかで、ふしぎに浄化されていた、その浄福がみずからのなかであらゆるものを、不愉快なことも、退屈きわまる人の言葉も、目に映る忌わしいものの姿も、どれほど宿命的ないさかいをも、浄化したのであった。しかしこの瞬間に、わたしが絶望のどん底にころび落ちたことだけは確かである。Re:[53726] なんじ、わたしの幸福なる自己よ、おまえの物悲しいせせらぎによって救われ解放されていたのだ!Re:[53719] 舞台は隠れた個人の影絵芝居にふさわしい。Re:[53715] 最後の審判の日に、自分自身で出頭することもできずに、気のきいた目論見とか、その日一日だけの決心とか、半時間きりの計画とかなどを身代わりに出頭させる人間Re:[53712] 現実的な姿が目の前にありながら、それが見えないのである。Re:[53710] インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、時を経てそうなった娘に栄誉あれ。Re:[53709] 女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。Re:[53708] 関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。Re:[53706] わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。Re:[53703] 神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!Re:[53699] 自分自身の死刑判決書Re:[53698] 汝(いまし)へのあこがれ絶えずRe:[53692] わたしの目には、ただ冗談としか見えない、しかもしばしばなんとも愚かしい冗談なのだ。Re:[53690] もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?Re:[53677] ぼくの苦痛と悩みには名前がありません。Re:[53676] ・・・Re:[53674] わが沈黙の共犯者よ! 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2018/08/18(Sat) 21:44

もせつらたANNEX−Ω   訪問者数:11111056(今日:1163/昨日:3456)2018/08/18(Sat) 20:34 友引(壬午) 旧暦 7/8 月齢 6.7 上弦 TimeVXRS/ZaeroRed119/23.7


Samuel Barber - Agnus Dei [HD]
http://www.youtube.com/watch?v=AiuC_CaObbI


けふはまことに感動的でええ日の反復であったから、忘れぬうちに・・

反復、反復とはいえ、一期一会、感動のない反復では単なるマンネリ

一期一会、感動のある反復こそ反復の名に値ふ

さて、花枯れの夏、近所の農家にも花がない、駅前の花屋は閉店して、開いているのは葬儀屋と提携の大手の花屋ばかりで・・供花に事欠く盆の尽き

ああ、根気が続かぬ、眠い、眠ければ眠る


> えあのうしANNEX−Ω   訪問者数:11013546(今日:903/昨日:379)2018/07/01(Sun) 14:17 かうかう暑いとついつい出不精に・・加えて加齢もすすめば疲労や傷害回復にも時間がかかる
>
> 20180625 0km カッと突然の酷暑でこれは老人にはやばいと・・
> 20180626 梅雨もあけたか、雨も降らぬ気配なれば好きなマスターXライトを持ち出し69km/av25.4
> 20180627 MXL継続で墓前の紫陽花差し替えのため家の周りの紫陽花を伐って背負えば背中虫だらけ(紫陽花を伐って背負えば虫だらけ)だらけだらけて94/24.7
> 20180628 目覚めれば視力低下と棒の声、だうもいけねえ見えるもんも見えず、聞けるもんも聞こえず、発声は喉で棒になってつっかえる→リハビリ落胆MXLで118/25.7   
> 20180629 梅雨明け宣言で気分一新MXL継続68/24.7 五日目にして空気が甘くなってきたか・・
> 20180630 土曜なれば張り切って閉鎖支度中のとんかつやめぐりで・・
>       KogaMiyata FPcarbolite 38/23.0
> EddyMerckx SLX/Spox 70/23.8
> Cncorde SLX/ProtonIdea 27/24.8 計135km
>
> Julie London ‎– I've Got A Crush On You
> http://www.youtube.com/watch?v=AWtxJl-mwqY
>
> このI've Got A Crush On YouはJulie London ‎の歌いが最高
>
> さて、反復のめずらい記事に触発されて・・
>
> 反復はニュースにもならん、豚ジャーナリズムの忌むところで、新規性、珍奇性に賭ければ視聴率も発行部数もあがらぬ。したがって、反復ちうもんは、個人や社会の基本中の基本で基礎にあるんもんぢゃけんど、おうおうにして看過され意識に登ってこない。
>
> すっかすながら、さきの「[54747] 大まかにプロットすれば・・人類死滅、豚蔓延・・豚利に反する情報は豚秘匿・・豚利に利する情報は豚公開Re:[54742] われわれは豚ではありません、われわれもまた国民市民であって、真面目に日々国民市民のために邁進しておるのです。人さまざま ですわの。Re:[54741] この世のは豚天国です、豚医療、豚税務、豚警察へようこそ♪ 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2018/06/28(Thu) 08:58 」のやうなところにもこの反復は大いに関係しちょるわけで・・
>
> はやいはなしが、われわれの身体に宿る命の維持も反復によるんぢゃが、反復の研究なんぞは、つまらん、新規性も珍奇性もねえと大方の優秀な医学者諸君は見向きもせず、先端分野の研究に殺到するんぢゃが、まあ、千三つの確率の世界で、なかなか成果があがらぬ、あがらぬとならば待遇もポジションも危機にさらされ、最先端の優秀頭脳研究者といえども、不安定な時限雇用で、そこにデータ捏造そのたの不正のおこる温床が指摘されちょるけんど・・
>
> 一方でつまらぬ反復の研究なんぞをせんでも反復の医療行為に従事しちょるむきにおいては、反復こそもっとも儲かる、実入りの良い、ビジネスなれば、これは医療に限らず、企業の暖簾や事業分野の強みなれば、・・・
>
>
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>
>
>
>
> > えわつるてANNEX−Ω   訪問者数:2326481(今日:106/昨日:597)2011/01/31(Mon) 05:34
> >
> > > Lizz Wright - The First and Last to Love Me (K. Hanrahan)
> > > http://www.youtube.comtt/watch?v=E8Dp21T8c7c&feature=BF&list=QL&index=25
> > > ・・・反復の恋こそ唯一の幸福な恋なのだ。・・反復は日々のパンである、それは祝福をもって満腹にさせてくれる。・・・彼は反復を楽しみながら、心静かにわが道を歩む。ほんとうに、もし反復ということがなかったら、人生とはそもそも何であろう?
> >
> > > Edyta Gorniak - Hello (Gala RMF FM) [Live] HQ DIVA
> > > http://www.youtube.com/watch?v=AWsesrdS1Jg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=26
> > > ・・・次から次へと新しいものに打ち興じさせて魂を柔弱にしてしまうあらゆる果敢(はか)ないもの、目新しいものに、それからそれへと心を奪われることを、誰がこいねがうであろうか?反復、これが現実なのだ、人の世の厳粛さなのだ、・・
> >
> > > Lizz Wright's Version of 'Hey Mann'
> > > http://www.youtube.com/watch?v=_Wp8-ahXVFI&feature=BF&list=QL&index=31
> > 恋するものはよく恋の甘い不安を詩人の言葉に託して吐き出しながら歓喜に酔うものだ・・・
> > >     わが古きゆり椅子に
> > >       立ち返りくる若き日の夢
> > >     女性(おみな)らの太陽(ひ)と照り映ゆる
> > >       汝(いまし)へのあこがれ絶えず
> >
> > > ・・・始めるときにおそろしく大股に歩いたために、彼は人生を飛び越してしまったのだ。・・・
> >
> > > Frank Sinatra - Only the Lonely
> > > http://www.youtube.com/watch?v=bef_s1Bhn7o&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=59
> > > 彼女は彼を詩人に仕上げてしまったのだ、だからつまり、彼女は自分自身の死刑判決書に署名してしまったのだ。
> >
> > > Kenny Rogers - Lady
> > > http://www.youtube.com/watch?v=Tj_NjLBPotQ&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=11
> > > 諦めることをしないで男にうるさくつきまとい、それが真実に男を愛していることの証明だなどと自惚れるほど利己的な女があるとしたら、そういう女の一生の任務はまことに安易なもので、誠実だという名誉と疚しからぬ良心を、同時にまたごく上品に洗練された恋愛までも、わけなく享受できるだろう。神よ、すべての男をそういう誠実さから守りたまえ!
> >
> > > Vera Lynn - As Time Goes By
> > > http://www.youtube.com/watch?v=S8F9NzVuIuA&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=1
> > > わたしはレタスが好きだが、いつも芯だけしか食べない、葉は豚にやるものだとわたしは思っている。わたしは分娩の苦しみよりも受胎の快楽のほうが好きなのだ。
> >
> > > It's Over-Gato Barbieri
> > > http://www.youtube.com/watch?v=ksmLewp4vf8&feature=BF&list=QL&index=4
> > > 男を欺き誘惑するのは軽蔑すべきことである、しかし、あなたはわたしの理想ではなかったのだと説明して男をいいくるめたり、あなたは詩神にすぎなかったのだといって男をなだめたり、自分を悪者にしないばかりか立派な逃げ道までもこしらえて男を見捨ててしまうというのは、さらに軽蔑すべきことである。男をくどく経験を多少とも積んだものなら、それくらいのことはわけなくやってのけるだろう。せっぱつまって男のほうでもその申し出に応ずるだろう。こうして首尾よく逃げおおせたうえに、しかも正直な人ということになる、親切な人ということにさえなる。しかしあとになってみると、だまされていたことを知っている男よりもいっそう深い傷を、その男は心に負っているのである。だからどんな恋愛関係においても、関係はできたが実現の見込みはないという場合には、思いやりが最大の侮辱である。エロス的な目をもちしかも臆病でない女なら、思いやりをもたないということが、男の体面を保ってやるための残された唯一の方法だということを、容易に理解するだろう。
> >
> > > Right Here Waiting - Richard Marx
> > > http://www.youtube.com/watch?v=Zilog7d523w&feature=BF&list=QL&index=9
> > > わたしは娘のすることならなんでも赦すことができるのだが、娘が恋をしながら恋の使命をとり違えるのだけは、どうにもゆるせない。娘の恋が献身的でないなら、その娘は女でなくて野郎なのだ。・・女の誠実さというものは偉大なものだ、とりわけ男の要求をその厚意に感謝しながら懇ろに断る場合にそうである。女のそういう誠実さはいつも測り知れず、理解しがたい。恋する男が、どんなに苦しくとも、怒りの言葉をひとことも女に浴びせることなく、かえって女をだまして、自分を欺くとはけしからん男だと思っている女の思い違いを強めてやるという、より深刻な復讐に甘んずるだけのユーモアを失わずにいるとしたら、この場面は実に愉快なものになることだろう。
> >
> > > tell him... celine dion / barbra streisand
> > > http://www.youtube.com/watch?v=wB_vjpRhLxM
> > > 「N.Nさんはいい人だけど、退屈だわ。ところがF.Fさんったら、あの人とってもおもしろくって、いかすわよ。」かわいい娘の口からこういう言葉を聞くたびに、わたしはいつも思うのである。「よくも恥ずかしくないものだ、若い娘がそんなことを口にするなんて、なんて情けないことだろう。」男がインテレサントなものに迷い込んだとき、救い出してくれるものは娘のほかにないではないか。それだのに、そういうことを口にするのは、罪を犯すことではないか。当の男がインテレサントなことなどできない人間であるなら、その男に向かってそれをせよと要求するのは、思いやりのないことであるし、あるいはまた、男がインテレサントなことのできる人間であるなら、そしたら・・・・・・・・、なぜかといえば、若い娘というものは、インテレサントなものを誘い出すことをしないようにこそ、つねに慎むべきものだからだ。そういうことをする娘は、イデーからみて、いつも損をする。インテレサントなものはけっして反復されないからである。インテレサントなものを求める娘は、みずからそこにおちいる罠となる。インテレサントなものに心ひかれぬ娘は反復を信ずる、そういう生まれつきの娘に栄誉あれ。時を経てそうなった娘に栄誉あれ。
> >
> > > Diana Krall Love Is Where You Are
> > > http://www.youtube.com/watch?v=vByMcoYgjaY&feature=BF&list=QL&index=2
> > > 多少とも想像力をもった青年なら、一度は芝居の魔力にとらえられたことがあるにちがいない。あの人工的な現実のなかへ自分もともにまき込まれて、まるで二重人みたいに、そこでもうひとりの自分自身が動くのを見、語るのを聞き、自分自身を自分自身に可能なだけのあらゆる種類の人物に扮装させ、しかもそのどれもがまた一個の自己であるというふうであってみたいという願いをいだいたことがあるにちがいない。こういう欲望があらわれるのは、もちろんまだ若いうちのことである。ただ想像力がだけが目覚めて個性を夢みていえ、その他の能力はすべてまだ安らかに眠っている。そういう想像力によって自己が見られると、個人は現実的な姿ではなく影でしかない、もっと適切にいうと、現実的な姿が目の前にありながら、それが見えないのである。それだから個人は、ただ一つの影を投げるだけでは満足できずに、そのどれもが自分に似ていてそのときそのときに自分自身である権利を平等にもっているようなさまざまな影を投げるのである。
> >
> > > I´m thru with love - Diana Krall and Hollywood divas
> > > http://www.youtube.com/watch?v=ivF2ZTxV81Q&feature=mfu_in_order&list=UL
> > > しかしこの影の存在も満足を求める、それが自己の生を全うするだけの時を与えられなかったとしたら、それは人間にとってけっして好ましいことでない。しかしまた、個人が見当ちがいをして、影の存在のなかを迷いつづけながら生きつくしてしまったとしたら、それは哀れな、あるいは滑稽なことだ。そういう人間がそれでほんとうの人間であるなどと自惚れるなら、それはちょうど最後の審判の日に、自分自身で出頭することもできずに、気のきいた目論見とか、その日一日だけの決心とか、半時間きりの計画とかなどを身代わりに出頭させる人間が不死の要求をするのと同じように、まことに心もとないことだ。何事もそれぞれ適当な時におこなわれることが肝心なのだ。すべては若いときにその時をもっている、そして若いときにその時をもったことは、また後でその時を得るものだ。年長者にとって、その生涯のうちに、何か思い出して笑わずにいられぬような過去をもっているということは、何か涙をさそう過去をもっているのと同じように健康なことなのだ。
> >
> > > "Who knows where the time goes" - Nina Simone
> > > http://www.youtube.com/watch?v=wZa3XsHA6UU&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=4
> > > 山里で明けても暮れても、うまずたゆまず同じ主題(テーマ)の風が奏でているのを聞いていると、ついそれに誘われて、しばしその不完全さを忘れ、人間の自由のたゆみなさと確かさを象徴するかに思われてうれしくなることがある。するとつい忘れられてしまうのだが、いまこの山々のあいだをおのが住み家として幾年も吹き渡っている風は、かつては行き暮れし旅人としてこの土地へきたのである、そして心を乱して荒れ狂いながら峡谷のあいだを突き分け、洞窟の中に突き入り、或るときは自分でもはっと驚いて跳び退くような金切り声を張り上げたかと思うと、或るときはわれわれから逃げ出したくなるようなうつろな吼え声を立て、或るときはどこからでてくるのか自分にもわからぬような嘆きの調べを奏でたかと思うと、或るときは風みずからが恐れをなしてこのあたりに足をとどめたものかどうかとしばし疑いためらうような底知れぬ不安の溜息を吐き、或るときはまた浮かれはしゃいで抒情的な囃し唄を歌い、こうしてついに自分の楽器に習熟してしまって、これらすべての共鳴音をメロディーにまとめあげ、それをいま明けても暮れても変わりなく奏でているのである。それと同じように、個人の可能性もそれみずからの可能性のなかをさまよい歩きながら、或るときはこの可能性を、また或るときはあの可能性を発見する。しかし個人の可能性は単に聞かれることを欲するばかりではない、それは風のように吹きすさぶばかりではなく、また形を成そうとするのだ、だからそれは聞かれると同時にまた見られることをも欲する。個人の可能性は、だからそのどれをとってみても、音を発する影である。この隠された個人は、悪意の小ざかしい囁きに耳をかさないと同じように、仰々しく喚きたてる感情を信じない、悲嘆のやるせない溜息を信じないが、また同じように、歓喜の極みに沸き立つ叫び声も信じない。個人はただ情熱をもって見そして聞こうと欲する、しかし、注意あれ、自己みずからを、なのだ。けれども、個人は自己みずからをほんとうに聞こうとは欲していないのだ。そんなことはできるものではない。それができれば、その瞬間に雄鶏が鳴く、そして薄明の姿どもは逃げ去り、夜の声は沈黙する。これら薄明の姿どもが踏みとどまっているかぎり、われわれはまったく別な領域に、一切のものが責任の気づかわしげな監視の目を浴びて不安を覚えながら行なわれるところに、つまり、悪魔的なものの国にいるのである。だから、ほんとうの自己の印象を受けずにいられるように、隠れた個人は、あの薄明の姿どものような、こだますることのない言葉のかすかなざわめきのような、かりそめのはかない環境を求める。このような環境が舞台なのだ。だからこそ、舞台は隠れた個人の影絵芝居にふさわしい。
> >
> > > Jon Hassell - Amsterdam Blue
> > > http://www.youtube.com/watch?v=dz40YrNBje4&feature=autoplay&list=QL&index=3&playnext=3
> > > わたしの忘れがたい保母よ、わたしの父の庭づたいに流れてゆく小川に住むなんじつかまえがたい水の精(ニンフ)よ、おまえはおまえ自身のことだけに心を使っていたけれど、それでもいつも子供の遊びに加わり遊び相手になってくれた!なんじ忠実なる慰安者よ、おまえは幾歳を経てなおおまえの無垢な純粋さを持ちつづけている。わたしがすでに老いさらばえてしまったのに、おまえはちっとも年をとってはいない。なんじ安らかな水の精(ニンフ)よ、人間に倦み、わたし自身に倦んで憩いのためにわたしが永遠を必要としたとき、悲嘆にくれてわたしが忘却のために永遠を必要としたとき、そのたびごとにいつもわたしはおまえのところに逃がれていった。人間たちが永遠を時間と同じようにせわしないものにし、時間よりももっと空恐ろしいものにしてわたしに拒もうとしたものを、おまえはわたしに拒まなかった。そういうとき、わたしはおまえの傍らに身を横たえ、わたし自身から逃がれて、頭上の広い広い蒼空へ消えていった、そして眠りをさそうおまえの囁きに、わたし自身を忘れたものだ!なんじ、わたしの幸福なる自己よ、わたしの父の庭づたいに流れゆく小川に住むなんじ足早の生よ、わたしは投げ捨てられた旅杖にも似た姿でおまえの傍らに身を横たえてはいたが、おまえの物悲しいせせらぎによって救われ解放されていたのだ!
> >                                
> > > She Was Too Good to Me
> > > http://mp3.xalo.vn/bai-hat/chet-baker/she-was-too-good-to-me/6b6a58f
> > > ある朝のこと、起き上がると珍しく気持ちが良かった。この快感は、比類を絶して、午前中ずうっとだんだん高まっていった。かっきり1時に、わたしは絶頂に達して、めまいがするほどの極限にいるのを感じた。それはもはや快感の測度計では、詩の温度計でさえも、表示されないほどの高度であった、体は地上的な重みを失っていた、体をもっていないかのようであった。あらゆる機能は満ち足りて働き、どの神経も自己自身に、また全体との調和に喜びを味わい、また一つ一つの脈拍は有機体全体を震動させて瞬間の快楽を思い出させ、それを感じさせるばかりだったから。わたしの歩みは漂うごとくであった、しかしそれは空気を切って地上を離れる鳥の飛翔とはちがって、稲穂の上を吹くわたる風の波、憧憬に酔える海のうねり、夢みる雲の滑走のごとくであった。わたし自身が海の深い底のように、ひとりを楽しむ夜の沈黙のように、反響(こだま)することのない独白にも似た真昼の静寂(しじま)のように、冴えわたっていた。あらゆる情緒が美しい調べを奏でて共鳴しながらわたしの魂の中でやすらいだ。想念は次々と湧き出てきた、あらゆる思想が、祝福の威儀をこらして、押しよせてきた、世にも愚かしい思いつきも、世にも豊かなイデーも。あらゆる印象は来る前にすでに予感されていた、だからそれはわたし自身のうちで目を覚ました。全人世がわたしに愛をかたむけているもののようであった、一切のものが、わたしの存在に触れて運命をはらみながら、打ち震えた。わたしのうちにあるすべてのものは前兆であった。そして一切のものが、わたしの小宇宙的な浄福のなかで、ふしぎに浄化されていた、その浄福がみずからのなかであらゆるものを、不愉快なことも、退屈きわまる人の言葉も、目に映る忌わしいものの姿も、どれほど宿命的ないさかいをも、浄化したのであった。さきにもいったが、かっきり1時に、わたしは最高潮に立っていた、わたしはそれが極限だと予感した。そのとき突然、わたしの一方の目が少しかゆくなりはじめた。それは睫毛だったか、それとも毛屑か塵だったか、わたしは知らない。しかしこの瞬間に、わたしが絶望のどん底にころび落ちたことだけは確かである。
> >
> > バーンスタイン:マーラー・復活 終楽章4/4
> > http://www.youtube.com/watch?v=Au8qHVoUAUg&feature=BF&playnext=1&list=QL&index=24
> >
> > これは、わたしと同じ高みに登ったことのある人なら、この高みに立って同時に、そもそも絶対的な満足はどこまで達し得られるものか、という原則的な問題に頭を悩ましたことのある人なら、誰にでも容易に理解できることであろう。
> >
> > > > わが沈黙の共犯者よ!名前こそありませんが、それでもおそらくはぼくは、あなたにとってつねに何ものかであるだろうと思います。そしていかなる場合にもかわらぬあなたの忠実な友です。
> > > >                                  敬具
> >
やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54924] 泥は天より降って来るRe:[54923] ポーの黒猫 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/26(Thu) 10:44  

There Will Never Be Another You
http://www.youtube.com/watch?v=npdo8YZG2Y0

泥は天より降って来る

ケルヒャー、ホースが蛇口に合わないのよ

たすかに最近の蛇口は異形が多い

運び去られた洗濯機の蛇口、なんとか捻じ込んでバンドの十字をマイナスで締めて止めたが一向にうんともすんとも

泥は天より降って来る

その泥が通路に落ち、通路の泥が階段に

踏み段はもとより、横溝すら泥泥で、踏み段の縦板に泥の垂跡

垂迹なれば神様も泥化

大屋根に降った鳥の糞に交じった種が栄養過多で粒粒が成長しボーロ菓子のごとくなり雨に崩れて泥水と化す

その泥だらけの階段を登る気分の悪さ

ならば、高圧水で吹き飛ばそう

一念発起、上半身裸で、高圧銃を構え

眼前に虹がたつ

まことによくお散る、落ちるが、飛沫がたまらぬ

泥だらけの一日が終わり

鶯は去り、ハナミズキも散って、皐月の枝を刈るシルバーセンターの電動ノコギリの音

感性は少年時代から鈍化し、黒猫の恐怖も今は昔

神秘も神秘ならず

神も仏もおわしませぬ

おわしませぬとはいえ、おわしてもさしつかえない

悪魔もおわしませぬとはいえ、おわしてもさしつかえない

なれば超越の全能も今は昔

憂鬱のどん底の底抜けも今は昔

なれば、なれば、いかにすんべえか?

> ひあえさり ANNEX−Ω   訪問者数:11856440(今日:255/昨日:1166)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/26(Thu) 08:43 大安(己卯) 旧暦 4/26 月齢 25.3 悲哀去
>
> La Califfa - Yo Yo Ma ( Ennio Morricone )
> http://www.youtube.com/watch?v=a0TM4eshYFw
>
> 今や妻も娘も亡き父の家に移り、独り残されて自転車の鉄屑と車輪の残骸とは言わぬ、現役で乗れる山に囲まれ、大きな食卓は階上の書斎より降ろし来る古書の山が整然と列をなす、その一冊を取り出し収めつつ、読むべきか読まぬべきか、読めば恐ろしい、少年時代の少年探偵団の江戸川乱歩にうながされ若き日に読んで恐怖の虜になったポーの「黒猫」、ゾッとして以来、猫が嫌いになり、黒猫は悪魔の化身と道々でも避けた日々、その黒猫に壮年時代に世話になり、アラブのCAT、ロゴが黒猫で、黒猫はアラブでは神聖な動物、気味が悪いといっても、少年時代から20年も経てば、郷に入れば郷に従え、黒猫勤めで思いもよらぬ幸運に恵まれ、猫嫌いも帳消しになって、アラブ時代に生まれた長女が小学生になって下校時にドブから拾ってきた子猫、飼ってもいい?ど〜ぞ、と飼えば青い瞳の白猫で長じてまるでグレースケリー、恩寵のケリー、亡母の好きなケリー、白いスピッツ、血を吐いて毒殺された翌日に泥棒に入られて亡父の背広多数などを盗まれた犠牲のグレイスケリー、以来の白い犬ならぬ猫で、人間なら百歳をゆうに超える長寿を全うした生涯で一度も階下の地上に降り立つこともなく、このいまはだだっ広い中に其処彼処狭しと段ボールの罪あがった自転車部品、古書の倉庫の一郭の藤棚のサイドテーブルの上に鎮座まします錦の骨壺、黒猫の思い出、ポーとボードレールを取り出し、読むべきか読まざるべきか、トービーオアノットトービー、跳べ跳べと、たばこ2日NonSmoke明けの10本目にして意を決して読めば一気に突き抜けて、少年時代の恐怖、おそれおののき、もなく、なんだか、希薄な気迫で、ああ、そんなもんに呪縛の少年時代を思いやり、11本目に火をつけて、猫感慨に耽った次第
>

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54923] ポーの黒猫 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/26(Thu) 09:13  

ひあえさり ANNEX−Ω   訪問者数:11856440(今日:255/昨日:1166)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/26(Thu) 08:43 大安(己卯) 旧暦 4/26 月齢 25.3 悲哀去

La Califfa - Yo Yo Ma ( Ennio Morricone )
http://www.youtube.com/watch?v=a0TM4eshYFw

今や妻も娘も亡き父の家に移り、独り残されて自転車の鉄屑と車輪の残骸とは言わぬ、現役で乗れる山に囲まれ、大きな食卓は階上の書斎より降ろし来る古書の山が整然と列をなす、その一冊を取り出し収めつつ、読むべきか読まぬべきか、読めば恐ろしい、少年時代の少年探偵団の江戸川乱歩にうながされ若き日に読んで恐怖の虜になったポーの「黒猫」、ゾッとして以来、猫が嫌いになり、黒猫は悪魔の化身と道々でも避けた日々、その黒猫に壮年時代に世話になり、アラブのCAT、ロゴが黒猫で、黒猫はアラブでは神聖な動物、気味が悪いといっても、少年時代から20年も経てば、郷に入れば郷に従え、黒猫勤めで思いもよらぬ幸運に恵まれ、猫嫌いも帳消しになって、アラブ時代に生まれた長女が小学生になって下校時にドブから拾ってきた子猫、飼ってもいい?ど〜ぞ、と飼えば青い瞳の白猫で長じてまるでグレースケリー、恩寵のケリー、亡母の好きなケリー、白いスピッツ、血を吐いて毒殺された翌日に泥棒に入られて亡父の背広多数などを盗まれた犠牲のグレイスケリー、以来の白い犬ならぬ猫で、人間なら百歳をゆうに超える長寿を全うした生涯で一度も階下の地上に降り立つこともなく、このいまはだだっ広い中に其処彼処狭しと段ボールの罪あがった自転車部品、古書の倉庫の一郭の藤棚のサイドテーブルの上に鎮座まします錦の骨壺、黒猫の思い出、ポーとボードレールを取り出し、読むべきか読まざるべきか、トービーオアノットトービー、跳べ跳べと、たばこ2日NonSmoke明けの10本目にして意を決して読めば一気に突き抜けて、少年時代の恐怖、おそれおののき、もなく、なんだか、希薄な気迫で、ああ、そんなもんに呪縛の少年時代を思いやり、11本目に火をつけて、猫感慨に耽った次第

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54922] 西田幾多郎の賛歌にして傘下の西谷啓治や高坂正顕、みんな禅だのなんだのとはいっておるが、その背骨は救世教の毒に重篤中毒 そして今や、かの大惨事から80年経って、ぞろ若松の「霊性の哲学」末木文美士らの「死者と霊性ーーー近代を問い直す」岩波新書 2021年 などを見るに、ぞろ大拙西田の霊性「共同体」復活で「世界征服」 征服とはいわんも、地上の国々の上に天上の霊性「共同体」構築 井筒も大川周明の代筆をして、イスラームが地上の国々を覆って普及したその範を取って霊性「共同体」構築を目したかも云々という議論 危ないね 危険だね 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/22(Sun) 09:16  

しろふていANNEX−Ω   訪問者数:11852218(今日:764/昨日:1645)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/22(Sun) 08:00 先勝(乙亥) 旧暦 4/22 月齢 21.3

昨今のおっかけゴミ、斎藤鼠くんや魔境の預言者若松くんらの偶像よりも、狼の偶像はうがええかも

八王子多賀神社の狼の画像を発見
http://blog-imgs-12.fc2.com/k/o/m/komainumeguri/5a_20110523224621.jpg

秩父三峯神社の狛犬
http://oshanpo.com/img/2016/06/IMG_2107.jpg

やはり八王子のはうが、秩父より、余程の迫力

それにしても

三宝を敬え

三宝に帰依せよ

仏法僧、救世主教会神父牧師司祭教皇

この「平信徒の神学」菅円吉「キリスト教概説」日本YMCA同盟出版1955年 まことに反吐がでるが、反吐を堪えてお勉強

反吐ついでに妄想妄言すれば聖徳太子の時代、あの法隆寺の救世観音の頭頂の釘

あの時代の我が国にもこの「平信徒の神学」菅円吉「キリスト教概説」日本YMCA同盟出版1955年が渡来しちょって、それに毒された三宝を敬え三宝に帰依せよかもしれぬ

それは年代的、地理的にも、歴史的にも不可能でもなくんば、おかしくもない

アルカイックスマイルがリルクロード伝来ならば、ガンダーラのそこへは当然のこと救世主教もきておってそれが仏教に交じって渡来するのはまことに自然のなりゆき

かの秦氏広隆寺のisuraiの井戸もあるし、秦氏渡来とともに救世主教が渡来したという司馬遼太郎ほかの「お話」もそのロマンを超えて歴史的事態かもしれぬ

聖武天皇が華厳宗をもって、全国に国分寺、総国分寺の東大寺、華厳をもって統治をせんとしたことも、また、救世教の反映か

くだって、浄土宗、浄土真宗、弥陀の救いの救世主宗教

この親鸞の横超

これらを鈴木大拙なども日本的霊性の覚醒といっておるが、この弥陀の救いの宗教も典型的な救世主宗教

東本願寺(真宗大谷派)のトップは門首 で、西本願寺(浄土真宗本願寺派)は門主 で

それらの祖は一向宗で戦闘的

火葬場の火葬炉も門首門主は特別炉でいまだに京都火葬場の上に歴史的遺構として残っておって、皇室同様に門首門主を聖別しておった、系図的にもややこしい交差

黒船が来て、おそれおののき、ドイツ式の軍制、官僚制、その背後の背骨の思想構造たる救世主教を国家神道に移植して、帝国主義、日中、日ロ、大東亜戦争に突っ走った苦い歴史

まさに垂直的権力構造の救世主宗教にして統治構造の災いが顕著

さういうもんを霊性の覚醒となす大拙も、いささか救世主教に毒されておるわいの

ま、家族環境、国際環境よりしてやむをえぬ、とはいえ、相棒の西田幾多郎が八紘一宇や大東亜共栄圏のイデオローグになったのもよしなしとしない

西田幾多郎の賛歌にして傘下の西谷啓治や高坂正顕、みんな禅だのなんだのとはいっておるが、その背骨は救世教の毒に重篤中毒

そして今や、かの大惨事から80年経って、ぞろ若松の「霊性の哲学」末木文美士らの「死者と霊性ーーー近代を問い直す」岩波新書 2021年

などを見るに、ぞろ大拙西田の霊性「共同体」復活で「世界征服」

征服とはいわんも、地上の国々の上に天上の霊性「共同体」構築

井筒も大川周明の代筆をして、イスラームが地上の国々を覆って普及したその範を取って霊性「共同体」構築を目したかも云々という議論

危ないね

危険だね

まんだ狼の偶像のはうがまともだ






やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54921] <禁断の国>を遍歴 Re:[27879] 「この人をみよ」。悪魔で分別の分類の一例ですが・・おっかけゴミ、みこしかつぎ屑たぬき・・・・しゅう(セットでえんどー)、しけた、やちらにとんびおしゃべりー上智の偽善者田中裕ども、コレラのたぬきどもに加えるに于論茶=↑(▼▼)胡乱ちゃんならびにたぬき族いんぽ狆やねずみどもなどなど。ま、これらのおっかけゴミ、みこしかつぎ屑たぬきにして必死にゴミ収集車をつとめ、あわよくば担がれゴミならんとして、悪あがきしちょるんが、よみうりのたぬきこと谷内修三くんとその愛人山下ハルヨほか沢山の箸にも棒にかからん自称詩人どもでしょうね。ゴミ収集車、担がれゴミの本尊、神様・・・・おっかけゴミ、みこしかつぎ屑たぬきどもにおっかけられて悦にいっちょる『海程』キンス兜太ほか、各種宗匠ども、ならびにねずみ講増殖中の朝日新聞の可笑しい狆くんこと大岡信くん、その二番煎じのネットのねずみ講シュの清水哲男およびその愚弟昶くんら凡百詩人ども。Re:[27869] 屑二切れRe:[27868] しあわせなやつら 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/22(Sun) 07:41  

てるめせうANNEX−Ω   訪問者数:11852200(今日:746/昨日:1645)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/22(Sun) 06:40 先勝(乙亥) 旧暦 4/22 月齢 21.3

なるべく抵抗のあるもんを!

とは、思えど、救世主教に毒されたもん、救世主教の神学由来の哲学思想、その最たるもんは、本家西欧よりも本邦の「哲学者」もろもろの反省亡き妄言、思想小僧、構造に狂れるのも飽き飽きなれば、西欧において「異端」たるもんのはうが、まんだマシとばかりに先勝、早寝の床に持ち込んだ

ニーチェ著 手塚富雄訳「この人を見よ」岩波文庫639‐6 1969年

を何度ぶりかペラペラめくれば、線引きにAnnex-Ω2005/6/11とあったので、それを過去ログで検索

17年振りの過去ログ引き出しに当時の問題意識は、世の宗匠詩人俳人を揶揄したものであるが、そういう弟子だの「おっかけ」だの盲目の追従者だなのなんだのも、目下の救世主教の追従者、その先入見の虜、奴隷批判にも通じるが、その幾許かを追加引用しておくことも、この17年前にあげつらわれた有象無象のいまは生死も不明なれば、冥福とご多幸を祈念すべく無駄でもあるまい



> ANNEX−Ω   訪問者数:182141(今日:144/昨日:314)
>
> > > とんび、りー、しゅう(セットでえんどー)、しけた、やちらに共通するのはいったいなんだろう?
>
> コレラのたぬきどもに加えるに于論茶=↑(▼▼)胡乱ちゃんならびにたぬき族いんぽ狆やねずみどもを加えねば遺憾。
>
> すなわち、東京新聞の田島力くん、モト欝の身や支局長の胡乱の達人おっけけ記者くん、いまや追っかけ能力の老化したため資料室の窓際で退職金と年金の増殖のために浮世風呂も閉鎖してひたすら忍ぶ毎日。
>
> それから、まあ、そういう于論茶=↑(▼▼)胡乱ちゃんならびにたぬきどもにおっかけられて悦にいっちょるねずみ講増殖中の朝日新聞の可笑しい狆くんこと大岡信くん、その二番煎じのネットのねずみ講シュの清水哲男およびその愚弟昶くん。
>
> さあ、さあ、そういうもんも、トーゼン大昔にもうお弁虚ー、あはは、お勉強すみの一説を切り出しておこう。ま、なあんも、こういう一説を切り出さんでも、馬鹿でもわかりたぬきでも葉っぱで物申すもんじゃが、たぬきとねずみにおいては、てめえでいっちょることさえなぬをいっちょってなぬをやっちょるんか、まるで、胡乱の限りじゃけん、云おうが読もうが聴こうが馬耳東風か鼠耳西風か、はたまた世風にくるくる狂う風見鶏か、宣教師に般若心経めいて、理解しちょるその口ぶりの裏でまるで豚の海水浴じゃわの。
>
> さて、豚さんへ海水。

ニーチェ著 手塚富雄訳「この人を見よ」岩波文庫639‐6 1969年

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

p8
わたしは新しい偶像を建てる者ではない。ただ古い偶像どもが、その粘土製の脚の値打ちを思い知ればいいのだ。<偶像>(これが「理想」に相当するわたしの用語だが)を<転覆すること>ーーーこのことが、すでに前からわたしの職業なのだ。・・・「真の世界」と「仮象の世界」と言われるものの種を明かせば、「真の世界」とは捏造された世界であり、「仮象の世界」といわれているのが現実の世界なのだ・・・理想という嘘が、これまで現実の世界にかけられた呪いであったのだ。人類そのものが、この嘘によって、その本能の奥底に至るまで、うそつきになり、にせものになってしまったのだーーーついには、
これこそはじめて人類に繁栄と未来と未来を獲得すべき高い<権利>とを確かにもたらすだろうと思われるほんものの諸価値とは逆の諸価値が崇拝されるに至ったのである。

p10
わたしがこれまで理解し、身をもって生きてきた哲学は・・・生存における一切の異様なものと疑わしげなものを摘発することであり、道徳によって従来追放されていた一切のものを救出することである。このように<禁断の国>を遍歴することによって得た長期間の経験から、わたしは、従来の道徳化と理想化との根源にあった諸原因を、世人にとっては好ましいであろう見方とはまったく違った見方で見ることを習得した。哲学者たちの<裏面史>、かれらのつくりだした偉大なもろもろの名称にからむ心理学が、わたしには明らかになった。ーーー一個の精神が、どれだけ真実に<耐える>か、どれだけ真実を<敢行>するか?これが、わたしには、ますます本来の価値基準になってきた。誤謬(ー理想への信仰ー)を生むのは盲目ではない、臆病である。


> (ニーチェ「この人をみよ」の冒頭、手塚富雄訳を少々お手入れ)
> p12『ここで語っているのは、狂信家えはない。ここで行われているのは「説教」ではない。ここで求められてのは信仰ではない。・・・・それは、どこかの「賢者」、「聖者」、「世界救済者」、その他のデカダンが、こういう場合に云いそうなこととは、まったく正反対に違っていることである・・・・・彼の語り方が違っているばかりではない、かれのあり方が違っているのである・・・
>
> 弟子たちよ、わたしはこれから独りとなってゆく。君たちも今は去るがよい、しかもおのおのが独りとなって。そのことをわたしは望むのだ。
>
> まことに、わたしは君たちに勧める。私を離れて去れ。・・・を拒め。いっそうよいことは・・・を恥じることだ。ぬんぬん・・・
>
> 何時までもただ弟子でいるのは、師に報いる道ではない。なぜ君たちはわたしの鼻環を
> むしり徒労としないのか。
>
> 君たちはわたしを敬う。すっかす、君たちの尊敬が覆る日が来ないとはかぎらないのだ。そのとき倒れるわたしの像の下敷きとならないやうに気をつけよ。・・
>
> 君たちはたわたしの信徒だ。だが、およそ信徒というものに何の意味があるのか。
>
> 君たちはまんだ君たち自身を捜し求めなかった。捜し求めぬうちにわたしを見出した。信徒はいつもそうなのだ!だから、信ずるというのんはつまらんことなのだ。
>
> いま、わたしは君たちに命令する、わたしを捨て、君たち自身を見出すことを。そして、君たちのすべてがわたしを否定することができたとき、わたしは君たちのもとに帰ってこやう。』(ニーチェ「この人をみよ」の冒頭、手塚富雄訳を少々お手入れ)

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

> > > とんびとりーはリアルで見て話もしたが、このふたりに共通するのは「おっかけ」だった。それぞれが自分をほっぽりだして、ひたすら外部のそれぞれにウツツを抜かしている。それで、自分の所属する組織や自分の立っている場所に疑問ナゾは抱かない。
>
> これはなんもとんびとおしゃべりーくんに限らぬ。
>
> 「しゅう(セットでえんどー)、しけた、やちらに」も、コレラのたぬきどもに加えるに于論茶=↑(▼▼)胡乱ちゃんならびにたぬき族いんぽ狆やねずみどもにも共通する。
>
>
> > > しあわせなんだろうか。
>
> しあわせなんでしょう。己を喪失したほうがね。
>
> 自由という、自らの由を喪失し、「自由」を希求し、「自由」を自ら抹殺する奴隷としての幸せ。あはは。馬鹿みたい!

いまもむかしもおんなじだ


> > しけたとやちのふたりについては、いまのところ「かんがえるのも無駄」におもえる。
>
> ふんじゃらこたあ、あらへんでしょ。一派一からげじゃ。
>
> > ゴミといってはなんだから、屑くらいにしておく。
>
> ゴミでも屑でもリサイクルして利用する手はある。
>
> ま、これら、すなわち、于論茶=↑(▼▼)胡乱ちゃんならびにたぬきどものサンプルのゴミの分別を試みになせば、こうなるであらう。
>
> 札が辻に張り出した、ゴミの分別例。

むかしは詩人俳人のゴミの分別

今は、宗教、思想、哲学のゴミの分別

おなじだね



> おっかけゴミ、みこしかつぎ屑たぬき・・・・しゅう(セットでえんどー)、しけた、やちらにとんびおしゃべりー上智の偽善者田中裕ども、コレラのたぬきどもに加えるに于論茶=↑(▼▼)胡乱ちゃんならびにたぬき族いんぽ狆やねずみどもなどなど。
>
> ゴミ収集車、担がれゴミの本尊、神様・・・・おっかけゴミ、みこしかつぎ屑たぬきどもにおっかけられて悦にいっちょる『海程』キンス兜太ほか、各種宗匠ども、ならびにねずみ講増殖中の朝日新聞の可笑しい狆くんこと大岡信くん、その二番煎じのネットのねずみ講シュの清水哲男およびその愚弟昶くんら凡百詩人ども。
>
> ま、これらのおっかけゴミ、みこしかつぎ屑たぬきにして必死にゴミ収集車をつとめ、あわよくば担がれゴミならんとして、悪あがきしちょるんが、よみうりのたぬきこと谷内修三くんとその愛人山下ハルヨほか沢山の箸にも棒にかからん自称詩人どもでしょうね。
>
> ま、これは、悪魔で分別の分類の一例です。
>
> ゴミの分別も郷に入れば郷に従え、馬鹿の分別では役に立ちませんね。たとえばどちらでも落伍のご苦労さんとか西洋べったり翻訳家業の冬月海月くんとか。ま、他人の光で光る影みてえなもんどすの。
>
> さてさて、「ハンセン病文学全集」の作家諸君はどこに分類されるべきであらうかね?
>
> 都中央図書館に「狂気の歴史」を返さねばなりません。

それにしたって、フーコーのこれもさしたもんぢゃなかった

いまぢゃ、都立図書館からは直接貸し出しも受けられぬ、容易ならざる世になった

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54920] 人間への強制的罪の押し付けは、創世記にはじまるが、その押し付けられた罪を嬉々として受容すべく人々を教育、躾をしつづけた救世主教の罪はまことに絶大だね 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/21(Sat) 10:06  

ゆめしふむANNEX−Ω   訪問者数:11850187(今日:378/昨日:778)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/21(Sat) 07:35 赤口(甲戌) 旧暦 4/21 小満 月齢 20.3

小満=万物が次第に成長して、一定の大きさに達して来るころ。『暦便覧』には「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」と記されている。

Chet Baker - Let’s Get Lost
http://www.youtube.com/watch?v=SKMKglJ8CZw

塩野七生「神々の代理人」中公文庫M5-2 昭和50年=1975年

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

過度の禁欲は、しばしば狂信の温床となる。なぜならば、禁欲生活によって肉体は瘦せ衰えるが、想像力はかえって活発となるからである。彼らは、その欲することをことごとく正義と信じ、その信ずることをことごとく神の啓示として現実に見るようになる。そして、神から選ばれた自分こそがそれを実現させねばならないという使命感が、彼らの心を燃えたたせてくるのだ。・・・・


善良な人々に、犯した罪の数々をあばきたて、彼らを地獄の恐怖につき落とすのは、キリスト教の最も得意とするやり方である。地獄への恐怖をかきたてながら、一方では天国へ行ける可能性をちらつかせるのも止めないのだから、ますます効果的というわけだ。

・・・・教会の戒律では、あらゆることが罪になったから、普通の人でも、その犯した罪を数えていくと三百年ぐらいの苦行を覚悟しなけらばならない。一生でも贖うことは不可能である。・・

教会は代償を認めた。苦行に相当する代償金を教会に収めれば、贖罪は認められるのである。これには、不動産による代償も可能であった。すなわち教会は信者の恐怖を利用して、その富と権力の不滅の源泉を確保したことになる。

・・・・

「自らの財布で支払えない者は、その肉体で支払うべきである」

・・・・

異教徒に対する聖戦に従軍した者には、贖罪が認められることになった。

・・・異教徒を殺せば、一切の罪は許されるのである。

金や土地で代償を果たすにはそれも十分は持たず、かといって自分の身体が笞で打たれるのも苦痛出汁というわけで、天国に行くことに絶望を感じていた善良な人々も、これには異存がなかった。まして、神がそれを望んでおられるのである。多くの人々は、その顔にことごとく罪を許された喜びに輝き、その心は異教徒と対決する勇気を感じていたのである。

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

これは、十字軍の宗教的な熱狂を叙する序章であるが、その熱狂、狂信は後世まで連綿と無残な歴史につづく

この人間への強制的罪の押し付けは、創世記にはじまるが、その押し付けられた罪を嬉々として受容すべく人々を教育、躾をしつづけた救世主教の罪はまことに絶大だね




やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54919] 悩みのないところに宗教はいらない だから宗教に帰依するには悩みが重要 悩みのないもんにも、強制収容所的に強引に悩みを強制する 強制したうえで、世のあらゆることに人間の自由はない、すべては神の摂理だと 神の摂理とにゃらば、人間に自由がないとにゃらば、悩みもなくなる あらゆる過誤も責任も人間にはなく、すべては神の摂理 ひたすらに、恐れおののき、神の被造物、奴隷とわきまえて、ひたすら神を敬えRe:[54917] 内村鑑三、新渡戸稲造などの救世主教の思想構造においても同じことだRe:[54914] キリスト教の狂信的な「形而上的真理」が戦争といかによく結びつくかを、大東亜共栄圏への道を説く戦争推進者が巧みに語っているか、抹殺された「哲学」のアイロニーである 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/21(Sat) 09:01  

みよかけれANNEX−Ω   訪問者数:11850118(今日:309/昨日:778)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/21(Sat) 07:35 赤口(甲戌) 旧暦 4/21 小満 月齢 20.3

小満=万物が次第に成長して、一定の大きさに達して来るころ。『暦便覧』には「万物盈満(えいまん)すれば草木枝葉繁る」と記されている。

井上陽水 ♪五月の別れ
http://www.youtube.com/watch?v=oHzbYFaetdY

曲も歌詞もよろしいが、歌い方がイマイチ

意欲を喚起せんと書く気も喋る気もせんで、歓喜、いやさ、喚起のために一服

タバコを切る、三日も切れば四肢が軽い、10000歩、7600歩、8200歩と数日おきに歩き、自転車は2週間も乗らぬ、乗らぬもんを昨日のって、一年振りほどに会ったcycling仲間

ぜんぜん見ないから病気になったか、死んだかと思った

太った?腿が絶太い

+6s

膝から下が細くなった、筋肉の筋が消えつつ

膀胱癌になったのよ、第2期

へっぽこ大病院にいったら、前立腺がうんぬん

おかしいから、女房が評判のええ泌尿器科を探し出してきて、そこにいって内視鏡検査

膀胱癌第2期、内視鏡手術で膀胱の内壁を削ってBCG療法で様子見

BCGって丸山ワクチンとおなじようなもの

そうなの?

そうなの、オポチーボぢゃ、3000万以上かかる療法も丸山ワクチンならただで、BCGなら数百円

そうなの?

あの本庶ちうノーベル賞、あれは守銭奴だね

そうだね

俺の取り分がすくないと小野薬品を提訴、和解にいったそうぢゃが

ふんまに医学会も腐っているのね

なぬせ、開業医の医は算術におとらず、医学研究の世界でも算術ばっかが蔓延

研究がすすめば、病気も殖える

人類みな病気

なんだか、救世主教みたいだね

その救世主教

抵抗のあるものこそを服用して、その命令に平伏して帰依せんと、救われぬ、と

抵抗のないもんばっかを服用して常用しておれば、脳が委縮して、意欲が衰え、身体も魂も衰える

ゆえに、きらいなもん、抵抗のあるもんを味わわねばならない

悩み、悩みこそ救いの種

嫌い、嫌いこそ救いの種

あなたの悩みはなんですか?

悩みはありません

ではこの門から内には入れません

とは、かの真如苑

真如苑に就職した奇特な後輩がおって、その後輩に会いに行ったが、門番が悩みを訊いてきて、無いといえば、門を閉じる

だうも、この後輩は就職とはいえ、永久就職で、真如苑の跡取り娘の婿さんになったようで

日本の宗教も、この悩みの闇が出発天なのですね

悩みのないところに宗教はいらない

だから宗教に帰依するには悩みが重要

悩みのないもんにも、強制収容所的に強引に悩みを強制する

強制したうえで、世のあらゆることに人間の自由はない、すべては神の摂理だと

神の摂理とにゃらば、人間に自由がないとにゃらば、悩みもなくなる

あらゆる過誤も責任も人間にはなく、すべては神の摂理

ひたすらに、恐れおののき、神の被造物、奴隷とわきまえて、ひたすら神を敬え

三宝に帰依せよ

仏法僧、救世主教会神父牧師

まあ、いいきなもんだ

悩みがなくんば、馬鹿同然です、悩みがなくんば進歩もない

でも、悩みがないんです

なくても悩みを自覚しなけれ、自覚とはいえません

自覚しても悩みがないんです

そんなことをいわれちゃあ、立つ瀬がない

だれの?

だれの?救世主、教会、神父牧師の、果ては仏法僧の立つ瀬がない

そんなもんの立つ瀬がなくとも、人間の立つ瀬のほうが大事でしょ?

人間は神の被造物、奴隷、救世主、教会、神父牧師へ、果ては仏法僧へ帰依、礼拝、土下座すべきもんなんです、人間はすべてを投げ出さねばなりません

ぢゃあ、オーム真理教とおなじぢゃないですか?

オームばかりではありません、かつての天理教、かつての創価学会、かつての、そしていまの救世主教もおんなじなのです

宗教の本質

さて、だべんが蔓延って本論にへえるに

抵抗のあるものを読む、聴く

菅円吉「キリスト教概説」日本YMCA同盟出版1955年

オットーと同じね、徹頭徹尾、人間を虚仮にして奴隷化する先入見、強制「ねばならぬ」問答無用から始まる

その幾許か、とくに神秘主義に対する議論なぞも引用したいが、別途機縁があればすることにして

神秘主義といえば、神人合一、こればなべて西洋哲学、宗教哲学の誰彼、W.ジェームス、ベルグソン、オットーなどでも、救世主教の最上のものとしてとらえているが、正統派の救世主教ではそれを異端となす

最上にせよ、異端にせよ、神人合一が、容易に神であり人であり、救世主の妄想が現実に起こって世界を戦争と混乱に導くにはかわりはない

それを否定する救世主教正統派でも畢竟は救世主を希求するにおいてはおなじことで、救世主の妄想が現実に起こって世界を戦争と混乱に導くにはかわりはない

稲垣良典「現代カトリシズムの思想」岩波新書781 1971年

これによれば稲垣は現代の大思想家の思想構想にいかにカトリシズムが寄与しているかをカトリシズムの凱歌のように記す

而して、これを裏返しにすれば、ベルグソン、フッサール、そのたの古今の誰にせい、それらの思想がどんだけカトリシズムに毒されているかの、証拠でもある

それらを引用せんとして、くっちゃべりーの朝も、4本のタバコの恩恵、恩寵かも


> この思想構造は、救世主教のいかに無教会派なんぞとはいえ、内村鑑三、新渡戸稲造などの救世主教の思想構造においても同じことだ
>
> そういう救世主教の思想構造の検証はされていない
>
> したくないんでしょうね
>
> 哲学、思想、宗教の自殺行為だから
>
> > はんちつねANNEX−Ω   訪問者数:11847833(今日:1670/昨日:756)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 12:05 先負(辛未) 旧暦 4/18 月齢 17.3
> >
> > Ray Charles - Say no more
> > http://www.youtube.com/watch?v=CpTo-gwWRng
> >
> > 山河破れて国がありの恒例
> >
> > 高坂正顕「民族の哲学」岩波書店 昭和17年 定価1円80銭より飲用できぬ引用
> >
> > *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
> >
> > p84
> > 私は今、ドイツに於けるユダヤ人問題といふ如き、極めて政策的な問題に立入ることはできない。・・またアーリア人種、特にドイツ人の優秀性の神話にも触れる必要はない。
> >
> > P151
> > 本来の意味に於いて戦争と呼ばれ得るものは、ただ『絶対の権威』との関連においてのみ成立する。絶対の権威を主張する国家と国家が戦争するのである。‥互いに正義の戦であることが主張され、神の名に於いて戦はれるのである。それが何故であるかの形而上的な根拠は後に触れる。
> >
> > p158
> > 我々は形而上的世界を現実的世界の彼岸に求める如きことを、何よりも避けなければならない。それは形而上的なるものの対象化、客観化、実体化であり、形而上的世界そのものの否定に外ならないからである。形而上的世界は現実的世界の彼岸にあるのではなくして、むしろその中にあるのであり、その底にあるのである。形而上的真理は対象的に、永遠に妥当してゐる如きものではなくして、歴史的現実に於て実践的に『生起』するものなのである。それは『主体的』であると言ってよいであらう。・・それは現実的な客観的な地盤、歴史的地盤を必要とするのである。かかる客観的な地盤が裁ち裂かれて、それが同時に主体性を現じた時、そこに形而上的真理が生起してゐるのである。
> >
> > p162
> > 既に私は、歴史は戦争と共に始まること、また民族は戦争を通じて国家として自己を自覚することを、その歴史的真理として示した。・・歴史的真理は現在において『反復』されることによって、永遠化され、形而上的真理として現前するのである。・・・「人間団体の本質」・・「かくの如き神聖な時を・・」・・団体精神の力をまざまざと『直観』するだけではない。団体精神を単『外に』見るだけではない。重要なことは自己を国家の一員としてその根源から可能にすることことである。国家と自己とが言わば歴史の底から改めて誕生するのである。その時、国家存在と人間存在とは歴史的世界に於いて互いに、何としても疎外的ではあり得ない。・・・我と国家は別ではない。却って国家は、客観的精神、人倫的実体として、自己の疑うべからざる実体であり、真理であることを実証するのである。
> >
> > もしその証拠をと言うならば、戦争における死の覚悟がわけても雄弁に語るであらう。日常的に生に於いては、我々が生命を有つのではなくして、生命が我々を有つのである。我々が生命の主人ではなくして、我々は多くの生命の奴隷であらう。しかし戦争に於いて一度死が覚悟せられた時はいかがであらう。その時この順序は逆転させらるのである。そして日常性は形而上性に高められる。我々は命を投げ出すことによって、改めて命を与えられるのである。我々の生命は国家の生命として再生する。それは殆ど宗教的な奇跡に類するであらう。・・・(以下連綿とキリスト教的死生観がつづく)
> >
> > p169
> > 戦争を通じて世界歴史の真理は展開される。最近西田先生は次のように語られた。「人は個人の魂の救済を、人類の罪の浄化と切り放して考えてはならないであらう。人間歴史は人類の魂の浄化である。かつてダンテは個人の魂のブルガトリオを描いた。しかし現在もし大詩人が現れたなら、彼は人類の魂の浄罪として世界歴史を歌うであらう、」と。戦争も人間歴史に於けるブルガトリオなのである。それによって人類の苦悩も浄化される。丁度悲劇が人間の苦悩をするとアリストテレスが語ったやうに。(完)
> >
> > *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
> >
> > ここに引用したのは飲用すべきもんとしてではなく、古代ユダヤ教徒の一神教民族国家、それが地上にしろ天上にしろの形成過程の一端を示し、かつその後のキリスト教の狂信的な「形而上的真理」が戦争といかによく結びつくかを、大東亜共栄圏への道を説く戦争推進者が巧みに語っているか、抹殺された「哲学」のアイロニーである
> >
> >
> >

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54918] その神的な救済者が、また後にそれは理想的な統治をする為政者を意味するようになった もともとの奴隷社会の維持のための悪循環、戦争の反復Re:[54916] 西欧の恥部 ゆえに西欧歴史家はこれに言及したがらない 騙されてはいけません 反吐Re:[54915] キリスト教=救世主教 なあんで救世主を希求するの?神の栄光、叡智、恩寵、超越・・・言葉に酔うわね、悪酔い。 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 22:53  

> > もせかたねANNEX−Ω   訪問者数:11847654(今日:1491/昨日:756)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 13:36 先負(辛未) 旧暦 4/18 月齢 17.3
> >
> > キリスト教=救世主教
> >
> > キリストの名にかくれてそのほんらいの意味が日本語ではわかりにくい
> >
> > 完全に毒されているね
> >
> > なあんで救世主を希求するの?
> >
> > 歴史的に奴隷社会、奴隷経済であったから
>
> 西欧の恥部
>
> ゆえに西欧歴史家はこれに言及したがらない
>
> しかし
>
> 西欧の伝統のおいては、古来、戦争で奴隷を獲得することこそがその経済基盤である
>
> それは古代よりあの華やかなりしルネッサンス、大航海時代はもとより近現代まで強制あるいは自主労働など奴隷の名を換えてGoodのConcentrationCampsやGodのConcentrationCampsは連綿と続いている
>
> 奴隷獲得、労働力の確保、GoodのConcentrationCampsやGodのConcentrationCampsのためには戦争が必須である社会
>
> > 形而上的にも神の奴隷であったから
>
> その正当化のための仕掛けはまことに巧妙である
>
> ルター派の神学者はもとより開明派のマクス・ウェーバーまでナチス協賛なんだからやんなちゃうよね

マックスウェーバー由来の「カリスマ」のモデルは種々あらうが、同時代的にはヒトラーとか

そのウェーバーの言説は自ら「宗教音痴」といいながら、ふんまに音痴であるが、完全にルター的に毒された救世主教の重篤中毒にして比較宗教社会学の手法で明らかにしようとするその態度にしてナチス協賛、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』あらゆるところに盲目の救世主教、他化した垂直思想構造があらわであって、反吐せずして読むに堪えぬ


> > ネットでの説明から
> >
> > キリストは、ヘブライ語のメシア( מ ש יח )のギリシア語訳 Χριστος (Khristos クリストス、フリストス [注 1] )からの、日本語における片仮名表記。
> >
> > メシア は、 ヘブライ語 のマシアハ( משיח )に由来し、「(油 を)塗られた者」の意。. 出エジプト記 には祭司が 、 サムエル記 下には王が 、その就任の際に油を塗られたことが書かれている。. 後にそれは理想的な統治をする為政者を意味するようになり、さらに神的な救済者を指すようになった。. メシアの ギリシャ語 訳がクリストス ( Χριστός )で、「 キリスト 」はその日本語的表記である 。. キリスト教徒 は ナザレのイエス がそのメシアであると考えている。. イエスをメシアとして認めた場合の呼称が イエス・キリスト である。
> >
> > *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

王が 、その就任の際に油を塗られたことが書かれている。. 後にそれは理想的な統治をする為政者を意味するようになり、さらに神的な救済者を指すようになった。

而して

その神的な救済者が、また後にそれは理想的な統治をする為政者を意味するようになった

もともとの奴隷社会の維持のための悪循環、戦争の反復


> > 神の栄光、叡智、恩寵、超越・・・言葉に酔うわね、悪酔い。
>
> 騙されてはいけません
>
> 反吐

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54917] 内村鑑三、新渡戸稲造などの救世主教の思想構造においても同じことだRe:[54914] キリスト教の狂信的な「形而上的真理」が戦争といかによく結びつくかを、大東亜共栄圏への道を説く戦争推進者が巧みに語っているか、抹殺された「哲学」のアイロニーである 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 22:23  

この思想構造は、救世主教のいかに無教会派なんぞとはいえ、内村鑑三、新渡戸稲造などの救世主教の思想構造においても同じことだ

そういう救世主教の思想構造の検証はされていない

したくないんでしょうね

哲学、思想、宗教の自殺行為だから

> はんちつねANNEX−Ω   訪問者数:11847833(今日:1670/昨日:756)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 12:05 先負(辛未) 旧暦 4/18 月齢 17.3
>
> Ray Charles - Say no more
> http://www.youtube.com/watch?v=CpTo-gwWRng
>
> 山河破れて国がありの恒例
>
> 高坂正顕「民族の哲学」岩波書店 昭和17年 定価1円80銭より飲用できぬ引用
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> p84
> 私は今、ドイツに於けるユダヤ人問題といふ如き、極めて政策的な問題に立入ることはできない。・・またアーリア人種、特にドイツ人の優秀性の神話にも触れる必要はない。
>
> P151
> 本来の意味に於いて戦争と呼ばれ得るものは、ただ『絶対の権威』との関連においてのみ成立する。絶対の権威を主張する国家と国家が戦争するのである。‥互いに正義の戦であることが主張され、神の名に於いて戦はれるのである。それが何故であるかの形而上的な根拠は後に触れる。
>
> p158
> 我々は形而上的世界を現実的世界の彼岸に求める如きことを、何よりも避けなければならない。それは形而上的なるものの対象化、客観化、実体化であり、形而上的世界そのものの否定に外ならないからである。形而上的世界は現実的世界の彼岸にあるのではなくして、むしろその中にあるのであり、その底にあるのである。形而上的真理は対象的に、永遠に妥当してゐる如きものではなくして、歴史的現実に於て実践的に『生起』するものなのである。それは『主体的』であると言ってよいであらう。・・それは現実的な客観的な地盤、歴史的地盤を必要とするのである。かかる客観的な地盤が裁ち裂かれて、それが同時に主体性を現じた時、そこに形而上的真理が生起してゐるのである。
>
> p162
> 既に私は、歴史は戦争と共に始まること、また民族は戦争を通じて国家として自己を自覚することを、その歴史的真理として示した。・・歴史的真理は現在において『反復』されることによって、永遠化され、形而上的真理として現前するのである。・・・「人間団体の本質」・・「かくの如き神聖な時を・・」・・団体精神の力をまざまざと『直観』するだけではない。団体精神を単『外に』見るだけではない。重要なことは自己を国家の一員としてその根源から可能にすることことである。国家と自己とが言わば歴史の底から改めて誕生するのである。その時、国家存在と人間存在とは歴史的世界に於いて互いに、何としても疎外的ではあり得ない。・・・我と国家は別ではない。却って国家は、客観的精神、人倫的実体として、自己の疑うべからざる実体であり、真理であることを実証するのである。
>
> もしその証拠をと言うならば、戦争における死の覚悟がわけても雄弁に語るであらう。日常的に生に於いては、我々が生命を有つのではなくして、生命が我々を有つのである。我々が生命の主人ではなくして、我々は多くの生命の奴隷であらう。しかし戦争に於いて一度死が覚悟せられた時はいかがであらう。その時この順序は逆転させらるのである。そして日常性は形而上性に高められる。我々は命を投げ出すことによって、改めて命を与えられるのである。我々の生命は国家の生命として再生する。それは殆ど宗教的な奇跡に類するであらう。・・・(以下連綿とキリスト教的死生観がつづく)
>
> p169
> 戦争を通じて世界歴史の真理は展開される。最近西田先生は次のように語られた。「人は個人の魂の救済を、人類の罪の浄化と切り放して考えてはならないであらう。人間歴史は人類の魂の浄化である。かつてダンテは個人の魂のブルガトリオを描いた。しかし現在もし大詩人が現れたなら、彼は人類の魂の浄罪として世界歴史を歌うであらう、」と。戦争も人間歴史に於けるブルガトリオなのである。それによって人類の苦悩も浄化される。丁度悲劇が人間の苦悩をするとアリストテレスが語ったやうに。(完)
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> ここに引用したのは飲用すべきもんとしてではなく、古代ユダヤ教徒の一神教民族国家、それが地上にしろ天上にしろの形成過程の一端を示し、かつその後のキリスト教の狂信的な「形而上的真理」が戦争といかによく結びつくかを、大東亜共栄圏への道を説く戦争推進者が巧みに語っているか、抹殺された「哲学」のアイロニーである
>
>
>

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54916] 西欧の恥部 ゆえに西欧歴史家はこれに言及したがらない 騙されてはいけません 反吐Re:[54915] キリスト教=救世主教 なあんで救世主を希求するの?神の栄光、叡智、恩寵、超越・・・言葉に酔うわね、悪酔い。 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 22:09  

> もせかたねANNEX−Ω   訪問者数:11847654(今日:1491/昨日:756)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 13:36 先負(辛未) 旧暦 4/18 月齢 17.3
>
> キリスト教=救世主教
>
> キリストの名にかくれてそのほんらいの意味が日本語ではわかりにくい
>
> 完全に毒されているね
>
> なあんで救世主を希求するの?
>
> 歴史的に奴隷社会、奴隷経済であったから

西欧の恥部

ゆえに西欧歴史家はこれに言及したがらない

しかし

西欧の伝統のおいては、古来、戦争で奴隷を獲得することこそがその経済基盤である

それは古代よりあの華やかなりしルネッサンス、大航海時代はもとより近現代まで強制あるいは自主労働など奴隷の名を換えてGoodのConcentrationCampsやGodのConcentrationCampsは連綿と続いている

奴隷獲得、労働力の確保、GoodのConcentrationCampsやGodのConcentrationCampsのためには戦争が必須である社会

> 形而上的にも神の奴隷であったから

その正当化のための仕掛けはまことに巧妙である

ルター派の神学者はもとより開明派のマクス・ウェーバーまでナチス協賛なんだからやんなちゃうよね

> ネットでの説明から
>
> キリストは、ヘブライ語のメシア( מ ש יח )のギリシア語訳 Χριστος (Khristos クリストス、フリストス [注 1] )からの、日本語における片仮名表記。
>
> メシア は、 ヘブライ語 のマシアハ( משיח )に由来し、「(油 を)塗られた者」の意。. 出エジプト記 には祭司が 、 サムエル記 下には王が 、その就任の際に油を塗られたことが書かれている。. 後にそれは理想的な統治をする為政者を意味するようになり、さらに神的な救済者を指すようになった。. メシアの ギリシャ語 訳がクリストス ( Χριστός )で、「 キリスト 」はその日本語的表記である 。. キリスト教徒 は ナザレのイエス がそのメシアであると考えている。. イエスをメシアとして認めた場合の呼称が イエス・キリスト である。
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> 神の栄光、叡智、恩寵、超越・・・言葉に酔うわね、悪酔い。

騙されてはいけません

反吐

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54915] キリスト教=救世主教 なあんで救世主を希求するの?神の栄光、叡智、恩寵、超越・・・言葉に酔うわね、悪酔い。 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 21:33  

もせかたねANNEX−Ω   訪問者数:11847654(今日:1491/昨日:756)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 13:36 先負(辛未) 旧暦 4/18 月齢 17.3

キリスト教=救世主教

キリストの名にかくれてそのほんらいの意味が日本語ではわかりにくい

完全に毒されているね

なあんで救世主を希求するの?

歴史的に奴隷社会、奴隷経済であったから

形而上的にも神の奴隷であったから


ネットでの説明から

キリストは、ヘブライ語のメシア( מ ש יח )のギリシア語訳 Χριστος (Khristos クリストス、フリストス [注 1] )からの、日本語における片仮名表記。

メシア は、 ヘブライ語 のマシアハ( משיח )に由来し、「(油 を)塗られた者」の意。. 出エジプト記 には祭司が 、 サムエル記 下には王が 、その就任の際に油を塗られたことが書かれている。. 後にそれは理想的な統治をする為政者を意味するようになり、さらに神的な救済者を指すようになった。. メシアの ギリシャ語 訳がクリストス ( Χριστός )で、「 キリスト 」はその日本語的表記である 。. キリスト教徒 は ナザレのイエス がそのメシアであると考えている。. イエスをメシアとして認めた場合の呼称が イエス・キリスト である。

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

神の栄光、叡智、恩寵、超越・・・言葉に酔うわね、悪酔い。

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54914] キリスト教の狂信的な「形而上的真理」が戦争といかによく結びつくかを、大東亜共栄圏への道を説く戦争推進者が巧みに語っているか、抹殺された「哲学」のアイロニーである 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 18:16  

はんちつねANNEX−Ω   訪問者数:11847833(今日:1670/昨日:756)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 12:05 先負(辛未) 旧暦 4/18 月齢 17.3

Ray Charles - Say no more
http://www.youtube.com/watch?v=CpTo-gwWRng

山河破れて国がありの恒例

高坂正顕「民族の哲学」岩波書店 昭和17年 定価1円80銭より飲用できぬ引用

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

p84
私は今、ドイツに於けるユダヤ人問題といふ如き、極めて政策的な問題に立入ることはできない。・・またアーリア人種、特にドイツ人の優秀性の神話にも触れる必要はない。

P151
本来の意味に於いて戦争と呼ばれ得るものは、ただ『絶対の権威』との関連においてのみ成立する。絶対の権威を主張する国家と国家が戦争するのである。‥互いに正義の戦であることが主張され、神の名に於いて戦はれるのである。それが何故であるかの形而上的な根拠は後に触れる。

p158
我々は形而上的世界を現実的世界の彼岸に求める如きことを、何よりも避けなければならない。それは形而上的なるものの対象化、客観化、実体化であり、形而上的世界そのものの否定に外ならないからである。形而上的世界は現実的世界の彼岸にあるのではなくして、むしろその中にあるのであり、その底にあるのである。形而上的真理は対象的に、永遠に妥当してゐる如きものではなくして、歴史的現実に於て実践的に『生起』するものなのである。それは『主体的』であると言ってよいであらう。・・それは現実的な客観的な地盤、歴史的地盤を必要とするのである。かかる客観的な地盤が裁ち裂かれて、それが同時に主体性を現じた時、そこに形而上的真理が生起してゐるのである。

p162
既に私は、歴史は戦争と共に始まること、また民族は戦争を通じて国家として自己を自覚することを、その歴史的真理として示した。・・歴史的真理は現在において『反復』されることによって、永遠化され、形而上的真理として現前するのである。・・・「人間団体の本質」・・「かくの如き神聖な時を・・」・・団体精神の力をまざまざと『直観』するだけではない。団体精神を単『外に』見るだけではない。重要なことは自己を国家の一員としてその根源から可能にすることことである。国家と自己とが言わば歴史の底から改めて誕生するのである。その時、国家存在と人間存在とは歴史的世界に於いて互いに、何としても疎外的ではあり得ない。・・・我と国家は別ではない。却って国家は、客観的精神、人倫的実体として、自己の疑うべからざる実体であり、真理であることを実証するのである。

もしその証拠をと言うならば、戦争における死の覚悟がわけても雄弁に語るであらう。日常的に生に於いては、我々が生命を有つのではなくして、生命が我々を有つのである。我々が生命の主人ではなくして、我々は多くの生命の奴隷であらう。しかし戦争に於いて一度死が覚悟せられた時はいかがであらう。その時この順序は逆転させらるのである。そして日常性は形而上性に高められる。我々は命を投げ出すことによって、改めて命を与えられるのである。我々の生命は国家の生命として再生する。それは殆ど宗教的な奇跡に類するであらう。・・・(以下連綿とキリスト教的死生観がつづく)

p169
戦争を通じて世界歴史の真理は展開される。最近西田先生は次のように語られた。「人は個人の魂の救済を、人類の罪の浄化と切り放して考えてはならないであらう。人間歴史は人類の魂の浄化である。かつてダンテは個人の魂のブルガトリオを描いた。しかし現在もし大詩人が現れたなら、彼は人類の魂の浄罪として世界歴史を歌うであらう、」と。戦争も人間歴史に於けるブルガトリオなのである。それによって人類の苦悩も浄化される。丁度悲劇が人間の苦悩をするとアリストテレスが語ったやうに。(完)

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

ここに引用したのは飲用すべきもんとしてではなく、古代ユダヤ教徒の一神教民族国家、それが地上にしろ天上にしろの形成過程の一端を示し、かつその後のキリスト教の狂信的な「形而上的真理」が戦争といかによく結びつくかを、大東亜共栄圏への道を説く戦争推進者が巧みに語っているか、抹殺された「哲学」のアイロニーである


やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54913] 山河破れて国があり 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 13:15  

ねはをもよANNEX−Ω   訪問者数:11847621(今日:1458/昨日:756) 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/18(Wed) 12:05 先負(辛未) 旧暦 4/18 月齢 17.3

防人の詩 ナターシャ・グジー / Sakimori no Uta by Nataliya Gudziy
http://www.youtube.com/watch?v=8dUOGXII_jk

山河破れて国があり

国破れて山河あり

とは、

戦争によって国が荒廃してしまったことを嘆くことば。また、人間の愚かな営みが、自然の前ではいかに無意味かを表すことば。

とあるが、国破れて山河ありはまんだまともで、もっとずっと愚かな人間の営みが、

山河破れて国があり

而して

この愚劣さの極みを現成させている国、神

妄想の神が連綿といろいろその創造の想像の像を千変万化させて造物主になり救世主になり帝王になり国になり奸僚になり入れ子構造のさまざまな共同体の組織、結社となり、物となり、金となり、資本となり労働者となり、奴隷となり・・まあ、際限がありません

プラトンのイデア、真善美が抽象的な非存在で、そういうもんで世を惑わせたソクラテスが毒杯をあおぐ

Oh My God

Oh My Goodness

GoodのConcentrationがGodなのか

GodのConcentrationがGoodなのか

具象たる人間、その人間が捕囚になり奴隷化されて

その怨恨より発した具象の人間、具象の神々が、どんどん抽象化される

人間各自の守護神が民族守護神となり人類普遍一神となり

山河万物の汎神が宇宙一神となり

人類普遍一神と宇宙一神が合一して全能一神教となる

人と神の具象から抽象へ

その抽象化の各段階でつねに並行具象の神人顕現を希求する脳みそ

救世主、キリスト、現人神

悲劇の歴史が反復される、なんど反復されても懲りない脳みそ

一方、その抽象を一挙に飛躍させて



この抽象の極みを具象の中途半端な脳みそは思いが及ばない

思いが及んでも実感できない、想像もできない、勿論創造もできない

Good 即 Bad

神即魔

ならばそういうもんを解脱する



無は「超越」ではない

「超越」においてはその超越するもの、主客があるのであるからして、あくまで相対世界の中途半端な脳みその不覚にしてConcentrationCampsの一

よのあらゆるものを一旦無として観る気づき



無への覚たる気づきさえあれば、世のもろもろの善悪栄光叡智位階貧富過剰欠乏GoodのConcentrationCampsやGodのConcentrationCamps等々にのめり込むこともなからうにの

哀れにして罪なやからぢゃ

そのよってきたる歴史的根源を訪ねてみても・・一体そこの根源を知ることにどんな意味があるのか

地の神が垂直的権力構造の階梯を昇り切って天上の神になったその始原

天上の神の座の栄光の初出、わかったわかった

終末論、ゾロアスターの終末論を古代ユダヤ教が取り入れた、わかった、わかった

天地創造から最後の審判、わかった、わかった

わかったところで、さしたる意味もない

地上の人間の我欲と嫉妬との賜物

畢竟、我欲と嫉妬とのConcentrationCamps



に死苦はない





やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54912] 希望と意欲ばかりが大きく為すことは小さい 罪を罪ともおもわぬ誇るべき教養、教育、躾、ハーバード神学部で栄光の神学教育の結果、concentration camp強制収容所が強制ではなく、栄光の収容所となったのかもしれぬ  投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/14(Sat) 23:58  

おをにたそANNEX−Ω   訪問者数:11842022(今日:1037/昨日:925)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/014(Sat) 23:04 大安(丁卯) 旧暦 4/14 月齢 13.3 大鬼誰そ

A DAY(E・Yazawa)
http://www.youtube.com/watch?v=fy3ZnWc__bs

発掘、発掘

[53839] これは絶対に避けうるものではない。Re:[53838] Both Sides Now Re:[53837] [53836] Time After TimeRe:[53834] City Lights 投稿者:梵@舌下の黙々 投稿日:2011/03/05(Sat) 09:41

とてへあかANNEX−Ω   訪問者数:2351474(今日:303/昨日:463)2011/03/05(Sat) 08:04

アポカリプス、アポカリプス、と呼ぶ声が・・・黙示録

で、さっそく、むっかしの蔵書を、階段のジテンシャを退けて取り出して持っておりてきて、ベッドで仰向けで、2003年以来の何度目の読書か?

現代人は愛しうるか−アポカリプス論− D.H.ロレンス 福田恒存訳 筑摩叢書47

p41
「人はひとりになったとき始めてクリスト教徒たりえ、仏教徒たりえ、またプラトン主義者たりうる。クリストや仏陀の像がこの事実を証明してゐるではないか。

他者と共になるとただちに差別が生じ、別々の水準が形づくられる、イエスも他人の前に出るやいなや、一貴族となり、また一人の師となった。仏陀はつねに王侯仏陀である。アッシジのフランチェスコは、彼もまた大いに謙虚ならんと努めながら、事実は弟子たちの上に絶対権力を振ふ微妙な手をこころえてゐた。・・・

さういふものなのだ!権力は厳として存在する、そしてこの事実は今後も永遠に絶えぬであらう。

人が二人三人と集まれば、殊にその際なにごとかを《為しとげよう》と欲するならば、その瞬間にただちに権力が介入しきたり、かならずそのうちの一人が指導者となり師となる。これは絶対に避けうるものではない。」


あなたへは化けてでるかもものの種

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その後現代人は愛しうるか−アポカリプス論− D.H.ロレンス 福田恒存訳 筑摩叢書47の引用が連綿とつづく

この本、夢でアポカリプス、アポカリプス、と呼ぶ声が・・・黙示録2011/03/05(Sat)以来ベニヤ板のベッドサイドにあって東日本大震災で崩れ落ちベッドサイドの自転車車輪衣服の山の崩壊の下かベッド下に埋もれて果て、連綿の引用も見れば龍と蛇のオンパレード

まさに黙示録、現実の大震災にうちつづく友人の死亡などの異変の数々の日々に読み込んだとみえて、11年振りに発掘してみれば、その余白余白の書き込みの記録にまさしく余震にして現震がある

天上の明かりが消え、電球差し替え40Wでは、古書の変色した神の文字も読みにくく老いて視力の劣化が激しい目ヤニと老臭の脂にまみれて見えるもんも見えずならば黙示録のつづきはつづきとして後日につづけるとして、その黙示録の終末論と救済の始原を訪ねる

大貫隆著「終末論の系譜ー初期ユダヤ教からグノーシスまで」筑摩書房2019年 

この3000年に喃々とする妄想の起源、これをこの5月1日に記そうとして躓いた

躓きから起き上がって、これも、ジョジョの消化、反 吐せぬように記さねばならない

希望と意欲ばかりが大きく為すことは小さい

concentration camp強制収容所へ、強制ではなく、進んでくるように奴隷どもをしつける、教育する、パイデイア

イェーガー「初期キリスト教とパイデイア」

罪を罪ともおもわぬ誇るべき教養、教育、躾、ハーバード神学部で栄光の神学教育の結果、concentration camp強制収容所が強制ではなく、栄光の収容所となったのかもしれぬ





やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54911] concentration camp強制収容所 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/14(Sat) 21:12  

きのねわむANNEX−Ω   訪問者数:11841676(今日:691/昨日:925)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/014(Sat) 20:28 大安(丁卯) 旧暦 4/14 月齢 13.3

Chantal Chamberland - What a Difference a Day Made
http://www.youtube.com/watch?v=mqokRsCibrY

だうも最近、躑躅が咲くころは物憂くやるべきことをやる気も萎えて、まして人との利害関係のやり取りなんざあ、まっぴら御免

利害がなくとも、なにを読もうが稀覯が、ああ、聴こうが、機構が2重構造に観えすぎてしまう

この歌もあの歌も、いちいちのコトバの裏裏に隠された裏の意味がある

「愛」に素直な愛ではのうて、神に対する「愛」が裏打ちされているがごとく

契約にしても証明、証しにしても、すべてかの蛇の思想小僧、ああ、思想構造のコトバなれば、コトバ、ロゴスの裏側に蛇の知恵にしてまやかし思想がほの隠れほの観える

ほのか

仄か

閑古鳥

ずいぶんと我が国の日本語もかの蛇に汚染され薫習されたものとみえて素直な言葉がすくなくなった

What a Difference a Day Made

これはこれでまことに様々なことに通じる

ロレンスの「現代人は愛しうるかーアポカリプス論」

ニーチェにもエマソンにも通じる

擬人化の人格神して蛇の思想構造の毒を喝破まではよい

而して

妄想の蛇神悪魔へ帰依せんで、その全能者、造物主が造り多も歌、ああ、造り賜うた自然、天然に消え、帰依する

帰依せんば、欠陥、障害者であるところの人間という生き物は安生できぬ

畢竟、自由がない

自由に堪えられぬ人間、自由からの逃走、ちう先入見

それが本来の人間なんだらうか?

だから、エマソンにしろニーチェにせいロレンスにせい

無神論と非難されつつ、無神論どころぢゃねえ、聖人の列に祀られるべき危篤にして奇特なキリスト教信者ぢゃと

神を殺し、神を否定しても、いつまでたっても神に中毒

神を捨てれば、神の代わりに自然を立て、神の代わりに国を建て、神の代わりに資本を立てる

おなじ、思想構造でね、おなじロゴスでね、言葉の皮相は変わっても、その骨格はおなじことだ

而して

こころのもちかたひとつでWhat a Difference a Day Madeも変わってしまう



なれば、もちろんも、妄想の神も自然も国も資本も、なにもない

なにもないことに耐えられぬ?

ふんぢゃらことも暗迷にの



concentration camp

強制収容所

そこここにある

はやい話が、妄想の「神」にしてconcentration campにして強制収容所にしてホロコーストぢゃねえか!

それを天上に仰ぎつつ、地上にconcentration campにして強制収容所にしてホロコーストを現成させる

古代以来いつの時代でも同じことをくりかえしている



そんな妄想の「神」にしてconcentration campにして強制収容所にしてホロコーストもロゴスも叡智も栄光も光も無

concentration camp

資本主義のconcentration campはどこにあるか?

自社株買い、そして償却

concentration campまさに集めまくって焼却する

生存圏、産めよ増やせよ、生存危機

刷れよ、増やせよと、財務破綻

生存危機を乗り超えるべく、民族の栄光を賭けて他民族の虐殺ホロコースト

財務破綻を乗り超えるべく、自国通貨の栄光を賭けて他国通貨の虐殺ホロコースト

おなじことを枝葉の材料、言葉を換えて、繰り返すだけ

他化した妄想の擬人化神さまの栄光のもと、ここかしこの誰も彼もがconcentration campに送られホロコーストを待っている

ほら、ほら、あんたの役所、あんたの会社、あんたの犬舎、ああ、結社、あんたのお国

みんなおなじようなもんでせう?

そういうもんが観えんのかね?






やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54910] 畢竟、あの蛇の思想構造、他化して垂直なる、魔境の預言者、妄想の神の「栄光」「叡智」「人間の奴隷化」「自由からの逃走」「ホロコースト」「ポグロム 」を背骨となしつつ、その皮相の枝葉において「自由主義」「民主主義」「社会主義」「共産主義」「資本主義」「共同体」「政治」「宗教」「哲学」「思想」「解体構築」うんぬんの葉っぱが繁茂するばかりで、さういうもんが繁茂したところで人間が「救われる」わけもなく「救世主」が来るわけでもない 畢竟 無 に詩句は無し 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/14(Sat) 14:53  

ほにてねむANNEX−Ω   訪問者数:11841365(今日:380/昨日:925)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/014(Sat) 14:13 大安(丁卯) 旧暦 4/14 月齢 13.3

Ray Charles - Good Love Gone Bad
http://www.youtube.com/watch?v=ly6ch4Q0JCQ

この曲も、まあ、ユダヤ教の選民からキリストの「愛」への転換、そしてその「愛」が”Good Love Gone Bad”になり果てる世界、世界史的な歌と観れば、またそれなりの味わいもある。

しばらく、黙しておるうちに、鶯は去り、産土の杜の木々は剪定され、すらっと天空に伸びてその頂上にひこばえめいた茂みが球状をなし百千鳥が群がって囀っていた球状もの茂みもばっさり斬られて地上に落下するに危険を避けるため、地上と樹上の植木職人が綱を渡して落下木を縛って天上より地上に衝撃もなく引き下ろす日々を目撃しつつ

その合間合間に低木の枝々も剪定伐採されて、腕を失った幹がくねり曲がった幹を晒して立っている、慧可断臂ならぬ断臂された千手観音めいて、一句になすも、一句にならぬ

ああ、無残、無残、とtvに目をやればヒトラーさながらのロゴスのプロパ癌だ、プロパガン仇、ああ、プロパガンダ、言葉がいかように「愛」を訴えようが、そこには、「聖なる」「正義」「栄光」へのプロパン癌仇、ポロパン癌だ、うむ、プロパガンダが満ち溢れ

剪定せねば木々の命も短かかれ、いやさ、剪定せねば人間社会文化文明にとっては目障り危険と剪定に剪定を重ね、杜の木々さながらに、人間も剪定に剪定されて、まさに選定に選定されて、あちこちに「収容所」ができてホロコースト、この原義は燔祭、供犠に「聖なる」動物を「神」のお気に召す殺し方で殺し、焼き方で焼いて捧げる、あの教義そのままの供犠が、古来以来いまだにこの21世紀でも行われ、それをかのロシアプーチンの蛮行として報道批評するマスコミの愚劣さに辟易して、その「収容所」は、いま、ここ、そこ、西側諸国、西欧亜米利加日本にだってあるんだ、という反省もなく、ロシア、中国、あるは、ミャンマー、その他の国々への批判を繰り返したところで、その根源にある「愛」キリスト教の「愛」に衣替えする以前の「選民」思想、まさに「賤民」思想の裏返しの「選民」にして「愛」のなせる業であるところへの気づきもない、まさに辟易の日々

如何にすんべえか?

としばらく書き込みも自粛して、屋内のあっちゃこっちゃ、屋外のあっちゃこっちゃからから、だうもこの思想構造の思い込み、先入見の由来を尋ねて、100冊に喃々とする誰彼の言説に目を通すも、大したもんには出会わず、差し詰めちょっとは引っかかってはいるもんの、畢竟、あの蛇の思想構造、他化して垂直なる、魔境の預言者、妄想の神の「栄光」「叡智」「人間の奴隷化」「自由からの逃走」「ホロコースト」「ポグロム 」を背骨となしつつ、その皮相の枝葉において「自由主義」「民主主義」「社会主義」「共産主義」「資本主義」「共同体」「政治」「宗教」「哲学」「思想」「解体構築」うんぬんの葉っぱが繁茂するばかりで、さういうもんが繁茂したところで人間が「救われる」わけもなく「救世主」が来るわけでもない

畢竟



に詩句は無し


やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54909] 神の原罪にご用心 大惨事世界大戦 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/01(Sun) 20:57  

はうこゆまANNEX−Ω   訪問者数:11826336(今日:650/昨日:1774)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/01(Sun) 20:10

Tony Bennett, Amy Winehouse - Body and Soul (from Duets II: The Great Performances)
http://www.youtube.com/watch?v=_OFMkCeP6ok

俳句と歴史は深読み禁止とか

さうだらうか?

眼光底抜けで徹さんと見えるもんも観えてこぬ

皮相だけおっかける現象学徒君らのように皮相を云々してもその底に潜むもんを暴きださねば愚行を繰り返すばっかだ馬鹿。


村瀬興雄著「ドイツ現代史」東京大学出版会 初版1954年第9冊1970年のあとがきに曰く

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ヴェルメイユEdmond Vermeilはいう。神聖ローマ帝国の昔から、ドイツ人は宗教的かつ政治的な国民共同体をつくって世界を征服し、偉大な王侯の下でゲルマン民族を統合しようと望んでいた。この願望はハンザ同盟が、北海からバルチック海を支配するにおよんでさらに拡大し、ドイツ騎士団やプロイセンによる東方征服によってまたまた強化された。ドイツ市民階級のイデオロギーとしての神秘主義や敬虔主義、そして人文主義や宗教改革すらが、きまってドイツ民族の特殊な民族的性格や使命を強調していた。マルチン・ルターはドイツの民族的英雄に仕立てあげられたが、彼はドイツ国民をローマ教会から解放すると同時に西欧の宗教改革からも解放した。すなわちルターは、ツヴィングリとカルヴァンの民主的な社会理想と個人主義に反対し、またエラスムスの寛容と国際主義にも反対して、少数の支配者(エリートであるドイツ人貴族)とそれに従属すべき大衆という教義を確立した。ルターの宗教改革こそ将来のドイツ国民の基礎をおいたものであり、ルター教会に立脚するプロイセン国家は典型的な軍事主義国家となって、西欧文明とは対立する攻撃的な侵略的専制国家を確立した。フリードリッヒ大王が国民的な英雄とたたえられるのはかかる意味においてである。プロイセンはスラヴ民族を征服しつつ強国としての地位を築いた。

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初っ端のでだしはユンカー論ばっかでつまらんけん、枕元に長年ほっぽらかし

同様にドストエフスキー悪霊第1巻が枕下に沈下して行方不明

それにしても、よみすすめれば、恐ろしい

過去連綿とそれこそ創世記の蛇以来のあの神即悪魔蛇の思想が連綿と歴史上に浮き出てくる

ドイツはワイマール共和国以前から、世界制覇、ゲルマン選民思想をいだいておって、第1次大戦、第2次大戦ナチスヒトラーまで一貫した選民民族主義で、ユダヤ人をポーランド追いやる、果てはポーランドもウクライナ(小ロシア)もベラルーシ(白ロシア)もロシア本体(レニングラード、モスクワの大ロシア)とその後背地のシベリアまでも狙ってゲルマン世界国家を目指し、そのためにはゲルマン人より多いスラブ人をそれこそユダヤ人虐殺の比ではない大量虐殺3100万人くわえてシベリア追放、ゲルマン同化の目論見、民族の程度によっては虐殺、追放、同化の割合も異なるが、周辺民族に対して恐ろしい企みを一貫してもっておったとか、戦後の裁判でつぎつぎに明らかになる

西ドイツは、必死で、ヒトラー一人の仕業にしようとし、西欧各国はひたすらにドイツ一国の仕業としようとし、西欧歴史家は、自分の背骨であるキリスト教的蛇の一神教の権威主義、国家主義、民族主義、聖なる帝王、聖なる官僚主義、聖なる経済主義、聖なる社会主義、聖なる共産主義、聖なる結社主義の非には、口を閉ざす

口を閉ざす、というか、西欧的には「無」を理解できないように、自らの思想の背骨、己自身を理解できない、なぜならばすべてを他化してしか考えることができないから

この第1次、第2次、もっかの第3次大惨事の火種が自分自身の思想的歴史にあることに気が付かない

それを論じる、本邦の歴史学者の村瀬も、思想の皮相までは言及するが、そこで遠慮して、思想の深みまでは論じない

論じれば全西欧のみならず、あのアダム蛇、アブラハムに由来するユダヤ、キリスト、イスラームの一神教世界の心象を悪くして敵に回しかねぬから

この姿勢は、まさに、大拙や井筒にも通じるのね

はっきりいっちゃえばいいのにいえぬ

いったらぶち壊しだ

でもいわねばいかんことはいわねばいかん

それがひととしての良心だんべ

創世記のものがたりはこどもでもわかるまやかし

全能にして造物主の神が、なんで禁止ばかりするのよ?

ありえません!

アダムにリンゴをたべるなと禁止する

ぢゃあ、神は全能にして造物主なんだから、もともと食うことを禁止するリンゴなんぞ、そんな知恵の実なんぞをつくらなければよろしい

さらに、なんで蛇がアダムにリンゴを食べるようにそそのかすのよ?

全能にして造物主の神なんだから、そんなことを蛇にいわせぬ、あるいは、蛇をつくらなければよろしい、アダムにリンゴを喰わせぬことだってできるはずだ

それを全能にして造物主の神は、リンゴも蛇もつくって、さらにはアダムにリンゴを喰わせぬことも可能な全能の神にしてアダムにリンゴを食わる

アダムの原罪

人間の原罪

ふざけんぢゃねえよ

神の原罪

すっかす、そういう神を妄想して造り上げそれに中毒してしまった人間の原罪

蛇の胴胴巡りが始まる

全ては他化して、垂直にして、堂々巡りの神学的思想構造




この蛇の知恵、思想、そういう思想構造が連綿と現代まんで薫習している

蛇の知恵構造は天上の一神の栄光、叡智から人間の原罪、奴隷化から始まり

神聖皇帝、帝国主義、共産主義、官僚主義、国家主義、民族主義、労働組合・・・

まあ、ありとあらゆる、社会構造の思想骨格をなしておる

その蛇の知恵構造の骨格から派生した尾鰭が、神になったり、帝王、物、金、労働者、奴隷、人民とか千変万化するが、畢竟、思想構造骨格はおなじ蛇の知恵

垂直的差別の権力統治構造

これらが、人間の疎外を生み、戦争を生み、社会の膿を生み、いまやそっこらぢゅう膿だらけだ

その恐ろしい膿だらけの構造は、なぬも西欧だけではあらへんで、西欧的蛇の知恵たるキリスト教、精神的征服をを第一回は払いのけた日本、中国ですら、第2回目にはその科学技術の軍事力に目がくらみ軍事体制、官僚体制もろともに取り入れ、その弊害に苦しんでおる、苦しんで居るのは人民庶民であって、聖なる奸僚諸君は祀り上げられて超法規的違法を平気で繰り返す

ウクライナ露西亜戦争は、さんざん、西欧に浸食され続けてきたロシアの怨念でもあり、かつまた、キリスト教の一派たるロシア正教的聖なる栄光と民族主義、国家主義、奴隷主義の賜物であるからして、これを治めることは難しい

下手をするとまた西欧発の大惨事、ああ、もう大惨事になってはおるが、こちらにも容易に飛び火する第3次世界大戦にならんとも限らぬ

神の原罪にご用心






やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54908] その根底にはヒトラーやドイツ国家やばかりではない、近現代の経済、政治ばかりではない、古来からの蛇の思想骨格、他化した神を「聖なるもの」と崇め奉って、終末論、救世主、栄光、叡智、恩寵、光の妄想のなしたる業であらうね その悪魔的光の最たるもんは、かの我が国へ落とされた広島、長崎、原爆二発、東京焼夷弾焼尽 もっかのウクライナの無人ミサイル、すべてリモコン核戦争も予断をゆるさない Re:[54907] 西欧蛇の思想に覚者はおらぬ これは、文化的差異? あはは 文化的差異ではのうて、人間的境位の差異 蛇の思想に捕り憑かれてはどこまでいっても無がわからないRe:[54906] 蛇の知恵構造の骨格から派生した尾鰭が、神になったり、帝王、物、金、労働者、奴隷、人民とか千変万化するが、畢竟、思想構造骨格はおなじ蛇の知恵 垂直的差別の権力統治構造 これらが、人間の疎外を生み、戦争を生み、社会の膿を生み、いまやそっこらぢゅう膿だらけだ 孤独死 生存証明無Re:[54905] 無題 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/01(Sun) 12:51  

> > ろちくにすANNEX−Ω   訪問者数:11825934(今日:248/昨日:1774)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/01(Sun) 06:52 仏滅(甲寅) 旧暦 4/1 月齢 0.3 新月 朔
> >
> > うぐいすの声で目覚めてよき日かな
> >
> > > ひんはけわANNEX−Ω   訪問者数:11825392(今日:1480/昨日:985)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/30(Sat) 18:46 友引(癸丑) 旧暦 3/30 月齢 28.9
> > >
> > > 生存証明
> > >
> > > 無
>
> 寺山旦中
>
> これもむっかし書いた記憶があるが・・
>
> 原宿の福沢さんちで香道
>
> 三幅の無の書を垂らして
>
> 寺山旦中曰く、みなさん、それぞれどれをお好みですか?
>
> それぞに味わいがたっぷりあってどれともいいがたい
>
> 左の一は直截にして勢いの味わい、
>
> 中の一は潤筆にして雄渾な味わい
>
> 右の一は渇筆にして詫錆の味わい
>
> 某は、もうたっぷりしてふくよかな無の書を選び
>
> ひとめぐりそれぞれが選んで、寺山旦中が明かすに
>
> 左は寺山旦中・・潤渇の妙
>
> 中は白隠・・潤筆の妙
>
> 右は山本玄峰・・渇筆の妙
>
> 某は潤筆の白隠を選んでしまったのだ
>
> そうか
>
> して、白隠、某書によれば、無の覚者にしてその大悟の時に欣喜雀躍したとか
>
> うそ、臭いね
>
> 大悟して欣喜雀躍するとか、ありえぬ
>
> 無を覚すれば、歓喜の毎日
>
> うそ、臭いね
>
> でも、その嘘くさいこというもんのいちいちの言説のおおかたにおいてはよしとなす
>
> よしと茄子?
>
> 自然農法の福岡正信著「無の哲学」春秋社、1985年 2600円ゾッキ100円、書棚から出てきた
>
> 曰く、覚者は西欧にはおらぬ、なべて盲者
>
> おなじようなことは、大拙もいっておる
>
> ただし、大拙は奥さんも西欧人?で、エラノスあたりで西欧蛇文化とも交わらなけらばならぬ、
>
> その立場は井筒にしても同じ
>
> 東西の架け橋
>
> 覚者は西欧にはおらぬと、エラノスや西欧各地の公園=講演でいうわけにもいくまい、東西架け橋を自任するんであれば
>
> 自任ならぬ辞任
>
> そんなことにめもくれぬ「立場」ならば遠慮なく、いえる、
>
> 西欧蛇の思想に覚者はおらぬ
>
> これは、文化的差異?
>
> あはは
>
> 文化的差異ではのうて、人間的境位の差異
>
> 蛇の思想に捕り憑かれてはどこまでいっても無がわからない
>
> 他化して主客分裂して、堂々巡りの蛇の存在論に憑依されきって目覚めぬ不覚者
>
> オットーの「聖なるもの」は1917年出版
>
> 第1次大戦がおわり、独逸の紺頼=混迷でナチスの台頭
>
> オットーはルター系の神学で、そのルターはカトリックの免罪符のまやかしへの反逆で宗教改革を引き起こしておきながら
>
> そのルターが宗教改革をまた否定して人民信者の隷属化を唱え帝政の準備をなした張本人である

と喝破したのはトインビーでなく

村瀬興雄著「ドイツ現代史」東京大学出版会 1954年 曰く

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ヴェルメイユEdmond Vermeilはいう。神聖ローマ帝国の昔から、ドイツ人は宗教的かつ政治的な国民共同体をつくって世界を征服し、偉大な王侯の下でゲルマン民族を統合しようと望んでいた。この願望はハンザ同盟が、北海からバルチック海を支配するにおよんでさらに拡大し、ドイツ騎士団やプロイセンによる東方征服によってまたまた強化された。ドイツ市民階級のイデオロギーとしての神秘主義や敬虔主義、そして人文主義や宗教改革すらが、きまってドイツ民族の特殊な民族的性格や使命を強調していた。マルチン・ルターはドイツの民族的英雄に仕立てあげられたが、彼はドイツ国民をローマ教会から解放すると同時に西欧の宗教改革からも解放した。すなわちルターは、ツヴィングリとカルヴァンの民主的な社会理想と個人主義に反対し、またエラスムスの寛容と国際主義にも反対して、少数の支配者(エリートであるドイツ人貴族)とそれに従属すべき大衆という教義を確立した。ルターの宗教改革こそ将来のドイツ国民の基礎をおいたものであり、ルター教会に立脚するプロイセン国家は典型的な軍事主義国家となって、西欧文明とは対立する攻撃的な侵略的専制国家を確立した。フリードリッヒ大王が国民的な英雄とたたえられるのはかかる意味においてである。プロイセンはスラヴ民族を征服しつつ強国としての地位を築いた。

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並行して読んでいると混乱を来すのね

ところで、トインビーも、宗教的な側面を鋭く抉っていて、A.J.トインビー「世界と西欧」吉田健一訳、教養文庫249 昭和34年(1959年)の冒頭の「ロシアと西欧」も目下のウクライナ・ロシア戦争を観る視点の参考に大いになるが、次章の「マホメット教団と西欧」においては・・

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共産主義はキリスト教の異端の一種であるとのべたが、マホメット教についても同じことがいえる。共産主義と同様に、マホメット教も当時のキリスト教にみられる弊害を除くことを目的としておこったのである。そして初期のマホメット教がおさめた成功はは、改革を標榜する異端思想が、その思想の批判にあった正統派側が弊風を改めようとしなとき、どんなに強く人間の心をゆすぶるものかを示している。

7世紀に、アラビアのマホメット教徒はシリアから北アフリカ、スペインに至るまでの一連の国々をキリスト教とギリシャ・ローマの文化支の影響から解放して・・11〜16世紀インドのほとんど全部を征服、インドネシア、支那、熱帯アフリカまでひろがっていった。

ロシアは中世期の後期に、一時韃靼人の支配下にあったことがあり、この韃靼人がマホメット教に改宗して、小アジアや東南ヨーロッパの、ギリシャ正教を奉じていた残りの国々も、14,15世紀にマホメット教徒であるトルコ人に征服された・・・

1912年にはイタリーの北端の対岸であるアドリア海の東海岸に、まだトルコの国旗が翻っていたことを忘れてはならない。

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> と喝破したトインビーは1950年代ごろまでは持て囃され、60年代にはその宗教的歴史観への反発もあって急速にしぼみ、世間学会から排除された
>
> A.J.トインビー「世界と西欧」吉田健一訳、教養文庫249 昭和34年
>
> 吉田の訳は日本語としてややおかしいところも多々あり、またトインビーが第三文明を提唱し、それに池田大作創価学会が大枚な金をだして、第三文明社をつくった災いなんぞもあるが、
>
> もっかのウクライナ、ロシア戦争に皮相の現象学的地政学、兵器論、経済ばかりに目を奪われず、その宗教的、思想的、蛇の思想の骨格を観るには、格好の視点を提供してくれる

まさに世界の火薬庫、火種の宗教的根深さ、文明的根深さ、一般庶民がそれとは感じぬ思想的根深さを喝破してあまりある。

そういえば、マクニールの「世界史」でも、イスラムがスーフィー(神秘主義)の全盛時代にイスラム帝国の全盛時代を迎えたとあったのが、印象的。

神秘主義いやな言葉だが、それはまたにして・・

もんだいのナチス、世界の火種、

そういうもんを戦後まもなく、ヒトラー個人やドイツ一国とかへ責任を帰す議論が蔓延していたが、そのなかでも、その宗教的、思想的な根深さを指摘したものは、まもなく排除されたようだ。

問題はヒトラー個人やドイツ一国とかへの責任にしても、そこで打ち切ってはいかん

その個人や国家のその根底、その宗教、思想、主義の根底、そこを暴かねばいくらでも、同じことが起こる

その根底にはヒトラーやドイツ国家やばかりではない、近現代の経済、政治ばかりではない、古来からの蛇の思想骨格、他化した神を「聖なるもの」と崇め奉って、終末論、救世主、栄光、叡智、恩寵、光の妄想のなしたる業であらうね

その悪魔的光の最たるもんは、かの我が国へ落とされた広島、長崎、原爆二発、東京焼夷弾焼尽

もっかのウクライナの無人ミサイル、すべてリモコン核戦争も予断をゆるさない


> オットーにもどれば、預言者のあの・・
>
> そう、あの隠し画のなかの隠れ家オットー「聖なるもの」岩波文庫 青811-1 1968年
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> 「無」も「空」も、事実、「絶対他者」のヌウメン的表意文字である。
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> ばばかばしい
>
> とわらってはいけません
>
> 本人らは本気なんですから
>
> この本気さの恐ろしさの最期に逝きつく歴史上また目下の世界情勢は先にもうしあげましたが、この名著といわれる「聖なるもの」の最期に逝きつくとこうあります
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> 一般的素質というのは、「内的における霊の証明」なる形式の「霊」である。
>
> ・・・さらに高い能力と段階とは、預言者である。すなわち霊をば「内部からの声」の能力として、聴覚の能力として、かつ両者を通じ宗教的想像力として所持している者である。
>
> この預言者の段階の上に、なお高い第三の段階が考えられ期待される、・・・、それは一方霊を溢るゝばかり所持すると共に、他方自らの人格と業績とにおいて、出現せる聖なるもの預覚の対象となるような人の段階である。
>
> このような人は預言者以上である。−−−−−彼は御子である。(完)
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> ここに至るまでオットーは徹底的に(擬)人格宗教たるキリスト教を、他の宗教、汎神論、理神論にたいする優越を主張し、かつ人間を徹底的に被造物、罪深きもの、として貶める言説を繰り返す一方で、「聖なるもの」をさらに聖なるものに仕上げるための「荘厳」「戦慄」「絶対」「超越」で飾りまくる
>
> そりゃ、そうだ、もともとが、人間を徹底的に「絶対者」「超越者」の従属物にするには、貶め貶め、「絶対者」「超越者」を絶対に手の届かないものに仕上げなければならない
>
> 奴隷は「おののき」「戦慄」を、自主的「服従」をもって、「絶対者」「超越者」へ反抗しないようにしつけなければならない、狡猾なる悪魔的犯行
>
> この蛇の思想骨格は、古来創世記より発して、ルッターで、オットーで強化されナチスや現今のロシア・ウクライナ戦争までつづいている
>
>
> ついでに云えば、世界宗教、世界国家の思想も第2次世界大戦の後の急速にでて畢竟、トインビーも歴史の子であるが、その世界宗教、世界国家の蛇の思想の骨格も古来よりある
>
> 大拙も井筒も、そういう時代にあって、世界宗教、世界国家の幻想を抱いた、いやさ、幻想にして貴い志向をもっていた、その志向の破片が、その言説の、行動の随所に散見され
>
> ゆえに、無を無として、世界、西欧に提示できない
>
> 内向きには、「無」を云うが、外向きには「超越」となし、この無をわからぬオットー的盲者へのやさしい解説をしたんであらうがね
>
> オットーにせい、だれにせい、外なるものばかりではなく、内なるものをも認めている
>
> といっても、所詮は外の他化した神があって、もしくは他化した神を優先して、当方の東方思想も認めざるをえなくなって、内なる悟りをいぶしぶみとめる
>
> さういう風情は、まさにマルクス史観と軌を一にする、てめえの妄信を進化の最先端となしたあの進化論、そのもとにある全能にして造物主の神様の選民思想の毒があらわであって
>
> 時の始めから連綿として終末に向かう、最後の審判、救世主の毒がいつの時代にも蔓延して、その毒もまた今現在の其処此処で猛毒を振っている
>
> 人間疎外を起こした蛇の宗教が、蛇の哲学、蛇の統治、蛇の拝金主義、蛇の奴隷思想、蛇の排除思想となって、東西古今を問わず、人間を毒しつづけ、危機のつぐまた危機の連続
>
> 危機や人間疎外を論じるに、蛇の思想構造の骨格、深部を論ぜすして、その皮相ばかりを名で舞わす、撫で回す、哲学、神学、宗教
>
> いいかげんに目を覚ませ
>
> 無
>
> でも、無では、偉くもなれません、お金も儲かりません、お国も社会も人も生きていけません
>
> > 永遠に目覚めぬひともいる
> >
> > 涅槃に入ったひともいる
> >
> > 新聞が受けに10日分もたまっていて配達人が警察に
> >
> > 孤独死
> >
> > さういう時代
> >
> > 孤独死予備軍が増殖
> >
> > 無
> >
> > 万感をもって万巻の書
> >
> > 無
> >
> > 薫薫、臭臭
> >
> > 食えるか食えぬか
> >
> > 食えぬもんが圧倒的
> >
> > 毒
> >
> > 毒もろともに思想を食らう
> >
> > なぬも、思想を食らうこともない
> >
> > ようは気づき
> >
> > 覚
> >
> > 一悟
> >
> > 一声一語一期一会
> >
> > これに気づくか気づかぬか
> >
> > 変奏曲
> >
> > 葬送曲
> >
> > 蛇の宗教の蛇の思想が拡がって蛇の変奏曲が葬送曲
> >
> > 鼻から矛盾だらけだ
> >
> > 合理的に考えてはいけんません、非合理なんです、信じることです
> >
> > 即非
> >
> > だからといって、創世記のものがたりはこどもでもわかるまやかし
> >
> > 全能にして造物主の神が、なんで禁止ばかりするのよ?
> >
> > ありえません!
> >
> > アダムにリンゴをたべるなと禁止する
> >
> > ぢゃあ、神は全能にして造物主なんだから、もともと食うことを禁止するリンゴなんぞ、そんな知恵の実なんぞをつくらなければよろしい
> >
> > さらに、なんで蛇がアダムにリンゴを食べるようにそそのかすのよ?
> >
> > 全能にして造物主の神なんだから、そんなことを蛇にいわせぬ、あるいは、蛇をつくらなければよろしい、アダムにリンゴを喰わせぬことだってできるはずだ
> >
> > それを全能にして造物主の神は、リンゴも蛇もつくって、さらにはアダムにリンゴを喰わせぬことも可能な全能の神にしてアダムにリンゴを食わる
> >
> > アダムの原罪
> >
> > 人間の原罪
> >
> > ふざけんぢゃねえよ
> >
> > 神の原罪
> >
> > すっかす、そういう神を妄想して造り上げそれに中毒してしまった人間の原罪
> >
> > 蛇の胴胴巡りが始まる
> >
> > 全ては他化して、垂直にして、堂々巡りの神学的思想構造
> >
> > ばかばかしい限りでも、それに薫習されきった哲学、粗相、ああ、思想
> >
> > だから、西欧哲学思想に中毒した本邦の哲学者も神の定言命令を頻発
> >
> > 西田幾多郎の「哲学の根本問題」岩波書店 昭和8年、昭和15年第10刷定価80銭
> >
> > 毎ページ「ねばならない」の連続で埋め尽くされていて、いったいこのお馬鹿さんはなぬをいっておるんか?
> >
> > 日本語もでけんのんか?
> >
> > 田辺元の「哲学通論」80銭もにたようなもんだ、最近の「死の哲学」したところで、やれハイデッガーだ、だれそれだとうるさいこと限りない
> >
> > 訳に立たぬ、役に立たんね、喰えんね
> >
> > もうめちゃくくちゃで、西田なんぞ大拙がおらんけりゃ、あの長々しいお経
> >
> > 絶対矛盾的自己同一
> >
> > さえでてこんで、西欧蛇のエピゴーネンで終わったんぢゃねえの
> >
> > 即非
> >
> > これのほうが、西田のながったらしいもんよりよほどまともだ
> >
> > ぐだぐだながながやって、ないようのない蛇
> >
> > この蛇の知恵、思想、そういう思想構造が連綿と現代まんで薫習している
> >
> > 蛇の知恵構造は天上の一神の栄光、叡智から人間の原罪、奴隷化から始まり
> >
> > 神聖皇帝、帝国主義、共産主義、官僚主義、国家主義、民族主義、労働組合・・・
> >
> > まあ、ありとあらゆる、社会構造の思想骨格をなしておる
> >
> > その蛇の知恵構造の骨格から派生した尾鰭が、神になったり、帝王、物、金、労働者、奴隷、人民とか千変万化するが、畢竟、思想構造骨格はおなじ蛇の知恵
> >
> > 垂直的差別の権力統治構造
> >
> > これらが、人間の疎外を生み、戦争を生み、社会の膿を生み、いまやそっこらぢゅう膿だらけだ
> >
> > 孤独死
> >
> > 生存証明無
> >
> > それを処理するNPO法人
> >
> > なんでNPOなの?
> >
> > それこそPoliticalな問題なのに蛇の行政においては、NonPoliticalなのね
> >
> > リンゴを
>
> リンゴを食って知恵をつけたら、その知恵でもって、妄想の神を亡き者にして、神は死んでも蛇の思想の骨格構造はのこっている
>
> その蛇の思想骨格もろともに神も蛇も思想も、無
>
> に「しなけらばいけない」
>
>

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54907] 西欧蛇の思想に覚者はおらぬ これは、文化的差異? あはは 文化的差異ではのうて、人間的境位の差異 蛇の思想に捕り憑かれてはどこまでいっても無がわからないRe:[54906] 蛇の知恵構造の骨格から派生した尾鰭が、神になったり、帝王、物、金、労働者、奴隷、人民とか千変万化するが、畢竟、思想構造骨格はおなじ蛇の知恵 垂直的差別の権力統治構造 これらが、人間の疎外を生み、戦争を生み、社会の膿を生み、いまやそっこらぢゅう膿だらけだ 孤独死 生存証明無Re:[54905] 無題 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/01(Sun) 10:18  

> ろちくにすANNEX−Ω   訪問者数:11825934(今日:248/昨日:1774)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/01(Sun) 06:52 仏滅(甲寅) 旧暦 4/1 月齢 0.3 新月 朔
>
> うぐいすの声で目覚めてよき日かな
>
> > ひんはけわANNEX−Ω   訪問者数:11825392(今日:1480/昨日:985)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/30(Sat) 18:46 友引(癸丑) 旧暦 3/30 月齢 28.9
> >
> > 生存証明
> >
> > 無

寺山旦中

これもむっかし書いた記憶があるが・・

原宿の福沢さんちで香道

三幅の無の書を垂らして

寺山旦中曰く、みなさん、それぞれどれをお好みですか?

それぞに味わいがたっぷりあってどれともいいがたい

左の一は直截にして勢いの味わい、

中の一は潤筆にして雄渾な味わい

右の一は渇筆にして詫錆の味わい

某は、もうたっぷりしてふくよかな無の書を選び

ひとめぐりそれぞれが選んで、寺山旦中が明かすに

左は寺山旦中・・潤渇の妙

中は白隠・・潤筆の妙

右は山本玄峰・・渇筆の妙

某は潤筆の白隠を選んでしまったのだ

そうか

して、白隠、某書によれば、無の覚者にしてその大悟の時に欣喜雀躍したとか

うそ、臭いね

大悟して欣喜雀躍するとか、ありえぬ

無を覚すれば、歓喜の毎日

うそ、臭いね

でも、その嘘くさいこというもんのいちいちの言説のおおかたにおいてはよしとなす

よしと茄子?

自然農法の福岡正信著「無の哲学」春秋社、1985年 2600円ゾッキ100円、書棚から出てきた

曰く、覚者は西欧にはおらぬ、なべて盲者

おなじようなことは、大拙もいっておる

ただし、大拙は奥さんも西欧人?で、エラノスあたりで西欧蛇文化とも交わらなけらばならぬ、

その立場は井筒にしても同じ

東西の架け橋

覚者は西欧にはおらぬと、エラノスや西欧各地の公園でいうわけにもいくまい、東西架け橋を自任するんであれば

自任ならぬ辞任

そんなことにめもくれぬ「立場」ならば遠慮なく、いえる、

西欧蛇の思想に覚者はおらぬ

これは、文化的差異?

あはは

文化的差異ではのうて、人間的境位の差異

蛇の思想に捕り憑かれてはどこまでいっても無がわからない

他化して主客分裂して、堂々巡りの蛇の存在論に憑依されきって目覚めぬ不覚者

オットーの「聖なるもの」は1917年出版

第1次大戦がおわり、独逸の紺頼でナチスの台頭

オットーはルター系の神学で、そのルターはカトリックの免罪符のまやかしへの反逆で宗教改革を引き起こしておきながら

そのルターが宗教改革をまた否定して人民信者の隷属化を唱え帝政の準備をなした張本人である

と喝破したトインビーは1950年代ごろまでは持て囃され、60年代にはその宗教的歴史観への反発もあって急速にしぼみ、世間学会から排除された

A.J.トインビー「世界と西欧」吉田健一訳、教養文庫249 昭和34年

吉田の訳は日本語としてややおかしいところも多々あり、またトインビーが第三文明を提唱し、それに池田大作創価学会が大枚な金をだして、第三文明社をつくった災いなんぞもあるが、

もっかのウクライナ、ロシア戦争に皮相の現象学的地政学、兵器論、経済ばかりに目を奪われず、その宗教的、思想的、蛇の思想の骨格を観るには、格好の視点を提供してくれる

オットーにもどれば、預言者のあの・・

そう、あの隠し画のなかの隠れ家オットー「聖なるもの」岩波文庫 青811-1 1968年

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

「無」も「空」も、事実、「絶対他者」のヌウメン的表意文字である。

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

ばばかばしい

とわらってはいけません

本人らは本気なんですから

この本気さの恐ろしさの最期に逝きつく歴史上また目下の世界情勢は先にもうしあげましたが、この名著といわれる「聖なるもの」の最期に逝きつくとこうあります

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

一般的素質というのは、「内的における霊の証明」なる形式の「霊」である。

・・・さらに高い能力と段階とは、預言者である。すなわち霊をば「内部からの声」の能力として、聴覚の能力として、かつ両者を通じ宗教的想像力として所持している者である。

この預言者の段階の上に、なお高い第三の段階が考えられ期待される、・・・、それは一方霊を溢るゝばかり所持すると共に、他方自らの人格と業績とにおいて、出現せる聖なるもの預覚の対象となるような人の段階である。

このような人は預言者以上である。−−−−−彼は御子である。(完)

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

ここに至るまでオットーは徹底的に(擬)人格宗教たるキリスト教を、他の宗教、汎神論、理神論にたいする優越を主張し、かつ人間を徹底的に被造物、罪深きもの、として貶める言説を繰り返す一方で、「聖なるもの」をさらに聖なるものに仕上げるための「荘厳」「戦慄」「絶対」「超越」で飾りまくる

そりゃ、そうだ、もともとが、人間を徹底的に「絶対者」「超越者」の従属物にするには、貶め貶め、「絶対者」「超越者」を絶対に手の届かないものに仕上げなければならない

奴隷は「おののき」「戦慄」を、自主的「服従」をもって、「絶対者」「超越者」へ反抗しないようにしつけなければならない、狡猾なる悪魔的犯行

この蛇の思想骨格は、古来創世記より発して、ルッターで、オットーで強化されナチスや現今のロシア・ウクライナ戦争までつづいている


ついでに云えば、世界宗教、世界国家の思想も第2次世界大戦の後の急速にでて畢竟、トインビーも歴史の子であるが、その世界宗教、世界国家の蛇の思想の骨格も古来よりある

大拙も井筒も、そういう時代にあって、世界宗教、世界国家の幻想を抱いた、いやさ、幻想にして貴い志向をもっていた、その志向の破片が、その言説の、行動の随所に散見され

ゆえに、無を無として、世界、西欧に提示できない

内向きには、「無」を云うが、外向きには「超越」となし、この無をわからぬオットー的盲者へのやさしい解説をしたんであらうがね

オットーにせい、だれにせい、外なるものばかりではなく、内なるものをも認めている

といっても、所詮は外の他化した神があって、もしくは他化した神を優先して、当方の東方思想も認めざるをえなくなって、内なる悟りをいぶしぶみとめる

さういう風情は、まさにマルクス史観と軌を一にする、てめえの妄信を進化の最先端となしたあの進化論、そのもとにある全能にして造物主の神様の選民思想の毒があらわであって

時の始めから連綿として終末に向かう、最後の審判、救世主の毒がいつの時代にも蔓延して、その毒もまた今現在の其処此処で猛毒を振っている

人間疎外を起こした蛇の宗教が、蛇の哲学、蛇の統治、蛇の拝金主義、蛇の奴隷思想、蛇の排除思想となって、東西古今を問わず、人間を毒しつづけ、危機のつぐまた危機の連続

危機や人間疎外を論じるに、蛇の思想構造の骨格、深部を論ぜすして、その皮相ばかりを名で舞わす、撫で回す、哲学、神学、宗教

いいかげんに目を覚ませ



でも、無では、偉くもなれません、お金も儲かりません、お国も社会も人も生きていけません

> 永遠に目覚めぬひともいる
>
> 涅槃に入ったひともいる
>
> 新聞が受けに10日分もたまっていて配達人が警察に
>
> 孤独死
>
> さういう時代
>
> 孤独死予備軍が増殖
>
> 無
>
> 万感をもって万巻の書
>
> 無
>
> 薫薫、臭臭
>
> 食えるか食えぬか
>
> 食えぬもんが圧倒的
>
> 毒
>
> 毒もろともに思想を食らう
>
> なぬも、思想を食らうこともない
>
> ようは気づき
>
> 覚
>
> 一悟
>
> 一声一語一期一会
>
> これに気づくか気づかぬか
>
> 変奏曲
>
> 葬送曲
>
> 蛇の宗教の蛇の思想が拡がって蛇の変奏曲が葬送曲
>
> 鼻から矛盾だらけだ
>
> 合理的に考えてはいけんません、非合理なんです、信じることです
>
> 即非
>
> だからといって、創世記のものがたりはこどもでもわかるまやかし
>
> 全能にして造物主の神が、なんで禁止ばかりするのよ?
>
> ありえません!
>
> アダムにリンゴをたべるなと禁止する
>
> ぢゃあ、神は全能にして造物主なんだから、もともと食うことを禁止するリンゴなんぞ、そんな知恵の実なんぞをつくらなければよろしい
>
> さらに、なんで蛇がアダムにリンゴを食べるようにそそのかすのよ?
>
> 全能にして造物主の神なんだから、そんなことを蛇にいわせぬ、あるいは、蛇をつくらなければよろしい、アダムにリンゴを喰わせぬことだってできるはずだ
>
> それを全能にして造物主の神は、リンゴも蛇もつくって、さらにはアダムにリンゴを喰わせぬことも可能な全能の神にしてアダムにリンゴを食わる
>
> アダムの原罪
>
> 人間の原罪
>
> ふざけんぢゃねえよ
>
> 神の原罪
>
> すっかす、そういう神を妄想して造り上げそれに中毒してしまった人間の原罪
>
> 蛇の胴胴巡りが始まる
>
> 全ては他化して、垂直にして、堂々巡りの神学的思想構造
>
> ばかばかしい限りでも、それに薫習されきった哲学、粗相、ああ、思想
>
> だから、西欧哲学思想に中毒した本邦の哲学者も神の定言命令を頻発
>
> 西田幾多郎の「哲学の根本問題」岩波書店 昭和8年、昭和15年第10刷定価80銭
>
> 毎ページ「ねばならない」の連続で埋め尽くされていて、いったいこのお馬鹿さんはなぬをいっておるんか?
>
> 日本語もでけんのんか?
>
> 田辺元の「哲学通論」80銭もにたようなもんだ、最近の「死の哲学」したところで、やれハイデッガーだ、だれそれだとうるさいこと限りない
>
> 訳に立たぬ、役に立たんね、喰えんね
>
> もうめちゃくくちゃで、西田なんぞ大拙がおらんけりゃ、あの長々しいお経
>
> 絶対矛盾的自己同一
>
> さえでてこんで、西欧蛇のエピゴーネンで終わったんぢゃねえの
>
> 即非
>
> これのほうが、西田のながったらしいもんよりよほどまともだ
>
> ぐだぐだながながやって、ないようのない蛇
>
> この蛇の知恵、思想、そういう思想構造が連綿と現代まんで薫習している
>
> 蛇の知恵構造は天上の一神の栄光、叡智から人間の原罪、奴隷化から始まり
>
> 神聖皇帝、帝国主義、共産主義、官僚主義、国家主義、民族主義、労働組合・・・
>
> まあ、ありとあらゆる、社会構造の思想骨格をなしておる
>
> その蛇の知恵構造の骨格から派生した尾鰭が、神になったり、帝王、物、金、労働者、奴隷、人民とか千変万化するが、畢竟、思想構造骨格はおなじ蛇の知恵
>
> 垂直的差別の権力統治構造
>
> これらが、人間の疎外を生み、戦争を生み、社会の膿を生み、いまやそっこらぢゅう膿だらけだ
>
> 孤独死
>
> 生存証明無
>
> それを処理するNPO法人
>
> なんでNPOなの?
>
> それこそPoliticalな問題なのに蛇の行政においては、NonPoliticalなのね
>
> リンゴを

リンゴを食って知恵をつけたら、その知恵でもって、妄想の神を亡き者にして、神は死んでも蛇の思想の骨格構造はのこっている

その蛇の思想骨格もろともに神も蛇も思想も、無

に「しなけらばいけない」

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54906] 蛇の知恵構造の骨格から派生した尾鰭が、神になったり、帝王、物、金、労働者、奴隷、人民とか千変万化するが、畢竟、思想構造骨格はおなじ蛇の知恵 垂直的差別の権力統治構造 これらが、人間の疎外を生み、戦争を生み、社会の膿を生み、いまやそっこらぢゅう膿だらけだ 孤独死 生存証明無Re:[54905] 無題 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/01(Sun) 07:57  

ろちくにすANNEX−Ω   訪問者数:11825934(今日:248/昨日:1774)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/05/01(Sun) 06:52 仏滅(甲寅) 旧暦 4/1 月齢 0.3 新月 朔

うぐいすの声で目覚めてよき日かな

> ひんはけわANNEX−Ω   訪問者数:11825392(今日:1480/昨日:985)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/30(Sat) 18:46 友引(癸丑) 旧暦 3/30 月齢 28.9
>
> 生存証明
>
> 無

永遠に目覚めぬひともいる

涅槃に入ったひともいる

新聞が受けに10日分もたまっていて配達人が警察に

孤独死

さういう時代

孤独死予備軍が増殖



万感をもって万巻の書



薫薫、臭臭

食えるか食えぬか

食えぬもんが圧倒的



毒もろともに思想を食らう

なぬも、思想を食らうこともない

ようは気づき



一悟

一声一語一期一会

これに気づくか気づかぬか

変奏曲

葬送曲

蛇の宗教の蛇の思想が拡がって蛇の変奏曲が葬送曲

鼻から矛盾だらけだ

合理的に考えてはいけんません、非合理なんです、信じることです

即非

だからといって、創世記のものがたりはこどもでもわかるまやかし

全能にして造物主の神が、なんで禁止ばかりするのよ?

ありえません!

アダムにリンゴをたべるなと禁止する

ぢゃあ、神は全能にして造物主なんだから、もともと食うことを禁止するリンゴなんぞ、そんな知恵の実なんぞをつくらなければよろしい

さらに、なんで蛇がアダムにリンゴを食べるようにそそのかすのよ?

全能にして造物主の神なんだから、そんなことを蛇にいわせぬ、あるいは、蛇をつくらなければよろしい、アダムにリンゴを喰わせぬことだってできるはずだ

それを全能にして造物主の神は、リンゴも蛇もつくって、さらにはアダムにリンゴを喰わせぬことも可能な全能の神にしてアダムにリンゴを食わる

アダムの原罪

人間の原罪

ふざけんぢゃねえよ

神の原罪

すっかす、そういう神を妄想して造り上げそれに中毒してしまった人間の原罪

蛇の胴胴巡りが始まる

全ては他化して、垂直にして、堂々巡りの神学的思想構造

ばかばかしい限りでも、それに薫習されきった哲学、粗相、ああ、思想

だから、西欧哲学思想に中毒した本邦の哲学者も神の定言命令を頻発

西田幾多郎の「哲学の根本問題」岩波書店 昭和8年、昭和15年第10刷定価80銭

毎ページ「ねばならない」の連続で埋め尽くされていて、いったいこのお馬鹿さんはなぬをいっておるんか?

日本語もでけんのんか?

田辺元の「哲学通論」80銭もにたようなもんだ、最近の「死の哲学」したところで、やれハイデッガーだ、だれそれだとうるさいこと限りない

訳に立たぬ、役に立たんね、喰えんね

もうめちゃくくちゃで、西田なんぞ大拙がおらんけりゃ、なの長々しいお経

絶対矛盾的自己同一

さえでてこんで、西欧蛇のエピゴーネンで終わったんぢゃねえの

即非

これのほうが、西田のながったらしいもんよりよほどまともだ

ぐだぐだながながやって、ないようのない蛇

この蛇の知恵、思想、そういう思想構造が連綿と現代まんで薫習している

蛇の知恵構造は天上の一神の栄光、叡智から人間の原罪、奴隷化から始まり

神聖皇帝、帝国主義、共産主義、官僚主義、国家主義、民族主義、労働組合・・・

まあ、ありとあらゆる、社会構造の思想骨格をなしておる

その蛇の知恵構造の骨格から派生した尾鰭が、神になったり、帝王、物、金、労働者、奴隷、人民とか千変万化するが、畢竟、思想構造骨格はおなじ蛇の知恵

垂直的差別の権力統治構造

これらが、人間の疎外を生み、戦争を生み、社会の膿を生み、いまやそっこらぢゅう膿だらけだ

孤独死

生存証明無

それを処理するNPO法人

なんでNPOなの?

それこそPoliticalな問題なのに蛇の行政においては、NonPoliticalなのね






リンゴを



やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54905] 無題 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/30(Sat) 18:48  

ひんはけわANNEX−Ω   訪問者数:11825392(今日:1480/昨日:985)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/30(Sat) 18:46 友引(癸丑) 旧暦 3/30 月齢 28.9

生存証明



やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54904] 魔境の預言者曰く、『預言者は、単に人間のために働く人ではない。まず、神のために働く人です。だから、神とこちらの世界をつなぎ、神の秩序にこちらを従わせるのが、預言者の仕事であって、こちらにいる人に都合のいいことを言うのは預言者ではない。 預言者がやろうとしていることは、常にこちらの世界は小さいんだ、と人間に分からせることです。あちらの世界から来れば、こちらの世界は相対的に小さくならざるを得ない。 ・・・ 預言者が切り開いた世界は、水平軸ではなくて、垂直軸です。預言者の言葉を、私たちは水平的ではなく垂直的に理解していかなくてはならない。人の利益のためではなく、キリスト教的にいえば「神の栄光」にその意味を読み解いていく必要がある。』Re:[54903] 魔境に入って魔境ともおもわんば、悪魔に変身する Re:[54902] 雲消霧散するまえに、とりあえず、アップRe:[54901] 有難い、零 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/21(Thu) 11:18  

むゆほおさANNEX−Ω   訪問者数:11814235(今日:413/昨日:1666)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/21(Thu) 09:58 大安(甲辰) 旧暦 3/21 月齢 19.9

瓦礫の整理

忙しいからいい加減

> 瓦礫を拾って秩序化するのも、まあ、シジフォスみたいでいやになる
>
> それこそ「労働」か?

「使命」感、神、他者からの「使命」ではなく己が使命

> 偶然と必然
>
> これも
>
> 欠乏と過剰
>
> にている
>
> 人間と神
>
> にている
>
> だけんど、人間を欠乏や偶然にしては、遺憾

過剰と必然も遺憾

奴隷的人間は己を欠乏や偶然として貶め、一方過剰と必然たる神に「救済」「叡智」「光」を「希求」する

> ロゴスもあるが、絶対超越はいけねえ
>
> さういうのんを魔境という
>
> 魔境、野狐禅
>
> あの若松君のように超越、絶対、を希求する、まあ、希求するうちは、凡人
>
> まんだ不覚の、そっこらぢゅうにいる、平々凡々、陳腐

陳腐な肉がだういうことを云っても陳腐は陳腐

陳腐は陳腐に共鳴する

これは、俳句の世界でも、思想の世界でも、宗教の世界でも、政界中、世界中どこでも同じ現象

> ところが、ちったあ、見えてくると、おのが全能と魔境に入る
>
> これは忌むべし
>
> 魔境に入って魔境ともおもわんば、悪魔に変身する
>
> その機微はまことに、神一重、神即悪魔
>
> これ、オットー
>
> これ、井筒
>
> これ、大拙
>
> これ、西田
>
> これ、これ、これらと交流してみれば、おのずとわからうちうもんであって
>
> そこを、オットーなんぞは、合理主義と非合理主義、というが、それもまた二元論の魔境
>
> 善と悪
>
> 光と闇
>
> いちいちのコトバにその象徴性がある
>
> その象徴性はまあ、アルコール、マリファナ、ニコチン、LSDみたいなもんだ
>
> そこに惑溺しちゃあ、いけません
>
> あの、仏の開示、ああ、解字は、なかなかに参考になる
>
> 仏、佛、おぼろ、ぼやけ
>
> さう、さう、光でも闇でもない
>
> べつに仏教徒でもない
>
> 禅匠でもない
>
> だれでもないかた、かつて、某と名乗った
>
> いまは、そういう時代もすぎて、だういってもええ
>
> おぼろ、ぼやけ、溶ける、無礙
>
> そこまでです
>
> これは、経験による覚であって、けっして、オットーの云う合理や非合理ではありません
>
> 井筒も大拙もあれだけ書けるということは、この覚たるものを確たるものとして経験していればこそあそこまで書けたのです
>
> 若松にせい、オットーにせい、そういうもんがない
>
> 覚たる確なくして他者、超越、へ信仰への確信
>
> これは、やっぱり、怖い
>
> ああ、ニコチン良いか、同じことばっか、繰り返します
>
> 神即悪魔
>
> それで・・図書返却までに写しておかねばならぬ一説

代わりに借りてきたもの、偶然ね、あるいは、必然かもしれぬ

末木文美士編「死者と霊性ーーー近代を問い直す」岩波新書 2021年

ざっとゆんべ目を通してしまったが・・

だうも、言葉遊戯をしちょる気配

「霊性」一個とっても、それこそ、心霊、神霊、亡霊、肉霊の域を出ない、臭い息吹を感じる

だれだれが、どう「霊性」を定義して、どうのこうの、過去の死者の霊、未来の未生の霊

そして、いったい議論しちょるもんらの「霊」は、なんなの?

他化して対象化している視点への反省、対象化の陥穽へ覚がなべて希薄

なかでも、やはり危険なのは若松発言、曰く

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

預言者は、単に人間のために働く人ではない。まず、神のために働く人です。だから、神とこちらの世界をつなぎ、神の秩序にこちらを従わせるのが、預言者の仕事であって、こちらにいる人に都合のいいことを言うのは預言者ではない。
預言者がやろうとしていることは、常にこちらの世界は小さいんだ、と人間に分からせることです。あちらの世界から来れば、こちらの世界は相対的に小さくならざるを得ない。
・・・
預言者が切り開いた世界は、水平軸ではなくて、垂直軸です。預言者の言葉を、私たちは水平的ではなく垂直的に理解していかなくてはならない。人の利益のためではなく、キリスト教的にいえば「神の栄光」にその意味を読み解いていく必要がある。預言は神の言葉でなければならないのに、人の言葉に変わることがある。ここに大きな注意点が必要です。

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

もう、完全にオットー的なもんに洗脳されきっている。

神はもともと人間がつくったものだ、というあたりまえの常識をどうしても靴替えして、若松君は神の靴で人間を蹴っ飛ばしたい風情だね

神は人間の妄想によってつくられたんだから、そこの神の言葉を人間が人間の世界、人間のロゴスで読み解くんのはあたりまえである

「預言は神の言葉でなければならない」と、「なければならない」と、また若松君が神の定言命令を発する

だのに、

「人の言葉に変わることがある。」ぢゃなくて、実相はいつも「人の
言葉」である。

これらの洗脳、狂信、妄言に対して、その異議がちょいとみられるのは、

安藤礼二君が、若松君の云うところの「預言者」の危険性への言及

中島隆博君が若松君の云うところの「垂直」的に対して「水平」的に繋がることへの言及

総じて、他化された対象化されたものを絶対前提とした妄想から議論がぬけきっておらんけん、霊性ですら対象化されちょろうがの

対象化されたもんに憑依される、あるいは全能感をもってのりうつることは容易い魔境

> > そのトマト嫌いなの!
> >
> > と飛び掛かってきた女

物静かにビールをのんで、ものしずかに目をとろんとして女の豹変

これが、病院出の狂気でなくても、いくらでも巷でみられる

人間は奴隷化されればされるほどそこから解放をのぞみ、その解放にの彼方には「神の栄光」さえ「希求」する

よい例がヒットラー

浮浪者収容所へ収監されちょるまにどんどん「希求」を膨らませた、その果てがあれだ

よい例が、ロシア、いまさら繰り返すまでもない

こわいのは、そういうもん同士がもっかの情勢のように、互いにナチス呼ばわりすることだ

現実にナチスもヒトラーも歴史上でたから、名をだすにはもってこいだ、神と同様に

そこに地獄が現成する



> > BS1 金継ぎの黒田さん
> >
> > 若い時に社会で自分が壊れてしまった
> >
> > 壊れてしまった自分が壊れたしまった茶碗にであった
> >
> > 茶碗を修復していたら心が落ち着いた
> >
> >
> > 壊れる前の茶碗より魅力のある修復茶碗
> >
> > その修復跡の模様にえもいわれぬ味わいがある
> >
> > 金継ぎ
> >
> > 以来金継ぎをなりわいとなすようになった
> >
> > 一個の茶碗の金継ぎでも漆を乾燥させるのに数ヶ月、あるいは1年かかる
> >
> > いつくしむように壊れた茶碗、お皿、なんでもいい、金継ぐ
> >
> > 丁寧に、丁寧に、静かな時がながれて、静かに継ぎ目が固まって、静かな自分を味わう
> >
> >
> > うむ、まさに茶碗と自分が一体になっている
>
> 確か、このあと、あの柳と民芸館の金継ぎの美品が映っていました
>
> この茶碗と一体になった黒田さん
>
> これは「労働」でしょうかね?
>
> これは「超越」でしょうかね?
>
> これは「絶対」でしょうかね?
>
> これは「希求」でしょうかね?
>
> これは「叡智」でしょうかね?
>
> これは「神」でしょうかね?
>
> これは、茶碗と一体化しているいっても、神や叡智や光を浴びて一体化しているものではありません
>
> これは「聖」でしょうかね?
>
> これは「俗」でしょうかね?
>
> これは、聖でも俗でもありません
>
> これは、ただ単に茶碗であり、黒田さんです
>
> ようは、魔境にはいっては駄目なんです

これは、天国でもなければ地獄でもない

神の愉楽でもなければ奴隷の労働でもない

> > よく、あることなんです

> > よくみかけるんですよ、それだけです

> > よくみかけますから

> > よく、みかけますから



> > > 今朝は法法華経で目覚めた、本来に戻ったか

これも、こちらがわに法華経がなければ、法法華経とは、きこえまい

> > > 否定と肯定、どうも否定ばかりで気分がよくない
> > >
> > > 肯定してあげなきゃね
> >
> > そう、肯定、肯定

> レービット「ヘーゲルからニーチェへ」三島憲一訳 上下、岩波書店 2015年
>
> > それで、朝からぱらぱらしていたら、お面白いところに出会って、
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> フォイエルバッハから見れば、精神は今や新たな「世界時代」のはじまりに位置している。理念を完全に実現するには、キリスト教時代が始まってからずっと世界を支配してきた「自我」ーーーー「この存在する唯一の精神」ーー「唯一」に強調符ーーを玉座から引きずり降ろし、感性的世界と超感性的宗教との、また教会と国家との二元論を破棄することが必要なのである。「重要なのは、その普遍性の形式における概念の発展ではない。抽象的な純粋性や閉じた自己閉鎖的存在における概念の発展が問題なのではない。重要なのは、時間、死、此岸、彼岸、自我、個人、人格、そして有限性の外部の絶対的なもののうちに絶対者として直観された人格、つまり神を廃棄することである。この神のうちに、これまでの歴史の根拠が包摂さてのだから。つまり、キリスト教正統派の想念の大系も、また合理主義的な見方の大系も、その源泉は神にあったのだから、この神を廃棄し、真理の根拠を穿ち抜くことが重要なのだ」。この人格伸の代わりに、近代哲学のなかに「含みとしてあるだけだが」ともかくも含まれている認識が登場しなければならない、と彼は論じる。
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> さて、うちの瓦礫の中、それは書庫であり脳みそでもありうるのであるが、そこにも旧版が瓦礫の中にあったような・・

本ものーみそも70年をすぎると黄ばんできてよく見えぬ、判読困難

しからば、まっさらな新しい紙質もよいものを・・

先立つものが無い

ファイエルバッハはこの先立つ言説のあとを追って、政治に、この人格神を、ふんまの人格にかえて政治を志す

イカロスの墜落


> まだまだ興味深い言説がある、たとえば・・三島訳
>
> 「ヘーゲルの見るところ、イエスの世界史的課題は、ユダヤ教の律法宗教の(実定性)<制度化された既成性>もしくは(掟がらみ)と反対に、全体性を内面において再建したこと、しかも(掟)を克服する(愛)の宗教によって再建したことにある。神に対する人間の愛という(生きた関係)、あるいは人間の人間に対する、そしれ我の汝に対する愛という(生きた関係)においてこそ、掟と法によって規制された対立関係が止揚される。」

これも面白いが、「愛」のありようは、かのギリシャの昔のまんまる人間が神さまに逆らうので、神さまがまんまる人間を二つ割りにして、男と女ができた

だから、もとにもどろうと、男と女は引き逢う

逢引してもとにもどれないから、神さまに頼む、もとにもどしてください

神を愛せ、愛せば、願いも叶えられやう

ほんまか?


> > > なかなか思い切れないのね、なにごとも
> > >
> > > 零
> > >
> > > スパッと達人斬りにできない
> > >
> > > 斬首
> > >
> > > ギリギリ、ノコノコ切れば、切り口が汚い
> > >
> > > オットーの貌も汚い、眼が昏い


> > > さあ、新しい彼我はじまった

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54903] 魔境に入って魔境ともおもわんば、悪魔に変身する Re:[54902] 雲消霧散するまえに、とりあえず、アップRe:[54901] 有難い、零 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/20(Wed) 16:09  

> すへりねにANNEX−Ω   訪問者数:11812444(今日:288/昨日:868)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/20(Wed) 06:55 仏滅(癸卯) 旧暦 3/20 穀雨 月齢 18.9

いっぺんにいろんなことを書こうとするからいけないのよ

いっぺんにいろんなことがうかんできて、光消えぬうちに云い留めよ

云い留めるうちにカーソルがとんで、いっぺんにいろんなことが、秩序を失って瓦礫に化す

瓦礫を拾って秩序化するのも、まあ、シジフォスみたいでいやになる

それこそ「労働」か?

いや、さうでも、あんめい

いいたいことは、なんなのか?

だれかの歌みたいになってきたが・・

偶然と必然

これも

欠乏と過剰

にている

人間と神

にている

だけんど、人間を欠乏や偶然にしては、遺憾

いいたいのんは、そこなんだが、いうのにも、礼儀がある

作法がある、冷やかしも、喩法もある

ロゴスもあるが、絶対超越はいけねえ

さういうのんを魔境という

魔境、野狐禅

あの若松君のように超越、絶対、を希求する、まあ、希求するうちは、凡人

まんだ不覚の、そっこらぢゅうにいる、平々凡々、陳腐

ところが、ちったあ、見えてくると、おのが全能と魔境に入る

これは忌むべし

魔境に入って魔境ともおもわんば、悪魔に変身する

その機微はまことに、神一重、神即悪魔

これ、オットー

これ、井筒

これ、大拙

これ、西田

これ、これ、これらと交流してみれば、おのずとわからうちうもんであって

そこを、オットーなんぞは、合理主義と非合理主義、というが、それもまた二元論の魔境

善と悪

光と闇

いちいちのコトバにその象徴性がある

その象徴性はまあ、アルコール、マリファナ、ニコチン、LSDみたいなもんだ

そこに惑溺しちゃあ、いけません

あの、仏の開示、ああ、解字は、なかなかに参考になる

仏、佛、おぼろ、ぼやけ

さう、さう、光でも闇でもない

べつに仏教徒でもない

禅匠でもない

だれでもないかた、かつて、某と名乗った

いまは、そういう時代もすぎて、だういってもええ

おぼろ、ぼやけ、溶ける、無礙

そこまでです

これは、経験による覚であって、けっして、オットーの云う合理や非合理ではありません

井筒も大拙もあれだけ書けるということは、この覚たるものを確たるものとして経験していればこそあそこまで書けたのです

若松にせい、オットーにせい、そういうもんがない

覚たる確なくして他者、超越、へ信仰への確信

これは、やっぱり、怖い

ああ、ニコチン良いか、同じことばっか、繰り返します

神即悪魔

それで・・図書返却までに写しておかねばならぬ一説



> 今日はなんだかうそ寒いが、ここのところ初夏の陽気もつづけば短パン半そで
>
> 左腕に無残な傷跡
>
> 皮膚が再生しても、色が違う
>
> 日焼けしかった中間色に過去の傷跡の濃色
>
> その間をサッと抉られた皮を削がれた後が白く北方領土の島々のように左腕に広がっている
>
> そのトマト嫌いなの!
>
> と飛び掛かってきた女
>
> 由来は、その数週間前、白衣観音、横浜自転車屋や蒲田トンカツ行脚の途中の休み処
>
> 観音前の三角ベンチの斜辺の向こう側に女がいてビールを飲んでいる
>
> 眼の動きがきわめてゆっくりでみているようでみていない
>
> ちょうど横浜自転車屋でタバコを再開したころで、自動喫煙にさせるのもわるいから彼女から離れて一服
>
> するってえと彼女もベンチからはなれてトイレへ
>
> ベンチに戻ると彼女の荷物と衣が風にふかれて飛ばされそお
>
> それを飛ばされぬやうに見張る
>
> ここまで書いていると
>
> リゾットです
>
> と昼食が届いた
>
> リゾットの中の厚い燻製ハムと菜っ葉と米粒を味わいながらパソコンの背越につけっ放しのTVをみる
>
> BS1 金継ぎの黒田さん
>
> 若い時に社会で自分が壊れてしまった
>
> 壊れてしまった自分が壊れたしまった茶碗にであった
>
> 茶碗を修復していたら心が落ち着いた
>
>
> 壊れる前の茶碗より魅力のある修復茶碗
>
> その修復跡の模様にえもいわれぬ味わいがある
>
> 金継ぎ
>
> 以来金継ぎをなりわいとなすようになった
>
> 一個の茶碗の金継ぎでも漆を乾燥させるのに数ヶ月、あるいは1年かかる
>
> いつくしむように壊れた茶碗、お皿、なんでもいい、金継ぐ
>
> 丁寧に、丁寧に、静かな時がながれて、静かに継ぎ目が固まって、静かな自分を味わう
>
>
> うむ、まさに茶碗と自分が一体になっている

確か、このあと、あの柳と民芸館の金継ぎの美品が映っていました

この茶碗と一体になった黒田さん

これは「労働」でしょうかね?

これは「超越」でしょうかね?

これは「絶対」でしょうかね?

これは「希求」でしょうかね?

これは「叡智」でしょうかね?

これは「神」でしょうかね?

これは、茶碗と一体化しているいっても、神や叡智や光を浴びて一体化しているものではありません

これは「聖」でしょうかね?

これは「俗」でしょうかね?

これは、聖でも俗でもありません

これは、ただ単に茶碗であり、黒田さんです

ようは、魔境にはいっては駄目なんです


> ならば、おらほの腕の傷のほうも金継ぐ
>
> 漆ではかぶれるから、バンドエイドあるいは皮膚再生特殊テープ
>
> でも、のこってしまったマダラの腕
>
> まだら模様もまたあの茶碗の継ぎ目のように、もとの腕より美しい
>
> というわけにも、まいらず
>
> 風に飛ばされぬように見守ってました
>
> 女はだまってまた向かいのベンチに座ってビールを飲む
>
> いつもどのくらい飲むの?
>
> これだけです
>
> 大缶ビール2本@500tx2
>
> 晩は?
>
> 呑みません
>
> ただそれだけで終わった
>
> またまた会った
>
> 会った直後に見知った爺さんがやってきた
>
> 彼と話しを始めたら、女が居場所を藤棚の下へ変えた
>
> 爺さん、曰く、あの女ちょっとおかしいよね
>
> 多分、病院からでてきたばっかりなんでしょう
>
> 俺が来るといつもああしてむこうにいっちまう
>
> あ、そお、おれのときはそういうことはねえけんど
>
> ぢゃあ、おれがきらわれているのかね
>
> そおかも
>
> またまた何度も会った三角ベンチの向こう側
>
> そして、黙示録
>
> その日は女は藤棚の下にいた
>
> 水道で女子サッカー軍団が藤棚の横の水道でスパイクを脱いで足を洗ったいた
>
> おっと、外反母趾
>
> 若い女子軍団の一人が水道水で洗いだした足がひどい外反母趾
>
> おれの左足も外反母趾
>
> そこで、お嬢さん、お嬢さん、その足の外反母趾、どうやって?・・
>
>
> そのとき、藤棚の下の女がビールを片手にもって立って水道の蛇口下の下水口にビールを注ぎつつ上目づかいで睨みながら
>
> いい?これでいいの?
>
> なんのこっちゃわかんから
>
> いいだべさ
>
> といいつつも目が怖いから、観音さまのまえのいつものベンチにもどった
>
> おんなも藤棚下のベンチにもどった
>
> お嬢さん、その外反母趾、おれもひどいなんだけど、どうやって・・
>
> 突然、女が喚きだした
>
> そのトマト嫌いなの!
>
> と右手に飲みかけのビール缶を持って飛び掛かってきた
>
> ビールの泡が天上に舞い
>
> 缶をあけた蓋の切っ先がおれの腕をかすめた
>
> 逃げようとしても、後ろの背中にもトマトがある
>
> トマトは嫌いなの!
>
> 後ろからも襲ってくる
>
> しょうがないから前を向くと、もう異様な形相に異様な馬鹿力
>
> 取っ組み合い
>
> といっても、こちらは防戦の一方で、頭は降ってきたビールでずぶ濡れ
>
>
> お〜い、警察を呼んでくれ
>
> と、お嬢さん軍団に頼んだ
>
> 喧嘩です
>
> とお嬢さんが通報
>
> 通りがかりのライダーの男
>
> 喧嘩はやめろ!
>
> と俺を羽交い絞めにしようとした
>
> そのあいだに女は残ったビールをこれでもかこれでもかと頭上に振りまきつつ殴りかかる
>
> お嬢さんが、組み付かれている俺をさして、通りすがりの男に云った
>
> その人は悪くありません
>
> 通りすがりの男は、あやまりもせずに去った
>
> やっとのおもいで女の組み付きもほどいて、女は藤棚の下、俺は観音前のベンチ、お嬢さん方は水道で足洗い
>
> いつまで待っても警察はこない
>
> お嬢さん方の足洗いも大方終わったころポリチャリ2台
>
> どうしました?
>
> 喧嘩です、とお嬢さん
>
> まてよ、と思ったが、いままたあっちへいくと、また再会でも困るから
>
> ベンチでじっとしていると、中年警官が女を尋問
>
> 若い警官が俺を水道のところに呼んで、住所氏名、証明書を要求
>
> すなおに応じて、観音さまの前のベンチにもどっていると年上警官がやってきた
>
> どうしたんですか?
>
> かくかくしかじか
>
> よくあることです
>
> ?
>
> こういうことはよくあるんですよ
>
> なにをいってのんかね? 見なよ、この怪我
>
> 真っ白なアームカバーに真っ赤な血の大きな染みが二つ
>
> さ、そうですか、ぢゃあ、本署に来てください
>
>
> なんで?
>
> 本署で訴えてください
>
> なにをいってのんか?げんに切られて出血している
>
> よく、あることなんです
>
> よくあるって?あれ?あの女は?あ、お嬢さんらもいなくなってしまった
>
> お嬢さんたちに帰ってもらいました、女性は親御さんと一緒に住んでいて病院からでてきたばかりなので送っていきました
>
> ふ〜ん、病院ね、おれもそう思っていたが、だけど、こんな傷害事件をおこして、どういしてここで調書をとらないの
>
> わたしら出先で調書をとれないのです
>
> ふ〜ん、白バイ、パトカーは、調書どころぢゃねえ、罰金命令書までだすんに、ポリチャリはでけんと?
>
> わかってくださいよ、旦那さん
>
> わからんわな、病院帰りの女を訴えるために本署まで行く気は全然あらへんけんど、おめえらのやりくちには、納得がいかん、だいたい、来るのが遅い、そこんとこの競輪場正門前の派出所からぢゃろが?
>
> そうです、急いで来ました
>
> 急いできた?何十分もかかって
>
> 準備もあるのです
>
> そういうざまだからついこないだの京王線での火炎事故もおきるんぢゃ
>
> あれは、関係ありません
>
> あれも、これも、おおありよ
>
> そんで、彼女は初犯?
>
> よくみかけるんですよ、それだけです
>
> ぢゃあ、さいしょから分かっていたのね
>
> よくみかけますから
>
> だから、目撃者のお嬢さんがたも帰したわけ?
>
> よく、みかけますから
>
> まあ、なんといいませうか、おさぼり警察なんか、情状警察なんかしらんが、よくシャーシャーと
>
> ショー弁をして帰ってきた
>
>
>
> さて、なんだっけ?
>
> お〜、そ〜そ〜
>
> 煙草も0本から40本超へあがって最近は20本以下にさがってきた
>
> 時には間隔が12時間ほどあけば、身体が軽い、階段の上り下りも軽快
>
> その12時間後の一服はまことに利きが鋭利
>
> ローソンで朝買って一服しながら階段を登るともうキツイ
>
> あたまもたしょうくらくらくらつく
>
> ほとけもおとぼけ
>
> とりのこえもおきょう
>
> やればながくなる
>
> あのマルコス甥っ子のワシントンスクエアの地下室
>
> それは、ベッドにして・・

マリワナを喫う

ブランデーを飲む

さういうもんも、もの輪郭を溶かします

形がゆらぎ音になります

音のゆらぎが形になります

しかし、その醒めたときの不快な気分も格別なもんです


> > ぬてまけそANNEX−Ω   訪問者数:11811518(今日:230/昨日:1218) 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/19(Tue) 06:23 先負(壬寅) 旧暦 3/19 月齢 17.9 抜て負けそ
> >
> > 今朝は法法華経で目覚めた、本来に戻ったか
> >
> > 否定と肯定、どうも否定ばかりで気分がよくない
> >
> > 肯定してあげなきゃね
>
> そう、肯定、肯定
>
> 一服して、肯定気分か、否定気分か
>
> 震災10年来の片付けも進まぬ書斎
>
> このガラクタ気分にして、ガラクタ書斎、散乱した蔵本、
>
> まるで脳みその中をみているようだ
>
> 埋もれた瓦礫の発掘で、あったような・・
>
> そのトマト嫌いなの!
>
> と飛び掛かってきた女

これはこれで、偶然にして必然にしても、よしとしよう

同様に消えてしまったこともよしとして再生すれば

レービット「ヘーゲルからニーチェへ」三島憲一訳 上下、岩波書店 2015年

> それで、朝からぱらぱらしていたら、お面白いところに出会って、

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

ファイエルバッハから見れば、精神は今や新たな「世界時代」のはじまりに位置している。理念を完全に実現するには、キリスト教時代が始まってからずっと世界を支配してきた「自我」ーーーー「この存在する唯一の精神」ーー「唯一」に強調符ーーを玉座から引きずり降ろし、感性的世界と超感性的宗教との、また教会と国家との二元論を破棄することが必要なのである。「重要なのは、その普遍性の形式における概念の発展ではない。抽象的な純粋性や閉じた自己閉鎖的存在における概念の発展が問題なのではない。重要なのは、時間、死、此岸、彼岸、自我、個人、人格、そして有限性の外部の絶対的なもののうちに絶対者として直観された人格、つまり神を廃棄することである。この神のうちに、これまでの歴史の根拠が包摂さてのだから。つまり、キリスト教正統派の想念の大系も、また合理主義的な見方の大系も、その源泉は神にあったのだから、この神を廃棄し、真理の根拠を穿ち抜くことが重要なのだ」。この人格伸の代わりに、近代哲学のなかに「含みとしてあるだけだが」ともかくも含まれている認識が登場しなければならない、と彼は論じる。

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

さて、うちの瓦礫の中、それは書庫であり脳みそでもありうるのであるが、そこにも旧版が瓦礫の中にあったような・・

レービット「ヘーゲルからニーチェへ」柴田治三郎訳 上下、岩波書店 1952年

だいぶ、ニュアンスが訳者、時代によってちがうが、意味するところはニタリであって、相違の興味深いところのほんの一部

「そして有限性の外部の絶対的なもののうちに絶対者として直観された人格、つまり神を廃棄することである。この神のうちに、これまでの歴史の根拠が包摂さてのだから。つまり、キリスト教正統派の想念の大系も、また合理主義的な見方の大系も、その源泉は神にあったのだから、この神を廃棄し、真理の根拠を穿ち抜くことが重要なのだ」。この人格伸の代わりに、近代哲学のなかに「含みとしてあるだけだが」ともかくも含まれている認識が登場しなければならない、」三島訳 


「有限のそとに絶対者の中に絶対なるものとして観ぜられた人格即ち神等々の従来の世界史的見解、これまでの歴史の根拠も正統派的ならびに合理主義的キリスト教の観念の体系の起源も含まれている世界史的見解を、本当に破棄して真理の根底まで掘り下げることである。」それら(従来の世界史的見解)の後を継ぐべきものは・・・」


なかなに比較すると、訳者の考え方も訳にでているので面白い、更には原著者レービットのしめす好悪の情の訳も・・

柴田訳「何の明確さもない感傷的な冗語にとどまる。」に対して、三島訳「いかなる内容規定もない、センチメンタルな決まり文句に終わってしまった。」

まあ、おんなじようなもんんか

まだまだ興味深い言説がある、たとえば・・三島訳

「ヘーゲルの見るところ、イエスの世界史的課題は、ユダヤ教の律法宗教の(実定性)<制度化された既成性>もしくは(掟がらみ)と反対に、全体性を内面において再建したこと、しかも(掟)を克服する(愛)の宗教によって再建したことにある。神に対する人間の愛という(生きた関係)、あるいは人間の人間に対する、そしれ我の汝に対する愛という(生きた関係)においてこそ、掟と法によって規制された対立関係が止揚される。」


> どうも、ここも、飛び散って飛び散って、記事が瓦礫化してきたようだから
>
> 雲消霧散するまえに、とりあえず、アップ

エッチら、発地ら、リュックで背負っていくには

そろそろ、じかんですよ〜

はいはい

くそはしたか?

3日ぶりにひるにしました


> > それにしても、ひさしぶりに長すぎて入らないようなうるさい尻尾
> >
> > なかなか思い切れないのね、なにごとも
> >
> > 零
> >
> > スパッと達人斬りにできない
> >
> > 斬首
> >
> > ギリギリ、ノコノコ切れば、切り口が汚い
> >
> > オットーの貌も汚い、眼が昏い
> >
> > おっと、まんだ続いている
> >
> > 法華経も般若心経も聖書もあったが、埋もれてでてこない
> >
> > せめて産土の法華経でもよく聴きながら一服、二服
> >
> > 欠乏と過剰の発見は容易だが、零の発見は有難い
> >
> > ふむ、まことに有難い、零
> >
> > 法華経の声もこっちの杜からあっちの杜へうつっていったようだ
> >
> > 歩道を比較的足取りのしっかりしたお婆さん
> >
> > 足元のふらつく白い老犬ラブラドールを連れてお散歩
> >
> > 毛が抜けかかって大いに乱れている
> >
> > 連れてきてブラッシングをしてあがたい
> >
> > 手が届かない
> >
> > せめてもの毛坊主のブラッシング
> >
> > 気持ちがいいね
> >
> > さあ、新しい彼我はじまった
> >
> >
> >
> >
> >

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54902] 雲消霧散するまえに、とりあえず、アップRe:[54901] 有難い、零 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/20(Wed) 14:10  

すへりねにANNEX−Ω   訪問者数:11812444(今日:288/昨日:868)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/20(Wed) 06:55 仏滅(癸卯) 旧暦 3/20 穀雨 月齢 18.9


今日はなんだかうそ寒いが、ここのところ初夏の陽気もつづけば短パン半そで

左腕に無残な傷跡

皮膚が再生しても、色が違う

日焼けしかった中間色に過去の傷跡の濃色

その間をサッと抉られた皮を削がれた後が白く北方領土の島々のように左腕に広がっている

そのトマト嫌いなの!

と飛び掛かってきた女

由来は、その数週間前、白衣観音、横浜自転車屋や蒲田トンカツ行脚の途中の休み処

観音前の三角ベンチの斜辺の向こう側に女がいてビールを飲んでいる

眼の動きがきわめてゆっくりでみているようでみていない

ちょうど横浜自転車屋でタバコを再開したころで、自動喫煙にさせるのもわるいから彼女から離れて一服

するってえと彼女もベンチからはなれてトイレへ

ベンチに戻ると彼女の荷物と衣が風にふかれて飛ばされそお

それを飛ばされぬやうに見張る

ここまで書いていると

リゾットです

と昼食が届いた

リゾットの中の厚い燻製ハムと菜っ葉と米粒を味わいながらパソコンの背越につけっ放しのTVをみる

BS1 金継ぎの黒田さん

若い時に社会で自分が壊れてしまった

壊れてしまった自分が壊れたしまった茶碗にであった

茶碗を修復していたら心が落ち着いた


壊れる前の茶碗より魅力のある修復茶碗

その修復跡の模様にえもいわれぬ味わいがある

金継ぎ

以来金継ぎをなりわいとなすようになった

一個の茶碗の金継ぎでも漆を乾燥させるのに数ヶ月、あるいは1年かかる

いつくしむように壊れた茶碗、お皿、なんでもいい、金継ぐ

丁寧に、丁寧に、静かな時がながれて、静かに継ぎ目が固まって、静かな自分を味わう


うむ、まさに茶碗と自分が一体になっている

ならば、おらほの腕の傷のほうも金継ぐ

漆ではかぶれるから、バンドエイドあるいは皮膚再生特殊テープ

でも、のこってしまったマダラの腕

まだら模様もまたあの茶碗の継ぎ目のように、もとの腕より美しい

というわけにも、まいらず

風に飛ばされぬように見守ってました

女はだまってまた向かいのベンチに座ってビールを飲む

いつもどのくらい飲むの?

これだけです

大缶ビール2本@500tx2

晩は?

呑みません

ただそれだけで終わった

またまた会った

会った直後に見知った爺さんがやってきた

彼と話しを始めたら、女が居場所を藤棚の下へ変えた

爺さん、曰く、あの女ちょっとおかしいよね

多分、病院からでてきたばっかりなんでしょう

俺が来るといつもああしてむこうにいっちまう

あ、そお、おれのときはそういうことはねえけんど

ぢゃあ、おれがきらわれているのかね

そおかも

またまた何度も会った三角ベンチの向こう側

そして、黙示録

その日は女は藤棚の下にいた

水道で女子サッカー軍団が藤棚の横の水道でスパイクを脱いで足を洗ったいた

おっと、外反母趾

若い女子軍団の一人が水道水で洗いだした足がひどい外反母趾

おれの左足も外反母趾

そこで、お嬢さん、お嬢さん、その足の外反母趾、どうやって?・・


そのとき、藤棚の下の女がビールを片手にもって立って水道の蛇口下の下水口にビールを注ぎつつ上目づかいで睨みながら

いい?これでいいの?

なんのこっちゃわかんから

いいだべさ

といいつつも目が怖いから、観音さまのまえのいつものベンチにもどった

おんなも藤棚下のベンチにもどった

お嬢さん、その外反母趾、おれもひどいなんだけど、どうやって・・

突然、女が喚きだした

そのトマト嫌いなの!

と右手に飲みかけのビール缶を持って飛び掛かってきた

ビールの泡が天上に舞い

缶をあけた蓋の切っ先がおれの腕をかすめた

逃げようとしても、後ろの背中にもトマトがある

トマトは嫌いなの!

後ろからも襲ってくる

しょうがないから前を向くと、もう異様な形相に異様な馬鹿力

取っ組み合い

といっても、こちらは防戦の一方で、頭は降ってきたビールでずぶ濡れ


お〜い、警察を呼んでくれ

と、お嬢さん軍団に頼んだ

喧嘩です

とお嬢さんが通報

通りがかりのライダーの男

喧嘩はやめろ!

と俺を羽交い絞めにしようとした

そのあいだに女は残ったビールをこれでもかこれでもかと頭上に振りまきつつ殴りかかる

お嬢さんが、組み付かれている俺をさして、通りすがりの男に云った

その人は悪くありません

通りすがりの男は、あやまりもせずに去った

やっとのおもいで女の組み付きもほどいて、女は藤棚の下、俺は観音前のベンチ、お嬢さん方は水道で足洗い

いつまで待っても警察はこない

お嬢さん方の足洗いも大方終わったころポリチャリ2台

どうしました?

喧嘩です、とお嬢さん

まてよ、と思ったが、いままたあっちへいくと、また再会でも困るから

ベンチでじっとしていると、中年警官が女を尋問

若い警官が俺を水道のところに呼んで、住所氏名、証明書を要求

すなおに応じて、観音さまの前のベンチにもどっていると年上警官がやってきた

どうしたんですか?

かくかくしかじか

よくあることです



こういうことはよくあるんですよ

なにをいってのんかね? 見なよ、この怪我

真っ白なアームカバーに真っ赤な血の大きな染みが二つ

さ、そうですか、ぢゃあ、本署に来てください


なんで?

本署で訴えてください

なにをいってのんか?げんに切られて出血している

よく、あることなんです

よくあるって?あれ?あの女は?あ、お嬢さんらもいなくなってしまった

お嬢さんたちに帰ってもらいました、女性は親御さんと一緒に住んでいて病院からでてきたばかりなので送っていきました

ふ〜ん、病院ね、おれもそう思っていたが、だけど、こんな傷害事件をおこして、どういしてここで調書をとらないの

わたしら出先で調書をとれないのです

ふ〜ん、白バイ、パトカーは、調書どころぢゃねえ、罰金命令書までだすんに、ポリチャリはでけんと?

わかってくださいよ、旦那さん

わからんわな、病院帰りの女を訴えるために本署まで行く気は全然あらへんけんど、おめえらのやりくちには、納得がいかん、だいたい、来るのが遅い、そこんとこの競輪場正門前の派出所からぢゃろが?

そうです、急いで来ました

急いできた?何十分もかかって

準備もあるのです

そういうざまだからついこないだの京王線での火炎事故もおきるんぢゃ

あれは、関係ありません

あれも、これも、おおありよ

そんで、彼女は初犯?

よくみかけるんですよ、それだけです

ぢゃあ、さいしょから分かっていたのね

よくみかけますから

だから、目撃者のお嬢さんがたも帰したわけ?

よく、みかけますから

まあ、なんといいませうか、おさぼり警察なんか、情状警察なんかしらんが、よくシャーシャーと

ショー弁をして帰ってきた



さて、なんだっけ?

お〜、そ〜そ〜

煙草も0本から40本超へあがって最近は20本以下にさがってきた

時には間隔が12時間ほどあけば、身体が軽い、階段の上り下りも軽快

その12時間後の一服はまことに利きが鋭利

ローソンで朝買って一服しながら階段を登るともうキツイ

あたまもたしょうくらくらくらつく

ほとけもおとぼけ

とりのこえもおきょう

やればながくなる

あのマルコス甥っ子のワシントンスクエアの地下室

それは、ベッドにして・・



> ぬてまけそANNEX−Ω   訪問者数:11811518(今日:230/昨日:1218) 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/19(Tue) 06:23 先負(壬寅) 旧暦 3/19 月齢 17.9 抜て負けそ
>
> 今朝は法法華経で目覚めた、本来に戻ったか
>
> 否定と肯定、どうも否定ばかりで気分がよくない
>
> 肯定してあげなきゃね

そう、肯定、肯定

一服して、肯定気分か、否定気分か

震災10年来の片付けも進まぬ書斎

このガラクタ気分にして、ガラクタ書斎、散乱した蔵本、

まるで脳みその中をみているようだ

埋もれた瓦礫の発掘で、あったような・・

そのトマト嫌いなの!

と飛び掛かってきた女


それで、朝からぱらぱらしていたら、お面白いところに出会って、うちにも旧版が瓦礫の中にあったような・・


どうも、ここも、飛び散って飛び散って、記事が瓦礫化してきたようだから

雲消霧散するまえに、とりあえず、アップ


> それにしても、ひさしぶりに長すぎて入らないようなうるさい尻尾
>
> なかなか思い切れないのね、なにごとも
>
> 零
>
> スパッと達人斬りにできない
>
> 斬首
>
> ギリギリ、ノコノコ切れば、切り口が汚い
>
> オットーの貌も汚い、眼が昏い
>
> おっと、まんだ続いている
>
> 法華経も般若心経も聖書もあったが、埋もれてでてこない
>
> せめて産土の法華経でもよく聴きながら一服、二服
>
> 欠乏と過剰の発見は容易だが、零の発見は有難い
>
> ふむ、まことに有難い、零
>
> 法華経の声もこっちの杜からあっちの杜へうつっていったようだ
>
> 歩道を比較的足取りのしっかりしたお婆さん
>
> 足元のふらつく白い老犬ラブラドールを連れてお散歩
>
> 毛が抜けかかって大いに乱れている
>
> 連れてきてブラッシングをしてあがたい
>
> 手が届かない
>
> せめてもの毛坊主のブラッシング
>
> 気持ちがいいね
>
> さあ、新しい彼我はじまった
>
>
>
>
>

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54901] 有難い、零 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/19(Tue) 06:55  

ぬてまけそANNEX−Ω   訪問者数:11811518(今日:230/昨日:1218) 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/19(Tue) 06:23 先負(壬寅) 旧暦 3/19 月齢 17.9 抜て負けそ

今朝は法法華経で目覚めた、本来に戻ったか

否定と肯定、どうも否定ばかりで気分がよくない

肯定してあげなきゃね

それにしても、ひさしぶりに長すぎて入らないようなうるさい尻尾

なかなか思い切れないのね、なにごとも



スパッと達人斬りにできない

斬首

ギリギリ、ノコノコ切れば、切り口が汚い

オットーの貌も汚い、眼が昏い

おっと、まんだ続いている

法華経も般若心経も聖書もあったが、埋もれてでてこない

せめて産土の法華経でもよく聴きながら一服、二服

欠乏と過剰の発見は容易だが、零の発見は有難い

ふむ、まことに有難い、零

法華経の声もこっちの杜からあっちの杜へうつっていったようだ

歩道を比較的足取りのしっかりしたお婆さん

足元のふらつく白い老犬ラブラドールを連れてお散歩

毛が抜けかかって大いに乱れている

連れてきてブラッシングをしてあがたい

手が届かない

せめてもの毛坊主のブラッシング

気持ちがいいね

さあ、新しい彼我はじまった




やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54900] 立って、人の上に立って野郎、神にしても人にしても、そんな気にもならんでしょ でも、立っちゃうもんはしょうがない? 立ったものが萎えるまで慰めてください マリアさまRe:[54899] 「霊性の哲学」毛坊主祝い、超悶死でしたRe:[54898] 神父様、牧師様、毛坊主さま、よろしくわたくしの告白を聴いてください、弔問死Re:[54897] まんだ、まんだよ、若松君、門前の小僧 ふらふらふらふらしちょる、門前まできておるが、君は絶対者でもなく、これからもありえん キリストやマリアの仮面を暴いても、この絶対者がいる この絶対者のコトバ、ロゴスというのは、妄想のもとだ そこを覚って、超越も絶対もロゴスも卒業せんば、門のなかには入れんぞよRe:[54896] 素晴らしいね、「イタリア・ルネッサンスの文化」といいつつ、これはなにもイタリア・ルネッサンスばかりではなく、古代から現代まで、また世の東西に通じる言説であって、その統治機構、機構に群がる人物、詐欺、犯罪、宗教、ほら吹き、芸術、それらの彫琢が生き生きとしてまことに秀逸Re:[54894] 狛犬は高麗犬で、もともと高句麗の犬、みんな狼 それがよ、今ぢゃ、みんな、あのおとなしい狛犬になりさがってみちゃあおれん そんでよ、あの兜太の狼は狼めいて、なんの肉も霊もあらへん、たんだの狼の剥製、毛皮 そこへ蛍一匹ついていたところで、話にもならんわね、秩父の人々は可哀そうだ そこえいくってえと、やっぱ、八王子の三橋の狼には霊がみちみちているね、 満ち満ちて道々蜘蛛を葬る 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/18(Mon) 17:13  


えてみそねANNEX−Ω   訪問者数:11810931(今日:861/昨日:1854)友引(辛丑)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/18(Mon) 14:01 友引(辛丑) 旧暦 3/18 月齢 16.9

正座して上目づかいの狼を

連れ歩く

のもよいが

煮て食おうと焼いて食おうと俺の勝手だ

とは、まあ、ルドルフ・オットー、あの悪魔のヌミノーゼ以来いったいいくらの大小悪魔が出現したことであらうか

悪魔ちうのんは、まあ、ゲーテのファウストのメフィスト手レス的なもんなら、まんだ愛すべき存差異であって、えらく物知りで知識も豊富

でも、悪魔には、悪魔の「態度」がある

人間を「騙す」

あたかも、人間を超越へ導くかのごとく甘言を呈し知識で誘惑して、人間を「奴隷」化する

被造物たる人間なんぞ煮て食おうと焼いて食おうと俺の勝手だ

あはは、と高笑する悪魔の咬傷から人間に毒が蔓延して悪魔崇拝に陥る


かのバビロンの捕囚以前から、まあ、シュメールの農耕文化により地母神にしてバール信仰

そういう濃厚文明に圧せられて、遊牧民族が捕囚になって怨念

民族ごとに守護神がおった、ジーニャス、守護神、天才、なんでも天にしたがる、天災

戦闘とは守護神の戦いでもあって、ポエニ戦役では、ハンニバルがスキピオに負けてついにアフリカのカルタゴの本拠地が潰え去られる、地上から抹殺、神殿もろともに

そういう歴史の中でまさに民族守護神が守護神とともに民族を淘汰しつづけるなか、一体どうしてあの奴隷守護神に発したキリスト教、奴隷宗教が凱歌をあげたのか?

それは、その奴隷の守護神に発した奴隷宗教であるからこそ、それは帝国の統治に都合がよかったから

人間を自ら貶めて「絶対者」「超越者」「叡智」「光」を「希求」し、乞い求める

こんな都合の良いことは、「絶対者」「超越者」「叡智」「光」になるにはもってこいだ


その後の歴史を観るがよい

神聖ローマ帝国、絶対王政・・・

皇帝は、光り輝く冠をかぶり、法王でもあれば、法王がその権威を付与することもある

いまだに、その神聖をうけついだ聖ロシア正教の筆頭悪魔がロシアではプーチン悪魔によりそう映像がテレビで流れたいたではないか

そういう「絶対者」「超越者」「叡智」「光」の悪魔は若松君のような柔和な顔と「知識」をもって近づいてくる

「井筒俊彦−−叡智の哲学」の若松君のこの「叡智」も臭いととはおもっていたが、

そこに示唆された隠し画のエリアーデ、オットーと隠し画を拡げてみれば、そこから立ち昇る猛毒ガス、これに若松君は中毒しているのね

井筒がエリアーデやオットーにさして言及せんっことが、中毒患者としては不満でも隠し画を示唆して、猛毒へ誘導


而して、皮肉にも、この猛毒は、ますます、この「絶対者」「超越者」「叡智」「光」の「救済」宗教、「救済」思想の型枠の危険さを赤裸々に知らしめる

一言でいえば

古来の奴隷宗教の「秘儀」がオットーにおいてますます奴隷化度の峻烈さを極め、ナチズムをうみ、いまのウクライナ戦争にまでつながっている

オットー1869年生まれの前に1818年生まれのマルクスもいて、これが無神論というのは皮相のことにして、思想の骨格枠組みは、かの奴隷宗教であって、これも悲惨な結果を招いている、もっかの世界でかのマルクス共産主義、労働を高貴なものになして、プロレタリア革命を訴えたエピゴーネン、中国、北朝鮮にしても、東南アジアのいくつかの国々にしても、人間を奴隷する、あるいは他民族を抹殺排除するこに忙しい悪魔の所業






> むへるよめANNEX−Ω   訪問者数:11808042(今日:713/昨日:1295)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/16(Sat) 18:36 赤口(己亥) 旧暦 3/16 月齢 14.9 無減る嫁
>
> さて、弔問死への告白のつづきをやるまえに若松英輔「霊性の哲学」の躓きの先へ


> どうも人間陰湿になるといけねえ
>
> ほ〜ほけきょ


> > > ここ数日、産土の杜の鶯も殖えたとみえて、合唱、合掌
> > >
> > > 法惚化虚、呆惚気虚。仮虚、仮虚 と啼く
>
> 若松英輔「霊性の哲学」の躓きの先へ、若松君曰く「霊性とは宗派的差異の彼方で超越者を希求すること、あるいはその態度を意味します」で躓いて先へ進めぬもん
>
> 弁栄も浄土宗、キリスト教の救済宗教に近いから、若松君我田引水君を回避して、大拙、井筒、柳、吉満とよみつづく

昨日、弁栄も、谺も目を通した

まことに異様な言説に出会った、多分井筒のイブン・アラビーの受け売りの「光」の言説につづいて、もちろん、井筒も誰もちったあ仏教を知っているもんにとっちゃ、狂信とも狂乱とも思える「超越」「絶対者」の型枠、まあ、カタワ苦とでもいおうか・・

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

般若心境にある「色即是空 空即是色」・・「空」は絶対者、「色」は人間を含むすべての存在者です。

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

わらっちゃいけません

これが若松君の「超越」「絶対」信仰なんですから

こういうのを読むと、門前の小僧未満の幼稚さをやっぱり感じます

この本、あの本の若松君は幼稚だなあ、というのを、そういいたかったのをその知識の広範さに免じて、門前の小僧にまで格上げしたのです

やっぱりそのものを考える、感じる、表現する「態度」において幼稚、それもものまね


若松君のご本においてはそこに引用される誰彼の言説をまずはかなり忠実に反復します

そのすぐあとに若松キーワードをもってつけて、誰彼の言説の本意を脱骨換胎して「絶対」「超越」の衣を着せてしまいます

そうしないと若松君は誰彼の言説を理解できないようです

この幼稚なる幼稚園的な知識の消化態度は一体どこからきているのでしょうか

ここまで、洗脳されきった、幼稚さの源を訪ねてみると、すぐ見つかりました

そう、あの隠し画のなかの隠れ家オットー「聖なるもの」

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

「無」も「空」も、事実、「絶対他者」のヌウメン的表意文字である。

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

ばばかばしい

とわらってはいけません

本人らは本気なんですから

この本気さの恐ろしさの最期に逝きつく歴史上また目下の世界情勢は先にもうしあげましたが、この名著とわれる「聖なるもの」の最期に逝きつくとこうあります

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

一般的素質というのは、「内的における霊の証明」なる形式の「霊」である。

・・・さらに高い能力と段階とは、預言者である。すなわち霊をば「内部からの声」の能力として、聴覚の能力として、かつ両者を通じ宗教的想像力として所持している者である。

この預言者の段階の上に、なお高い第三の段階が考えられ期待される、・・・、それは一方霊を溢るゝばかり所持すると共に、他方自らの人格と業績とにおいて、出現せる聖なるもの預覚の対象となるような人の段階である。

このような人は預言者以上である。−−−−−彼は御子である。(完)

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

ここに至るまでオットーは徹底的に(擬)人格宗教たるキリスト教を、他の宗教、汎神論、理神論にたいする優越を主張し、かつ人間を徹底的に被造物、罪深きもの、として貶める言説を繰り返す一方で、「聖なるもの」をさらに聖なるものに仕上げるための「荘厳」「戦慄」「絶対」「超越」で飾りまくる

そりゃ、そうだ、もともとが、人間を徹底的に「絶対者」「超越者」の従属物にするには、貶め貶め、「絶対者」「超越者」を絶対に手の届かないものに仕上げなければならない

奴隷は「おののき」「戦慄」を、自主的「服従」をもって、「絶対者」「超越者」へ反抗しないようにしつけなければならない、狡猾なる悪魔的犯行


> 歴史や哲学や宗教にせい、写真や画にせい、材料拾い、材料の構図、焦点の当て方で、現れてくるものは随分と異なる、場合によっては真っ逆さまということも・・
>
若松君の言説においては「超越」なんぞの垂直的な構造の妄想、「妄想」とはいわんも、そういうものの見方をするもん、あるいは、そういう箇所を選んで、論評すれば、若松言説の「正統」化には確かになる
>
> いやさ、ことさらに正当化しようともおもっておらんで、そういう「超越」宗教、「超越」信仰、「超越」思想、垂直構造の型枠が薫臭して身に着いてしまった結果なのかもね

燻臭=燻習



> > > 而して、若松君はその誰かさんを己が妄想の「超越」の型枠をはめて解説しちゃうのね


> 理解することではなく、信じることです
>
> ますます危ない

ここもオットーの合理主義と非合理主義に詳しい

まずは、信じなさい、なにを?「絶対者」と「超越者」と「神」と「叡智」うんぬん


> 宗教の宗は超越というのが原義で、その教えです
>
> ますます危ない
>
>
>
>
> > 若松君の「池田晶子」はほぼ読了、
>
> いい言葉もあった


> 知ることは知を無知にすること
>
> なるほどね

なるほどね、の意味は、空

空を「絶対者」なんぞと妄想せんで、文字通り、知ることは知を空にすること

だから、知ったところで、「絶対者」も「超越者」も「叡智」も「神」も空

空の一言

ただそれだけ

だから、「絶対者」や「超越者」や「叡智」や「神」からの「光」も「ロゴス」も「恩寵」も「命令」も「要求」や「応答」も要らない

そういうもんは肝要ではないのです

ましてや、自分が「絶対者」や「超越者」や「叡智」や「神」や「光」や「ロゴス」や「恩寵」や「命令」や「要求」や「応答」に憑依されることもなければ、そういうものの「高み」へ「上昇」しようともしない

ここに霊の古来からの、欠乏と過剰、零の発見、霊の発見があるのです

オットー・若松「聖なるもの」「超越」主義は、欠乏をますます欠乏させ、過剰をますます過剰にさせる


霊は零にして欠乏も過剰も無い、空

そこの空というは、それこそ、体感、体験、経験、実感としてもっていない不覚者、すなわちオットー若松においては、霊感もないから、「超越者」「絶対者」などという妄想に帰しておしまい

空において、なんで「絶対」「超越」がありえようか?

ばかもほどほどにしろ

といっても、ばかなんだから、おもいこんだ妄信から脱却できないのは古今の悲劇

悪魔と神は紙一重

いやさ、神即悪魔、悪魔即神

そういうもんも、空

そこを自覚でければ、戦争も悲劇もおこらんのんぢゃねえの

怒るかもしれぬ

オットー、ヒットラー、プーチン、若松

もう、もろもろにそれ以外のあちこち、其処此処に大悪魔、子悪魔が蔓延っている


> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> 読書とは、知識を得る体験ではない。むしろ、知識を「無知」に高める体験である。「無知」の自覚が生まれるとき、叡智の光が私たちを照らす。
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> 「知ることは知を無知にすること」と云う、プレインな一節はよいが、上のような言説になると、もう臭気濛々
>
> 読書とは、知識を得る体験ではない。
>
> ここまではよしとする
>
> 知識を「無知」に高める
>
> 知識を「無知」に、まではよいが・・
>
> なんで「高める」のか?
>
> これは、まるでかの宗教のいいかたね
>
> かの宗教とは「超越者」へ「救い」を「希求」すべき奴隷宗教のものいいね
>
> 高めているんだから、奴隷化ではないように皮相では見えるが、この高まりは超越者の恩寵に浴するための奴隷の高まりである
>
> そこに若松君の垂直構造、あの危ない秩序化、歴史の数々の争い、目下のウクライナ露西亜戦争、そういうもんの裏にある思想秩序、垂直構造を垣間見えてしまう
>
> 平和や悲しみ、大悲とか、いろいろいっているが、なべて発想、いやさ、身に沁み込んだものの受け止め方、解釈、解説、言説、言葉が垂直構造なのね
>
> 例の「立つ」ってやつ
>
> あげればきりがないが・・
>
> この臭みが若松言説には蔓延している
>
> なんで、そこで高まるのか、なぜ、「無知」になる、とプレインに云えないのか?
>
> それは・・
>
> 「無知」の自覚が生まれるとき、叡智の光が私たちを照らす。
>
> また、また、来ました、「叡智」の「光」が私たちを「照らす」。
>
> 徹頭徹尾他者、「叡智」「光」「超越者」そういうもんから受け身になって「照ら」される
>
> あるいは若松君自身が「叡智」にして「照らす」のかもしれない
>
> そこが怖い。だから、いくら言葉で平和や救いや悲しみや愛を言い募っても、その思想構造、言説構造、ロゴス構造、宗教構造に、危険がみちみちている
>
> 若松君が戦争推進だといっているのではない
>
> 歴史的戦きは、そういう「叡智」や「超越者」や「絶対他者」や「神」が狂信者に
> 憑依して起こっていんぢゃ、ありませんか?
>
> 皮相は地政学や唯物論的現象学や兵器やお国の勘定にして感情にいしても
>
> 戦争までいかなくても、いくら悲しみや大悲をいいつのっても、水俣病の悲劇もハンセン病の悲劇も、「叡智」や「超越者」や「絶対他者」や「神」やを想定する妄想する、その構造秩序の下におこっている
>
> だから、そういう宗教は「宗教」ぢゃない、本当の「宗教」ぢゃないと、言い募ったところで、思想構造、宗教構造、秩序構造、発想構造が、そうなんだから、
>
> いっそ、「叡智」や「超越者」や「絶対他者」や「神」やを止めちゃったらどうなの?
>
> ようは、宗教の衣も脱げ、哲学の衣も脱げ、思想の衣も脱げ
>
> 脱いで脱いで、赤肉団上になれ
>
> それが自覚でしょ?
>
> 自分、自を分ける、分かる、と分かったようなことを云っているが、その自分をことさらに貶めて、いわば、奴隷化して、自分以外の他者からの「叡智」や「超越者」からの「光」の恩寵に浴することはないでしょう
>
> 気づきがあれば足りる
>
> 自覚があれば足りる、なにも自分をことさらに他者の受け皿、それこそ巫に仕立てあげることもない
>
> 仕立て上げれば、自分の自分たる責任になくなって、みんな「叡智「超越者」「神」のせいにして、気楽なもんだわね、いいとこどりだけして、都合がわるくなれば遁走
>
> それこそ、自由からの遁走
>
> 豚走、悪魔が突っ込んでいったところでしょ、聖書でも
>
> >「霊性の哲学」は初っ端から躓いた
>
> > 若松君曰く「霊性とは宗派的差異の彼方で超越者を希求すること、あるいはその態度を意味します」
> >
> > ダメだね
> >
> > もうこれでは霊性を冷静に論じる視覚なし
> >
> > 若松君の視覚は上向いて「超越者」を「希求」するんだね、その視覚と資格において霊性?

霊性も向上が必要なんです

向上を意志するのです

向上は力です

オットー

> > そんなもん、「超越者」を想定する必要もなければ、「希求」する必要もない
> >
> > 霊性は各自にあって、それを各自が自覚でけるか、いなか
> >
> > ただ、それだけでしょ
> >
> > なんで、霊性が、また霊性とは別の「超越者」を「希求」する必要がありませうかね
> >
> > そういう「態度」だから、門前の小僧とやられるんですね

幼稚にして霊覚にも至っていない、オットー、若松君

だから、不覚なんです

> > うむ、やわらくなってきたぞ
> >
> > 「超越者」を「希求」するんは、いまだ「霊性」の自覚にもいたっていない、不覚者のなす態度でしょ?


> > この不覚者の態度が、もう、あちこちに散見されるのですね「池田晶子」にも

> 腑に落ちる箇所も多い


> そういうもんが、もろもろの霊と交流でければ、もう腑に落ちて腑に追墜ちて、坐っているもんが、地獄にめりこむぐらい重くなって、立てない
>
> 立って、人の上に立って野郎、神にしても人にしても、そんな気にもならんでしょ

でも、立っちゃうもんはしょうがない?

立ったものが萎えるまで慰めてください

マリアさま


> せっかく、重心の低い文化に生まれついて、なにを好き好んで、立位の宗教、超越の教え、奴隷思想の毒なんかに中毒するのかね、自分でも呑んで、人にも混ぜて呑ませるのかね

それは、見えぬ、意識せぬ、無意識の下心があるからです

ユダヤ人がバビロンの捕囚になって、どん底を舐めて、人間として存在感を失い、国としての存在を失た

その補償にして、天上の王国を妄想し、天上界での人間の存在の再生復活を希求した

それの希求、怨念が選民思想をうみ、そこの思想構造、宗教構造がまことに統治機構として秀逸

民を奴隷化して、荘厳なる「超越者」「絶対者」を崇めさせる構造、構築、思想は、まさに帝国主義にも、共産主義にも、どんな統治主義にも、利用価値は高い

それを信じるものは、救われる

たしかに暗殺の対象にはならにゃろし、栄誉、栄進も望める

問題は底


> > 「井筒俊彦−−叡智の哲学」でしたかね、あれをお書きになったのは、ほそぼそと書いて、そのころは、講壇哲学の講壇に登っていないで、頼んで三田文学かなんかの大学報の載せてもらった、奥さんが病んだりして、大変な時期に、それこそ血を吐く思いで、書き綴った、というようなことが、あとがきかどっかにありましたが、あのころの文章、書き方は、まことに昨今のご著書より数段優りますね
> >
> > どこが違うか?
> >
> > 謙虚さです、あのころは、謙虚に誠実に書かれていた

とはいえ、この「叡智の哲学」が最初から臭かった、井筒俊彦は「叡智の哲学」を書こう、しようとしたんかね?

これ「井筒俊彦−−叡智の哲学」も、若松君は皮相においては井筒をなぞってはいるもんの、井筒を脱骨換胎しているのではないか、もう一度点検してみる必要がありそうだ

そこまで暇ぢゃない




> > 昨今の「池田晶子」は2013年、「霊性の哲学」は2012〜14年、肩書も変わっています
> >
> > やはり人間、講壇へ上昇すると、どうも超越気分になって、堕落するんでしょうかね、あの斎藤蛙君、いやさ、鼠くん、それほどひどくはない、ぜんぜん若松君はまともですが・・
> >
> > それでも、驕り昂りが顕著ですね
>
> 「叡智」や「超越者」や「絶対他者」や「神」やを止めちゃったらどうなの?
>
> 驕り昂りが亢進すれば、ヒトラーにもプーチンに、いやさ、そっこらぢゅうの悪魔になりますよ
>
> なにしろ、人間はだれでも、奴隷ではいたくないのですから
>
> 高みへ上昇したいのですから

そう、てっとう哲美、垂直構造の言説、オットーも若松も同じ、ヒトラーもプーチン、習近平もおなじ


大きすぎるから割愛して・・


若松君、井筒の「大乗起信論」の最期はどう読んだのでしょうか?



やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54899] 「霊性の哲学」毛坊主祝い、超悶死でしたRe:[54898] 神父様、牧師様、毛坊主さま、よろしくわたくしの告白を聴いてください、弔問死Re:[54897] まんだ、まんだよ、若松君、門前の小僧 ふらふらふらふらしちょる、門前まできておるが、君は絶対者でもなく、これからもありえん キリストやマリアの仮面を暴いても、この絶対者がいる この絶対者のコトバ、ロゴスというのは、妄想のもとだ そこを覚って、超越も絶対もロゴスも卒業せんば、門のなかには入れんぞよRe:[54896] 素晴らしいね、「イタリア・ルネッサンスの文化」といいつつ、これはなにもイタリア・ルネッサンスばかりではなく、古代から現代まで、また世の東西に通じる言説であって、その統治機構、機構に群がる人物、詐欺、犯罪、宗教、ほら吹き、芸術、それらの彫琢が生き生きとしてまことに秀逸Re:[54894] 狛犬は高麗犬で、もともと高句麗の犬、みんな狼 それがよ、今ぢゃ、みんな、あのおとなしい狛犬になりさがってみちゃあおれん そんでよ、あの兜太の狼は狼めいて、なんの肉も霊もあらへん、たんだの狼の剥製、毛皮 そこへ蛍一匹ついていたところで、話にもならんわね、秩父の人々は可哀そうだ そこえいくってえと、やっぱ、八王子の三橋の狼には霊がみちみちているね、 満ち満ちて道々蜘蛛を葬る 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/16(Sat) 19:16  

むへるよめANNEX−Ω   訪問者数:11808042(今日:713/昨日:1295)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/15(Fri) 10:44 赤口(己亥) 旧暦 3/16 月齢 14.9 無減る嫁

さて、弔問死への告白のつづきをやるまえに若松英輔「霊性の哲学」の躓きの先へ

きょうは、ちょうどいいお天気なのに外に行かないの?

うむ、忙しいの。鼻くそだらけでしてりるしてるシーツを換えてくれ

あたま刈ってきたの?

毛坊主にしてきた、10o

あれは江沢さんぢゃなくて滝沢さんでしょ?

まあ、似たようなもんだ、そのあとが金井で14年前に店を閉めたそのあと

むかしもいまもそうかもしれぬが、兄弟が女ばかりだと男一人の子が女言葉を喋りだす、何人かいたうちのその一人、洋品店を滝沢お茶屋のビルのお茶屋の後に開いて

そこに、毎晩幽霊のように訪れて呑みにいこうと誘いだす中沢君、小学校6年間皆勤賞、そのご中年になってうつ病、昼間はでてこぬが、夜になるとでてきた、金井が引っ張り出される

中沢君もとっくに逝って、愛車のマツダのオープンカーも前の駐車場に放置されていたもんが、いつのまにかなくなり、金井君も閉店してどこにいったのやら

女言葉を喋る同級生に立川君もいたね

みんなにいじめられたりして、いまだったら、大騒ぎかもね

毎日頭を叩かれる時代だから、いじめなんてたいしたことでもなく、今みたいに陰湿でもなかった

どうも人間陰湿になるといけねえ

ほ〜ほけきょ

> かあつしひANNEX−Ω   訪問者数:11806814(今日:780/昨日:2595)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/15(Fri) 09:41 大安(戊戌) 旧暦 3/15 月齢 13.9
>
> 大安か、んではちっと安らかにやらう、野郎安らかに・・
>
> Cinema Paradiso by Chris Botti and Yo-Yo Ma [HD]
> http://www.youtube.com/watch?v=0rpxpkyqSGs

> > こみふつらANNEX−Ω   訪問者数:11804113(今日:674/昨日:704)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/13(Thu) 11:22 仏滅(丁酉) 旧暦 3/14 月齢 12.9
> >
> > お、仏滅、いいぞ
> >
> > ♪モーツァルト:歌劇≪魔笛≫ K.620-序曲 / カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1964
> > http://www.youtube.com/watch?v=7WK9pAqK7jM
> >
> > ここ数日、産土の杜の鶯も殖えたとみえて、合唱、合掌
> >
> > 法惚化虚、呆惚気虚。仮虚、仮虚 と啼く

若松英輔「霊性の哲学」の躓きの先へ、若松君曰く「霊性とは宗派的差異の彼方で超越者を希求すること、あるいはその態度を意味します」で躓いて先へ進めぬもん

弁栄も浄土宗、キリスト教の救済宗教に近いから、若松君我田引水君を回避して、大拙、井筒、柳、吉満とよみつづく

それにしても、付箋が多い、「池田晶子」も多かった

もっとも、図書館の本だから書き込めないので、付箋

そのいちいちをやりだすときりがないのだが・・



> > > さちよみたANNEX−Ω   訪問者数:11803327(今日:592/昨日:1640)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/13(Wed) 20:44
> >
> > > だいたい、ああいう乗り方をするんのんは、まあ、驕り昂ったへなちょこライダー
> >
> > これは、まことに若松君にも通じる
> >
> > > あぶね〜じゃ、ねえか
> >
> > なにかに即してものを云っておるんぢゃが
> >
> > その何かは、全然、例えば池田晶子にせい、誰にせい、若松君的な「超越」なんぞの垂直的な構造の妄想なんぞ言及しておらんやろ

と、おもったら、けっこういるのね

でもね

メタヒストリーのヘイドン・ホワイトならずも、土門拳ならずもの、歴史や哲学や宗教にせい、写真や画にせい、材料拾い、材料の構図、焦点の当て方で、現れてくるものは随分と異なる、場合によっては真っ逆さまということも・・

若松君の言説においては「超越」なんぞの垂直的な構造の妄想、「妄想」とはいわんも、そういうものの見方をするもん、あるいは、そういう箇所を選んで、論評すれば、若松言説の「正統」化には確かになる

いやさ、ことさらに正当化しようともおもっておらんで、そういう「超越」宗教、「超越」信仰、「超越」思想、垂直構造の型枠が薫臭して身に着いてしまった結果なのかもね
> >
> > 而して、若松君はその誰かさんを己が妄想の「超越」の型枠をはめて解説しちゃうのね
> >
> > だから、その誰かさんに即しているようで、誰かさんを換骨奪胎して、おのが妄想「哲学」化してしまう

だけんど、これは危ない

> > > わかる?
> > >
> > > わかりませ〜ん
> >
> > 多分に若松君もこの類なのかもしれぬ
> >
> >
> > > > ほえかほのANNEX−Ω   訪問者数:11799379(今日:1615/昨日:702)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/11(Mon) 11:47 先勝(甲午) 旧暦 3/11 月齢 9.9
> > >
> > > 山口百恵 さよならの向こう側 結婚式翌日放送 結婚式映像+思い出の場面付き '80 11 20
> > > http://www.youtube.com/watch?v=xpkXuFfvl6E

蛇も割愛して・・

> > 而して、理解に役に立ったからとて、おのが命の肥やしになるか、ちうとそうはいかぬ
> >
> > むしろ、いのちには毒
> >
> > 毒も使いようだから、微毒にして薬として使えば、つかえぬもんでもなく、外部からの救いにもならう
> >
> > それが、自己治癒力、生きる力を活性化させる機縁になることもある

理解はできる

理解できるからといって、そこにのめり込むと、薬もまた毒になる

理解することではなく、信じることです

ますます危ない

宗教の宗は超越というのが原義で、その教えです

ますます危ない




> 若松君の「池田晶子」はほぼ読了、

いい言葉もあった

付箋を探したが、でてこない、落っこちてしまったのだらうか、思い出せば・・

知ることは知を無知にすること

なるほどね

似たようなのには付箋がある、曰く

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

読書とは、知識を得る体験ではない。むしろ、知識を「無知」に高める体験である。「無知」の自覚が生まれるとき、叡智の光が私たちを照らす。

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

「知ることは知を無知にすること」と云う、プレインな一節はよいが、上のような言説になると、もう臭気濛々

読書とは、知識を得る体験ではない。

ここまではよしとする

知識を「無知」に高める

知識を「無知」に、まではよいが・・

なんで「高める」のか?

これは、まるでかの宗教のいいかたね

かの宗教とは「超越者」へ「救い」を「希求」すべき奴隷宗教のものいいね

高めているんだから、奴隷化ではないように皮相では見えるが、この高まりは超越者の恩寵に浴するための奴隷の高まりである

そこに若松君の垂直構造、あの危ない秩序化、歴史の数々の争い、目下のウクライナ露西亜戦争、そういうもんの裏にある思想秩序、垂直構造を垣間見えてしまう

平和や悲しみ、大悲とか、いろいろいっているが、なべて発想、いやさ、身に沁み込んだものの受け止め方、解釈、解説、言説、言葉が垂直構造なのね

例の「立つ」ってやつ

あげればきりがないが・・

この臭みが若松言説には蔓延している

なんで、そこで高まるのか、なぜ、「無知」になる、とプレインに云えないのか?

それは・・

「無知」の自覚が生まれるとき、叡智の光が私たちを照らす。

また、また、来ました、「叡智」の「光」が私たちを「照らす」。

徹頭徹尾他者、「叡智」「光」「超越者」そういうもんから受け身になって「照ら」される

あるいは若松君自身が「叡智」にして「照らす」のかもしれない

そこが怖い。だから、いくら言葉で平和や救いや悲しみや愛を言い募っても、その思想構造、言説構造、ロゴス構造、宗教構造に、危険がみちみちている

若松君が戦争推進だといっているのではない

歴史的戦きは、そういう「叡智」や「超越者」や「絶対他者」や「神」が狂信者に
憑依して起こっていんぢゃ、ありませんか?

皮相は地政学や唯物論的現象学や兵器やお国の勘定にして感情にいしても

戦争までいかなくても、いくら悲しみや大悲をいいつのっても、水俣病の悲劇もハンセン病の悲劇も、「叡智」や「超越者」や「絶対他者」や「神」やを想定する妄想する、その構造秩序の下におこっている

だから、そういう宗教は「宗教」ぢゃない、本当の「宗教」ぢゃないと、言い募ったところで、思想構造、宗教構造、秩序構造、発想構造が、そうなんだから、

いっそ、「叡智」や「超越者」や「絶対他者」や「神」やを止めちゃったらどうなの?

ようは、宗教の衣も脱げ、哲学の衣も脱げ、思想の衣も脱げ

脱いで脱いで、赤肉団上になれ

それが自覚でしょ?

自分、自を分ける、分かる、と分かったようなことを云っているが、その自分をことさらに貶めて、いわば、奴隷化して、自分以外の他者からの「叡智」や「超越者」からの「光」の恩寵に浴することはないでしょう

気づきがあれば足りる

自覚があれば足りる、なにも自分をことさらに他者の受け皿、それこそ巫に仕立てあげることもない

仕立て上げれば、自分の自分たる責任になくなって、みんな「叡智「超越者」「神」のせいにして、気楽なもんだわね、いいとこどりだけして、都合がわるくなれば遁走

それこそ、自由からの遁走

豚走り、悪魔が突っ込んでいったところでしょ、聖書でも

>「霊性の哲学」は初っ端から躓いた

> 若松君曰く「霊性とは宗派的差異の彼方で超越者を希求すること、あるいはその態度を意味します」
>
> ダメだね
>
> もうこれでは霊性を冷静に論じる視覚なし
>
> 若松君の視覚は上向いて「超越者」を「希求」するんだね、その視覚と資格において霊性?
>
>
> 可笑しいでしょ?
>
> 可笑しくない?
>
> 気が付かない?
>
> そんなもん、「超越者」を想定する必要もなければ、「希求」必要もない
>
> 霊性は各自にあって、それを各自が自覚でけるか、いなか
>
> ただ、それだけでしょ
>
> なんで、霊性が、また霊性とは別の「超越者」を「希求」する必要がありませうかね
>
> そういう「態度」だから、門前の小僧とやられるんですね
>
> うむ、やわらくなってきたぞ
>
> 「超越者」を「希求」するんは、いまだ「霊性」の自覚にもいたっていない、不覚者のなす態度でしょ?
>
> ねえ、そう思いません?
>
> と問うことすら必要ありません
>
> この不覚者の態度が、もう、あちこちに散見されるのですね「池田晶子」にも
>
> それしても、あっちへふらふら、こっちへふらふら、そのふらふらもフランス小蛇のデリダ諸君とは、一味ちゃうて
>
> やっぱ、ニッポン人だから、同じ文化を共有しているし、宗教的、哲学的、ロゴス的、超越的臭みを除けば、料理の素材も、料理の仕方も悪くはないから、選り分けて食べれば食べられぬこともないし、場合によっては美味しい

付箋がたくさんあるってことは批判的な箇所もあるが

腑に落ちる箇所も多い

そう、腑に落とせばよいのですよ

なにも、他者からの「叡智」の「光」を「浴びる」必要もない

霊性ということばも、あまり感心はしないが、あるから「霊覚」も「霊性」もつかうが、

そういうもんが、もろもろの霊と交流でければ、もう腑に落ちて腑に追墜ちて、坐っているもんが、地獄にめりこむぐらい重くなって、立てない

立って、人の上に立って野郎、神にしても人にしても、そんな気にもならんでしょ

> でもね、宗教的、哲学的、ロゴス的、超越的臭みの香辛料はそこここにふりかけられていて、一体全体のせっかくのうまみを臭くしてしまっているのが、料理人として惜しいことです

せっかく、重心の低い文化に生まれついて、なにを好き好んで、立位の宗教、超越の教え、奴隷思想の毒なんかに中毒するのかね、自分でも呑んで、人にも混ぜて呑ませるのかね


> 盛り合わせも雑多で、その粗雑な盛り合わせも、まあ、ここに味わえば、それなりの味わいがあります
>
> うむ、いいど、いいぞ
>
> でもね、ちょっと料理人として、奢っていませんか?
>
> まあ、料理人、それも名人級ともなれば、奢られて只でいただけるのはありがたいですが・・
>
> 板前の見習いともいえない、もういい年なんだから、一丁前で、でも、名人とはいいがたいもんに奢られると、なんだか複雑な気分で、味わいです
>
> 「井筒俊彦−−叡智の哲学」でしたかね、あれをお書きになったのは、ほそぼそと書いて、そのころは、講壇哲学の講壇に登っていないで、頼んで三田文学かなんかの大学報の載せてもらった、奥さんが病んだりして、大変な時期に、それこそ血を吐く思いで、書き綴った、というようなことが、あとがきかどっかにありましたが、あのころの文章、書き方は、まことに昨今のご著書より数段優りますね
>
> どこが違うか?
>
> 謙虚さです、あのころは、謙虚に誠実に書かれていた
>
> 昨今の「池田晶子」は2013年、「霊性の哲学」は2012〜14年、肩書も変わっています
>
> やはり人間、講壇へ上昇すると、どうも超越気分になって、堕落するんでしょうかね、あの斎藤蛙君、いやさ、鼠くん、それほどひどくはない、ぜんぜん若松君はまともですが・・
>
> それでも、驕り昂りが顕著ですね

「叡智」や「超越者」や「絶対他者」や「神」やを止めちゃったらどうなの?

驕り昂りが亢進すれば、ヒトラーにもプーチンに、いやさ、そっこらぢゅうの悪魔になりますよ

なにしろ、人間はだれでも、奴隷ではいたくないのですから

高みへ上昇したいのですから

> それに、強引に「超越」だの「希求」だの、という、あの悪しき思想、志操の型枠に、議論を、解釈を、解説をはめ込んでいらっしゃいます
>
> ご自分ではお気づきではないのでせうか?
>
> 気づいている?
>
> ぢゃあ、若松君は、どうも「井筒俊彦」のころからその毛を感じたのですが、
>
> 毛坊主にして、あたらしい叡智教団、叡智宗とでもいうような、臭気ぷんぷんの新興宗教だか、信仰哲学派でも、お立ち上げならるおつもりでせうか?
>
> 人間そここで、講演でもして儀礼でも拍手を浴びれば舞い上がるものです
>
> それこそ、池田晶子がいっている、よに哲学者を名宣るロクデナシが多い
>
> そういうもんに成り下がってはいらっしゃいませんでしょうが、なりかかっているというご自覚はありますか
>
> 駄目ですよ、言葉ッ面で自戒なさっても、それこそ、センセイのおっしゃるロゴスがその頽落途上であることを証明しているではないですか
>
> ご自分で書いたこと、言ったことは、読めもしなければ、聴きもできないのですか?
>
> わたしの拙い読後感、いえね、躓き、センセイの新興宗教、信仰哲学への躓き
>
> 努力して鼻を摘まんで、もう、花粉症の季節ですから、ちょうどよい、超越者から恩寵かもしれませんが、鼻を摘まみ、摘まみして、摘まみ悔いをしながら、読んでは告白
>
> 神父様、牧師様、毛坊主さま、よろしくわたくしの告白を聴いてください、弔問死

きょうは「霊性の哲学」毛坊主祝い、超悶死でした

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54898] 神父様、牧師様、毛坊主さま、よろしくわたくしの告白を聴いてください、弔問死Re:[54897] まんだ、まんだよ、若松君、門前の小僧 ふらふらふらふらしちょる、門前まできておるが、君は絶対者でもなく、これからもありえん キリストやマリアの仮面を暴いても、この絶対者がいる この絶対者のコトバ、ロゴスというのは、妄想のもとだ そこを覚って、超越も絶対もロゴスも卒業せんば、門のなかには入れんぞよRe:[54896] 素晴らしいね、「イタリア・ルネッサンスの文化」といいつつ、これはなにもイタリア・ルネッサンスばかりではなく、古代から現代まで、また世の東西に通じる言説であって、その統治機構、機構に群がる人物、詐欺、犯罪、宗教、ほら吹き、芸術、それらの彫琢が生き生きとしてまことに秀逸Re:[54894] 狛犬は高麗犬で、もともと高句麗の犬、みんな狼 それがよ、今ぢゃ、みんな、あのおとなしい狛犬になりさがってみちゃあおれん そんでよ、あの兜太の狼は狼めいて、なんの肉も霊もあらへん、たんだの狼の剥製、毛皮 そこへ蛍一匹ついていたところで、話にもならんわね、秩父の人々は可哀そうだ そこえいくってえと、やっぱ、八王子の三橋の狼には霊がみちみちているね、 満ち満ちて道々蜘蛛を葬る 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/15(Fri) 10:44  


かあつしひANNEX−Ω   訪問者数:11806814(今日:780/昨日:2595)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/15(Fri) 09:41 大安(戊戌) 旧暦 3/15 月齢 13.9

大安か、んではちっと安らかにやらう、野郎安らかに・・

Cinema Paradiso by Chris Botti and Yo-Yo Ma [HD]
http://www.youtube.com/watch?v=0rpxpkyqSGs

神木の小蛇突っつく鴉かな @熱田神宮49歳

土塀下の大蛇戦く群鴉 @韮山江川邸 51歳

千年の屋根を貫く山法師 @韮山江川邸 51歳

正確には山法師ではなからうが、山法師でよい

反射炉の句も詠んだ記憶があるが、句を思い出せない

さて、おだやかに、おだやかに・・

とはいえ、27度もあった気温が今日は最高で11度予報

身に堪える、着膨れ


> こみふつらANNEX−Ω   訪問者数:11804113(今日:674/昨日:704)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/13(Thu) 11:22 仏滅(丁酉) 旧暦 3/14 月齢 12.9
>
> お、仏滅、いいぞ
>
> ♪モーツァルト:歌劇≪魔笛≫ K.620-序曲 / カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1964
> http://www.youtube.com/watch?v=7WK9pAqK7jM
>
> ここ数日、産土の杜の鶯も殖えたとみえて、合唱、合掌
>
> 法惚化虚、呆惚気虚。仮虚、仮虚 と啼く
>
> > さちよみたANNEX−Ω   訪問者数:11803327(今日:592/昨日:1640)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/13(Wed) 20:44
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> > だいたい、ああいう乗り方をするんのんは、まあ、驕り昂ったへなちょこライダー
>
> これは、まことに若松君にも通じる
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> > あぶね〜じゃ、ねえか
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> なにかに即してものを云っておるんぢゃが
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> その何かは、全然、例えば池田晶子にせい、誰にせい、若松君的な「超越」なんぞの垂直的な構造の妄想なんぞ言及しておらんやろ
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> 而して、若松君はその誰かさんを己が妄想の「超越」の型枠をはめて解説しちゃうのね
>
> だから、その誰かさんに即しているようで、誰かさんを換骨奪胎して、おのが妄想「哲学」化してしまう
>
> > こんだあ、ケータイをしまって腰を振ってライダー君がまた右
> >
> > 追い越させない、すぐ諦めて、どうもまたあとをつけてくる気配
> >
> > 後ろは振り向かない
> >
> > 振り向く趣味がない
> >
> > 前をみていても、うしろの気配はわかる
> >
> > 腰も振らない
> >
> > みっともない
> >
> > 美学
> >
> > うしろでぼそぼそ、追い越させねえ気らしい
> >
> > さあ、さあ、四谷橋も過ぎ、途の最期の凸凹もすぎ、ここからはやや下りのラスト数百m
> >
> > また、腰を振り振り、二人が右を追い抜く
> >
> > 巡航モードからギヤダウンしてまた抜き返そうとした、二人で横に並んで邪魔
> >
> > どけ!というのも、なんだし、おもわず、ワァオー!
> >
> > もう二人とも吃驚ギックギクで腰を浮かし、車体を左右に振って必死の逃げモード
> >
> > その後ろを追って、また後ろからのこりの集団が追い抜いていく
> >
> > 高校生か大学生か
> >
> > 見送って巡航にもどると、またまた追いつく
> >
> > 君たち、傲慢はいかんよ、若くして傲慢なもんは、伸びぬ
> >
> > みっともない逃げ方をして逃げきれてもみっともないでしょ
> >
> > わかる?
> >
> > わかりませ〜ん
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> 多分に若松君もこの類なのかもしれぬ
>
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> > > ほえかほのANNEX−Ω   訪問者数:11799379(今日:1615/昨日:702)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/11(Mon) 11:47 先勝(甲午) 旧暦 3/11 月齢 9.9
> >
> > 山口百恵 さよならの向こう側 結婚式翌日放送 結婚式映像+思い出の場面付き '80 11 20
> > http://www.youtube.com/watch?v=xpkXuFfvl6E
> >
> > > げじげじを叩き潰して読書中
> >
> > 毒蛇を輪切りにしてや読書中
> >
> > ニシキヘビは輪切りにして味噌汁にいれると出汁、肉とも最高だとか
>
> 蛇ものはロゴスに詳しいから、ロゴス的に理解するには、蛇も役に立つ
>
> 大蛇は小蛇よりももっとおいしい
>
> > 毒蛇はどうかね?
> >
> > 蝮が食えるんだから、問題なからう
>
>
> 毒蛇は痺れるくらい、妄想ももうよくよく痺れるくらいよく理解できる
>
>
>
> > > > > > 年年歳歳弱りゆく力で、秋の蝶とわが身が重なる
>
> だから、大蛇でも毒蛇でも、この世の蛇の知恵に満ち満ちた世界を理解するには役に立つ
>
> 而して、理解に役に立ったからとて、おのが命の肥やしになるか、ちうとそうはいかぬ
>
> むしろ、いのちには毒
>
> 毒も使いようだから、微毒にして薬として使えば、つかえぬもんでもなく、外部からの救いにもならう
>
> それが、自己治癒力、生きる力を活性化させる機縁になることもある

若松君の「池田晶子」はほぼ読了、「霊性の哲学」は初っ端から躓いた

若松君曰く「霊性とは宗派的差異の彼方で超越者を希求すること、あるいはその態度を意味します」

ダメだね

もうこれでは霊性を冷静に論じる視覚なし

若松君の視覚は上向いて「超越者」を「希求」するんだね、その視覚と資格において霊性?


可笑しいでしょ?

可笑しくない?

気が付かない?

そんなもん、「超越者」を想定する必要もなければ、「希求」必要もない

霊性は各自にあって、それを各自が自覚でけるか、いなか

ただ、それだけでしょ

なんで、霊性が、また霊性とは別の「超越者」を「希求」する必要がありませうかね

そういう「態度」だから、門前の小僧とやられるんですね

うむ、やわらくなってきたぞ

「超越者」を「希求」するんは、いまだ「霊性」の自覚にもいたっていない、不覚者のなす態度でしょ?

ねえ、そう思いません?

と問うことすら必要ありません

この不覚者の態度が、もう、あちこちに散見されるのですね「池田晶子」にも

それしても、あっちへふらふら、こっちへふらふら、そのふらふらもフランス小蛇のデリダ諸君とは、一味ちゃうて

やっぱ、ニッポン人だから、同じ文化を共有しているし、宗教的、哲学的、ロゴス的、超越的臭みを除けば、料理の素材も、料理の仕方も悪くはないから、選り分けて食べれば食べられぬこともないし、場合によっては美味しい

でもね、宗教的、哲学的、ロゴス的、超越的臭みの香辛料はそこここにふりかけられていて、一体全体のせっかくのうまみを臭くしてしまっているのが、料理人として惜しいことです

盛り合わせも雑多で、その粗雑な盛り合わせも、まあ、ここに味わえば、それなりの味わいがあります

うむ、いいど、いいぞ

でもね、ちょっと料理人として、奢っていませんか?

まあ、料理人、それも名人級ともなれば、奢られて只でいただけるのはありがたいですが・・

板前の見習いともいえない、もういい年なんだから、一丁前で、でも、名人とはいいがたいもんに奢られると、なんだか複雑な気分で、味わいです

「井筒俊彦−−叡智の哲学」でしたかね、あれをお書きになったのは、ほそぼそと書いて、そのころは、講壇哲学の講壇に登っていないで、頼んで三田文学かなんかの大学報の載せてもらった、奥さんが病んだりして、大変な時期に、それこそ血を吐く思いで、書き綴った、というようなことが、あとがきかどっかにありましたが、あのころの文章、書き方は、まことに昨今のご著書より数段優りますね

どこが違うか?

謙虚さです、あのころは、謙虚に誠実に書かれていた

昨今の「池田晶子」は2013年、「霊性の哲学」は2012〜14年、肩書も変わっています

やはり人間、講壇へ上昇すると、どうも超越気分になって、堕落するんでしょうかね、あの斎藤蛙君、いやさ、鼠くん、それほどひどくはない、ぜんぜん若松君はまともですが・・

それでも、驕り昂りが顕著ですね

それに、強引に「超越」だの「希求」だの、という、あの悪しき思想、志操の型枠に、議論を、解釈を、解説をはめ込んでいらっしゃいます

ご自分ではお気づきではないのでせうか?

気づいている?

ぢゃあ、若松君は、どうも「井筒俊彦」のころからその毛を感じたのですが、

毛坊主にして、あたらしい叡智教団、叡智宗とでもいうような、臭気ぷんぷんの新興宗教だか、信仰哲学派でも、お立ち上げならるおつもりでせうか?

人間そここで、講演でもして儀礼でも拍手を浴びれば舞い上がるものです

それこそ、池田晶子がいっている、よに哲学者を名宣るロクデナシが多い

そういうもんに成り下がってはいらっしゃいませんでしょうが、なりかかっているというご自覚はありますか

駄目ですよ、言葉ッ面で自戒なさっても、それこそ、センセイのおっしゃるロゴスがその頽落途上であることを証明しているではないですか

ご自分で書いたこと、言ったことは、読めもしなければ、聴きもできないのですか?

わたしの拙い読後感、いえね、躓き、センセイの新興宗教、信仰哲学への躓き

努力して鼻を摘まんで、もう、花粉症の季節ですから、ちょうどよい、超越者から恩寵かもしれませんが、鼻を摘まみ、摘まみして、摘まみ悔いをしながら、読んでは告白

神父様、牧師様、毛坊主さま、よろしくわたくしの告白を聴いてください、弔問死






やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54897] まんだ、まんだよ、若松君、門前の小僧 ふらふらふらふらしちょる、門前まできておるが、君は絶対者でもなく、これからもありえん キリストやマリアの仮面を暴いても、この絶対者がいる この絶対者のコトバ、ロゴスというのは、妄想のもとだ そこを覚って、超越も絶対もロゴスも卒業せんば、門のなかには入れんぞよRe:[54896] 素晴らしいね、「イタリア・ルネッサンスの文化」といいつつ、これはなにもイタリア・ルネッサンスばかりではなく、古代から現代まで、また世の東西に通じる言説であって、その統治機構、機構に群がる人物、詐欺、犯罪、宗教、ほら吹き、芸術、それらの彫琢が生き生きとしてまことに秀逸Re:[54894] 狛犬は高麗犬で、もともと高句麗の犬、みんな狼 それがよ、今ぢゃ、みんな、あのおとなしい狛犬になりさがってみちゃあおれん そんでよ、あの兜太の狼は狼めいて、なんの肉も霊もあらへん、たんだの狼の剥製、毛皮 そこへ蛍一匹ついていたところで、話にもならんわね、秩父の人々は可哀そうだ そこえいくってえと、やっぱ、八王子の三橋の狼には霊がみちみちているね、 満ち満ちて道々蜘蛛を葬る 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/14(Thu) 12:41  

こみふつらANNEX−Ω   訪問者数:11804113(今日:674/昨日:704)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/13(Thu) 11:22 仏滅(丁酉) 旧暦 3/14 月齢 12.9

お、仏滅、いいぞ

♪モーツァルト:歌劇≪魔笛≫ K.620-序曲 / カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団 1964
http://www.youtube.com/watch?v=7WK9pAqK7jM

ここ数日、産土の杜の鶯も殖えたとみえて、合唱、合掌

法惚化虚、呆惚気虚。仮虚、仮虚 と啼く

> さちよみたANNEX−Ω   訪問者数:11803327(今日:592/昨日:1640)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/13(Wed) 20:44

> だいたい、ああいう乗り方をするんのんは、まあ、驕り昂ったへなちょこライダー

これは、まことに若松君にも通じる

> あぶね〜じゃ、ねえか

なにかに即してものを云っておるんぢゃが

その何かは、全然、例えば池田晶子にせい、誰にせい、若松君的な「超越」なんぞの垂直的な構造の妄想なんぞ言及しておらんやろ

而して、若松君はその誰かさんを己が妄想の「超越」の型枠をはめて解説しちゃうのね

だから、その誰かさんに即しているようで、誰かさんを換骨奪胎して、おのが妄想「哲学」化してしまう

> こんだあ、ケータイをしまって腰を振ってライダー君がまた右
>
> 追い越させない、すぐ諦めて、どうもまたあとをつけてくる気配
>
> 後ろは振り向かない
>
> 振り向く趣味がない
>
> 前をみていても、うしろの気配はわかる
>
> 腰も振らない
>
> みっともない
>
> 美学
>
> うしろでぼそぼそ、追い越させねえ気らしい
>
> さあ、さあ、四谷橋も過ぎ、途の最期の凸凹もすぎ、ここからはやや下りのラスト数百m
>
> また、腰を振り振り、二人が右を追い抜く
>
> 巡航モードからギヤダウンしてまた抜き返そうとした、二人で横に並んで邪魔
>
> どけ!というのも、なんだし、おもわず、ワァオー!
>
> もう二人とも吃驚ギックギクで腰を浮かし、車体を左右に振って必死の逃げモード
>
> その後ろを追って、また後ろからのこりの集団が追い抜いていく
>
> 高校生か大学生か
>
> 見送って巡航にもどると、またまた追いつく
>
> 君たち、傲慢はいかんよ、若くして傲慢なもんは、伸びぬ
>
> みっともない逃げ方をして逃げきれてもみっともないでしょ
>
> わかる?
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> わかりませ〜ん

多分に若松君もこの類なのかもしれぬ


> > ほえかほのANNEX−Ω   訪問者数:11799379(今日:1615/昨日:702)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/11(Mon) 11:47 先勝(甲午) 旧暦 3/11 月齢 9.9
>
> 山口百恵 さよならの向こう側 結婚式翌日放送 結婚式映像+思い出の場面付き '80 11 20
> http://www.youtube.com/watch?v=xpkXuFfvl6E
>
> > げじげじを叩き潰して読書中
>
> 毒蛇を輪切りにしてや読書中
>
> ニシキヘビは輪切りにして味噌汁にいれると出汁、肉とも最高だとか

蛇ものはロゴスに詳しいから、ロゴス的に理解するには、蛇も役に立つ

大蛇は小蛇よりももっとおいしい

> 毒蛇はどうかね?
>
> 蝮が食えるんだから、問題なからう


毒蛇は痺れるくらい、妄想ももうよくよく痺れるくらいよく理解できる



> > > > > 年年歳歳弱りゆく力で、秋の蝶とわが身が重なる

だから、大蛇でも毒蛇でも、この世の蛇の知恵に満ち満ちた世界を理解するには役に立つ

而して、理解に役に立ったからとて、おのが命の肥やしになるか、ちうとそうはいかぬ

むしろ、いのちには毒

毒も使いようだから、微毒にして薬として使えば、つかえぬもんでもなく、外部からの救いにもならう

それが、自己治癒力、生きる力を活性化させる機縁になることもある

> > あ、いっけねえ、入歯を入れ忘れた、でもね、歯垢とポケットの検査、清掃ならば入歯はなくてもよかろう
> >
> > みなさま、そうおっしゃいます、せっかくきれいにしたもらった歯でごはんを食うのも、もったいない

> > 八幡神社、長いお祈りの若い女
> >
> > なんのお願いをしたんだらう
> >
> > 父母が離婚でもめているんです
> >
> > ぢゃあ、仲裁してあげませう
> >
> > いらぬお世話です

まあ、そんなもんでせう

父にして主にしてキリストにして絶対者にして、超越者にして、超越的他者にして・・際限がない

母、マリア、父なるもんが厳罰を下し地獄におちたもんを救い上げるマリアさま


而して、マリア信仰は潜在的健在的、ああ、顕在的に「存在」しようとも「異端」として排除されてきた歴史もある

さういえば、思い出してきたぞ

ナザレ人の二コラ・マダニ―(クリスチャン)が、あなたをわれらがプリンスにしてあげると・・

して。地中海、欧州に散在しているパートナー役員めぐりの旅の初っ端

モハメッド・カマール(カリール・ヌバーニPLDivGMと同格にMechanicalDivGM、二人ともモスレム)に案内されてベイルート

血涙のマリア像

宗教にちんぷんかんぷんな日本人にはなんの感慨もなかった

果樹園の丘に登って、カマール引退の暁の果樹園の斜面の平和な景色の向こう側の市街地に大きな煙が上り立ち、ややあって、轟音が響いてくる


ベイルート市内を自動小銃を構えた兵士の間を縫って、ハチの巣にされた砲弾の穴だらけのCAT本部ビル、この地下室に籠って凌いでマダニ―は数か月行方不明になったこともあった

山上のブスタンホテル、それこそ其処彼処遺骸残骸で生首がこおろがっていたところは回避

守衛に守られた敬礼のゲートをくぐって山の麓から登っていく

これは誰それ、あれは誰それ、だんだん屋敷が立派になってくる

天辺近くになってくるとパートナーやプリンス各位のとても立派なお屋敷

プリンスは廃墟と化したベイルートに学校や教会を寄付しまくった

もともとベイルート空港がCATのプライベート空港なんだから、あたりまえか

でも、おおかたのパートナーはパリに移転してしまった

まあ、いまから思えば、典型的なあの秩序

さて・・

山から下りて、みんな仲良く暮らしているベイルートの下町の一郭に滞在場所を確保

>
> まだ日が高いから、ちょっと寄り道図書館
>
> 若松君の「霊性の哲学」「池田晶子」
>
> これの読後感想は別途にして

幾許かはじめてしまったが・・

> ブルクハルトは「である」止め、定言命令はない
>
> 思い返せば
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★
>
> [54868] つねに他者のまなざしを意識していうから己自身が徹底しない オットーにしてもデリダにして、他者まるだしで、多謝 あの定言命令絶叫の秘密がまるだしだ、尻尾が観得て多謝、他者 これはどういうことかね? ああいう彷徨が咆哮になって言葉が権力に化す そういう実態において「政治」や「共同体」へ身を挺す ご冗談でしょ? 鼠君もこのエピゴーネンかもしれない Re:[54867] 棒でぶん殴って目を覚ませてあげたいが、時空の彼方だから、そうもいかぬ 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/03/23(Wed) 16:07
>
> 草刈りの草もろともに這える蛇
>
>
> てめえらでつくりあげた絶対他者への絶対信仰
>
> これらの心根、信仰、態度、が、まさに絶叫的な
>
> なになにではなく。そうではなくて
>
> ・・・ねばならない
>
> とかのもろもろの絶叫と命令をうみだすのね
>
> そんなに息張るなよ
>
> といっても、デリダは砂漠の彷徨をして
>
> もう言説もぐじゃぐじゃ、愚者、愚者とはいわんも、ぐぢゃぐぢゃ
>
> じぐざぐ、ジグザグ、あっちへふらふら、こっちへふらふら
>
> 云うそばから否定して、それをまた否定して、脱構築だか、解体構築
>
> その行為そのものが、デリダで、おれは「現象学徒」なんだと鼠君のようにはいわんも
>
> だうも、くえませぬ
>
> まず、美しくない、身にもならねば、実にもならん
>
> かたっぱしから脱構築して、ぢゃあ、一神教のあの猛進にして妄信を脱構築でけているか?
>
> ぜんぜん、できていません
>
> あいかわらず、あっちへふらふら、こっちへふらふら
>
> *:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★


> それにしても若松君の「霊性の哲学」「池田晶子」における若松言説も
>
> なになにではない。そうではなくて
>
> ・・・ねばならない
>
> とかのもろもろの絶叫と命令、まことに定言命令が多く、臭い
>
> 臭いが臭いなりに見どころもある

ロゴス信奉者がロゴスを語ればそれなりにロゴス的には見所もある、参考になる

なるが、臭い

畢竟、絶対他者、超越者、そういうものが降ってこようが、沸いてこようが、畢竟他化した対象の超越者で、それがキリストであらうとマリアであらうと、西田の「場」であり、フィールドであらうと、さしたる差はない

だから、若松君の大好きで慄きを感じなければ絶対者からの視線で若松君を垂直に見下して云えば

まんだ、まんだよ、若松君、門前の小僧

ふらふらふらふらしちょる、門前まできておるが、君は絶対者でもなく、これからもありえん

キリストやマリアの仮面を暴いても、この絶対者がいる

この絶対者のコトバ、ロゴスというのは、妄想のもとだ

そこを覚って、超越も絶対もロゴスも卒業せんば、門のなかには入れんぞよ


やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54896] 素晴らしいね、「イタリア・ルネッサンスの文化」といいつつ、これはなにもイタリア・ルネッサンスばかりではなく、古代から現代まで、また世の東西に通じる言説であって、その統治機構、機構に群がる人物、詐欺、犯罪、宗教、ほら吹き、芸術、それらの彫琢が生き生きとしてまことに秀逸Re:[54894] 狛犬は高麗犬で、もともと高句麗の犬、みんな狼 それがよ、今ぢゃ、みんな、あのおとなしい狛犬になりさがってみちゃあおれん そんでよ、あの兜太の狼は狼めいて、なんの肉も霊もあらへん、たんだの狼の剥製、毛皮 そこへ蛍一匹ついていたところで、話にもならんわね、秩父の人々は可哀そうだ そこえいくってえと、やっぱ、八王子の三橋の狼には霊がみちみちているね、 満ち満ちて道々蜘蛛を葬る 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/13(Wed) 22:27  

さちよみたANNEX−Ω   訪問者数:11803327(今日:592/昨日:1640)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/13(Wed) 2:44

さちよみた?

野村ぢゃあるまいし

Moser51SLX/SpoxDuraAce8sWL水天碑46km/23.3km/h

堤桜は1割花9割葉

水門桜5:5葉

山桜のはうがもちはよいようだ

普通に走っていると稲城大橋の三角地帯先の下水事業所公園から飛び出してきたスタイルの良いライダー君が前を飛ばす

飛ばすのをこっちも飛ばして追い抜き、また普通の巡航速にもどれば

また別のらしい良きスタイルのライダー君が追い抜く、また追い抜き返す

是政橋の土手下のガタガタ、速度をゆるめれば、そのままゆるめず、すっとんでいく良きスタイル2人

巡航、巡航で、府中公園人混みを抜けて、右側をこんだあ、ひょろいのんが両手離しにケータイで右を追い抜く

追い抜き返して

そんな乗り方すんぢゃあ、ねえよ

だいたい、ああいう乗り方をするんのんは、まあ、驕り昂ったへなちょこライダー

あぶね〜じゃ、ねえか

こんだあ、ケータイをしまって腰を振ってライダー君がまた右

追い越させない、すぐ諦めて、どうもまたあとをつけてくる気配

後ろは振り向かない

振り向く趣味がない

前をみていても、うしろの気配はわかる

腰も振らない

みっともない

美学

うしろでぼそぼそ、追い越させねえ気らしい

さあ、さあ、四谷橋も過ぎ、途の最期の凸凹もすぎ、ここからはやや下りのラスト数百m

また、腰を振り振り、二人が右を追い抜く

巡航モードからギヤダウンしてまた抜き返そうとした、二人で横に並んで邪魔

どけ!というのも、なんだし、おもわず、ワァオー!

もう二人とも吃驚ギックギクで腰を浮かし、車体を左右に振って必死の逃げモード

その後ろを追って、また後ろからのこりの集団が追い抜いていく

高校生か大学生か

見送って巡航にもどると、またまた追いつく

君たち、傲慢はいかんよ、若くして傲慢なもんは、伸びぬ

みっともない逃げ方をして逃げきれてもみっともないでしょ

わかる?

わかりませ〜ん

> ほえかほのANNEX−Ω   訪問者数:11799379(今日:1615/昨日:702)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/11(Mon) 11:47 先勝(甲午) 旧暦 3/11 月齢 9.9

山口百恵 さよならの向こう側 結婚式翌日放送 結婚式映像+思い出の場面付き '80 11 20
http://www.youtube.com/watch?v=xpkXuFfvl6E

> げじげじを叩き潰して読書中

毒蛇を輪切りにしてや読書中

ニシキヘビは輪切りにして味噌汁にいれると出汁、肉とも最高だとか

毒蛇はどうかね?

蝮が食えるんだから、問題なからう

おっと、また入歯を忘れて豚肉を食ってしまった

こんなことしているとまたブリッジ崩壊で、廃品回収を儲けさせるだけ

くわばら、くわばら

桑原くんちうのんもおったが、杉本君がここずっとお休み

貫井女史曰く、あんたいえがちかいんだらちょとみてきて

ちょっと見に行く、坂の下、農家の納屋が杉本家

?ジフテリア!

消毒の真っ最中

病院?野村病院へ行った

まもなく、死んだ

当時は、こういうことも多かった

夏休みがいわっても登校しない

多摩川の砂利穴に嵌っていた水死体

よく生き残ったものだ

学校の図書室の本はあらかたよんじゃったという石田君

おにぎり頭に重心の低い構え

警察署の柔道場に毎日通って、石田赤帯、われは白帯

おれんちへきてくれ

いってみると、親戚の医院の庭の一郭の納屋の三角屋根うらに壁もなく土間を見下ろす屋根中段が石田の居処

ここで本が読めるの?

うん、うん、とものすごい速度で読んで、図書館ロシア系はもう全部読了、いま欧米系もほぼ読了

すごいね、すごいね、中学3年生

なにを間違えたか、立高受験で失敗して、その後行方不明

再開は道玄坂

駒場から渋谷に向かうに道玄坂を下っていると、登ってくる石田

お〜い、久しぶり!

いい女だろ、いつでもわけてあげるから・・

それっきり

さぞかしインテリヤクザになったんであらうね

あいつは、どこにいっても、芽が出る、くいっぱぐれっこない

浜田君、綽名ははんぺん

後頭部がまっ平で頭がハンペン

読本も読めぬ、かけっこも歩く

でもね、社会人になって背広でネクタイ、どっかの金融公庫勤めで、立派な会社員、御慶

そうそう、土曜の朝の歯科行きがけに、まずは墓参りで水換えて、坂をのぼってお茶屋の大きな硝子戸のなかで、日向ぼこのお婆さん、行き過ぎて戻れば、硝子戸の中から挨拶


ここは平田さんですか?

平田さんはお隣り、87歳で亡くなりました

盛一さんは?

うらにいます

お姉さんは?

結婚して隣のマンション

その奥のお医者さんがいたでしょう?

57歳でなくなりました、奥さんと娘さんが整体看板の裏にいます

東大の助教授だった?

そうそう、優秀なお医者さんでしたが、娘さんが自殺して

さうか、さうか、だんだん、わかってきたぞ

なに?

お婆さん、おいくつ?

93歳

あれ!とても、とても、そうわみえない、うちの母は87歳で逝しましたが、それからみれば67歳くらいにみえますね

あら、やだ、ありがとう

歯医者の予約がありますから、これで失礼・・

うむ、なんだかんだ、よく思い出すね

> 金曜日、翌日の歯科訪問に備えてもう1週間も換えていないバスタブ
>
> 底に此処に抜け毛やゴミが舞っているとろんとした湯
>
> 脳梗塞で半身不随になって、自分の身体も思うように洗えない
>
> さういう悲惨に比して、いまだに頭に手が届き、指で頭皮を掻ける
>
> なんとありがたいことよ
>
> 一週間に2回の風呂
>
> 老人病院、精神病院、さういうところは、週2回
>
> なれば、予行演習で週2回の風呂
>
> とてもぢゃないが、やっちょれん
>
> 週4回に増やして2回は湯舟に漬かるだけ
>
> まあ、まあか、それでも、快適とはいえぬ
>
> もっとも、身体を石鹸で洗うのも、めんどう
>
> めんどうなれば、湯舟に漬かって、老臭の脂を幾許か、熱い湯に溶かしてあがる
>
> きっと身体にはいろんな付着物、抜け毛、肛門のティッシュの破片、ゴミ、その他もろもろがあって湯に溶け、溶けぬものは湯中を浮遊、あるいは底に沈む
>
> それを1週間ぶりに栓を抜いて湯を抜く
>
> その湯舟の縁に老眼では黒い点、よくみれば蜘蛛
>
> 蜘蛛は殺していけません、ゴキブリの幼虫も食べてくれるのです
>
> なれば、蜘蛛は大切にせねば
>
> 湯舟を洗うシャワーの冷水
>
> その幾許かで蜘蛛を追い払おうとしてシャワーの端の弱い水勢をかける
>
> ピクと動くが、べつに逃げもしない
>
> それもよかんべと洗ったタブの底の栓をしてわすれてしまった

忘れてしまったが、思い出した黒揚羽、秋の蝶

> > > > はりいにわANNEX−Ω   訪問者数:10268532(今日:629/昨日:1539)2016/11/03(Thu) 20:52 先勝(己丑)文化の日 旧暦 10/4 月齢 3.4
> > > >
> > > > Flow My Tears - soprano ( Dowloand )
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=7IXuQS0qx-E
> > > >
> > > > CerbimuV/RacingTripple48/25.5+CinelliSuperCorsaUlte10s74/26.0=122km
> > > >
> > > > 朝長袖で走って11時前から天気晴朗、やや暑く、帰宅すて珈琲煙草を喫しながら、まういつぶり?ケルビムは7月23日以来、血練ならぬチネリに至っては・・享年ならぬ去年20150623青梅街道で従妹の歯医者の初診予行演習で都内まで走って帰りは小平霊園で野川の源流のみなもとを尋ねて80kmか、厄年半ぶりにてば、玄関前のベランダの手摺ちうても幅は20cmもあらうかちうアルミ板の上に、

うむ、まう6年前になるのね、思い出す

翅を拡げてなんだか喘ぎ気味のKアゲハ蝶、気の蝶なれば命短し断末魔かと思えど、黒手袋の指を伸ばせば蝶も橙色の蜜吸い管をするすると指先にのばしてくる、ふむ、これは黒アゲハのハンガーノックか、晩秋、初冬なれば花々もすくなく、墓への供花も種類が限られすいませんねといつも農家の奥さんが云う季節なれば、今際の際のKアゲハは人間のやうに口を利くこと、手を伸ばすこともでけんば、蜜吸い管を伸ばしてきたその蝶人の貴重なる交流、手を伸ばし指を伸ばしても逃げることなくむこうから握手ならぬ握管か、一旦は鍵をかけた玄関をあけて土足でどんどん、蜂蜜を持ち出してきて、黒アゲハの眼前に一滴。

> > > > 蜂蜜を吸うて羽ばたく秋の蝶

羽ばたけど力至らずして飛び立てぬ、それにすても効果覿面で、蜂蜜へあの橙色のくるくる発条めたチューブをのばして数秒で、開いた翅はすぼまりはじめ、それでもぴたと閉まるまではいたらず、また開いて閉じてだんだんその速度が速くなるも、一向に飛び立つ様子もなく、飛び立てず、揚句の果てに蜂蜜溜まりのアルミ板上からずり落ちてその下の壁をずるずる途中で止まって・・

いけねえ、蜂蜜は濃いし粘度が高いから、チューブが詰まったか、はたまた老母の最期にも似て水、水と云っておる気配で、慌ててチネリからカンパボトルを取りだし、黒アゲハの壁の上手から乳首からたらたらと真水を垂らしてあげるとこれを美味そうにあの橙管を伸ばして摂取し、また一層羽ばたくも壁を飛び立つ力もなく壁にしがみついたまんまで・・

> > > > あれま、まう12時10分前ぢゃ、こっちゃもハンガーノックになってはかなわんわんと後ろ髪ひかれる思いでチネリを乗りだし、観音さまに報告すたのちイカと野菜盛りだくさんの焼きそば、ひさしぶりに韮の辛さを堪能し・・

あの蝶は無事飛び立ったのであらうか

かえってくれば、姿は消えていた

弔いも葬りもせずに

> > > > 2016年10月・・2208km
> > > > 2016年累計・・19382km(10月末現在)
> > > >
> > > > 去年2015年10月は2538km
> > > > 10月末現在累計は25756km

ふ〜む

2021年合計 23749km/12ヶ月=1979km/月

して今年2022年累計4月13日現在1551km/4.5ヶ月=+345km/月

すっかす、そのうち、974kmは1月で、Annex復帰後の2〜4月は177kmOnlu/3.5ヶ月=51km/月平均、寂しいね、弱るね

> > > > 年年歳歳弱りゆく力で、秋の蝶とわが身が重なる。

> あ、いっけねえ、入歯を入れ忘れた、でもね、歯垢とポケットの検査、清掃ならば入歯はなくてもよかろう
>
> みなさま、そうおっしゃいます、せっかくきれいにしたもらった歯でごはんを食うのも、もったいない
>
> われら子供時代は野蛮な歯科医、なんでも削って抜いてしまう
>
> だから、中年、老年になって架けられたブリッジ
>
> 聖フランシスコの金門橋
>
> 貴金属の塊の3本の歯に掛かった金のブリッジ
>
> ぬいちゃった、とれちゃった、と患者が云えば、しめしめと医療費とは別に廃品回収
>
> けっこう、毛だらけ、貴金属の廃品回収で2重に儲かる
>
> 垢の他人を儲けさせるのも、業腹だから、歯科医はもっぱら親戚へ
>
> そういえば、むっかし、郷原さんという人がいた
>
> 大黒寿司、ランチ握り890円、お客さんが増えてきたねえ
>
> ちょっと、お待ちを、のちょっとの間に中杉通を歩いて下る
>
> 鰻蒲焼の旗がひらめく魚屋のケースの中には魚はゼロ
>
> 隆すしもシャッター、シャッターが圧倒的に多いなかで、開いているのは医院とドコモ、AUなどのケータイばっか
>
> 疲弊してるね、どこもかしこも
>
> 能登桜、花2割葉っぱが8割の葉桜
>
> 葉隠れか
>
> 鷺ノ宮
>
> 平目板、あいかわらずやっているようだ
>
> ひらめかないねえ
>
> 八幡神社、長いお祈りの若い女
>
> なんのお願いをしたんだらう
>
> 父母が離婚でもめているんです
>
> ぢゃあ、仲裁してあげませう
>
> いらぬお世話です

まだ日が高いから、ちょっと寄り道図書館

若松君の「霊性の哲学」「池田晶子」

これの読後感想は別途にして

ブルックハルト「イタリア・ルネッサンスの文化」上下

ヘイドン・ホワイト「メタヒストリー」

この読み残した第6章「ブルクハルトーー風刺劇としての歴史的リアリズム」を読む

ショーペンハウエルの濃厚な影響下のペシミズム、

ニーチェは卒業したが、ブルクハルトは最後まで卒業しなかった、と

まあ、それより、注目したのは、ホワイトも見るべきところをみている

ブルクハルトは「である」止め、定言命令はない

思い返せば

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

[54868] つねに他者のまなざしを意識していうから己自身が徹底しない オットーにしてもデリダにして、他者まるだしで、多謝 あの定言命令絶叫の秘密がまるだしだ、尻尾が観得て多謝、他者 これはどういうことかね? ああいう彷徨が咆哮になって言葉が権力に化す そういう実態において「政治」や「共同体」へ身を挺す ご冗談でしょ? 鼠君もこのエピゴーネンかもしれない Re:[54867] 棒でぶん殴って目を覚ませてあげたいが、時空の彼方だから、そうもいかぬ 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/03/23(Wed) 16:07

草刈りの草もろともに這える蛇


てめえらでつくりあげた絶対他者への絶対信仰

これらの心根、信仰、態度、が、まさに絶叫的な

なになにではなく。そうではなくて

・・・ねばならない

とかのもろもろの絶叫と命令をうみだすのね

そんなに息張るなよ

といっても、デリダは砂漠の彷徨をして

もう言説もぐじゃぐじゃ、愚者、愚者とはいわんも、ぐぢゃぐぢゃ

じぐざぐ、ジグザグ、あっちへふらふら、こっちへふらふら

云うそばから否定して、それをまた否定して、脱構築だか、解体構築

その行為そのものが、デリダで、おれは「現象学徒」なんだと鼠君のようにはいわんも

だうも、くえませぬ

まず、美しくない、身にもならねば、実にもならん

かたっぱしから脱構築して、ぢゃあ、一神教のあの猛進にして妄信を脱構築でけているか?

ぜんぜん、できていません

あいかわらず、あっちへふらふら、こっちへふらふら

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

この蛇めいた言い方がないだけでも、良い

それで、そのブルクハルトの言説の幾許かを「イタリア・ルネッサンスの文化」上下で確かめてみた

素晴らしいね、「イタリア・ルネッサンスの文化」といいつつ、これはなにもイタリア・ルネッサンスばかりではなく、古代から現代まで、また世の東西に通じる言説であって、その統治機構、機構に群がる人物、詐欺、犯罪、宗教、ほら吹き、芸術、それらの彫琢が生き生きとしてまことに秀逸

「世界史的考察」はあいかわらずない、リクエスト中

それにしても若松君の「霊性の哲学」「池田晶子」における若松言説も

なになにではない。そうではなくて

・・・ねばならない

とかのもろもろの絶叫と命令、まことに定言命令が多く、臭い

臭いが臭いなりに見どころもある

> 汗を流さんと、午後の一睡のまえに、どぼん
>
> みれば、湯舟の端に黒い点、見開けば蜘蛛が仰向けにひっくり返って手足を縮めている
>
> 抜け毛、抜け歯、少しづつ死んでいく、死期が刻一刻
>
> そんなことは言わないでくださいよ、まだまだお元気です、歯科衛生士の言葉を思い出す
>
> 思い出しても、厳然として死んでいく、垢、垢もまたわが生きる身体から離れた去った屍
>
> ならば、蜘蛛の屍も我が屍と一緒に葬ってあげませう
>
> ドレイン、下水溝の網に引っ掛かった抜け毛の黒が垢の白にまみれて、それを一掴み
>
> 蜘蛛も人掴み
>
> まとめて、洗面台のよこの袋へ葬った
>
>
>
> 日曜喜多八
>
> ひいふうみいよお、わるいね、これからくるので、いっぱいで、ごめんね
>
> いえいえ、富士のご来光の額付きのお返しに酔芙蓉のニコンFを差し上げるといってもう、20年を過ぎる
>
> 先客万来、御慶、御慶
>
> 多賀神社
>
> あの八王子の千貫神輿のおやしろ
>
> 根瘤の立派な欅の迫力に押されて門で下車、立て掛け、本社へ歩く
>
> あれ、狛犬が、左右に2頭づつ
>
> 参拝して改めて狛犬をみる
>
> 新しい狛犬のうしろに古い狛犬がいる
>
> 新しい狛犬はどこでもみられる、九谷焼の狛犬めいて、背を真っすぐ、あるいは反らしてでんと座っている
>
> ところが、古い狛犬は、これは狼だ!
>
> 古色蒼然とした身体の彼方此方が割れ欠けて、下あごも外れて欠損
>
> その貌の風情が荒まじく、背は、怒った猫の背のごとく、盛り上がり
>
> 座るともいえぬその座法は、尻と下肢はいかにも大地すれすれに浮き上がり、いまにも飛び掛からんというその姿勢、表情、風貌
>
> 写真をとってあげよう
>
> いっけねえ、ケータイを忘れてきた
>
> そんでよ、多賀神社のあれ見た?
>
> さうだったかね、気が付かなった、そんなもんがあったかね
>
> それがよ、狛犬は高麗犬で、もともと高句麗の犬、みんな狼
>
> それがよ、今ぢゃ、みんな、あのおとなしい狛犬になりさがってみちゃあおれん
>
> そんでよ、あの兜太の狼は狼めいて、なんの肉も霊もあらへん、たんだの狼の剥製、毛皮
>
> そこへ蛍一匹ついていたところで、話にもならんわね、秩父の人々は可哀そうだ
>
> そこえいくってえと、やっぱ、八王子の三橋の狼には霊がみちみちているね、
>
> 満ち満ちて道々
>
> と小一時間たっぷり演説をぶって
>
> これ、もっていきなよ、狼がたっぷり
>
> 「続々山がたり」斐太猪之介 文芸春秋 昭和47年=1972年 を恵まれた
>
>
>
>
>
>
>
>
>
>
>

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54895] 「存在」を論ぜす 自己の「存在」への懐疑、不安、否定 して、自己投影妄想の神を「絶対存在」化して その「絶対存在」化された神、「創造主」の神をもって人間をつくり、その神がまた人間に投影される、妄想の妄想の自己「存在」 呵々大笑 んったく何をしちょんのんや、古来以来現代魔でRe:[54892] 其処彼処いろいろあらあね 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/13(Wed) 13:39  

みあぬぬくANNEX−Ω   訪問者数:11803012(今日:277/昨日:1640)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/13(Wed 11:27 先負(丙申) 旧暦 3/13 月齢 11.9

Barry White Bullet
http://www.youtube.com/watch?v=gpXUY-9I8j8

> らえくあろANNEX−Ω   訪問者数:11796157(今日:613/昨日:2044)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/09(Sat) 08:22 大安(壬辰) 旧暦 3/9 月齢 7.9 上弦
>
> 其処彼処遺骸残骸春廃墟
>
>
> 過剰と欠乏

で、此処は?

> 零

他人ごとなのですね

そんな、こともあるまい

此処彼処遺骸残骸春廃墟

> 博覧強記と狂乱惹起

げじげじを叩き潰して読書中

読書で出くわした累々の景色

あるいは

体験で出くわした累々の景色

> 狭覧弱記

蛇の言説

> 柵と自由

自由からの逃走の奴隷的自由

> 霊

やだね、霊とさへ言いたくない

でも、言葉だからね

言わざるを得ない

> 此処



言わざるを得ない

> 昨日と明日

時の分節

分節といえば真田虫

節節で切れればまたなが〜い真田虫が再生

復活

貫井春子先生、あの小学校5〜6年の頭を毎日叩きつづけたあのオールドミスは初島からやってきた

肛門検査、蟯虫の群れ、虫下し

其処此処に溜池

糞尿の溜池に蛇を泳がせ、叩き潰す

土手下の白蛇に大石を落とす

蛇と真田虫

蛇はぶった切れば再生はしない

分別

蛇にも真田虫にも脚はない

げじげじは脚だらけ

擬人化の対象にするには欠格

蛇も真田虫も失格

猫は合格、ライオンも獅子も合格

龍も合格

でもね、蛇と回虫は失格

みみずは?

蚯蚓は、蛇や真田虫ほどの嫌味はないが、やっぱ、失格

蚯蚓がよく干からびているね

みみずは水

もっと水なのはなめくじ

蛞蝓が舐めちまうのよ唐辛子

中神殿,新田

唐辛子を舐めちまった蛞蝓はだう味わったのであらうか

蛞蝓もさぞ辛からう唐辛子

> 今日

永遠

言わざるを得ない

> 凶と吉

蜘蛛、擬人化合格

最近、女郎蜘蛛に出会わない

> 混沌と秩序

此処彼処遺骸残骸春廃墟

> 奴隷と権力

逃亡奴隷と仮面紳士

此処彼処遺骸残骸春廃墟

> いろいろあらあね

検めて察察

> > > > > 蛇が群れてひっ絡まって生殖するわけか
> > > > >
> > > > > 喩法
> > > > >
> > > > > 人類最大の喩法は人間が自己を投影した神を妄想の果てに肥大化させて「絶対他者」にして人間から引き離し、大蛇にして悪魔にまで仕立てあげてしまったことはないか
> >
> > 人類最大の喩法は人間が自己を投影した神を妄想の果てに肥大化させて「絶対他者」にして対象化したこと

加えて己が尻尾を噛む蛇

「存在」を論ぜす

自己の「存在」への懐疑、不安、否定

して、自己投影妄想の神を「絶対存在」化して

その「絶対存在」化された神、「創造主」の神をもって人間をつくり、その神がまた人間に投影される、妄想の妄想の自己「存在」

呵々大笑

んったく何をしちょんのんや、古来以来現代魔で

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54894] 狛犬は高麗犬で、もともと高句麗の犬、みんな狼 それがよ、今ぢゃ、みんな、あのおとなしい狛犬になりさがってみちゃあおれん そんでよ、あの兜太の狼は狼めいて、なんの肉も霊もあらへん、たんだの狼の剥製、毛皮 そこへ蛍一匹ついていたところで、話にもならんわね、秩父の人々は可哀そうだ そこえいくってえと、やっぱ、八王子の三橋の狼には霊がみちみちているね、 満ち満ちて道々蜘蛛を葬る 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/11(Mon) 12:58  

ほえかほのANNEX−Ω   訪問者数:11799379(今日:1615/昨日:702)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/11(Mon) 11:47 先勝(甲午) 旧暦 3/11 月齢 9.9



げじげじを叩き潰して読書中

金曜日、翌日の歯科訪問に備えてもう1週間も換えていないバスタブ

底に此処に抜け毛やゴミが舞っているとろんとした湯

脳梗塞で半身不随になって、自分の身体も思うように洗えない

さういう悲惨に比して、いまだに頭に手が届き、指で頭皮を掻ける

なんとありがたいことよ

一週間に2回の風呂

老人病院、精神病院、さういうところは、週2回

なれば、予行演習で週2回の風呂

とてもぢゃないが、やっちょれん

週4回に増やして2回は湯舟に漬かるだけ

まあ、まあか、それでも、快適とはいえぬ

もっとも、身体を石鹸で洗うのも、めんどう

めんどうなれば、湯舟に漬かって、老臭の脂を幾許か、熱い湯に溶かしてあがる

きっと身体にはいろんな付着物、抜け毛、肛門のティッシュの破片、ゴミ、その他もろもろがあって湯に溶け、溶けぬものは湯中を浮遊、あるいは底に沈む

それを1週間ぶりに栓を抜いて湯を抜く

その湯舟の縁に老眼では黒い点、よくみれば蜘蛛

蜘蛛は殺していけません、ゴキブリの幼虫も食べてくれるのです

なれば、蜘蛛は大切にせねば

湯舟を洗うシャワーの冷水

その幾許かで蜘蛛を追い払おうとしてシャワーの端の弱い水勢をかける

ピクと動くが、べつに逃げもしない

それもよかんべと洗ったタブの底の栓をしてわすれてしまった

あ、いっけねえ、入歯を入れ忘れた、でもね、歯垢とポケットの検査、清掃ならば入歯はなくてもよかろう

みなさま、そうおっしゃいます、せっかくきれいにしたもらった歯でごはんを食うのも、もったいない

われら子供時代は野蛮な歯科医、なんでも削って抜いてしまう

だから、中年、老年になって架けられたブリッジ

聖フランシスコの金門橋

貴金属の塊の3本の歯に掛かった金のブリッジ

ぬいちゃった、とれちゃった、と患者が云えば、しめしめと医療費とは別に廃品回収

けっこう、毛だらけ、貴金属の廃品回収で2重に儲かる

垢の他人を儲けさせるのも、業腹だから、歯科医はもっぱら親戚へ

そういえば、むっかし、郷原さんという人がいた

大黒寿司、ランチ握り890円、お客さんが増えてきたねえ

ちょっと、お待ちを、のちょっとの間に中杉通を歩いて下る

鰻蒲焼の旗がひらめく魚屋のケースの中には魚はゼロ

隆すしもシャッター、シャッターが圧倒的に多いなかで、開いているのは医院とドコモ、AUなどのケータイばっか

疲弊してるね、どこもかしこも

能登桜、花2割葉っぱが8割の葉桜

葉隠れか

鷺ノ宮

平目板、あいかわらずやっているようだ

ひらめかないねえ

八幡神社、長いお祈りの若い女

なんのお願いをしたんだらう

父母が離婚でもめているんです

ぢゃあ、仲裁してあげませう

いらぬお世話です

汗を流さんと、午後の一睡のまえに、どぼん

みれば、湯舟の端に黒い点、見開けば蜘蛛が仰向けにひっくり返って手足を縮めている

抜け毛、抜け歯、少しづつ死んでいく、死期が刻一刻

そんなことは言わないでくださいよ、まだまだお元気です、歯科衛生士の言葉を思い出す

思い出しても、厳然として死んでいく、垢、垢もまたわが生きる身体から離れた去った屍

ならば、蜘蛛の屍も我が屍と一緒に葬ってあげませう

ドレイン、下水溝の網に引っ掛かった抜け毛の黒が垢の白にまみれて、それを一掴み

蜘蛛も人掴み

まとめて、洗面台のよこの袋へ葬った



日曜喜多八

ひいふうみいよお、わるいね、これからくるので、いっぱいで、ごめんね

いえいえ、富士のご来光の額付きのお返しに酔芙蓉のニコンFを差し上げるといってもう、20年を過ぎる

先客万来、御慶、御慶

多賀神社

あの八王子の千貫神輿のおやしろ

根瘤の立派な欅の迫力に押されて門で下車、立て掛け、本社へ歩く

あれ、狛犬が、左右に2頭づつ

参拝して改めて狛犬をみる

新しい狛犬のうしろに古い狛犬がいる

新しい狛犬はどこでもみられる、九谷焼の狛犬めいて、背を真っすぐ、あるいは反らしてでんと座っている

ところが、古い狛犬は、これは狼だ!

古色蒼然とした身体の彼方此方が割れ欠けて、下あごも外れて欠損

その貌の風情が荒まじく、背は、怒った猫の背のごとく、盛り上がり

座るともいえぬその座法は、尻と下肢はいかにも大地すれすれに浮き上がり、いまにも飛び掛からんというその姿勢、表情、風貌

写真をとってあげよう

いっけねえ、ケータイを忘れてきた

そんでよ、多賀神社のあれ見た?

さうだったかね、気が付かなった、そんなもんがあったかね

それがよ、狛犬は高麗犬で、もともと高句麗の犬、みんな狼

それがよ、今ぢゃ、みんな、あのおとなしい狛犬になりさがってみちゃあおれん

そんでよ、あの兜太の狼は狼めいて、なんの肉も霊もあらへん、たんだの狼の剥製、毛皮

そこへ蛍一匹ついていたところで、話にもならんわね、秩父の人々は可哀そうだ

そこえいくってえと、やっぱ、八王子の三橋の狼には霊がみちみちているね、

満ち満ちて道々

と小一時間たっぷり演説をぶって

これ、もっていきなよ、狼がたっぷり

「続々山がたり」斐太猪之介 文芸春秋 昭和47年=1972年 を恵まれた










やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54893] それこそ、悪循環にほかならぬRe:[54889] 蛇に知恵をつけられて、アダムは「労働」を「神」から強いられる、アノ妄想 薄馬鹿下郎が蛇を喰うRe:[54886] なんと恐ろしい! 神は人間の体液をすって、他の部分を捨ててしまいます。Re:[54884] 蓋を開けてびっくり玉手箱 濛々と立ち上る毒煙、毒ガス 毒も使いようだから、あの猛毒をもって毒を解析する、さういうツールには毒も使える 使えるものはツールにはなすが、毒思想の枠組み、猛毒の檻は無視Re:[54882] その無罪無垢なるもんが、硬直した蛇と生きた蛇の絡みまくる檻に閉じ込めらているRe:[54881] 毒蛇の巣 安息角 安んじて息をして踏み入れば蟻地獄 蟻さんも餌になってしまう、民主主義にも、似て 絶妙な角度だ 蛇が安息角へ落ちたらどうなるか? 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/10(Sun) 10:44  

> > > > Desperado (2013 Remaster)
> > > > http://www.youtube.com/watch?v=aelpqWEBHR4

> 小蛇どもは徹頭徹尾、蛇なのだ
>
> 人間が人間を投影した神、あの擬人化の神
>
> 而して一神教の神
>
> 神にして悪魔
>
> それを喝破したのんは、ふぉいえるバッハ
>
> そのフォイエルバッハはマルクスに批判され

カール・バルトも「ルードヴィッヒ・フォイエルバッハ」1927(世界思想教養全集21現代キリスト教の思想 河出書房新社S38年=1963年)でフォイエルバッハを批判するが

まったくこれは皮肉にしてバルトにより連綿と綴られたファイエルバッハの言説をもう一度復習するにはもってこいの批判書で

バルトの復讐言説、批判はまるで、こどものわめきにひとしい

曰く、「悪臭をはなつほど卑俗」と・・

自ら「敗北」を宣言しているにもひとしいこの感情的にして非理性的なバルトの叫び

よって来るところを訪ねてみると・・

だうも、かの欧州の大学では、神学部が圧倒的な権威で「存在」しておって、なにかの儀式の序列でも、まずは神学部が先頭、神学部のない学校は「大学」として認められぬ、ほどのものであり

さういう「伝統」のなかで没落させらるる神学部の阿鼻叫喚なのかもしれぬ

さういう神学部的阿鼻叫喚ほど、「悪臭をはなつほど卑俗」なものはない44


> マルクスの思想そのものが、またまた、あの一神教、創世記からハルマゲドン、黙示録、救世主の妄想そのまま
>
> 酔い例が「労働」
>
> 「労働」ちう言葉はやだねえ
>
> 反吐が出る
>
> 蛇に知恵をつけられて、アダムは「労働」を「神」から強いられる、アノ妄想
>
> 「労働」労して働く
>
> なんで人は労して働かなければならんのぢゃろ?
>
> 狩猟縄文時代、農業弥生時代、連綿と下ってアイヌのイヨマンテ
>
> あれは、労して働いたんであらうか?
>
> 引きつけて、己が体験、経験
>
> ことを為せたのは、絶対に労して働いた「労働」ではない
>
> 楽しんで、やらずにはおれぬ、そういう生きる喜びそのもののなかでことがなる

こういう詩があるそうだ、今朝の発見

ロックフェラー86歳のとき自分の生涯を次のような詩で表現した[88]。

*:・'°★。.:*:・'°☆。.:*:・'°★

I was early taught to work as well as play,
My life has been one long, happy holiday;
Full of work and full of play-
I dropped the worry on the way-
And God was good to me everyday.

>
> 事が成る
>
> 子とが成る
>
> 琴が鳴る
>
> 己を狩人、山師、に比したことがあった
>
> あの狩のなんとたのしいことよ、山師の探索、なんとたのしいことよ
>
> 獲物の解体、鉱脈の発掘、なんと楽しいことよ
>
> さういうものをマルクスは聖書に従って苦役となし
>
> その苦役を尊きものとなし、ものを物神化し、拝金主義の蔓延をきたした
>
> そこには、あの妄想の神を物に変え、金に換えただけの話
>
> さういう妄想の枠組み、遺伝から逃れ得ぬ、小蛇ども

> > > > > 考えてみるまでもなく、いまここで生きている世間だって、いうまでもなくかのイスマイル「暗殺団」めいた構造のなかで営んでいる生活
> > > > >
> > > > > 知の構造にしたって、まあ、99%そんなもんであろう
> > > > >
> > > > > 毒されるのね、蛇に
> > > > >
> > > > > だから、蛇が群れて夢にでてくるのも無理はない、所以なしとしない
> > > > >
> > > > > すっかす、ひるがえって、そういう他化した「権力・知・歴史」をさかさまにしてみれば
> > > > >
> > > > > 奴隷宗教、奴隷権力、奴隷知、奴隷歴史の奴隷は一体誰なんぢゃろ
> > > > >
> > > > > 山の老人、権力の中枢
> > > > >
> > > > > それこそ、奴隷の奴隷たるもんではないか?
> > > > >
> > > > > 自己の解放すらでけへんで、ひたすら自己を奴隷化する奴隷宗教、奴隷権力、奴隷知・・
> > > > >
> > > > > 蛇が群れてひっ絡まって生殖するわけか
> > > > >
> > > > > 喩法
> > > > >
> > > > > 人類最大の喩法は人間が自己を投影した神を妄想の果てに肥大化させて「絶対他者」にして人間から引き離し、大蛇にして悪魔にまで仕立てあげてしまったことはないか
> >
> > 人類最大の喩法は人間が自己を投影した神を妄想の果てに肥大化させて「絶対他者」にして対象化したこと
> >
> > Queen - Bohemian Rhapsody (Live Aid 1985)
> > http://www.youtube.com/watch?v=vbvyNnw8Qjg
> >
> > > > > 空
> > > > >
> > > > > 無
> > > > >
> > > > > とは宗教ではなからう
> > > > >
> > > > > 仏教は、人偏にム、と覚、書く
> > > > >
> > > > > ひとで無し
> > > > >
> > > > > ひとでなし
> > > > >
> > > > > 空や無に自己の投影のしようもない
> > > > >
> > > > > 聖も俗もない、空、無
> > > > >
> > > > > それがどうして宗教でありえようか
> > > > >
> > > > > それがどうして哲学でありえようか
> > > > >
> > > > > 有無を論ぜず
> > > > >
> > > > > 即非
> > > > >
> > > > > 一即多
> > > > >
> > > > > これをネットで引くと「いっしょくた」とでてくる
> > > > >
> > > > > なるほど
> > > > >
> > > > > 仏教はひとでなしの宗教で、虚無主義だと蛇の連中は1820年か、仏教がヨーロッパに知られて「誤解」され、その「誤解」もだんだんとけてきたようだが、いまだに虚無と勘違い現象学徒の小蛇もいるようだ

佛が仏へ

佛の人と弗の合一は拝金主義なのか、拝弗主義なのか、拝物主義なのか

(人+弗)。「横から見た人」の象形(「人」の意味)と

「からまるひもを2本の棒でふりはらう」象形(「それらしくありながら、はっきり

見えないさまを表す擬態語」)から、「ほのか」、「かすか」、「ほとけ」を

意味する「仏」という漢字が成り立ちました。

> > > > > 畢竟、あの「暗殺団」のピラミッド、山の老人になれば、ピラミッドの人々の全重量が己が手にかかる
> > > > >
> > > > > その重みに耐えらるか
> > > > >
> > > > > そこで呻吟するのは、奴隷の頂点ではないか
> >
> > 而して悪魔ともなれば、呻吟もせんで、その重みが愉楽、快楽
> >
> > 自分の手に他人さまの運命を握れるのが、こよなく嬉しい

> > > > > 30枚の名刺の肩書のいちいちに自分の人生が引き裂かれて、分刻みのスケジュールでいったいそいつの人生はどこにあるんだろ
> > > > >
> > > > > 卑弥呼だって、だうやって殺されたか
> >
> > 干天も洪水も地震も、なべて、村の、国の不祥事、危機、天災の責任をおっかぶせられて処刑される
> >
> > 現代だって処刑はされんも、地位剥奪
> >
> > 剥奪されんように戦々恐々の日々にして刹那
> >
> > > > > 「暗殺団」の頂点に立ては、世界が暗黒したその責任を取らされるのはだれか
> > > > >
> > > > > その頂点への階段の各位において、その位階を脅かされる
> > > > >
> > > > > それこそ、「おののき」戦々恐々

おののき、戦慄、戦おののき、慄おののく



「先端が両またになっている

はじき弓」の象形と「先端に刃のついた矛(ほこ)」の象形から

「たたかう」を意味する「戦」という漢字が成り立ちました。




「心臓」の象形と「栗のいがのついて

いる木」の象形(「いがのある栗」の意味)から、「いがを見て心の中で

おそれる」、「おそれる」、「おののく」、「ふるえる(戦慄)」を意味する

「慄」という漢字が成り立ちました。

> > > > >
> > > > > それで、人生を全うでけるか
> > > > >
> > > > > ばかやろ〜め!が!
> > > > >
> > > > > 目がどこについておるんぢゃ!
> > > > >
> > > > > 蛇が群れる
> > > > >
> > > > > 蛇だって目がある
> > > > >
> > > > > でもね、巣穴に潜り込む、真っ暗

真っ暗な混沌に堪え得ぬ人間、エリアーデほか、古代より現代まで連綿

玄の又玄

玄が眩になり、眩惑の妄想の虜から、いまだに「解放」されえぬ

「解放」されることが「自由」であって

「解放」される「自由」であることがまた「苦役」であって「労働」であって、それこそ「苦役」にして「労働」であること、奴隷であることこそが、安住という境地

まさに奴隷の自己正当化のロゴスであらうね

己がロゴス妄想の奴隷

己がロゴス妄想を他化して、その「絶対他者」=「神」への妄信と盲従において安堵を見出す奴隷

見出した安堵が、またもや「絶対他者」におののいて、戦慄して、立って祈って、戦う奴隷

奴に隷属する奴隷

奴は神であり、全能なる支配者であり、その奴に隷したがわ「ねばならない」

この支配者に隷属するものは善であり

この支配者に反逆するものは悪である

悪人は支配者によって罰せられなければならない

善人は支配者によって救われる

そこにれいの安倍の「忖度」

みずから、いいこぶる、みずから善を良しとなす、奴隷「道徳」

むかしもいまも同じだね

悪循環

それこそ、悪循環にほかならぬ





やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


[54892] 其処彼処いろいろあらあね 投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/09(Sat) 08:31  

らえくあろANNEX−Ω   訪問者数:11796157(今日:613/昨日:2044)投稿者:梵@天地獄 投稿日:2022/04/09(Sat) 08:22 大安(壬辰) 旧暦 3/9 月齢 7.9 上弦

其処彼処遺骸残骸春廃墟


過剰と欠乏



博覧強記と狂乱惹起

狭覧弱記

柵と自由



此処

昨日と明日

今日

凶と吉

混沌と秩序

奴隷と権力

いろいろあらあね

やれ涼し翔ぶも堕ちるも天馬空


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